不完全性喪失論

作者:犬塚ひなこ

●希望は消え果て
 結婚を約束していた恋人が、事故で死んだ。
 原因は飲酒運転の車に轢かれたというよくあるもの。そんなものは物語やテレビの中だけの出来事だと思っていたし、実際に自分の近しい人がそうなるとは考えてもみなかった。
 だが、それこそが目の前にある現実だ。
 恋人ともう二度と会えないという無慈悲な現状に彼は絶望していた。何もかもが嫌になり、全てを捨ててしまいたくなった。無気力なまま、自分も死んでしまいたいと願う日々の中、彼に更なる転機が訪れる。

 ふと目を覚ましたのは薄暗い部屋の中だった。
「――喜びなさい、我が息子」
 実験台らしきものに横たえられた青年を見下ろす形で、仮面で素顔を隠したドラグナーは語り掛ける。竜技師アウルと名乗った男は青年が戸惑うのも構わず、現状を説明した。
「君はドラゴン因子を植えつけられた事でドラグナーの力を得た。しかし、未だにドラグナーとしては不完全な状態。このままでは、いずれ死を迎えるでしょう」
 淡々と語った男は更に告げてゆく。
 それを回避して完全なドラグナーとなる為には、与えられた力を振るって多くの人間からグラビティ・チェインを奪い取る必要がある。そんな理不尽な状況を聞いた青年は暫し目を瞬いた後、喉を鳴らして笑った。
「そっか……そうなのか。こうなっちまったなら仕方ないよな。どうせ後は死ぬしかなかったんだ。いいさ、殺しでも何でもやってやるさ」
 今更この世に未練などない。だが、世の中を滅茶苦茶にしてやれるなら望むところだ。
 そして、ゆっくりと起き上がった青年は絶望の色に染まった瞳を外に向けた。
 
●彼の選択
 不完全なドラグナーが街に現れ、人々を襲う。
 そのような未来が予知されたと語った雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)はケルベロス達へ出動を願った。
「今回の敵さんは、ドラグナーの『竜技師アウル』によってドラゴン因子を移植され、新たなドラグナーとなった人のようなのでございます」
 このドラグナーは未完成の状態で、完全な力を得る為にはグラビティ・チェインが必要だ。
 実験台にされた青年は自分を取り巻く環境に絶望しており、今の状況を受け入れてしまっている。そして今、彼は人々を無差別に殺戮しようとしているらしい。
「今から向かえば彼が大通りに出る前、路地裏で戦いを仕掛けられますです。急いで現場にいって未完成のドラグナーを撃破してください!」
 因子を埋め込まれた対象は哀れとしかいいようがない。だが、このまま放置するわけにもいかないのだと語り、リルリカはぎゅっと掌を握り締めた。
 今回、戦うことになるのは未完成ドラグナーが一体。
 彼がどの道を通って人を襲いに行くかはわかっているので、ケルベロス達は指定された路地裏で待ち伏せればいい。彼はフードを被り、簒奪者の鎌を手にしているのですぐにでも発見できるはずだ。
「皆様は敵を見つけたらすぐに戦いを挑んでくださいです」
 幸いにも路地裏付近に彼以外の人通りはない。騒ぎになる前に戦いを終わらせ、引導を渡してやるのが良いだろう。
 しかし、未完成とはいっても彼の半分は既にデウスエクスだ。油断していると逃走を図られてしまう可能性もあるので注意が必要となる。
「悲しいことですが、ドラグナーになってしまった人を救うことはできません。けれど、だからといって罪に手を染めさせてはいけないです。どうかよろしくお願いします」
 万が一に彼が完全なドラグナーになると更に取り返しのつかないことになる。
 ケルベロス達ならばこの悲しい事件に決着をつけてくれると信じたリルリカは、真っ直ぐな信頼の宿った眼差しを向けた。
 


参加者
ヴィヴィアン・ウェストエイト(バーンダウンザメモリーズ・e00159)
眞山・弘幸(業火拳乱・e03070)
霖道・悠(黒猫狂詩曲・e03089)
アーティラリィ・エレクセリア(闇を照らす日輪・e05574)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)
愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468)
西城・静馬(創象者・e31364)

