血だまりの花

■リプレイ

●天突き咲き誇る囮
　春先の柔らかな風が、満開の花畑を優しく撫でて通り過ぎる。
　オラトリオの集落が見下ろす、なだらかな丘の中腹に、一目で『珍しい』とわかる巨大花、天を突かんばかりのショクダイオオコンニャクが咲いて……。
「――パーフェクトデコレイテッド！！」
　……もとい、ショクダイオオコンニャクの花を頭にのっけたオラトリオ、ブランシュ・ヴァルディアブ（おめんやさん・e08260）が胸を張って仁王立ちしていた。
　堂々と咲き誇るショクダイオオコンニャクには、メリチェル・エストレーヤ（黒き鳥籠より羽ばたく眠り姫・e02688）の持ち寄ったレースやリボン、マヒナ・マオリ（カミサマガタリ・e26402）が作った造花の青薔薇のレイで飾られ、さらにはユージン・イークル（煌めく流星・e00277）とプルミエ・ミセルコルディア（フォーマットバグ・e18010）の手により、クリスマス飾りがふんだんにちりばめられており、頭頂部には燦然と輝くトップスター。遠目にも、異様に目立つ。
「……うん、これだけやれば、嫌でもショクダイオオコンニャクしか目に入らないと思うよ……」
　適度に離れた位置に身を潜めながら、それにしても初めて見たよ、とマヒナは感心したように巨大な花を見やる。数年に一度、二日間しか咲かない花。囮としてこれ以上のものはない。
「華やかなブランシュちゃんの花が役立つ日が来るなんて……！　うん、とっても輝かしいやっ☆」
　ユージンも別の場所で身を隠しつつ、デコレーションされた巨大な花を感無量で眺める。
（「それにしてもでかい花だよなぁ……俺もあれくらいでかい花を頭につければ少しは身長足せ……いやいや」）
　目立たぬよう掘った穴に小さな体を収め、花々に紛れて頭だけをひょっこり伺わせている理弥は、思わず脳裏をかすめた雑念を、かぶりを振って振り払う。
　ゴテゴテに飾り付けられた花は、若干の重みを増していたが、ブランシュは気にしない。敵との遭遇に胸を膨らませながら、囮としてその時を待つ。
「はーおつかいって大変！　ちょっと休憩～」
　ひとりおつかいごっこに興じつつ、ブランシュは花畑に腰を落ち着ける。その両手には、なぜか甘酒とお団子が。
「あぁっ、それは必勝祈願と神聖性演出の為の……っ！」
　遠巻きに見守りながら、やっぱりこうなりますか……と潜めた声で呟くアウラ・シーノ（忘却の巫術士・e05207）。もっとも、供えた甘酒にわざわざ太いストローを差しておいたのは、アウラ本人である。
　この場に至るまでには、避け得なかった惨劇が、確かにあった。
　暗い気持ちにばかりに囚われてしまわないようにと、努めて明るく、愉快に振る舞おうとする者。敵への恐怖を押し隠して己を鼓舞する者。怒りを心の底に湛えながら、虎視眈々と敵を待ち受ける者。
　各々の想いを胸に抱きながら、ショクダイオオコンニャクを囲む形に陣取るケルベロス達は、花畑の中に身を潜め、息を潜める。
　遥か遠くから徐々に近づいてくる不快な騒音に、耳を澄ましながら。

