湿原の牢獄~いにしえの叛姫

作者:白石小梅

●いにしえの物語
 遥か遠い昔。
 いにしえのヴァルキュリア『レギンレイヴ』はアスガルド神に命じられ、供回りを連れて死者の泉の探索行に出たという。
 やがてそこへ到達した一行は、死神たちに大いに崇められた。
「死者の泉に到達した貴女様にこそ、デスバレスの支配者となっていただきたい」
 戦乙女はそれを受け、一部の死神を率いてデスバレスへと雪崩れ込む。
 覇権を賭けた争いの後、一党は敗北し異界の牢獄へと幽閉された。
 そして、悠久の不変が訪れる。

 逆巻いた時のねじれが、テイネコロカムイという死神の檻を砕く、その時まで……。

●湿原の秘密
「テイネコロカムイの撃破に向かった部隊より、緊急の情報が届きました。結論から言いますと撃破は成功し、奴らの本拠を暴いたとのことです」
 ざわつく番犬たちを前に、望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)が順を追って説明する。
 語られるのは、いにしえのヴァルキュリアたちの物語。
「つまり、湿原で活動していたのは死神主流派ではなく、その分派『レギンレイヴ派』でした。テイネコロカムイ以外のメンバーは湿原地下にある異空間に幽閉されており、彼女は仲間の解放のためにグラビティ・チェインを集めようとしていた模様です」
 首魁レギンレイヴは死者の泉を司る戦乙女。『死者をエインヘリアルに導く力』を殊更に持つ上、その一派は悠久の幽閉に心を狂わせ世界への復讐以外何も見えていない。
 その危険性は、非常に高い。
「唯一の脱獄者が撃破され、事態はひとまず落ち着きましたが、牢獄がすでに綻びつつあるのは明らか。更に、他のデウスエクスが一派を利用せんと動く可能性も高いでしょう」
 特に危険なのは、エインヘリアルだと小夜は言う。
「現在、シャイターンがヘタクソな勧誘活動をしていますが、レギンレイヴがいれば役立たずの営業マンどもなどお払い箱です。我々が湿原の秘密を暴いた以上、早晩、奴らも牢獄を察知するでしょう」
 その前に牢獄を制圧し、レギンレイヴ派を殲滅する。
 それが今回の任務だ。

●異界の牢獄
「まずテイネコロカムイの頭飾りの護符を使用することで、異空間の彼女の檻に移動できます。空間には40以上の『鳥籠』型の牢獄が浮いており、その一つ一つにヴァルキュリアか死神が幽閉されています」
 幽閉者たちは鳥籠の外へは出られないが、逆にそれ以外の者は出入り自由。テイネコロカムイの鳥籠へ転移した後、それぞれ目標の鳥籠へ移動し、中の敵を撃破するのだ。
「ここで重要なのは牢獄の特性です。まず、鳥籠は『外から中へは攻撃が一切不可能』なのです。その為、侵入するまで攻撃は出来ません。ですが『中から外へは大分減衰するものの攻撃が可能』らしいのです」
 つまり鳥籠に入るのを手間取れば、一方的に攻撃を受けてしまう。特定のチームが集中攻撃を受ければ、まず耐えられない。
 その為、それぞれのチームが担当の敵を挑発しながら近づき、攻撃を誘引する工夫をして欲しい、という。
「特にレギンレイヴ担当チームを援護しなければなりません。首魁抹殺の目的が悟られれば、集中攻撃に合うのは必至でしょうからね」

●いにしえの叛姫
「皆さんの担当は、この相手……通り名を『七人ミサキの姫君』。名を『ミサキ姫』」
 画像にあるのはドレス姿の姫君と、七体の操り人形たち。
「新たな寵臣を迎え入れる度、古い者を切り捨てていた姫君だったのでしょうね。つく者を見誤ったのが運の尽き。幽閉の姫君には、牢獄で朽ち果てていただきましょう」
 姫は寵臣に見立てた人形を操って襲い掛からせたり、怨みを帯びた人形を撃ち放ってくるが、真に注意すべきは戦闘能力ではないという。
「彼女らの狙いは勝利でなく、脱獄のためのグラビティ・チェインです。それを得るため、ケルベロスを『殺したがる』のです」
 また、デウスエクスもグラビティ・チェインを保有している。多数の敵を撃破していく中で発生した力を、生き残っている敵が吸収し、脱獄に転用しないとも限らない。
「戦闘不能に陥った方は牢獄外に退避させる。他の鳥籠の状況を確認し、撃破のタイミングを合わせるなど、闘い方に工夫が必要でしょう」

