羽ばたき星の降る

作者:七凪臣

●星降りの夜
 岸に寄せた小舟の傍ら。パジャマの上にダウンコートを羽織った女は、裸足の爪先で冷たい水を蹴った。
 ぱしゃりと跳ねた雫に、水面が幾重もの輪を描いて揺らめく。
 小さな波が浚うのは、無数の星々。色とりどりの瞬きに、遥か高みで歌うピアノの音色が聞こえる気がする。その煌きを写し取る凪いだ湖面は、まさに星降る水辺。
 けれど、こんなに美しい季節ももうすぐ終わる。春が来れば、天はほんのり霞んでしまうから。
 ――そう、春が来れば。
「鳥さん、鳥さん。青い鳥さん」
 もう一度、水を躍らせ、女は歌うように唱える。それは彼女の興味をかきたてた魔法の呪文。
「鳥さん、鳥さん。恐れを食べてくれる、青い鳥さん。どうか私の、恐れを食べて」
 くるりとターンを踏み、もう一回。星の湖に、更に小さな星屑を散らして。
「だからか、私の所にあらわれて?」
 けれど、彼女の『興味』は実を結ばない。何故なら――。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 現れた第五の魔女・アウゲイアスによって奪われてしまうから。
 巨大な鍵に心臓を一突きされた女は、小舟の中に倒れ込んで眠る。代わりに、玻璃で出来たような青く透く鳥が星降る水辺に舞い降りた。

●青い夢喰い
 璃々は、今度の四月で社会人になる女だ。
 そんな璃々が興味を持ったのは、星降る湖で星屑を散らしながら名を呼ぶと『恐れ』を喰らう青い鳥が現れるという噂。
 けれど璃々の『興味』はドリームイーターによって奪われた。そして具現化した青い鳥は今、新たな事件を起こそうと静かな水辺の何処かに身を潜めている。
「全ては真白さんが心配された通りですね」
 安曇野・真白(霞月・e03308)が懸念していた事態が現実になった災禍の兆候を語り終えたリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は、ケルベロス達に青い鳥の姿をしたドリームイーターの撃破を求める。
 それが璃々を救う事にも繋がるから。
「現れるのは、満点の星空を水面に映した湖です。水深の浅い水際で、軽く飛沫を散らしながら呼ぶといいでしょう」
 その時、何かに恐れを抱く者は、それを口にすると良いだろうとリザベッタは言う。
 だってかの鳥は、恐れを喰らう玻璃の鳥。きっと根深く強い恐れを抱く者の元へ飛来し、恐れごと喰らおうとしてくる。
 後は全力で戦って、討ち滅ぼすだけ。そうすれば、近くの小舟で眠る璃々も目を覚ます。
「璃々さんにはもうすぐ親元を離れるそうです。社会人になること、家族と別々に暮らすこと……きっと今まで経験したことのない恐れが彼女の中に渦巻いているんでしょう」
 変革は、時に恐れを齎す。
 例え必ず通らなければならない道であったとしても。
「皆さんにも、そういう経験ってないでしょうか? 或いは――いいえ」
 ここで多くを語るのは止めましょう、と言葉を置き。リザベッタはケルベロス達をヘリオンへと誘う。


参加者
安曇野・真白(霞月・e03308)
サイファ・クロード(零・e06460)
アルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000)
立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)
虹・藍(蒼穹の刃・e14133)
フォトナ・オリヴィエ(マイスター・e14368)
ジルカ・ゼルカ(ショコラブルース・e14673)
苑上・郁(糸遊・e29406)

■リプレイ

「饅頭怖い……で、騙されてくれる訳ないよな」
 星を映す湖面へ視線を落とし、サイファ・クロード(零・e06460)は白い息を吐く。
 黒い森影が天と地を分かつ夜は、しんと冷え。岸を洗う水音だけが鼓膜を擽り、空の煌きが頬を撫でる。
「……聞いても、楽しい話じゃねぇけどな」
 込み上げる恥ずかしさと寒さに耳を染め、人の好い男――と、七つの人影はそれぞれ、星降る湖に囁きをそっと落とす。


