編まれし螺旋を狙う者

作者:七尾マサムネ

 招集を受け、参上した2人の螺旋忍軍。
 その前に立つのは、招集主であるミス・バタフライだ。
「あなた達に使命を与えます。この街に、組紐(くみひも)作りを生業とする女性が居るわ。その人間と接触し、仕事を可能な限り体得した後……殺してしまいなさい。グラビティ・チェインについての対応は特に問わないわ」
 指示書を確認した忍軍2人は、それを懐に忍ばせると、自信ありげな笑みをのぞかせる。
「了承いたしましたミス・バタフライ。正直、組紐と言われてもピンと来ておりませんが、我等2人、桶屋を儲けさせる一陣の風となりましょうぞ!」
 若干不安の残る返事と共に、しゅっ、と2人の忍が姿を消した。

 組紐作りの職人さんが狙われるらしい。
 そんなルリカ・ラディウス(破嬢・e11150)の情報提供により、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は螺旋忍者の襲来を予知した。
「今回、ミス・バタフライが標的としたのは、三重県に住まう、組紐作りの職人さんです。もしこの技術を螺旋忍軍に習得されれば、私達にとって不利益が生じる可能性が高いため、阻止をお願いします」
 ところで、組紐って? そう問うケルベロス達に、ルリカはかいつまんで説明した。
「様々な色の紐を編んで作る、日本伝統の装飾品の一種だそうだよ。今ではアクセサリとしても知られていて、体験教室なども開かれているみたいだね」
 キーホルダーや髪留めなど、バリエーションも様々だという。
 続いて、セリカが対処法の説明を始める。
「事前に職人さんを避難させたとしても、敵は標的を変えるだけで根本的な解決には至りません。幸い、今回の件は、事件が起きる3日程前から接触が可能です。職人さんに事情を話して協力を請い、最低限の技術だけでも習得できれば、敵の標的をこちらに変える事ができるかもしれません」
 相応の努力が必要となるだろうが、今回標的とされた職人さんも、体験教室では先生役を務めているらしいから、教えを請うにはうってつけだろう。
「上手くいけば、螺旋忍軍への指南は、皆さんが行う事が出来ます。わざと嘘を教えるなどして混乱、或いは油断させておけば、先手を取る事も難しくはありません」
 敵は2体。リーダー格の道化師風と、部下らしきサーカス団員風だ。互いに「弟子よ!」「師匠!」と呼び合っていることから、師弟関係にあるようだが詳細は不明。師匠は日本刀、弟子はエアシューズを愛用するようだ。
 敵は、職人さんやケルベロス達のいる工房を訪ねてくる。組紐作りの道具や素材があるため、室内で戦うには適さないだろう。
 先ほどセリカが説明したように、うまく忍軍を丸め込んで、有利な状況で戦いを始める方がよさそうだ。
「皆さんの力で、組み紐の技術、そして職人さんを守り通してください」
 セリカの激励を受け、出撃していくケルベロス達。
 螺旋忍軍に狙われた、螺旋状の紐を守るために。


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
立花・恵(カゼの如く・e01060)
八崎・伶(放浪酒人・e06365)
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)
ルリカ・ラディウス(破嬢・e11150)
レクト・ジゼル(色糸結び・e21023)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
リリー・リー(輝石の花・e28999)

■リプレイ

●弟子志願、ケルベロス編
 組紐の工房を訪れたケルベロス達。
「今回の螺旋忍軍、ちょっとでも伝統や技術の価値が分かってるならまだしも、そうじゃなさそうだからなぁ。しっかり倒さないとね」
 皆と頷き合いながら、メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)が、工房の扉を開ける。
「いらっしゃい」
 柔和な物腰で出迎えてくれた職人さんに、立花・恵(カゼの如く・e01060)達が、事情を説明する。
 何故自分が狙われるのかと、最初は面食らっていたようだが、そういう事なら、と職人さんは快諾してくれた。
「やったー。組紐教わるチャンスって、こういうのがないと中々少ないもんね」
 ルリカ・ラディウス(破嬢・e11150)が、喜びをにじませる。
「技術を習得しなければならないのなら、それなりに真剣に挑んでもらう事になるけど、大丈夫?」
 職人さんが問う。だがケルベロス達とて、それは了解済みだ。
「はい! ご指導よろしくお願いします!」
「任務ではあるけれど、滅多にない機会だし、やるからには本気だぜ」
 元気に挨拶する朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)や八崎・伶(放浪酒人・e06365)達の姿勢を見て、職人さんも嬉しそうにうなずいた。
「組紐っていうのは、こういうものよ」
「わぁ、綺麗なのね」
 職人さんが示した先、足の長い丸テーブルから、複数の糸が垂れている。作品や道具の実物を見せられ、興味津々のリリー・リー(輝石の花・e28999)や、アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)。
「まずは、組紐作り体験でやっているようなところから始めてもらうわね」
「よろしくお願いします」
 レクト・ジゼル(色糸結び・e21023)が改めて告げると……ケルベロス達の修行の日々が幕を開けたのである。

