スクール・デイ ~萩原雪継の誕生日~

作者:ふじもりみきや

 陽のあたる廊下を萩原・雪継(地球人の刀剣士・en0037)は歩いていた。学校、放課後。せわしなく行きかう学生たちに交じって、雪継も校門を目指す。
 途中、知り合いに声をかけられて振り返り足を止めた。一言、二言。言葉を交わすと、相手は片手を上げて走り出す。それを軽く手を振って雪継は見送った。
 萩原雪継。
 高校一年生。
 一言で言ってしまえば性格は温厚。成績は良好。
 放課後は大体バイトに明け暮れているが、友人もそれなりにいて付き合いも悪くはない。
 やや積極さに欠けるが、実のところ好奇心は旺盛で声をかけられればどこへでも顔を出す。
 そんな割と、どこの世界でも珍しくない。取り立てて特別なこともないような高校生が彼だった。
 だが……、
「……?」
 ふと、明日の予定を埋めて友人に挨拶して別れ。一歩踏み出そうとしたところで、雪継はもう一度歩を止めた。
 掲示板には一枚のチラシ。派手に鮮やかに描かれたそれは、「学園祭のお知らせ」と書かれていた……。

「学園祭、行きませんか?」
 雪継の言葉に、浅櫻・月子(オラトリオのヘリオライダー・en0036)は瞬きを一つして読みかけの本から顔を上げた。
「学園祭?」
「そうです。結構はっちゃけてて、色々あるので楽しそうですよ。定番の焼きそばにお好み焼き、冥土喫茶店はもちろん、「あなたも犬の着ぐるみが着れる」ドッグカフェとか、古代エジプトミイラ体験コーナーとか、必殺お化け屋敷に……」
「……待て、ちょっと待て」
 月子は軽く額に手を宛てて頭痛を抑えるような仕草をしながらチラシを取り上げた。冥土喫茶は誤字ではないようだった。『新たな世界にご招待……』とか文字が躍っている。なんだか見覚えのある文章だと思う。
「……まあまあ、とにかく。学園祭なのですが、使っていない空き部屋を開放しているので、普通に町内会の方とか、地元の大学生達がイベントを開くことも出来るそうです。折角なので、何か出し物をしてみるのも、いいかもしれませんね」
 ね、て雪継は笑った。年相応の、子供らしい笑顔であった。
「皆さん、よろしければ一緒に行きませんか? ただ楽しむのもいいですし、何かするのもいいですし。折角ですから、賑やかに。……あ」
 ふと、その表情に冗談めかした笑みが乗る。
「後、できれば何か奢ってください。誕生日なんです。僕」
「……やれやれ、ちゃっかりしてきたじゃないか」
 雪継の言葉に、月子は肩をすくめて笑った。気を付けないとこいつは大食いだぞ。なんて言いながらも、ふと、チラシの一部に目を止める。
「……ダンスパーティー?」
「あ、そうそう」
 雪継もチラシを覗き込んだ。チラシには夕方開催と書かれている。
「夕方にはダンスパーティーが行われます。楽器演奏できる人は、楽器も演奏できるみたいですよ。ダンスも、二人で踊る人もいれば、大勢で踊る人もいて、特にどういうダンス、というのは決まりがないそうです。歌に合わせてみんなで好きなように踊る感じですね」
 なお、楽器等は持ち込みすれば何でもいいが、曲は決まっているらしい。歌詞はない。などと雪継は一通り伝えた後で、
「楽しい一日を過ごせたらいいですね。学園祭というだけで、なんだか心が浮き立ちます」
 と、笑った。


■リプレイ


 騒がしい音、賑やかな声。どれも幸せに満ちていて、泪生は目を輝かせて顔を上げた。
「すごいね……! 人がたくさん! 美味しそうなにおいもするし、 どこからか音楽も聞こえてくるし!」
「そうだね、学校って来るのも初めてでドキドキしちゃう。校門をくぐるだけでも学校に来たってカンジ!」
 泪生の言葉に千鶴も嬉しそうだ。通り過ぎる少女たちが二人を振り返って話している。「わ、かわいい。おそろいだ」……。その声に二人は顔を見合わせた。
 灰襟セーラー、灰色スカート、桜色スカーフの泪生。
 青襟セーラー、紺色スカート、赤色スカーフの千鶴。
 セーラー服ははやりの双子コーデ。かわいいなんてなんだかうれしくなってしまう。……けれど、
「ボクたこ焼きが食べたい、たこ焼き!  泪生はどれからいっちゃう?」
「泪生はねぇ、あっちでじゅーじゅーしてる焼きそば!」
「二人で協力して、目指せ全制覇!」
「ふたりで分け合いっこしながら食べ進めれば、きっと楽勝! ……なはず?」
 おいしそうなにおいに思考は切り替わる。片手に校内の地図。もう片方の手はつないで走り出した。
「じゃんけんで勝ったらもう一個おまけ、だって!」
「ほうほう。勝負事は負けてらんないなァ。……あ、待って。待って、今の無しだよォ」
「もう一回。もう一回! 千鶴さんふぁいとーー!」
 二人の旅は、始まったばかりだ。

