あまいおそらとおかあさん

作者:麻香水娜



「雨……じゃない? これってコンペイトウ?」
 少年が空から降ってきた色とりどりの小さな粒に瞳を輝かせる。
「うわー! あの雲もわたがしみたい! おいしそう!」
「食べてみる?」
 空を見上げる少年の頭上から優しい声が降り注いだ。
 そちらを向くと母が優しげに微笑んでいる。
「たべられるの? とどかないよ?」
「届くわよ」
 少年が首を傾げると、母親の手が一気に伸びて空に浮かぶ雲を掴んだ。
「うわあ!!」

 ――ガバ!
「……ゆめ……」
 飛び起きた少年は、ほっと胸を撫で下ろす。
 すると、いきなり目の前に現れた魔女・ケリュネイアに、大きな鍵で心臓を貫かれてしまった。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 ケリュネイアは、そのまま何処かへ去っていく。
 普通に立っているのに指先が地面に届きそうなくらい腕の長い女性を残して――。


「金平糖が降ってくるなんていいなぁ……」
 メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)が、うっとりと呟いた。
「夢がありますよね……いえ、夢なのですが。さて――」
 穏やかに微笑む祠崎・蒼梧(シャドウエルフのヘリオライダー・en0061)が説明を始める。
 理屈の通じない、とにかくビックリする夢を見て飛び起きた子供がドリームイーターに襲われる、と。
「『驚き』を奪ったドリームイーターは姿を消してしまっているのですが――」
 少年の夢を元に現実化した腕の長い女性ドリームイーターを倒す事ができれば、『驚き』を奪われた少年は目覚めるだろう、と続けた。


 この異様に腕の長い女性は、深夜に少年の家がある住宅地を徘徊している。どうやら遭遇する人々を驚かせようとしているようだ。
「この女性、誰かを驚かせたくてしょうがないようで……ですから、通りを歩いているだけで向こうから近づいてくるでしょう」
 最初はどこにでもいる30歳前後の女性のようだが、急に腕を伸ばして驚かせてくるのだという。
 しかし、驚かなかった相手がいたら、どうにか驚かそうとして狙ってくるようだ。
 少年の夢の中では母親であった事から、母のように子守唄を唄ってきたり、長い腕で叩いてきたり、ヒステリックな叫びを上げて傷を癒すようだ。更に状態異常を得意としていると付け加える。
「自分の母親がいきなり化け物のように腕が伸びたらショックでしょう……更にその驚きを奪われて目を覚ます事ができないなんて……。どうか少年を救って下さい」
 お願いします、と頭を下げた。


参加者
エリヤ・シャルトリュー(籠越しの太陽・e01913)
リュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)
アンナ・シドー(ストレイドッグス・e20379)
結真・みこと(ょぅじょゎっょぃ・e27275)
西城・静馬(創象者・e31364)
妹口・琉華(お兄ちゃん属性の男の娘・e32808)
草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)
ルタ・ルタル(渇きの翼・e34965)

■リプレイ

●深夜の住宅街は立ち入り禁止
「あとは……どの辺が人来そうかなぁ……」
 キープアウトテープを貼りながら予知のあったエリアを歩くエリヤ・シャルトリュー(籠越しの太陽・e01913)が呟く。
「まぁ、こんな時間だしあんまり人が来ないことを願いたいもんだけどね」
 エリヤを手伝いながら、こちらの方に向かってくる人はいないだろうかと、草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)は周囲に目を配らせていた。

「えぇ、こちらでも対策は取りますが、何人かで構いません。人を見かけたら避難するように言って頂けると心強いのです」
 西城・静馬(創象者・e31364)が片目を閉じてアイズフォンを使い、警察に協力要請をしている。
「連絡ありがとう。これで、万が一キープアウトテープのない場所から人が来ちゃうっていう可能性も低くなったね」
 静馬が閉じていた目を開いて通話を終わらせたのを確認した妹口・琉華(お兄ちゃん属性の男の娘・e32808)が、ふわりと微笑んだ。