■リプレイ

●絶望地獄
 遠くに揺れる街の光、微かな喧噪の音。
 何処か心寂しく感じられるのは今が夜であり、路地裏に人気が無い故だろうか。
 間もなく、此処には番犬達にとっての待ち人が来たる。
「人の悲しみにつけこむなんざ、低能低俗な奴が考えそうな事だぜ」
 周囲の様子を気にかけながら、眞山・弘幸(業火拳乱・e03070)は肩を竦めた。思うのは今回の敵を生み出したという黒幕の事。
 不完全なドラグナーを作りあげたという者の名を思い浮かべ、西城・静馬(創象者・e31364)も神妙に頷く。
「竜技師アウル……人にドラゴン因子を移植し、同胞を生み出すドラグナーですか」
 かの敵が恨みや辛みを抱えた人間に対象を絞る理由は、人への敵意を向けやすさゆえか、それとも因子との相性の問題か。静馬はふと考え込むが、今は戦いに気を向けるべきだと顔をあげた。
 そして、アーティラリィ・エレクセリア(闇を照らす日輪・e05574)とニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)は今回の対象について思いを巡らせてゆく。
「想い人を亡くしたか……その辛さは痛いほど分かるが……」
「愛する人を失った哀しみ。それはどれ程のものだろう?」
 止めてやらねばなるまい、と決意を胸に抱いたアーティラリィに対し、ニュニルは不思議そうに首を傾げた。けれど、想像すればわかる。
 その悲しみは地獄を彷徨うこと。生きる目的を失うことと同じ。
 そのとき、路地裏に近付く気配があった。
 霖道・悠(黒猫狂詩曲・e03089)はボクスドラゴンのノアールに目配せを送り、同様に仲間達にも視線で合図を伝える。
「行きましょう」
 愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468)と東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)はすぐに気配の元を探り、弘幸達と共に一気に相手を囲い込んだ。
 静馬も鍔鳴りを響かせ微笑を浮かべ、現れた男の前に立ち塞がる。
「物騒な得物を携え何処へ行くのでしょう」
「何だよ、お前達は」
「もうこの路地裏から出さないのです」
 ドラグナーの男が半眼で此方を睨み付けるのにも怯まず、菜々乃は確りと告げる。
 ヴィヴィアン・ウェストエイト(バーンダウンザメモリーズ・e00159)は男からの問いに応えるべく、自分達は番犬だと答えた。差し向けた青の眼差しが映すのは、恋人を喪ったという男の背景への興味。
「さぁやろうぜ、戦闘開始だ」
 彼の事情は全て理解している。その上で戦う他無いと判断されたのだ。ヴィヴィアンは白銀の銃に手をかけて標的を見据える。そして、ふと感じる。
 ああ、きっと――この男も己の裡に地獄を飼っているのだろう、と。

