呪血紅槍のドラク

作者:柚烏

 ――竜は、既に己が死から逃れられないことを知っていた。
 幾多の生命を喰らい、進化の果てを目指そうと――重力に魂を引かれたその先に待つのは、不死の神性を失うと言う運命だ。
「……そう、我は間もなく息絶える。だが、同胞の為に出来る事は残されている」
 不吉な紅に染まった空を、漆黒の翼を羽ばたかせて竜が舞う。身体中を巡る血が沸騰し、腐敗していく苦痛に耐えながら、その竜は最後の力を振り絞って人間の居る地へと降り立った。
「さあ、人間どもよ。竜が来たぞ! 貴様らの血など大した糧にならぬだろうが、幾多の血を啜り身に着けた力を、その身で味わうがいい――」
 市街地に舞い降りた漆黒の竜、その身体にはまるで呪のように深紅の紋様がうねっている。彼の身に流れる血こそ、進化によって得た力――自在にかたちを変えるそれは、恐るべき凶器となって恐れ戦くひとびとに襲い掛かるのだ。
「恐怖しろ憎悪しろ、我こそが『敵』だ。邪竜でも悪鬼でもけだものでも良い、貴様らを殺すものを呪い、叫びながら散って逝け!」
 じわりと竜の紋様から染み出した血潮は、瞬く間に深紅の槍と化す。そうして実体化した無数の槍は地に降り注ぎ、逃げ惑う人々を無慈悲に貫いていった。
 ――その凄惨な光景は、伝承に謳われる串刺しの森のよう。水平線に沈む夕陽の最後の煌めきが、血の海に沈んだ亡骸を、恐ろしくも鮮やかに燃え上がらせていく。
 そう、彼はデウスエクス・ドラゴニア。同胞を護る為なら、如何なる汚名も厭わず――恐怖と憎悪を振りまいて死ぬことを選んだ戦士だった。

 竜が来る、とエリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)は、感情を押し殺した声で静かに告げた。定命化が始まってから時間が経過し、死を迎えようとしているドラゴン――彼が最後の力を振り絞るようにして、市街地に飛来し人々を襲うことが予知されたのだと。
「……それは恐らく、自分の為じゃなくて同胞の為だ。ひとびとに恐怖と憎悪をもたらすことによって、彼は竜十字島のドラゴン達に、定命化までの時間的猶予を与えようとしているんだろうね」
 グラビティ・チェインを奪われるのも、勿論阻止せねばならないし、放置しておく訳にはいかない――故に皆には、このドラゴンの撃破をお願いしたいのだと、エリオットは真剣な表情で一礼をした。
「襲撃を行うドラゴンは、漆黒の鱗に深紅の紋様が刻まれた、威圧的な外見をしているんだ。ドラク――と己を呼んでいるみたいだった」
 魔空回廊を使わず、ドラクは竜十字島から真っ直ぐ日本へ飛来してくる。そうして最初に目についた、三重県にある海沿いの街で殺戮を始めるのだ。
「……けれど今回、事前の避難は出来ない。もし別の都市に住民を避難させようとした場合、避難中の所をドラゴンに襲われる危険が高いんだ」
 その為かえって危険は高くなってしまうので、一般人は街の避難所である公民館に集まって貰い、其処を護るように迎撃する作戦を取ることになる。
「そうすれば、皆が敗北するか撤退しない限りは、一般人の被害は出ないから。避難などは考えずにドラゴンと戦って欲しい」
 戦いの地はドラクが最初に降り立つ海岸、波打ち際での戦闘となる。敵は一体で、定命化が進行し死に瀕している為、体力は減少しているようだ。ケルベロスが全員でかかれば撃破は可能だが、決して侮っていい相手では無い。
 先ず、このドラゴンは一度飛来すると死ぬまで戦い続ける。そして、少しでも恐怖と憎悪をもたらそうとするため逃走することは無く、正しく背水の陣で挑んでくるのだ。
「ドラクは進化により、血を操る能力を得た。紋様から滲み出る血は鋭利な武器へと変じ、貪欲に標的の生命を啜っていくんだ」
 それは無数の深紅の槍を生み出し、一気に周囲を血の海に変えることも可能だろう。もし廃墟にひとびとの串刺しになった亡骸が晒されでもしたら、残されたものが味わう恐怖と憎悪は計り知れない。
「そして厄介なのが、彼が残虐な手段を用いるのは……それが同胞の未来に繋がると、信じていること」
 恐怖や憎悪に拒絶、全て計算した上でドラクは『人類の敵』として振る舞い、おぞましき邪悪な竜として死ぬのだと決めている。何かを護る為に戦う、その為に死を覚悟したものに、生半可な意志では太刀打ち出来ないだろう。
「……だから、皆も確りとした気持ちを持って。相手が邪悪な竜として暴虐の限りを尽くすと言うのなら、皆は竜を倒す英雄になって、恐怖に負けない希望を与えて欲しいんだ」
 ――竜たちにとっては、ドラクこそが希望であるのかもしれない。けれどそれを承知の上で、此方も戦うのだ。
 どうか深紅の海に溺れること無く、新たな夜明けを迎えられるようにと――エリオットは祈るようにして、静かに空を仰いだ。