「死者の泉を見出したヴァルキュリア……伝説上の存在が、太古の怨霊と化して発掘されるとは。しかしこの世界にはもう、彼らの居場所などありません。終わるべき伝説を終わらせ、歴史の教科書の一文となっていただきましょう」
 それでは、出撃準備をお願いいたします。
 小夜はそう言って頭を下げた。


参加者
二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)
マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)
村雨・ベル(エルフの錬金術師・e00811)
藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)
光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)
雛祭・やゆよ(ピンキッシュブレイブハート・e03379)
巽・清士朗(町長・e22683)
桜庭・萌花(キャンディギャル・e22767)

■リプレイ

●忘れ去られた場所
 そこは、豪奢な鳥籠の中。
 レギンレイヴ派殲滅のため、テイネコロカムイの檻に集ったケルベロスは、三百人を超えていた。
「はぁ……この鳥籠……ぜひ調査をしたいですが、まずはお仕事を終えないとですね」
 村雨・ベル(エルフの錬金術師・e00811)が感嘆のため息を落として、足元に触れる。藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)が周囲を見回せば、虚無の中には無数の鳥籠。シャーマンズゴーストのイージーエイトとポラリスは、怯えるように主人の影に縮こまって。
「まさか湿原の死神だけではなかったとは……この様な牢獄に、どれだけの間……気も狂ってしまいますわね」
「周りに四十人くらい仲間はいるけど、鳥籠の中ではずっと一人……いやいや、考えただけでも悍ましいんだわさ」
 雛祭・やゆよ(ピンキッシュブレイブハート・e03379)が身震いする。
 桜庭・萌花(キャンディギャル・e22767)と光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)も、共に身を寄り添って。
「この音……何か囁いてる? それとも呻き声? それに今回の敵、昔聞いた怪談話にそっくりなんだよね……お膳立てされ過ぎだよ……」
「なんつーか、ほんと、ある意味壮観ってゆーか……けど、ここで終わらせておいてほしいよね。うん。終わらせなきゃ」
 ここは嘆きも飲み込む、永劫の鳥籠。無限の時間を生きる種族さえ、狂気の檻に捕らえるところ。
「……だが、遂に時は動き始めた。進み始めれば怒涛の如し」
 巽・清士朗(町長・e22683)が呟く。
 そう。すでに作戦は始まった。先頭を行く番犬たちは相手を目指し、雪崩を打って鳥籠を脱していく。
「見付けたぞ。かなり奥にいるようだ」
 鳥籠の隙間から覗く鮮やかな色合いのドレスを見付け、マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)が言う。
 すでに周囲には罵声や怒声、敵からのグラビティが飛び交い始めている。
「この混乱の中では、五分近く掛かるでしょうか。でも、行かなきゃですね」
 ふっと息を吐いて二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)が気合を入れる。
 八人は頷き合うと、一斉に鳥籠を飛び出した。