●心の行方
 ヴィヴィアンによって放たれた銃弾が始まりの合図となり、戦いが幕開ける。
 此方を敵と見做した男は鎌を構え、刃に虚の力を纏った。
 来る、と感じたニュニルはボクスドラゴンのスクァーノに仲間を守るように願う。刹那、鋭い斬撃が振り下ろされた。
「自暴自棄になるキミをボクは責めない。ただ悲劇を終わらせるだけ」
 ね、マルコ、とニュニルは抱いていたクマのぬいぐるみに問いかける。敵は不完全とはいえ、それなりの力を持っているように感じられた。
 弘幸は気を引き締め、同時に男の濁った色の瞳を見つめる。その奥にはどれほど深い諦観と絶望が秘められているのだろうか。
「身体は救えねぇが心だけでも……だな」
 誰にも聞こえぬ声で呟いた弘幸は強く踏み込み、敵に地獄の業火を叩き付けた。
 男は痛みに耐える声を漏らしたが、すぐに体勢を立て直す。静馬は其処に隙を見出し、月光の斬撃で以て敵に斬りかかる。悠はノアールに援護に回るように伝えた後、仲間に続いて攻勢に出た。
「悪いけど、容赦はしてやれない」
 次の瞬間、ちりん、と鈴が鳴る。それを合図にして猫の形を成した黒い影が男の足元に絡みついてゆく。
 その間にウイングキャットのプリンとプロデューサーさんが尻尾の輪を飛ばし、攻撃補助に入った。菜々乃は翼猫達に頑張って、と告げ、男に向き直る。
「悲しい事があったとしてもそんな事をしていいはずもないのです。現状に流されて騙されてるだけなのですよ。そんな事をしても何も元には戻りませんし同じような思いをする人を増やすだけなのです。それで本当にいいんですか?」
 菜々乃は縛霊の一撃を放った。
 彼の心情を考えると何ともいえない気持ちになるが、菜々乃としてはそう告げる他なかった。また、瑠璃もフロストレーザーを放ちながら思いを一気に告げる。
「大切な人を失うって凄い悲しいことだと思うわ。デウスエクスに人が殺されることも珍しくないとはいえ……貴方はそのことを嫌って程わかっていると思うわ。でも、それなら貴方が虐殺することによって殺される多くの命、その一つ一つに対して貴方と同じ思いを抱く人がどんな痛みを同時に抱くか……それがわかると思うの。せめて貴方がしようとしていることがどういうことか……わかって頂戴ね」
 二人が語ったのは正論だ。
 しかし、ただそれだけで全てを悟り、諦めきれるほど人の心は単純ではない。
「分かれだと? それは俺個人の思いは無視しろってことかよ!」
 男は激昂し、ケルベロス達を睨み付ける。
 大切な人を喪う悲しみと心の穴。アーティラリィは誰もよりもそのことを理解していた。だが、分かっているからこそ許すことは出来ない。
「大切な者を失う痛みは辛かろうな。ただのぅ、その空虚さ故に堕ちるというのなら止めさせてもらおうぞ」
 アーティラリィは魔斧を握り締め、地を蹴った。高く跳躍した彼女は落下の勢いに乗せて重い斬撃を放つ。その際に浮かんだのは、自分が苦しんでいた時に止めてくれた友の存在。自分はまだ幸せな方だったのだろうと感じたアーティラリィは唇を噛み締めた。
 静馬は仲間達の思いを聞き、ゆっくりと首を振る。
 不幸な境遇なのだろうが、今は唯の敵。倒すしか道はないのだと己を改めて律した静馬は漆黒のコートを翻し、二振りの刃の切先を敵に向けた。
「ここで果ててもらいます」
「果てるのはお前らの方だッ!」
 対して、未完成ドラグナーは鎌に死の力を宿して弘幸を狙う。戦籠手で刃を受け止めた弘幸は眉間に皺を寄せた。その視線と敵の眼差しが一瞬だけ交差する。
 そして、無理はするなと仲間に告げた、ヴィヴィアンは敵の背後へと回り込んだ。
「新しい恋を見つけてりゃこうはならなかったのに」
 されど、彼にはそれができなかったことも分かる。だからこそ存分に刃を、銃弾を交わしあおうと語ったヴィヴィアンは鋭い一閃を撃ち放った。
 匣竜達も彼に合わせ、体当たりで以て敵に衝撃を与えていく。
 悠はノアールをそっと見守りつつ、ドラグナーへと念力を解放する。男にとって恋人の死はまだ受容れられないもの。ならば、その思い出を聞いてみたいと感じた。
「君にとって、大切な人はどんな人、だった?」
 それ語る事で少しでも心が和らぐのならと考えた悠だったが、男は反発する。
「話す事なんてひとつもねえよ」
 敵として対峙している以上、男の心は閉ざされたまま。
 それも致し方ないと理解しているニュニルは、キミの物語は知っている、と告げた。ニュニルにも想う人がいる。故にもしその人を失えば彼と同じになるかもしれない。
「ボクはキミを責めない。思い切り暴れていいよ、思い切り叫んでいいよ」
 この悲劇の連鎖を終わらせるだけだから、と話したニュニルは番えた矢を放ち、真っ直ぐに男を見つめた。
 アーティラリィもブラックスライムを解き放ち、彼に語り掛けてゆく。
「大切な者を失った空しさ、守れなかった無力さ、それが苛み続けておるのじゃろう」
 その痛みを知りながら、誰かを傷つけようとするのは終わりなき連鎖に過ぎない。恨むなとは言わない。むしろ恨んでくれて構わぬ、とアーティラリィは己を示した。
 だが、それでも。悲しみの鎖は繋げたままにはしておけない。そんなものは全力をもって阻止すると決めたのだ。
 菜々乃もまた、プリンに気を引き締めるように指示する。
「他の人を傷つけ不幸にするなら、ここで止めさせて頂くのです」
「思いが変わらなくてもいいわ。せめて、絶望したまま逝くことのないように」
 瑠璃は守りの盾を展開し、プロデューサーさんもプリンと一緒に清浄の翼を広げた。菜々乃も流星の如き蹴りで敵を穿ち、戦い終わらせる為に奮闘する。
 立ち塞がるのは無慈悲な現実。
 自分ではどうすることも出来ず、腹立たしく感じて全てを破壊したくなる気持ち分からなくはない。だが、弘幸は分かっても許せる訳はないと拳を握った。
「辛くとも、だからと言ってどうぞと言う事は出来ねぇんだよ。それに、お前が真に憎むべき相手を間違えちゃいけねぇ」
 弘幸が発したのはドスの利いた声でありながら、不思議な穏やかさを宿している。まるで男を諭すような言葉と共に、竜技師への怒りが込められた蹴りが放たれた。
 しかし、ドラグナーも再び虚刃を振るい返す。
 ヴィヴィアンは自分に向かう一閃を敢えて受け止めようと決め、地を踏み締めた。
「いいぜ、受けてやるよ。お前の怒り」
 彼なりの宣言に続き、放たれたのは地獄の炎弾。似て非なると云えど同じ地獄を宿す者同士、ヴィヴィアンと男の視線が重なった。
 戦い続ける男からは虚無めいた雰囲気が滲み出ている。
 続く戦闘の中でドラグナーの力を冷静に分析していた静馬は、徐々に勝利が近付いていると感じていた。
「喪う哀しみを知りながら、惨劇を演じるか……ならばその矛盾を抱いて眠れ」
 そして、静馬は雷刃の突きで敵を貫きに駆ける。
 夜の空気ごと敵を斬り裂いた一閃は、宛ら雷鳴の如く鋭い音を響かせた。

