湧きたつ『水星』

作者:木乃

●プラネットフォース計画、壱番機
「ずいぶん山奥にあるんだねぇ」
 秘湯を求めて山に訪れた女性達はやっと目的地に着いたと頬を緩ませる。
 支度を済ませ、いざ入浴しようと足をのばしたとき、湯船の中からなにかが姿を現す。
 『それ』はゼリーのような、粘り気の強いスライムのそれに似ていて。液体の中にはいくつか球体デバイスが浮遊し、くるくると規則的に回っていたものは一斉に女性達を捉える。
「な、なにこれ!?」
「きゃああああ!!!」
 騒然とする女性達めがけて津波が迫り来る、倒れ込んだ女性達をスライムの拳が、絡みついた粘液が女性達の水分ごと命を吸い尽くす。
『……コレヨリ『グラビティ・チェイン』ヲ回収シマス、PiPiPi……イマジネイターモ、喜ンデクレルデショウカ』
 『水星』の名を持つダモクレスは抑揚のない女性的な音声を漏らし、再び獲物を待ち構えようと湯船に沈んでいく。

「指揮官型ダモクレスの地球侵略が始まり、随分と経ちますわね。今回は指揮官型ダモクレスの一体『イマジネイター』の配下ダモクレスを撃破して頂きますわ」
 座席に腰掛けるオリヴィア・シャゼル(貞淑なヘリオライダー・en0098)は情報をまとめたファイルを見つめる。
「侵略部隊の中でもイレギュラーな存在である彼らは統一された作戦は行っていませんが、それぞれ得意とする手法で多方面に仕掛けていますわ。特に今回の『ザ・マーキュリー』は顕著な例でしてよ」
 予知によると、山奥の秘湯に忍び込んだダモクレスが訪れた市民からグラビティ・チェインを略奪しようとしているらしい。
「今ならまだ防ぐことは出来ますわ、皆様には潜伏するダモクレス『ザ・マーキュリー』と戦って頂きます」
 オリヴィアは早急に撃破するよう呼びかけて次の話題に移る。
「出現場所は申し上げた通り、山奥にある『秘湯』とよばれる温泉ですわ。いわゆる穴場スポットですので観光客も積極的に訪れる場所とは言い難いですわね」
 施設も無人であるため、従業員などの避難誘導は必要ないだろうとオリヴィアは見解を述べる。
「温泉は男女混浴ですので、殿方も気にせず入れますわよ。湯船に浸かろうとするとザ・マーキュリーも姿を現しますが、あまり騒がしいと敵に気づかれますのでご注意を」
 『入るフリをするためにも、水着を着用すると良い』とオリヴィアは付け加え、敵に関する話題へ。
「ザ・マーキュリーの攻撃も水にまつわるものが多いです。相手の水分を吸収したり、外部から取り込んだ水分を放出したり、スライムで拳を作り体内にもダメージを与えますわ」
 局地戦向きのダモクレスだが、単独での戦闘能力も高い。『強敵』と認識し、十分に備えたほうがよいとオリヴィアは補足する。
「正規の指揮系統に組み込まずとも成果をあげることが出来るのもイレギュラーたる所以でしょう、ダモクレスの侵略に多くの人々が怯えていますわ」
 ケルベロスの活躍が市民達を勇気づけることにもなる、オリヴィアの言葉にケルベロス達も静かに頷き返した。


参加者
西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
レナ・フォルトゥス(森羅万象爆裂魔人・e05306)
志穂崎・藍(蒼穹の巫女・e11953)
暮葉・守人(狼影を纏う者・e12145)
峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)
ロア・イクリプス(エンディミオンの鷹・e22851)
左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)

