●つかの間の燈火
今はもう、誰が訪れることもない地下ドックで、朽ち果てた豪華客船は微睡む。
人を載せ夢を載せ、世界を巡るべく建造されようとしていた客船は、完成目前で破棄された。
――どのような事情があったのか、知るものは既に居ない。
確かなことは、誰からも忘れ去られた廃船が一隻、そこに有ることだけだった。
けれど、永久に眠るはずの船に目をつけた者達が居た。
機械改造を施し拠点と化した廃船は、日夜人間を浚い実験を繰り返す悍ましき研究施設へと変貌していった。
廃船の一角、機関室にて。細長い、不健康そうな紳士が腕をふるって働いていた。
「ああ、忙しい! 忙しいな!」
蜘蛛のような六本の機械腕を縦横無尽。
一本を椅子に、一本を帽子掛け、一本で工具を支え、一本の腕で材料を掴み、二本の腕で紅茶を淹れ。
そして、真っ当な二本の腕で修理をする。この研究施設を支える要の一つ。施設や乗員の整備を担当する、整備士・メカニスィーヤ。
機関室には半壊した修理待ちの運搬ドローンが大量に積まれ、研究の機材、船の修復、乗員の点検と仕事は山積みだ。
けれど言葉と仕事量とは裏腹に、蜘蛛のような整備士の瞳は細められ、薄っすらと笑みが浮かんでいる。
備える、直す、整える。修理する行為こそ、メカニスィーヤにとって、もっとも愉快なことの一つだった。
研究機材を準備しながら、完成間近の洗脳装置を思い浮かべて、メカニスィーヤは反対に笑った。
人を壊す悪魔の機械。洗脳装置が及ぼす力を思えば、歪む口元を抑えられなかった。
直すだけでない。この整備士には壊すことも何より魅力だった。悲劇の作り方を熟知したゼペットならば、きっと見事に壊しがいのある舞台を整えてくれるだろう。
「ああ、楽しみだ――」
ゼペットが告げる悲劇の始まりを、メカニスィーヤは近く感じた。
●歩き回る影法師
「世界が悲劇でも喜劇でも、誰だって、そこでは役割を果たさなければいけません」
息を吐いて、和歌月・七歩(花も恥じらうヘリオライダー・en0137)は集ったケルベロスたちへと呼びかけた。
予知道具である手帳を捲りながら、告げられる敵の名は舞台演出家・ゼペット。指揮官型ダモクレス、『ジュモー・エレクトリシアン』の配下が一体。
彼らは地球侵攻を推し進めるため、施設を建造し様々な研究へと手を出している。この研究が進んでいけば、廃屋家電事件やVRギアなどのような事件が発生する原因になりかねない。
早急に、研究所を制圧しダモクレスを撃破する必要があるだろう。
「そして。ゼペットの研究は、どうやら人間の洗脳であるようです」
地下ドックに廃棄された客船を研究施設として改造し、整備士・メカニスィーヤ、運び屋・カイ、運搬ドローン郡を配下に、人間を浚い洗脳実験を繰り返しているようだ。
罪もない人々を洗脳し、物言わぬ悲劇の『役者』へと仕立て上げる――。決して、見逃す訳にはいかない事件だろう。
けれど、敵拠点である地下ドックにある廃船は元豪華客船ということもあり広大。敵組織に存在するダモクレスの数を考えても、普段通りでは拠点制圧は難しい。
「そこで! 皆様には、複数チーム共同で彼らを撃破してもらおうと思います!」
今回、参加するチーム数は四。
戦場となる地下ドックの廃船を改造した研究所の構造やそれぞれの敵の位置は予知により判明している。
ケルベロスたちのチームは、各々の持ち場で仕事や作業を行うダモクレスをタイミングを狙って襲撃。分断したまま戦闘し、同時に複数地点を制圧、攫われた人々を助けることが目的となる。
「皆様の担当は、機関室で研究施設の修理、改造を行っている整備士・メカニスィーヤとなります」
邪魔されることなく機関室までたどり着くためのルートを地図を出して示しながら、七歩は説明を続ける。
