湿原の牢獄~呪われし輝き

作者:天枷由良

●ヘリポートにて
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は、まず朗報を告げた。
 釧路湿原で事件を起こし続けていた死神・テイネコロカムイの撃破に向かったケルベロスたちが、無事にその任を果たして帰還した、と。
「彼らは重大な情報も入手してきたわ。テイネコロカムイがデウスエクスをサルベージして解き放ち、グラビティ・チェインの略奪を狙っていたのは、自身も幽閉されていた牢獄から仲間を脱出させるためであったこと。囚われているのが、かつて『死者の泉』を見つけ出したと伝えられる古のヴァルキュリア『レギンレイヴ』と、その軍団であること……」
 レギンレイヴは、悠久とも言えるほどに長い時間を牢獄で過ごしたせいか、世界の全てに対して激しい憎悪を抱き、復讐の機を伺っているという。
 そのため、もしも世に解き放たれることとなれば『多くの一般人を殺害して、その魂からエインヘリアルを生み出す』というような、深刻な事件を引き起こすかもしれない。
「テイネコロカムイを撃破したことで、レギンレイヴたちが今すぐ地上へ出て来る可能性はなくなったわ。けれど、そのテイネコロカムイ自身が脱獄を果たしたように、何らかの理由で……たとえば牢獄の崩壊などで、レギンレイヴたちが解放される可能性もあるでしょう」
 或いは彼女たちの存在を嗅ぎつけたデウスエクスが、利用するために近づく恐れもある。
 エインヘリアル勢力にでも取り込まれてしまえば、その力を一気に拡大させる要因となってしまうだろう。
「これらの危険を早いうちに摘み取るため、牢獄の制圧へ動くことになったわ。詳しい状況と作戦を説明するから、よく聞いてちょうだいね」

 まずは牢獄に関して。
「テイネコロカムイから手に入れた護符を使うことで、牢獄の存在する場所へと転移することが出来るわ。そこには四十以上の牢獄が『鳥篭』のように浮いていて、レギンレイヴたちヴァルキュリアと、彼女になびいた死神たちが一つにつき一体、囚われているわ」
 虜囚の敵が牢獄――鳥篭の外に出ることは不可能だが、侵入者であるケルベロスは自由に行き来できるという。この性質を利用して、ケルベロスはテイネコロカムイが幽閉されていた鳥篭に転移した後、それぞれの攻撃目標がいる鳥篭に向かい、敵の撃破を目指す。
「鳥篭は外からの攻撃を防ぐけれど、内からの攻撃は大幅に威力を減衰させた上で通すわ。移動に手間取れば、四十ものデウスエクスから集中攻撃を受ける危険があるということね」
 首領たるレギンレイヴの撃破に向かうチームなどは、真っ先に狙われるのではないか。
 いくら威力が減っていても、数の多さには耐えきれないかもしれない。そこで各チームには移動する間も担当する敵を挑発して、攻撃を自分たちに向けさせる工夫が必要とされる。
「肝心の攻撃目標についてだけれど……皆に担当してもらいたいのは、レギンレイヴこそが死者の泉を統べるものであるという死神たちの一体、ホープ・ダイヤモンドよ」
 気品を感じさせる女性の姿をしており、特徴は左手甲の宝石から形作られる大鎌。
「眩い輝きが肉体の自由を奪い、幻視幻聴まで引き起こすわ。他には、無数の宝石を弾丸として撃ち出したり、宝石に意志を持たせて襲いかからせ、炸裂させたりするみたい」
 攻撃そのものの威力も無視できるものではないが、より気をつけるべきなのは、全てに篭められた強い呪いの力だろう。呪的、或いは魔術的な防御が欠かせない相手となりそうだ。
「そして、ホープ・ダイヤモンドに限らず、幽閉されている者たちは常に鳥篭から脱出するためのグラビティ・チェインを求めているわ。ケルベロスが戦闘不能に陥れば積極的にとどめを刺す機会を狙って、グラビティ・チェインを奪おうとするでしょう」
 万が一の場合は鳥篭の外に撤退させるなど、殺されないための手立てなども必要になるかもしれない。もちろん、そうなる前に撃破出来ればよいだけの話でもあるが。
「けれど、そこにも懸念があるのよね。彼らだって少量はグラビティ・チェインをもっているのだから、撃破された仲間のものを利用して脱出を図ろうとしてもおかしくない。全体での撃破があまりにもバラけてしまえば、一部を取り逃すという可能性も出てくるわ」
 幸いなことに、鳥篭の内部は外からでも見ることが出来る。他チームの戦況を確認していれば、撃破のタイミングを合わせることも不可能ではないだろう。
「とはいえ、それを気にしすぎて敗北しては元も子もないわ。悩ましいところだけれど、まずはホープ・ダイヤモンドの撃破を第一に。そして必ず全員で、帰還してちょうだいね」


