『栄光』のオクターヴァ

作者:柊透胡

 住所としては岡山県内。瀬戸内海に浮かぶ離島の1つ――人口は約60、その大半が高齢者という限界集落だ。緩やかな丘陵地に蜜柑畑が広がる長閑な光景は、今や静まり返っていた。
 ガサリ――。
 蜜柑畑の一角の茂みが動いた瞬間、光条が奔る。その一角丸ごとを炎上させたのは、一言で表すならば、「橙の機械イルカ」。
 メタリックなボディは浮遊しており、広い頭部に輝くのは大きな紅いクリスタル。背ビレに短い砲塔を具えている。
「生キ残リガイルカト思ッタガ」
 灰燼と化した茂みを、水晶めいた紫の眼差しが睥睨する。
「……念ノ為、村落モ燃ヤシ尽クシテオクベキカ」
 1人として取り零しては、指令を完遂したとは言えぬ。情勢は慎重に見極め、成すべきは徹底的に。
 ギュギュギュギギギ――。
 所謂イルカの鳴き声の1つ、「バーク音」にも似た音が発せられるや、背ビレから伸びた砲塔の先に紫の魔法陣が描かれる。
 ――――!!
 迸った魔法光線が蜜柑畑を、家屋を破壊し尽くす。キナ臭い土煙立ち込める中、漸く機械イルカ――ダモクレスは、小さな港に向かう。
「生体反応皆無。グラビティ・チェイン回収完了」
 そう、島民達は既に一方的に虐殺され、早々に魔法光線の餌食となっていた。死の島と化した離島は生活の跡さえも破壊され、もう人は住めないだろう。
「引キ続キ、捜索続行。識別コード『クァンタ・ベリーの十姉妹』八番機『栄光のオクターヴァ』。オールオーバー」
 機械音声のような声音はいっそ女性的。「キュキュキュ」とイルカのさざめくような鳴き声を上げ、ダモクレスはするりと海へ飛び込み泳ぎ始めた。

「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 静かな声音は、いつもに増して硬質を帯びている。
「『指揮官型ダモクレス』6基による地球侵略作戦は、現在も続行中の模様です」
 都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は、淡々と集まったケルベロス達を見回した。
「6つの軍団の中でも最大規模、主力戦闘部隊を率いる指揮官型ダモクレスの呼称は『ディザスター・キング』。彼らは、最初から全力でグラビティ・チェインを奪いに来ています」
 ディザスター・キングの軍団の作戦は、襲撃と略奪に特化している為、襲撃前に予知しての阻止が不可能という特性がある。今回も、既に瀬戸内海の離島が1つ、壊滅している。
「岡山県沖の離島に出現したディザスター・キング配下の名は、『栄光のオクターヴァ』。識別コード『クァンタ・ベリーの十姉妹』の八番機、との事です」
 犠牲者は約60名。島民のみならず、集落から蜜柑畑に至るまで、全て破壊し尽くされた。
「事件の度に、最初の襲撃が防げないのは、私も非常に心苦しいです。しかし、今回も、栄光のオクターヴァが次の襲撃場所へと移動するタイミングでならば、迎撃は可能です」
 このまま、危険なダモクレスを放置しておく訳にはいかないだろう。
「栄光のオクターヴァの次の標的は、最初の離島から数キロ離れた小島です」
 この小島にも約70名程の一般人が暮らしているが、既に避難勧告が出されている。
「島の湾内の漁港で待伏せし、迎撃して下さい」
 栄光のオクターヴァは『橙のイルカ』のような姿。水陸両用機で、陸上では浮遊して移動する。
「栄光のオクターヴァの攻撃は、魔法プログラムの高速詠唱による擬似魔術です。ちなみに、高速詠唱はイルカの鳴き声に似ているようですね。攻撃魔法は勿論ヒール魔法も操り、やはり隠し玉を持っています」
 そのグラビティは『栄光(ホド)』と呼称されているが、詳細は不明だ。
「くれぐれも油断されないよう、お気を付け下さい」
 港周辺は既に無人。湾内の海は比較的波も穏やかだが、機動力は敵の方が優位だろう。戦艦竜の例の通り、ケルベロスも出来ない事はないが、水中戦闘は些か不利となる。
「栄光のオクターヴァの目的はあくまでも『グラビティ・チェインの略奪』です。更に、慎重を期す思考形態のようですので、迎撃時には必ず『逃がさない対策』を講じて下さい」
 逃走が難しいと判断すれば、如何に慎重であってもケルベロスに挑んでくるし、1度戦闘が始まれば、逃走もしなくなる。全力でケルベロスを倒そうとしてくる筈だ。
 ここで、栄光のオクターヴァを逃がせば、離島の壊滅が更に増える事は想像に難くない。
「犠牲となった人々の仇をとる為にも、これ以上の虐殺を防ぐ為にも……どうか、皆さんの力をお貸し下さい。武運をお祈りしています」