途中にある客室には未だ洗脳されていない一般人が囚われているが、扉には厳重な鍵がかかっており、拠点制圧後でなければ安全に解放することは難しい。
突入時には無視するしか無いだろう。
「さて、本番は機関室に到着してからとなります」
相対する敵は『整備士・メカニスィーヤ』に加え、洗脳された五人の『役者』たち。
戦闘能力としては、特別に高いわけではないが、メディックのメカニスィーヤにディフェンダーの役者をすべて撃破するには時間がかかるだろう。
「そして、これが厄介なところなんですが……。メカニスィーヤは戦闘行動とは別に、背中の機械腕で運搬ドローンを次々に修理していきます」
そしてその運搬ドローンは、この機関室での戦闘には通常は関わろうとせず、ダクトを通じて他の戦場の援護へと出撃してく。
一体一体は然程強いダモクレスではないが、すべてディフェンダーである運搬ドローンを大量展開されれば他戦場の戦況は不利になっていくだろう。
そのためには早急な対処が求められるが……。
また、メカニスィーヤは形勢が不利になると逃走を図る。機関室を制圧し運搬ドローンの修理を止めることがチーム目的となるので、逃しても成功。
むしろ、早急に展開を止めることができるため、全体の戦況は有利になるかもしれない。けれど、逃したメカニスィーヤは禍根となるだろう。
「それぞれのチームの行動は、他チームの戦況に影響を及ぼし合います。皆様が成功すれば他のチームを有利に導くことも出来ますし、その逆に皆様の苦境が他チームの判断で開けることもあるでしょう」
離れて戦っていても、助け合うことは出来る。一つ一つのチームの判断が、全体の攻略に関わる作戦である。
誰しもが重要な役割を持つ舞台となるだろう。
そこまでの説明を終えて、七歩はぱたんと手帳を閉じてケルベロスたちを見た。
「残酷な現実に深刻な未来に、この世は悲劇で溢れているのかもしれません」
……でも、きっと皆様ならそれを覆すことも出来ますよね?
そう言うと、七歩は花のように笑った。
「さあ、行きましょうケルベロス。望みの未来は見つかりました?」
●あわれな役者
「……おや、どうやら招かれざる観客がいらっしゃったようですね」
ケルベロスらを感知したゼペットは館内放送を用いて各員へと呼びかけていく。
指示を聞き、動きだすダモクレス。機関室のメカニスィーヤは、その内自分へと向けられた指示を思い返していた。
「メカニスィーヤはドローン達を修理して援護に向かわせてください。其方には『役者』達を護衛に派遣します」
敵が来ようと来ぬまいと、整備士の仕事は変わらない。
必要なものを必要な時に直し、使えるようにするだけだ。壊すことは楽しんでも、戦闘はそれほど得手ではないことだし。
八本の腕全てに工具を持って、整備士は戦闘の始まりに備える。
……けれど、もしかすれば――派遣された『役者』たちをメカニスィーヤは見る――ゼペットの語る最高の悲劇は、ここに訪れるだろうか。
「じゃ、よろしくね」
僅かに期待を滲ませてメカニスィーヤはマスクを付けた『役者』たちへと呼びかけた。
「――さぁ、悲劇の幕開けです!」
そして、ゼペットの言葉を皮切りに物語は、始まる。
参加者 | |
---|---|
八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658) |
ダミア・アレフェド(蒼海の人魚・e01381) |
神崎・晟(忠勇義烈・e02896) |
グラム・バーリフェルト(撃滅の熾竜・e08426) |
リカルド・アーヴェント(彷徨いの絶風機人・e22893) |
フローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978) |
佐久田・煉三(直情径行・e26915) |