 小麦色の肌に淡い金の髪。紫水晶の双眸が魅惑的なフォトナ・オリヴィエ(マイスター・e14368)の造作は、間違いなく整っている。気さくで面倒見も良いと来たら、男が放っておく筈もないのだが――。
(「やっぱり、本気で誰かに恋する事は……怖い、わよね」)
 自分『が』良いのか。自分『で』良いのか。
 本気で誰か一人を恋し愛したいサキュバスの彼女にとって、この差は譲り難い。しかしそれは視えるものではないから、怖くて。
 故にフォトナは、未だ恋への一線を超えられずにいる。
(「口も性格も悪いしね、私……」)
 混迷は深く、内側に。だって、受け入れてくれる大度な異性が現れても、今度は自分が相応しいか不安になってしまいそうだから。
 儘ならない不安は、誰にでもあること。
(「わたしにも、当然あるわけで」)
 ゆらゆらと水面を揺らす足元を映す立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)の瞳は、憂いに昏い。
(「デウスエクスからわたしを守るようにして亡くなった前の彼氏のように、今の彼も突然わたしの前から姿をなくしてしまわない……?」)
 カメラ仕事の不安もあるけれど、彩月の一番の不安は其れ。
 デウスエクスとの戦いの末、大事な命が消えたのは三年前。
 区切りの法要を終え、少しでも前へ進もうと、去年のクリスマスに新たな恋人を作った。
 だのに。
 その彼も、結構無理をする。例えば、食生活を切り詰め高価な贈り物をするというような。
 これくらいなら、まだいい。でも、彼もまたケルベロス。
 二の舞が無いとは、限らない。
「また死なれたりしたら……怖いよ」
 出口のない恐れに思考は埋まり、気付くと苦し気な声が静謐な水辺を震わせていた。

 大切だと思えるものが増えるのは、恐れの始まり。
 何時か、手の平から零れ落としてしまうのではないか?
 或いは――他でもない、この手で握り潰してしまうのではないか?
「そう、思わない訳ではないです……けれども」
 星明りに浮く己が手の平を見つめるアルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000)の恐れが水鏡を曇らす頃。青い翼を風にそよがせ、虹・藍(蒼穹の刃・e14133)は少し自嘲的な笑みを大人びた顔に刻む。
「恐れ、か」
 藍のそれは、齢十五の少女が抱えるには重いものだった。
 デウスエクスとの戦いに終わりはあるのか。戦うしか解決の道はないのか。
(「目の前の命を守る為には、やるしかない……でも」)
「私は、怖い。このやり方が本当に正しいのか」


