十和田湖に何かが現れるようです

作者:遠藤にんし


「マジで! 見たんだって!」
 食い下がる少年に対して、近くのクラスメイトの男の子たちは肩をすくめる。
「お前が見たわけじゃないんだろ?」
「でも! 俺の姉ちゃんの友達のお隣さんの彼氏が見たって!」
「伝聞がすごいな!」
 彼らが前にしているのは、十和田湖。
 ここにネッシー的な生物が出る……という噂があって訪れたのだが、少年以外はあまり興味がない様子。
「とりあえず俺らその辺で時間潰してるから、いたら呼んで」
「えっ! あ、ちょっと……」
 呼び止めようとする少年に背を向け、さっさとどっかに行くクラスメイト達。
 少年はしばししょんぼりしていたが、気を取り直して湖に向き直る。
「よし、見付けるぞ!」
 ――気合を入れ直す少年の背に、何かが当たる。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 背後から心臓を穿つ鍵――少年が倒れると共に、湖には巨大なUMA・ネッシー型のモザイクが生み出される。
 揺れる少年の姿は、湖の中に沈んで消えた。
 

「急がなければいけないな」
 厳しい表情のフィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308) に、冴はうなずく。
「時間がないから手早く説明させてもらう。第五の魔女・アウゲイアスが生み出したドリームイーターが十和田湖に出現した。これを倒し、意識を失って湖に沈んだ少年を救出して欲しい」
 ドリームイーターはUMA・ネッシーのような姿で、十和田湖を遊泳している。
「大きいしモザイク模様だから、見失うことはないはずだ」
 陸上で戦うこともできるし、水中に潜って戦うこともできる……どちらを選んでも、有利不利に影響はないはずだ、と冴。
「敵は1体、油断しなければ勝てるとは思うが、用心はして欲しい」
 何より、意識を失って湖に落ちてしまった少年もいる。
「彼を死なせたくなければ、湖に潜って、急いですくい上げなければいけないね」


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
ジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)
燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184)
マグル・コンフィ(地球人のキンダーウィッチ・e03345)
ミルカ・アトリー(タイニーフォートレス・e04000)
雨宮・流人(紫煙を纏うガンスリンガー・e11140)
エルム・ユークリッド(夜に融ける炎・e14095)
玄乃・こころ(夢喰狩人・e28168)

■リプレイ


「さきに、ぼくのしごと、すませてくる」
 微塵のためらいもなく、伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)は冷たい湖へと飛び込む。
 どぼーん、という小さな声と共に沈んだ勇名。水中呼吸もあるので酸素などの問題はないが、勇名は速やかに少年の姿を探した。
 ミルカ・アトリー(タイニーフォートレス・e04000)は水中へ消えた勇名から、目の前の敵へと目を移す――モザイクで覆われていても、その異形は海獣めいていた。
「自らモザイクかけてる姿は、シュールだなあ」
 水中で蠢く何者かの存在を感じたのか、ドリームイーターが訝るように水面に首を向ける。
 ひとつ翼を打ち、ミルカはその首筋へとエクスカリバールを突き刺した。
 分厚い体表が裂ける。肉に到達する感触が、得物越しにミルカに伝わる。
「ぁ? 文句あんのかよ」
 燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184)の負う黒き日輪を見たのはドリームイーターのみ。熱波に焦がれたドリームイーターは身をよじり、亞狼へと牙を剥く。
 牙を鉄塊剣で受け止める亞狼。ドリームイーターと睨み合ったまま、声を張った。
「おぅそっち頼まぁ」
 返答は、ジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)から立ちのぼる青黒いオーラ。
 不定形のそれはうねりながらドリームイーターに向かい、モザイクの肉体を黒々と汚す。
「ライトニングウォールを頼む」
 言葉に、小瀬・アキヒト(オラトリオのウィッチドクター・en0058)も呼応。
 ロウジーは黒い翼から風を生み、小さな口を開ける。
「にゃあ」
「僕じゃない」
 刹那、姿を眩ますエルム・ユークリッド(夜に融ける炎・e14095)――再び現れた時、ドリームイーターの背には深々と傷が刻まれていた。
「ガラン、往って」
 玄乃・こころ(夢喰狩人・e28168)の呼びかけに、ミミック『ガラン』はドリームイーターに飛びかかって傷痕をほじくり返す。
「伽藍開封、守護星陣」
 広がる星座の輝きは、ガランの発するエクトプラズムのよう。星々はアキヒトの雷の力と絡み合い、守りの布陣を固める――更に、雨宮・流人(紫煙を纏うガンスリンガー・e11140)のケルベロスチェインまでも加わった。
「まずはこいつだ。これでだいぶ凌げるだろ」
 ドリームイーターは巨体を屈めるようにして陸上に揃ったケルベロスたちを睨み、喉の奥から野太い呻きを上げる。
 このドリームイーターの注意は陸上に向けられており、水中は気にする余裕もないようだ……救助の妨害は受けずに済みそうだと思い、流人は安堵した。
 再び攻撃に動き出そうとするドリームイーターの様子に、マグル・コンフィ(地球人のキンダーウィッチ・e03345)はケルベロスコートを脱ぎ捨てる。
 ばさっと音を立て、地に落ちるケルベロスコート。シャーマンゴーストのマンゴーは祈りを流人に向け、ここから始まる戦いのための力を備えさせる。
「避雷針よ、蓄えたその力を解放せよ! 築け! 高くそびえるその壁を!」
 マグルの掲げるライトニングロッドから雷が迸る――ヘリオライトのネックレスが雷光を受け、輝いていた。


