●作劇者の台本
深い海の底に沈む鯨のように、その客船は眠っていた。
放棄された地下ドックに取り残されたそれは、本来ならば豪華客船として世界を周遊するはずだった。
船の行く先を決める操舵室。全てを支える機関室。客の荷を積むはずだった貨物室。きらびやかなエントランスや豪奢な客室。そして、航海の間にひらかれる舞台を上演する劇場。
ほぼ完成していたにも関わらず、造船途中で計画が頓挫した現在。そのどれもが過去の幻想となり、誰からも忘れ去られた廃船となっている。
だが、其処に目を付けた或る者達が船を拠点として使い始めた。ただの廃棄物だった船はダモクレスの一拠点となり、造りはそのままに研究施設として生まれ変わる。
自らを舞台演出家と名乗る男は船内の舞台上に立っていた。
ワインレッドのマントを羽織った機械人――ゼペットは目の前を一瞥し、喉を鳴らして笑う。その視線の先、船内劇場の舞台中央には赤い光を放つ不気味な機械が置かれていた。
まるで舞台装置のような機械の周囲には、仮面劇で使われるようなマスクを被らされた男女が立っている。そのどれもが生気がなく、心此処に在らずといった雰囲気だ。
「さあさぁ、これから君達は役者だ。一度舞台に上がれば幕引きまでは演じ続けるのみ。糸で操られる木偶人形のように、赤い靴を履いた愚かな少女の如く――力尽き、命絶えるまで踊るのです!」
高らかに、大仰に声をあげたゼペットは『役者』と称した人々を眺めた。
装置とマスクによって洗脳された人間達は舞台演出家の思いのままに動くようになっている。例えば、殺し合えとゼペットが命じればたとえ親子や恋人同士であっても躊躇いなく命を奪い合うだろう。
それはまさに演出家が望む悲劇。
だが、彼は安易にそうすることを由としない。ゼペットが好むのはドラマチックかつ壮大な物語の演出だからだ。
「上々ですね。肉体改造をせずに従わせるこの研究、更に段階を進めれば……他の指揮官達以上の成果をあげてジュモー・エレクトリシアン様に貢献できるでしょう。そうは思いませんか、カイ?」
ゼペットは傍らに控えさせていた機械少年の頬を撫で、問いかける。
「……」
するとカイと呼ばれた少年は無表情のまま頷き、己の主である男に同意を示した。無感情めいた所作ながらも、彼からはゼペットに忠誠を誓う雰囲気が感じられる。
そして、ゼペットは満足気に頷いた。再び『役者』達を眺めた彼は、台本に見立てた魔導書を開いて何かを考え始める。
其処に浮かんだ笑みには、隠しきれぬ狂気の色が宿っていた。
●舞台の上へ
あくる日、ケルベロス達にとある敵組織の情報がもたらされる。
「舞台演出家・ゼペット。それが今回の敵の名前です」
指揮官型ダモクレスの地球侵略が始まったのだと語り、雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は標的の名を告げた。
ヘリオライダーの予知能力で発見されたのは、ゼペットを筆頭に整備士・メカニスィーヤ、運び屋・カイ、運搬ドローン達で構成されるダモクレス達の一拠点だ。地下ドックごと放棄された豪華客船を研究施設として使う彼等は現在、洗脳実験と称して人々を攫って客船内に閉じ込めている。
この研究が進めば、廃棄家電の事件や、VRギアといった事件と類似するようなダモクレスの事件が次々と発生してしまうかもしれない。
「お願いします。彼等が研究を完成させる前に船を制圧して、事件を阻止してください!」
リルリカは頭を下げ、ケルベロス達に願った。
だが、ダモクレスの根城に攻め込むとなると相応の覚悟と準備が必要だ。拠点制圧には複数のチームが協力して当たる必要があると告げ、少女は詳しい説明に入った。
戦場は地下にある造船ドック内。
其処に放置されていた名も無き廃客船になる。
「そこまでのルートは判明しています。皆様は四つのチームに分かれて、直接船の中に突入して頂きますです」