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
鳳・ミコト(レプリカントのウィッチドクター・e00733)
国津・寂燕(好酔酒徒・e01589)
イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)
ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)
黒鉄・鋼(黒鉄の要塞・e13471)
有頂天・独尊(酒池肉林・e33043)
學天則・一六号(レプリカントのブレイズキャリバー・e33055)

■リプレイ

●漁港にて
 弥生の上旬、まだ冷たい海風が港を渡る。波は静かながら、ゆっくり揺れる漁船の数々。その内の何隻かに、ケルベロス達は身を潜める。
(「海はこんなに穏やかなのにねぇ……まぁ、気合入れて行こうかね」)
 緊張の欠片も無い表情と裏腹に、愛刀に触れる仕草は剣呑を帯びて。いつでも船から飛び出す体勢で、国津・寂燕(好酔酒徒・e01589)が待ち構えるのは橙の機械イルカ。
(「橙色の癖に! 柑橘畑壊滅とか、仲間カラーじゃないっ」)
 ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)は随分と憤慨していた。離島に骨を埋める人々の営みを壊した事は、けして許せない。尤も、親近感の類など全く関知しない徹底振りは却ってダモクレスらしかろうが。
(「たくさんの命を奪う暴虐、今ここで終わらせましょう」)
 本来は天真爛漫なイルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)。だが、誰かを守る事こそが己が役目ならば、無辜の民の命を奪ったダモクレスに静かな怒りを滾らせる。
(「自分が怒っているのか、悲しんでいるのかも判然としない」)
 隠密気流を纏い、鳳・ミコト(レプリカントのウィッチドクター・e00733)は操縦室の陰で、とんがり帽子を深く被り直す。
 脳裏に浮かぶのは、紫の雌獅子――レプリカントとなった『デキマ』に、意も介さなかった9番目の姉。
 ミコトもかつてダモクレスだったから、彼らにとってレプリカントは「コギトエルゴスムより遥かにおぞましい存在」と知っている。喩え同型機であろうと、『心』という病理に人格を乗っ取られれば全く別の存在。ケルベロスなら尚の事、『敵』でしかない。
 それはきっと、『彼女』も同じ――名前は、栄光のオクターヴァ。「クァンタ・ベリーの十姉妹」の八番機。
(「ミコトちゃん、大丈夫なのか?」)
 栄光のオクターヴァは、親交ある少女と縁があるという。気懸りそうに、ミコトが潜む漁船に視線が泳ぐのも束の間。無言で姿勢を正す黒鉄・鋼(黒鉄の要塞・e13471)。歳離れた茶飲み友達は可愛くて仕方ないが、直に戦闘開始だ。余計な事は喋らない。
 程なく来襲するダモクレスをやり過ごし、退路を断つのが、彼ら5人の役目。一方で、港側にもケルベロス達が待ち構える。挟撃の算段だ。
「ディザスターのう……ふうむ、天災というやつなのか」
 愛用の煙管をクルリと回し、懐に入れる有頂天・独尊(酒池肉林・e33043)。悠然とした口調ながら、気合は十分。酔っ払いだって、やる時はやるのだ。
「何者であれ、これ以上の狼藉は許してはおけません……」
 學天則・一六号(レプリカントのブレイズキャリバー・e33055)は、溜息を吐いている。
(「人を殺すだけの機械……何て悲しい存在なんでしょうか……」)
 機械は人の役に立ってこそ幸せがある――そう断じるレプリカントの少年には、ダモクレスの暴虐は到底見過せないのだろう。いっそ泣き出しそうなその横顔を、シャーマンズゴーストのアルフが、倉庫の陰から首を傾げて見守っている。
 やはり漁協組合の事務所の陰に、柴犬サイズの白獅子。結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)が動物変身した姿だ。
(「うう、震えが……止まりません」)
 ほんの数キロ離れた島では、既に虐殺の限りを尽くされた。レオナルドを苛む恐怖は、きっと犠牲者も感じただろう。守れなかった事は悔しい。だが、この小島の人々は、まだ間に合う!
(「必ずここで倒しましょう。これ以上、傷付く人を出さない為にも!」)
 この港を突破されれば、公民館に避難する島民達の命運も尽きる。最後にブルリと身を震わせて、レオナルドは伏せの姿勢でその時を待つ。

