●老爺は更なる欲望を求めたり
無影灯が照らしている実験台。その上に横たえられている老爺とその周囲以外は薄暗い闇に隠された、面積も分からぬ部屋の中。傍らに立つ仮面で素顔を隠したドラグナーが、落ち着いた声音を響かせた。
「喜びなさい、我が息子」
淡々と、淀みなく。
「お前は、ドラゴンの因子を植えつけられた事でドラグナーの力を得た。しかし、未だにドラグナーとしては不完全な状態であり、いずれ死亡するだろう。それを回避し完全なドラグナーとなる為には、与えられたドラグナーの力を振るい、多くの人間を殺してグラビティ・チェインを奪い取る必要がある」
「……」
老爺は瞳を瞑り、くくく……と喉を鳴らして笑い始めた。
「問題ない。貴方様に出会わなければ、わしは家族にも捨てられ惨めに死ぬだけじゃったのだからな」
身を起こし、拳を固く握りしめる。
満足気に頷きながら、ドラグナーに向き直っていく。
「一度は諦めたこの命、しかし貴方様は救ってくれた。まだまだこの世の青春を謳歌できる……わしを嘲笑った連中に仕返しできる……くくく、願ってもないことじゃ」
実験台から飛び降りて、ドラグナーに背を向けていく。
感謝の言葉を述べることはなく、外の世界へと立ち去った。
ドラグナーはしばしの間背を見つめた後、興味を失ったかのように視線を外していく。
次は……とつぶやきながら、闇の中へと手を伸ばしていく……。
●ドラグナー討伐作戦
ケルベロスたちを出迎えたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)。メンバーが揃ったことを確認し、説明を開始した。
「ドラグナー、竜技師アウルによってドラゴン因子を移植され、新たなドラグナーとなった人が事件を起こそうとしています」
この新たなドラグナーは未完成とも言うべき状態で、完全なドラグナーとなるために必要な大量のグラビティ・チェインを得るために……また、ドラグナー化する前に惨めな思いをさせられた復讐と称して、人々を無差別に殺戮しようとしているのだ。
「ですので、急ぎ現場に向かい、未完成のドラグナーを撃破して欲しいんです」
続いてと、セリカは地図を取り出した。
「未完成のドラグナーが出現するのは、この公営住宅が立ち並ぶ住宅地。その一角の……駅に最も近い号棟に併設されている公園ですね」
時間帯はお昼過ぎ。子供たちがはしゃぎまわり、親や老人たちがそれを優しい眼差しで見つめている頃。まずは彼らを避難させておく必要があるだろう。
万全の準備を整えた上で、未完成のドラグナーを迎え討つのだ。
「最後に、相対する未完成のドラグナーについて説明しますね」
姿は背丈の低い老爺。性格は傲慢かつ尊大。
戦いにおいては攻撃一辺倒。拳に渾身の力を込めて殴りかかり加護を砕く。怒気を込めた叫び声で複数人を威圧する。地団駄を踏むことで地震を起こし複数人の足を止めさせる、といったグラビティを使い分けてくる。
「また、このドラグナーは未完成な状態だからか、ドラゴンに変身する力は持ちません。ですので、先に説明した戦力に全力を注いで下さい。説明は以上となります」
セリカは資料をまとめ、締めくくった。
「ドラグナーとなってしまった人を救うことはできません。しかし、理不尽で無差別な復讐を行わせないためにも……どうか、よろしくお願いします」
参加者 | |
---|---|
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184) |
一咲・睦月(柘榴石の術士・e04558) |
暁・歌夜(ヘスペリアの守護者・e08548) |
七種・徹也(玉鋼・e09487) |
ノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068) |
伊庭・晶(ボーイズハート・e19079) |
卜部・サナ(仔兎剣士・e25183) |
ラースクート・アラン(過去の夢に浸りながらも・e33370) |
●平和を守りに
お腹を満たした子供たちが、元気な声を上げてはしゃぎ回っているはずのお昼過ぎ。風が梅の香りを運ぶ穏やかな空気に満たされた住宅地の小さな公園。足を運んだケルベロスたちは、程なくしてやって来る脅威に備えるための行動を開始した。
まずは親に話しかけ、危機が迫っている事を知らせていく。
