劇場艇モンストロ~悲劇の操り人形

作者:つじ

●地底の鯨
 とある場所の地下深く、放棄され、忘れ去られたそのドックに、一隻の船が眠っていた。
 格調高い装飾に、威圧的な佇まい。しかしどのような運命の悪戯か、『豪華客船』として建造されたそれは、一度も海に出ないまま時を過ごす事となる。
 得るべき栄光も今は錆付き、内に秘めたる輝きも、朽ちるに任せたその有様。だがそんな廃船に、新たな息吹が吹き込まれた。
「……」
 新しい住人の一人が顔を上げると、眼窩に嵌ったガラスのレンズに、船内劇場が映り込む。
 そこでは舞台上に立つ赤いマントの男が、マスクを被った人々を、そしてその中心に立つ装置を、満足そうに見つめていた。
「上々ですね。肉体改造をせずに従わせるこの研究、更に段階を進めれば……他の指揮官達以上の成果をあげてジュモー・エレクトリシアン様に貢献できるでしょう。そうは思いませんか、カイ?」
 硝子の瞳を舞台に向け、カイと呼ばれた少年が頷く。生まれ変わったこの場所は、ダモクレスの研究施設と化していた。
「……」
 この場の首魁である赤マントの男、ゼペットがカイの頬を指でなぞる。それに対して反抗するでもなく、喜ぶでもなく、カイは舞台に視線を送り続けていた。
 そこに居る、生気を失った人々のほとんどは、運び屋を担うカイが攫って来た者だ。
 主であるゼペットが望むのならば、カイは忠実に、躊躇いなく攫い、殺し、奪い、そして死んでさえみせるだろう。
 洗脳によってそう造られたのが彼であり、改造によってそう育てられたのが、彼なのだから。

●合同作戦
「みんな、聞いてください。敵の拠点を発見したのですよー!」
 歓声に近い声を上げ、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が画面に情報を提示する。予知によって発見されたそこは、ダモクレスの一団が研究施設として使用しているらしい。
「ゼペットと言う名のダモクレスが率いる一団……えーっと、便宜上『彼等』と呼ばせていただきますね。『彼等』は、指揮官型ダモクレス『ジュモー・エレクトリシアン』の派閥に属しているようなのです」
 先日地球侵略に着手し始めた指揮官型ダモクレス。その中でも『ジュモー・エレクトリシアン』の配下は様々な研究に手を出していることが分かっている。
「この『彼等』の研究内容は、特殊な洗脳装置です。研究内容もアブナイですが、さらに実験台として罪もない人々を攫ってきているようなのです。許せないですよね!」
 そう言って、ねむが眉を吊り上げる。迫力はあまりないが、言いたいことは理解できる。確かに、この研究が進めば、廃棄家電の事件や、VRギアといった事件と類似するようなダモクレスの事件が次々と発生してしまうかもしれない。とはいえ、敵の拠点を制圧するとなると、そう簡単にはいかないように思われるが……。
「それは、おっしゃる通りです。というわけで、今回は4チームでの合同作戦なのですよー」
 ケルベロスの一人の問いにそう応え、ねむは画面に映ったポインタを操作をする。
「各チーム別々の場所から廃船に侵入し、別行動を取っている敵を各個撃破。敵の研究を潰し、攫われた人々を解放する、という流れになります」
 攫われた人々は船室に捕まっているが、扉には厳重な鍵がかかっている。敵が居る状態で解放するわけにもいかないため、助けるとするなら決着後になるだろう。それでもなおこの奇襲に出るのは、敵を分断し、複数個所を同時に制圧するためである。
「後で説明しますが、敵はチームを組むことで真価を発揮するタイプです。分断できている今が、最大のチャンス! チームワークでは我々が上だと、見せ付けてあげましょう!」
 威勢良い台詞と共に、ねむが画面を切り替える。ここから先はチーム別の説明になるようだ。

