屑の花道

作者:七凪臣

●末路
 父も母も、手前勝手に生きる人だった。
 碌に顧みられなかった男が、道を踏み外したのはある意味必然。
 冷たい視線も何のその。男は手前の自由を謳歌した。好きに食って、好きに呑んで、好きに打って、好きに暴れて、好きに腐った。
 そんな時、一人の女が現れた。
 誰にも優しくして貰った事のない男に、上辺だけではない優しさを呉れた。
 気が付けば、惚れていた。彼女の為に生まれ変わろうと誓った。
 だのに。
 女の父は『お前のような屑に娘を幸せに出来る筈がない』と、悪鬼のような顔で男を罵った。女の母も、眉を顰めていた。そして――。

「喜びなさい、我が息子」
「……?」
 見覚えのない天井を見上げて目を覚ました男へ、仮面を被った男はそう挨拶すると、訊ねてもいない事を朗々と説明し始めた。
 曰く、ドラゴン因子を植え付けたお陰でドラグナーの力を得ていると。しかし未だ不完全な状態だから、いずれ死ぬと。回避するには完全なドラグナーになる必要があると。
「与えたドラグナーの力を振るい、多くの人間を殺してグラビティ・チェインを奪うのだ」
「……あっそ」
 男は冷たい寝台から身を起こしながら、飽いたように呟いた。
「何? 人を殺して殺して、殺しまくればいいってか?」
 フンと鼻を鳴らし、男は似合わぬスーツを適当に着崩す。
「いーよ。その話、乗ってやる。どーせアイツを泣かすしか能の無い俺は生きててもしょーがねぇし。屑は屑らしく、ど派手に暴れてやらぁ」
 異形の力を宿した男は命狩る刃を手に取ると、平らな嗤い声をたてて夜の街に繰り出してゆく。

●ある男の終わりの物語
 ドラグナー『竜技師アウル』によってドラゴン因子を移植され、新たにドラグナーとなった者が事件を起こそうとしている。
 この新たなドラグナーは未完成ともいうべき状態。故に完全なドラグナーとなる為に、大量のグラビティ・チェインを得るべく、抱えた鬱憤を晴らしがてらの無差別殺戮を目論む。
「皆さんには急ぎ現場に向かって頂きます。目的は勿論、この新しいドラグナーの撃破です」
 真新しいスーツをだらしなく着崩した若い男のドラグナーが現れるのは、未明の歓楽街。
 流石に人手のピークは過ぎているが、それでも原色のネオンが瞬く街を往く人の姿は皆無ではないとリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は言い、迎撃は二十四時間営業のディスカウントストア前が良いと付け足す。
「そこが一番、人の出入りがあるんです。だから彼はそこに現れる。皆さんは彼と戦いつつ、避難するよう声を上げてください」
 誰だって、自分の命は可愛いもの。異変を察すれば、我先にと逃げ出してくれるだろう。事前に避難させてしまうとスーツ男の出現場所が変わってしまう可能性があるので、瀬戸際に巻き込んでしまうのは少し申し訳なくもあるけれど。
「でも相手は一人ですし、件の『竜技師アウル』の姿もないので、対処は十分可能だと思います。幸い、まだドラゴンに変身する能力はないようですし」
 敵は一度刃を交えてしまえば、後は自棄を起こしたように執拗にケルベロス達に襲い掛かってくると思われる。
 いや、もしかしたら。
 本気で自棄を起こしているのかもしれないが。
「……ドラグナーにされてしまったこの方を救う事は出来ません。けれど、彼の行いで泣く人が出ないよう。どうか皆さん、力をお貸し下さい」


参加者
疎影・ヒコ(吉兆の百花魁・e00998)
野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)
小鞠・景(冱てる霄・e15332)
アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)
ウバ・アマムル(風の随・e28366)
氷月・沙夜(白花の癒し手・e29329)