親が子供のもとへ走っていくさまを確認した後、続いてベンチに腰掛けていた老人たちのもとへと歩み寄った。
戸惑った様子で見つめ返してきた老人たちに、セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)は優しい声音で語りかけていく。
「こんにちは。こんな良い日和に申し訳ないのだけれど避難をして欲しいの」
「私たちはケルベロスです、もうすぐ、ここへデウスエクスがやって来ます」
一咲・睦月(柘榴石の術士・e04558)もまた落ち着いた声音で言葉を重ね、まっすぐに瞳を見つめていく。
「なんと、それはそれは……」
老人たちはすっくと立ち上がり、深々と頭を下げ始めた。
「ならば、お願いします。あの子たちの未来を、守ってあげて下さい」
意識を向ける先、親とともに立ち去り始めた子供たち。
二人はうなずき返し、老人たちを公園入り口へと案内し始めた。
避難完了を確認し、七種・徹也(玉鋼・e09487)は殺気を放つ。
「これで、新しく人がやって来ることもないだろう。後は待つだけだな」
頷き合い、ケルベロスたちは警戒のアンテナを張り巡らさせながら時を待つ。
静寂に促され、世界を彩ったのは木々のざわめき。ほのかな梅の香りと共に公園を巡り、いずこかへと運んでいく優しい風。
「……」
過度に緊張していても、戦う前に消耗してしまう。
だから会話も交わされた。
今回の敵、未完成のドラグナーとなった老人や、その老人を未完成のドラグナーに変えたデウスエクスの話題を中心に。
言葉が交わされていく中、暁・歌夜(ヘスペリアの守護者・e08548)が静かな息を吐いていく。
「一般の人達がデウスエクスに力を与えられて凶行に走る、という話は聞くけれどケルベロスがそうなったという話は聞きません。どうなるかもわかりませんが、それが……」
半ばにて口を閉ざし、木々が列を列をなす先にある公園入口へと視線を向けた。
背筋をピンと立てた、老爺が一人。唇を尖らせながら、何かを感じた様子もなく歩いてくる。
ケルベロスたちの存在に気づいたか、間合いの一歩外側で立ち止まった。
「何じゃ、お主たちは。学校はどうした」
「……ケルベロスだ、覚悟してもらうぜ」
ノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)は腰を落とし、背に差す刀に手をかける。
同様に、卜部・サナ(仔兎剣士・e25183)は腰元の刀を引き抜き老爺に突きつけた。
「皆の何でもない普通の一日を守るのが、サナのお仕事なの。だからね、ただ普通に平和に暮らしてるだけの人達を傷つけるって言うなら……許さないんだからっ!」
「……はっ!」
一笑に付し、老爺もまた身構える。
「若者風情がいきがりおって。敬意を尽くさんか、敬意を!」
拳を固く握りしめながら、強く大地を踏みしめて……。
●我が儘老爺の求めた力
駆け出していく仲間たちを見送りながら、伊庭・晶(ボーイズハート・e19079)は治療準備を行いつつ肩をすくめていく。
「なんつーか……これぞ老害! って感じのジジイだな。年食ってるだけで丁重に扱われて当然って感じが救えねえぜ」
視線の先、徹也が老爺の懐へと踏み込んだ。
「はっ!」
すかさず放たれた拳を、地獄化した左腕で受け止める。
憎らしげに血走る瞳を見下ろしながら、小さく目を細めていく。
――老人はおとなしくしていろ、とは言わねえが……。
「……救えねえなぁ、こいつも」
つぶやきに誘われたかの如き勢いで、ライドキャリバーのたたら吹きが鋼のボディをぶちかまし徹也から老爺を引き剥がした。
距離が取られていく中、徹也は地獄の炎を飛ばし肩を並べて戦う仲間たちの盾と成していく。
それだけでは癒やしきれぬだろう徹也のダメージを和らげるため、晶はオウガ粒子を解放した。
「オウガメタル、頼んだぜ!」
「受け取ったサポートの分だけもっと、もーっと頑張るなの」
地獄の炎とオウガ粒子を受け取りながら、サナは老爺との距離を詰めていく。
砂煙を上げながら、緩やかな弧を描く一閃を。
脇腹に刻んだ浅い傷跡から赤の雫がこぼれ落ちた時、ラースクート・アラン(過去の夢に浸りながらも・e33370)がサナの頭上を飛び越えた。
「これ以上、被害を出させないためにも阻止させてもらうね」
太陽を背に回転し、老爺に向かってキックを放つ。
避けるため、左へ跳ぶと睦月は読む。
読み通り左へ跳んだ老爺へと、竜の幻影を解き放つ!