「皆さんの潜入ルートは正面の通常入り口です。客船のエントランスから堂々と入る事になりますねー」
 そんな事をすれば、当然敵の迎撃要員と鉢合わせる事になるだろう。つまり、このルートは囮としての意味合いが強いか。
 予知によれば、相手をすることになるのは『運び屋・カイ』という名のダモクレスだ。見た目は翅の生えた少年といったところ。名前の通り、実験材料の調達等が主な仕事のようだが、この個体は『彼等』の首魁であるゼペットのお気に入りらしく、様々な改造を施されている。五本の指はナイフに、関節を曲げれば銃口が現れるなど、戦闘用の機能も多く搭載しているので注意が必要になるだろう。
「『運び屋・カイ』は人々を攫う実働部隊の主力を担っています。なので皆さんには陽動だけではなく『敵の撃破』をお願いしたいのです」
 ここでの研究を挫いても、『運び屋・カイ』が生き残っていればまた実験材料として被害者が出続けるかも知れない。この場で倒しておく意味は大いにある。
 迎撃に来る『運び屋・カイ』だが、こちらが複数の班に分かれていると悟れば、主であるゼペットの方に向かおうとするだろう。エントランスから劇場へ、移動しながらの戦いが予想される。
「合流を許した場合、『運び屋・カイ』は『舞台演出家・ゼペット』を庇うように動きます。逃走の補助に走る事も十分考えられますので、注意してくださいね」
 合同作戦の常として、こちらの行動が他の戦場に影響を及ぼす事になる。そして、逆もまた然り。
「また、『彼等』の所有する多数の『運搬ドローン』が『運び屋・カイ』との戦闘に乱入してくることも考えられます!」
 『運搬ドローン』は『運び屋・カイ』のサポート機としての機能も搭載している。『運搬ドローン』が居る状態で『運び屋・カイ』を倒した場合、止めを刺す前に『運搬ドローン』が『運び屋・カイ』を運び去ってしまうだろう。
「この場合、『舞台演出家・ゼペット』との合流は防げますが……苦い結果になってしまいますねー」
 一人一人の行動が、周りに大きく影響する事になる。覚悟を以って挑むべきだろう。
「誘拐に、洗脳。そんなものを常態化させるわけにはいかないのです。ぜひ、彼等の野望を打ち砕いてきてください!」
 そんな気合の入った声で、ねむは一同を送り出した。

●おにごっこ
「……おや、どうやら招かれざる観客がいらっしゃったようですね」
 敵の侵入を探知した『舞台演出家・ゼペット』が仲間達に呼び掛けていく。船内に通信ジャミングを張り巡らせ、最後に傍らの少年へと命令を下した。
「――そしてカイ、エントランスで侵入者を迎え撃ちなさい。危険が差し迫ればドローンが貴方を回収するので憂慮することはありません」
 これまでろくに反応を見せなかった『運び屋・カイ』が、その言葉を受けて頷いて見せる。
 右手が裏返るように形を変え、華奢な五指が五本の刃に変形。蜂の翅を象った飛行ユニットに火が灯り、低い唸りと共にその身を持ち上げる。
「全ては、貴方の望むままに」
 ふわりと飛んだ少年は、そう言い置いて劇場を後にする。船内通路を、階段を、自由自在に飛び回りながら、彼もまた仲間達に呼び掛けた。
「みんな、起きて」
 羽音ならぬプロペラのローター音が、そこかしこで上がり始める。
「頼んだよ」
 それらの音色と、舞台演出家の哄笑を背に、『運び屋・カイ』は侵入者へと襲い掛かった。

「――さぁ、悲劇の幕開けです!」


参加者
巽・真紀(竜巻ダンサー・e02677)
帰月・蓮(水花の焔・e04564)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
天那・摘木(ビハインドとお姉さん・e05696)
ハインツ・エクハルト(ソニックブラスト・e12606)
ケイト・スター(ヘルダイバー・e26698)
カイ・ロストパーツ(家政婦もどき・e29542)

