インソムニア

作者:OZ


 梟の頭を90度傾けてから、そのビルシャナは目を細めた。
 眼前には満足のゆく数の信者達。ビルシャナは勢いよく翼を広げたが、細やかな羽先は幽かな音すら立てなかった。
「はてさて、わたしのもとにお集りのみなさんみなさん! ここでわれらの信条を今一度確かめておきましょう!」
 ビルシャナのその声に、人々はどこか病的な様子で顔を上げた。
「われらの信条、それは!」
「それは!」
 ビルシャナの声を、人々は繰り返す。ビルシャナは楽し気に、その場でくるりと回ってみせた。一回転した身体に少しばかり遅れ、首が正面を向く。
 そして。
「ねむりなど、いらず!」
 ビルシャナのその一声に、わっと歓声が上がった。
「やりたいことを成すために眠りなど不要!」
「眠りなど不要!」
「短い人生を謳歌するために眠りなど不要!」
「眠りなど不要!」
 異口同音の人々の唱和に、音の立たない翼を打ち付け拍手のまねごとをして、ビルシャナは集った人々の中央で、再びくるりと回った。
「その通り! ものごとを一直線に成すために眠りなど不要なのです。眠れない? 誉れです。寝たくない? 誇りです」
 こくりこくりと梟頭を頷かせ、ビルシャナは優し気に語る。
「好きな本を読むためには? 夜通し起きているでしょう。やりこみたいゲームをするためには? やはり夜通し起きているべきでしょう。はたまた受験のために頭に勉強内容を詰め込むには? もう言わずともいいですね! あなたがたは知っているはず。眠らず迎えた朝日がどれだけ美しいことか!」
 ビルシャナの言葉を聞く人々の目はらんらんと輝き、そこに正常な思考能力がないだろうことを容易に感じさせた。
 熱のこもった様子で不眠に関してを語りはじめた十名ほどの信者達を前に、梟頭はにこにこと、言葉を落とすように告げる。
「うんうん。そうそう。……眠りなど、いらないのですよ」


 悟りのビルシャナのお仕事ですよと、九十九・白(白夜のヘリオライダー・en0086)は銃器の手入れをしていた、見知った小さなケルベロスに声を掛けた。案の定、行く、と頷いたそのケルベロスの名は、夜廻・終(よすがら・en0092)。
 どんな『悟り』かと早速問いかけた終を、まあ少し待ってくださいと柔らかく諫め、白はたむろしていたケルベロス達にも声を掛ける。
「悟りのビルシャナです。見た目は梟。教義の内容は……なんなんでしょうね、『不眠最高』といったところでしょうか」
 何人かが首を捻ったと同時、終はぽつりと、ふくろう、と色のない声で呟いた。
 白は疑問符を頭の上に浮かべたケルベロス達に向けて苦笑する。
「ですよね。俺もそうなりました。ええと……要するに『人生を謳歌するために眠りなど不要』、という。これが今回のビルシャナと信者達の主張です。お分かりかと思いますが、ビルシャナの言葉に毒されている上に、集まっている方たち、多分、この教義ということは……寝てません。通常、というのもおかしな話ですが、いつも以上に正常な判断能力を欠いているかと思います」
 どこか間の抜けた教義とは裏腹に、信者達が配下と化すまでの時間はさほど掛からないかもしれないという、危険な状況ということを、ケルベロス達は白の一言で理解する。
 その様子に白は「心強いですね」と微笑み、話を続けた。
「信者の数は十名より多いか少ないか、といったところです。彼らが潜んでいる場所は廃病院。小さな規模ですが、少し前までは睡眠クリニック的なところだったみたいです」
 必要なのは、と普段通り白が続けようとしたところで、終が遮るように口を開いた。
「『教義』をくつがえす、主義と主張。……それが、いるんだな」
「え? ええ……」
 わかってる、と応えた終に曖昧に頷いて、白は僅かに首を傾げた。
 それから切り替えるように続けられた言葉は、悟りのビルシャナにつきもののいつもの忠告。
 信者達は今現在の心はともかく、身体は飽くまでも一般人だ。ケルベロスが手加減せず攻撃をしたならば、即座にあの世へ送ることになるだろうこと。こちらの主張が伝わり、洗脳が解けたならば戦わずして逃がすことも不可能ではないだろうということ。
「なんと言いますか。ビルシャナの『悟り』は、個体差がものすごくあるとは思うんですが……なんと、言いますか」
 ふたたびみたびの苦笑を浮かべた白を見てから、終は視線を下げた。
「……考えることをやめて、何かを信じるのは、とても楽だから。……それはたぶん、ビルシャナでも、ひとでも、……変わらないのかも、しれないけど」
 床に座っていた終は、言いながら服の裾を叩いて立ち上がる。
 手入れを終えた銃器を手に、小さなケルベロスは何かを考えるように、それきり何も語らず、ヘリオンへと乗り込んでいった。