襲撃時、敵は別々の場所でそれぞれの作業や仕事を行っている。このタイミングを狙うのは敵を分断し、同時に複数地点を制圧する為だ。
「皆様は船の奥、劇場として作られた場所に居る『舞台演出家・ゼペット』の所に向かってください。劇場までのルートは分かっていますので、この通路を使ってくださいませ」
羊皮紙に書かれた船内地図を指さし、リルリカは道順を示す。
途中にある客室には攫われた人々が捕まっているが、扉には厳重な鍵がかかっている。どうにかして拠点を制圧しないと開くことはないので突入時は敢えて無視するしかない。
また、別の戦場は他のチームが担当するので、劇場まで辿り着くのは容易だ。
問題は戦場についてからだ。
相対する敵はゼペット一人となるが、彼の実力は高い。
「舞台上には円柱状の大きな洗脳装置が置かれています。既に洗脳されて、戦闘員にされてしまった人達はその装置に操られているようです」
役者と呼ばれる洗脳人間達は別の戦場に送られている。本体装置を破壊すれば彼等の動きも止まり、ゼペットの研究も阻止できるだろう。
だが、相手取るのはかなりの強敵だ。戦いは激しくなるうえ、戦闘中に装置を破壊するとなるとしっかりした戦略が必要となる。
「他戦場の援護を狙って先に装置を破壊するか。それとも、他の班の皆様を信じてゼペットを倒すことに専念するか……ですね」
装置破壊と敵の討伐。どちらを優先するかで他の戦場の状況も変わる。
各班の戦場はそれぞれに別の場所になるが、敵の動きは相互に作用しあっているようだ。ケルベロス側の何かのミスで何処かの班が欠けたり失敗すると、一気に敵に巻き返されるかもしれない。
また、彼等は形勢が不利になると逃走を図る。それまでの戦闘においても、心積もりや戦術が疎かになるとケルベロスが敗北する可能性もあるだろう。
「皆さまひとりひとりの行動が、今回の事件攻略の鍵となります。どうか、ご無事で……そして敵の企みを潰してきてください!」
リルリカは作戦の成功と皆の無事を願い、そっと祈るように両手を重ねる。
そして、少女はケルベロス達を戦場に送り出した。
●悲劇を謳う演出家
そして――。
ケルベロス達が突入を始めた頃、ゼペットは舞台裏に設置された画面を見ていた。
「……おや、どうやら招かれざる観客がいらっしゃったようですね」
監視モニターに検知された人影が敵だと気付いたゼペットは船内劇場の舞台上に向かう。その目的は勿論、洗脳装置を守る為だ。
そうして彼は船内放送を使って別の場所にいる各員に呼び掛けた。
「ドローン達、そのまま其処で侵入者の排除を」
突然の襲撃に戸惑うことなく、ゼペットは的確に迎撃の準備を進めてゆく。
「メカニスィーヤはドローン達を作成して援護に向かわせてください。其方には『役者』達を護衛に派遣します」
船内に通信ジャミングを張り巡らせ、彼は傍にいた機械少年に命じる。
「そしてカイ、エントランスで侵入者を迎え撃ちなさい。危険が差し迫ればドローンが貴方を回収するので憂慮することはありません」
少年が憂うことなどないと知っていながらもゼペットはそう告げた。
男はカイが指示された戦場に向かう背を見送った後、モニターに映るケルベロス達に目を向ける。やがて、彼は口の端を釣りあげて愉し気に笑った。
番犬達が訪れることで、この舞台ではどのような物語が紡がれるだろうか。
喜劇か、惨劇か、繁劇か。それとも、と考えたゼペットは敢えて自らの言葉で開幕を告げてしまおうと考え、ゆっくりと大仰に唇をひらいた。
「――さぁ、悲劇の幕開けです!」
仮初めの劇場で演じられるのは果してどんな戦劇なのか。
かの物語の行方は、演出家すら未だ知り得ない。
参加者 | |
---|---|
フェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357) |
カロン・カロン(フォーリング・e00628) |
呉羽・律(凱歌継承者・e00780) |
エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968) |
小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138) |
フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002) |
ハンス・ガーディナー(禁猟区・e19979) |
スピノザ・リンハート(忠誠と復讐を弾丸に秘め・e21678) |
●開幕
舞台への扉が開かれ、軋んだ音が反響する。
見据えた先にあるのは赤い光を放つ洗脳装置。そして、侵入者たるケルベロスを待ち構えていたダモクレス――舞台演出家・ゼペット。
「ようこそ、我等が舞台へ」
恭しく大仰に、慇懃無礼に感じられる程の態度で彼は此方を迎え入れた。
「久しいな、ゼペット」
呉羽・律(凱歌継承者・e00780)は敵を見つめ、冷たい口調で言い放つ。その際にコツ、コツとケルベロス達が観客席から舞台へと向かう靴音が鳴った。
「昔話でもしたい所だが……お前の演出する悲劇は受け入れられないよ」
「おや、せっかく役者や舞台を用意したというのにつれませんね」
余裕めいたゼペットの言葉を聞き、スピノザ・リンハート(忠誠と復讐を弾丸に秘め・e21678)は頭を振る。
「役者だの舞台だの気取ってんじゃねーよ、結局はただの殺戮だろーが。劇場艇モンストロだったか? この豪華客船が泣いてるぜ」
スピノザとフェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357)が身構えると同時に、フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)も舞台装置を見据える。
「人の命を何だと思っているのですか」
問いかけにも似たフィルトリアの言葉には敵の行いへの嫌悪感が滲み出ていた。
あの洗脳装置が稼働しているということは、役者として操られている人々が危険にさらされている。どんな状況であっても彼等の命を諦める事は出来ない。
すると、スピノザ達の言葉を聞いたゼペットが可笑しそうに肩を震わせて笑った。
「此処がモンストロ? またご冗談を」
彼の物言いを聞くに、この船は実験場の一つに過ぎないという事か。小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138)は舌を出し、あっかんべーと敵を挑発した。
「この場所が何であれ、アンタの作った舞台なんて願い下げだよ、クソッタレ」
「ボンジュール、演出家さん。この演劇を、終わらせにきたわ」
里桜に続いてエヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)も敵を睨み付けた。守りぬいてみせるから、と強い思いを抱いた彼女は星籠のヒンメリに触れ、ざわつく心を落ち着かせる。
カロン・カロン(フォーリング・e00628)もゼペットの姿を紫の瞳に映し、しなやかな尻尾を揺らめかせた。
「ほんと、ダメな舞台ね。観客にはブーイングをする権利があるわ?」
そうでしょう、と主張するカロン達の否定にも動じずゼペットは魔導書を広げた。
本格的な戦いの幕開けを感じたハンス・ガーディナー(禁猟区・e19979)は仲間達に、来ます、と短く告げた。
「さあ、演目は既に始まっていますよ」
刹那、ゼペットの身に魔力が満ちる。自己強化の手を打たれたと感じたハンスはウイングキャットのフリージアに目配せを送った。
「貴方のくだらない舞台演出など私達の手で打ち壊してさしあげます」
言葉と同時に守護の魔鎖が展開され、清浄なる翼の力が広がってゆく。更にスピノザとカロンが爆発を起こして仲間を鼓舞した。
加護を受けたフェクトと里桜、そしてフィルトリアは洗脳装置に向けて駆ける。
