私の『家族』はどこですか?

作者:久澄零太

 ひたり、ひたり。夜道に誰かが裸足で歩く音がする。
「あら?」
 千里・愛は塾帰りの少女を見つけた。そっと少女の頬に触れ、ジッと瞳を覗き込む。
「な、なんで……」
 少女が疑問を投げ終える前に、頭が爆ぜた。返り血に濡れる顔を拭い、愛は寂しそうに目を細め、倒れた体を見下ろす。
「違う……この子じゃない……」
 はぁ。愁いを帯びたため息をこぼし、遠くにサラリーマンを見つけて首を傾げる。
「あ、あれは……」
 ほんの少し、頬を上気させて駆けていく。はやる胸を押さえる彼女に与えられた命令は『この辺りでお前の目的を果たせ』。
「あなた……!」
 彼女が喜々とした声をあげたのは、夫の面影を持つ男性に触れ、その頭蓋が爆ぜる数秒前の事だった。

「皆、集まったね?」
 番犬を見回す大神・ユキ(元気印のヘリオライダー・en0168)は地図を広げて、街中のとある地点を示した。
「ここにあるダモクレスが現れて、女の子と男の人を狙って殺して回るの。皆にはこれを止めてダモクレスを撃破して欲しいんだけど、ただのダモクレスじゃないよ」
 ユキが取り出した資料は、踏破王クビアラの物。
「今回のダモクレスはクビアラの命令を受けてて、皆と戦うことで情報を得ようとするの。番犬の戦闘データを基に、自分達を強化しようとしてるみたいだね。ダモクレスの方は命令とは別に人探しをしてるみたいで、何としても人を殺そう、って意思はないみたいだよ。むしろ、皆が姿を見せれば自分が探してる人かもしれないって、向こうから寄ってくるの。速く出撃すれば一般人の犠牲者を出さなくてすむよ」
 彼女はスッと地図を示し、夜間という人通りが少ない時間帯であることと、周囲の環境を示した上で、ここでできる限り派手な戦闘音を立てれば自然と一般人が逃げてくれる為、人払いの必要はないと告げる。
「ちょっと厄介なのは、あっちは命令に従って全力の皆と戦ってデータをとろうとしてるから、わざと手抜きしてどうにかやっつけるのが一番なのに、ダモクレスは正確なデータを取るためにも皆が手を抜いてるって感じたら逃げ出して、『人探し』をまた始めちゃうの。向こうにしてみれば、皆を本気にさせつつ自分の目的を果たせるから効率がいいんだろうね」
 ふと、ヘリオライダーの表情が曇る。
「だから皆には、全力で戦ってデータを取られる前に決着をつける短期決戦か、普通は番犬が取らないような作戦とか戦術で戦って、偽物みたいなデータを取らせて欲しいんだけど、それで負けちゃったら元も子もないし、でも全力で戦って戦闘が長引いたら大変だし……」
 段々目がうずまきになって、耳がペタンと倒れたユキがテーブルに伸びてしまう。
「うぅ……何かこう、良い感じにやっつけて来てね……」
 既に半泣きになっている少女は敵の外見に関する情報を示し、見た目はただの女性だが、背中に虫の翅状の機関がある事、首元にクローバーのスートが刻まれたコアが露出しているという特徴を伝える。
「敵は雷撃を使うんだけど、その使い方がかなり特殊なの。普通に広範囲を薙ぎ払う事もできるんだけど、触れた相手に電流を流して神経を暴走させて、体を内側から爆発させたり、痛覚を誤作動させて普通以上に痛みを感じさせたりって、生体電流を操ってくるの。これを活用して、皆を勝手に動かすこともできるみたいだから気をつけてね」
 だけど、と。この異能が鍵になるのか説明は続く。
「本来はダモクレスの探し人に使うための能力みたい。だからピンチにならないと使わないみたいだよ。戦況の把握に役立つかもしれないね」
 何か奥の手を持つ番犬にとっての、トリガーになるかもしれない。決着をつけるための指標になるだろう。もちろん、そこに至るまでの戦術ができていれば、だが。
「……ここから先は、私のワガママだよ」
 ユキが、ヘリオライダーからただの少女になり果てた。その目を見れば、彼女が言わんとすることを察する者も少なくない。
「ダモクレスは誰かを探してるんだけど、メモリーが壊れてて、正確に相手を見つけられないの。だから……」
 言葉を切り、そっと俯いた。
「見つからない相手を探し続けるあの人を、眠らせてあげて……」