参加者
ハチ・ファーヴニル(暁の獅子・e01897)
メルナーゼ・カスプソーン(時の滞る茨城・e02761)
進藤・隆治(布団に引き篭も竜・e04573)
夜伽・遊女(月夜之花街団長・e08753)
ドミニク・ジェナー(激情サウダージ・e14679)
カティス・フォレスター(おひさま元気印・e22658)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)

■リプレイ


 割れた窓ガラスからは、冷えてこそいるが穏やかな朝日が滑り込んでいた。
 しかしながら、その部屋に漂う空気は剣呑だった。
 小部屋に通じていた扉を蹴破って、そこに乗り込んだのはケルベロス十名。対するは、眠りを捨てて目をぎらつかせる信者が――こちらも十名前後。
「ああ、既に睡眠不足のサインが出るに出まくってるな」
「おや? おやおやおや、どちらさまでしょう、良い雰囲気ではないですね」
 柿色の髪越しに頭痛を押さえるような仕草を見せて、左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)は思わず呟いた。十郎のその言葉を受けてか否か、信者の最奥に陣取っていた梟頭のビルシャナは言葉を転がし、折れそうなほどに首を傾げる。
「どうも、惰眠大好き怠惰の顕現です。特技は修行中に瞑想の振りをして寝る事――おおよかった。ベッド残ってた。……あ、俺の事はそれほど気にしないでほしい」
 ビルシャナに倣い警戒の態勢をとった信者達に向けて、櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)はひらりと片手を振った。表情にはとくとした色を乗せず、飄々と口笛をひとつ吹いて、千梨は部屋の片隅にあるベッドに向かう。
 ばさり。
 アイテムポケットから取り出したのは、清潔なシーツ。
「なッ……」
「あれは、寝具……!」
「おのれ、さては貴様ら、悪魔の手先か!」
「ははは、強ち間違いではない」
 ざわついた信者達に軽口で返してみせながら、千梨はベッドの具合を整えてゆく。
「あ、私も手伝います」
「どうもどうも」
 日に干したシーツの香りが幽かながらにも辺りに散ったところで、カティス・フォレスター(おひさま元気印・e22658)もまた寝具を整えにかかる。
 それを睨みつけていた信者達を見て、ハチ・ファーヴニル(暁の獅子・e01897)は溜息を吐いた。
「……あんたら、分かってるっスか? 眠らないって事は自ら命を削ってるって事っスよ」
 その言葉に、ビルシャナと信者達はぱちりと目を瞬かせた。
「――はて? 生きているのなら、命は削られてこそあるべきでは?」
 金色に縁どられたような梟の目に、滑り込む朝日が照り返して光る。
「しかしながら、無駄に眠って夢見る合間も、命はどんどん削られてゆくのです。そんなこと如きに『命を削る』必要があるのですかね? わたしは否と考えます。そしてここにいるみなさんは、わたしの教義に賛同してくださった方々」
 そうだそうだ、異教徒は去れと、信者達が口々に言った。
「はぁ……まったく。眠らないで何をしようと言うのか」
 進藤・隆治(布団に引き篭も竜・e04573)は心底呆れたといった調子に口を開く。
「あのな、楽しいことを――『命を削ることを』か。それをしたいのはわかる。勿論楽しむがいい。だが、それを眠らずにやって、本当に楽しめるのか?」
 楽しめるともと応えた信者達に肩を竦めて、隆治は続けた。
「どうだかな。今やっていることをそうやって眠らずやり続けて、大事な局面で全力を発揮できるのか? 眠っていないことによる集中力の低下を侮ってはいけない」
「そうじゃな、ちゃンと寝ると、物事も覚えやすくなるそうじゃ」
 軽く頷きながら、隆治の言葉をドミニク・ジェナー(激情サウダージ・e14679)が継ぐ。
「そこの学生っぽいンは、例えば徹夜で勉強して――徹夜で詰めたモン、しっかり覚えられとるか?」
「えっ……、それは、その」
 目の下に隈を作った男子ひとりが、ドミニクの言葉にあからさまに反応する。
「そうじゃろ。身についてねェなら、そりゃ覚えたとは言えンよ。趣味や遊びだって同じ。重い頭で楽しンで、その後『あの時はこンなことがあった』とか、詳しく思い出せる自信、あるか? フラフラな頭で取りこぼしながら楽しむより、万全の状態で、じっくり心に刻む方が良ェと思うがのォ」
 軽く笑ってみせたドミニクに、学生を本分とするらしいその男子は、迷ったように周囲の信者達を見まわした。
「そもそもですね……」
 どこか眠たげに、メルナーゼ・カスプソーン(時の滞る茨城・e02761)は告げる。
「眠らないなんて、夢の魔法使いと名乗っている私への挑戦も同然……意地でも眠らせてあげるのですよ……」
 若干私怨の籠っている気のする言葉を吐いて、メルナーゼはひとつ、あくびをした。