●『栄光』のオクターヴァ
 突如、沖合いの防波堤が爆散した。
 停泊する漁船を覗かれもすれば速攻の開戦となったやも知れぬが、幸い、突堤から上陸したダモクレスは船着場を一瞥したのみ。
 閑散とした漁港を見回した機械イルカは、内地へ向かわんと音もなく浮遊する。
 果たして――漁港の外れに人影が2つ。同じような背格好ながら、片や妙齢の女性、もう一方は少年だろうか。遠目には歳離れた姉弟の風情。機械イルカの硬質な紫の双眸が、冷たく輝く。
 ギュギュギュ――。
 イルカの鳴き声の1つ、「バーク音」にも似た発声と共に、背ビレから伸びた砲塔の先に紫の魔法陣が描かれる――次の瞬間、その魔法陣が唐突に失せた。
「……命中率基準以下。戦闘員ト判断。優先順位ニ則リ戦闘ヲ回避スル」
「!」
 独尊が動くより早く、栄光のオクターヴァは身を翻す。滑らかに移動する方向は――海。
 命中率を知る眼力は、デウスエクスにもある。そして、命中率から、その対象の実戦経験もある程度計れよう。確実に包囲出来るよう、ダモクレスを誘き寄せる策であったが……独尊と一六号は、一般人を装うには強過ぎた。そして、殊更に慎重な栄光のオクターヴァは、非効率な戦闘を避けたのだ。
「待たんか! 皆の衆、戦闘開始じゃ!!」
 殴り掛かるには、距離が遠過ぎた。急ぎ、狼煙代わりにドラゴンブレスを吐く独尊。
 ゴォォォッ!
 倉庫を舐める灼熱を合図に飛び出したレオナルドやアルフと共に、一六号も機械イルカを追う。
「やれやれ、逃がさないよってね」
 慎重な敵ならば、港の奥まで引き入れた時点で攻撃を仕掛け、問答無用で戦闘に雪崩れ込んだ方が良かったかも知れない。
 苦笑を浮かべる寂燕だが、退路を断つ方に戦力を多めにしていたのが幸いだった。
 ブレイクルーンを描くにも、独尊と一六号、スナイパー2人はまだ追い付けていない。やむを得ず、気咬弾を放つ寂燕。孤を描くオーラの弾丸を宙返りでかわし、機械イルカは行く手を阻むケルベロスらを睥睨する。
「――其は戦歌、其は嚆矢、番え、捉え、射貫く力。その身に宿れ、いと高きものの名のもとに」
 情なき視線を真っ向から見返し、自らの掌に戦弓のルーンを描くイルヴァ。
「その派手なカラーは見た目だけ? グラビティチェイン奪うのに弱腰だなんて、上に言えるの?」
 不敵な挑発に、光波を伴い翔け穿つ――螺旋を描く鋭き一蹴は、正に捩花。ムジカの一撃がイルカの機身を震わせる。
 対照的に、無言のまま接近した鋼の破鎧衝は、紫の光条に阻まれた。同時に、ミコトの杖より迸る雷撃。
「オクターヴァ……あなたを止める事を選んだのはわたし自身。それだけは、確かだから」
 だから、今使える全てで迎え撃つ。胸にわだかまる想いの行く先は知れずとも。
 だが、栄光のオクターヴァは、ケルベロス達の挑発に意も介さず、ミコトを前にしても動揺1つ見せなかった。
「敵性確認。排除開始」
 キューキュー――。
 イルカの鳴き声「ホイッスル音」に似た、甲高い高速詠唱が響き渡る。描かれた紫の魔法陣は忽ち大きく展開され、ダモクレスを護る防壁のように聳え立つ。
(「余裕は、無さそうだな」)
 流線型の機体越しに、駆けて来る港側の3人+1体が見えた。程なくの合流に安堵しながら、寂燕は先頭の独尊に「破壊のルーン」を宿す。尤も自身の背後はすぐ海だ。水中戦は避けたい所。
「すまんな、何とかしてくれるとは思っておったが」
 飄然と笑んでさえ見せた独尊は、お返しとばかりに寂燕へ分身の術を施す。
「お前は逃がさない、ここで倒す! いくぞ!」
 息を整える時間も惜しみ、雷の霊力を刃に突進するレオナルド。シャーマンズゴーストも、爪を振り上げ飛び掛る。
 ――――!!
 レオナルドの雷刃突が橙を穿つ。だが、アルフの神霊撃は空を切った。すかさず鋼のジグザグスラッシュが更にダモクレスの装甲を切り裂くも、ムジカの竜爪撃は寸での所で避けられる。
(「博士……僕に、戦う力をください」)
 やはり、初手から全ての攻撃がデウスエクスを捕え切るのは難しい。全身の装甲から光輝く粒子を放出する一六号。メタリックバーストを以て、前衛の4人+1体の超感覚を覚醒させた次の瞬間。
 ギギギギュイィィ――!!
 耳障りな雑音が轟く。巡らされた治癒防壁で装甲を再生しながら、栄光のオクターヴァは謡う――災いの歌を。
「っ!」
 機械イルカの歌は、ディフェンダーが動く暇も与えず、前衛の心身を等しく縛する。のみならず、今しがた放出されたばかりのオウガ粒子を消し飛ばすとは。
 スターゲイザーを放ちながら、思わず顔を顰めるイルヴァ。そう言えば、最初にクラッシャーの一撃を浴びながら、治癒防壁が瞬く間に修復してしまったように見えた。となれば、ダモクレスのポジションは。
「わたしと同じ、メディックだね」
 改めて、サークリットチェインを描くミコトは、思わぬ共通性に複雑な表情。だが、栄光のオクターヴァに在るのは純然たる効率のみ。情を抱くのは一方的で、向こうからは何も思われてないと実感するのは……何より辛かった。