 ミルカの突き出した掌に、白銀の力が蠢く。
 ドリームイーターもそれに気付いてか滞空しているミルカを見上げるが、蠢く白銀が龍の形を取った瞬間ミルカは翼を畳み、陸へと降り立つ。
 急降下について行けないドリームイーターの顎へと、生み出されたドラゴンの幻影が食らいつく。
 衝撃によろめくドリームイーターは、ざぶんと水の中に沈んだ――代わりに水面から顔を出したのは、無事少年を救い上げた勇名。
 少年と自分の顔を水面から出して気道を確保し、勇名は水中のドリームイーターへとアームドフォートと向けて主砲斉射。
 攻撃の反動で吹き飛ぶ勇名自身と少年――勇名は自ら体勢を立て直し、戦列に加わる。
「おまたせ。あっちは、だいじょぶ」
 少年のことは空中で離していたが、そちらはサポートで待ち構えていた者が拾い上げた。
 水を吐かせ、ヒールし、バスタオルで体を拭き、ライダースジャケットを掛けてやる……準備万端の介抱により、ほどなくして少年はうっすら目を開ける。
「今なら怪獣とヒーローの大決戦が見られるぜ?」
 まだ曖昧なところもあるのか、少年の焦点は怪しい。
 ぼうっと辺りを見回す少年と目が合ったのは、ジョージ。
「余計な妄想をしたばかりに、随分災難なことだ」
 肩をすくめて笑うジョージは、大型ナイフの鞘から鉄製の暗器を取り出す。
 無骨なそれから生え出でる釘はやはり無骨。ざばっと勢いよく飛び出てきたドリームイーターの頭部に、こちらも勢いよく振り下ろした。
 肉薄のあまり、湖に突っ込みそうになるジョージ……しかしドリームイーターの体を蹴って退却し、どうにか陸上に留まる。
「……こんな季節に水泳なんて、俺は遠慮したいもんだぜ」
 だからこそ潜り、少年を助け出した勇名の助けはありがたい。
 ぐねぐねと体を動かすドリームイーターの動きに、マンゴーの放つ炎はぎりぎりのところで届かない。
「当たらなければ意味がないってか? だったら当たるようにするだけさ」
 挑発的な言葉が分かったのだろうか、ドリームイーターはぐるんと流人に向き直ると、モザイクまみれの頭部を猛然と振って立ち向かう。
 受け流そうとする流人だったが、目の前でめまぐるしく揺れるモザイク模様は惑乱を誘う。
 ふっと意識が遠くなる――癒しを向け、攻撃を与えるべき対象が分からなくなりかける――そんな流人へと迫る漆黒の姿は、マグルのもの。
「今、治します!」
 強引な魔術切開が流人の視界をクリアにし、ショック打撃が正気を取り戻させる。
 がんがんと響くような痛みはダメージの残滓だが、それもすぐに引いた。
 陸地へ乗り出さんばかりに迫るからこそ、ドリームイーターの巨体は際立つ。
「図体だけは大したものね。中身はどうせ空っぽだろうけど」
 ガランのばら撒いた黄金の中、こころは声を張る。
「伽藍開封、爆炎靭」
 地を滑る足元から炎の線。焼き尽くさんと、それはドリームイーターへ殺到する。
 エルムのブラックスライムが象るものは、どことなくロウジーに似ている。
 飛びかかって幾重にも浅い傷を刻むブラックスライム。抵抗するドリームイーターが暴れれば飛沫が散り、浴びたロウジーは不機嫌にくしゃみをする。
 清らかな風を吹かせ、白手袋の前足で顔を綺麗に。エルムはそんな姿を見やってから、ブラックスライムを手元に引き寄せる。
「ぁ? うるせーよ」
 水を叩くばしゃばしゃという音に舌打ち、亞狼はドリームイーターに肉薄する。
 仲間の攻撃が辺りをすり抜けようとも、敵の攻撃が身を打とうとも気にする素振りはない――そんなことに気を取られて、攻撃の手が鈍ることこそが不愉快だから。
 既に距離は零、叩きつけた。
 腕力のままの一撃は、単純だからこそ苛烈だった。