■リプレイ

●湯煙潜入隊
「こんな人気のない場所にもデウスエクスっているんだなぁ」
 感心したように顎を撫でる水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)の感想は尤もである。積極的に襲撃するのであればプールや銭湯など色々あるだろうに、ザ・マーキュリーが選んだのは『山奥の秘湯』だ。
「こんな秘湯で出待ちたぁご苦労なこって」
「事件さえ起こさなければ予知出来ないし、知らない間に移動してたかも知れねぇだろ」
 サーフパンツに着替えた暮葉・守人(狼影を纏う者・e12145)は用意してきた風呂桶に得物とタオルとビニール製のアヒルさんで偽装しながら入浴の準備を整える。
 いわく『入浴しようとした時に現れる』ということで、その勧めに従い脱衣所で支度しているところだった。無論、男女で分かれているため女性陣は壁の向こう側。
「指揮官クラスを引き出す為にも1体1体コツコツと、だな」
 峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)も服の下に水着を仕込み、着替えをロッカーに仕舞う。
 鬼人は『待機する間、武器を預かる』と申し出ると同じく水着に着替えたロア・イクリプス(エンディミオンの鷹・e22851)は「問題ない」と返した。
「今日は手持ちじゃないんだわ」
「俺もアイテムポケットにしまっておく、でも向こうの人達はどうだろう」
 左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)も長い得物をスルスルとしまい込んでおり、鬼人はおどけて肩を竦めてみせた。
「みんな用意がいいなぁ、出てきたら聞いてみるか」
 タイミングよく浴場側から引き戸の動く音が。女性陣は支度を終えたのだろう、ロアがひょいと覗きこみ軽快に口笛を鳴らす。
 浴場は石畳と岩で囲った露天風呂で、外部とは竹を繋げた仕切りで囲われており自然豊かな立地を生かした開放感のある造り。湯船とは別に瓶(かめ)から掛け湯用の湯が溢れているのもなかなか趣がある。
「温泉に水着で入るなんてなんだか不思議な感じですね……あ、支度は終わりましたか?」
 水着姿の西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)は眼鏡をかけているが手荷物はない、志穂崎・藍(蒼穹の巫女・e11953)も同様で、唯一レナ・フォルトゥス(森羅万象爆裂魔人・e05306)だけが得物を所持している。
「おー、藍ちゃんとか筆頭に目の保養として完璧だのう。おいちゃん若い子の水着姿にホクホクがとまんねえや」
「もうっ、これも任務なんだからね?」
 鼻の下を伸ばすロアに藍が抗議しているとロアの陰に隠れるように鬼人が呼びかける。
「武器はどうした?」
「アイテムポケットに入れてるよ、それにしても山奥の秘湯に現れて女性を襲うなんて……さいてーだよね!」
 『エロスライムだ!』と憤慨する藍の横で、レナは険しい表情を浮かべていた。
(「まさか温泉に潜り込んでいるなんて……団長の代理として、必ず倒してみせます」)
 湯に潜む敵影は見えずとも『そこにいる』という事実は揺るがない、思わずレナの武器を持つ手に力が入る。
「レナ、俺と鬼人で武器は預かっとくぜ?」
 雅也が手を伸ばすものの、これからなにか大がかりな仕掛けをするかと言われたらそうでもない。霧華達も武装を手放さずに済むよう配慮している様子を見て、レナは少し考えてから口を開いた。
「湯船に入ろうとすると出てくるのですよね、私も離れて待機すれば隠さなくても良いかと」
(「……あー、入ろうとすると出るのか」)
 『先手をとれれば』と考えたロアだが、接近した時点で察知されてしまうなら不意打ちは難しい。おまけに今回は回復役を担うため都合が悪くなりそうだ。
「本体が通れそうな排水溝も見当たらないですね、私はいつでも行けます」
 周囲を見渡していた霧華と同様に他の者も既に準備万全だ、ひとまず瓶に溜まる掛け湯を浴びて守人と十郎が近づいていく。
「最近座り仕事が多くて、腰が痛かったんだよな」
 本音混じりのぼやきをこぼしつつ十郎が湯船に足を伸ばした時、水面が不自然に膨れ上がった――浮遊する水球の中で回転するデバイスが一斉にレンズを向ける。
『PiPiPi、目標ヲ捕捉シマシタ』