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432) |
●グランギニョール
薄暗い船内に響き渡る足音。音源は目的地たる機関室の扉へと辿り着き、勢い良く扉を開け放つ。
「やあ。いらっしゃい、待っていたよ」
丁度、準備を終えたばかりと振り返り、整備士・メカニスィーヤは侵入者たちに笑みを向ける。
ゆらり。整備士と侵入者らの間に、阻むよう五人の『役者』も立ち塞がった。
意志なき彼らの瞳に怒りを燃やしながら、侵入者――地獄の番犬ケルベロスが一人、八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)は口を開く。
「あなた達の好き勝手にはさせませんよ……船内の人質も役者も絶対助け出します!」
「人質?」
不思議そうな顔を浮かべながら、メカニスィーヤは六本の機械碗を展開する。
「そんなもの居たかな? ……ああ、もしかして、あれかい? 素材のことかな」
そこの、彼らのようになる前の。そう言って機械碗の一本を『役者』たちに向けて指し示すメカニスィーヤ。
昂ぶる怒りの余り、魔眼の力を解放しようとする東西南北。その肩を、神崎・晟(忠勇義烈・e02896)は掴んだ。
「待て! 装置破壊までは、絶対に攻撃するんじゃない……!」
敵を見据えた視線をそらさないまま、強い言葉で晟は東西南北を制止する。
操られたままの『役者』は、撃破されれば命を落とす。そして、今の彼らは攻撃すればメカニスィーヤを庇うだろう。
迂闊に攻撃して犠牲者を出すわけにはいかない。
「っ……! そうですね、すみません……」
「おや、どうしたのかな。俺達を倒さなくてもいいのかい? それとも、まだ……」
薄っすらと笑みを浮かべながら、六本の腕が積まれたガラクタを高速で修復していく。
同時に、剣を構えて動き出す『役者』たち。
「心の準備が出来ていないのかな?」
吹き荒れる氷のオーラに飛び交うミサイルがケルベロスたちを襲う。
爆風から身を躱しながらプラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)は自らの扇情的なアルバイト制服に目を向ける。
「合図が出来れば、洗脳解除を確実に見極められたかもしれないけど……」
解除が成功した時に徴のついた硬貨を地面に落としてもらえば、マネーギャザで拾うことで合図とすることが出来るのではないか。
電波の届かない船内でそれでも連絡を取り合おうと、ケルベロスたちが考えた作戦であるが……。実際に可能であるか検証したところ、どうにも上手く利用できなかったため、実戦での採用は見送られることとなった。
作戦に利用しよう、という意図を持って配置した時点で、マネーギャザで回収可能な価値の薄い貨幣とはまた別のものになったためだろうか。
何にせよ、『役者』たちの動きは単純で、防御行動を取れているかは動きから十分に読み取れる。作戦に影響はないだろう。
オウガ粒子の輝きで味方に超感覚を付与しながら、プランは陣形を整えていく。
「貴様の整備士業は、今日限りで廃業だ」
その屈強な肉体で仲間たちを攻撃から庇いながら、グラム・バーリフェルト(撃滅の熾竜・e08426)は啖呵を切る。
悲劇。そんなものはかつての戦場で幾らでも見てきた。だからもう、十分だ。
巨大な剣で攻撃を受け流し、胸に秘めた思いを静かに燃やす。
誰一人犠牲にせず、この戦いを終わらせる。それがケルベロスたちの決断だった。
●シュプレヒコール
「興味深いな……。親しい間柄同士で殺し合うことが『悲劇』なのか?」
防具特徴、ウォンテッドでメカニスィーヤの手配書を作りながら、心を地獄化したブレイズキャリバー、佐久田・煉三(直情径行・e26915)は問いかける。
