トワイライト・リブーション

作者:鹿崎シーカー

 神奈川県鎌倉市、江ノ島電鉄。
 去る鎌倉奪還戦における戦いの中でダモクレスたちが占拠し、臨時の工場とした場所である。
 あちこちに散乱する鉄の破片、機械の残骸、床に刻まれたヒビ割れ。
 廃墟も同然となってしまった江ノ島駅は、夕日に照らされ、一層強いもの悲しさをただよわせていた。
 そんなホームを、ゆらゆらと泳ぐ影が、みっつ。
 ぼんやり光る怪魚たちは、なにかを探すかのように駅の中を泳ぎ回る。
 そして、美しい黄昏の空に。
『…………ォォォオオオオオオォォォォ…………』
 いびつな機械音と、獣の声が響き渡った。
「光也さんの予想通り、死神が動き出したっす」
「なんか嫌ーな予感はしたけど、まさか江ノ島とはねぃ」
 黒瀬・ダンテの隣で、明石・光也(勾玉巫術士・e02170)は苦笑する。
 鎌倉市江ノ島駅にて、下級死神の活動が確認された。
 死神たちは鎌倉奪還戦で倒されたアンドロイドをサルベージして強化し、戦力として加えるつもりのようだ。
 サルベージされたのは、大したことのない量産型のアンドロイドなのだが、変異強化をほどこされたせいか、どこかクマを思わせる姿になっている。
「このアンドロイドと死神を三匹倒すのが、今回の目的になるっす」
 肝心の戦闘能力だが、まず死神は下級のものであるため知性はない。変異強化の影響か、アンドロイドも知性を失っているようだ。
 アンドロイドはレプリカントのグラビティの他、巨大化した両腕がバスターライフルとなっている。死神はほとんど噛みついてくるだけだが、アンドロイドの砲撃に合わせて怨霊弾を撃ってくる。
「ってことは、知性ないくせに連携してくるのかぃ?」
「連携というか、死神がアンドロイドに便乗してるだけっすね。協力はせずに、とりあえず襲ってくる感じっす」
 また、周りはすでに廃墟となっているため、人はいない。避難勧告をせずとも、周囲を気にせずに戦える。
「火事場泥棒とか、いい度胸してるよぃ。こりゃあおしおきが必要だねぃ」


参加者
アルフレッド・バークリー(殲滅領域・e00148)
ジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)
アリスメア・ノート(千変万化のギーク・e01284)
明石・光也(勾玉巫術士・e02170)
レオガルフ・ウィルフィッド(スカーレッドヴォルフ・e03144)
芳賀沼・我奴間(支離滅裂な探求者・e04330)
ラリー・グリッター(古霊アルビオンの騎士・e05288)
鏡・流(折れて曲がって元通り・e05595)

■リプレイ

●黄昏に立つ
「ここもまた、戦いの傷跡が刻まれた地ですね……」
 ボロボロになった周囲を見まわし、アルフレッド・バークリー(殲滅領域・e00148)は小さくつぶやいた。
 砕けた地面に、あちこちにある剣やら弾丸やらの傷。機械化された上に戦場となった江ノ島駅は静寂に包まれ、見るも無残な状態になっていた。
 ケルベロス八人がそんな場所にやって来た理由は、ただひとつ。
「死神ってのは人を永遠の眠りに連れてくモンだと思っていたが、どうも向こうじゃ話が逆らしいな。せっかく寝てたヤツを起こすなんて、人権侵害もいいところだろうさ。機械だけどよ」
「敵だったとしても! 死者に鞭打つようなことは許せません!!」
 ジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)は皮肉っぽく言い、ラリー・グリッター(古霊アルビオンの騎士・e05288)も声を張り上げる。
 そして、まるでやまびこのように、傾いた駅がビリビリと震えた。
 奥から響く、獣じみたうなり声。理性無き叫びが黄昏に響く。
「やる気十分、といったところかの? わしの鱗が黒いうちは、何もやらせはせんが」
 銀のヒゲをなでつけ、芳賀沼・我奴間(支離滅裂な探求者・e04330)は笑う。駅から聞こえてくる音は、咆哮から足音へと変わり、少しずつ早く、そして大きくなっていく。
「僕はねェ……」
 規則的に揺れる大地。その中にあってなお、レオガルフ・ウィルフィッド(スカーレッドヴォルフ・e03144)の歯ぎしりははっきりと聞こえた。
「機械が獣の真似事をしてるってのが、なんとも気にいらないんですよねェ。もっとも……こンなコトをやってる死神どもが一番気にいらねェんだがなァ…………!」
 レオガルフがつぶやくと同時に、彼の体をオーラが包む。各々が武器を取る中、アルフレッドの頭上に宝石のようなドローンが回り、アリスメア・ノート(千変万化のギーク・e01284)はホロキーボードとディスプレイに囲まれる。
「ま、向こうは火事場泥棒なわけだし、覚悟ぐらいは出来てるよねぇ? きっちりお仕置きさせてもらうよぃ!」
 明石・光也(勾玉巫術士・e02170)の声に応えるように、駅の壁が吹き飛んだ。
 無数のガレキを散らして現れたのは、巨大な機械の大熊とそれにつきそう三匹の怪魚。
 着地した四体は、ケルベロスたちを前に、大口を開いた。
「それじゃ……よろしくおねがいしまあぁぁぁぁあす!!」
 アリスメアがキーボードをたたくと共に、八人と四体は激突した。