■リプレイ

●演者は舞台に上がる
 甲板を通過し、船内へと踏み入ったケルベロス達は、反対側からやってきた少年と会敵する。背に生えた翅を震わせて飛ぶさまは、まるで妖精か何かのようだが……。
「侵入者を、確認」
 禍々しい刃と化した五本の指が、それを真っ向から否定する。『運び屋・カイ』、襲い来るダモクレスを迎え撃ったのは、グレイブを手にした帰月・蓮(水花の焔・e04564)だった。稲妻の如く突き込まれた槍とナイフがぶつかり合い、互いの勢いを殺す。
 反撃を牽制するように、オルトロスのチビ助が刃を振るい、両者は一旦距離を置いた。
「お前、ボスって感じじゃねーな。差し詰め見張り番ってトコか」
「なんだ手下か。大将のツラを拝みに来たんだけどなー!」
 巽・真紀(竜巻ダンサー・e02677)が空中の敵の様子を窺い、割り込みヴォイスで声を張り上げたハインツ・エクハルト(ソニックブラスト・e12606)が味方に強化のための雷を降らせる。
 それらの合間を縫うように、運び屋は再度降下を開始。
「見た感じだとそんなに強くなさそうだ。さっさと片付けて次に行こうか」
「僕達の用があるのは劇場の主のみです。道を開けるのであれば、見逃してあげてもいいですよ。下っ端君?」
 クリスティ・ローエンシュタイン(行雲流水・e05091)が竜の幻影を生み出し、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)が鎖を手にして迎撃する。吐き出される炎と展開される鎖。だがそれらを受けてなお、運び屋の前進は止まらない。
「ワリーがお前一人に手こずってらんねーんだよ!」
 真紀が爆破スイッチを押し、味方を鼓舞すると共にその場に轟音を響かせる。
 これらの挑発的な言動にはもちろん別の意味が隠されている。「ここに来たのは自分達だけ」、つまり別働隊の存在を隠蔽し、運び屋・カイを引き付ける意図である。
 その動きに合わせ、カイ・ロストパーツ(家政婦もどき・e29542)も敵の前方を爆破。これにより、同時に他で起こっているであろう戦闘の音を誤魔化しにかかった。
(「難儀な作戦ではあるな……」)
 クリスティの感想の通り、今回の作戦は少々手が込んでいる。4チーム合同の作戦であり、ここでの戦果が他の戦場に響く可能性を孕んでいるのだ。その一端として囮を担う彼等は、ここで敵を釘付けに出来るのが最上の結果と位置付けた。
 爆煙を抜けた運び屋の一撃を、蓮が槍の柄で受け止める。
「首魁は何処だ!」
 強く問いかける彼女の後ろから、ケイト・スター(ヘルダイバー・e26698)が達人の一撃を繰り出す。
 一方的な罵声と、飛び交う刃。
 ビハインドの『彼』を引き連れた天那・摘木(ビハインドとお姉さん・e05696)は、そんな中で運び屋・カイを真っ直ぐに見つめていた。

 遭遇からの一時、そこで付近のダクトから敵側の援軍が姿を見せる。
「ドローンですか、邪魔ですね」
 そちらに対し、カイ・ロストパーツが得物を向ける。低いプロペラ音と共に現れたのは二体の『運搬ドローン』だ。運び屋・カイの兵隊に位置するドローンだが、別の場所ではこれらを倒すために他のチームが戦っているはずだ。二体という数字はその結果に拠るものだろうか。
 ここまでは予想通り、そうケルベロス達は考える。

 ――が、それは予知があるから言える事。
「……!」
 運び屋・カイがケイトを蹴り飛ばしてドローンの後ろに退く。
「ん、もしかしたらボスのところまで案内してくれるのかな」
「嘘つき」
 ケイトの牽制に一言だけ返し、運び屋はケルベロス達に背を向けた。