感情が希薄な煉三には『悲劇』が分からない。それを喜ぶ理由も、悲しむ理由も。ただ、興味だけがそこにある。
嬉しそうに、メカニスィーヤはそれに答えた。
「俺もだよ。ゼペットの言う最高の悲劇は、俺にはまだ分からない。それは物を直すより壊すより、魅力的なものなのか――?」
――分かるといいね、お互いさ。
「勝手なことを言うもんだ。……生憎だが、魔改造趣味のある元同僚が一番嫌いでな?」
訓練された軍人のような体捌きで『役者』の攻撃を躱しながら、リカルド・アーヴェント(彷徨いの絶風機人・e22893)は整備士へ鋭い眼光を向ける。
壊し直すことを楽しむメカニスィーヤは、リカルドに過去の忌まわしきダモクレスを想起させていた。
模造術式・禊祓の廻流。擬似的に再現した祓いの技で味方へと清めの力を授けながら、リカルドは整備士へ牙を届かせる機会を伺い続けていた。
「一般人を盾にして自分は安全な位置で戦うなんて……ズルすぎますよ!」
ボクスドラゴンのミラとともに仲間たちに不調を遠ざける力を与えながら、ダミア・アレフェド(蒼海の人魚・e01381)はメカニスィーヤを非難した。
他者の安全を誰より気にするダミアにとって、洗脳した『役者』を矢面に立たせる振る舞いは決して看過できるものではなかった。攻撃に耐えながらも、語気を強める。
「おいおい、ズルいかどうかなんて言い方次第だろ? 人数なんて、そっちのほうが多いじゃあないか」
軽口とにやついた怪しげな笑みのまま、整備士はさらりとダミアに返す。
そのようなことは、このダモクレスにとって欠片も価値の無いことらしい。
私的なようで、どこまでも機械的。整備士・メカニスィーヤは確かにダモクレスだった。
「(この光景は、どこか……)」
右腕を振って雷電の力を味方へと付与しながら、フローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)は奇妙な既視感を覚えていた。
過去の何処かの記憶。直接のつながりがなくとも、ダモクレスたる整備士の拠点はレプリカントのフローライトに何らかの記録を思い返させたようだ。
「……へえ、本当に攻撃しないのか。でも、そんなゆっくりしていて、いいのかな?」
攻撃を受けきったケルベロスの前で、メカニスィーヤの機械碗が運搬ドローンを修理していく。
実に、一度の攻防で三機。攻防が重ねられるに連れ、ダクトを通じて他の戦場へと送り込まれるドローンを、ケルベロス達は見送ることしか出来ない。
……僅かな焦燥。けれど、何より彼らは人命を守ると決めたから。逸る気持ちを抑えて、ただ番犬たちは耐えていた。
ドローンの羽音が、ダクトを通じて大きく響いていた。
●エンドステージ
「最近の劇は視聴者参加型なのか?」
人命救助を優先したケルベロスたちは、装置破壊まで耐えきるしか無い。
エリック、ラウルと名付けられた『役者』の剣戟をボクスドラゴンのラグナルと共に受け止めながら、晟はメカニスィーヤを見据える。
「この世は舞台、人はみな役者……ってね」
軽口を叩く整備士に対して、ケルベロスらの状況は決して良くはない。
幾ら敵の攻撃力が高くないとは言え、既に七度の攻撃を受け続けている。一方相手は無傷だ。
防御に偏らせた陣形が功を奏して耐えることは出来ているが、流石にこれ以上防戦が続くようであれば旗色は悪くるだろう。
僅かずつ、空気が淀む。息苦しい予測が頭をよぎる。
けれど、そのとき。
「動きが、変わった……」
――ぷつん、と糸が切れるように。
『役者』たちの動きが明らかに悪くなる。回復に専念してきたフローライトは思わず、声を上げる。
更に遠方から鳴り響く破壊音と振動。どうやら別の戦場で戦況が動いているらしい。
「おや、これは……。どうした、ゼペット。……もしやこれが悲劇か?」