 空映す鏡は、心までも透かしとるよう。
 そこへ誰かを思い描こうとして、サイファは己が恐れと向かうあう。
「オレは……忘れることが怖い、かな」
 医者を目指すサイファ。標となったのは、『先生』と呼び慕った養父。同じ職に就けば、認めてくれるのではないだろうか、そう思い。
 そしてケルベロスを続けるのは、そのヒトとの再会を望むから。世界中を飛び回っていたら、いつか手掛かりが見つかるんじゃないかと期待して。
(「はず、なんだけど……」)
「目的を忘れてへらへら笑ってる時間が多くなっていることが怖い」
「楽しいとか、幸せとか。思ってしまうのが怖い」
 あのヒトは己の未熟さに失望して、居なくなった――そう思っているのに。それでも会いたい筈なのに。
 サイファは恐れる、最近の自分がかのヒトを忘れている時間が多くなっていることを。
 孤独から遠退いたが為のサイファの恐れ。けれど多くの人は孤独こそを恐れる。
「真白は、仇を討てるので御座いましょうか?」
 小さき銀の竜を傍らに、安曇野・真白(霞月・e03308)は星と星とを結んで過去を紡ぐ。
 両親と双子の兄を奪われた日。
 為したのは、可愛がってくれた大好きな(母の形代にされていたのは知っているけれど)叔父だった。
 討たねば、家族に申し訳なく。しかし、討ってしまえば『家族』は皆無。
 力及ぶのか、心が臆しはしないか。不安は尽きぬけれど。でも、それ以上に。
「本当の独りになるのは……怖い」
 宙を掻く指先が、冷えてゆく。星の輝きに吸われるように、奪われる熱。それを補いたいのか、灰色の翼猫はジルカ・ゼルカ(ショコラブルース・e14673)に寄り添う。
 でも、今は。彼の心は、髪と同じ宵の色。
 教室の隅でじっと耐えるしかなかった経験が、ジルカを臆病にさせる。
 大事な所で目を閉じたり、伸ばした手を引っ込めたり。
(「好きになりきれないから、好かれない。信頼しないから、信用されないんじゃないかな……」)
 今はもう、好きな人たちに出逢えたのに。
「もしかしたら俺は、大事な誰かを見捨てるのかもしれない。失って傷付く位なら、捨ててしまえって……裏切り逃げるのかもしれない」
 踏み込めない、特別の境界線。
 傍に居るひとの心すら、わからなくて。傍に居ても、ひとりと同じみたいで。
 恐い、怖い、こわい。ひとりは、こわい。
 見上げた夜空が、不意に丸い格子窓に切り取られたようで苑上・郁(糸遊・e29406)は我が身を抱き締めた。
 鎮めの巫女となったのは、生まれた地のしきたり。物心がつく前から、郁の居場所は広いだけの座敷牢。月明かりが昏い床に落とす陰影を知るのは、郁だけ。
 外に出られるのは、神楽の舞の時だった――あの頃。
「……大丈夫」
 不安が伝播したように足元へテレビウムの玉響が寄るのに、郁は相好を崩す――が、言葉は嘘。
 独りきりの部屋は、成人し役を下ろされた今でも耐えられない。共に暮らす兄が不在の日は、堪らず野を褥とする程に。
「独りになるのは――独りで過ごす部屋は、不安で怖いです……」
 呟いて水際に百日紅の視線を落とせば、美しい星の海。だのに、蘇った記憶に足が僅かに震えて止まらない。
 でも、打ち勝たねばならない。
「……いらっしゃい、青い鳥さん」
 水面を一蹴り、綺羅星の歌に彩を添えた郁の呟きに、サイファの声が遠く重なる。
「先生、先生。オレみたいな落ちこぼれが今は医者を目指してるんだ。先生とお揃いだよ! だから……帰って来て」
 その時、悠々と広げた翼に天と地の星々を映した玻璃の鳥が夜空より舞い降りた。
「教えて?」
 藍は問う。
「これはただの殺し合いでしかないのかな?」
 応えが返らぬのは、百も承知。
 そしてその通り、星の歌を囀る鳥は冷えた翼に殺意を乗せる。


