蒼穹を駆ける風

作者:椎名遥

 一体何が起こったのか。
 それを知ることができた者は、その場に一人もいなかっただろう。
「……?」
 巨大な何かが、一瞬で通り過ぎて行った。
 同時に、何かがぶつかったような軽い衝撃を受けて。
 ――そして、世界がズレる。
「――え?」
 木々が、ビルが、そして人が。
 並びも硬さも関係なく、通り過ぎて行った何かが描いた六筋の線に沿って滑り崩れ落ちて――。
 一瞬遅れて襲ってきた豪風によって、その全てが吹き飛ばされた。
「よし、次だ」
 その『何か』――三対の硬質の翼を持った青竜は、自らが起こした惨劇を一瞥すると、身を翻して翼をはばたかせる。
 誰よりも速く、何よりも速く。
 彼はそれだけを願い、そうして進化を重ねてきた。
 ただの一人も彼から逃げられるものはなく、彼に追いつけるものもなかった。
 ……だが、今、彼の背には『死』の手が届かんとしている。
 もはや、その身は故郷の地を踏むことはおろか、明日を迎えることも叶わないだろう。
 ――だからこそ、彼はその命を燃やし尽くすことを選んだ。
 人がドラゴンへ抱く恐怖と憎悪。それが深ければ深いほどに、仲間たちを蝕む病は進行を遅くする。
 この命が尽きるまで死と破壊をまき散らせば、それだけ多くの仲間を助けることができるだろう。

「行くぞ、我が翼。我らが同胞のため、この命が果てるまでどこまでも駆け抜けろ!」


 集まったケルベロスたちに一礼すると、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は説明を始める。
「竜十字島より現れたドラゴンが、街を襲うことが予知されました」
「!」
 硬い表情で告げられたセリカの言葉に、ケルベロスたちの表情にも緊張が走る。
 デウスエクス・ドラゴニア。究極の戦闘種族とうたわれるほどに強大な存在であり、今集まっているケルベロスだけで戦うのは至難となる相手である。
 ――本来であれば。
「……このドラゴンは、定命化によって死を目前にしています」
 デウスエクスが地球の重力に魂を引かれたことによって起こる定命化。
 それは、地球を愛するようにならなかったデウスエクスの命を奪い去る致死性の病。
 このドラゴンも例外ではなく、定命化が起こり時がたってしまえば死は避けられない。
「ですが、多くの人からの恐怖と憎悪を集めることができれば、仲間のドラゴンの定命化を遅らせることができます」
 それはつまり、
「自分の命を捨ててでも仲間たちを助けること。それがこのドラゴンの目的なのでしょう」
 この目論見が成功してしまえば、多くのグラビティ・チェインが奪われると同時に、竜十字島のドラゴン勢力が定命化までの時間的猶予を得ることになる。
「人々を守り、ドラゴン勢力に時間を与えないためにも、このドラゴンを撃退してください」
 そう言って、セリカは地図を広げる。
 最初に指さすのは東京の遥か東に存在する竜十字島。そこからまっすぐに仙台へと彼女の指は動いてゆく。
「このドラゴンは、魔空回廊を使わずに竜十字島から仙台へと飛来して、最初に目についた街で殺戮を始めます」
 狙われる町は予知によってわかっているために、先回りして迎撃の準備をすることはできる。
 だが、事前に人々を避難させた場合、ドラゴンの狙いが避難中の人々に変わってしまう危険があるために、かえって人々を危険にさらすことになりかねない。
 そのため、人々には町中に設定した避難所に集まってもらい、それを守る形で迎撃を行うことになる。
 その舞台となるのは、海岸沿いに作られ海上からでも目を引いただろう観覧車を持つ遊園地。その中に作られた広場がドラゴンとの戦場となる。
 事前の要請によって戦闘の邪魔になるようなものは撤去されているので、足場を気にする必要はない。
 また、飛来したドラゴンは迂回や逃走を選ぶことなく、最期まで戦い続けることを選ぶ。
「ですので、みなさんが立っている限りドラゴンが街へ向かうことはありません。背後の人々のことは気にせずに――ドラゴンと戦うことに、全力を向けてください」
 首肯するケルベロスたちに小さく頷きを返すと、セリカは相手の戦力の説明に移る。
「みなさんと戦うことになるのは、青い鱗に三対六翼の翼を持ったドラゴンです」
 相手は一体のみで、定命化が進行して死に瀕しているために体力は減少している。
 だが、その身に備えた武器は健在である。
「多くの翼を持っていることから想像できるかもしれませんが、このドラゴンは速度に特化しています」
 戦場を飛び回れば迂闊な攻撃では影に触れることも叶わず、一瞬で距離を詰めて振るわれる鋭利な爪と翼は速度に長けた者でも回避することは難しい。
 力や理力の分野に引き込めればその身を捉えることもできるだろうが……反撃が致命の一撃となる恐れもあるために、無策で挑むのは危険だろう。
 さらに……速度以上の武器が、二つ。
「このドラゴンには覚悟と意地があります。自分の命を失うことになる覚悟と、仲間を助けるための意地が」
 ケルベロスたちの背中には多くの人々の命がある。
 そして、ドラゴンの背にもまた、多くの同胞の命がある。
 戦力差を埋めるための作戦と、相手の覚悟と意地を押し返すだけの意思と。どちらが欠けてもドラゴンを退けることは難しいだろう。
「物理的にも精神的にも厳しい戦いになります。ですが、負けるわけにはいきません――ご武運を」