●思いが紡ぐ芸術
 皆と一緒にメモを取ったり、写真を撮ったり、絵を描いたり。
 ひたすら反復して、作り方を頭と体に叩き込むルリカ。
 どのような仕上がりにするか。それに従い、必要な紐の色や長さを決めるのだ。
 出来上がりを想像しながら選ぶメリルディ。
 アイヴォリーが手にした紐は、紫色。朝焼けの紫、レクトの瞳に良く似た彩りのものだ。
 色選びにも皆の個性が現れるもの。さて、アイヴォリーには何色が似合うかな……そう 思案しながら、レクトも紐を選ぶ。それを見守るのは、金髪の少年。ビハインドのイードだ。
「皆さんの、どれもキレイですねぇー。じゃあ私は、これにしますー」
 環が手に取ったのは、朱色の紐だ。
 それから、選んだ紐を、専用の丸台を使って、1つに編み上げていく。
「糸の組み合わせ方で多様な柄を作れる……人同士の縁にも似てますね」
 教えてもらった事をまとめたメモを参考に、紐を編んでいくレクト。その傍では、リリーや伶が苦戦中。
「知識だけはメモリに詰め易いんだが、実際に組んでみると難しいな」
 糸を束ねる独特のリズムを取るのには、結構コツが必要なようだ。
 最初に体験したように、ある程度セッティングされた状態から作っていくのと、こうして一から自分でやっていくのとでは、難易度が全く違う。
「どうかしら、大変?」
「えへへ、難しいけどとっても楽しいのね」
 職人さんに答え、リリーが笑う。まだまだ上手、というわけではない。だが、作品を見れば、努力は十分伝わって来ると、職人さんは評する。
「ルリカ姫はどんな組紐を?」
 アイヴォリーに問われたルリカは、2、3色に絞って、堅実に基礎の技術を覚える算段である。
「うん、こんな感じ。みんな、どうかな?」
「ふふ、綺麗……アッ」
 アイヴォリーが気を逸らした隙に、4つ組の紐が絡まってしまう……。
「いけない、集中しないと……」
 一方、脇目もふらず取り組む恵を見て、職人さんが感心する。
「彼女も上手ね」
「『彼女』? 俺は、男だっての!」
「あっ、ご。ごめんなさいね」
 そんなやりとりもありつつ。
 お互いに教え合いつつ、習得に打ち込む皆は、和気あいあいとした雰囲気に包まれていた。
「おぉー、割といい感じにできましたー」
 環が、出来た小物を見て、感激の声をあげる。職人さんやみんなにアドバイスをもらったりしたけれど、その分出来はなかなかだ。
「これを1人でできるようにならないと、ですよね」
「だよな……」
 横目で見た、メリルディの帯留めの出来にも、伶は感心するばかり。
「凄ぇな……こういうのは女子の方が向いてるのかね。職人さんも女性だし」
 苦しくもあり、楽しくもあり。
 3日が過ぎるのは、あっという間だった。