参加者
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)
ファン・バオロン(終身譲路不枉百歩・e01390)
弘前・仁王(魂のざわめき・e02120)
上野・零(シルクハットの死焔魔術師・e05125)
風鈴・響(ウェアライダールーヴ・e07931)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270)
千里・雉華(其れでも華は天高き月を目指す・e21087)

■リプレイ


「探し人ならここにいるよ」
 ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)の声に、愛が振り向いた。降り注ぐ星々の煌めきの中で、彼女には機理原・真理(フォートレスガール・e08508)に娘の面影を見たようで。
「――!!」
 壊れたメモリーから引き出した、名前ですらない奇声と共に近寄ってくる彼女を、コインを弾く鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270)と上野・零(シルクハットの死焔魔術師・e05125)が黒い布を広げて迎え撃つ。
「車が来ない道路なら信号無視して歩道渡っちゃえ! あると思うっす」
 宙を舞う銀貨が、姿を消した。
「でも千九百九十五年四月、あなたはそんな雉華おねーさんを超叱られたものと伺ったっす」
 捻じ曲げられた空間から線路が伸び、駆ける零とは逆の軌道を描いて挟撃。その道を辿った列車が砲弾をばら撒いて、愛の機動力と逃げ場を奪いながら駆け抜けていく。
「お子さんの身に有り得るかもしれない、ほんのちょっとの危険も見過ごせなかった親心以外の何物でもないっす」
「……一九九六年の、浅草寺への初詣。常香炉を、煙を浴びるアレを貴女は火事と間違えて常香炉の中に水をぶっかけたそうで……随分とあわてんぼうですね?」
 砲撃の爆煙に紛れ、視界の外から翻すようにして覆う。そのまま絡めとるそれは布ではなく、不定なる得物。液状であるそれが愛を包み、捕え、ベクトルを変えて地面へ叩きつける。
「……今もまだ慌ててるのかな? 探し人を何度も間違うなんて」
 得物を広げるようにして愛を転がし、コイントスしようとして、投げることなく首を振った千里・雉華(其れでも華は天高き月を目指す・e21087)へと送り出す。
「……そこに眼鏡をかけた女性がいるだろ。彼女は千里・雉華、それがアンタの探し人、貴女の娘」
 疑問符を浮かべる愛に、ウォーレンが苦笑した。
「鋼太郎さんとあなたの娘の雉華さんだよ。良く見て」
「違う、あの子は……」
「もう十五年経ってるんだよ。貴女の娘は、立派に育っています。だから……」
 言葉を紡ぐより速く、構えた。
「違う、あの子は……そう、思い出、その話を知ってるのは家族だけ、あなた……見つけたわ、あなた!」
 クルリと、零に向き直る愛に弘前・仁王(魂のざわめき・e02120)が舌打ち、大盾を構えて割り込んだ。
「貴女の夫、そして雉華さんのお父さんである鋼太郎さんは凶器を持った相手を説得している最中に刺されて亡くなったと聞いています。そして貴女が、その後その死をずっと悲しまれていたとも」
 無機質な四肢と盾が激突、鈍く甲高い金属音を響かせて、仁王はそれすら打ち消す怒号を上げる。
「雉華さんも鋼太郎さんと同じようにする気ですか!?」
 自身の役割はあくまでも支援、そう決めた彼は攻めるより、守ることに重きを置く。盾を振り上げて愛の両腕を弾き、がら空きになった胴体を蹴りつけて体勢を崩させながら、手中に輝く果実を生成、宙へ放ったそれを得物で穿ち、番犬達への加護を振りまく。
「悲しい事件を、また繰り返させる気ですか! 早く正気に戻ってください! その悲しみ、辛さはメモリーにまだ残っているでしょう!?」
「何を言ってるの? あの人は忙しいの、まだ帰って来なくて……寂しくて探しに来ちゃった」
 てへ、と舌を出す愛。彼女のメモリーはただ壊れているのではない。深刻なトラウマから己が精神を守ろうとする人間が記憶の一部を欠落させることがあるように、彼女もまた理性を保つため、無意識に記憶の改竄というイレギュラーな初期化をしてしまったのだろう。
「その指輪、雉華が幼い頃飲み込んだというモノか? 未だつけ続けているということは……余程思い入れ深いのだろうな」
 ザリ。ファン・バオロン(終身譲路不枉百歩・e01390)の言葉にノイズが走る。その正体を彼女が知るより速く、ファンは距離を詰めて掌底を放つ。心臓めがけて撃ちこんだ衝撃が伝達回路の一部にエラーを引き起こし、その動きを鈍らせる。膝を着いた彼女を、ファンは呆れかえったように見下した。
「お前が探しているものが、目の前に居ることすらわからんのか?」