●逢魔が時に火花散る
「舞え、『Device-3395x』!」
 アルフレッドの命を受けたドローンが敵陣めがけて突撃する。ドローンは怪魚の口に飛び込ませ、大熊に向けて主砲を放つ。
 鉄のアゴを強く打たれ、ダモクレスがあお向けに転倒する。下になった背中が接触したのは、アスファルトではなく濃密な影の沼。
「影よ、彼のモノを呪縛する沼と成れ」
 黒くにごった沼に沈められまいと、大熊は暴れだす。
 一方で、ドローンを口に押し込まれた怪魚に向かって、ジョージとラリーが先陣を切った。
「覚悟はいいか、魚共!」
「覚悟しなさい! ……邪悪、断つべし! です!!」
 ねじれる影が怪魚の腹に食らいつき、超重力の十字斬りをたたき込む。たまらずのけ反る怪魚の背後に、鏡・流(折れて曲がって元通り・e05595)は素早く回る。
「そーら、よッ」
 流の足が炎をまとい、怪魚に刺さる。三日月型に曲がった怪魚は派手に吹き飛び、レオガルフに殴られた別個体とぶつかった。
「隙を見せたら喰われる。それが獣の狩りだぜ?」
 二匹の怪魚に、テレビウムも交えた集中砲火が浴びせられる。その様子を見ながら、我奴間は満足げにうなづいた。
「順調じゃのう。これなら、わしの力はいらんかもしれん」
「ならさ、我奴間。こっち手伝ってくれないかねぃ?」
「む?」
 ヒゲに触れながら見れば、光也が新たに呪文を唱えているところだった。沼に捕まった大熊を、さらにきつく縛ろうとしているのだろう、そのまなざしは真剣だ。
「縄よ、彼のモノを縛り上げろ。漆黒よ、彼のモノを喰らえ」
 半透明の『御業』と黒いスライムが暴れ熊に食らいつく。しかし、三重の拘束にも構わず、大熊は叫びながら暴れ続ける。
「止まっておらんな」
「そうなんだよぃ。アイツ結構タフでねぇ……」
 他の仲間は死神にかかりきり。ジョージたち四人で二匹、アルフレッドとアリスメアで残り一匹と戦っている。加勢はさすがにきつそうだ。
 手を貸すか。我奴間が鎖鎌を構えると同時、大熊が夕日に向かって吠えた。
 その丸太のごとき腕が、高速で回転を始め、スライムと御業を食いちぎる。
 大熊は、解放された両腕を、そのまま地面に打ち込んだ。
 ベキッ、ベキッと大地が砕け、腕が深く沈んでいく。全員が異変に振り向いた、次の瞬間。
 地面が、音を立てて崩れ落ちた。