「君の相手は後で!」
フェクトは舞台演出家から視線を逸らし、杖から莫大な雷を迸らせた。
律は仲間達に信頼を寄せ、自らはゼペットの注意を引く為に舞台へと躍り出る。
「我等ケルベロスがデウスエクスマキーナとなる」
故にふざけた悲劇は起こさせない。そう告げた律は挨拶代わりに第七の凱歌を紡ぐ。
紫紺の霊歌は光と闇を入れ替える呪詛の調べとなり、劇場に響き渡った。
●誤算
此方の狙いは洗脳装置の破壊。
その為に番犬達のうち三名が装置に集中攻撃を仕掛け、残りの者がゼペットの気を引いて抑えるという作戦を立てた。
抑え役として律に続いたエヴァンジェリンは戦槍を握り、一気に距離を詰める。
「思い通りになんて、動いてあげない。……アナタごと、全部、壊してみせる」
次の瞬間、稲妻を帯びた一閃が敵に痺れを与えた。
エヴァンジェリンの攻撃が上手く回ったと察し、スピノザも追撃に向かった。ナイフを差し向けたスピノザはゼペットの身を斬り裂く。
「俺達がその舞台をぶっ壊してやるよ。てめーの企みごとな」
「壊せるものならお好きに。ですが、生憎と柔な造りにはしていませんからね」
だが、ゼペットは余裕を見せている。
フィルトリアは仲間達が敵に向かう合間を縫い、漆黒の炎を装置に向けた。可能ならば装置の裏側にでも入り込みたかったが、敵も機械も舞台上に在るがゆえに戦場を完全に分けることは不可能だった。
「それでも、破壊してみせます……!」
迸る魔力は標的を穿ち、僅かなパーツを散らす。手応えはあるが壊すには相応の時間がかかると読んだフィルトリアは、フェクト達に目配せを送る。
そのとき、ゼペットの視線が装置破壊班に向いた。
律は行かせてなるものかと駆け、床を大きく蹴りあげる。
「余所見するなよ。欲しがっていた『役者』の演技、特等席で見せてるんだからな」
挑発を投げかけた律は足止めを狙った蹴撃でゼペットを貫いた。その一撃を受け、おやおや、と舞台演出家は薄く笑う。
そして、敵は反撃として機械部位を露わにする。舞い飛ぶ弾丸の嵐が舞台に降り注ぎ、ハンスとエヴァンジェリンが仲間を庇いに向かった。
されど敵の態度には未だ焦りは見えず、カロンは長期戦を覚悟した。
「ねぇ、作家さん。私の事はスカウトしてくれないの?」
こんな美カラカルは滅多にいない、と優美に微笑んだカロンは爪先を敵に向け、挑発めいた仕草に移る。そして、にゃあ、と鳴いた彼女は仲間の傷を癒す力を放った。
その隙を狙い、里桜は装置に禁縛の呪を仕掛ける。
(「私達がこれを壊すだけで、他の戦場の皆にも状況が伝わるはず――」)
用意したコインで他班に合図を送る案もあったが、その方法は確実ではない。無理に連絡を取る必要はないと判断した里桜は装置の破壊を急いだ。
戦いは巡り、攻防が繰り広げられる。
律達が敵を相手取り、その間にフェクト達が装置を狙い打ち続けた。フェクトは武器に魔力を乗せ、洗脳装置に鋭い一撃を見舞う。
しかし、フェクトの攻撃は決定打にはならなかった。
「さっさと壊しちゃいたいのに、これ……結構な耐久力があるみたいだよ!」
「流石に壊れてきてはいますが、稼働は止まっていませんね」
フィルトリアも旗色の悪さを感じ取っている。
三人で全力を揮ってはいるが、装置は赤い光を放ち続けていた。柔な造りにはしていない、とゼペットが語ったように簡単に壊れるような物ではないらしい。
既に戦いが始まってから五分以上が経過していた。
「これは……配分を見誤ったかもしれませんね」
ハンスは陣地を張り巡らせながら戦況の危うさに気付く。ハンス達がしっかりと守りと援護を固めている現状、自分達はさして不利になっていない。
だが、メカニスィーヤの元に向かった者達は装置が破壊されるまでは一般人たる役者に手を出せない。そのうえドローンの援軍も増えてしまう。
「拙いことになったかもな……」
不穏な空気を感じ取り、スピノザは舌打ちをする。