(「姉さんが言ってた夢……本当に見た人がいるんだ……甘いものは食べた人を笑顔にしてくれるんだから、あの子にも起きて本物を食べてもらいたいな」)
 被害者の少年と同い年のリュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)は、その事に親近感を覚えて、起きて笑顔になってもらおう、と決意を固くする。
「う、腕が長かったら雲にも手が届く、けど、金平糖の雨は降ってきてほしいけど、綿菓子のような雲も食べてみたいけど、はぅ……」
 そんなリュートニアの横、予知の内容を思い出して震えるルタ・ルタル(渇きの翼・e34965)は、ウイングキャットのマコハをぎゅっと抱きしめた。深夜に腕の長い女性が出てくるなんて、本当に恐ろしいらしい。
「みこは怖くないのだ! そんな悪いおかーさんはやっつけちゃうのだ!」
 怖がっているルタのすぐ後ろから結真・みこと(ょぅじょゎっょぃ・e27275)が、両手の拳に力を込めて、むん! と唇を尖らせる。
「……」
 仲間達の後ろを気だるげに歩くアンナ・シドー(ストレイドッグス・e20379)は、軽い溜め息を漏らした。
(「驚かせたいっても、分かっていることに驚いたりしねえだろ」)
 いつドリームイーターが現れても前に飛び出せるように気を張りながら――。

●驚愕! 腕長おかあさん!
 キープアウトテープを貼って出歩いている一般人はいないかと回っていたエリヤとひかり、警察に連絡しながら見回りをしていた静馬と琉華の別行動だった2組もリュートニア達と合流する。
 件の女性――ドリームイーターが現れるのを警戒しながら、談笑して一般人を装った。
「あれね」
 視界に人影を捉えたひかりは、さっと近くの物陰に身を潜ませる。
 その声にドリームイーターの姿を捉えた7人も内心で気合を入れた。
 ドリームイーターが7人に近付いてくる。
「デウスエクスがこの辺を徘徊中だからお姉さんもここに居たらあぶな……」
『ふふふ……雲にだって届くわ。手を伸ばせば、ほら……」
 エリヤが敢えて一般人に声をかけるように口を開くと、その声にドリームイーターの声が重なり、ぎゅーん、と空に向かって腕を伸ばした。文字通り腕だけ10m以上も。
「わぁっ」
「う、うわああああああ!!!!」
 エリヤがビクリと驚き、ルタが悲鳴を上げると共に腰を抜かして尻餅をついてしまう。
 元々心構えのあるエリヤは驚きつつもしっかり手は武器に伸びていた。が、ルタはそれどころではなく本気で腰を抜かしてしまったらしい。それをマコハがペチペチと頬を叩いて正気に戻す。
「腕が伸びましたね……」
「……下らねぇ」
 大して驚いていないリュートニアがぽつりと呟くと、アンナも仏頂面のまま吐き捨てた。
 ドリームイーターの目が2人に向くと――、
「みこはそんなの驚かないのだ!」
 えっへん! とみことが胸を張って元気な声を出す。
『こんな時間に起きているなんて悪い子!』
 ドリームイーターは、みことをぎょろりと睨んだ。