●四方八方ケルベロス
　要塞に要塞を重ねてさらに要塞と要塞を積み上げたかの如き物体が、勢いよくキャタピラを回しながら、ざくざくと無遠慮に花畑を踏み荒らし直進していく。
　その中央に鎮座する童女――不落幼塞フェレスは、ご機嫌に鼻唄なぞ歌っている。地に自生する普通の花には、どうやら興味を惹かれないようだ。
「フフフフフンフ、フンッフフンフー――んんん！？」
　前方にあからさまな異物を発見し、フェレスは身を乗り出して目を凝らした。
　平凡で可憐な花々の中央に、天を突いてそそり立つ、一輪のショクダイオオコンニャク。
　その花は、明らかに、お面をつけた少女の頭から生えている。
　フェレスは嬉々と目を輝かせた。
「『珍しい花のオラトリオ』、みーーーっけ！！」
　キャタピラが回転数を上げ、まっしぐらにショクダイオオコンニャクへとひた走る。
　頭に巨大な花を咲かせる少女は、お団子と甘酒に夢中で、迫り来る要塞には気づかない……ように思われた、が。
　アームが届くギリギリの距離まで踏み込んだ、その瞬間。
　少女が顔を上げ、お面とフェレスの目が合った。
　――ギゲァァァァアアァァァァァァ！！！！！
　お面の下から一帯に轟き渡った奇声は、例えるならば、地面から引き抜かれたマンドラゴラの絶叫。虚を突かれたフェレスは思わずひるみ、要塞の制御にわずかな乱れが生じる。
　その背後を、二つの影が躍り上がった。
　枯れ枝で偽装した着ぐるみ姿のアウラと、花畑と同色のマントを纏ったプルミエ。二人の禁縄禁縛呪が次々と幼塞に襲い掛かった。
「えっえっなに！？　ケルベロス！？」
　フェレスが慌てて要塞の進路を大きく右に逸らした。『珍しい花のオラトリオ』の脇をスレスレで通過し、全速力でその場からの撤退を図る。
　しかしその進路上の花畑が突然盛り上がり、新たな人影が立ち塞がった。
「……この世に無闇に摘んで良い花など只の一つもねぇ。命を何だと思ってやがる。これ以上摘ませやしねぇぜ」
　呟きながら、カムフラージュに被っていた花畑柄の布を脱ぎ捨てたのは、天矢・恵（武装花屋・e01330）。囮作戦と隠密気流が上手く作用し、フェレスは恵が現れる直前まで気づかなかったのだ。
「うそうそっ、ちょっとぉぉぉっ！」
　フェレスはすかさず舵を切るも、要塞はすぐには止まれない。恵の冷静なスターゲイザーを浴びせられながら、お次は左へと大きく進路を曲げる。
　が、その行く先にも、人影。
「おっと、逃がさないよ。野に咲くハコベの花たるボクら、キミとの『ランデブー』を所望でね」
　潜んでいた窪地から立ち上がり、本格的なギリースーツをキザったらしく取り払ったナコトフ・フルール（千花繚乱・e00210）は、袖口から小さなハコベの花を取り出し、花言葉を引用してみせた。
「もーやだぁ！　なんなのぉ！？」
　フェレスはもはや涙目で、再三の方向転換。ナコトフの花咲くノイバラの蔓に足を取られながらも、なんとしても撤退せんとキャタピラを必死に回転させる。
　足回りにダメージを負いながら、ようやく蔓から逃れても、やっぱり進路上にはまたまた人影。
「おっと、先に行かせはしないさっ☆」
　生花をいくつも貼りつけた即席迷彩マントを翻し、ユージンが躍り出る。
　吹きつけられた無数の泡に塗れたフェレスは、退路を断つように飛び回るウイングキャットのヤードさんに牽制されつつ、パニック気味にビースカ泣き声を張り上げ、さらなる方向転換。
　もちろん、その先にも、人影。
「さぁ、ノイエ、力を合わせて仕留めるわよ」
　花柄ショールを纏ったまま、スターサンクチュアリを輝かせるメリチェル。傍らに並ぶビハインドが、金縛りでフェレスの動きを鈍らせる。
　幼塞はなおも悪あがきの方向転換。しかしそれは、『珍しい花のオラトリオ』の周囲をぐるりと回って、最初の襲撃地点に戻ってきたも同然だった。
「……あれ？　あれあれあれっ？？？」
　周囲を戸惑いがちに見回して、フェレスはようよう、キャタピラの回転を止めた。
　気づけば、幼塞を囲う八方、どこを見ても、ケルベロスの姿。包囲網は、じりじりと狭まっている。
「挟撃は上手くいきましたね」
　ぽつり呟き、プルミエは表情を変えずに、戻ってきたフェレスを正面に見据える。
「貴方の力も情報も、すべてここへ、おいていけ」