参加者
ベルフェゴール・ヴァーミリオン(未来への種・e00211)
ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)
神薙・焔(ガトリングガンブラスター・e00663)
斎藤・斎(修羅・e04127)
クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)
南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)
空舟・法華(発芽っ子クラブ・e25433)
藤堂・水蓮(運否天賦・e25858)

■リプレイ

「……来たよ」
 水平線の先、ぽつりと浮かんだ青い点を見つめてベルフェゴール・ヴァーミリオン(未来への種・e00211)は仲間たちに声をかける。
 普段と変わらない落ち着いた声ではあるものの……少しだけ握りを強めた掌が、その胸の内を語っている。
 見る間に大きさを増してゆくその点は、個体最強の戦闘種族とまで呼ばれるデウスエクス『ドラゴン』の一体。
 定命化によって死を目前とし、体力を大きく失っていても……否、そうだからこそ、ある面では普段以上の強さになっているともいえるのだ。
「死を目の前にして同胞の為に戦いますか………何やら多くの霊を看取っていた昔を思い出す気もしますが」
「ドラゴンも必死のようですね、仲間を守りたい救いたいという気持ちはわかりますが……!」
 そう、仲間のために命を懸けるその気持ちは、今ケルベロスたちが抱いているものと近しいもの。
 それをわかってしまうことに、藤堂・水蓮(運否天賦・e25858)と南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)は悲しそうに顔を曇らせて、
「敵とはいえ、死を前に同胞の為その命を使うその精神は見事」
「だけど、そのやり方を認めるわけにはいかないからね……退治させてもらう」
 ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)とクレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)はそっと得物に手をかける。
「ケルベロスになって丁度一年。この大きな試練、乗り越えてみせます」
「頑張りましょう、プリン!」
 鎖を握る空舟・法華(発芽っ子クラブ・e25433)に頷きを返し、夢姫が手にした剣で地面に守護星座を描きだし、その上に浮かんだウイングキャットの『プリン』が邪気を祓う羽ばたきを起こす。
 呪いを阻む二重の加護の中で、法華は鎖を展開して守りの魔法陣を描きだし――。
 ――直後、ドゥ、と大気を震わせて、急激に加速した青竜が彼女の間近に現れる。
 百メートル以上はあった残りの距離を、瞬く間に零にして。
(「速い!」)
「――試しだ、凌いで見せろ」
 声が響くと同時に、竜の形をした暴風が吹き荒れる。
 風切る竜の羽撃きは数多の刃となって、例外なくその場の全てに振るわれる。
 建物を、照明を、そして人を。
「――くっ!」
 守りの鎖を越えてなお、受けた大剣越しに伝わる衝撃に斎藤・斎(修羅・e04127)は小さく声を漏らし、わずかに回避の遅れたクレーエを刃が襲う。
 疾風の如き速さでクレーエの首筋へと振るわれる刃は――。
「くっ――ぁああーー!」
 その寸前で、走り込んだ神薙・焔(ガトリングガンブラスター・e00663)によって受け止められる。
 腕を覆ったオウガメタルを切り裂いて、肌に食い込む刃にも臆することなく、自らを、仲間を鼓舞するように雄叫びを上げて、焔は刃を押し返す。
 無論、疾駆する竜の翼を止めることなど一人の力では叶わない。
 一瞬だけ動きを鈍らせた翼は、次の瞬間には焔の腕から離れて刃の風へと変わる。
 ――だが、
「いきます!」
 その一瞬で刃の中を走り抜け、水蓮が脚を振るう。
 電光石火の速さで放たれた水蓮の蹴撃はしかし、寸前で身を翻した竜の鱗を掠めるにとどまるが、
「……そこだね」
 身を翻し、速度を落とした瞬間を狙ってベルフェゴールが放った気咬弾が、翼の守りをすり抜けてその付け根に喰らいつき、
「「はっ!」」
 翼を打たれ足を止めた竜に、焔と入れ替わるように踏み込んだクレーエが手にした二刀を十字に振るい。
 同時に、逆側から飛び込んだギルボークが霊力を宿した刃を振るう。
 左右から振り下ろされる刃が竜の鱗を切り裂き――同時に、動きを取り戻した六翼が乱舞して二人を後方へと吹き飛ばし、その間隙を抜けて竜はケルベロスから距離をとる。
 その間に焔の手から溢れ出す光が仲間たちを包み込み、傷を癒してゆく。
 そして、
「――ほう」
 竜の口から洩れるのは、感嘆の声。
 六翼の一つに残る十字の跡、翼の付け根に受けた気弾、胸元についた一筋の刀傷。
 いずれも致命傷には程遠い。
 だが、ケルベロスたちが無力ではないことを示すには十分な傷。
「わたし達も人々を守り抜かなければならないのです……! なので絶対にここから先へは行かせません!」
「守る仲間がいるのはこちらも同じことだ」
 武器を握りしめた夢姫に、竜は静かに言葉を返す。
 互いに、その背には同胞の命を背負って立っている。
 仲間を思い、救おうとする意志はどちらも同じ。
 そして、共存することがかなわない以上、取れる手段は一つだけ。
「ならば――」
「――ええ」
 竜の視線を真正面から受け止めて、焔は燐光を放つ地獄の炎を身に纏う。
 もはや互いに言葉は必要ない。
 再び竜はその身を風に変え、それを断ち切らんと抜刀の構えからギルボークが刃を振るう。
「その力が人々に向かうよりも速くその翼を叩き切って見せましょう!」
「ならば――汝らを蹂躙し、その背後にある者すべて、守り手を失った絶望と共に喰らうのみ!」