●狂騒曲
 起きて、と。運び屋・カイは劇場から出た直後、全てのドローンに通達した。そこに来たのがたったの二体、しかも搭載した弾丸の消費も見られるとなれば、結論はすぐに出る。
 他にも『敵』が入り込んでいる。総数は不明、狙いは明らか。ならば取るべき行動は一つだ。
「待って!」
 躊躇なく敵が踵を返し、当てが外れた形のケルベロスの中で、即座に反応したのは敵を注視していた摘木だった。咄嗟に振るった杖が鳥の使い魔へと変じ、『彼』を乗せて飛び立つ。
 飛翔したファミリアはドローンに命中。そして衝撃で弾き飛ばされたビハインドは、反射的にだろうか、近付いていた運び屋の背中に張り付いた。
「にゃう!」
「――ッ!?」
 両の指で頬が引き伸ばされ、予想外のビハインドアタックに運び屋・カイが姿勢を崩す。体勢を立て直し、さらに背中のそれを振り落とそうとしているためか、運び屋はそこから滅茶苦茶な軌道を描いて飛び始めた。
 攻撃時を超える高速飛行。ケルベロスの視界から外れた曲がり角の向こうへ、『彼』の「にゃあああぁぁ」という悲鳴のような歓声のような声が遠ざかっていく。
「……どうしましょう真紀ちゃん!?」
「どうもこうもねぇ! 走るんだよ!」
 ワンテンポ遅れて振り返った摘木の背を押し、真紀が、そしてケルベロス達が敵の後を追って走り出した。

 狭い通路をあちこちにぶつかりながら飛ぶ敵、それに追いつくことはさして難しくない。しかし追走するケルベロス達に、カイに付き従って飛ぶドローンが立ち塞がった。
「耐えてくださいね」
 ばらたたた、と軽い音と共に火を噴く機関銃に、カイ・ロストパーツが押し出したミミック、匣水が晒される。
「まずはこちらからです」
「邪魔者には消えてもらおう」
 防御するサーヴァントの後ろでカイ・ロストパーツが再度爆破スイッチを押し、衝撃で動きの乱れたドローン達を蓮がまとめて薙ぎ払う。摘木の一撃を受けていた個体が墜落、そして残りの一体も回路が一部おかしくなったか、発砲しながらふらふらと落下していく。
「大したことないね」
 足を止めぬまま、ケイトがグラビティブレイクでその一体を両断する。彼女の言うように、この程度の数ならばドローンの脅威度は低い。だがこの調子で定期的に来られては、こちらの主目的に影響するだろう。
(「その辺りは味方を信じるしかない、か」)
「来るぜ! 前の奴等は注意しろよ」
 敵が振り返るのを見た真紀がケイトを跳び越え、縛霊手を振るう。同時に運び屋・カイが身体の隠し砲塔からミサイルを斉射、煙を引いて飛ぶそれらを、展開された無数の紙兵が受け止めていく。
「僕とも遊んでくれませんか」
 クッションの役割を果たしたそれらを通過し、カルナが床を、そして壁を蹴って運び屋に迫る。
「鬼ごっこは嫌いではないですが、忙しないですね」
 絶零氷剣。掌の上に生じた八つの氷牙が、敵へと食らいついた。