「眠る、眠らないは個人の自由と考えますが……それを教義という形で、他者に押し付けていくのは問題ですね」
 かぐや姫の如く十二単に身を包み、夜伽・遊女(月夜之花街団長・e08753)は穏やかに微笑み、落ちてきた髪をそっと指先で整えた。どこかしら色香の漂うその所作に、幾人かの信者達の目が奪われる。
「人間は、寝ている間に成長ホルモンが分泌され、身体の発達を促すのだそうです。寝ないという事は、身体の成長を阻害させる事。……ふふ、それに、ですね?」
 唇にそっと指をあてがい、遊女は再び微笑む。
「成長の良い方……つまり男性なら、身長の高い方。女性ならば……そうですね、肌が綺麗な方とか。そういった方は、周囲の羨望を集めます。異性にも、モテますよ」
 遊女の言葉に、信者の男達は明らかに反応した。
「モテるだけならプラスだな。まあそれだけでも十分だろうが、マイナス点も教えてやろう」
 十郎が言う。
「まずコラーゲンを破壊するホルモンの分泌が活性化する。つまり老化が進むわけだ」
 老化、という言葉に、今まで胡乱な表情で言葉を聞いていた女が、びくりと肩を揺らす。
「更に空腹感が増して肥満にもなり易い。免疫力も低下する。――病気の罹患率が上がる。糖尿病や癌、脳卒中とかな。そうなったら体は辛いし、医療費も嵩むな」
 明確な病名を並べられたことで恐怖心を抱いたのだろう幾人かが、顔を見合わせる。
 白衣のポケットに手を突っ込んだまま、十郎は続けた。
「睡眠不足が続くと心も弱る。何をしても楽しくないとか、そもそも何もする気力が起きなくなる。……全て睡眠が不足しただけで起こることだ。そのまま寝ないとどうなるか……推して知るべし、だな」
「そうですね……」
 うんうんと何度か頷いて、メルナーゼは眠そうに首を傾げた。
「もしかして、不眠症に悩まされている方もいるんじゃないです……?」
 そっとしゃがみ込んで小皿を置いたメルナーゼは、持参した香をそっと焚いた。
「もちろん、一番いいのは医者の方に相談することですけど、ちょっとした工夫で快適な睡眠はとることができるのですよ……」
 ふわりと、仄かに甘い柔らかな香りがくゆる。
「そうっスよ。……遊びだって勉強だって、そりゃ、基本的には好きにするのがいいと、俺だって思うっス。でも……呆けて上手く働かない頭を酷使してまで、あんたらがやってる事は、本当に、己の命を犠牲にしてまですべき事っスか?」
「ふう。セッティング完了です!」
 ハチの訴えに戸惑い始めた信者達の傍ら、今までベッドのセットに心血を注いでいたカティスが声を上げる。にっこりと笑って、カティスは信者達を振り向いた。
「短い人生を謳歌する。実に良いことですね。……でも、どうせ楽しい人生を送るなら、様々なことを体験しておきたいですよね? 日溜りの中に包み込むような布団の温かさ……その中で目を覚ました直後のまどろみ。これを堪能せずして、果たして本当に人生を謳歌したと言えるんでしょうか?」
「う、うう……悪魔よ、悪魔よ去れ……」
 呻くように抵抗する信者達に向けて、カティスはもうひと押しの言葉を放つ。
「それに、今はまだ温かい季節とは言えませんよね。『温かいお布団』……恋しく、なりませんか?」
「そうそう。人生を謳歌するなら長生きしたほうが得策ではないだろうか。……というわけで俺は寝るぞ」
 同行していたシャルフィンが、準備万端の寝巻のままに、千梨とカティスが用意したベッドに潜り込む。
「今なら俺の添い寝付きだ」
「……そう。警戒しないで欲しい、無理に寝ろとは言わん。ただ、疲れた様子だからな。少し目や体を休めたらどうだ。一瞬目を閉じるだけなら問題無いさ」
 シャルフィンが包まった布団の足元に腰掛けたまま、千梨が言う。
「万が一、それで眠りたくなってしまっても罪では無い……頑張った者が休息を欲するのは自然な事だ。何かあれば我らケルベロスが守る。安心して布団の心地良さに身を任せよう……」
「――みなさん、どうぞ惑わされることのなきように」
 シャルフィンの添い寝はともかく、千梨の囁きに信者達が落ちかけたそのときに、ビルシャナは言った。だがそれを遮るように、ハチが声を張る。
「寝ないまま、無理して……そんなの、家族や友人や恋人……大切な人達にだって、心配を掛けるっス。寝つけないなら、睡眠薬に頼るとか気絶するまで筋トレするとか……」
 いつの間にか、どこか苦し気にそこまで吐いて、ハチははっとしたかのように笑顔を取り戻す。
「……なんて! 今ならそんな事しなくてもぐっすり寝られるんじゃないスかね? それって、すごく幸せな事っス!」
「っちゅーわけで、ほれ」
 ハチの言葉にかぶせるように、ドミニクもまた布団を指した。シャルフィンが「ウェルカム」と言いつつ布団を捲っていた。
「ここまで頑張って起きてたンじゃ。そろそろ、この至福のご褒美を、たァンと堪能する頃合いじゃね?」
「ね、眠らずにいたのは、この時の、ため……?」
「目を、閉じるだけ……なら……」
 ケルベロス達の言葉に次々に陥落してく信者達は、どれだけ眠っていなかったのか、見る間に深い眠りへと落ちていく。
 ぱちりと、ビルシャナはその様子を見て、何を思ったか再びの瞬きをした。
 眠っていない信者は、ひとり、ふたり。
「……眠れないんだ」
 震える声で、ひとりがそう呟いた。
「解る人にしか、あの恐怖は、解らない……! 夢を見るんだ!」
 泣きそうなほどの声に、夜廻・終(よすがら・en0092)はようやく視線を上げる。その視線はどこか、冷えていた。