 再度、翼の嵐が吹き荒れる。
「さあ、勝負はここからよ!」
「皆さん、気を付けてくださいね」
 焔と夢姫が放つ、感覚を覚醒させるオウガ粒子の光に包まれてギルボークが走る。
 頭上から振るわれる翼を半歩横へ踏み込んでかわし、その動きのままに繰り出す刺突は別の翼に捌かれて。
 さらに返しで振るわれる翼を受け流しつつ、勢いに逆らわずに後ろへと跳躍する。
(「……流石ですね」)
 竜から距離をとって、ギルボークは胸の内で小さく感嘆の声を漏らす。
 高い実力、特化した敏捷、攻守両面に長けた立ち位置。
 都合三重となる強化を受けて鋭さを増した刃でも、敏捷比べで相手を捉えるのは容易ではなく。
 続けて使われて目が慣れているにもかかわらず、振るわれる翼は十分すぎるほどの鋭さで襲い来る。
 ――だから、まずはその足を止める。
「絶対に逃がさないからね……」
 ハンマーを砲撃形態に変化させて、ベルフェゴールが撃ちだす竜砲弾。
 それは、寸前で竜の爪に切り払われるが……。
「逃がさないと言ったはずです」
 その真後ろに隠して撃ち込まれた水蓮の竜砲弾が、爪を振りぬいた直後の竜の体に直撃する。
 衝撃が体を揺らし、竜は怒りの声を上げて――その目に、黒い影がよぎる。
「動きを止め、息を止め、生を止め……休んだらいいよ、オヤスミナサイ」
 竜の視界で舞い踊るその影は、クレーエの生み出した黒い羽根。
 それは、彼の体内に宿る《悪夢》の残滓。
 《怠惰》を体現する、黒き翼を持つ悪魔の化身の黒き羽根。
 その羽根が触れるたび、竜の心から気力が失われてゆく。
 戦うことも、身体を動かす事も、息をする事も……生きる事でさえ。
「おのれ――!?」
 竜が無気力に捕らわれていたのは、時間にすればわずかなものでしかない。
 だが、それで十分。
 棒立ちになった竜に、斎は大きく跳躍すると地獄の炎を纏った大剣を振り下ろす。
「この武器は、竜牙竜星雨の中で勝ち取った竜殺しの大剣。ドラゴンを殺す『聖毒』を身に受けて、苦悶のうちに倒れるといい」
「我らが身を蝕む病に比べれば、聖毒など甘露に過ぎぬ……その程度で倒れると思うな!」
 身を焼く炎の熱に竜は咆哮を上げ、爪を閃かせ、翼を振るう。
 繰り返される嵐の中、焔の呼び出す小型のドローンが仲間たちを守り、それを薙ぎ払って襲い来る翼を法華が巡らせる鎖の守護法陣が受け止めて。
 それでも防ぎきれず傷ついた仲間たちを、夢姫の呼び出すピンク色の蝶とプリンの起こす羽ばたきが包み込んで癒してゆく。
 そうして、繰り返し襲い来る翼の乱撃や爪の一閃を受け、かわし、反撃を返して戦いは続く。
 ……続いてしまう。
「……まずいですね」
「ええ……長引かせたくなかったのですが」
 幾度目かの攻撃を交わして、長引く戦闘に水蓮とギルボークが表情を曇らせる。
 見切りを加えてなお高い命中を誇る竜の猛攻。単体で高い威力を誇る爪と、広域を切り払う翼。
 それに持ちこたえられているのは、プリンと共に回復に専念している夢姫に加えて、ディフェンダーである焔と法華の二人が防御と回復に専念しているからだ。
 でもそれは、攻撃面が手薄になるのと引き換えでもある。
 それを補うために、相手の足を止めて攻撃を通りやすくした。
 それは間違いではない。だが、その上で、もう一押しが足りない。
 定命化によって体力を失っているとはいえ、竜の武器は未だ健在なのだから。
 短期決戦は難しくとも、長引けば回復しきれないダメージが積み重なって戦線が崩れる危険は高くなる。
 無論、竜にもこれまでの攻防のダメージはたまっている。
「引導を、その身に刻んで差し上げます!」
「これで、どうだ!」
 炎を纏う斎の斬撃とギルボークの放つ氷の拳を受けた竜の声には余裕の色は既になく、限界が近いことを示してくる。