●水星浮上
 無色透明の流動物体に向けて雅也が更衣室から一足で飛び込みながら刃を抜く。
「さっさと倒して温泉だ、邪魔すんなエコカイロ!」
 本体ごと凍らせてしまおうと左右から袈裟斬りすると、球体デバイスが湯の中から突き上げて湯水の拳を見舞い脳を揺さぶる。
『敵対行動ヲ確認――敵性対象(ケルベロス)ト認定、コレヨリ迎撃ヲ開始シマス』
 ザ・マーキュリーは規則的な回転を続けながら無機質な女性音声を発し、雅也に気弾を放ってからロアは頬を引き攣らせた。
「…………まさかこいつ、女性型かぁ?」
 『人は見かけによらず』と言うがよらないにも程がある! ロアが愕然とする後方から鬼人も二振りの刀を手になだれ込む。
「冷やが好みか、それとも追い炊きされてぇかぁ?」
 一太刀を沈んで回避するマーキュリーに追いすがり、もう一刀を叩きつけると水柱があがり凍りついた飛沫が音を立てて水面に落ちていく。
 本体を水ごと凍らせてしまえばこっちのものだ! ……と思った矢先。
『効果範囲、極小規模ニ設定――』
 湯船から鬼人のあげた水柱の数倍はある、巨大な高波が現れた。
『一斉掃射ヲ開始』
 十郎が見上げた直後に大津波に勢いよく飲み込まれる。更衣室を備えた小屋は水浸しとなり、囲いも水圧で押し倒されて流れていく。6人が前衛に立つことでその威力は最低限に抑えられたものの、全身を強く打たれて幾人の動きが鈍っていた。
「おいおい、しっかりしろって!」
 慌ててロアがヒールドローンを飛ばすと、不慣れなせいか蛇行しながら散開する。人数が多ければ回復力もかなり減少してしまうが、今は痺れをとることが大事だ。
 濡れた前髪をかきあげながら十郎は避雷針を持ち直す。
「威力が落ちても痺れさすくらいは出来るか、予防線張るぞ」
 雷の薄壁を前面に展開し、次弾に備えると藍がシャーマンズカードを取り出す。
「凍ってるってことは効いてるんだよね……守護者よ表れよ、凍てつく氷で敵を貫け!」
 藍のカードから飛びだす騎士は冷気を放つ突撃槍を手に突貫、その側面に守人が回り込む。バレットタイムで彼自身には周囲がゆっくり動いているように感じるが、時間の流れが変わっている訳ではないと自身に言い聞かせる。
(「さっきの津波は温かかった、てことは温泉水だよな……本体が司令塔になって周りの奴も制御してるのは違いない。だったら」)
「――デバイスも本体も、ぶっ壊す!」
 守人が右手に黒い靄と化したグラビティを纏い、水ごと補助デバイスを切りつけると後方からレナの放つ御業の業火が撃ち飛ばす。
「さてと、他の連中の居場所を吐いてもらおうかしらね」
『敵性対象(ケルベロス)二開示スベキ情報ハアリマセン、認証コードノ提示ヲ要求シマス』
「それ、挑発ですか?」
 眼鏡を取り払った霧華は無感情に吐き捨てながら鯉口を切り、素早く刃を振り抜くが球体端末は斬撃の合間を巧みにすり抜ける。
『回避完了、接触開始』
 納刀しようとごく僅かに止まった隙をつこうと霧華に粘液状に制御した水を伸ばすと、その間に守人が割り込み、繰り出す刺突をザ・マーキュリーは水の手で受け流す。