●無邪気に非道
　完全に退路を断たれた不落幼塞フェレスは、物凄く嫌そうに顔を歪めた。
「えええ～……？　任務すいこーしなきゃなのにぃ……」
　しかしケルベロス達の包囲網には穴がない。突破はあまりに困難だ。
　しょーがないなぁ。フェレスは呟くと、尖らせていた口許をあっさり解いて、無邪気な笑顔に豹変させた。
「それじゃぁ、ころそーっと♪」
　出し抜けに、要塞の全砲門が開かれた。
　ガトリングが、砲撃が、レーザーが、要塞の回頭に合わせて周囲を薙ぎ払う。花畑を、盛大な爆発と土煙が舞い上がった。
　一通り撃ちつくし、満足げにドヤ顔をするフェレス。
　が、次の瞬間、土煙を斬り裂いて氷のグラビティ纏う騎兵が姿を現した。
「これほど恐ろしく、猟奇的な存在に負けるわけなどゆきません」
　召喚者たるアウラの意に従い、騎士は馬を走らせ幼塞に突撃を掛けた。
「オラトリオとしては放っておけないよね……！」
　花を貼りつけたアースカラーのマントを翻し、ハートクエイクアローを撃ち込むマヒナ。シャーマンズゴーストのアロアロも、神霊撃で追随する。
「なんか見たことある気がするんですよね、貴方」
　惨劇の鏡像を閃かせながら、表情筋を動かさずにぼやくプルミエ。
　アームでダメージを緩和しつつ、フェレスはきょとんと首を傾げる。
「……あー、レプリカントってやつだぁ！　ざんねーんっ、わたししらなぁい。むかしはドーゾクで、もしかしたらしってるヒトだったのかもだけど、そういうのねぇ、相手がレプリカントになっちゃうとねぇ、わかんなくなっちゃうんだよねー」
　フェレスは嘘も悪意もなく、朗らかに笑う。『たとえダモクレス時代に因縁があったとしても、目の前のレプリカントが当のダモクレスと同一人物だとは、ダモクレス側からは認識できない』ということを言いたいらしい。
「因縁浅くて結構！　珍しい花が欲しいなら戦おう！」
　この敵は自分と似ている、存分に楽しめそうだ。そう確信を得て、ブランシュはストラグルヴァインで幼塞を締め付けながら声を張り上げ、積極的にフェレスの好奇を煽っていく。
「普通のは数年に二日しか咲かないけど、私のは年中満開だからＳＳＲだよ！！」
「えすえすあーる……！」
　フェレスの瞳がキラキラ輝き、ロボットアームがわきっ……と反応した。
　煩悩に気を取られたその隙を、死角から回り込んだ恵のドラゴニックミラージュが攻めたてる。
「消えぬ炎で蝕んでやる」
　行方が知れない母の姿が脳裏をかすめる。時期的に、決してこの敵の仕業ではない事はわかりきってはいるが……花は、母が大切にしていた、守るべき物。静かな怒りが、業火を昂ぶらせる。
「世はあまねく美しい……されど、愛でるべき花を無用に刈り取る理念ばかりは、『無情』を着飾る青アジサイでさえもそっぽを向こう。敬うには値しないね」
　アジサイの花を袖口で翻し、ナコトフは攻性植物を剣の如く変じさせて、神速の雷刃突を繰り出す。もとより秀でた妨害能力が、近衛木・ヒダリギ（シャドウエルフのウィッチドクター・en0090）のステルスリーフによって駄目押しの如く高められた結果、要塞の装甲がごっそり削られていく。
「うー……お花ほしぃぃ……でもまずはこっちだよ！」
　フェレスは突発的な『怒り』に瞳を燃やし、勢いよくロボットアームを振り上げ、フルフル震えながら前衛で頑張るアロアロをわしづかみにした。
　アームの指に力が籠められる寸前、紫色の光が弾ける。
「ここはお任せを！」
　フローネの声が凛と響き、展開されたアメジスト・シールドがアームを押し返した。
「手中に蠢く龍の力で、癒しを我が手に」
　脳髄の賦活を発動させながら、メリチェルはフェレスをひたと見据える。花にばかりに気を取られ、そこにある命を無下に扱う、許されざる残酷さを。