 押し切れるのか、それとも……。
 直後、事態が動く。
 それまで止まることなく戦場を駆けて爪や翼を振るっていた竜が、動きを変えて大きく飛び上がったのだ。
「逃げる……?」
 その動きにベルフェゴールが眉を寄せ、仲間に声をかけて。
 ――直後、急降下してきた竜が彼らの頭上を通過する。
「くっ、何を!?」
 高速で通り過ぎた竜が生み出す風が、衝撃波となってケルベロス達を襲う。
 それまで見せることの無かった、竜の衝撃波による攻撃。
 それは、これまで見せていた爪や翼による攻撃と比べれば、精度も威力も低いものでしかない。
 動きを変化させた竜に、わずかに困惑を交えながらも攻撃を再開し……。
「――だめです、避けてください!」
 叫ぶような夢姫の声。それと同時に翼の嵐が吹き荒れる。
 それまでの敏捷特化のタイミングを衝撃波を交えて紛らせて、開幕直後に比べればやや劣るとはいえど、先程までとは鋭さの違う嵐が。
「Noch――まだ、よ……」
 そして、嵐が収まったとき、仲間たちを庇って幾度となく攻撃を受け止めていた焔が膝をつく。
「焔さん!」
 夢姫の呼びかけに答える力もなく、倒れこむ焔。
 さらに、彼女の目の前で竜はその六翼を広げる。
 再度翼の乱撃が振るわれれば、戦線は――。
 その翼が振るわれるよりも早く、竜の前に法華が走り込む。
「速さ比べをしましょう――其の虫為るや、進むを知りて却くを知らず」
 詠うような彼女の言葉が呼び出すのは、刃を捧げた銀色の蟷螂型ローカストの幻影。
 幻影が静かな殺気と共に竜に向けて鎌を一閃するのと、竜が反射的に爪を一閃するのはほぼ同時。
 勝ったのは竜で、一閃した爪は幻影もろともに法華を切り裂く――けれど。
(「……うまくいきましたか」)
 痛みと共に体から力が抜けてゆくことを感じながら、法華は竜を見据える。
 自分も竜も敏捷に特化しているけれど、自分には助け合える仲間たちがいる。
「接近戦はあまり得意じゃないんだけど……そうも言っていられないね」
 大量の幻影のミサイルと共に、踏み込んだベルフェゴールが剣を閃かせて無数の斬撃を撃ち放ち。
「もう、終わりにしよう」
「容赦はしませんよ」
 クレーエの舞い散らせる黒い羽根が生命力を奪い、水蓮の放つ木の葉のような刃が竜を切り刻んでその身を侵す呪縛を倍加させる。
 自分に使わせた一手分、仲間たちは手を進められた。
 足りなかった一押しに、もう少しで手が届くくらいに。
 だから、
(「……私の、勝ちですね」)
 そう、小さく笑って法華は倒れる。
 残る前衛、攻撃の要である斎とギルボークも、限界は近い。
 それでも、誰一人退くことは考えていない。
 それは無謀とも言えることかもしれないが……。
「引く気はないようだな」
「ええ。お互いに」
「私達も、多くの人の命を背負った身ですから」
 刀を鞘に納めて姿勢を低くするギルボーク、剣を構える斎。
 そして――駆ける。
「失墜の黄金・叫ぶ骨は死に躍り・狂う臓腑は怒りに焚かれる・恨め・恨め・恨め・恨め・都度繰り返しなお盲い・刃に吼ゆる魔を宿さん!」
 斎が自らの心臓に降ろすのは、遠き場所に置き忘れてきた記憶の残響。
 噴き上げる黄金色の怨嗟の炎は腕を伝い、静止の地獄を伴って武器へと宿る。
「天権の貫き、空を駆ける!」
 ギルボークが放つのは七天抜刀術・志の太刀【弾空】。
 空を飛ぶ弾丸の如き動きで納刀から急所への刺突を繰り出す、速さを重視した七天抜刀術の一つ。
 どちらの技も相手の得意分野である速さでの勝負。
 それでも、自然と体はその技を選んでいた。
 それは相手への敬意か、それとも別の思いからか。
 そして――。