■リプレイ

●清濁交差点
「半生がどうであれ、倖せの為に『誓った』んだろう?」
 夜を破るネオン光を背に、影の翼が舞い降りた。
「其れを、だ。妨げのひとつやふたつで腐っちまうのは戴けねぇ」
 ――だから駄目だったんじゃねぇのか?
 『今』という現実をまざまざと突き付ける声に、真新しいダークスーツをだらしなく着崩す男の肩がピクリと跳ねた。
「、へぇ」
 剣呑な眼差しが、ご挨拶代わりに謗ってくれた華ある青年――疎影・ヒコ(吉兆の百花魁・e00998)へ向けられる。
 眠りを知らぬ街の雑踏が、常とは違うざわめきに身震いした。否、それは比喩ではなく。当て所なく流すタクシーの前を駆け抜け『此処』へ至ったアキト・ミルヒシュトラーセ(紫穹・e16499)とアリエータ・イルオート(戦藤・e00199)が放った殺気のせい。
 逃げろ。
 口々に言えば、異変を察した夜歩き達は蜘蛛の子を散らすように走り出す。
「皆、避難を始めてくれてるよ」
 黒き竜翼を畳み、ウバ・アマムル(風の随・e28366)が空から見た光景を仲間たちへ告げると、スーツの男はぐしゃりと前髪を崩し、ジャケットの袖を無理やり捲り上げた。
「来たか、ケルベロス」
 牙を剥きそうな表情は、血に飢えた野獣そのもの。
「――……何者にも成れなかった果てがソレ、か。一時は倖せな時もあったと云うのに憐れなもんだ。途は他にもあったろうに」
「言ってろ」
 ヒコの哀れみではない響きに、男は顎をしゃくって大鎌を振りかざす。
「……後の濁ることのないよう。最後、お付き合いしましょう」
 迫る闇色の気迫に、アリエータは静かに身構えた。

●苛立ち
 人間同士が真に理解し合う難しさは、光翅持つアデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)も知っている。
 けれど独りでは何時か破綻してしまうのも、また人間。
「そなたは、拠り所になる人をやっと見つけられたのだろうが……。わらわはそなたに終わりを告げに来た告死天使じゃ――それでもそなたの事を少しでも知りたいと思っておる」
 細身の体躯で命を狩る曲刃をすっと払い、右の瞳に青い炎を盛らせて。
「拳でも言葉でも良い、そなたのおもいッきりをわらわにぶつけるが良い!」
 光を背にゼブラゾーンの地を低く翔け、アデレードは熱い思いと力を草臥れ男にぶつけた。
「っは、ガキが知った口を!」
 足元を薙がれた男はバランスを崩し、反動を得ようと手にした大鎌を投げ放つ。飛んだ先にいたのはヒコ、しかし野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)が射線に割り込む方が僅かに早い。
「おい、イチカ!」
「平気だよ、ヒコくん」
 盾の役目を果たしたイチカと、親しき少女の身を案じるヒコと。刹那交わる二人の視線に、堕ちた男は胸糞悪げに舌を打つ。それはきっと、近しい誰かが居る事への嫉妬。
「あなたの為に悲しむ人も、確かにいた筈です」
 土も緑も遠い無機の街にこそ漂う精霊の性質に、己が身と武器の魔力圧を調整しながら小鞠・景(冱てる霄・e15332)は褪せた声音で男へ言う。
「あなたはその道を選ぶべきではなかったと、私は思います。もし素直に悩みや想いを誰かに打ち明けたなら或いは――」
 全てはもう、詮無きこと。望めぬ未来は思い描くに留め、世界との調律を終えた景は敵との間合いを一気に詰める。
「召しませ」
 叩き込むのは、拳の一撃。されど都会の夜を纏ったそれは、ネオン光に似た輝きを発し男を激しく打ち据えた。
「さあ、きみの帰りみちを教えて。そこまで、送ったげる――迷ったり、しないように」
 被った刃に白いボレロを裂かれはしたが、動けない程ではないイチカも槍の切っ先を男へ向けて突撃する。
「次から次に、五月蠅ぇなァ!」
 男の苛立ちをヒコが濁った空からの蹴りでねじ伏せ、その隙にアリエータはイチカを中心にヒールドローンを展開させた。
 不夜城を流れる時間が加速する。その勢いに身を任せ、ウバも走った。
(「……うん。感覚は体が憶えている」)
 ケルベロスとして初めて立つ戦場、けれど義賊の一員として暗躍した時分をウバの本能は忘れておらず。何より見知ったアキトの姿に背を押され、ウバは稲妻奔る槍の切っ先を深くスーツ男の腹へ突き立てた。
 衝撃が生んだ風圧に、男のジャケットの裾がはためく。
「これはこれは、随分と真新しいスーツではないかい。可哀想に、着崩されたそれも、涙一つ流せない君も、そして彼女も」
「……っ」
 刻んだばかりの瑕がやけに目立つ風合いに準え嘆くウバの言葉に、アキトはきゅっと唇を噛む。
(「それを着て、彼女の親御さんに会いに行ったんだね……」)
 馴染まぬ服は覚悟の顕れだったろうに。男が同情を望まぬ事を知りつつ、アキトは悲しみを堪え切れなくて。泣き出す代わりに、雷を迸らせた。
 イチカの癒しは急ぐ程ではないだろう。そう判じた氷月・沙夜(白花の癒し手・e29329)は時間さえ凍結する弾丸を放ち、
「私は沙夜。氷月沙夜――あなたの名前は?」
 男へ問う。
「はぁ? ただの屑だよ、屑」
 男の応えは、名無しを憐れむ沙夜の優しさを踏み躙るものだった。そのくせに――。
 アデレードの虚ろの刃に肩を斬られた男は、直後に再び大鎌をヒコ目掛けて放とうとし。今度はアリエータが入った援護に、感情を爆発させる。
「さっきから、遣り難いんだよ!」