――本来は、守る対象ではあるけれど……ここまで性根が腐っていて、デウスエクスになってしまったのであれば……。
「……」
静かな思いを乗せて翔ける幻影は老爺を飲み込んだ。
「この程度!」
即座に飛び出してきた老爺は、炎を纏いながらも再び徹也に殴りかかってくる。
徹也は落ち着いた表情を保ったまま、地獄化した左掌で受け止めた。
「……」
言葉はなく、ただ見下ろしたまま横に流し、首筋に炎を宿した右腕による手刀を打ち込んだ。
たたらを踏んでいく老爺を横目に、晶は自らの分身を生み出していく。
「纏え、分身!」
徹也のもとへと向かわせて、身を守る盾と成していく。
受け止めたとしても、表情に出なかったとしても、デウスエクスの一撃は相当な威力を持っている。油断すれば……回復を怠れば、一気に持って行かれる可能性もあるのだから。
誰ひとりとして倒れぬよう最新の注意を払いながら、晶は老爺の動向に気を配る。
見開かれた血走る瞳。光を受け映すのは徹也とノーグ。
防衛役を務める仲間たち……。
動きを鈍らせ、脅威を削る。
戦いを万全なものとするために、歌夜は二本のゾディアックソードの刃でクロスを作る。
「……行きます」
二種の星座に導かれ、歌夜は斬撃十字をぶつけていく。
クロスした腕で受け止めた老爺は唇を噛み締め、血を流した。
「この、この……何故ジャマをするんじゃ! 貴様ら、若者が、わしを!」
喚き散らしながら刻まれていく地団駄は、地震にも似た振動を巻き起こす。
ともすれば地面が砕けてしまうのではないかと思えるほどの衝撃を右へ、左へとステップを踏み飛び越えながら、セレスティンはブラックスライムを槍の形へと変貌させた。
「自分の気持ちに正直に生きよとはよく言うけれど、ここまでくると、なんかもうあっぱれ。悪い意味でね」
地団駄が止むのを待たずに解き放ち、老爺の左肩をえぐっていく。
のけぞる老人に睨まれて、着地し深い溜め息を吐き出した。
「お年寄りに敬意を? お年寄りを大事に? 悪いけれど、そういうのはお年寄りの知恵がまだ生きていた頃の話。新しい時代を生きている若者とは当然意見がぶつかるものよ」
肩をすくめ、後方へと飛び退いていく。
「ただ年寄りだからと持ちあげていたら、あなたみたいに付け上がる人が増えるわね。お年寄りだったらなおさら、柔軟に生きてほしいものだわ」
「ま、もともとのあんたがどういう人だったかは、もうわからねぇけどな」
代わりにノーグが踏み込んで、赤い柄を持つ刀を振るい老爺の動きを牽制した。
にらみ合いへと持ち込みながら、小さなため息を吐いていく。
攻性植物だけではない。人の体内に入り込んで、人そのものを変えてしまう存在。前にもダモクレスは見たけれど……。
「……」
どことなく悲痛な表情を浮かべながら、それを吹き飛ばすかのように高く、高く咆哮する。
心震えるような気高き咆哮が前衛陣の背を押していく中、晶もまたオウガ粒子を拡散させた。
「まだまだ。俺がいる限り、俺たちが支えている限り、誰ひとりとして倒れさせたりなんてしねーぜ」
「この……小童共がぁ!!」
怒気を込めた叫び声が世界に響き、木々を激しくざわつかせる。
若干思考が乱れるのを感じながらも、セレスティンは涼しい顔で再び距離を詰めた。
飛び退こうとした老爺の足を踏みつけて、唐草模様が刻まれているライフルを上から叩き込んだ。
「……」
鈍い音を立てて尻もちをつく老爺を、見下ろすセレスティン。
老爺は視線を外し、地面を転がる形で離脱した。
「まだじゃ、まだ……」
「まだ、何?」
立ち上がろうとした老爺の左肩を、歌夜の刃が切り刻む。
痛みに全身が支配されたか、老爺が完全に動きを止めた。
「ぐ……」
漏れ聞こえてくる唸り声。
震える全身。
それでもなお変わらぬ殺意。
ノーグは静かな息を吐きながら緑色の攻性植物を巻きつけている左手を突きつけていく。
「……俺達がやるしかないんだよな」
老爺へと差し向け、右肩へと噛みつかせた。
注ぎ込むのは、新たな毒。
少しでも早く、この戦いを終わらせるために……。
●老醜竜子興亡記
竜は翔ける。
睦月が力を注ぐまま、老爺の体を食らうため。
たとえ打ち破られたとしても、炎は長く体を蝕む。
背後の景色を歪めるほどの炎が老爺を蝕む。
苦悶の声は何度も聞いた。
怨嗟の叫びも何度も聞いた。
決して消えることのない殺気に恐れることなく、ラースクートが懐へと踏み込んだ。
