●瓦礫を砕き征く者
夕暮れの空を反射して、港は燃えるような赤に染まっていた。それとは対照的な緑のモノアイは、戦闘を終えて疲弊したケルベロス達を捉えていた。
3機の小隊を組んだダモクレスが4チーム、計12機が次々とコンテナや倉庫から飛び出した。コンクリートの大地を、四脚が踏みしめる。
「システム、巡行からミリタリーへ。作戦行動に移行します」
無機質な機械音声が、ダモクレスから次々と零れる。背中のミサイルコンテナが開き、キャノンに巨大な砲弾が装填される。腕と一体化したガトリングガンが、ガラガラと回転して唸りを上げる。
無数の火砲が静寂を破り、秒間数百発にも及ぶ弾丸がケルベロス達を薙ぎ払うように飛ぶ。分裂したミサイルが次々と着弾して炎を吹き上げる。放物線を描く砲弾が炸裂して、爆風と破片をまき散らす。
「何!? 奇襲!」
「くっ、ダモクレスか……止むを得ん。引き上げる!」
圧倒的な数の火砲はケルベロス達に状況を理解する間も、反撃する隙も与えない。攻勢に転じる戦力が残されていないことを悟ったケルベロス達は、すぐさま踵を返して撤退を選ぶ。
「ターゲット、有効射程外。システム、通常モードへ移行。センサー機能に反応なし。引き続き、任務を続行」
四脚のダモクレスは、ケルベロス達が遠ざかるのを見て、火砲を降ろす。無機質な声と共に緑のモノアイが輝いた。
●強襲部隊
「指揮官型のダモクレスによる侵攻は引き続き行われている。俺が確認したのはその内の一機、『マザー・アイリス』によるものだ」
集まったケルベロス達を前にして、あいさつもそこそこにフィリップ・デッカード(ハードボイルドヘリオライダー・en0144)はそう告げた。マザー・アイリスの放った量産型ダモクレスはミッション地域に放たれており、ミッション終了後、徹底しようとしているケルベロス達の襲撃を行っている。
「疲弊したケルベロス達を襲撃して、あわよくば撃破。そこまでは行かなくともダモクレスの性能評価試験を行っているものと考えられる」
フィリップはそう言って軽くこめかみを押さえた。
「標的は消耗している、もしくは比較的練度の低いケルベロスを集中して攻撃している。これを放置しておけば被害は拡大する一方だ。連中の潜伏場所を狙って、一気に片をつけてくれ」
フィリップはそう言って、くしゃくしゃの航空写真を取り出した。マーカーで丸がつけられているのは、糸魚川市の工業団地のミッション圏内だ。
「敵の潜伏地域はこの近辺。恐らくは放棄された工場、倉庫、コンテナなどに3機の小隊をを組んで偵察を行っている。それが4つ。過去に量産されたモデルの改修型と考えられる」
一体一体の戦力ではケルベロスに及ぶべくもない。しかしながら、その数による連携した行動と豊富な武装による弾幕に晒されれば、苦戦する可能性も考えられる。
「いち小隊だけでも潰すことが出来れば、戦闘はこちらの優位に持ちこめる。幸い、連中の身体は人間のそれよりはひと回り、ふた回りも大きい。そう隠れることは出来ねぇはずだ」
豊富な武装を揃え、様々な地形を踏破する四脚ということは、それ故に大型化も避けられない。そうしたダモクレスが小隊規模で隠れられるポイントも、そう多くはないだろうというのがフィリップの見方だ。
「敵は試験をご所望のようだ。とびきりの内容で一泡吹かせてやれ、試験官諸君……なんてな」
フィリップはニヤリと笑い、ヘリオンの用意にとりかかった。
参加者 | |
---|---|
レクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448) |
クリス・クレール(盾・e01180) |
美浦・百合水仙(高機動型鎧装戦士・e01252) |
ムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404) |
シャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123) |
竜峨・一刀(龍顔禅者・e07436) |
クオン・ライアート(緋の巨獣・e24469) |
レピーダ・アタラクニフタ(窮鼠舌を噛む・e24744) |