「お母さんがダモクレスに……本当だったら、ケルベロスの私達は全力で倒さなきゃいけないかもですが……」
 苦悶の表情をする真理だが、千里・雉華は尊敬出来る『警察』で、その雉華が何とかしたいと言うなら。
「何とか、しなきゃですね」
 転送するはヘッドホンにも似た上下一対の浮遊機と長銃。もはや砲、と呼ぶ方が相応しいそれと、浮遊機と、彼女自身のヘッドギアを細いコードで接続。服が分解、再構成されて白いフイルムスーツへ。
「仲間も、想いも、全部守ってみせるです。フォートレスガールって異名、伊達じゃないのですよ……!」
 銃口を上に向ける真理へ、愛が迫ろうとするが黒い機体が滑り込む。
「プライド・ワン、援護は任せるです!」
 応えるように騎乗機のエンジンが吠え、弾幕を張りながら突撃。ブラックマークを残しながら車体を倒し、愛の脚を払いながらその身を吹き飛ばす。
「広域展開、いくですよ……!」
 直上へ放つのは超小型浮遊機の弾丸。上空で割れたカプセルから散らばる、霧にも見えるそれが前衛を包み込み、電圧を緩和する防壁と化した。
「千里から聞いたぞ! 宝石のようなキラキラした思い出を。いいお母さんじゃないか!! お前そんなとこで何してるんだ?」
 風鈴・響(ウェアライダールーヴ・e07931)の問いに、愛は困ったように微笑んだ。
「家族を探しているの。仕事に行って帰って来ない夫と、つい飛び出してしまって、家に置いてきてしまった娘がいるのだけど……」
「ふざけるなっ! 目の前にいるじゃないか……!」
 響の悲痛な叫びにさえ、示された雉華を見やる彼女はキョトンとするばかり。夫を失ったショックで心を初期化した彼女には、何が言いたいのか分からないのだ。そんな有様を察し、少女は吼える。
「戻ってこい……! ライダァァァ……」
 星の刻まれたベルトに、重力鎖を叩きこむ。
「変身!!」
『Louve』
 星の輝きと共に、全身が黒いスーツに覆われて赤い装甲を装着。左足には狼を象った装甲と、それを戒める鎖が、右腕には長く伸びた鉤爪が。
「千里の優しいお母さんはこのウェアライダールーヴが必ず連れ戻す!」
 横を走り抜けるヘルトブリーゼのハンドルを引っ掴みながら飛び乗り、アクセル全開。愛に突っ込み、加速しながら跳んだ。弧を描きながら回転、騎乗機がドリフトして弾幕を張る傍ら、自身は直上から急転直下。叩きつけるように蹴り潰す。ギシリ、鈍い音を聞きながら跳ね返るようにして愛機へと戻っていく。