「あー、巌、客引きと称してあんま遊ぶんじゃないぞー?」
「遊ぶなって?違うぜ、これは交流だ。相手にもちゃんとチラシ渡してるって !」
 陽治の言葉に巌は親指を立てて主張した。本当か? なんて陽治は首を傾げるも、
「ユキ! ああユキ、こっちだ! 誕生日おめでとさん!」
 聞いちゃいない。巌の声に呼ばれるように、雪継も顔を出す。
「ありがとうございます。今年も、盛況ですね」
「ああ。今年はお医者さんの陽治が良い感じの漢方調合してくれるし、穣がそれを良い感じに日用品にしていくんだ。是非、寄って行ってくれよ」
「日用品?」
「今回は【香源郷-G&J商会出張店-】だ。簡単に言うと、アロマグッズ作り体験だな。ゆきもいらっしゃい、何か作ってくかい?」
「そうですねえ是非おひとつ、作って行かれませんか?」
 陽治の説明に、穣も顔を上げた。周囲には布、布、布。ちょうど学生に教え ていたお守り袋がひと段落ついたらしい。
「あぁ。集中力を高めるも、疲れを癒すも、何だって揃えてやるぞお」
「えっと、それじゃあ勉強机に置くもので……」
「折角だから、こう、かっこいい形にしねえか? どんと、派手なやつ!」
「巌、勉強机に置くんだよ……?」
 任せろという陽治の傍らで、巌がこんな感じ、と、身振り手振りで形を説明する。それを面白そうに穣が軌道修正していく。
 裁縫なんてやったことがないと言いながらも、三人の指導により不器用ながらもキリンのぬいぐるみを作り上げていく雪継。いろんな話をしていたらあっという間に出来上がって、
「……あぁ、それにしても良い香りだ」
 出来上がったぬいぐるみに穣がしみじみ呟く。あたりまえだ、なん て冗談めかして陽治も笑った。
「自分で作った癒しグッズは、きっと良い想い出になるだろうさ」
「はい。ありがとうございます……いい、におい」
 巌が肩を叩くと、雪継はうれしそうにうなずいた。それと同時に入り口から声がかかる。
「おや、いけない」
 穣が立ち上がる。お店は盛況。いつの間にか列ができていた。

 遠くから見知らぬ人の絶叫が聞こえる……。
「こ、こここ こわくなんてないですよ。 ぜんぜん、そりゃもう……。ちがうもん、お化けは斬れないし部屋は暗いし危ないも……!!」
 【米俵】の一華がそう言いながら振り返る。抵抗空しくここはお化け屋敷。せめてと万里くんの尻尾と手をしっかり握る一華であったが……、
「ひゃー! おばけ! こないで!! うしろ! 万里くん!」
「ふふふ、一華ってばそんなに怖がらなくても……。ほら、足元気をつけよ」
「そうだよな。確かに暗いから足元には気を付けないとな」
 平気な万里。寧ろ物足りないぐらいだけれど口には出さずに一華の手を引く。郁もこく、こく、となにやら神妙な顔で頷いた。
「思った以上に本格的で……勿論作り物だって俺も分かってるけど」
「もしかして……郁くん怖がってる?」
 郁の顔をひなみくがのぞきこむ。手を繋いでも、郁は妙に歯切れの悪い様子で、
「こう言う雰囲気はちょっと……。ほんとにちょっとだけ苦手と言うか……。でもほら、ちょっとだから」
「そう、ちょっと! 危ないんだもん……!」
 一華もなんだか謎主張。万里とひなみくは顔を見合わせた。
「ちょっと?? ほんとにちょっとだけ?? ほんとに??」
 尋ねるひなみく。そのある種わるいかおに万里は何かを察した。
「ほら、もう出口だよ、頑張って」
 指を差す。万里とひなみくは二人の前へ。溢れる光に一華と郁の顔が輝く。……その、次の瞬間、
「?!?! い、今のは?!」
「うわあ……!!?」
 二人の肩を何かが叩いて、悲鳴が上がった。一瞬、思わず振り返る一華と郁。
「た、たからばこちゃん……?」
 二人の後ろには、ミミックのタカラバコがいたのであった。思わず脱力したような声が、二人から漏れた。
「びっ……くりしたあー。まったくーこう言う場所でその不意打ちはずるいぞ?」
「ふふふ、驚いたかね! こういう場所だからこそのドッキリでしょー! 郁くん可愛い~!」
「もー! ひなみくさんったら! 万里くんまで! あっ、万里くん今笑いました?」
 思わず笑いが漏れた万里に、一華は頬を膨らます。万里は微笑んで、その頭を軽く撫でた。
「あんまり可愛くてつい、ごめんね」
「……んもう!」
 拗ねる一華。郁もまた、一華は兎も角俺が可愛いって。とかいって拗ねている。……それでも、
 郁とひなみく、一華と万里。
 なんだか高校生カップルみたいに手を繋いで、それじゃあ次は何処へ行こうかって歩きだした……。