●『栄光』
 水面も間近に見える波止場で、繰り広げられる丁々発止……というには、栄光のオクターヴァの戦術は堅実と言えた。
 列攻撃は厄を及ぼすより、寧ろブレイクの手段。自らにバッドステータスが重なりそうならば、一手を費やし治癒防壁を構築した。
「痛いってんだよ」
 文字通り自らを盾と為し、一六号を庇った寂燕の眼光が昏く閃く。
 紫の魔法光線は、専らレプリカントの少年に浴びせられた。耐性より防具特徴を優先した為、ダメージの蓄積は誰よりも早い事は即看破されたようだ。
 8人で囲んで漸く対等のデウスエクスだ。定石はスナイパーからの足止め技だが、独尊に命中率に関する技の用意はなく、サーヴァント伴う一六号は、使役修正故に厄の付与においては不利だ。更にライジングダークは列攻撃であり、動き鈍らぬ相手に序盤は思わぬ耐戦を強いられた。
「遅いです!」
 幸いであったのは、イルヴァのスターゲイザーが、比較的早くダモクレスを捕えられた事。ジャマーの厄は当たれば重い。更に敵の死角から隙を突くジグザグの業を重ねれば、メディックのキュアのスピードを上回り、バッドステータスの恩恵を仲間に齎す。
「そう言えば……理力突出型、だったかな?」
「それは、早く言って欲しかったかも」
 ふと思い出したようだなミコトの呟きに、ムジカはハウリングフィストを繰り出した手で頬を描く。血襖斬りで凌ぐ鋼も、フルフェイスの内で苦笑を浮かべたようだ。
 恐らく、栄光のオクターヴァの業は全て理力に依る。見切って尚、命中させてくるその武威は、防具耐性で備えていたとして列攻撃であってもけして軽くない。
 故に、ミコトが攻撃に加わったのは初撃のみ。以降はヒールに専念している。
「領域定義。偽装術式展開。――活動せよ、我が『王国』」
 それでも、今度こそ自身の意志を伝える為に――偽装術式・王国之剣。十姉妹の末妹として所持し、現在は凍結されている固有グラビティ『王国』を地球で得た技術で一部をエミュレートした技だ。展開した魔法陣の効果範囲を「王国」と定義し、味方を癒すと同時に破剣の加護を与える。
「……」
 そして、栄光のオクターヴァが何ら反応も見せぬ事が、哀しい。
 ギギギ、ギュギュ――!!
 刹那、一六号に向けられた砲塔から迸る魔法光線が、アルフを貫く。直向な神霊撃はとうとう、ダモクレスの中枢回路を抉る。怒りは1つでも付与されれば、発動率が高い。好機とばかりに、ケルベロスの攻撃が殺到する。
「脅威は、きっちり倒さねばな」
 独尊の竜爪撃が閃き、寂燕の気咬弾が奔る。一六号の腕が銃砲に変形展開された。
「この星の平和は……僕たちで守って見せるッ!!」
 その名も、イチロクバスター――太陽エネルギーを圧縮した弾丸が、治癒防壁を撃ち砕く。
 残る防壁も、レオナルドのゾディアックブレイクが叩き潰した。
 何枚もの治癒防壁を砕かれ、丸裸となった機械イルカの紅いクリスタルが輝いた次の瞬間。
「防壁破壊数達成。リミッター解除――コード・ホド発動」
「!」
 ディフェンダーが動く暇も無かった。刹那、白光が目を灼く。
「か……は……」
 真っ先に、アルフが駆け寄る。家族とも想うシャーマンズゴーストに手を伸ばそうとして、一六号は声もなく崩れ落ちた。