「迎えにきまシたよ、お母さん」
 雉華は膝を着く愛の前に立った。
「探してたのは同じスよ。したら別の男に浮気かよ、話聞かなきゃいけねえよなぁ」
「うん?」
 首を傾げる愛に、奥歯を噛んだ。
「……聞かせてよ、何でいなくなったのか」
 ようやく、顔を合わせたというのに、十五年ぶりの再会だというのに。
「一緒にいたいなんて言わないから、もう我儘言わないから、アタシのこと覚えてなくてもいいから……!」
 長かった。もう一度親に会いたい。年頃の娘なら思う当然の事を、ずっと、ずっと押さえていた。
「少しくらい話返してよお母さん! 一生のお願いだからぁ!!」
 両手で頭を掴み、頭突きして自分の記憶を叩きこむ。浅草の煙に水をかけた事、父の誕生日に微笑みながら、ずっと帰りを待っていた事、中学の入学式に来なかった事、そして……一人残された自分が、ずっと母を探していた事。記憶を重力鎖を通して、データに変換。土石流のようにメモリーへ叩きこみ、一時的なクラッシュを引き起こして思考を鈍化。動きを鈍らせながらも、雉華はその手を離さない。
「お父さんの次にお母さんまでいなくならないでよぉ!!」
「雉華おねーさん、退くっす!」
 五六七が雉華を蹴り飛ばし、愛に捕らわれた。
「あぁああああ!?」
 流し込まれる電圧に、全身を引き千切られるような激痛が走る。掴まれているのは肩だというのに、まるで無数の腕で違う方向へ引き裂こうとしているような……。
「頭痛い……」
 煙を上げて、白目を剥いた五六七を一瞥した愛が頭を振る。
「貴女も家族を探しているのね……でもごめんなさい、私は貴女のお母さんじゃないわ」
 困ったように笑う彼女に、嘘をつく様子はなく、雉華が力なく崩れ落ちた。もう、彼女は……。
「まだっすよ……」
 マネギの翼が、五六七を蘇生する。再び立ち上がる少女は、キッと目の前の女性を睨んだ。
「完全削除済なら新規に書き込むっす! あなたは雉華おねーさんのお母さんっす! おねーさんもっす!!」
 振り向いたのは、もはや虚ろな瞳に涙をためた、一人の警察官。
「まだ何も終わってないっす! 昔はどうか知らねーっすけど、今は一人じゃないんすよ!?」
「そういうことだ」
 シャン。ただの紐だというのに、鈴のような音を持つ得物を構えるはファン。
「まだ結果は出ていない。ならば全力で事に当たるだけだ……」
 両手の指の間を通し、暗器のように振るうそれで愛を捕え、更に近くの街灯を通し、編み、蜘蛛の糸のように絡めとる。磔刑にも似た形に固定された彼女へ、ウォーレンが微笑んだ。ぽつり、ぽつり、彼に降り始める雨粒が、胸を引き裂く様な『悲しみ』を届ける。
「まだ、終わってないよ。こんなにも、孤独に苦しんでる。彼女はまだ、完全にダモクレスになってなんて……」
 相手に同調し、苦痛を分かち合う事で痛みを和らげ、淡く白い光をそっと差し出し傷を癒す彼の言葉に、雉華はギュッと唇を結んだ。
「皆さん、もう、結構でス……」