 きらきら輝くモザイクが、ドリームイーターの体を覆うのをエルムは見逃さない。
 バスターライフルから放たれる弾丸が纏うのは地獄の炎。軌跡を描く燃ゆる弾丸は、ドリームイーターの内側深くに食い込んだ。
 容赦なくダメージを稼ぐエルムに、ロウジーも鋭い爪で続く。
 エルムとロウジー、続けざまの攻撃に癒しも台無しにされ、愚弄されたとばかりにドリームイーターは猛る。
「……歓迎するぜ」
 迫りくるドリームイーターを迎え入れ、真っ向から惨殺ナイフを突き立てるジョージ。
 もっと深く、貫こうと上体をひねる――痛みに低く唸りながらも、生まれた隙にドリームイーターはヒレを叩きつける。
 ダメージはジョージの視界を不確かにするが、それで動きを止めることはない――蝋燭の灯の幻影が、彼を苛もうとも。
 虚無が心を支配した――ドリームイーターが退いた後も傷痕は増え続ける――ナイフを振るうジョージの動きは、なぜか機械的にすら見える。
「……ガキの生んだ幻だ。存在も、痛みも、何もかも」
 幻影を阻んだのは、マグルの築いた雷の壁。
 マンゴーはドリームイーターの霊魂を裂き、ドリームイーターを遠ざけた……傷を負った者はと見回すマグルの視線と、前衛に立ちながらも戦況把握のために見渡していた亞狼の視線が合う。
「いけるっつの」
 体力を気遣うマグルの視線に返答、亞狼は眩い闇でドリームイーターを引きつける。
 装甲『Arrow's Armor/Amadeus』に細かい傷がつこうとも、亞狼は気にかけもせず日輪を向ける。
 損耗があるのはドリームイーターも同じ。もはや、攻撃だけで押し切って勝つことも可能だった。
 ――しかし、流人は癒しを施す。
「フレンドリィファイアってわけじゃねぇ。避けずに受け取ってくれ」
 左手に握る、白銀のリボルバーは仲間へと向けられている。
「ちょいと熱いだろうが我慢しな」
 弾丸を受けるのは前列の仲間たち。
 地獄の炎は仲間を焼かず、破壊の力として備わった。
 弾丸飛び交う中、小柄な体躯を更に屈めて勇名はバスターライフルを構える。
「どかーん」
 凍てつく波動の射出――すぐさまその場を退却し、勇名は地を蹴って後退した。
 エクトプラズムは鎌を象ってドリームイーターを斬り、ガランは口を閉じるとこころの腕の中に収まる。
 こころが両腕に抱いたガランが、変貌する。
「伽藍開封、断滅……爆ぜろ!」
 心のままに、エクトプラズムが奔る――渦巻きながらもドリームイーターに追いすがり、巨体すらも飲み干した。
 焼かれ、裂かれ、ドリームイーターは目を見開いて咆哮を上げた――負った傷の深さに猛る様子に、戦場の外にいる少年はびくっと肩を震わせる。
 しかし、少年より至近にいるミルカは決して臆さない。どころか攻撃を重ねるなら今だと冷静に判断を下して、ホーミングレーザーを放つ。
「フォトンドライブ、モード・フレア!」
 膨れ上がる熱気は臨界点を迎え、閃光と共に爆発音を轟かせる。
 鮮烈さが全てを埋め尽くし、
 湖畔は、静けさを取り戻す。


「後は任せたぜ」
 言い残し、亞狼は芋けんぴGOLDをぼりぼりやりつつアイズフォンで近隣情報を検索。
「お、このへんヒメマスか……どれ食えるトコわと……」
 去りゆく亞狼を見送るともなく眺めていた勇名は、眠たげにミルカへともたれかかる。
「しっかり倒せたな」
 もたれる勇名をそのままに、ミルカはUMAの失せた湖を眺めている。
 ……もっとも、UMAの正体がモザイクまみれのドリームイーターではロマンも何もなかったが。
 ネッシー的な生き物がいたら面白いのに、というのはエルムも同感。
「出来れば人を襲わないでいてくれるといいな」
 人に危害を加える存在がある限り、ケルベロスは武器を振るわなければいけない――小脇に抱えられたロウジーは癒しの風を与え、十和田湖にさざ波を立てる。
「湖の秘密、素敵よね」
 少年に屈みこんで言うこころに、ガランも寄り添っている。
「想像と冒険は悪い事じゃないわ」
 想像力を悪意に換える、その存在が悪いだけ――言葉にはしないこころの意図を察して、流人も声をかける。
「災難だったな、坊主。怪我はないか?」
 幸いにも、怪我を負った様子はない。それでも念のためとマンゴーに祈らせ、マグルは少年に冬のフルーツタルトを差し出す。
「春になったとはいえまだ水は冷たいですから体力を消耗したでしょう、甘いものでもどうですか?」
 和やかな雰囲気から湖に目をやったジョージは、そういえば、と思う。
(「……ここも、夜にはキャンドルでライトアップするんだったな」)
 夜までここに滞在していようかという考えを打ち消したのは、戦いの中で見た蝋燭があったから。
(「今日はもう、帰って飲むか」)
 蝋燭の明かりは戦いの中の幻。しかし幻を生んだ原因は――。
 十和田湖を揺らすのは、今は風ばかりだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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