●餞
「思う存分、殴れると思ったら前に出てくんのは女子供ばっかかよ! あぁ、そうだ。俺は屑だ! 屑は屑らしくやってやらぁ!!」
 青から黄。そして赤へと変わった信号の光に顔を染め、吼えた男は両手で大鎌を見せつけた。空いた脇腹目掛け命啜る一閃を見舞い、景は癇癪を起した男に自分を重ねる。
 家族との思い出を喪い、家族との繋がりを捨て。自棄同然に一人旅を始めたのは、数年前の事。
(「――私、は」)
 落ち掛ける記憶の泉。しかしイチカの声が、景を、男を現実へ引き戻す。
「生きざまは追ってくるんだ、どこまでだって。むかしのことは、変えられない」
 訥々と謳うイチカの銀の双眸は、硝子玉のよう。まるで溢れ出そうな何かを抑え込んでいるみたいに。
「変えられるのは、これからのことだけ。きみがこれからやろうとしていることだよ」
 イチカは回転駆動する肘から先を、男の腹へ叩き込む。苦痛に顔を歪めた男は、「俺にこれからなんかねーよ」と吐き捨てた。
 未来もない、愛もない、惨めな男。しかしヒコは冴えた一瞥を男へ投げる。占師として多くの倖せと堕落を見てきたヒコにとって、眼前の男は何ら特別な存在ではなく。
(「馬鹿で憐れで哀しい輩――けど」)
 闇に似合いな原色の煌きを受け、ヒコは中空へと飛び上がった。ドラグナーに変えられた男の根本は、屑だった時と何も変わっていないと判じて。だって、そうだ。
「本当に倖せを掴みたいと想うのならば――……、」
 広げた翼で姿勢をコントロールし、ヒコは男の頭へ狙いを定める。
「何を云われても何をされても、死ぬ気で足掻くもんだ」
「ガァッ」
 ルーン文字が仄光る刃を頭蓋を割られ、男が苦痛にのけ反った。散った血が、ぱたぱたとアスファルトに赤花を咲かす。
「幽冥より此方へ」
 霊的存在を招く餌として魔力を撒きつつ、アリエータは揺らがぬ眼でのたうつ男を見遣る。
 時間があれば解決したかもしれない問題だった。でも、その時間は既に奪われた。
(「私達の手で終わらせなくてはならない……」)
 荒ぶる霊波を男へけしかけ、何を狙うか知らぬ竜技師とやらを、いつか必ず屠るとアリエータは心に誓う。
 それしか、彼に約束出来る事はないから。話しても、慰める事も救う事も出来ぬと分かっているから。
 アリエータは、完全に腹を括っていた。けれど、そう割り切れているのはアリエータとヒコくらい。
「止めて下さい……こんな事をしても、あなたの大切な方が余計に悲しむだけです……!」
 癒しの力を練りながら、沙夜は名も知らぬ男へ訴える。
「あなたは悪くないのに……やり直そうとしたあなたは、立派な人なのに……!」
「はぁ? オジョーチャン、何言ってんだ? 俺は立派なんかじゃねぇよっ」
 沙夜の心遣いに抗うように男は乱暴にジャケットを脱ぎ捨てた。けれど、男の言葉は事実。改心を目指したのは確かに立派かもしれないが、この男に踏み躙られた誰かもいる筈で。そういう生き方をしてきたから、報いの『今』がある。
 ――でも。
(「もっと早く。誰かが彼の孤独に寄り添えたなら。こうはならなかったのかな」)
 哀しくて、苦しくて、辛くて。アキトは涙を耐えるのに必死だった。
「貴方はただ普通の、愛情とか生き方とか。そういうのが欲しかったんだよね」)
(「でも馬鹿だね、きっと彼女は泣いてる」)
 星辰を宿す剣でアリエータらへ自浄の守護を与え、アキトはぐずりと鼻を啜る。それを聞きつけ、男はまた牙を剥いた。
「てめーが泣いてんじゃねぇよ! 泣くのはアイツだけで十分なんだよっ」
「彼女を泣かせた? それは君への愛情がなければ流さない涙だったろうね」
 男にとってたった一つの愛の証を、他でもない彼の言葉からウバは拾い上げ、黒い残滓を喰らう形へ変えながら、ふと思う。
 誰しも生まれは選べない。だから彼の気持ちは汲めるし、同情もしはするが。
(「けれど……己を護る為に己の感情を犠牲にする事も、時には必要なんだよ」)
 今更教えても意味のない真理を胸裡に秘め、ウバはブラックスライムに男を丸のみさせる。
「君の手をこれ以上の血で染める前に、冷めない夢へ誘おう」
 それこそが、餞になると信じて。