 前衛が多いことで回復効果が減退する影響はやはり大きい、例えメディックの力を以てしても回復として期待してはいけないだろう。攻撃の手を休めて自己回復に当たる回数は次第に増えてきていた。
 何度も頭から津波を被ったせいで全員びしょ濡れになっているが、水攻めを続けるダモクレスには配慮すべきことではない。頭上から迫る奔流は滝を思わせ、ロアとレナに襲いかかる。
「誰かレナの援護を!」
「私が行きます――っ、かはぁ!?」
 十郎の呼びかけに霧華が応えて押し退ける勢いで割り込み、濁流の勢いで石床に叩きつけられると息を詰まらせた。ザ・マーキュリーもすでに本体外装に傷が増えて漏電し始めている。
「喰らえ、っての!!」
 守人が黒狼と銘打つ日本刀と不可視の魔手を織り交ぜて攻めるが、どちらも『敏捷』を用いた攻撃。ザ・マーキュリーはその動きを見切っていた。避けてからスライム状の拳で腹部を乱れ打ち、守人の内臓ごと痛めつけていると追撃を止めるべく藍が詠唱する。
「この縄は不動明王の羂索、滅罪を象徴する縄よ敵を辛め取れ」
 水ごと御業が鷲掴むと見るや、
「もう一発、ボクの炎はただの炎じゃないにゃ!」
 続けて新たな御業を招来させて火球を浴びせていくとデバイスのひとつが爆散し、カメラアイが藍に照準を合わせて急接近。
「こ、こっちに来ないでよ、エロスライムっ!?」
『当機ニ該当機能ハ搭載シテイマセン、再確認ヲ要求シマス』
 執拗に藍を追いかける球体を十郎が身を呈して受け止め、
「あっち、いってろ!」
 ヌンチャクに変形させた如意棒で打ち上げ、ビリヤードのようにもうひとつのデバイスにぶつけてみせる。好機とみた鬼人がチラと雅也に目を向けた。
「そっち頼む」
「へっ、お喋りなエコカイロにゃ飽きてきたところだ!」
 鬼人の狙い定めたデバイスは越後守国儔の一振りで鮮やかに両断され、雅也の狙うデバイスは寸でで直撃をさけたものの霧華が見逃さない。
「これで、落とします!」
 なかなか攻撃が当たらず辛酸を嘗めさせられていたが、ようやっと一矢報いたと霧華は鋭い眼差しで次の標的を定める。
『補助機器ノ、喪失ニヨ、出力低下、ヲ確認。早急、補充、必要デス』
 音声はすでに不調をきたして乱れが生じている。損傷の少ない補助機器でレナを捉えて突撃して、避けようとするレナの腕に制御する水分をまとわりつかせた。
「くっ、離しなさい!」
 グラビティをまとう手刀で素早く切り刻み、離れていった隙にロアが肩に触れて経絡に癒しの気を流し込む。
「ったく、人体の水分をとるなんざ中々えげつねぇぜ。動けるか?」
「まだ行けますわ。それより水星を……!」
 逃走の危険性があると懸念したがザ・マーキュリーに撤退する様子は見受けられない。守人が雅也を狙う一撃を受け止めて、十郎が放った雷で水ごと感電させるとショートした端末は湯船に墜落して漂い始める。
『Pi、PiPi、PiPiPiPiPi……ゲ、ゲン時点ノ、ササ最大イ、出力二セセ設定、』
 駆動音を漏らしながら全て吸い上げる勢いで操作した激流が飛びかかる、威力を抑えられてもここで動きを止められればどう動くか解らない――防衛役の3人はほぼ同時に動いた。
「鬼人、しゃがめ!」
「あれさえ止めれば隙が出来るはずだ」
 守人が鬼人の前に立ち塞がり、霧華と十郎も大津波を受け止めて後方に押しこまれていく。十郎の援護で辛うじて踏みとどまった雅也が無防備になった本体めがけて刃を下段に構える。
「……散れッ!!」
 生じた斬撃の衝撃波は湯を割りザ・マーキュリーを包む水も余波で飛び散って本体が完全に露わになり、レナの視線が真新しい切れ目を捉えた。
「これで最後よ、ザ・マーキュリー!!」
(「来られなかった団長の為にも、この手で落とします……!」)
 両手に持つ魔導書を媒介にレナは魔法を展開し、高らかに詠唱を唱える。
「――ファイアボール!!」
 燃ゆる怒りを顕現させた苛烈な爆炎がザ・マーキュリーの中枢部まで達し、黒煙を上げて湯船に落水していく。
『サ、さくせ、しっ、ぱ……イ、マ、イマジ、ネ…………』
 残る補助デバイスも自ら命を絶つように自爆していき『水星』は完全に沈黙した。

●ビバノンノン
 ヒールグラビティによる修復は対象物にグラビティ・チェインを流し込むようなもの、つまり自身以外を対象にできるグラビティを活性化しておく必要がある。
 流されてしまった囲いを雅也達がなんとか回収し、十郎とロア、霧華が修復を終わらせて露天はほぼ元通りになった――となれば、入らずに帰るのはもったいない!
 山奥の秘湯なんて滅多に来る機会はない、鬼人と雅也も濡れた服を乾かすついでに湯船に入る。
「まだまだ寒いからやっぱり温泉はいいにゃー……レナも入ろうにゃー?」
「ありがとう、でも早く団長に報告したいので」
 藍が声をかけると「先に戻りますわ」と言ってレナは更衣室から出て行く。
「……レンズがすぐ曇ってしまいます」
 戦闘後、霧華は眼鏡をかけ直したが湯気ですぐ白んでしまい眉をハの字に下げる。
 しかし水着姿とはいえ女子との混浴! 年頃の青少年はついつい目がいってしまう。
(「普段は巫女服姿の女の子が水着姿とかヤバいな、いや、色白女子が肌を露わになるのも中々」)
(「水着と解っていても……眼福眼福」)
(「うーん、スタイルいいなぁ」)
 ロアと雅也は心の中で合掌し、守人も素直に感心していると硬派な男子達の背中が視界の端に移る。
「鬼人、こっち向いたらどうだ? つーか十郎もそんな端まで行かなくてもいいだろ」
 守人が声をかけると鬼人も十郎も振り向かずに返事だけ返す。
「いや、俺は景色を堪能してるだけだぁ」
「……右に同じく」
 言われて顔を上げれば薄桃色のつぼみが今にも開きそうになっている、もうしばらくすると綻び花開きそうだ。
 花見と温泉、一度にふたつ楽しめたなら贅沢なひと時になるだろう。
 季節は冬から春へ移り変わろうとしている。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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