何かを感じ取ったかのように、メカニスィーヤは目を細める。
そんな整備士を余所にケルベロスらは即座に対応していた。
「Abyssus abyssum invocat」
「Spem successus alit」
――地獄は地獄を呼ぶ。成功は希望を伝える。
雷電の盾とともにダミアの口からラテン語で綴られたその文言が、反撃の狼煙となる。
陣形が迅速に攻撃型へと移り変わっていく。
「織り込み済みってことか。よくやるねえ……」
「悲劇、役者……。お前たちのお芝居はもううんざりだ! いやがる人を巻き込むな!」
世界の中心東西南北ここに在り。怒りとともに東西南北より立ち上がった火柱は不死鳥の幻影を生みメカニスィーヤへと到達する。
――先程までとは違う。もはや『役者』は盾とならない。遠慮なく全力の一撃を、このダモクレスへぶつけることが出来る。
「焼き尽くせ!」
小金井のバールと同時。東西南北は否定の力を整備士へと叩き込んだ。
「うおっ、いきなりかい……!」
慌てたように笑顔を引きつらせつつ整備士の機械碗は修理を続けている。絶え間なく飛び立つドローン。
「答えは見えたか? 俺はまだだが」
――淡々と感情の見えない言葉が機関室に響く。
瞬時に変形。煉三により振るわれる仕掛け杖『道摩煉獄』。地獄と重力を注ぎ込まれ熱気と破壊の力が簒奪者となり襲いかかる。
「これからに期待ってとこかな……」
機械碗で攻撃を受けながらメカニスィーヤは返答する。
整備士の瞳に感情は映っているのか。煉三の瞳に硝子玉のような眼球が反射していた。
「やっと、だ。反撃開始だな」
絶風機人は地を蹴った。リカルドが操る大鎌に宿る力は「虚」。
ナイフの斬撃を囮として振るわれた斬撃は生命を求め簒奪する。
攻撃。そして同時にそれは連携の機会をも作り出す。巨大な大鎌が通り過ぎて開けた視界には、次の攻撃が迫っていた。
「気持ち良くイかせてあげる 果てていいよ」
リカルドに続くように、プランは中衛から一気に前衛へと躍り出る。
その一撃が犯すは精神。追い打つように果てなき衝撃を伝える。
「咲き乱れて果ててこわれちゃえ」
「くっ……」
メカニスィーヤの動きが止まる。その瞬間、狙い澄ますかのようにフローライトが加速して接近する。
「いくよ……葉っさん……皆を護る為に……」
硬質化した攻性植物を盾として、勢いのままに衝突する。数多の武器を持つフローライトの重量そのものが武器となる。
跳ね飛ばされたメカニスィーヤ。顔を上げたそこにはもう、地獄の炎で創られた槍が迫っていた。
「私からのささやかな退職金だ。……受け取れ!」
炸裂。整備士の眼前で九つに砕けた槍は整備士の傷を深めるように狙い穿つ。炎を纏わせた硬貨を手向けとしグラムの反証の楔が刻まれた。
地獄の炎がメカニスィーヤの身体を蝕んでいく。
「容赦ないな、全く」
よろよろと自分を修理しながら立ち上がる整備士。逃げ場など無いと主張するかのように、番犬達は周囲を取り囲んでいた。
朽ち果てた豪華客船で、最後の攻防が繰り広げられようとしていた。
●キャットウォーク
「貴様の力はこの程度か? 随分と無様で滑稽な姿だな」
ラグナルと自らの属性を掛け合わせて纏い、暴虐の巨竜と化した晟はメカニスィーヤをその豪腕で跳ね飛ばして嘲笑する。
既に何体かの『役者』も撃破済み。自らに回復をかけて命をつなぐしか無い整備士は最早、状況を覆す力を持ってはいなかった。
「これは、ちょっと無理だな。悪いがそろそろお暇させてもらうよ」
座り込んだまま呟き周囲を見渡すメカニスィーヤへ、晟は見下すように言葉を放つ。
「目の前に直す対象あるにも拘わらず、整備士の貴様は逃げるのか? 技術屋の風上にも置けないな」
「はは、冗談。そんな一山いくらの安物と俺自身を比べられるわけ無いだろう?」
逃がすものかとダミアは挑発するように憎まれ口を叩く。