「おじいちゃん、ちょっとじっとしててね」
返事は聞かず、縛霊手をはめた腕で殴り飛ばす。
仰け反り、二度、三度とバウンドしながらも、息を切らしながらも、老爺は再び立ち上がった。
「ぜぇ……はぁ……」
虚ろに代わっていく瞳の中に、入り込んでいたのは徹也だけ。
足元をふらつかせながらも前へ、前へと進んだ老爺は、勢いのない動きで徹也に殴り掛かる。
左腕を盾に受け止めた徹也は、わずかに目を細めながら振り払った。
「もうおしまいだ、じいさん」
返答を待つ間もなく、たたら吹きが老爺の体をふっとばす。
大樹に叩きつけられていく光景を横目に、晶はオウガ粒子を解放した。
「終わらしちまえ、じじいの妄執を!」
万が一の可能性を消すために。
仲間たちが、万全の力で老爺へ向かうことができるように。
セレスティンにオウガ粒子が触れた時、その麗しき姿はかき消えた。
次の刹那には老爺に膝蹴りを叩き込み、地べたを這わせピンヒールで踏みつける。
ライフルの銃口を口にあてがい、口元を僅かに持ち上げて……。
「我儘の別の言い方は甘えん坊。子供みたいに駄々こねて、そんな甘ったれ精神でよくここまで生きてこられたこと」
トリガーが引かれると共に、転がる老爺。
止まり、土を掴みながらも立ち上がり……。
「……何故じゃ。なぜ、わしがこんな思いを……息子が、娘が、嫁が、夫が、孫がわしを捨てなければ、わしの言うことを聞いていれば……」
地面へ縫いとめるため、睦月は次元の精霊から柘榴石製の剣を借り受ける。
「惨めな思い、ですか。しかし、それは自業自得だったのでしょう。我儘に振る舞い続ければ、愛想を尽かされるのは当然でしょう」
老爺に向けて射出し、体の中心を貫いた。
「それを理解し、改善しないならば……あなたには破滅こそが相応しい」
「……もう、終わらせよう? この戦いも、あなたの苦痛も……」
二歩、三歩と下がっていく老爺に肉薄し、ラースクートは放つ飛び蹴りを。
ベンチの傍へとふっ飛ばし、仲間たちへと視線を送っていく。
「止めは任せました」
「わかったの!」
サナが刀を掲げていく。
「お日様、お月様、お星様……サナに力を貸して下さいっ!」
星の如く、月の如く、太陽のごとく、刀身が赤くまばゆく輝き出す。
万全の軌跡を辿らせるため、先だってノーグが踏み込んだ。
「弔いだ」
下から切り上げ、老爺を上空へと運んでいく。
頂点へと達した時、サナが勢い良く飛び上がり……。
「……日月星辰の太刀っ!」
落下を始めた老爺へと叩き込んだ!
焼け付くような音を立てながら、老爺は地面に激突する。
ひび割れた唇はもう、何かを紡ぐことはない。ただただ虚空を見つめ続けている存在に、歌夜は冷たく言い放つ。
「復讐などと言っていましたが、自業自得なだけなのでは?」
うめき声にも似た音が響いた時、老爺は跡形もなく消え失せて……。
●平和を知らせに
残されたのはケルベロスたちと静寂と、地面や木々に刻まれた戦いの傷跡。
すべてを元に戻すため、ケルベロスたちは治療や修復を行っていく。
位置のずれたベンチの移動などを担当するラースクートは、作業の中ふとした調子で小首を傾げた。
「復讐復讐って、何があったんだろうね?」
想像できることはあるけれど……。
「今となっては、ほんとうのところはわからないことだけどね……」
真実は全て、老爺が抱えたまま消えてしまった。
ラースクートは肩をすくめ、再び作業に没頭する。
さなかにも、老爺やドラグナーに関する会話は交わされた。そうしている内に事後処理が終わり、公園はあるべき姿を取り戻す。
健やかな風を浴びながら、サナが公園の入口に向かって歩き出した。
「それじゃ、行こうか! みんなに、悪者はやっつけたよ、もう大丈夫……って知らせるの!」
平和は、人々が享受し始めてこそ意味を持つ。
ケルベロスたちはサナに続き、住宅地に向かって歩き出した。
きっと、少しの時間がたったなら……再び、世界は子供たちがはやぎ回る声で満たされる。
親が、老人が子どもたちを見守っている。そんな優しい光景を取り戻す……!
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年3月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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