 『腕相撲天下一武道会』という看板が高々と掲げられていた。
「今日だけ私は夢にまで見た女子高生! ご存じですか先生、女子高生とは、最強なのです!」
「ほう。そう言えば先程すれ違った少女達がそのような話をしていたな」
 戦いの場にて空舟と楼芳はお互いにそんな言葉を交わし見つめ合う。それでは位置について、と言われれば、腕を差し出し互いにがっちりと握った。
 始め、と言う言葉と同時に二人の腕に力がこもる。空舟は全力で力を込めた。先生の大きな手を握れるチャンス! とか思っていたのも一瞬だ。戦いは厳しく……、
「勝負あり!」
 善戦空しく、楼芳の腕の力の方がまだまだ勝っていた。
「手のほうは大丈夫か?」
「う、うぅ~……」
 いたわる楼芳に、空舟は悔しげな声を上げる。まだまだ壁は高い。わかっているけれどもやっぱりちょっと悔しい。大きくなった自分を先生に見て欲しかったから。
 そんな空舟の内心を知ってか知らずか、楼芳は笑った。勝った方が一つお願いが出来るという約束だったから、
「願い事は……師匠越えできる時を楽しみに待っているので諦めずに頑張って欲しい」
 その言葉に空舟は思わず、顔を上げて、
「じゃ、じゃあ。その時まで私を見ていてくださいね」
 本当に、本当に嬉しそうに言うので、
「……ああ、相わかった」
 楼芳は笑んで頷きその肩を叩いた。


 紫睡の瞳は輝いていた。
 食べ物コーナーの充実ぶり及び暇にあかせた学生の創意工夫は目を見張るものがあり、戦利品を大量に抱えて意気揚々幸せげ。
「あそことこちらには美味しい牛ステーキもあったんですよ! いやはや、学園祭だからと嘗めてましたね……」
 そして遭遇した雪継にあれやこれやと披露した。
「あぁ、それとこちらはお誕生日プレゼントに。 出店で買ったソーセ ージセットです。美味しかったですよ!」
「和泉さん、今日はなんだかすごく食べますね」
「こういう日は別腹なのです、別腹」
 意外そうな雪継に紫睡は胸を張る。……そしてふと、
「あ、そこのお方」
 声をかけて。紫睡はちょいと雪継の服の裾を引いた。声をかけたものの若干の人見知り感。驚いて早苗は顔を上げる。
「その焼きそば、どこで売ってましたか?」
 代わりに雪継が尋ねる。早苗は答えようとして……、
「はいっ、わおーがおー! ゆっきーくん、お誕生日おめでとう!」
「わ!」
 どーんとシュカがその背をたたいた。
「プレゼントの代わりに、さっき頼んだお菓子だけど 、一緒に食べよ! あとねあとね、ドッグカフェで、わんこの着ぐるみ着て写真とろー!」
「わ、ありがとうございます。……え、着ぐるみ。僕が、ですか?」
「わ、おいしそうなお菓子……!」
「そのお肉もおいしそうだね! 一緒に食べちゃう!? みんなでキラキラしようよ!」
「もちろん! お肉は制覇しました。とっておきを教えます。そして写真も」
「みんなで着ましょうね!?」
「もっちろーん、一緒にで遊ぼう!」
 盛り上がるシュカと紫睡。雪継は思わず笑って早苗のほうに手を差し出した。
「さ、巻き込まれたと思って、あなたも」
「……ああ、そうじゃな」
 早苗はその手を取る。
 仲よさそうな学生たちとすれ違う。出し物をしている彼らもまたキラキラ楽しげに輝いている。
 まさか早苗も、その中に入るとは……。
「それはそれとしてこの格別な焼きそばはわしが奢ってやろう!」
 その輪の中に入っていった。