参加者
佐竹・勇華(は駆け出し勇者・e00771)
楚・思江(楽都在爾生中・e01131)
シグリッド・エクレフ(虹見る小鳥・e02274)
早乙女・スピカ(星屑協奏曲・e12638)
ランジ・シャト(舞い爆ぜる瞬炎・e15793)
久保田・龍彦(無音の処断者・e19662)
シャルローネ・オーテンロッゼ(訪れし暖かき季節・e21876)
朝影・纏(蠱惑魔・e21924)

■リプレイ


 シャルローネ・オーテンロッゼ(訪れし暖かき季節・e21876)は息を呑む。
 湿原の牢獄。出迎えた幾つもの鳥籠を前にして、その芯たる存在に『籠中の姫』などと淑やかな言葉を向けられるほど、シャルローネは不躾でない。
「……なんてぇ光景だよ、ここは……」
 代わって楚・思江(楽都在爾生中・e01131)が呟き、広がる世界を地獄と――いや、魔界と称して口を噤んだ。
 こんな場所に閉じ込められ、何千年、何万年と過ごす。
 定命の者には計り知れない苦しみだろう。
 ささやかな救いは早乙女・スピカ(星屑協奏曲・e12638)が思うように、虜囚が一人きりでなく、多くの同志と運命を共にしていたことか。
 しかし敵であるとしても、あまりに酷い仕打ち。
 シグリッド・エクレフ(虹見る小鳥・e02274)は一言、このような場所を作り上げた者たちに向けて「……悪趣味ですことね」と、囁く。
 それきり音が途切れて、八人の中に僅かな沈黙が漂い、やがてボクスドラゴン・コラスィを伴う久保田・龍彦(無音の処断者・e19662)が浮かべた苦笑いを取り違えたか、思江は「カカカッ」と笑って言った。
「まさか、怖気づくわけねえだろさ」
 拳を握れば蘇る。死神の尖兵と化した大鷲の闘士へ、降魔の拳を打ち込んだ感覚。
 敵討ちなど望まれてはいないだろうが、散々命を弄んでくれた連中には『けじめ』をつけてもらわなければならない。
 もちろん龍彦とて、恐れ慄いていたわけではない。苦笑は敵の、そして味方の数を確かめて湧いたもの。此処には四十余りの敵に対するため、数百というケルベロスが集っている。
「こんだけ揃うと壮観ね。こりゃ、嫌でも気合入るってモンでしょ」
 ぐるりと眺め回して言い放ち、ランジ・シャト(舞い爆ぜる瞬炎・e15793)が朝影・纏(蠱惑魔・e21924)に目を移す。
 黒尽くめの中にある白い顔は小さく動いた。ランジも頷き返して、拳を掌に打つ。
「オーケー、いっちょ派手に暴れてやろうじゃない!」
「レギンレイヴに死神達……残らず、倒す!」
 滾る戦意に釣られたか、佐竹・勇華(は駆け出し勇者・e00771)も手甲代わりの攻性植物に包まれた腕を突き出して、気勢を上げる。
 その勇華を含めて三人と一匹を前に並べ、ケルベロスたちは仲間の武運も祈りつつ、目標の鳥籠へと駆け出した。