●弟子志願、忍軍編
 そして、運命の日の朝。
「じゃあ、ここに来た時にお話しした通り、隠れていてもらえますか?」
「怪我なんてしないでね」
 環にお願いされた職人さんは、むしろケルベロス達の身を案じている。
「リィたちのことなら心配しないでいいのね」
「職人さんとの出会いも、いわば糸の結びつき。必ず守りますね」
 リリーやレクトの言葉に従い、職人さんは工房の奥に身をひそめる。
 そして、工房を訪れる、螺旋忍軍。
「頼もう! 組紐とやらの技術、伝授願いたい!」
「よく来た……」
 いかにも怪し気な2人組を出迎えたのは、サングラスをかけ、腕組みをした恵である。
「お前達に組紐の紡ぐ無限の宇宙というものを見ることが出来るか!? 見極めてやろう!」
「望むところ! お前も後れをとるなよ我が弟子!」
「師匠の顔に泥を塗るような真似はいたしませぬ!」
「今日はこれから野外授業を行うようですよ。一緒にどうですか?」
 熱く語り合う2人に、レクトが誘いかけた。
 是非もなし! と2人が、ケルベロス達と共に現場に向かう。
 先生役は、メリルディとアイヴォリー。どちらも最終日にはインソムニアを使い、不眠不休で習得に没頭したのが功を奏したのだ。
「さて、わたしが教えるのは、平打ち紐という種類だよ」
「なっ、組紐には種類があるのか?」
 道中、メリルディの説明に、師匠が面食らった。
「お願いします、先生! ほら、あなた達も挨拶しないと!」
 生徒役に扮した伶が、2人組を促す。
「お、お願いする! もっとも、伝授を終えた時点で貴様らの命は」
「師匠、それは!」
「そこ、雑念に囚われるな! 今からは糸と心を通わせることだけに、神経を研ぎ澄ますのだ!」
 恵に叱られ、2人が背筋を伸ばした。
「偉そうな奴め……こやつも先生なのか?」
「どうなんでしょう?」
 忍軍コンビがこそこそ話すうち、ほどなく、野外教室の場所に着く。
「すいませんが、一緒に準備を手伝ってもらえませんか」
 弟子を誘うレクトに、師匠が問う。
「自分は何をすれば?」
「あなたは、そうだね……ちょっと走り込みに行ってきてくれるかな」
「承知! ……何?」
 クラウチングスタートの姿勢のまま、師匠は、ルリカを二度見した。
「なぜ走る?」
「組紐は仏具にも使われる聖なる紐……ゆえに、精神統一は必須です。走りながら自分の魂と対話してください」
「走りながら自分の魂を清めるのよ。リィたちももう、走ってきた後なんだから」
 真顔のアイヴォリーの横で、リリーが、むんっ、と可愛らしく胸を張った。
「俺も最近始めたけど、立派な筋肉に立派な魂が宿るんですよ!」
 伶は言った。『走ることのみを考える』、『心の乱れは呼吸の乱れ』、そして『振り返るな、俺たちは進んでゆく存在だ!』、以上の心得が大事である、と。
「そうです、気の緩みは紐の緩み。作品に現れちゃいますからね!」
「お、おお」
 環からも訴えかけられ、師匠は丸め込まれた。
「師匠、自分も!」
「待てい! お前に与えられた使命を放棄するつもりか?」
「はッ、そうでした……!」
「わかればよいのだ。で、どれだけ走れば?」
「そうだね、10分程度かな」
 メリルディが提示した時間を聞くなり、師匠は走り出した。
 その背を、1人見送る弟子。
「師匠……自分も、頑張って組紐の技を会得して見せます!」
「甘い!」
「げふっ!?」
 ばきっ、と恵が弟子に一発食らわせた。
「この指導だけで会得するなど夢のまた夢!! 真の組紐が作りたいのなら、この俺達を倒してみせろ!」
「なん……だと……! まさか貴様らケルベロス!」
「今更気づいても遅いのね」
 リリーが、そしてケルベロス達が、弟子を取り囲んだ。
 ここからは、戦いの時間だ!