 凪いだ水面に一つ波紋を立て。広がる輪の中心で、アルルカンは獣の牙を構える。
 美しい敵だと思った。鑑賞用ならさぞかし目を楽しませてくれたろう。だが、それは壊すべきモノ。
「形なき声だけが、其の花を露に濡らす」
 刹那、音が途絶えた。それは無音の剣舞。姿なき歌声に合わせ、アルルカンの刃が空を薙ぎ。白から黄に移ろう花弁の幻想が、青い鳥を襲う。
 交錯する、色の彩。衝撃に、きぃんと甲高い音が爆ぜ、箒星を束ねたような長い尾羽の幾本が光の粒子となって宙に散る。
 まるで眼前に天の川が揺蕩うが如く。飲み込まれてしまいそうな光景に、ジルカは喉を鳴らす。
(「星は、好きだケド。夜は、怖い」)
 けれど星は夜にしか出会えない。抱えた矛盾は、対する敵に思う事にも似て。
(「もし恐れを食べて貰っても……大きな大きな穴が残るだけだったら」)
 アルルカンらへ自浄の加護を与える翼猫――ペコラの優しい羽ばたきに頬を擽られ、ジルカも意を決して工具じみた得物を放る。
 手応えを伝える音色は、やはり硬質。やや耳に障るそれを、髪を払う動作で藍は振り払い、
「迷って、怖がっても簡単に答えが出ない事はわかっているの」
 敵を討つ流星となった藍は、齎されなかった応えの続きを自ら紡ぐ。
「きっと、ずっと前から。こんな思いを抱えてきた戦士達もいる筈だから」
 連綿と受け継がれる苦難を謳う藍の声に、彩月は目を伏せ頷いた。
「そうかもしれませんね」
 己が恐れに決着をつけられるのは己だけ。甘やかしてくれない現実に立ち向かうよう、彩月も一直線に水を跳ねさせる。
 詰めた間合いは、敵の懐の内。護りを砕く破壊の力を掌から直接叩き込むと、また青い光が夜を舞い。その余韻に浸る間に、玻璃の鳥は透ける翼で風を切る。
 鋭い一閃は、彩月目掛けて。
「っ!」
 しかし血に染みた忍の身軽さで、郁が二者の間に身を割り込ます。
「大丈夫!?」
 すぐさま案じて声をかけてくれたフォトナへ、郁は「平気です」と唇で弓張り月を描く。事実、盾を担う都の傷は浅い。
 千々の心が乱れる、満天の星空の下。一先ず郁は大丈夫と、郁を含めた者らの前へ雷の壁を築くフォトナの横顔の向こうに、真白は小さな小舟を見つけてぽつり呟く。
「春がくれば、は。呪文のようでございます」
 出会う前に要する別離の難しさ。きっとそこで眠るだろう璃々を想い、真白は敵を貫く軌跡を描く為に、青い鳥を指し示す。
「きらきらひかる夜をつなぎ、請うて願いし、光糸のゆらぎ」
 璃々は家族の元へ還さねばならない。その絶対を胸に誓う真白の指先から、仄かな光糸が伸びて征く。ぶつかる二種の淡い耀きは、虹色の火花となって砕け散り。サラサラと砂が流れる音を耳に、真白に寄り添う箱竜の銀華は自らの属性を注ぎ込んで郁の癒しを補う。そこへ玉響のエールが加われば、郁はほぼ万全。
 されど何処か雲の上を歩く心地で、郁は雷迸る槍の切っ先をデウスエクスの胸に突き入れた。
 一際眩い一撃に、光の奔流が昇る。
「玄人のオレから観ても、キレーだぜ」
 折角だから、先生にも見せたかった。
 ぼんやりとした口調の叶わぬ望みの吐露とは裏腹に、既傷を更に抉じ開けるサイファのナイフは鋭く鮮烈で。きつい縛めの効は、戦局を一気にケルベロス側優位へと傾けた。

 星の光と、鳥が放つ光と。その二つで、湖水の畔は十分に満たされた。
 だからだろうか、いつもより星を眩しく感じる。天が刻む讃歌の譜を、ペコラのキャットリングの行方の果てに見上げたジルカは、ふと星々の空隙に視点を合わせて首を傾げた。
 天地の星と、それでも照らせない暗がりがある。希望で消せぬ、恐れのように。
 それじゃ、つまり――。
(「恐れが消えてしまったら、あの星も見えないのかな?」)
 ならば、恐れを自分以外に喰らわせるということは。自らの希望も消し去ってしまう事にはならないだろうか?
「ヒトが誰しも持ち得るような……抱いた恐れを口にするのは。それと向き合おうとうる意思の表れではないかと、私は想うので」
 盾の合間を縫って迫った嘴に、肩を深く穿たれつつもアルルカンは余裕に肩を竦めて言った。
「囮の為なら、既に自覚している恐れでも何でも、容易く『言葉』にしましょう――歪な夢喰いなどには、一片たりとて食べさせたりはいたしませんしね」
 ふふ、と道化師のように笑う男の言葉に、彩月が顔を上げる。
 そうだ。不安を食べてくれるなら、軽くなるかもしれない――けれど。
「不安は食べて貰って取り除くものじゃない。乗り越えて強くなれるのが人間なのよ」
 凛とした彩月の声と、彼女の月薙ぎの一閃の鮮やかさが、現実と幻想の境界を引くように空と湖を二つに分かつ。
「そうね。恐い事は私達にだってあるけれど……無かった事にするなんて、根本的な解決にはならないのだもの」
 アルルカンを癒す霧を放ち、フォトナは璃々を想う。
「私の目が開いている間は、そう簡単に誰の命も心も、デウスエクスなんかにはあげないわよ!」
 璃々にも、目覚めて明日へ踏み出して貰わなくてはいけない。彼女自身の為に。そして、用意したホットココアで冷えた体を温めて貰う為にも。