「やれやれ。ま、全員を正論で説き伏せられるとは思ってなかったが。……あとはもう眠ってようねー」
 叫んだ信者に一瞬で肉薄し、隆治が手刀を叩き込む。
 一言呻きを残して倒れたひとりに続き、もうひとりが迎撃の姿勢をとるも、そもそも戦い慣れたケルベロス達に適うはずもない。あっと言う間に、ふたりめも沈む。
「……ほんとうに、くだらない。……誰ひとり、心の底から信じさせることもできないまま、おまえは『教義』を抱えて死ぬんだ」
 これだけのことで、と終はぽつりと言って、銃口をビルシャナへと向けた。
 そこから先は、正に電光石火の出来事だった。
 ふわりと、赤い蝶が舞った。
 遊女が己の霊力を変えたその優美な姿は、惑わすようにビルシャナの周りを飛んだ。ビルシャナの金色の目がその蝶を追った瞬間、その体は切り裂かれ、羽を散らす。
 ビルシャナの懐へと飛び込んだ前衛達に、ドミニクが、十郎が、精神異常を予防する魔力を纏わせる。
 カティスの援護を受けながら千梨もまた攻撃を放ち、それに合わせるようにしてシャルフェンもまた補佐に移る。回復も必要ないと判断した終もまた同じ。
 ハチが拳を振るおうとしたまさにその時、何故か抵抗もせず打たれるままにしていたビルシャナが、くるりと顔をハチへと向けた。
「……眠るのは、こわいでしょう?」
「――ッ、!?」
 ぎくりとした。この頃覚えるようになった眩暈にも似た感覚に浚われそうになる意識を、それでもハチは繋ぎ止める。
 ビルシャナの目は、既に天井を向いていた。
「――わたしが本当に望むのは――」
「眠るのが嫌いな貴方に、最期に素敵なプレゼント……」
 メルナーゼが、どこか毒のある微笑みを浮かべながら、言った。
「次見る夢は、悪夢じゃないといいですね……♪」
 ビルシャナのそれとも似た、金の右目に展開された魔法陣と共に、メルナーゼの我流の魔法が爆ぜる。
 梟頭のビルシャナは、まるで大したことでもないように「おっ」と声を上げた。地面から一斉に伸びた白い腕が、ビルシャナの頭部を捕らえた。
 ぱちりと、もう一度梟の目が瞬いたその瞬間、幾本もの白い腕が、ビルシャナの首をねじ切る。びくんと一度大きく跳ねた身体は、数度痙攣すると、静かになった。
 それが誰の悪夢であったのかを知る人物は、ここにはいない。