「……届かぬか」
「僕達の、勝ちです」
 振り下ろす竜の爪は斎の大剣によって断ち切られ、送り込まれた地獄によって腕は降りぬく寸前で動きを止めて。
 その間を抜け、突き出されたギルボークの太刀が心臓を貫き、戦いに終わりを告げた。


「大丈夫。傷は深いけれど、ちゃんと治るよ」
 静けさの戻った戦場で、まだ意識の戻らない焔の様子を見て、クレーエは安心したように息をつく。
「問います。なぜ、我々を迂回して市民を狩る事を選択しなかったのですか?」
 地に伏せ崩れてゆく竜に、立ち上がる余力もないままに斎は問いかける。
 あれほどの速さを以て戦場を駆けた竜であれば、ケルベロスたちを振り切って市民を虐殺しに行くことも容易かったはず。
 それなのに、この竜は最後までそのような素振りを見せなかった。
 斎と同じく、竜の逃走を警戒していたベルフェゴールも見つめる中で、
「敗走の果てに弱者を狩るような者が、どれだけ恐れられる? それでは本末転倒だろうが」
 そう、竜は応える。
 憎悪と恐怖を得ることこそが目的なのだから、背を見せて逃げることはできなかったと。
「そうでしたか」
「あなたと戦えたこと、ケルベロスとして光栄に思いますよ」
 深々と礼をするギルボークや水蓮に、苦笑を返して。
「そのような顔を向けるな――我を恐れよ、我を憎め。我らはドラゴン。地球を喰らいつくす、邪悪な侵略者なるぞ」
 どこか楽しそうに、そう言って。
 竜は崩れ去っていった。
「…………」
 夢姫の肩を借りて立ちながら、法華はその光景を心に刻み込む。
 自分の命で仲間の未来を紡ぐと誓うなら、独り逝く覚悟も必要で。
 この竜の姿は、明日の我が身、我が友の姿かもしれないのだ。
 その覚悟は大切な誇りでもあるけれど……それでも、独りで逝かせてしまうのは悲しい。
 だから、
(「強くなりたいです。仲間の為なら己を殺せる覚悟を持つあなたのような方の傍で、私が決して死なせはしないと誓える強さが」)

作者:椎名遥 重傷:神薙・焔(ガトリングガンブラスター・e00663) 空舟・法華(回向・e25433) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月11日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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