●不落幼塞、陥落
　敵を囲い込んでの交戦は、一方的な戦いになりつつあった。
　要塞は堅固ではあったが、開戦から執拗に付され続けた行動阻害に、その動きは徐々に鈍り、ケルベロス達の手応えは増していく。
　確実に追い詰められながら、それでもフェレスは無邪気に笑う。
「キャハハハッ！　たのしーねぇ。もっともっと、戦おう？」
　まるで何かの遊戯のように、無数の爆弾がばら撒かれる。生意気そうな笑顔が描かれた爆弾が、ケルベロス達にひっつき、前衛に爆発を連鎖させていく。
　フェレスは気まぐれに戦う。その火力も決して侮れるものではなかったが、ケルベロス達は防具で、治癒で、立ち回りで、上手くダメージを分散し、危なげなく難局を退けていく。
　一方、途切れなく続くケルベロスの猛攻を、防ぐ力はもはやフェレスにはない。童女を囲う要塞は三分の一が機能不全に、残りもいつ停止するとも知れぬ状態にまで追い込まれていた。
　フェレス自身も肩で息をつきながら、それでもケルベロス達にじゃれつくように攻撃をやめない。
「もー我慢できないっ。やっぱりそのお花――ちょーだいっ！」
　再び振り上げられたアームが、ショクダイオオコンニャクへと伸び迫る。
　が、アームが捕らえたのはすんでで飛び込んだウェアライダーの青年だった。
「こんなの、なんともないよ……ッ」
　握りしめられる苦しみに胆力で耐えつつ、ユージンが声を絞り出す。……本当は、死ぬほど怖かった。けれど、仲間達が傷ついてしまったら……そう思うと、震える足も自然と前へ出てしまうのだ。
「もうっ、ジャマだなぁっ」
　アームが無造作に、ユージンを放り捨てた。
　その時にはもう、一振りの刀を握りしめた恵が、幼塞の懐に踏み込んでいる。
「お前に明日はねぇ。塵も残さず消しとばしてやるぜ」
　神速の一刀が縦に走り、脆くなった要塞の一つが本体から切り離される。
「どうして珍しい花を狙うんだろう……オラトリオの花も、生きてるから輝くのに」
　悲しげに零しながら、幼塞の直上に作り出したヤシの木の幻影から、ココナッツを落下させるマヒナ。ふぎゃっ、と愛らしい悲鳴が上がり、フェレスは頭頂部を抱えてうずくまった。
　アウラは、己の『地獄』をカードの形に凝縮していく。
「残念でしたね。あなたが私を凌駕できたなら、この八重のドクダミを差し上げようと思っていましたのに。――地獄よ。我、我が身を門として汝を引寄（ドロー）せん！」
　投げつけられたカードは崩壊しながらも敵へと吸い込まれ、内部で大爆発を引き起こした。さらに一基、要塞が沈黙する。
「野に咲く花であれ花瓶に活けた花であれ、散らすでなく愛でるのが、花愛するものの流儀。『思いやり』のない一方的な愛にはアルメリアも涙を流そう。……なればボクは、花愛する者として可憐な花を守るのみ、だ」
　ナコトフは取り出したアルメリアを愛おしげに口許に引き寄せたのち、攻性植物を手に鋭く身を翻し、要塞の損傷を斬り広げていく。
　ローラーダッシュで素早く肉薄するメリチェル。その眼差しは獲物を捕らえんとする狩人の如く。
「この世界の美しさや愛しさを感じさせてあげるわ」
　激しい摩擦熱を乗せて、炎纏った一撃が叩き込まれる。七色の花が巻きつく剣の、蝶のチャームがひらりと舞った。
「本気の遊びは楽しいね！！」
　その狂気度はフェレスかくや、じゃれあうように幼塞との殺し合いを楽しんでいたブランシュの、目立ちすぎる巨大花が『準備』を開始する先触れを感じ取り、彼女の影の如く立ち回っていたプルミエは、いよいよ敵の懐へと踏み込んだ。要塞の中央に鎮座する童女の腕を掴み取り、間近になったフェレスの顔立ちに、かすかに既視感がかすめるも、その表情はぴくりとも動かない。
「記憶がないですし今の私はケルベロスですので、見覚えも何もありません」
　他人事らしく言い捨て、相手の力を吸い出し、水晶化させていく。地に引き込まれるが如き痛みに、フェレスが絶叫する。
　そして、ショクダイオオコンニャクがまばゆい光を集めながら、フェレスの頭上に跳び上がる。
「天罰けってーいっ！！」
　花から放射されたビームの推進力を得て、ブランシュは超高速で墜落した。
　彗星の如き一撃の、強烈な衝撃に、全ての要塞武装がついに限界を迎えた。
「あーあ、わたしの負けかぁ、お花ほしかったなぁ……でもね、スッゴクたのしかったよっ☆」
　最後の最後で、これ以上なく明るく笑うフェレスの表情は、要塞武装の爆発に紛れて瞬く間に見えなくなった。

　戦いの終わりを見取り、メリチェルは穏やかに仲間達を振り返った。
「皆様、お疲れ様でした。お怪我がある方は治しますね。……『幸福の時間の始まりよ。決して終わることのない永遠のトキの、ね。――ねぇ、微笑って？』」
　桜色の唇から溢れ出す咏声が、花畑を美しく響き渡り、仲間達を癒していく。
「お見事でした。集落の人達も、喜んでくれていましたよ」
　丘の上の集落で警護に努めていた和希は、足早に駆け寄り合流すると、皆を労いながら治癒を振る舞った。ずっと、望遠鏡越しに戦況を見守っていたのだ。
　ケルベロス達の勝利を知った丘の上のオラトリオ達は、歓声を上げ、胸を撫で下ろし、口々に感謝したという。ここの集落はもう、大丈夫だろう。
　仲間達と笑い合いながら、マヒナはふと、花畑の遥か彼方に視線を馳せた。
（「……襲撃されてしまった集落は、あっちの方角だっけ」）
　後日、自分の足で直接祈りを捧げに行こう。そう心に秘めて、マヒナは静かに瞼を下ろした。

作者：そらばる	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年3月11日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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