 開けた場所に作られた階段を下へ。頭を下にして降下する運び屋に、ハインツが滑空し、真紀が手すりを滑り下りて続いた。
「大丈夫? はぐれないように、私の肩に掴まっているのよ」
 結局振り落とされた『彼』を回収しつつ、摘木が前衛にメディカルレインを放つ。薬液の雨を抜けて、今度はクリスティが騎士を召喚。しかし突進する氷の槍は新たに現れたドローンによって防がれてしまう。
 カイ・ロストパーツの放つミサイル、そしてカルナの石化魔法がそのドローンを即座に無力化する。
 今回現れたのは一体。そして続く戦闘の中で、新たにドローンが現れる事はなかった。
「向こうは上手くやったかな」
「このまま一気に畳みかけたいですね」
 その辺りを察し、ケイトとカルナが言葉を交わす。丁度通りがかった通路の先からは別の戦闘音が響いてくる。予測でしかないが、どうやらドローン班の戦況は悪くないようだ。後はこちらの戦場での戦果として、運び屋・カイとゼペットの合流を阻止したいところだ。
「ええ、ですが――」
 カイ・ロストパーツが角を曲がると同時に、彼女の頭に描かれた地図が更新される。敵の一味によって手を加えられてはいるが、この廃船の構造は概ね前情報の通り。地の利という点では、敵とこちらでほぼ差はないと言っても良いだろう。
「ここまでは最短ルートで来ていますね」
 少しでも歩みを止めるべく、翅を狙った攻撃はあえなく不発に終わってしまう。最初に一歩先を行かれた影響か、劇場までの距離は急速に縮まってきていた。
 走り続ける一同は、左右に扉の並んだ区画に差し掛かる。事前の情報によれば、扉の向こうの船室には攫われてきた人々が捕らえられているはずだ。
(「この人達の命がかかってるんだよな……」)
 今は通り過ぎるしかないそこを駆けつつ、ハインツが決意を新たにする。そして逸る気持ちを押さえ、自らの役割を果たすべく雷雲を作り出した。
「サポートする! 頼んだぜ皆!」
 竜ノ加護《閃》。攻撃ではなく強化の力を乗せた稲妻が味方を打つ。
「任せろ、エクハルト」
 電撃で活性化された身体を躍らせ、クリスティが仕掛けた。
 翼を打ち振るって加速し、運び屋と並走。牽制の刃をかわして惨殺ナイフを突き込む。それもまた運び屋には避けられてしまうが……。
「かかったな?」
 紫水。運び屋の飛んだ先に現れた水の塊が手を伸ばし、敵に絡みつく。それを嫌った運び屋は、急激に進路を変更した。
「蓮! 次はそっちだ!」
「承知した!」
 ハインツの声に応え、蓮がその先に立ち塞がる。戸惑うように一度旋回し、運び屋は別の通路へと飛び込んでいった。

 ケルベロス達は、攻撃を加えつつさらに敵を追う。その後も蓮が斬撃で追い立て、クリスティが竜の炎で通路の片方を塞ぐなどして敵に『遠回り』を強制していく。
 連携と策を駆使すれば、さらに多くの時間を稼げたかも知れないが、急場としては十分な成果を出せていると言えるだろう。
「……乗らせてもらうか」
 その様子を察し、真紀は傷ついたチビ助に回復を施していた摘木を呼ぶ。
 駆け込んだ先は、本来運び屋が通るはずだったルートだ。再び道が重なる場所まで一分もかからないだろう。そして味方の治療で一歩遅れていた彼女等だが、逆にこれで前に出る事が可能なはず。
 場は既に煮詰まりつつある。恐らくはそこが終局の舞台となるだろう。

●人形の糸
「動きが鈍ってきてるな?」
「そろそろ、覚悟を決めてもらおう」
 ケイトの絶空斬に続き、反対側に回ったクリスティが惨殺ナイフを振るう。ここまで打たれた数々の布石が、蓄積が、それらの攻撃によって影響度を増していく。
 そしてその前方では、真紀と摘木が先回りに成功していた。
「時間なら作ってやる。気になるコトがあんなら行っとけよ、ツミキ!」
 振り返ることなく、真紀が摘木に呼び掛ける。
「他人の空似だろうがなんだろうが、多分もう『今この瞬間』しかねーぞ!」
 後ろで頷く姿を疑いもせず、真紀はそのまま道が交差する場所へと地を蹴った。
「限界ごとブッチ切ってやんよ!」
 無限回転。飛び出した敵の目の前で、ブレイクダンスの要領で体を回転させる。両の足が生み出す竜巻に巻き込まれ、運び屋はたまらずその歩みを止めた。
 続けて飛び出した摘木と『彼』が、真正面で敵と向き合う。
「危険だ、下がられよ!」
 蓮の警句が響く。竜巻の収束に合わせ、運び屋は両の手を刃の形に変形させていた。
「退いて、ゼペットが待ってる」
 庇いに入った蓮の上で、十本の刃が禍々しい綾取りを始める。それは敵を傷つけるのではなく、獲物を刻み、運びやすく解体するための指戯。
 血飛沫の上がる中で蓮を押し倒し、運び屋・カイは自分の背後へと手を伸ばす。そこに現れた『彼』のビハインドアタックを防ぎ、次のパズルを選ぶように十指を蠢かせた。

