劇場艇モンストロ～活劇の機械妖精

■リプレイ

●音の波
　羽音にも似たローター音。
　貨物室に津波のように音が押し寄せる。
　駆け足に桃色の髪を靡かせた筒路・茜（赤から黒へ・e00679）が、肩を並べたノア・ノワール（黒から黒へ・e00225）と視線を交わす。
　茜のランプから溢れた燐光に照らし出された闇に、幾つも瞬く機械の光。
　センサーに曲者の気配を捉え、湛えた青い光を赤色に変化させたドローンが連なる一つの生き物のように蠢いた。
「やれやれ、機械と根競べなんてなんて酷な仕事なんだよ」
「ふふ、ここまで多勢に無勢というのも貴重な体験だね」
　呟くノアの瞳色は、どこか楽しげに揺れる。
　肩に乗った霧状の黒い竜――コレールの顎を撫で、ノアは口許を歪めて笑った。
「私達がこいつらを抑えておかなければ、他の24人が困る訳だ。まぁ、しっかりやろうじゃないか」
　人形を抱きしめたエヴェリーナ・パルシネン（たべられません・e24675）は、ダクトから這い出てきたドローンを睨め付ける。
　ダクトを塞ぐという案は成功していれば、ドローンの援軍を防ぐ事ができたかもしれない。
　しかし。大量に飛び交うドローンは、戦闘前にその余裕を与えてくれそうにも無かった。
「前回は閉山された炭坑、今回は破棄された廃船」
　肩を竦めた紗神・炯介（白き獣・e09948）はゾディアックソードを構えて天井を見上げる。
「……全く、どこに何が潜んでいるかわかったものじゃない、一回総点検する必要があるな」
　奴らはすぐ拠点を作ってしまう、と。呟いた彼の言葉に反応したかのようにさざめきが溢れ、音が膨れ上がり重なる羽音、蠢く赤色。
　飛び交う、瞬く光、光、光。
「ま、その前にここの掃除だね」
　吐息を零すように言葉を漏らし、魔力を宿した炯介の金瞳が、獣めいて揺らめき。トタン屋根を叩く雨のような軽さすら感じる音を立ててドローンから吐き出される散弾が、貨物室前の狭い通路に雨を降らした。
　斯くして、戦いの火蓋は切って落とされる。
「一騎当千――楽しむとしようか、茜？」
「……じゃ、ノア、行こうっ！」
　散弾の雨の隙間を縫って先行したノアと茜の腕に力の流れが纏わりつき、同じように腕を突き出した彼女たちは同時に囁く。
「おすわり――なんて、ね？」
「――ちょっとそこのドローン落ちるんだよ！」
　茜の手中に生まれたオーラの剣が薙がれ、同時にノアの生み出した重圧がドローンを床に叩きつける。
「人間を使って研究とか実験とか……。ホント、胸糞悪いんだけケド、そーいうの聞くだけでもイライラしちゃうからさァ！」
　キャハハ、と笑った大御堂・千鶴（月花胡蝶・e02496）のエアシューズが壁と噛み合い、火花を散らした。
「発散がてら壊しちゃうネェ！」
　手袋越しに握りしめた槍。千鶴が振りかぶって射出した槍は空中で幾つにも分かれ、槍の雨がドローン達に降り注ぐ。