●偵察
夕焼けを背にヘリオンから降下する八つの点。それはひどく朧げだった。
落下し、内臓を持ちあげられるような感覚を味わいながら、彼らはミッションの外周部である工業団地の倉庫街を見下ろした。ダモクレスによって制圧された場所が目と鼻の先にあると言うこともあって、簡素な倉庫や資材は放置されたままであり、潮風に晒されて赤黒い錆があちこちに残されている。美浦・百合水仙(高機動型鎧装戦士・e01252)はその中にあるいくつかの倉庫を指差しながら首を傾げる。
「大きめのは……あれとか、あっちのとこ?」
重武装と量産化というコンセプトの以上、大型化は避けられない。隠れるポイントは自然と大きな場所に絞られていく。
百合水仙の指差す先を確認しながら、レクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448)とクオン・ライアート(緋の巨獣・e24469)の二人は思い思いの翼を広げ、ぐんと重力に抗い宙を滑るように飛ぶ。手入れもろくにされず、錆防止の塗装も剥がれ、朽ちた倉庫。その隙間から、艶防止の味気ない青の塗装が、威圧的なキャノンの砲身が微かに見えた。
「ターゲットを見つけた。ガラクタどもはまだこちらには気付いてないようだ」
クオンの冷静な報告に、無線機越しにレピーダ・アタラクニフタ(窮鼠舌を噛む・e24744)の声が聞こえる。
「頭隠してお尻隠さずですね☆ でも、上からだとお尻は見えないですしそもそもダモクレスのお尻ってどこかよく分かりませんからキャノン隠さムギュウ」
通信機越しに普段のキャピキャピしたテンションを維持しながらボリュームを下げてまくし立てる器用な芸当が、突然途切れる。
「騒々しくてすまん。了解した。こちらが動くまで待機していてくれ」
ムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404)の通信にモゴモゴという抗議の声が混ざる。彼が強引に口を塞いだのだ。そのやり取りを聞きながら、レクシアは表情を緩ませる。
「ふふっ……分かりました。それでは、皆さんの動きに合わせます。それと、レピーダさん、ありがとうございます。おかげで肩の力が抜けました」
隠れ場の無い空中に待機するということは、偵察という目的があるとは言えリスクが伴う。けれども、気負った様子の無い他のメンバーを見れ(聞け)ば、自然と緊張もほぐれるというものだ。
「むふふぁふぁふぁん、ほうひっへふひ、ほろほろふぁなひれ」
「……あまりコイツをおだてるな。調子に乗る」
キュッという鳴き声のような何かと、ムスタファの唸るようなため息がほとんど同時に聞えた。レクシアはさらに表情を綻ばせる。
「さて、お喋りはここまでだ。標的に接近した。試験会場と言った方が良いかな」
「疲弊した戦友を狙う真似はここで終わらせるとしよう」
空中にいる二人から、倉庫の入り口や裏口に待機するケルベロスの姿が見える。シャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123)の冗談めかした言葉と、クリス・クレール(盾・e01180)の静かな意志確認の声。
「わしらが教師役とはな……評価は少し、厳しくなるがのう」
答え合わせをする気力もなくしてやろう。竜峨・一刀(龍顔禅者・e07436)は口許にニヤリと笑みを浮かべながら、刀の鯉口を切った。
●強襲
「まずは貴様から。貫き通すッ!」
抜き身の刀を構え、一刀は姿勢を低く、倉庫に飛び込む。手近な場所にいたランドウォーカーを貫き、そのまま刀を振り下ろして装甲を一気に切り開く。
「死角からなら……っ!」
レクシアは翼で加速しながら降下。その勢いで薄い天井を突き破り、落下の勢いを乗せ、彗星の如く怯んだランドウォーカーに鋭い一撃を浴びせる。一瞬の内に二方向から叩き付けられる重たい一撃に、ダモクレスたちは行動を起こすことが出来ずにいる。
「さあテストの時間だ、内容は簡単。私の……いいや、緋の巨獣の一撃を受け切れたら……合格だッ!」