●封印された狂気
 その女は見ている。
 己の抱える小さな王国。
 仄甘い灯りの中で、愛おしい家臣たちと躍った日々。
 目を開いても、目を閉じても。
 もはや手の届かない夢を。
「ミサキ姫さーん、ご機嫌いかがですかー」
 永遠に続くはずの夢が、今、無粋な声にかき乱されている。
「ミサキ姫とやらはそこか! いい年をして姫気取りか、死神めが!」
「ごきげんよう、囚われのミサキ姫! 空間を超えてあなたに会いにきたのよさ」
 不遜な輩を黙らせるべく、女は人形たちを解き放った。
「あらあら、随分と見窄らしいお人形さんを連れていますわね? その様な臣下しか持てぬとは、貴女の程度も知れているというもの……お可哀想なお姫様」
 だが彼女の家臣たちは期待に背き、投げつけられた言葉に女の額が歪む。
「随分古い小人さんしか持ってないんだね、時代遅れのお姫様。マジであの怪談の『お姫様』かと思って震えてたけど、こんな簡単に捕まるなんてやっぱ人違いかもねー?」
 女は再び人形を飛ばしながら、周囲に視線を走らせる。
『テイネコロカムイ、あれを黙らせて』
「お姫サマ、わかってないの? お仲間は死んだよ。あんたの手下は操り人形しかいない。あんたの運命、もう決まったようなもんじゃない?」
 聞こえているのか、いないのか。女は一体の人形を糸から切り離して撃ち出した。
 見捨てないでくれと泣き叫ぶ小人を弾き、白服の女が言う。
「新しい寵臣がつくたび古きを捨てる……まるで新しい玩具を強請る子供だな。此度朽ちるのは貴様だ。この命、くれてやる気はないぞ」
 あの苛立たしい猿の群れは、どうやら彼女とその王国を相手に、闘うつもりらしい。
 ああ。そうだ。思い出した。
『皆、門を開きなさい。この国は、死者の泉を司る乙女に身を委ねます』
 女は語りかける。今はいない、家臣に向けて。
 何千、何万年の時を経て、鳥籠の扉が開く。酷く軋んだ音と共に。
 がなりたてながら飛び掛かる人形たちを振り払いながら、無粋な輩が入り込んでくる。
 だが、女はそれを見ていなかった。
『レギンレイヴ。わたくしの王国の全てを、共に見る夢に賭けましょう。さあみんな、出撃なさい。デスバレスの支配を覆すのよ!』
 その女は見ているのだ。
 目を開いても、目を閉じても。
 戦乙女と共に叛旗を翻し、冥府の海を駆けくだった、その時を。
 そう。
 その双眸は、もう、何も見えていないのだった……。

●長き闘い
 八人は、混乱とグラビティの砲撃を掻い潜り、遂に目的の鳥籠へたどり着いた。
 その間、五分ほど。
 外にいる限り人形たちの怨嗟の威力は微々たるものだったが、籠に入る際には、鞭のように前衛を打ち据えた。籠の内外で、その威力は全く別物だ。
「大方、予定通りにそれぞれの鳥籠に入ったようです。こちらは予定以上に喰らうことも、他に攻撃が向かうこともなし。第一段階は成功したようですね」
 最後に入ったベルの報告を受けながら、番犬たちは前へ向き直る。同情のような嫌悪のような感情を胸に。
『ごきげんよう、皆さん。わたくしは、ミサキ姫。わたくしの王国は、レギンレイヴと肩を並べる道を選びましたの』
 微笑んでスカートの裾をつまみ、会釈する女。その瞳は宙を漂い、どこかの誰かに語りかける。恐らく彼女の心は、未だに彷徨っているのだ。遠く古代の夢の中を。
「すでに正気を見失ったか。ならばせめて、終わりなき幽閉に救済を。哀れなる死神に救いたる死を」
 清士朗が、刃を抜く。
「えっと、その……はい! 私は葵です! ごきげんよう! それでは、ここでさよならにしてみせますよっ!」
 困惑しつつも、やることは同じだ。ぎこちなく笑みを浮かべて挨拶を返しつつ、葵が一気に間合いを詰めて蹴りかかる。
『あら、生意気な。乙女の前に跪くならば、デスバレスでの地位も望めましたのに。よろしいわ。皆さん、わたくしのこびとさんにしてしまいましょう』
 葵の旋風の如き蹴りを合図に、雪崩を打って他の面々がそれに続く。迎え討つのは、けたたましい笑い声を響かせた狂気の人形たち。
「皆さん、忘れずに。いくら大事な任務でも命第一。生きて帰るの優先ですよ。大規模な合同作戦だけれど、命を懸けるにはまた別の機会がありますから……!」
 ベルの放った電磁波が七人の仲間の背を押した。
 振り返れば、レギンレイヴの檻に滑り込んでいく、番犬たちが目に映る。
 長い闘いの予感を抱え、籠の狂気との闘いが始まった。