●悪夢を無に
 被害者の少年がよく母親に歌ってもらっていた子守唄を歌うドリームイーター。その口からは歌と共にモザイクが宙に舞い、一直線にみことに襲いかかった。
「そんなの当たらないのだ!」
 みことは小さな体でささっと斜め後方に飛び退く。
「ちょっといじわるな魔法だよ!」
 着地した途端に手を翳して、前衛4人とサーヴァント1体に、呪いの力を高める魔法をかけた。自分へ向けられた相手の攻撃を弱らせる呪いの力を増幅させる。更にウイングキャットのねことが清浄の翼で邪気を祓う風を送った。
 続いてリュートニアのボクスドラゴン、クゥが主人に属性インストールで風を纏わせる。
(「絶対起こしてあげるんだからっ」)
 みこととねこと、クゥの支援に、リュートニアの決意が更に固いものとなった。
「……目標補足。これより撃破」
 キッ、とドリームイーターを見据えて、魔力を込めた弾丸を浴びせる。
「正に悪夢の押し売りだな――悪いが赤子のようにはいかん」
 グッと両手を握り締めた静馬の袖が、駆動音と共に弾け飛び、白亜の機械腕が現れた。
 その腕でスラリと抜刀し、ゆるやかに月光斬で急所を斬り裂く。
「早くこんな夢、覚めちゃえっ!」
 仲間の動きを意識していたルタは、静馬が抜刀した瞬間に助走をつけて走り出し、スターゲイザーで重力の錘をつけた。
「やれ」
 アンナがビハインドに指示を出すと、ビハインドは苦悶するように叫び声を上げてドリームイーターを金縛りにする。
「やってくることも予定通りか。意外性って奴が足んねぇな」
 一瞬動きを止めたドリームイーターに、飽き飽きしたようにアンナが降魔真拳を撃ち込んだ。挑発して自分を狙わせようと。
『!!』
 ドリームイーターは、攻撃を受けながらアンナの言葉に目つきを鋭くする。
「《我が邪眼》《影を縫う魔女》《仇なす者の躰を穿て、影を穿て。重ねて命ず、突き刺せ、引き裂け》」
 そこへエリヤの声が響いた。すると、ローブの紋様に織り込まれた魔術回路が発動する。針状の影がエリヤの周りに現れ、それを雨の如くドリームイーターに降らせて、背中から倒れたドリームイーターを地面に縫いとめた。
「プロレスラーってのは、お客さんを驚かせてナンボのお仕事なんだよ!」
 エリヤの針が降り出したタイミングでひかりが声を上げながら物陰から飛び出す。
『!?』
 7人だと思っていたケルベロスがもう1人いた事に、ドリームイーターは目を見開いた。
「いくよ!」
 ひかりは飛び出した勢いを乗せて、起き上がりかけたドリームイーターの胸元に、流星の煌きを宿したドロップキックを撃ち込む。
「みんなを守れますように……」
 ドリームイーターが動かないうちにと、琉華が祈りを込めて中衛にいる仲間達の前に雷の壁を構築し異常耐性を高めた。更にマコハが翼をはためかせて自分を含めた後衛に清浄の翼で邪気を祓う風を纏わせる。マコハの風に気持ち良さそうに目を細めた琉華のサーヴァントであるオルトロスのぴぃは、よろよろと起き上がるドリームイーターに飛び掛ってソードスラッシュでわき腹を切り裂いた。
「……驚きも何もねえよな」
 ぼそりとアンナが呟く。頭に血を上らせて回復などさせないようにと。
『口の悪い子!!』
 狙い通り頭に血を上らせたドリームイーターの手がアンナの頬を叩こうと一気にグンと伸びた。
「……」
 眉を顰めたアンナは咄嗟に左腕を顔の横にかざして思い切り叩かれる。叩かれた腕にジンと痺れが走った。
「アンナさんっ」
 リュートニアはすかさず気力溜めを使ってアンナの傷と痺れを癒す。
 みことは今度は後衛に呪いの魔法をかけて、ねことが飛び掛って思い切りドリームイーターの顔をひっかき、クゥは封印箱に入って体当たりした。
「我が手に宿るは闇夜を切り裂く光――悪夢よ、黎明と共に雲散霧消せよ」
「私が架ける七色の虹の橋、あなたは最後まで渡り切れるかな!」
 静馬が拳を天に突き上げると眩い閃光が放たれる。光と共に拳が顔面に叩きつけられると全方位から乱撃をくらったドリームイーターの顔は様々な方向に揺れた。そこへひかりが飛び込み、7種類のスープレックス――投げ技を次々と決める。
『!!!!!!!!』
 強力な連携攻撃を受けて、声にならない叫びを上げたドリームイーターは、全身がモザイクとなってパァっと霧散した。

●悪夢の終わり
「お疲れ様。やっぱり頼りになるね」
 ヒビだらけになってしまったアスファルトにヒールをかける琉華がぴぃに微笑みかけると、ぴぃも尻尾を振って応える。
 ケルベロス達は攻撃の余波で傷付いた場所にヒールをかけたり簡単に片付けを始めたのだ。サーヴァントが5体もいた事もあり、皆で協力してあっという間に綺麗な元通りの姿に戻す事ができた。――若干ファンタジックな景観になった気もするが。
「お疲れ様。疲れたときには甘い物だよね。金平糖食べる?」
 エリヤがふわっと柔らかい笑みを浮べる。
「え……」
「食べるのだ!」
 ルタが一瞬ビクっとすると、みことが元気に右手を挙げて返事をした。
「あ、うん、食べる食べる」
 まるで、まだ悪夢でも見ているようなルタだったが、みことの声に我に返ってエリヤに近付く。
「僕もいただきます」
 リュートニアもエリヤから金平糖を受け取って口に含んだ。
「やっぱり甘い物は人を笑顔にする……あの子にも食べさせたいなぁ……」
 和やかに金平糖を幸せそうに味わう仲間達を見ながら、ぽつりとひとりごちると、
「男の子の部屋をちょっと覗いて無事を確認できたりしないかな?」
 ひかりが被害者を思って口を開く。
「そうですね。被害者はまだ幼い少年です。ヘリオライダーの余地を疑う訳ではありませんが、念のため無事を確認しましょうか」
 その言葉に、静馬も頷いた。
「静かにそっと覗いていくくらいならいいよね」
 琉華も2人の言葉に同意する。
「……ん、そうだな」
 仏頂面であまり乗り気には見えないアンナだが、足は既に少年の家の方に向いていた。

作者:麻香水娜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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