「……生きる為に不可欠なものまで信者に切り捨てさせてどこに向かうのか、鳥頭の考える事は相変わらずわかんねっス。……とりあえず、終わったっスね!」
 何かを吹き飛ばそうとするかのように笑ったハチは、思い出したように、沈んだ顔をした終に近寄ると、その目線の高さを合わせるようにしゃがみ込んだ。
「終、終。変なタイミングかもしれないっスが、また会えて嬉しっス、すごく」
「……?」
 意図を図りきれなかったのだろう終は、僅かに眉を寄せてハチを見つめる。
 その頭を、ぽんとドミニクが軽く叩くように撫でつける。
「のォ、どした、終。……なンか、あったンか?」
 その言葉に視線を落とした終は、少しした後にハチを見て、ドミニクには視線を合わせぬままに、再びそれを伏せた。
「ただ……」
「うン?」
 震えるように終は言った。
「……ビルシャナでも、なんでも。ずっと何かを憎んだままでいれば、戦えると、思っていたけど。憎むのが、恨むのが、……どう戦っていいか、どう戦うべきなのか、……どう、生きるべきなのか、わからなく、なって」
 それが、とても、つらい。
 小さな声を絞り出すように告げて、終は何かを嫌がるように頭を振った。
「……なんて、……」
 冗談だとでも言おうとしたのだろう。それでも、それが言葉になることはなかった。
 三人のやりとりは小さなものだったから、恐らく他には届かなかった。十郎が、安らかな寝息を立てる元信者達をぐるりと見遣って、溜息を漏らす。
「さて、こいつらはどうするか……」
「ううん、このまま放っておいても風邪を引くくらいでしょうし……、少し痛い目をみるくらいがちょうどいいのかもしれませんね?」
 カティスが小首を傾げた。
「それでも、お布団被せておくくらいはしましょうか」
 いそいそと眠っている元信者に、言葉と共に柔らかな布団を被せ、カティスは満足気に息を吐く。
 千梨はそれぞれに『終わった』ことを理解するケルベロス達を見遣り、気配だけを残して消え去ったビルシャナの居た場所を見つめた。
「――まあどうでも良いけど」
 思わず呟いたのは、何を否定するためだったのか。
 同じように、ビルシャナが死した跡を見つめて、隆治はがしがしと頭を掻いた。
「……思い出したくなかったんだがなぁ」
 そう、ひとつぼやく。
 冷えた風が、高くなりはじめた陽の光と共に部屋へと吹き込む。割れた窓から訪れるそれらに、眠りに落ちている人々は、まるで己を守るかのように、ぎゅうとその身を小さく縮めた。

作者:OZ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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