 ヒコばかりを狙ったのは、挑発に乗ったのと、女たちに恋る人の面影を見ていたせい。
 けれどそんな感傷さえ捨て去り、ドラグナーになりたての男は縦横無尽に刃と踊った。
 その一撃は重くケルベロス達に伸し掛かった。されど、再び青に転じた信号が黄の明滅に移ろう頃には、彼の足はすっかり鈍っていた。
「ははは!」
 戦意の矛先さえ儘ならず、アデレードを薙いだ男は腹を抱える。
 植え付けた怒りの因子の結果を肌に刻み、それでもアデレードは眩い翅を凛と伸ばす。
「もはや救うことは出来ぬのは残念じゃが……我とてヴァルキュリア」
 正義に拘る少女は真っ直ぐな視線でデウスエクスを射貫き、細い指で武骨な鉄塊の柄を握り締めた。
 せめて安らかに――そう、心から願って。

●断章
 どうして簡単に人間である事をやめられるのだろう?
 それが機械人形なイチカには理解出来なかった。だってそれは、イチカがずっと焦がれているものなのだ。
(「変わろうとしたのに、変えさせてくれなかったのは」)
 誰かに理由を探しても仕方ない。だからイチカは、屑を名乗る『デウスエクス』を屠る力を振るう。
 ひとはひととして。大切なひとと、同じ道へ還す為に。
 だって彼は人間なのだ。
 人間だった、のだ。
 堕ちた姿に景は思う。自分は果たして『あの頃』から変われたのか否か。
(「変われていないなら、いつか自分も変わりたいと思えるのか。或いは変われずに、この男と同じ道をやがては辿るのか」)
 答えはない。しかし景には、誤った道を歩んだ時には止めてくれる人が大勢いる。
「言葉を尽くしても、もう戻れないのなら。せめてあなたの為に悲しむ人を、これ以上悲しませないように。あなたの悲しみがここで終わるように」
 ――ここで幕引きとしましょう。
 強大な破壊力を誇る景の一撃に、男はごぶりと血を噴いた。そして、ちらりと沙夜を見てくつりと喉を鳴らす。
「名前、な。ホントは夢が明るいって書いて、夢明っつーんだわ」
 皮肉だろう?
 悲嘆ではなく、心底呆れ果てたように。男は――夢明は己を嗤った。