 イージーエイトとポラリスが、前衛と後衛に分かれて祈りを捧げている。
 人形たちは、前衛を固めてしまわんと口が裂けるほど笑い狂う。だが、押し潰してくる嘲笑を、白い剣閃が舞うように弾き飛ばした。
『あら、生意気ね。逆らわずに、こびとさんにおなりなさい』
 女は、どこからともなく出した紅のリンゴを齧り取る。弓なりに歪んだ唇を真っ赤な舌が這うと、その身を覆う暗い影が大きく膨れ上がる。
「お前の玩具に堕ちる気はない……お前たちは、ここから一歩も外には出さん!」
 マルティナの一閃が、膨れ上がった呪いを断ち切る。その背後から、チュチュスカートを翻すのは、千鶴夜。
「ええ。貴人方を自由にする訳にはいきません。せめて魂は解放してさしあげましょう。ですから……ご容赦を!」
 その言葉を結んだ時。その手には魔法のように銃が握り締められている。凄まじい早射ちが彼女を庇った人形を蜂の巣にすると、女は甲高く怒りを喚いた。
『役立たずね! あの雌猿を掃いなさい!』
 人形が身の毛もよだつ絶叫をあげながら飛んでくる。だが、呪いを広げるはずの怨念は、番犬たちが全員で纏った加護が打ち消してしまう。女は、それに気付かない。
「耐性もきっちり、とりあえずは順調だわさ! 固められる前に動けなくしてやるのよさ!」
 やゆよの雷撃が人形たちの糸を伝って、女に小さな悲鳴を上げさせる。すぐに萌花がそれに続いて。
「あんた色々、古いんだよね。ま、仕方ないけど。あたしが今の流行、見せてあげる。気をつけなよ。刺激的だから、さ」
 甘く囁きと共に、口付けを飛ばすように。その言葉はまじないと化して女の身に痺れを走らせる。
 隙を突いて、清士朗が人形の一体を殴り飛ばして。
「人形は主が健在な限り、無限に湧くか。露払いと行こう」
「押さえます! 行ってください!」
 葵の大剣が火炎を纏い、横から飛び掛かって来た人形を砕き散らす。二人の開いた道を突き進むのは、睦。バールを大上段に構えて、飛び掛かる。
「この絵面、なんかちょっとどうかと思うけど! 覚悟ー!」
 殴り付けられても女は寒々しい笑い声を上げ、人形たちは叫び続ける。まるで、番犬たちの正気を侵そうとしてくるかのように。
 慈雨を降り注がせながら、ベルは振り返る。
 激戦の続く背後の鳥籠から、まだ照明弾は上がらない……。

 時計は、すでに作戦開始から十五分以上の時を刻んだ。
 人形が一体、怨嗟の叫びを上げながら飛びこんでくる。それを身に受けたイージーエイトが、瞬く間にその姿がかき消した。
 やゆよの放った発煙筒が、紅い煙を虚しく散らし続けている。
「こちら撃破準備完了、待機体勢! まだか……レギンレイヴ班!」
 纏わりつく人形の怨念を拭い、ぜいぜいと息を荒げるのは、清士朗。
「……もう少しのはずです。耐えますよ。敵の思惑がなんであれ、犠牲者を出すほどアマチュアではいたくありませんしね。さあ、来ます……!」
 ベルは、全力で男の背に緊急の魔術切開を施し、その背を押した。襲い掛かって来た人形の前に飛び込み、清士朗は攻撃を引きつける。怨念が、物理的な圧を以って己を押し潰す、その瞬間。
「春くれば、星のくらいにかげみえて、雲居のはしに……いづるたをやめ」
 男の体は深く長く息を吸い込み、煙のようにその直撃をすり抜ける。
 そのすぐ隣では、同じようにもはや限界を迎えつつある前衛二人に、残りの人形の群れが迫り……。
「絶対に……やらせませんっ! 受け止めます!」
 裂帛の気迫を身に纏い、葵が大剣を盾にその圧力を受け止める。全身の関節が悲鳴を上げる中、マルティナが共に剣を重ねて。
「……だ、大丈夫ですか!」
「こちらの、台詞だ……! 私にも、必ず帰ると約束した者がいる。ここで朽ちるものか……! さあ、押し返すぞ!」
 星の加護を散らしながら、二人は共に呪いを押し返す。
 だがもはや、目の前は霞む。前衛は、限界だ。
『これじゃあ、こびとさんになる前に、壊れちゃうわね……』
 そして、目の前の女もまた目に走る狂気は、死に際のもの。痺れに幾度か身を折って、殺せる隙も見せている。
 だが敵の首魁が、崩れるまでは……。
「歌うのよさ……喉が枯れるまで。みんなの絆、守り抜く勇気、歌い抜くのよさ!」
 すでに後ろに控える者たちもふらつき始めている。
 もうもたない。その想いを、何度超えてきたか。
 だが。
『じゃあ、みんな壊れちゃいましょう』
 道連れを求めて、人形たちが蠢き始める。
 もう、駄目だ。
 前衛たちがうなだれた、その瞬間。
 稲妻を纏った縛鎖が、人形たちを絞め上げた。
「レギンレイヴ、撃破です。畳みかけますよ……!」
 ベルの放った『賢者の霊鎖』に合わせるように、虚無の空間に合図の照明弾が輝いた。
「……! とどめを!」
「急ぐよ!」
 もはや、一刻の猶予もならない。敵にあと一手でも打たせれば、その時点で前衛は全滅だ。
 飛び出すのは、千鶴夜と萌花。唸る刃と、音も無い一閃。
 肩口に鮮血が飛び散らせ、女は膝をつく。しかし、最後の怨念か。人形たちは縛鎖を破り、半ば身を融解させつつもがちがちと歯を鳴らして……。
「ずっと恨んで、妬んで来たんだね。あなたのこびとさんも。あなたも。とっても悲しい」
 睦がそこに、立っていた。その言葉を魔力に刃を編みながら。
「もう終わって、いいんだよ」
 振り下ろされた刃が、女の胸を抉った。迸るような絶叫と共に、女は血溜まりの中に身を沈め、人形たちは融けていく。
 彼女は制圧された主の檻へ、震える指を伸ばす。
 色を失いつつあるその瞳に、初めて正気の色が灯った。
『長い夢……だったわね……レギン、レイヴ……』
 永劫の悪夢から、ようやく覚めたかのように。
 女の姿は、影も血も残さず消え去った。