●決着
 純然たる高エネルギーの魔法光弾――絶大なる武威に打ちのめされ、膝を突き大地に臥す。オクターヴァの『栄光』の前に、力無きはただ額づくのみ。
 一六号が意識を手放した瞬間、アルフも又掻き消えた。放置していてはその命も危ないだろう。魂をサーヴァントと分け合い、防具耐性の不適合がそのまま仇となった。
 悠然と首を巡らせる栄光のオクターヴァ。『栄光』が解放された今、その一撃は半減されても脅威。これ以上、時間は掛けられない。
「コード・ホド発動」
 一斉にグラビティを浴びせるケルベロス達。だが、その攻撃を凌げば、次なる『栄光』の標的は、独尊。何とか踏み止まるも、重ねて被れば一六号の二の舞となろう。ミコトのジョブレスオーラが必死に癒す。
「嗚呼、斬り応え……あるよねぇ」
 一瞬薄く嗤い、寂燕は愛刀の鯉口を切る。足りぬならば、足りるまで斬り続けるのみ。
「散り急げ……死出のあだ花添えてやろう」
 舞刃散華――無惨なる斬撃が、機械イルカのオイルを撒き散らす。その色は鮮血の如き、まるで『死出のあだ花』のよう。
「あなたにあるのは冷たき死のみ。ここで果てて頂きます」
 イルヴァの絶空斬が文字通りに空を裂いて、正確無比に仲間の攻撃の軌跡をなぞる。相変わらず無言の鋼の代わりに唸りを上げ、チェーンソー剣がズタズタに橙を斬り払った。
 キュイィィ――。
 堪え切れず、治癒防壁を構築する栄光のオクターヴァ。あくまでも慎重なる一手が、明暗を分ける。
「この幕の内側からは、逃げられないのじゃ。覚悟せい」
 螺旋秘術・桜ニ幕――独尊の作り出した幕の内、巻き起こる桜吹雪が機械イルカの装甲を裂く。
 ――――!!
 再び治癒防壁を崩し、轟くその悲鳴は初めて人の声にも似て。
 一撃絶大のダモクレスに対して、ケルベロスの優位はその圧倒的な手数。根気よく厄を重ね続けた末に、理力による業さえも十分に届くようになっていた。
(「心静かに――恐怖よ、今だけは静まれ!」)
 居合いの構えから、一気に肉迫する。白獅子から立ち上る陽炎は、高速なる太刀筋を霞ませる。
「……生存危険域到達。コギトエルゴスム化……エラー、エラー」
「世界に満ちる音……でも、あなたの雑音は要らないわ」
 鮮やかな緋紅の髪が緩く波打つ。その挙措は踊るが如く。振り抜かれた降魔の拳は、ムジカにとって最大の一撃。
 硬質の音を立てて、栄光のオクターヴァは地に墜ちる。微かに身じろぐ機体を、ミコトは静かに見下ろす。
「オクターヴァ……」
「コギトエルゴスム化トライ……エラー……」
(「最期くらいは……見て欲しかったかもしれない……」)
 壊れたレコードのようにトライ&エラーを繰り返す栄光のオクターヴァに、オウガメタルの鋼拳が引導を渡した。

作者:柊透胡 重傷:學天則・一六号(レプリカントファイター・e33055) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。