「ジャラジャラ宝石見せびらかしてくれちゃってさ! 悪趣味ね、ホープ・ダイヤモンド!」
 倒すべき敵を見据えて、叫ぶランジ。
 彼方から答えはない。代わりに飛んでくるのは、きらびやかな色とりどりの宝石。
 待ってましたとばかりに鉄塊剣・グリーフファングを構えて、ランジは後ろにいる仲間の気配を察しながら、器用に幾つかを打ち払っていく。
「自分から当たりに行くシューティングゲームってのも面白いわね!」
「……面白いかしら? 一方的に撃たれるだけなんてずるいと思うけれど」
「何言ってるの纏ちゃん、理不尽さを乗り越えるのもゲームの楽しみ方よ……っと!」
 裾が掴めそうな距離で追走しながらの問いかけに、振り向かず答えたランジがどんな顔をしているか。
 わざわざ検めるまでもないだろう。纏は半身をずらして、竜の幻影を解き放つ。
 合わせてシャルローネが、半透明の御業から炎弾を。シグリッドはオラトリオが用いる時空凍結弾、思江も杖から雷を迸らせる。それらは全て宝石の群れとすれ違い、鳥籠へと炸裂した。
 当然、中に影響は及ばない。けれども明らかな敵意を示して向かってくる者たちを前に、籠中のホープ・ダイヤモンドも余所へ目を向ける暇はなくなったらしい。
 再び宝石が散りばめられ、ケルベロスたちを傷つけようと飛来する。そのうちの数粒が勇華の懐に入り込んで、乾いた破裂音を立てた。
「――っ!」
「勇華さん!? だ、大丈夫ですか!?」
 驚き混じりのシャルローネが見せた気遣いに、勇華は軽く腕を振って答える。痛みはあっても勇者たる自負心が表情を歪ませず、両脚を突き動かしていく。
 むしろ庇われながら進んでいるシャルローネの方が、既に息も絶え絶えであった。
「こんなっ、事なら……もっと、服装を選ぶ、べき、でした……!」
 いつもの格好、と言えばそれまでなのだろうが、清らかな白と紺碧の如き青が織り交ざるドレス姿で走り回るのは、確かに不適当かもしれない。
 その点、勇華などは薄いピンクのミニワンピースに上から銀の胸当てを付けて、腰に鞘入りの短剣を下げている程度。艶やかさはともかく、動きやすそうではある。
 もっとも召し替える暇もなければ衣もないのだから、このまま行くしかない。シャルローネは瞳が潤むのを堪えながら息を整えると、努めて品良く、笑顔で――得物を振り上げた。
「私の大鎌と勝負してみませんか?
 そのような骨董品では、恐らく届かないと思いますけど」
 返答は勿論、宝石による強襲。
 そうだろうなと言わんばかりの微笑みを湛えて、龍彦が外套を翻す。
 傍らではコラスィも盾役を立派に果たしていたが……それは主との絆であるとか、命令だからとかでなく、コラスィ自身から滲み出る敵意、或いは龍彦への対抗心からによるものとも感じられた。
 ともあれ、八人と一匹は密集隊形を維持したまま、宝石が炸裂する中を前進していく。
 幸いにして、スピカが念のためにと持ち込んだ灯りに頼らなくとも、周囲の様子を見渡すことは出来た。レギンレイヴ討伐班にしろ、他の仲間たちにしろ、概ね問題なく進んでいるように窺える。
 ならば自分たちも、課せられた役目に集中するまで。
 合わせて四度ほど宝石の波を潜り抜けたところで、ケルベロスたちはついに鳥籠の前へと辿り着く。
 入口は勢いのままに雪崩込めるほどの大きさでなく、また一波の宝石が押し寄せる中、先に侵入を果たした盾役たちには若干の傷と疲労が垣間見えた。