●仮初めの希望
 荒い息を吐いた男は、鎌を支えにしてよろめきそうになった体を支える。
 逃走の気配を感じた悠とアーティラリィは素早く回り込み、敵の退路を塞いだ。更に菜々乃と瑠璃も男を見据え、最期が近付いていると視線で示す。
「元に戻してあげられたら良かったですが……」
「もう……無理なのよね」
 瑠璃は一瞬だけ瞳を伏せ、彼を助けられないことを嘆いた。されど手加減はしないと決めた菜々乃は強い一撃を打ち込んでいく。
 主に合わせて翼猫が動く最中、弘幸も其処に続いて地獄の焔を纏った。
「今抱えている全ての憎しみを俺にぶつけろ。最期の相手をしてやるよ」
 それでお前の心が救われるなら、と弘幸は全力を込めた蹴りを放ちに向かう。咄嗟に反応した男も大鎌を振るって迎え撃った。
 瞬刻、零距離で放たれた二つの衝撃が戦場に散る。
 それによって弘幸とドラグナー、両者共が大打撃を受けたようだった。だが、其処で予想外の事が起きる。
「は、はは……もう、良いや。ほら、さっさと俺を殺せよ。死にたいんだ……」
 鎌を放り出した男は膝を突き、空虚に哂った。
 まだ体力も戦う力も僅かに残っているというに、彼は全てを放棄したのだ。仲間達は思わず虚を衝かれたが、ただひとりヴィヴィアンだけは即座に動いた。
 此処でかける情けは侮辱に等しいと悟ったからだ。
「そうか。恋人を失ったこと、記憶に裏切られること、どっちが辛いんだ」
 教えてくれよ、と囁いた彼は銃口を向け、記憶を地獄化する銃弾を放つ。
 魔力によって歪められた記憶は精神的な凶器となり、男の脳内のあちこちを荒らし、抉り、捩じってゆく。
 耐え難い激痛に耐える彼を憐みの目で見つめ、静馬も引導を渡しに向かった。
「運命に惑わされし愚者よ。せめて光の中で愛する人に懺悔し、天に召せ」
 静馬がそう告げた刹那、眩い閃光が敵を包み込む。陽の光の如き速度でドラグナーを捩じ伏せた衝撃は彼の命を確実に削った。
 瑠璃は、今よ、と終焉に続く合図を仲間達に送る。
 もう終わらせるしかないと感じたニュニルも決意を固め、彼に呼び掛けた。
 男はただ利用されただけ。未だ罪無き人を手にかけず、その手は何の罪にも染まっていない。彼岸で出会うだろう愛する人にそれを誇れることが救いになるはず。
「Do widzenia……どうか彼の人に逢えますように」
 さよなら、と告げたニュニルは黒影の一閃を解放した。
 悠もそれに合わせ、再び影猫の調べを紡ぐ。
「アンタの、大切な人は屹度。人殺しをしたアンタを望まないンじゃない? 良かったな、向こうで逢えた時、怒られないで済む」
 現れた黒猫達が標的の足元にじゃれつく様は宛ら彼をあの世に誘うかのよう。
 アーティラリィは仲間達の言葉に頷き、向日葵の如き眩い光を生み出した。
「そうじゃ。余は、アヤツが好いた余で在り続けると決めたのじゃ」
 それ故にお主もどうか、と希ったアーティラリィは裁きの力を発動させた。地に生きるものは、誰一人として太陽から逃れる事は叶わず。
 そして、この輝きが彼を導く光となるように。
 深い絶望の中に一縷の希望が差し込むよう願われ、太陽は昏い夜を照らした。