追い打ちとばかりにクオンが吶喊。手にした大剣とゲシュタルトグレイブを振りかぶり、落下と共に一刀が切り開いた装甲の隙間に何度も突き立てる。内部の関節を砕き、駆動系を叩き潰し、連撃の内に一体が沈む。奇襲を受けたダモクレスが、無機質な音声を発する。
「ポイントアルファ・ロメオにてパピーを確認。リマ1が――」
「随分と余裕のようだが……許すと思うか。最も、今回は俺の仕事ではないがな。任せるぞ」
通信を送る様子のランドウォーカーを観察しながら、クリスは静かに戦況を分析する。向こうの行動は多少早いものの想定内。クリスは紙幣を散布して今後の襲撃に備える。
「ケルベロスを子犬呼ばわりとはな……では、一つワルツに付き合え!」
通信を遮るように、シャインは細身の刀を構えてランドウォーカーに肉薄する。鈍重なダモクレスはヒールの高さをものともしない彼女の足さばきに、剣戟に翻弄されるがままとなる。シャインの流れるような太刀が一瞬でダモクレスを切り刻む。
「キュキュッ、と盛り上げていきましょう! サーチ・アンド・デストロイッ☆」
一度戦闘が始まれば、ましてや敵が増援を呼べば、隠密の必要はもう無い。レピーダはぴょんと軽く跳ねながら、シャインと入れ替わるように一体のランドウォーカーの懐に飛び込んだ。四脚の足を踏み台にして跳躍。そのままモノアイにつま先を叩き込む。ガラスを割るような感触と共に、奥のモノアイの光が消える。
「後一体か。やるぞ、カマル」
ランドウォーカーが鈍重な動きでキャノン砲を展開する。反動に備えるためか、アンカーを地面に打ち込む。それを見てムスタファも動く。ドリルのように回転させた腕をダモクレスの胸部に叩き込む。穿たれた穴に、相棒がブレスを撃ちこんで内部を崩す。
「あれがご先祖様……っても、顔も知らないし、向こうも知らないなら、遠慮はいらないね。一気に突っ込む!」
グレイブを構え、百合水仙は全身のブースターを一気に噴出。瞬間的に加速すると共に、自身が一つの弾丸となって突撃する。高速の一撃は動力部を砕き、そのまま貫いて着地する。
「グッジョブ、百合水仙ちゃん! レピちゃんもグッジョブ☆」
「ユリだよ! でも、本番はここからみたい」
レピーダのサムズアップを呼び方を訂正した百合水仙は、ケルベロス達は、三方向から駆動音が近づいてきたことを感じ取った。包囲されないように倉庫の中央から音の聞こえない方向へ下がった瞬間、入り口を、壁を吹き飛ばしてランドウォーカーがなだれ込んで来た。九つのモノアイが、ケルベロスを捉える。
「パピーを発見。システム、戦闘モードに移行。セーフティ解除」
●硝煙弾雨
ランドウォーカーの戦法はシンプルだった。近、中距離にいる者がガトリングやミサイルで身動きを封じ、弱った相手に後方にいるランドウォーカーが火力を集中させる。手持ちの重武装による面制圧。華やかさこそ無いが、堅実かつ最も安定した戦法は、まさに量産機らしい運用方法。しかしながら、それは数的優位が成立した時に最も効果を発揮する戦法。ケルベロスの奇襲によってほぼ同じ戦力下であればどうなるか。
「所詮は豆鉄砲、反撃はこれからだ。……顕現せよ」
無数の銃声、砲撃音の中で、クリスは攻撃を引き付ける、即ち足止めを受けるクオンやムスタファらに地獄の炎を展開する。クリスの放った全身の細胞を賦活させる炎は、ケルベロス達に弾丸の雨をものともしない力を与える。
「一瞬だけ、時間をいただけますか」
「ああ。任せろ」
クオンは分厚い刀身で弾丸を受け止めながら前進し、ランドウォーカーに重たい一撃を喰らわせる。一瞬だけ弾丸の雨が途切れる地点が生まれる。
「――十分です」
その切れ目に、レクシアは飛び込んだ。地獄を爆破して瞬間的に加速、そのまま翼でランドウォーカーをスクラップに変える。
「連携はレピちゃんたちケルベロスだって負けてませんからね!」
隙間の無い弾幕の攻勢も、それを撃つ者が減れば綻びが生まれる。レピーダは手にした傘を構えて一気に突撃。そのまま傘の先端でモノアイを一気に突き刺す。センサーを砕き割ったランドウォーカーは、でたらめに動いてあちこちに弾丸をまき散らす。
「全く、眼を潰されただけでこうもなるとは、見ておられんな」