 鳥籠――つまりは檻に入るという行為へ微かな躊躇いを覚え、纏は殿を務める。
 緩やかな金髪を垂らす死神は大鎌を握りしめたまま、ケルベロスたちを睨めつけていた。
 その顔は気品さを吹き飛ばすほどに悍ましく歪んでいる。手の甲に収まる一際大きな宝石も、そこから生み出される大鎌も、彼女の澱みを映すかのように、何処か歪な光を放っている。
 無理もない。永劫の果てに生まれた一欠片の望みは喰い潰され、なお迫る番犬の牙は己のみならず、信奉するレギンレイヴまで滅ぼさんとしているのだ。
 争い合う相手とはいえ、やはり哀れだとも思う。彼女へ罵声を浴びせる必要に迫られなかったことで、スピカは少しばかりの安堵さえ覚えた。
 しかし、ホープ・ダイヤモンドは死神。ケルベロスたちとは相容れぬ存在。
「……勝って、その魂を解放して差し上げましょう!」
 感傷を振り切り、シグリッドは片腕に銀光の蠍を宿らせる。程なく両目を見開いたホープ・ダイヤモンドも、呪力の込められた宝石を次々と作り出し、籠中の戦いが幕を開けた。
 スピカが星辰の剣を構え、鳥籠の底に守護星座の陣を描く。
 レギンレイヴが追い込まれるまで、ホープ・ダイヤモンドは生かさず殺さずの状態にしておかなければならない。そのための布陣を敷いてはいるが、幻視幻聴を引き起こすという閃光に当てられてホープ・ダイヤモンドを癒やしたり、同士討ちを始めては厄介。
 守護陣の光に加えて思江の杖から放たれる雷壁、さらにはコラスィの属性がインストールされることで、戦線維持に重要な癒し手を担うスピカには幾重もの呪的防御が与えられた。
 一方で道中から宝石を浴びていたランジは無数の小さな火球を生み出し、自分と前衛の仲間たちに広げていく。
 害意のある攻撃には盾の役割を果たす火球が、癒やしの力として身体に溶け込むのを感じながら、勇華は揺らぐことのない心意気――護るべきもののためなら、己が身すらも投げ打つと覚悟を叫ぶ。
「だって、それが勇者だから!」
 年相応に純粋で、世の穢れとは縁遠いような声は、酷く耳障りだったのかもしれない。
 希望を冠にする死神は宝石を操り、彼女の不屈を砕かんと襲いかかる。
 けれどもその前に、まだ楽観的な雰囲気で台詞を吐いて龍彦が躍り出た。
「まずは俺を倒してからにするんだな!」
 鳥籠越しの攻撃が如何に軽減されていたか、身をもって味わおうとも龍彦の様子は変わらず。口から溢れるのはホープ・ダイヤモンドが信奉する相手から抱かれていたかもしれない、恨み辛みの代弁。怨詛怨言。
「お前らがしっかりしてりゃ、こんなところに閉じ込められず済んだのによ」
 ぽつりと加えた一言が得も言われぬ怒りを駆り立て、視野を奪った。
 次に散りばめる宝石を作り上げながら、半狂乱で喚き立てるホープ・ダイヤモンド。懐へ忍び寄り、纏の打ち出す掌底が左胸を捉える。
「貴方の心を射止める……のは、無理よね」
 何とはなしに言った言葉は尻すぼみになった。仔細を語られずとも、敵の胸中はレギンレイヴへの忠誠、そして世界への怨みで満たされていると想像がつく。
「――でも、ごめんなさい」
 白塗りの柄に装飾を施した美しい大鎌を放り投げて、シャルローネが今一度、穏やかに決意を示す。
「ホープ・ダイヤモンドさん。あなたたちを、ここから出す訳にはいかないんです!」
 哀れみを感じる相手だとしても、大勢の生命と平穏を守るために倒さなければならない。
 彼女らが自由を得れば、また数多の悲劇が引き起こされるのだ。
「そのような事、許すわけにはいきませんわ」
 シグリッドは腕の蠍から毒尾を掲げ、一切の手心を加えることなく、敵を貫く。
 ジャマーの力で増幅された痺れと痛みを感じてか、ホープ・ダイヤモンドは美麗な顔を歪めて、ようやくまともな言葉を吐き出した。
「っ……これしきのこと、私たちの、レギンレイヴ様の味わった苦しみに比べれば!!」
「その苦しみ諸共、ここで終わらせたげるっつってんのよ!」
 ガトリングガンが唸りを上げて回る。ランジの撃ち出した弾丸の雨は、掠れた声を掻き消してホープ・ダイヤモンドの衣に火を点ける。
 ただの火ではない。グラビティによるそれは、じわりじわりと広がって炎となり、身体を焼く。
 ホープ・ダイヤモンドは癒やす力を有しておらず、仲間へ縋るには隔たる鳥籠が邪魔をする。
 しかしどうにかしなければ死が近づくばかり。
 打開する策は一つしかないだろう。左手の宝石を掲げて、死神は嘆くような光を解き放つ。
「くっ……」
 輝きから仲間を庇って立ち、両腕で眼前を遮る勇華の口から、小さな呻き声が漏れる。
 強い意志だけでは抗いがたい幻惑の力。仲間たちの声が悪意を含んで聞こえ、居るはずもない敵が次々に浮かんでくる。
 叫んで振り払おうにも、喉の代わりに腕が動く。手甲代わりの攻性植物が、あらぬ方向へと向けられる。
 けれどもスピカの描いた守護星座陣から光が放たれた時、それは迷うことなくホープ・ダイヤモンドへと伸びた。
「もう、お前なんかに惑わされるもんか!」
 一息気合を入れ直して、哮る勇華。
 さらに時を同じくして、彼方にはレギンレイヴとの戦闘開始を告げる合図が上がる。
「……さぁ、根競べといきましょうか」
 此処からが正念場。
 どのようにでも癒やしに動けるよう、スピカは剣と魔導書を手にして言った。