「あ、やっぱり引きこもりの陰険なダモクレスさんは体力の無いもやしっ子なのです! こんなにあっさりと洗脳が解けるのは、装置が失敗作だからじゃないですか~?」
「ああ、だから次はもっと良いものを弄らせてほしいもんだね」
軽い口調で立ち上がり肩をすくめる整備士に、番犬達は警戒を深める。
出入り口となりそうな扉は全て通り抜けることも難しいよう陣形を組んでいる。
『役者』たちの洗脳も十分でない今、囮とすることも難しいだろう。この場からの逃走は難しいように思えた。
「どうにもうまくいかなかった。……ま、こういう悲劇も悪くない――」
そして、その言葉が、届き切る前に。
メカニスィーヤが消えた。
「――――……! ダクトか……!」
一瞬の混乱から我に返った番犬たちは思い至って天井を見上げる。
それは僅かな見落とし。運搬ドローンを通行させるダクトの存在。
誰一人意識できていなかった故に動けなかった。その瞬間に整備士・メカニスィーヤは奇妙な機械腕を使って一瞬で天井の穴を掴み、ダクトの中へと身体を運んだのだ。
ガタガタとダクトの中を器用に動いていく音がする――。
「待て! ここまでしておいて、逃げるな!」
身を挺してでも逃走を阻止しようと意気込んでいた東西南北はダクトへ登ろうと手をつくし、煉三も準備していたウォンテッドを起動する。
ダクトに登れないわけではない。逃走している方角も分かる。だが予想外の事態への対応は一手遅れてしまった。
天井裏にもすぐには登れない。方角がわかろうと暗く入り込んだダクトの中を追いかけるにはそれなりの準備が要る。
追跡中に会った、既に戦闘を終えていた他班の幾人かにも手を貸してもらったが――しかし、整備士を捕まえることは叶わなかった。
「あんな技術者を残すと碌な事にならないというのに」
いつかを思わせる忌まわしきダモクレスを思い返し、苦い気持ちでリカルドは呟いた。
「だが、一般人を助けることは出来た」
『悲劇』を防ぐことはできたんじゃないか、と。情動を感じさせない瞳で仲間たちを見ながら、煉三は答えた。
「そうだね。私達の目的はこの人達を助けることだったし」
メカニスィーヤが去り、倒れた元『役者』たち。その誰一人命を失わず戦闘を負えられたことに、プランは良かった、と息を漏らした。
「はい、皆さん大きな怪我もなく無事みたいですよ」
倒れた一般人にヒールをかけながら、ダミアも仲間たちに向けて笑顔を見せる。
「この人達が、自分自身が主役の人生に戻ってくれるなら……」
誰かによって定められた悲劇から解き放たれたのであれば。東西南北は安堵の表情を浮かべた。
「ああ……。少なくとも悲劇は、ここに起こらなかった」
それは幸いなことであるに違いない。グラムは自分たちが守った命を思う。
破壊されたドローンの一部を調べていたフローライトは、手がかりのないまま思いだけが募っていた。自分の過去に何があったのか――。
それはまた、別のフローライト自身が主人公の物語であった。
観劇の整備士は最後まで劇を見届け舞台から去った。
けれど、この場は、この物語はケルベロスの勝利だった。
届かないはずの手を握り、残酷な現実を否定する。ケルベロスだけに許された未来を掴み取る権利。
やり残したことがある。けれど、五人の人間の命を救った。その選択は何より誇るべきことだから。
――悲劇の舞台の幕が下りる。
作者:玖珂マフィン |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年3月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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