 遠くで悲鳴が聞こえる。
 梅太郎は目を輝かせた。
「いや、見てみろよ遼! これなんかすっげー出来だぜ、学生が作ったとは思えないな!」
「そうね。とってもリアル。……まぁ、でも、早く出ましょ……?」
 後に続く遼はひっしと梅太郎の身体を掴む。ここは何の出し物だろう? とうっかり看板のない出口から入ってしまったのが運の尽き。
 必殺お化け屋敷はその名の通り必殺だった。
 そして遼は、あんまりお化けが得意じゃなかった。
「いや、見てみろよ遼! これなんかすっげー出来だぜ、学生が作ったとは思えないな!」
 だと言うのに呑気な梅太郎。凄い凄いと進んでいく。
 結局入り口まで、逆方向で一周突っ切ってしまった。じゃあ次は、……なんて梅太郎は言いかけて、ふと、
「……って、遼? 怒ってるのか?」
 今更。外に出て顔を上げて首を傾げる梅太郎。遼は思わず黙り込んだ。
 落ち着くと、梅太郎の言葉を思い出す。きっと学生が頑張って作ったんだろうと。怖いだけの筈だった物が別の物に見えてきて、
「いいえ。梅ちゃんはいつも何かに気づかせてくれるのね。さっきはごめんなさい」
 遼の言葉に梅太郎は首を傾げる。
「……もう一回、入り口から行くか?」
「そ、それはちょっと、やめておくわ」
 遼は笑って歩き出した。まだまだ行くところはたくさんあるのだ……。

 どうしてこうなった。と理弥は思った。
 マヒナが、「ワタシ、ガッコウ行ってなかったからガクエンサイとか憧れる……!」なんて言ったから、てっきり普通に、学園祭なる物を楽しんでいるはずであったのに……。
「え、コンビ名? えーと……二人合わせて『パンケーキ』です!」
「え!? 俺甘い物苦手なんだけど!?」
 マヒナの言葉に理弥は思わず言った。見てる。人が超見てる。マイクスタンドの高さが合わない。……いや、だから何で。どうしてこうなったんだ!?
「お化け屋敷といえばキャーなんて女の子が抱き付いてきたりするのが醍醐味だよな!」
 だがしかし悲しいかな、舞台に立った以上は期待に応えてしまう理弥である。理弥のフリにマヒナがぼけて、
「大変! リヤ、あそこにすごく具合悪そうな人が!」
「いやゾンビだよ!」
「苦しそうにこっちに来たよ、助けにいかなきゃ!」
「襲ってきてるんだよ! 怖がってやれよ!」
 漫才ってこんなので良いのかな? なんてマヒナは内心首捻りつつ。
 理弥は先程体験してきたお化け屋敷の出来事を内心生暖かく思い出しつつ。
 反応はそこそこで、大爆笑とはいかなかったけれど……、
「リア、リア、みんなみてたね。笑ってくれた!」
 拍手と共にステージを降りたとき、マヒナが目を輝かせて振り返った。その顔に、
「ああ、よかった!」
 なんて、理弥も小さく笑った。

 とあるメイド喫茶ではなんだか妙な雰囲気になっていた。
「着たら内弟子って言ったのに……!」
「時に周囲の目など黙殺し己がなすべきところを一心に。……果たしてリリィは胸張って犬たらんと、していたか?」
「……」
 リリィが嘆き、清士朗はすました顔で。どうやらリリィはドッグカフェへ行き、「着たら内弟子にしてあげる」という甘言に乗り柴犬の着ぐるみというあらぬ姿をさせられありとあらゆる屈辱をその身に追うことになったのだという。
「それでね、ひどいのよ。雪継さん――え、楽しそう?」
「……はい。君影さん、とても楽しかったように見えますけれど」
 二人の間で雪継は微笑む。そんな彼女に清士朗はぽろりと、
「一番いけないのは無理をすることだ。いつでもどこでも自然にいられるようにしないとな」
 そんな言葉をこぼした。はっ。とリリィは清士朗を見る、その目に、何か思うことがあったのだろう。彼女は清士朗の顔をまじましと見つめた後、
「……わ、私の事は良いのよ。雪継さんお誕生日おめでとう♪」
 なんていった。そうだった、と清士朗も手を打ってお祝いを言うと、
「ああ、ありがとうございます。……あの、続けてくださいね? 君影さんのお恥ずかしい話」
「違うから!」
 からかい気味の雪継の言葉に、リリィは思わず声を上げて、それから顔を見合わせて笑った。