参加者
ティアン・バ(神饌・e00040)
鵺咬・シズク(黒鵺・e00464)
オペレッタ・アルマ(ドール・e01617)
オルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)
マール・モア(ダダ・e14040)
ラティエル・シュルツ(星詠みの蒼きリコリス・e15745)
オーキッド・ハルジオン(カスミ・e21928)

■リプレイ

●竜と人の黄昏
 世界の終わりにも例えられる黄昏――その足音はゆっくりと、しかし確実に迫っていた。
 ――やがて海の彼方より、死の翳に囚われた竜がやって来る。僅かな猶予の間に、ゆらりと砂浜を踏みしめるティアン・バ(神饌・e00040)は、茫洋としたまなざしで暮れゆく空を見上げていた。
(「……あの時皆が戦い、一人庇われ戦わせて貰えなかったのも、竜だった」)
 密かに思い出すのは、覚えていないと嘯く過去のこと。彼女は全てを喪ったけれど――未だ追いつき、守りたかった背は遠くとも、並んで戦えるよう在りたいと今は此処に居る。
(「今在る命を守れるなら。もう誰も、喪うものか」)
 胸の中で燃え続ける炎に、ティアンがそっと指を這わせる中――オペレッタ・アルマ(ドール・e01617)は己の裡に生じた奇妙な感覚に、微かに瞬きを繰り返していた。
「――なぜでしょう。ここが、ざわざわとします」
 彼女が触れた胸元は、未だ不確かなエラーである『ココロ』があると言われている場所。しかし疑問への答えが得られぬままに、決戦の時は近づいて――黄昏の景色にかつての激戦を重ねたオルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)は、竜の島から逃れる為に自らが下した選択を思い出していた。
「仲間を生かす為の暴走……あなたの心中、よく解るわ」
 憐憫めいた表情は一瞬、直ぐに彼女はかぶりを振って嫌ねとばかりに苦笑する。何だか、憎むべき竜にどんどん似てきているような気がする――そう呟いて顔を上げたオルテンシアに、最早迷いのいろは無い。
「ええ、同胞の為というその力が……もっと別の、あたたかなものであれば良かったのに」
 殺戮の果ての、その先に――未来なんてない。確りと告げたアウレリア・ドレヴァンツ(白夜・e26848)の胸元を飾る、古い銀十字のネックレスが揺れたその時。彼女の視界には、茜色の空から飛来するドラゴンの姿が映っていた。
「――止めてみせるよ」
 呟き、穏やかに細められたアウレリアの双眸は、夜明けを思わせる淡い紫。真白き鳥を思わせる少女は、皆を導くようにふんわりと笑いかけた。
「行こう、夜明けを、護る為に」
 波打ち際で待ち受ける彼女たちケルベロスを、竜の方でも認めたらしい。殊更恐ろしげに咆哮を轟かせる巨体がゆっくりと地上を目指し、黒翼の羽ばたきが軽々と砂を巻き上げていく。
 ――その姿は死を目の前にして尚、超越者たらんと進化する種族の威厳に満ちていた。それは言葉じゃ表せないと、オーキッド・ハルジオン(カスミ・e21928)の竜の尾が微かに震える。だって彼の竜は、憧れた気高い戦士の姿そのものだったから。
(「でも倒さなきゃ」)
 幼い頃、病に伏していた自分の姿がちらついて、オーキッドは思い出を振り払うように首を振った。気高い父がか弱かった自分を見捨てたことも、真白な病室に漂う消毒液のにおいも――今は、考えたら駄目だ。
「大切なものがあるから。キミとボクの大切なものは違うからっ」
 ほう、とドラゴン――呪血竜ドラクは、目の前のちっぽけな竜人を睥睨して、にぃと口角を上げた。やれるものならやってみろと言わんばかりのその態度に、負けん気の強い鵺咬・シズク(黒鵺・e00464)が、両刀を抜いてきりりと睨みつける。
「同胞の為に命を捨てて戦うとは見上げた覚悟だぜ。だが、そのやり方は許せないし、同情もしない」
 せめて相応しい死に場所を与えてやることが、相手への礼儀――そのシズクの言葉に頷いたラティエル・シュルツ(星詠みの蒼きリコリス・e15745)も、守る為の矛になることを決意し、桜色の髪を靡かせて祈りの手を組んだ。
「避難している人達の、それから今日一緒に戦う人達の帰る場所を護る。それが私の役目」
「そして、守りたいものの為、断じて退かぬ覚悟は御互い様。御身を削り咲く紅の果てに、沈むのは何方でしょうね」
 蕩けるように響く甘い声はまるで、砂糖と共に煮詰めた林檎のよう。大理石の如き竜の角を覗かせる、マール・モア(ダダ・e14040)の優雅な仕草には、何処か秘めやかな夜の香が漂っている。
「――さぁ、存分に愉しみましょう」
 深い愛情すら感じさせる、彼女の唇がうつくしい弧を描いて――誘うようにふんわりと、ドレスの裾が波打った。
(「エラー、エラー。該当する感情を、みちびきだすことができません」)
 そんな中オペレッタは未だ、己の胸に生じた異変への回答を得られずにいて。けれど『命令』は『絶対』であるからと、彼女はゆるやかなカーテシーの仕草で竜を迎えた。
(「――『命令』、それは踊ること」)
 命じられた通りに歯車を回し、例え動かなくなっても、こわれても――ただただ踊り続けること。しかし、其処でオペレッタが不意に呟きを零したのは、この邂逅で何かが芽生える予感があったからなのかもしれない。
「アナタは『これ』に、ココロをくれますか?」
 それは幾度となく彼女が繰り返す、無垢であるが故に一層切実な問いかけだった。