●群生
　羽音を殺し槍の雨をすり抜けた５体のドローンが、ケルベロス達の頭上を駆け――。
「これだけの量を撃ち落とすのは骨がいりそうだな――面倒この上ないが……仕事は仕事だ」
　進軍を阻み、降り注ぐ刃物の雨。
　刃に足止めをされたドローンを盾に、２体のドローンがエントランスへと逃げ飛ぶ。
　黒と白の刃を掌の中で弄んだクローチェ・ドール（愛迷スコルピオーネ・e01590）の空色の瞳が冷酷に揺れ、整った細い眉が少し顰んだ。
「少々逃したが、仕方あるまい。――残りはあまり手古摺らせないで壊れてくれ」
　アネモネの赤毛を靡かせたメアリベル・マリス（グースハンプス・e05959）はビハインドのママに視線だけでお願いをする。
「メアリもお芝居は大好きよ。でもね、いやがる素人を無理矢理役者に仕立てて、舞台に上げるなんてナンセンスよ」
　ママが空中で何かを掴むように腕を引くとドローンが旋回する動きを止め、散弾を吐き出す。――舞台役者には舞台役者の矜持があるだろう、それを否定するような侮辱を許しはできない。
「狂った演出家に率いられた機械妖精には、メアリがきっちりお仕置きしてあげる」
　ママを庇う形で間に割り込んだメアリベルは、巨大な鎌で放たれた散弾を地へと叩きつけるように薙ぐ。
　同時に巨大な鐘の音が、貨物室に鳴り響いた。――耳をすましてごらん、セントクレメントの鐘が鳴る。
「さあおいで、可哀想な機械妖精さんたち！　心ゆくまでメアリが遊んであげる！」
　言葉に反応したかのように羽音がさざめき、幾つもの銃口がメアリベルに定められ、音もなく滑り込んだコレールがその身で弾を受け庇う。
「よってらっしゃい見てらっしゃい！　ミュー達のステキな踊りを最前列で見られる、めったにないチャンスだよっ！」
　跳弾を踊るように避け跳ねた、ミューシエル・フォード（キュリオシティウィンド・e00331）はギターを爪弾き。ぐんと天使の羽で空気を掻くとステップを踏んだ。
「お客さんは沢山っ！　しかもどんどん押しよせて、大分踊りがいがありそうだよね！」
　彼女の指先から紡がれる音は、声は、力強く響く。
「相手がキカイでも大丈夫、最高の舞台でみんな――シビれさせちゃおう！」
　歌に合わせて、空気を割くように光の翼を広げたエヴェリーナが跳ねた。
「ああ、他の仲間たちのためにも、なっ！」
　語気に気合の勢いが滲む。
　エヴェリーナは敵群へと手刀を一文字に放ち、冥府深層の冷気が周りの空気ごとドローンの動きを鈍らせる。
　新たな羽音を響かせ、ダクトより３体のドローンが貨物室へと姿を現した。
「――、どんどん追加が来るみたいなんだよ」
「そのようだね。……茜、一杯頑張れば、一杯褒めてあげるよ」
　ノアの言葉に茜は小さく頷き。
　まっすぐに敵を睨め付けると、ドローンスプレマシー・ロマンスを握り直した。
「お芝居は楽しくなきゃ。虚構を魅せる、それがお芝居の真骨頂よ」
　メアリベルがママに寄り添い、間髪入れず吐き出される散弾を駆け避ける。
「独りよがりなバッドエンドより、みんなのアドリブでハッピーエンドを目指したいよねっ！」
　彼女の言葉に応えるようにミューシエルは笑う。
「ミューの、……ミュー達の『想い』は、無実の人が死ぬような悲劇をかんぜんちょーあくのヒロイックファンタジーに変えられるんだからっ！」
　その翠色の瞳に強い強い気持ちを宿し、ギターに指を這わせた。
　吐き出される銃弾は、ケルベロス達によって脅威とは言い得ないだろう。
　一番の問題は、ドローン達のその数であった。
　列攻撃は減衰によりダメージはほとんど与えられないとはいえ、減衰した付与率でもバッドステータスを与えられたドローンたちを少しずつとはいえ増やす。
　ケルベロスたち全員による列攻撃は、ドローンたちの動きを止めるという点においては上々に働いているようであった。

●剣戟
　目を閉じて、柔らかくゆっくりと呼吸を零す。
　吸って、吐いて。祈りを捧げる。
「あまり、こういうのは柄じゃないんだけど」
　言葉とは裏腹。強く籠められた祈りは炯介を白く照らす。
　彼が掌を握りしめると、貨物室に癒しを宿した白い光が仲間達へと雪のように降り注がれる。
　ぐるぐるとその場を回る、バッドステータスを与えられたドローンの群れ。
　その中を一直線に通路へと向かおうと、新たにダクトより吐き出されたドローンは目立って見える。それを見逃してやる道理はケルベロスたちには無い。
「待てっ！」
　鋭く叫んだエヴェリーナがドラゴニックハンマーを振りかぶるが、周りのドローン達が一気に彼女に殺到する。
　仲間たちと結ばなかった感情は、彼女の足取りを一歩重たくさせたようであった。
　その隙を縫い、千鶴に掌を当てる。
「キミたちってば色味少ないんじゃなァい？　ボクが赤く赤く、鮮やかに染めてあげよっかァ！」
　――絢爛なる狐花よ、塵へと還す焔と成れ。
　囁く言葉に合わせ、足元から、壁から。一斉に赤い赤い彼岸花が萌え芽吹く。
「キャハハ、ポンコツはポンコツらしく、ガラクタにでも戻ったらどーかなァ！」
　火花が散り燃える炎の花にあてられ、苦しげなモーター音を立てて一匹ドローンが地に落ちる。
　藻掻くドローンを介錯するかのように、一息に踏み砕いた革靴がそのまま踏み込み跳ねた。
「――……」
　Quando corpus morietur,fac, ut animae doneturparadisi gloria。
　幾度も抉り斬り込む連撃の刃筋は携帯照明の灯りに鈍く照らされ、クローチェの金糸の髪が煌めく。
「全く。手古摺らせないで壊れてくれと頼んだだろう」
　淡々と呟いたクローチェ。
　新たなスクラップが地へと落ちきる前に足癖悪く蹴りあげ、壁に叩きつけられ割れ弾けたドローンより紫電が散る。
　庇い増えた数と同じだけ、バッドステータスを重ね。
　蠢きひしめき合う敵数は、増えた分だけダメージが分散する。
　時間はかかれどじわじわとドローン達へと蓄積されたダメージは、ココに来て限界を迎えはじめていた。
　背中合わせに立ったノアと茜。周りを囲むドローン達。
「茜、そっちは任せたよ」
「任せて欲しいんだよ！」
　雷光めいた付きを繰り出した茜に合わせて、オウガメタルで固めた拳でノアはドローンを貫く。
　ショートした敵はぱちぱちと爆ぜ飛び、その動きを止めた。
「思えばアナタたちも捨て駒。日を浴びない裏方なのね……可哀想に」
　羽音を鈍らせながらも健気に銃を放つドローンに、メアリベルは瞳を細めて甘い舌足らずな言葉を零す。
「いいわ、最後まで踊りましょ。メアリともっと遊んでくれなきゃいやよ！」
　生成された弾丸は一直線にドローンへと向かい、弱ったパーツを弾き飛ばすかのように貫き。
　続いてミューシエルが跳ねてドローンを一匹捉え押さえ込む。
「当劇場にスタンディング席はありません、着席してくださいっ！　らんぼーなんて、もってのほかなんだからっ！　ファンサービスしちゃうよ！」
　彼女の精神を同調させ、拒絶を流し込む乱暴にすら見える一族に伝わる思いを伝える秘術。
　ミューシエルに抱きしめられ、徐々に羽音を小さくするドローンの横。
「……っ！　邪魔だっ！」
　抑え込まれていたエヴェリーナがドラゴニックハンマーを振り回し、纏わりつくドローンを牽制しながら引っぺがす。
「壊れてしまえ！」
　マインドリングが強く光り、戦輪が駆け。突付けられた銃口を塞ぐように突き刺さった。
　そこに通路より響いた新たな足音。
「騎兵隊の到着だ！」
「――！」
　刀を構え、朗々と叫ぶケイト。
　運び屋の相手をしていた彼女の到着は、エントランスの戦いの終着をケルベロスたちに伝える。
　それと同時に、遠くから轟音が響いた。
　ビリビリと船を震わせる音に、ケルベロスたちは目を見開く。
「……劇場の方、かなァ」
「さあ。……でも、僕たちは僕達のできる事をするしかないね」
　千鶴が呟き、炯介は細く息を吐いて応える。
「……キャハハ！　たしかにそうだネェ！　じゃ、このポンコツ共のお掃除を再開しなきゃネェ！」
　エアシューズで壁を蹴り、宙を跳ねて千鶴は笑った。
　何処かで何が起こっていようと、信頼した仲間のする事ならば安心して構えていよう。
　癒しの光を纏い、炯介は残りのドローン達を見据えた。