 やはり、救いなどなかった。分かっていた、分かっていたのだ。それでも……。
「アレはアタシの母ではありまセん、敵でス」
 諦めたくなかった。そんなことは、無意味だと誰より分かっているのに。
「何言ってるですか!?」
 真理は浮遊機を展開しながら、更に加護を振りまく弾丸を展開してまさに城塞の如き布陣を維持する。
「まだ何も終わってないですよ? なんで諦めるですか?」
「いえ、孤独に苦しんでるって聞いて、確信しまシた。あれはもう、手遅れでス」
 この事件には、ある矛盾がある。愛が失踪したのは十五年前、しかし今地球に攻めているダモクレス達が以前来たのは五十年前。つまり、『愛は今回のダモクレスではないはず』なのだ。
「あれ、だとしたらなんでこの事件に……?」
 指摘を受けた仁王が首を傾げ、彼の箱竜が愛の足元へ火を吹きかけて牽制、その隙に盾を地面に打ち込んで、周囲に散った重力鎖の欠片を自身の重力鎖で繋ぎ、重ね、仲間を守る防壁として展開する。
「実は、こんな事件は前にもあったんでス」
「まさか……!」
 ファンが歯噛みし、雉華はポケットの中、御守代わりに持っていた金属片を、ある少女の遺骨を握りしめる。
「敵の中には、人間を改造してダモクレスにする連中がいまス。母は恐らく……」
 レプリカントの初期化は準備期間があるが、愛は夫を失ったショックのあまり準備期間をすっ飛ばして中途半端に初期化してしまい、不完全だった彼女は利用されたのだ。そうでなくても、救えなかったのだろう。愛が人類の宿敵として、ダモクレスとして発見された時点で……。
「ならば……」
 前に出ようとするファンを、雉華が制する。彼女の腕甲に気づいたからだ。それは、本来彼女の物ではなく……。
「ファンさんは背負う覚悟をしたんでシょう? ならば、アタシだって逃げるわけにはいかないでスよ」
「しかし……」
 眉を顰めるファンに、雉華は首を振った。
「今回はアタシのワガママに付き合ってくれたじゃないでスか。どうせなら、最後まで好きにやらせてくだサい」
「……」
 道を譲るファンに、小さく告げた「ありがとう」。その想いは、誰にも渡せない。
「……本当に、いいんだね?」
 シルクハットの下、どこか寂しそうな目をする零の言葉に、雉華は頷いた。
「……そうか、雉華さんが決めたのなら、仕方ない」
 魔導書を開く零の前で、愛が両手を突き出すように構えた。今までにない型に、次に何が起こるのかを察した響が同じ構えをとる。
「くっ……」
 バチリ、小さな稲光と共に雉華が大型リボルバーを自身のこめかみにあて、引き金に指を……。
「やらせない、やらせてなるものかッ!!」
 最後の一線を越える前に、響の重力鎖が雉華に叩きこまれ、掛けられた電圧を弾き飛ばして彼女の体の支配権を取り戻す。
「……遠きものの声を聴け、その導きに従い、無より生み出せ――宣言せよ」
 零のなぞる魔導書の一節が、空中に無数の光を生み出した。
「Birth of new life!」
 光はかぼちゃに姿を変えて、わざと愛を外すように降り注ぐ。ひらひらりと避ける彼女は気づかない、それが雉華の方への誘導であるという事に。
「殺人未遂の現行犯、歯ぁ食いしばれッ!!」
 ――これは推論だ。宇宙で育った貴女は、愛する人を失う痛みを知らなかったのではないか。
「何? 私はただ、夫と娘を……!」
 故に、初めての喪失に心を打ち砕かれ、愛などいらぬ、と思ったのではないか。
「こちとら言いたい事が山ほどあったんだ、それを……!」
 でも貴女は誰かを探してる。
「いや、いやぁ……!」
「……」
 振るわれる雷撃が頬を掠め、眼鏡を吹き飛ばす。残された赤い線からこぼれ落ちる緋色の雫は涙のように……襟首を掴んだ至近距離、もう逃がさない。
「ねぇ、お母さん」
 そっと、抱きしめて。たとえこの想いが届かなくても構わない。
「あなたとお父さんに愛された娘は、ここにいるよ」
 最後に流し込んだのは、小学生の頃。雉華の誕生日に遅刻した父を二人で叱った、実にくだらなくて、つまらなくて……些細だけど、家族で笑った、幸せな一時。
「――ッ」
 メモリーのアラートが消えない。思考が停止した愛を、無数の鉄パイプが刺し貫く。
「あぁ……そっか……」
 震える手が、雉華の頬に触れる。
「大きく……なったのね……」
 記憶を取り戻したのか、誤認しただけなのか、分からない。けれど、最期に幸せそうに微笑んだ瞳が光を、ようやく触れた手が熱を、失っていく。
「……十三時五十二分、ガイシャの死亡を確認、事後処理に入りまス」
 その手を、重ねなかった、重ねられなかった。
「ごめん……なさい……!」
 涙する響の頭をぽんぽんと撫でてやる。かつて母が、そうしてくれたように。
「多分あちきは元ダモクレス、しがない記憶喪失のレプリカントっす」
 もう動くことはない愛に、五六七は話しかける。
「優しい人達に拾われて今は毎日楽しいっす。でも、もしもとても悲しいことがあったなら……『初期化してしまいたい』。そう思っちゃったりするかも……っすか?」
 その答えは、返って来なかった。

作者:久澄零太 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 16/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 13
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