●竜よ、深紅の海に沈め
 戦いを前にした、竜とひとの短い対面は終わりを告げた。後はもう、交わす言葉は必要ない――互いに護るものの為に、死力を尽くすまでだ。
「さあ、絶望しろ――呪いを宿す血潮は今や、我が身さえ穢し尽くすほど歯止めが効かぬ!」
 その身を以て味わうが良いと告げたドラクは、呪血竜の名に相応しく己の血液を凶器へと変える。禍々しい深紅の紋様から雫となって宙に舞う血潮は、瞬く間に拷問具めいた牢獄を形作り――鋭利な切っ先を覗かせる鮮血の棘が、前衛に立つ者たちを一気に血溜まりの中へ沈めようと襲い掛かった。
「……まぁ。竜の血は斯くも、爛れた果実のような芳香を放つものなのかしら」
 頬を伝う己の血を丁寧に拭いつつ、四肢に傷を負ったマールはそれでも微笑を絶やさない。それは鉄錆と言うよりもむしろ、熟し過ぎてぐずぐずと腐り落ちる間際の果実のよう――成程呪いの血に相応しいと、マールは直ぐに小型治療無人機の群れを展開させて、味方の守りを固めていった。
(「先手は彼方が……ならば」)
 素早く思考を巡らせたオルテンシアは、傷を負ったものの回復が先と、捕縛を受けたシズクへ気力を溜めていく。それと同時にオルテンシアは、反逆の牙を剥きつつも高貴なるものの義務を果たすべく、毅然と己が身を晒した。
「ほら。あなたの神性を奪った元凶なら、眼前に。どうぞ射抜いてごらんなさい」
 大人しく島の同胞たちに看取られていればいいものを、と――ヴェールを揺らめかせて誘う乙女は、気儘に吹き荒れつつもその実、確固たる信念を持つ一陣の風だ。
「ころさないと、大切なひとの力になれないから……」
 連携して回復に当たるオーキッドは、空を映す瞳に滲む雫を閉じ込めたまま、皆を倒させはしないと癒しの力を振るう。一方で彼らに命を預けた仲間たちは、ドラクを攻撃することに集中――其処へアウレリアの謳うようなまじないの聲に零れた月影の雫が、狙い撃つ猛き力を与えていった。
「――月よ、力を、貸して」
 加護を受けたオペレッタの振るう槌が、唸りをあげて竜砲弾を撃ち出す中――宿した御業を操るティアンはドラクの巨体を拘束し、容赦無くその動きを戒める呪をかけていく。
「くるといい、竜、ドラク。竜への拒絶と憎悪ならティアンがもっている」
 ゆらりと首を傾げるティアンの表情は薄く、感情を露わにすることはないものの、その声は固く冷ややかだ。続くシズクは、確実に攻撃を当てて早期の弱体化を狙うべく、空の霊力を帯びた刀を振りかざし――仲間たちの刻んだ傷口を、一気に斬り裂き押し広げていった。
「竜の逆鱗……なんてものは、お前にもあるのか?」
 はらはらと剥がれ落ちる鱗を一瞥してから、そのままシズクはドラクの体躯を蹴って距離を取る。更にラティエルも動きを鈍らせようと、緩やかな弧を描く刃を閃かせて。月光の煌めきの如きその太刀筋は正確に、標的の腱を捉えていた。
「……仲間のために自分を悪役にしてでも、定命化を伸ばそうとする。その心は、立派だよ」