一刀は影のように歩みを進める。手にした刀には迦楼羅炎が煌々と燃えている。すれ違いざまに数度炎が軌跡を描く。
一刀が刀を納める。キン、と澄んだ音がしてダモクレスの四脚が切り離された。
「この剣戟、貴様に見えるか?」
シャインも同様に、攻勢に打って出る。掠めた弾丸がスカートを裂き、その太腿が晒されても、気にした素振りは無い。むしろ、動きやすくなったとばかりに軽快なステップと共に鋭い一撃を叩き込む。
「どんなに改修されても、結局は旧型でしょ!」
百合水仙はシャインの攻撃でぐらりと揺れたランドウォーカーに肉薄する。そのまま鋭い回し蹴りがそれの前脚を刈り取った。大きくバランスを崩したそれがへしゃげ、大きな隙を晒す。むき出しになった頭部を、カマルがぶつかって粉々に砕いた。
「まだ動けるな」
「ああ。ガラクタに負けるほどこちらもヤワじゃない」
クオンのぶっきらぼうな言葉に、手当てをするムスタファは口許を歪める。盾を失ってしまった以上、そして半数の戦力を失った以上、戦局はケルベロスに大きく傾いている。
●灰は灰に
防衛の要が壊滅したことで、ランドウォーカーは徐々に追い詰められていた。いくら堅牢な装甲と言えどケルベロスを相手にすればそれはほとんど誤差のようなものだ。ミサイルやガトリングで足止めを行っていたそれも、面制圧を行えるだけの火力や手数を持ってない以上、大した時間をかけることなく撃破されていった。
「出力が低下。戦略の再検討を提案する」
「肯定。火力の集中により速やかな撃破を」
残ったダモクレスたちは再び地面にアンカーを撃ちこみ、キャノン砲を構える。標的は百合水仙。連携によって三つの砲弾がほとんど同時に少女を襲う。
「やらせない!」
強烈なキャノンの一撃をクオンが巨大な剣で強引に軌道を逸らして弾く。弾かれた砲弾がトタンを貫き、遠くで爆発を起こした。けれども残りの二発は吸い込まれるように百合水仙に命中する。
「旧型でも、使われてる理由ってことかな……けど! 全然っ、効かないのよ!」
爆炎が晴れたそこで、百合水仙は叫ぶ。展開していた光のシールドは爆風を、破片を受け止め致命傷を避けていた。
「再装填には時間がかかる。逃亡にもな」
クリスは回復の手を止め、手にした得物でランドウォーカーに攻撃を仕掛ける。ランドウォーカーがアンカーを外し、取り回しの良いガトリングに集中しようとしているが、既に遅い。
「違わず浄土に行くが良い」
「……また会いましょう、あの世でね」
一刀とシャイン。二人の一瞬の斬撃が、ガトリングを、ミサイルコンテナを、キャノン砲を断ち切る。二人が刀を納めると共に、ランドウォーカーはバラバラになってその動きを止める。一刀は収める寸前、刀に入った綻びを見て微かに眉をひそめる。
「ムスタファさん、ちょっと手伝って☆」
「……手伝うも何もないだろう」
レピーダが勢いよく傘を振りかぶって叩き付ける。モノアイが微かに揺れ、彼女に石気が向いた瞬間、ムスタファは手にした暗器を装甲の隙間から差し込んだ。ダモクレスが痙攣し、緑の光が頭部から消える。
「一気に畳み掛けます」
「これで、終わりっ!」
レクシアが地獄を瞬間的に爆発させ、百合水仙が駆動系の出力を限界まで開放し全身のバーニアを吹かせて突撃する。十字にすれ違った二人の一撃はランドウォーカーの頭部、そしてコアを破壊した。錯乱したようにダモクレスは出鱈目に火砲を乱射し、そのまま爆風に包まれ、動かなくなった。
「祖先が何でも……あたしは、ユリだから……」
荒い息を整えながら、百合水仙はボロボロになった倉庫と、そこに斃れる無数の残骸を眺めた。分かっていたことではあったが、そこには何の感慨も浮かんでは来なかった。
アイデンティティを見ず知らずの祖先に揺るがされるほど、少女は子供ではなかった。
作者:文月遼 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年3月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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