●がらんどうのガラクタ
　更に重ねられる時間。
「援軍のおかわりはもう来ないみたいだな」
　振り被った巨大なハンマーで敵を叩き落としたエヴェリーナがダクトを見上げて言った。
　整備士の対応にあたっていたチームも、撃破にせよ逃亡にせよどうにかしたのであろう。
　銃口から火花が弾け、避ける事もせずにクローチェは駆ける。
　白の軌道に、金色の髪。
　横殴りに振り被ったナイフの柄尻をドローンに力任せに叩きつけられ、刃の軌跡が空を掻く。
　バランスを失った敵を貫くのは、黒い刃だ。
「Non mi sottovalutare」
　壊れた機械を感情の篭もらぬ視線で見下ろしたクローチェは、袖口で頬を流れる血を拭い。
「――addio」
　ただもう一度、パシリと音を立てて掌の中でナイフを弄んだ。
「えーいっ！」
　跳ねる巨大な鎌は敵を刈り取る軌道を描く。
「これでっ、おーしまいっ！」
「うん、お疲れ様でした」
　ミューシエルが鎌の柄をぱしんと受け止めてから、へにゃりと笑い。そのままぴょんと跳ねるとケイトとハイタッチを交わした。
「船上の幕間劇、戦場の妖精のワルツ。――これにて終演」
　メアリベルが小さく拍手を贈る。
　せめてメアリが拍手をしてあげる、と。
「ん……、終わったね。しかし、増えたものだ」
　炯介が最後に仲間たちに癒しを重ねながら呟いた。
　周りを見渡せば、足元に積もるほど重ねられたスクラップ。ドローンの骸。
　壊れ交ざりあったその数は正確には分からずとも、70体を超えるだろうか。
　随分と長い時間戦っていたように思える。
「……」
　つつ、と無言でコレールが寄り添うノアの横へと、近寄る茜。
　ノアはふ、と笑みに鼻を鳴らして彼女の頭を梳くように撫でてやる。
「がんばったね、茜」
「――、うん、頑張ったんだよ」
　茜は掌に頭を擦り付け、幸せにとろけそうな笑みを浮かべた。
「ハァー、疲れちゃったケド。他の所も手伝いにいかなきゃネェ」
「エントランスと機関室の戦いは終わっていそうだな。……向かうなら劇場か」
「そうだネェ、さっきの音も気になる所だよゥ」
　千鶴はチェーンソー剣を杖に立ち上がり、エヴェリーナは手を貸す。
　揺れるランタンの灯りは、通路へと向かい。
　後に残るのは、ガラクタの山。
　ケルベロスたちの活躍により、この船は再び眠りにつくことができるのであろう。
　ママと歩み出したメアリベルは、おやすみなさいと小さく呟いた。

作者：絲上ゆいこ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年3月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 0／素敵だった 3／キャラが大事にされていた 1
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