 ――もし自分がデウスエクスだったら、きっと同じ道を通っていただろうとラティエルは言う。暴虐の竜として、ひたすらに恐怖と憎悪をまき散らすドラク――彼の血が無数の杭となって仲間を貫き、大地に縫い止める光景から目を逸らさずに、ラティエルはまなじりを決してきっぱりと告げた。
「でも、私はケルベロス。地獄の番犬。ひとの味方であることを選んだ。だから」
 貴方には誰一人として、指一本触れさせないと――立ち向かう彼女らを嘲笑うが如く、ドラクの猛攻は止む気配を見せない。其々が属性の違う攻撃を織り交ぜ、敵の弱点を探ろうと模索していたのだが、どうやら向こうに確かな弱点は存在しないようだ。
(「……相手は余命幾ばくも無い竜。ならば取るべき手段は」)
 敵の火力は脅威だが体力が低下している為、攻めの姿勢を崩さなければ後れは取らないだろう。下手に守りに入ると、攻撃を凌ぎきれなくなって押し負ける――そのことを確りと把握していたシズク達は、攻守の分担をはっきりと分け、其々が役割に応じた適切な立ち回りをすることで激戦を乗り切っていた。
「そう、俺は終始攻撃に専念……敵に背を向けず、不退転を貫く」
 それが攻撃の要たるクラッシャーの本分だと心得たシズクは、仲間に命を預けて――自身は裂帛の気合と共に斬霊波を放つ。しかしドラクの生み出した串刺の森もまた、此方を屠ろうと夕闇の中で不吉に蠢いた。
「――っ、カトル」
 オルテンシアのミミックであるカトルは、動きを封じようと懸命に喰らいついていたものの、其処で遂に力尽きる。有効な耐性を持ち得なかった為に、消耗も激しかった彼――しかし自分は未だ倒れる訳にはいかないと、オルテンシアは光の盾を具現化させて護りを固めるが、そろそろ此方の状況も厳しくなりつつある。
「敵の力量は未知数……故に、臆病なくらい丁寧に癒し護ると決めていたけれど」
 被弾した後衛に向けてドローンを向かわせたマールだが、悔しいことに自分の回復力では追いつかない。サーヴァントを従える者の常で、盾を付与する確実性が落ちるのも痛かったが、それでも相棒のナノナノは確りとマールの弱点を補ってくれていた。
 ――けれど、僅かな綻びを竜は見逃さない。他の仲間との足並みが乱れ、耐性の欠けていたラティエルへ深紅の槍が襲い掛かり、溢れる血潮を取り込んだドラクは歓喜の咆哮をあげる。
「あ、――……っ!」
 その一撃は容易くラティエルの体力を奪い去り、未だ余裕があると判断していた彼女の意識は急速に失われていった。
(「誰かを犠牲にするくらいなら自分が……だから、これで、いいの」)
 薄れゆく視界の中で、ラティエルはそっとアウレリアに微笑みかける。――後は頼んだ、と言うかのように。
(「ねぇ、ドラク。貴方の志は立派だと思う。共感もする。だけど……」)
 ――それでも自分の仲間の為に、他の誰かを殺していいことなんて、絶対ないんだ。