 古の刀工が鍛えた刃を鞘から放ち、彩月は夢喰いとの間合いを一気に詰めた。
「この一撃で……、決めるわ」
 冴えた刀身に纏わせるのは、桜色の稲妻。走り入った鳥の真下、首の付け根付近を深々と貫くと、冬と春の色の耀きが混ざって弾ける。
「落ちるわ、避けて!」
 喰らったダメージに、青い鳥が湖面へ沈む。その変調を察したフォトナは声を張り、大きな水飛沫が上がると同時に唱え始めた。
「海と風とに抱かれし竜。御身が司りし猛き風、我が意の元にて解き放て……」
 呼び掛けは、境で微睡む神竜へ。借り受けた一端は嵐となって顕現し、フォトナの意のままにデウスエクスを引き裂く。
 舞う玻璃埃。散る仄青は美しい光景だった。
(「どうか、真白の臆する心を払う鳥を」)
 幸福の象徴とされる『青い鳥』ではなく、己が心で羽ばたく鳥を希い、真白は銀華と共に駆けた。嗾けた魄喰らう植物は蔦を伸ばして敵を絡め取り、ボクスドラゴンの体当たりの衝撃を玻璃の内側まで響かせる。
 直後、無数に走った罅が透ける体を濁らせた。
「結局は、分からないから怖いんだよな」
 心は彼の人の元へ馳せたまま、サイファは夢喰いに飛び乗り屠りの短刀を突き立てる。
「話そうよ。待ってるから、さ」
 そろりと言うサイファの一撃に、尾羽の多くが光と消え逝く様を見つめ、道行を示すよう先に波紋を広げた玉響を追って郁も鳥へ迫った。
(「幸せの青い鳥は、身近に居ると言います。この恐れも不安も、幸せに繋がる一足なのでしょうか? もし、そうなら」)
 ――いつか平気になれる時まで。
「恐れを抱えていられる強さを、私は持ちたい」
 あえかな冀求が乗った虚ろな刃が右脚を捥ぎ、続いたアルルカンの月陽、二振りの舞が左の翼を玻璃塊に変える。
 しかし、何をか啄もうと嘴だけは蠢き。それを真正面に見据え、ジルカは手を差し伸べた。
「君みたいに、俺も、食べて自分のものにしてしまえる……?」
 飲み込めない、捨ててしまいたい。でも、誰かにあげてしまうのは、きっと違うから。
「きみに、あげる」
 差し出せない恐れの代わりに、ジルカはベニトアイトの煌き宿す幻の大鎌で現を薙ぐ。
 そう。恐れと向き合うのは大切な事。駆ける最中は覚えねど、立ち止まると襲い来るそれこそ、進むべき明日の標となるものだから。
「奪い去ってくれとは言わないわね。だって、それは逃げでしょう?」
 誇り高く笑い、藍は虹色の光彩を帯びた星銀の弾丸を指先から幾つも放つ。重ね、撃ち込まれる、心の臓を止める楔。混じる様々な色の光に、夢喰いは命を喪い鳥の形を失った。
(「でも。やっぱり……」)
 すぐに変われぬのも、また人ゆえに。郁は夜に溶け逝く青い光へ無意識に手を伸ばし、叶わぬ願いに儚く笑う。

 徐々に強くなればいい。
 三寒四温を繰り返し、柔い春が芽吹くように。
 そうすれば何時かきっと、前へ進める日が――。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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