●活路を開く
 クモの巣状のヒビ割れから、青白い光がのぞく。
 四方八方にたちまち広がったそれは、崩壊寸前の鎌倉駅すら飲み込んで周囲一帯に巨大なクレーターを生み出した。
「これにつかまってください!」
「ありがたき幸せ!」
 冗談めかして返答しつつ、アリスメアは目の前のドローンにしがみつく。アルフレッドの青いドローンは足を取られ、転がり落ちていきそうだった二人をどうにか支え、宙へ連れていく。だが、回避に移る二人の足首に、怪魚は牙を突き立てた。
「痛っ……!」
「二人いっぺんにとか、いい男ですわね!」
 すかさず吹雪の姿をした氷の狼と将来性をこめたディスプレイが怪魚をたたく。たまらず二人を解放した怪魚は、今度はその口の中に黒い弾丸を生成し、勢いよく吐きだした。
 至近距離で爆発する怨念の波に侵されたドローンが黒くにごり、二人を足を取られて転んだ流の上に投げ出した。
「うわわわ! よけて! よけてください!」
「え? ちょっ……むぎゅうっ」
 アルフレッドの警告もむなしく、流は押しつぶされる。同時に、六人と一体より高い位置にいた二匹の口にも、黒い怨念の弾が作られていた。
 さらにクレーターの中央では、大熊が光輝く両手を向けているではないか。
「前門の虎、後門の狼……いや、魚と熊か」
「万事休すとも言うんだよな、これ」
 フンと鼻を鳴らすジョージに、どうにか立ち上がった流が両手に漆黒の爪を生やす。
 どんどん大きくなっていく怨念と魔法の光。そのうち怪魚を狙い、ラリーは強く一歩踏み出した。
「お魚さんは任せてください! お刺身にしてきます!」
 言うなり、ラリーの体が黄金に輝き始める。そして、誰の返事も待たず、ラリーは音速を超えた。
「限界を越え……光よりも速く!!」
 残像を残してラリーの姿が消え失せる。それを追いかけるように、大熊の両腕から極太のレーザーが放たれた。
「準備完了! アルフレッド殿、貴殿のドローン、借り受けるでござるよ!」
「はい! ……はい?」
 きょとんとするアルフレッドを置いて、アリスメアはキーボードをたたく。まばゆい光の前に、赤く輝くドローンが立ちはだかった。
 一部のスキマもなく整列したそれらは、レーザーを真正面から受け止める。雷にも似た音がまき散らされ、赤壁がビリビリと振動する。
 レーザーは、完璧に受け止められていた。
「なにしたか全くわかんねェけど、でかした!」
 賛辞を置いて、レオガルフは斜面を蹴った。レーザーを避け、弧を描いて走る。三人もまた、彼に続いて駆けだした。
 今、ダモクレスは両手を攻撃に回しているため、完全に無防備。この期が最大のチャンス。
「あとはもつかどうか、か」
「もたせるのじゃろう?」
 震える赤壁を、半透明の鎧が包む。その上からかぶさるのは、これもまた半透明の『御業』の荒縄。
 降り立った我奴間のとなりで、光也はにやりと笑う。
「さっきはやっちゃったからねぃ。汚名返上といかせてもらうよぃ!」
「助太刀するぞ。何、全員ケガ一つなく家に帰してやるわい」
 新たに二重の防壁を得たドローンたちが、極太の光線を受け止め、一気に押し返した。
『グォォォォオオオオオオオ!!』
 大熊は、地の底から聞こえてきそうな、怒りの雄叫びを放つ。強力な光線の影響か、妙に強い向かい風を受けながら、ジョージはつぶやく。
「怒るのもわかるぜ。せっかく寝てたのを叩き起こされれば、そうもなる。だから……」
 レーザーをはさんで、その反対側。レオガルフもまた歯を食いしばる。
「後ろでギャンギャン吠えるだけ吠えやがって……見てやがれ」
 そして、示し合わせたわけでもなく、二人は同時に跳んだ。ジョージはオーラを込めたこぶしを、レオガルフは獣化したこぶしをそれぞれ握る。
『終わりにしてやる』
 大熊のそれに負けない咆哮を上げ、二人はこぶしを振り下ろした。
 全力の一撃は狙いを外さず、異形の肩に直撃する。メキメキメキ、と金属が潰れ、鉄拳は地面にまで突き抜けた。
 千切られた腕から光が消える。武器を失い、胴と足だけになった大熊は、天に向かってただ吠える。
 黄昏はすでに過ぎ去り、空には月がぽっかり浮かぶ。
 幻灯のような月と星空に一声鳴くと、大熊はそれきり動かなくなった。

●夜天に昇る
「え、直すの!? マジで!? これ全部!?」
 叫ぶと同時に、流は捕えた怪魚を握りつぶした。
 爪にあちこち裂かれた怪魚は、ぐしゃっ、と嫌な音を最後に絶命。体をボロボロと体のパーツがこぼれ落ちる。
 しかし、ラリーはそんなことは欠片も気にせず、胸をそらした。
「はい! せっかくなので、みんなで駅を修理しましょう!」
「……いや、別にいいんじゃないかねぃ。だってほぼ廃墟だったし。ハロウィンのときに直すだろうし……」
「彼女なら、もう行ってしまったぞ?」
「早っ」
 怪魚二匹を細切れにしたとは思えない元気っぷりで、ガレキを運び始めるラリー。せかせかと働く姿と、周辺一帯の状況を見て、光也と流は顔を見合わせ、我奴間は感心感心とうなずく。
 クレーター内部で聞き耳を立てていたレオガルフも軽く肩をすくめる。
「上ではこの辺掃除しようってェ話になってるようですが……どうします」
「名案だと思います。でも……ボクの、Device-3395xが……」
「あー、えーと。ゴメンネ?」
 並べられた宝石のようなドローンの前で、膝を抱えるアルフレッド。その背中に、ダモクレスをぐさぐさ刺してはキーボードを操作するアリスメアが頭を下げる。
「勝手にハッキングして悪かったねん。堪忍してや」
「ついでに、そいつに剣刺すのもやめろ。今度こそ、眠りについたんだ。そっとしてやれ」
「必要な情報抜きだしたらね」
「お前は鬼か」
 ディスプレイとにらめっこを始めるアリスメア。ジョージはやれやれと首を振り、手近なガレキに腰を下ろした。
「しかし、月見ながらとは、粋な死に方したもんだな。いずれ聞きたいもんだ、その寝心地を……あの世でな」
 雲ひとつない夜空にきらめく星たち。
 そのうちのひとつが、尾を引いて流れていった。

作者:鹿崎シーカー 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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