●砕け、螺旋の企み
「なっ……弟子よーッ!」
「戻ってきたみたいだね」
 弟子目がけ金平糖を投げていたメリルディが、振り返る。
 走り込みを完了した師匠が戻って来た時には、弟子はもうボロボロだった。
 事前に伶から渡された地図に従って、離れた場所を走っていたため、異変に気づくことができなかったのだ!
「し、師匠……せめて奴らに一太刀を、と思いましたが……!」
「愚か者、エアシューズ使いのお前は、『一蹴り』だろうが……ッ!」
「すいません……ッ!」
 こと切れる弟子を見て、師匠が男泣きした。
「おのれ謀ったな! 我が弔いの刃、受けよッ!」
 師匠の刀が閃く。重さなど一切感じさせぬ流麗なる太刀筋が、ケルベロス達を容赦なく薙ぎ払う。……しかし私怨に曇ったそれでは、数日の修練を経て絆を深めた今のケルベロス達をねじ伏せることは出来ぬ。
 伶は、無駄な鍔ぜり合いを避け、師匠の急所のみを狙う。
 続けて、ボクスドラゴンの焔から体当たりを決められ、体をくの字に折る師匠。
「ケルス、お願い」
 メリルディに名を呼ばれた攻性植物が、師匠へ牙を剥いた。
 だが、道化師の扮装をしていようとも、忍びの名は伊達ではない。しゅしゅっ、と人知を超えた挙動でかわす師匠だが、ケルスとて人ならざるもの。ツタを伸ばして追いすがり、師匠の腕へとかみついた。
「あんた達にあげる組紐は一切ないけど、ナイフの雨あられ位ならプレゼントしてあげるね」
 にこにこ。ルリカの笑顔が、師匠をたじろがせる。
「い、いらん!」
「そんなこと言わないで、遠慮なくどうぞ」
 後退する師匠へと、オーラの刃が次々と降り注ぐ。ルリカには一切容赦などなかった。
「インソムニアを使ったって言っても、寝ていないけれど、大丈夫?」
「レクトに背を預けているんですもの、不安なんて1mmだってありません」
 アイヴォリーの返事に、レクトも頷いた。
 素早さが利点なら、それを封じてしまえばいい。イードが、師匠を縛りつける。
「この程度の束縛……何ッ!?」
 くわっ、と目を見開く師匠。レクトの一撃が、師匠を穿っていたのだ。
 工房を守るように背にしながら、翼をはためかせるリリーとウイングキャットのリネット。戦いだって一生懸命。皆を上手く庇えるようにと、反復横跳びの練習もしてきたくらいだ。
「リィパンチ、なの!」
 仲間達の連携の中、リリーが、拳を突き出した。飛び出したオーラが、師匠を飲み込む。
「アイヴォリーさま、お願いするの」
「任せてくださいな、リリー! とっておきをぶつけますよ!」
 杖を一旦小動物に戻すと、アイヴォリーは師匠めがけ、思い切りシュート。仰け反った師匠の顔面を、リネットがひっかきまわす。
「ちぃッ」
 舌打ち1つ、師匠が態勢を立て直そうと、距離を取る。そこに追いすがるは、環。
「引き離せぬ、だと!?」
 環が、突進の勢いを利用して、踵を師匠の頭部に叩き込んだ。回し蹴りを受け、燃えて吹き飛ぶ師匠に、恵が肉薄していた。
「俺達を倒せないようでは、組紐職人を名乗る資格なし!」
 道化服に押しあてたリボルバーをぶっ放すと、反動を生かして即離脱。
 直後、炸裂した弾丸が、師匠の体内で暴れ回った。
「弟子よ、仇1つとれぬふがいない師を許せ……無念!」
 果たして、カラフルな爆煙を上げ、師匠が散った。
 それから、しばし。
「今回は、お世話になりました」
 片付けや身の回りの整理を終え、レクトが職人さんに頭を下げる。
「ありがとうございました! ちょっと難しかったですけど、楽しかったです」
 環も、お礼を述べる。先生役を務めるには至らなかったが、今回の経験はしっかり残っている。
「任務だったけど、すごく楽しい時間でした。また作り方教わりに来てもいいですか?」
「もちろんよ」
 たずねるルリカに、職人さんは快諾した。
「そこの彼も、嬉しそうだし」
 腕に巻いた自作組紐をしきりに見つめる恵に、職人さんも目を細めた。
「そうそう、わたくしからはこれを」
 光差すような微笑と共に、アイヴォリーがレクトに差し出したのは、作り上げた眼鏡紐。勉強を頑張るレクトに寄り添ってくれるようにも、大好きと祈りをこめて。
 そして、素敵な経験を胸に抱き、ケルベロス達は工房を後にした。
「あなた達も、組紐のようね。色んな人が集まって、凄い力を発揮するんだもの」
 そんな職人さんの言葉に送られて。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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