つまり、現状は装置を優先する作戦とは呼べなかった。ゼペットに割く手と守りを増やすことに比例して破壊までの時間は伸びていくのだ。
「最初から全員か、もっと多くの人数で破壊に向かっていれば……」
おそらく既に装置は壊れていたはず。自分達が選び取らなかった可能性を考え、エヴァンジェリンは首を振る。
それでも、今は戦い続けるしかないのだと――。
●封鎖
戦いは更に続き、ゼペットは呆れた様子を見せる。
「やれやれ、私を屠りたいのかそれを破壊したいのか甚だ疑問です」
どっちつかずだと言いたげに演出家は書を広げた。フィルトリアは敵の動きに気を付けながら、装置へ槍の切っ先を向ける。
敵が指摘したように作戦は上手く巡ってはいない。だが、それが何だというのだ。
「たとえそれがより多くの人の命を危険に晒す行為だったとしても、助けられる命を諦めたくないんです!」
高らかに宣言したフィルトリアの槍撃が装置を貫く。
次の瞬間、律がゼペットに向けて十字撃を解き放つ。流石の敵も律を無視することは出来ず、反撃として混沌を孕む魔力を放った。
「く……あの時、俺が――」
途端に律の脳裏に無力だった過去の情景が浮かぶ。心的外傷に囚われたのだと気付いたカロンは律に真に自由なる者の気を送り込んだ。
「つまらない演出ね。もっと面白い台本もって出直してらっしゃいな?」
「すまない。……もう惑わされはしない」
カロンがゼペットを睨み、幻から脱した律も顔をあげる。
その間にフェクトは呼吸を整え、洗脳装置を見据えた。攻撃を開始してから既に七分が経過している。フェクトは次で決めてみせると誓い、杖を握り締める。
「これで、どうだ――!」
そして、勢いよく放たれた雷撃が装置に迸った。これ以上の悲劇は起こしてなるものかと誓った思いは力となり、機器を破壊する。
洗脳装置の中央部が弾け飛び、赤い光も完全に消えた。
やっと壊せた、とフィルトリアと里桜は荒い息を吐く。装置が破壊された事によってゼペットが僅かに目を見開いたが、彼はさして慌てなかった。
「もう暫しは持つと踏んだのですが致し方ありません。今回は幕引きと致しましょう!」
そういってゼペットは身を翻す。
スピノザは彼がこの戦場に見切りをつけたのだと察し、進行方向に立ち塞がった。
「させるかよ!」
ゼペットに接敵したスピノザは目にも止まらぬ速さで連続撃を打ち込む。されど敵は何撃かを躱し、ひらりとマントをなびかせた。
舞台を降りた敵が向かうのはケルベロス達が侵入してきた劇場の扉だ。逃走先を見据えたハンスはフリージアに攻撃を命じ、戦場に再び陣術を広げてゆく。
「いいえ、その幕引きは貴方自身のものですよ」
ハンスの一手により、仲間の神経が研ぎ澄まされた。
ゼペットは逃走の邪魔をする者を排除しようと狙い、里桜に照準を定める。
「退いて下さい。最早、貴方達に興味などありませんからね」
「簡単に逃げられるなんて、思わないで。里桜、行って……っ」
だが、飛び出したエヴァンジェリンが繰り出されたゼペットの機械腕を受け止めた。友人の声に応え、里桜はその背を飛び越える。
「友達とのサイコーのコンビネーションキーック! ってね!」
彼女が狙うのは舞台演出家、ではなく――その逃走先である劇場扉だった。
逃走を防ぐには進行方向を破壊するしかない。扉を壊すことで他班の援軍も期待できなくなるが、敵をみすみす逃がすよりは遥かにマシだ。
「此処までにしようか、ゼペット」
「演出家なんかより神様が強いって事、教えてあげる!」
律による炎の蹴りが放たれ、続いたフェクトが祝撃で扉の周囲を破壊する。轟音が響いた次の瞬間には、出入り口は瓦礫によって完全に塞がれていた。
「これで終わりまで付き合ってあげられるわ。アナタの終幕まで、ね?」
カロンは片目を閉じ、逃げ場はないと告げる。
予定外だったのは装置破壊が遅れたこと。しかし、不幸中の幸いはゼペットの体力を相応に削れたことだ。
後は標的を倒すだけだと感じ、番犬達は悲劇の舞台演出家を見つめた。