 時折、ホープ・ダイヤモンドの放つ光に誘惑されながらも、ケルベロスたちはスピカの振り撒くオウガ粒子や自身の叫びで迷いを振り払い、大崩れすることなく戦いを進めていく。
 その最中、響いた声は引き止める――とは違う、煽り立てるようなものだった。
「おい、コラスィ。俺を攻撃しろ。……良いからやれって。今は許してやっからよ」
 正気を失ったのかと思いきや、龍彦の眼は変わりない。彼は至って真面目に呼びかけていた。
 おかしいのは、地獄の炎が形を成したようなボクスドラゴンの方だ。それまでも主とは『息の合わない』戦い方をしていたが、ホープ・ダイヤモンドに向けていたはずの敵意が、ついと消えている。運悪く、催眠の効果を受けてしまったのだろう。
 不穏な空気が漂う。けれども思江の飛ばしたオーラを浴びたコラスィは、主など視界に入っていないかのような態度で素通りして、勇華の身体に力を流し込み始めた。
 それならそれで、よい。
「へっ、その白くて綺麗な大鎌を打ち砕いてやるぜ!」
 龍彦は肩を竦めてからチェーンソー剣を構え、敵に斬りかかっていく。
 駆動する刃の開いた傷には、炎が染みる。そこに群がる三体の小人は、シャルローネの喚び出したもの。
「『キキキ……』」
 それぞれ松明と長鎌、虫あみを持った小人たちが傷口を抉るたび、炎はさらに燃え上がる。
 ホープ・ダイヤモンドは苦悶の声と共に邪な光を放つが、その制御さえままならず。
「下品な輝きですこと……」
 いとも容易く光から逃れて、シグリッドは具現化した光の剣で切り抜ける。
 やがて炎に包まれ、毒を喰らい、身体中を斬り刻まれたホープ・ダイヤモンドは満足に動くことすらままなくなり、ひび割れた大鎌を支えとして膝を折った。
 身体中に、シグリッドの銀蠍や纏の掌底による影響が及んでいるところだろう。
「いい燃えっぷりねぇ!」
「死ねない身体というのも、不自由なものね」
 ランジの後に続いて、纏は冷ややかに言い捨てる。
 もはや勝敗は決した。あとは断頭台に、いつ刃を下ろすかが肝心。
 瀕死の敵は仲間に任せて、纏は一人、鳥籠から出たばかりのところに立ち、レギンレイヴ戦を見守った。
 撃破のタイミングで合図が上がるというが……どうやら、それを待つまでもないようだ。
「さて、貴女の希望も砕けてしまうようだし」
 程なく戻ってきた纏の呟きを耳にして、シャルローネが刃を――奇しくも敵の得物と同じ大鎌を振り上げる。
「では、そろそろ失礼して……!」
 斬撃は目にも留まらぬ速さで、ホープ・ダイヤモンドの左腕を裂いた。
 ただ一箇所、傷一つ付くことなく輝きを保っていた巨大な宝石が砕け、散っていく。
 或いはその塊こそが、彼女の本体であったのかもしれない。
「……粉々になって輝くダイヤも好きよ、アタシは」
 鳥籠の中を漂う名残を追って、ぽつりと、ランジは呟いた。

 その直後。
 牢獄の空間自体が歪み始め、崩壊を始めた。
「長いは無用だな……引き返すぜ」
 ここに至るまでの大概を取りまとめてくれた思江の言に従い、ケルベロスたちは来た道を引き返していく。
 もう飛んでくる宝石はないが、それでも迂闊に離れないよう心がけ、やがて八人のケルベロスとサーヴァント一匹は、欠けることなくテイネコロカムイの鳥籠から釧路湿原へと脱し、無事に帰還を果たしたのだった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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