●屑の花道
「許せないよ、夢明だって被害者だ」
 男が落とす影に走り込み、見上げる角度で刃を払ってアキトは眉根を寄せる。
 夢明の弱い部分をデウスエクスは利用した。彼の孤独を思うと、アキトの胸は痛くて堪らない。
 助けたかった、救いたかった――叶わない。
 アキトの紫眼を薄い水の膜が覆う。今にも溢れ出しそうな輝きを対角線上に見て、沙夜はぐっと唇を噛む。
(「私は癒す力を持つのに、彼の命を救えない」)
 手に入れかけた小さな幸福は、夢明の努力ごと踏み躙られた。でも、沙夜は泣かないと決めていた。だって、それは――。
「愛する方に……何か、伝えたい事はありませんか?」
 男の体表を覆う氷をまた一つ増やし、沙夜は尋ねる。答えは、おおよそ予想がついたけれど。
「ないね」
 案の定の一声は、忘れて欲しいという願いか。真正面から激しくぶつかってきたアデレードを喜々と受け止めた夢明は、「遠慮なくぶつけさせて貰うぜ?」と嘯き、華奢な少女を渾身の力で叩き斬ろうとして、
「っち」
 大鎌を手から滑り落とした。
 きっと夢明は、屑らしい終焉を待っている。
 屑の竟の望みを肌で感じ取り、アリエータは指先一つの鋭い突きで『成就』を一歩近付けた。
(「デウスエクスの良いように利用され、自棄の果てに斃れたというのは、誰にとっても不本意でしょうから」)
 一息で男の懐へ飛び込み、景は簒奪の刃を振り抜く。描く軌跡は、迷いのない直線。吹き上がった朱の温もりに、景は夢明の最期を視る。
 大切な人の為に生まれ変わろうとした男の、想いを。
「わたしの仕掛けをおしえてあげる」
 早く、早く、早く。一秒でも早く終わらせたくて、イチカは男の耳元でそっと囁く。巻き上がる心電図型の炎は、懐かしい色合いなのに。怨讐の声となって夢明を激しく灼いた。
「あっ、つっ」
「……っ、ヒコくん。お願い」
 すぐ近くで聞こえた呻きに、イチカは友を呼ぶ。その時を、確信して。
「任せろ」
 継いだヒコは低い飛翔で男との間合いを詰め、地を踏むと同時に背の双翼で夜気を斯く。
「教えてやる」
「?」
 濁った眼を睥睨し、ヒコは起こした辻風に乗って脚を、閃かす。
「お前のはな『誓い』じゃなく『気紛れ』と云うんだ」
 真の誓いならば、堕ちる事などなかったろうから。
 言外に含まれた指摘と、首に喰らった蹴撃に、夢明は「違いねぇ」と笑って血を吹いた。その香りはどこか甘く、百花の魁にも似て。
「――……次に誓う時まで覚えておけ」
「……次、あるかねぇ?」
 今際の際も、酷薄に笑い。
「おやすみなさい。次生まれて来る時は、どうか温かい世界に」
 アキトの祈りを葬送歌に、男の命は塵芥と化した。

「お疲れさまでした」
 アリエータの静かな労いが、ケルベロス達の肩に入っていた力を抜く。
「届けるのかい?」
「……はい」
 全てが夢幻であったように日常に戻りつつある街の片隅で沙夜が拾い上げたジャケットに、ウバは「そうだね」と頷いた。
 それを彼は望まぬだろうけれど。今回の被害者は、一人ではなく二人だから。
 ネオン光を映す淀んだ夜空を見上げ、ウバは気の重い溜息を吐く。
「竜技師とやらは随分汚い真似をしてくれる――これ以上の悲劇は御免だよ」

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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