 目の前に広がる光景に、摘木が口を開く。
 どこか懐かしさを感じる顔。ばさばさの黒髪は返り血を浴び、血風の中で硝子の瞳が変わらず輝いている。

 一目見た時から、彼女は「一緒に帰りたい」と願っていた。

 けれどその血濡れた指では、もう誰かと手を繋ぐ事なんて――。

 名前を問うはずだった彼女の口から、別の言葉が零れ出る。
「めっ」
 それは短く、そして簡単な叱責。
 自分が怒られた記憶によるものか、条件反射で動いたビハインドと、グラビティの影響を受けたダモクレスは、そっくりな仕草でびくりと身を竦ませた。
 歪で、奇妙な光景は、しかし一瞬で終わりを迎える。我に返った運び屋・カイが右腕を振り上げた、その時。
「背中、ガラ空きです」
 カイ・ロストパーツの放った気咬弾が、今度こそ運び屋の背を穿つ。壁に叩き付けられ、地に落ちるダモクレス。背中の飛行ユニットは火を噴き、その翅の半分は失われていた。
 緊急事態。運び屋に内蔵された警報機能が自動で立ち上がり、ドローンに危機を通達する、が。
「みんな……」
 助けは来ない。ドローン達の集う貨物室に、動ける機体はもはや一体もいないようだ。
「ゼペット、せめて、貴方だけでも」
 それでもなお、半壊した翅を使い、運び屋は傾いたままに体を浮かせた。

 先程の光景を、ケルベロス達も目にしていた。その中で何かを察した者、予想できた者も居たはずだ。だが、それはここで手を止める要因にはなりえない。
「例えあんたが何者だったとしても、オレ達があんたにしてやれることは一つだけなんだ」
「此処でお主を『壊さ』ねば……同じ事が繰り返される……」
 盾状の武器を構えたハインツと、傷を押して立ち上がった蓮が敵の前に立つ。
「……許せ」
 最後の抵抗に出た運び屋・カイの攻撃を受け止め、蓮がその身を斬り払う。そしてハインツのバリケードクラッシュで弾き飛ばされた敵に、カルナの凍てつく刃が襲い掛かった。
「事情は知りませんが悲しむ人がいるみたいですから。静かに眠るといいですよ」
 刃は砕け、翅は散る。糸の切れた人形は、軽い音色と共に地に落ちた。

●ままならぬものを悲劇と呼ぶなら
 倒れていく敵の姿を見つめ、カイ・ロストパーツが、先程気咬弾を放った手を握る。
(「名前が同じ、程度の共通点でしたが――」)
 どうか安らかに、と瞑目する。倒れ込んだ運び屋・カイの右手は、通路の先、劇場に向かって伸ばされていた。
「もう、良いのよ」
 届かなかったその手をとって、摘木が軽い身体を胸に抱く。
「こうしていると、とても懐かしい気がするの。何故かしらね」
「……」
 その背を見つめて、真紀は拳を握り、口を噤む。これで良かったのか、そう問いたい思いはあるのだろうが……。
 その時、離れた位置で起きた破砕音が、床や壁を伝って届いた。
「この音、劇場の方か……?」
「みたいだね。まだ手は貸せるかな?」
 クリスティ、そしてカルナの言葉に頷いて返す。
「アタシは貨物室の方に向かってみるよ」
「ああ、気を付けてくれ」
 ドローン班の様子を気に掛けるケイトが手分けすることを提案し、蓮がそれに同意した。
「よし、それじゃもうひと頑張りするか!」
 ハインツの声に皆が応じる。それぞれの戦場の勝利を祈りつつ、彼等は仲間達の所へと向かっていった。

 最後尾に位置した摘木が、一度その亡骸を振り返る。そこに居るのか、居ると信じたのか、そちらに向けて、声をかけた。
「キミも、おいで」

作者:つじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
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