 メイアとハクアは今年もおそろいの制服風ワンピース。
「え、えっと。お紅茶をいただけますかしら? ……ハクアちゃん、どう?お嬢様っぽかった?」
 執事&メイド喫茶だからお上品に頼まないと。そっと最後の一言は小声で頼むメイアに、ハクアはぐ、こぶしを握った。
「メイアお嬢さまとってもお上品……! わたしも、わたしも。とびっきり甘いお菓子もおねがいするわね?」
 そんな二人に雪継は笑う。ウェイターで執事姿の彼は恭しく一礼して、「かしこまりました、お嬢様」て奥へと引っ込んだ。二人は顔を見合わせる。
 そして……、


「どうかな? 踊れてる?」
「わあ、ハクアちゃん上手ですてき」
「うん、二人とも、とてもお上手ですよ。これは足を引っ張らないようにしなければいけませんね」
「だいじょうぶ、みんなで転べばこわくない、なの」
 夕刻、校庭でのダンスパーティーはそれは賑やかなものだった。足取りは軽やかに。見よう見真似でハクアとメイアと雪継の三人手をつないで。
 音楽は華やかで、夕日に照らされ誰もが楽しそうだ。
「わ……。ほら、そっちは危ないですよ、お嬢様がた」
「ふふ……。大丈夫だよ、それ」
「きゃ、ここでターン、なの!」
 くるくる回ればぶつかりそうになって、ハクアとメイアの華麗な動きで回避する。楽しそうな笑い声があちこちで起こる。
「えへへ、とってもたのしいの」
「楽しいね!」
 メイアの言葉にハクアも頷いた。夕日の宴はまだまだ続きそうだ……。

 夕焼けを背にいろんな人が踊っている。
「ユキ! ユキおそーい。……あれ、執事服は?」
「いや、もう、勘弁してください」
 イーリィの言葉に雪継は軽く咳払いをした。散々遊んで最後はダンス。イーリィは笑って手を差し出す。
 曲が始まる。なぜかハッピーバースデイの歌が流れている。ダンス自体はそんなにうまくはないけれど、へたくそながらに、なんだかとても楽しくて、
「ねぇユキ、お誕生日おめでと。あのね、ユキに出逢えたことは一番感謝したいの」
 踊りながら、彼女はうれしげに笑う。
「わたしに過去の記憶はないけど、これからもユキと一緒にいろんな思い出を作りたい なって思うんだ」
 そんな言葉に、雪継は足を止めた。
「つくる?」
「そうだよ、過去がなくても、思い出は作れるよ」
 はい、あーん。ってイーリィは嘗ての約束ガトーショコラを差し出す。雪継は少し悩むような間の後で、
「僕が忘れてしまった僕は、それを許してくれるでしょうか」
 言いながら、自分でも意味が分からないという顔を雪継はして。そして、
「……なんでしょうね今の。って、ありがとうございます」
 恥ずかしいこと言いましたと、照れたように笑った。

「届いたかな」
「届いただろう」
 アコーディオンを奏でながらの夜の言葉に、ヴァイオリンを弾きながら累音は小さくうなずいた。
 ささやかなハッピーバースデイの曲。それに累音が思いをはせた時、不意に夜の合図に気が付いた。アコーディオンの曲調が変わる。慌ててヴァイオリンを合わせると、夜がいたずらをする子供の目で累音を見ていた。
「全く、お前の気まぐれ付いていくのも大変なんだからな。俺でなければ出来んぞ」
「またまた。……それにしても楽しそうでいい。こちらも釣られてステップを踏みたくなるね」
「……これが終わったら、後でたっぷり酒にでも付き合って貰うからな」
 累音の返答に夜は肩をすくめた。
 どこからか悲鳴じみた歓声が聞こえてきている。どうやら学生たちが騒いでいる。好きなんだ。踊ってください……。
 二人は顔を見合わせる。言わなくてもそれで分かった。その告白が成功したならば、今度はとびきり簡単で、とびきり甘い曲を弾こう。
 夕暮れ時にいつまでも、幸せの歌が響きますように……。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月1日
難度:易しい
参加:25人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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