殲虐の姉妹、射影の翠

作者:のずみりん

 その鉄工所は一瞬で消滅した。
 近畿から中国地方に入る沿岸、百人近い従業員が働く規模の工場。それが、唯の一撃で消えた。
「生命反応ゼロ……殲滅を確認……!」
 硝煙を従えて立つのは『殲虐の9人姉妹』が8女。『シュミニィ・カシャット』は廃墟を回り、幾分強ばった声で報告する。
 何が起きたか理解できない、驚愕に歪んだ遺体を蹴り飛ばし、シュミニィは進む。バイザーを上げた顔は任務を終えた後にしては、晴れやかとはいえない表情だった。
「使命は、果たす……」
 姉たちを含む多くのダモクレスが、この地ではケルベロスに倒されてきた。それは屈辱であり、彼女の原動力の一つだった。
「殲虐の9人姉妹の名にかけて……」
 失われた同型を思うように呟き、シュミニィは再びバイザーを下ろして駆けた。

 『ディザスター・キング』ひきいる主力部隊の殺戮は今も続いている。
 当分晴れないだろう苦々しい表情で、リリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)は集まったケルベロスたちに事件の顛末を話す。
「今度は関西沿岸部の鉄工所だ……犠牲者数は九十人余。襲撃者はダモクレス、殲虐の9人姉妹の一人『シュミニィ・カシャット』だ」
 迅速、かつ苛烈なほどの火力は阻止する間もなく工場を職員ごと地図から消し去った。
「シュミニィが次の目標に向かうまで、まだ多少の時間がある。先回りし、彼女を迎撃してくれ」
 もはや猶予はない。一刻も早く彼女を倒さなければ、悲劇は終わることなく繰り返されてしまう。
「シュミニィは遠距離戦を得意とする重火力砲撃型だ……威力は工場の一件で十分だろう」
 重戦車。そう呼ぶのがぴったりくる。肩のカノン砲、両腕のガトリング砲、ミサイル……すべてが広範囲を巻き込む強力な兵装であり、本人はそれに耐えうる装甲をもつディフェンダーである。
「一応『バレットタイム』のような自己強化も行えるようだが……性格的にそこまで頻用はしないはずだ。ただひたすら火力で押しこんでくる。ポジション取りには十分注意してくれ」
 固まって耐えるか、あるいは散って機動力で勝負するか。悩ましいところだ。

「今回も苦しい戦いになるだろうが……我々も一歩ずつ敵の中核に近づいているはずだ」
 死者へのたむけ、未来の犠牲者を守るため、そして……敵の戦力も無尽蔵ではない。後手に回って見える現状でも、ダモクレス達の戦力は確実に削れているはずだ。
 戦い続ける先には必ず勝利はあるはずだと、リリエはケルベロスたちを励ました。


参加者
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)
ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)
アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)
マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)
塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)
ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)

■リプレイ

●シュミニィ・カシャット
 バイザーを上げたダモクレスの顔は、ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)の面影があった。
「シュミニィ姉さん……久しぶりだな。終わらせに来たよ」
「やはり、来たな」
 防風のため植林された木々が風にざわめく。殲虐の姉妹が出会ったのは沿岸の工場から内陸へと向かう搬送路の途中、長く広い一本道のただ中だった。
 予想移動ルートとアイズフォンの地図から導き出された先、迎撃のチャンスはここしかない。
「包囲は、しているのだろうな」
「えぇ。これ以上、行かせはしない」
 バイザーが降りると同時、無造作にシュミニィは飛ぶ。
「災厄の王の配下か。相対するのは初めてだが……大胆に動く!」
 自信の表れか? 妹を前にしてのあえてか? だがアルトゥーロ・リゲルトーラス(蠍・e00937)は首を振る。彼女が誰の縁者で、何を考えていようとやる事は一つだ。
「ひとまず足を止める、重ねるぞ」
「応! とりあえずじっとしてろ……ってな!」
 二つ名に即した『鋏』を冠するリボルバー銃が抜き打たれる。その合図に相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)が隠密気流を振り払い跳躍した。
「そうでなくては、な!」
 飛翔する二つにシュミニィは宙で身体をひねる。
 半身の動きに展開したキャノン砲が振るわれ、泰地の足刀と激突。
「姉さん!」
「存分に戦える!」
 ティーシャが構えた『バスターライフルMark9』のサイトからシュミニィが消える。激突の反作用で今度は下半身をひねったのだ。
 制動しつつ、制圧射撃に対応。致命打は避け、装甲部は当てて弾く。脚部ランチャーを放ち、落下の軌道を再度変更。
「……テロス・クロノス!」
 瞬間、シュミニィの前に新たな弾幕が出現した。
「攻撃誤差ゼロ……時間干渉機か?」
 それはアーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)の『テロス・クロノス・ゼロバースト』によるもの。時間停止を伴う一斉射撃が観測されるのは彼女以外、それが着弾する直前のみ。
「貴女はここで止めます……これ以上、犠牲を出さない為にも!」
「SYSTEM COMBAT MODE OPEN FIRE」
 更に重ねられた、マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)の猛砲撃が退路を断つ。さしものダモクレスもかわしきれはしない。
 圧倒的火力に舗装がめくれ、木々がへし折れる。
「やったか、なんて、いうまでもないんだろうね。……そらきたよ、シロ!」
 この程度で倒れるはずがない。油断なく身構えた塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)に合わせるかのように、砲撃が爆煙を切り裂いた。
 展開した『ライトニングウォール』を貫き、アームズフォートの砲弾がガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)に襲い掛かる。
「ったぁ……やっぱその銃は飾りなわけないわな!」
 初手のマインドシールドはティーシャに使ってしまったが、翔子と彼女のボクスドラゴン『シロ』の援護が守ってくれた。この手の相手は間合いを詰めれば弱いのが相場だが、さてどうするか……ガドは円を描くように包囲へとうつるが、敵もそうやすやすと近づかせてはくれない。
「足と、火力だ……奪わせてもらう!」
「いつも通りの的確さだ。だができるか!」
 横っ跳びにティーシャの『アームドフォートMARK9』の連装砲が火を噴く。迎え撃つシュミニィの選択はガトリングガン……片腕のそれが、専用化したアームドフォートの威力を上回り、遡るように食らいついてくる。
「っ……なかなか重い攻撃だ……」
「……すまない、ウルトレス」
 突き刺さる寸前、ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)の身体が交差した。血と銃弾が弾けて落ちるなか、だが淡々とウルトレスは身を起こす。
「お気にせず。あなたが背負う、もっと重いモノに比べれば」
「ソレはお前のものではない」
 包囲されつつある中をシュミニィの声が響く。そして砲弾も。
「いいや。ダモクレスとレプリカントの違い。それはアンタには想像出来ない程の圧倒的な差だ」
 ココロの有無。計算を超えて思いやれる、運命を背負いあえる心の差が小さなもののはずがない。静かな『シャウト』が人気ない通りに響いた。