●真の悲劇
「――カイ! ドローン達と共にこの瓦礫を破壊しなさい!」
ゼペットは壊れた扉を背にし、配下の機械少年を呼ぶ。だが、何時まで経っても返答はない。スピノザは仲間達が既にカイを倒したのだと感じ取り、双眸を鋭く細めた。
「観念するんだな。誰もこんな腐った舞台なんざ立ちたくねーよ」
「その通りです。これ以上の悲劇を起こさせないためにも……ゼペット、貴方を倒してこの悲劇を終わらせます!」
フィルトリアも敵を屠る決意を抱き、スピノザと共に攻勢に移る。
ゼペットは想定外の事に後退り、これでは悲劇が演出できないと呟いた。すると里桜が、ホントの意味での地獄を知らないクセに、と口にする。
「アンタの作る悲劇はチープ過ぎんだよね、このド三流」
里桜は燃え盛る炎で敵に殴りかかった。カロンも今こそ畳みかけるべきだと判断し、電光石火の蹴りを見舞いに駆ける。
「私は人が、幸せになる話が好きなの。役者を鑑みない舞台作家がでかい面してんじゃないわ。そういうとこもね、三流なのよ」
其処から幾重もの攻撃が重ねられ、ゼペットの身が揺らいだ。
だが、敵とてやられてばかりではない。
機械仕掛けの腕を変形させたゼペットがハンスを狙う。その一撃は予想以上に強く、ハンスは膝をついてしまった。だが、彼は気力を振り絞って立ち上がる。
「フリージア、私達は最後まで援護を」
ハンスは翼猫に呼び掛け、月の力を宿す癒しを巡らせた。翼をぴんと立てたフリージアも回復の力を広げていく。
フェクトはハンスを気に掛けながらも、今は敵を狙い打つべきだと己を律した。
「神様は悲劇は好まない。私の神話は、いつだってハッピーエンド!」
「アナタの台本じゃ、踊れない。オルヴォワール、ダモクレス」
エヴァンジェリンもフェクトが放った雷撃と同時に冷気を紡ぐ。結晶化した冬は敵を凍りつかせ、鋭い衝撃を与えた。それによって腕が千切れ、機械部位が露出する。
「此処まで追い詰められるとは……くく」
この期に及んでもゼペットは笑みを浮かべていた。フィルトリアは眉を顰めたが、これが絶好の好機だと感じ取る。今です、と呼びかけた仲間の声を聞き、律は床を蹴った。
最早、懸念も柵も無い。律は拳を握り、ゼペットの顔を狙う。
「俺はお前を殴るのにもう迷いはないぞ」
忌々しき因縁を絶ち、このくだらない舞台を終わらせる為に。
振り下ろされた拳は容赦なく、今までのどの一撃よりも重く、標的の首を圧し折った。
火花が散り、電流が走る。
そして、
「そう、か……これが、これこそが私が描いた悲劇の――」
何事かを呟いたゼペットは最期に高らかに笑い、その場に崩れ落ちた。
彼が今際に口にした悲劇とは何の事を指したのか。己の末路か、律達の運命を狂わせた筋書の事か、それとも全く別の事を示したのだろうか。
ゼペットの機能が完全に停止した今、その答えは永遠に分からない。
「……」
思考を巡らせるのは後で良いと考え、律は瓦礫に埋もれた扉を見遣った。
向こう側から駆け付けた仲間達の声が聞こえ、スピノザは呼び掛けに答える。里桜とエヴァンジェリンも武器を下ろし、視線を交わし合った。
まずは瓦礫を退け、それから囚われた人々を解放して行かねばならない。行こう、と駆け出したフェクトにフィルトリアが続き、頷いたハンスやカロン達も踏み出す。
こうして、舞台演出家との戦いに終幕が齎された。
されど全てが終わった訳ではないと律は瞼を閉じる。
この命が続く限り、この声が枯れ果てようとも――己の戦劇は続いていくのだから。
作者:犬塚ひなこ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2017年3月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 16/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|