●灰は灰に
 やはり、犠牲は避けられないのか――疲弊していく戦線に或る者は覚悟を決め、最後の手段を取ることも視野に入れていた。
(「理性を捨て、得られる力など高が知れると言われたことがある」)
 けれど、その僅かな力が今は欲しいと願いつつも、ティアンは未だ諦めていない。倒錯した仕草で竜を惑わせる彼女は、あなたにころされたかったと囁いて白い喉元を晒す。そうしてドラクの身体が硬直した隙を突いて、援護を行うオペレッタの腕が回転し――威力を増した手刀の一撃が黒鱗を貫いた。
「不死性など無くとも、不屈の意志で立つのが人の業よ」
 ――オルテンシアの抱く不退転の決意は、竜十字島へと至ったあの日と同じ。しかしあの時と違うのは、自分の目の前で暴走などさせないと言う切なる想いだった。
(「落ち着いて、一つ一つを丁寧に。何一つ、無駄のないように」)
 震えそうになる心を叱咤して、アウレリアは己の成すべきこと――竜を弱体化させることを狙い、精神を集中させて爆破を試みる。
「――ある種、崇高なる竜なのかもしれない、ね。その力、その心、何かを護る為の」
 それでも世界を壊すと言うのなら、彼女はドラクを斃す為に死力を尽くすと決めた。
「わたしは護る。みなの平穏な日々を。大切な人が居る、この世界を」
「ならば殺し合う他あるまい。強者のみが生き、弱者は淘汰される……それがこの世の摂理なのだから」
 あかあかと輝く槍を生み出して、ドラクは最期のときまで戦い続けるつもりなのだろう。なぜなのでしょう、とオペレッタは戦いの中で想いを巡らせる。
 ――誰かに命じられたから? 残された時間を効率よく、種族全体の利益を得るために消費する?
「……エラー」
 分からないけれど、違うと思う。それは論理的なものではなくて、彼女が未だ理解し切れない『ココロ』に根差した、不可解で曖昧な――。
「意地、と言うものかしらね。……仲間を守り切れずに立ち尽くすより、私は笑顔で倒れても良いと思っているのよ」
 ――オペレッタを狙った深紅の槍は、マールによって庇われていて。その庇う彼女の背と散る紅に、一拍すべての音が聞こえなくなった。
(「それがどうしてなのか、『これ』には――」)
「……っ、ボクの想いは、正義は……きっとドラクの悪だけれど」
 崩れ落ちるマールを助けようと、オーキッドは毅然とした表情で天を睨みつける。皆を庇い続けたウイングキャットのなるとは、最後まで頑張ってくれた――彼の為にも負けられないのだと、オーキッドは白銀の翼をはためかせて、喰らった竜の魂を肉体に憑依させた。
 ――赤黒いオーラはまるで悪の炎。けれどその本質は、皆を浄化していく癒しの力だ。彼の竜への憧れは純粋すぎて現実を越えてしまった、それでも。
「自分以外の、生きて欲しいと願った命の為ならば……ボクは抱いた憧れなんて、何度でも捨ててゆくからっ」
 気高いドラゴニアンに、否、ドラゴンになりたかったと叫ぶオーキッドに背中を押されて、オペレッタの足は滑るようにステップを刻む。
「どちらかがこわれるまで、どうぞ、御手を――『これ』と、踊りましょう」
 それは踊れと命じられたから、では無い。軽やかな蹴りが吸い込まれた其処へ、シズクの奥義――黒鵺魂が生命の残り火を一気に掻き消した。
「さぁ、奴の憎悪と覚悟ごと……食らい尽くせ!」

 ――ドラクは慈悲を乞うこと無く、ただ無言で死を受け入れて散っていった。まるで風にたなびく送り火の煙のような、ティアンの灰色の髪が夕陽に染まる。
「……ねぇ」
 やがて訪れる夜明けを夢見て、オーキッドはそっと空に手を伸ばした。生きるのに世界は時に辛いかもしれない、それでも誰しもが、儚く咲き枯れるひとつの花であるのなら。
「世界は、綺麗だねえ」

作者:柚烏 重傷:ラティエル・シュルツ(星詠みの蒼きリコリス・e15745) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月3日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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