●蹂虐殲界
 じり、とケルベロスは包囲の輪を狭める。
「あんたの姉さん、あー……ハミシィやったかな。なかなか強敵やったけど、次はアンタの番みたいやな」
 黄金の槍の欠けた穂先を振り、ガドは注意深く、シュミニィの次手を観察する。打ち込んでくるか? 堅牢なディフェンダーはかわしてくるか?
 互いの間合いをはかる動きにより、シュミニィを中心とした包囲がじわじわと移動する。その自然な流れから、泰地が再び仕掛けた。
「てめぇだけでも百人近く……軍団あわせりゃ数千人が犠牲になってるんだ。このままでは済まさねぇ」
 傷ついた半裸から汗が散る。左から大きく踏み込む、と見せて踏み込んだ軸足を回転。シュミニィの反応を超えた旋刃の後ろ回し蹴りが襲い掛かる。
「……こちらとて」
 抜き打たれるガトリングガン。だが今度は泰地が利用する側だ。反動で斉射をかわして離脱。回るシュミニィの身体にマークが食らいつく。舗装路を粉砕する勢いで履帯がうなり、更に『PG-8000』プラズマグラインダーが騒音の合奏に加わる。
「リミッター、第一段階を解除。施行」
 機械的な声。振り抜くマークのモニタは翠の残像を見た。直後、衝撃。
「転移した!?」
「いや……加速したのか」
 アーニャの驚愕をアルトゥーロはそう分析した。マークと相対したはずのシュミニィが、次の瞬間に彼を背後から撃ち抜いていた。先読みするような動き、『バレットタイム』のように感覚が加速しているのか?
「やられてばかりは性に合わんのでな」
 ガンスリンガーの意地で食らいつく。二丁からの速射がダモクレスの火器を弾いた。金音と火花を残し、身を投げたシュミニィが突っ込んでくる。早い。
「貴様らの手で姉らがどれほど潰されたか……!」
「っ、まずい! 散れ!」
 全砲門が開く。手足が『ハ』の字を描く。
 ティーシャが叫び、撃つ。アーニャが時空干渉を起動する……間に合わない!
「ティーシャ、カシャット……マグノリア。シュミニィ・カシャットが殲滅する」
 手持ち、内蔵火器、全てを展開しての一斉砲撃。閃光が広がる中、別れを告げるようにシュミニィの声がささやいた。