●君との天国
 そうして――男はその場に崩れ落ち、血を吐いた。
 誰が見ても死が間際に近付いていると分かる姿を見つめ、菜々乃は歩み寄る。
「せめて最後に心残りがありましたら聞きますよ。あなたも被害者ですから……」
 だが、男はその声が聞こえてない様子で虚空を見上げた。そして、震える腕を天に伸ばしながら掠れた声で呟く。
「これで……やっと、君の所に……」
 それが、何処か満足気に目を細めた彼の最期の言葉だった。
 アーティラリィは瞳を伏せ、完全に倒れ込んだ男に追悼の思いを向ける。
「さらばじゃ、余がなっておったかもしれん姿の者よ……」
「…………」
 瑠璃と悠は無言のまま男を見下ろし、ヴィヴィアンも物言わぬ屍に小さく告げた。
「できれば助けてやりたかったよ」
 後の処理は皆や警察に任せておけばいい、と彼は手にした煙草に火をつけた。
 自分は覚えている限りでは大切なものを失ったことはない。だが、もしそうなったら自分も彼と同じようになるのか。その時はこの力を自分に使うのか、それとも既に使っているのか。ヴィヴィアンの中で考えが上手く纏まることはなかった。
 静馬も黙祷を捧げた後、事態の解明を急がなければならないと決意する。
「無駄にしたくないものですね……彼の死も」
 ああ、と頷いた弘幸はうまく形に出来ぬ思いを何とか言葉に変えた。
「死んだ後位幸せに……じゃねぇが、」
 その魂が少しでも安らかに眠れるようにと弘幸は祈る。ただ、今はそうすることしか出来ないと知っていたからだ。
「ああ、とても悲しい夜。ボクも壊れてしまわないよう、マルコも祈ってくれるかい」
 ニュニルはぬいぐるみをぎゅっと抱き、静かに俯く。
 どうすることが幸せだったのだろうか。
 どうなることが最善だったのか。それとも、そんな正解は最初から無かったのか。
 深い夜の最中、哀しみは巡る。まるで静寂と闇の奥に消えてしまったかの如く、その答えが見つかることはなかった。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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