●夢の終わり
「これでよかったんだよね……きっと」
 疲れ果て、膝を折った睦の背を、萌花が支える。
「うん……叶うにしろ、叶わないにしろ、夢は終わるもんじゃん」
 鳥籠の中へと幽閉されていたのは、叶わなかった夢。
 見回せば、全ての鳥籠で、次々と夢の残滓が消滅していっている。
「せめてもの餞。この剣、今日より媛切と号す……さらばだ死神。俺は生きる」
「ああ。在るべき場所へ、還れ。私達はまだ、この世界に生きねばならない理由がある」
 清士朗とマルティナが、それぞれに刃を構えて一礼する。
 やがて全ての鳥籠から、敵の気配が消えた。
「終わりましたね、帰……」
 千鶴夜が言い終える直前、地鳴りのように足元が揺らぎ、空間がねじれ始めた。
「……っ! まさか、空間が! 脱出しましょう! テイネコロカムイの檻へ! ポラリス、戸を開きなさい!」
「ああもう! こういう厄介な仕掛けはうんざりだわさ!」
 やゆよが言う間に、空間は崩壊を始める。
 檻を脱すれば、周囲の籠からも次々と番犬たちが走り出てくる。傷を負った者に互いに手を貸し合い、人数を確認しながら、一行はテイネコロカムイの檻へと辿り着いた。
「全員いるか!」
「ああ! これで全員だ! 転送を!」
 檻の中へと犇めき合い、誰かが護符を掲げる。
 番犬たちは綻びていく異空間を後にした……。

 ……釧路湿原。
 それぞれのチームの面々を迎えに、何機ものヘリオンが空中を飛び交っている。
「はあ……今回は最初から最後まで慌ただしいですね。あ、こちらのヒールは終わりましたよ。どうでした?」
 戻ってきたベルに、葵が声を掛ける。
「駄目ですね。あの護符も、もう機能しなくなってました。幽閉対象を失って、空間ごと消滅してしまったようです」
 あの鳥籠を調査したかったのに。と、ため息を落とすベルを、他の面々が慰める。
 虹の城ビフレストが核の破壊と共に崩壊したように、デウスエクスの技術にはよくあることなのだろう。

 番犬たちは牢獄に繋がれた太古の怨霊を全て討ち祓った。
 釧路湿原を騒がせた死神の群れはその元凶を断たれ、街は平穏を取り戻す。
 虜囚たちは、今や歴史の一節へと変わった。
 かつて、夜の遥か向こうで行われた冒険と闘いの物語は、断片的ながらもこの星の書物に記され、眠りについたのだった……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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