●その剛腕は何を砕くのか
 まだ生きている。
「まだツキは……あるようだね……」
 首をふって気を取り戻し、翔子はすぐさま『甘雨』を放つ。周囲には何も残っていない。舗装は抉れ、樹木は吹き飛び、深く抉れた地肌だけが扇状に痛々しく広がっている。
 ディフェンダーにあるまじき火力の暴力を前に、何とか戦線を維持できたのは前に立つ仲間たちのおかげだ。
「……まだ生きていたか」
「あいにくな……結構効いたわ、こンのやろ!」
 痛々しく傷つき、愛用の槍を杖代わりにしながらもガドは立つ。止めの追撃を照準したシュミニィへと踏み込み、放たれる砲弾を切りはらう。
「分析……火力低下……?」
「やられてばかりは性に合わんのでな。蠍の毒は効くだろう?」
 アルトゥーロが不敵に笑う。仲間を庇い、ボロ切れのように傷ついた彼の腕には愛銃がしっかと握られていた。執拗に火器へと積み重ねた打撃はまさに毒のように、少しずつダモクレスの火力を削っている。
「……その程度。消えるまで撃つ……」
「そうはさせません!」
 アルトゥーロを蹴り飛ばし、再び構えるシュミニィだが、それを待たず破壊のエネルギーは襲い掛かった。
「そのような時間はないぞ、サイレンナイッ フィーバァァァァッ――!!!」
「く……!」
 火力を高めるウルトレス全力の『Silent Night Fever』が戦闘の騒音さえかき消して咆える。疾走感溢れるデスラッシュ・サウンドに乗せてアーニャのコアブラスターが圧力を増していく。奔流に飲まれ、左足のランチャーが脱落、爆発。舌打ちし、シュミニィが身を投げる。
「いったろ、このままじゃすまさねぇ……って!」
「SYSTEM RESTORE……OK。RE-ATTACK」
 間髪おかず泰地が切り込み、マークの弾幕が退路を塞ぐ。空の霊力を帯びたマッシブな拳がガトリングガンの迎撃を破り、複合型アームドフォートの連射がダモクレスの装甲に弾ける。
 ケルベロスの側もけして余裕はない。一斉射撃をもう一撃もらうわけにはいかない、だから果敢に攻める。
「だが、終わりだ」
 シュミニィも理解している。ゆえに装甲を信じ、猛烈な攻撃を浴びながらも砲撃の姿勢を取る。
「リミッター、第二段階を解除……!」
「させは、しないッ!」
 破滅までのひと時、声がシュミニィを思わず振り向かせる。そこにはティーシャの『全て破砕する剛腕』があった。

●生きて進むものは誰か
 対ダモクレス用エアシューズ『Iron Nemesis』が火花を散らす。自重と加速、そして力の限りティーシャは破砕アームを押し込んでいく。
「終わ、れぇぇぇぇー!」
「ぐ、ぅぅぅぅっ!」
 零距離から打ち込まれるガトリングガンがレプリカントの少女を穿つ。ゴーグルが砕け、血塗られた素顔で二人は向き合う。
「これ以上は無理だ……負けるんじゃないよ」
 ぐったりとしたシロを抱えて翔子は効果の薄いエレキブーストに、絞るように言う。傷はふさがっていない……ヒールグラビティが有効な限度は既に超えていた。
「十分! 後は任せとき!」
「右に同じ。援護する」
 リズミカルに放たれるウルトレスの砲撃がティーシャの肩越しにシュミニィを撃つ。大した腕前だと口笛一つ、ガドは回り込みながらオーラの拳を振り抜いた。
「今っ!」
「あぁっ!」
 言葉一つで十分。押し込まれていくシュミニィを挟むようにハウリングフィストが炸裂する。ダモクレスを貫く、確かな感触。
「か、は……っ」
「終わりだ……姉さん」
 もう何度目だろうか。ティーシャの声に迷いはない。止めを確認し、破砕アームを戻す……戻そうとした。
「……ティーシャさん!?」
 アーニャの焦った声がする。引き抜けない。砕けたガトリングガンから伸びた腕が、ティーシャを掴んでいる。
「終わりの、ようだ……だから……」
 一緒に逝こう。
 生気のない唇が動くのに、ケルベロスたちは走る。
「テロス……!」
「RAPID FIRE!」
 ダモクレスとケルベロスたち。早かったのはどちらか。爆発が二人を飲み込んだ。

「大丈夫か? ……姉のことを気に病むなとは言わない。だがティーシャは殺戮を防いだ。生命を生命で贖えたはずだ」
「すまない……助けられた」
 ティーシャが意識を取り戻した時には、口調の戻ったマークが膝をついていた。
 目の前にはクレーター、見る影もない姉であったモノ……ひとまずか、布をかけられた残骸。
「アイツが殺した人ひとりとっても、殺される義理はなかったんだ……ツケが回ったのさ」
 シガレットケースから刻みたばこを取り出した翔子は、吐き出すように言う。いつもの飄々とした態度にどこか疲れが見えるのが、献身的に仲間たちを手当てしてきたのを言外に物語っている。
「災厄は沈めた。だが、守りきれた……とは言いづらいな」
 赤蠍の描かれたホルスターに銃を戻し、アルトゥーロがよろりと立ち上がる。シュミニィが引き金を引くのと、ケルベロスたちの反応。ほんのわずか、後者が上回った。
 だがそれでも至近から受けたティーシャの傷はひどく、重い。
「意地か……いや」
 ウルトレスは言葉を切り、うつむいた。心をもたないというダモクレス。だが彼女の最期は意地としかたとえようがない。
「いずれ……私もあの子や父様と……」
 その言葉にアーニャは自分の記憶を振り返る。ティーシャが味わった運命、同じ運命と自分が会いまみえる時はくるかもしれない。
 その時、彼女のように強くあれるだろうか? 思い、アーニャはもう一度ダモクレスだった残骸を見た。

作者:のずみりん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。