満開の飛梅に願いを籠めて

作者:奏音秋里

 梅の咲き誇る季節。
 紅白のおめでたい花が、彼女を迎えてくれた。
「満開だー」
 順に眺めて、次がイチバン好きな梅……だったのだが。
「あれ?」
 地面に、ぽっかり穴が開いている。
 きょろきょろしていると、頭上に空気を切る音が聞こえてきた。
 なんと梅が、空を飛んでいるではないか。
「えぇっ!?」
 ぱちくりと眼を開けると、其処は図書館の机の上。
 勉強中に、眠ってしまっていたようだ。
「いけない……」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 シャープペンシルを握り直した彼女の背後から降ってくる、女の声。
 放課後の校庭に、梅が飛来した。

「その梅は、菅原道真を追って都から飛んできたため『飛梅』と呼ばれているそうです」
 学問の神様を奉る、福岡の太宰府天満宮に伝わる話である。
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が、説明を始めた。
 曰く、奪われた『驚き』をもとに生み出されたドリームイーターを倒してほしいのだと。
 被害者は高校生の女の子だと、巽・清士朗(町長・e22683)も口を開く。
 いまは机上に伏せており、ドリームイーターを倒せば意識をとり戻すらしい。
「倒すべき相手は梅です。高さは3メートルほどでしょうか。梅の花吹雪によるモザイクは、ダメージとともに様々な悪い効果をもたらします」
 花吹雪は、一瞬にして対象の視界を埋め尽くす。
 知識を奪われたり悪夢を視せられたりと、どちらもたまったものではない。
「出現場所は、被害者の通う高校の校庭です。誘き寄せる必要はありませんが、生徒や先生方の避難と、照明のお願いはしておいてください」
 放課後の校庭では部活動がおこなわれているため、その者達の無事も確保してほしいと。
 急げば、ドリームイーターの出現より15分程度早く到着できるらしい。
「やはり今回も、ドリームイーターは出会った相手を驚かせようとしてきます」
 驚けばそれでよし。
 だが驚かない相手には、腹を立てて攻撃してくる性質がある。
「彼女の将来をとり戻してください。よろしくお願いしますね」
 女の子が無事に、志望校を受験できるように。
 願いとともに、セリカはケルベロス達を送り出したのだった。


参加者
君影・リリィ(すずらんの君・e00891)
篁・メノウ(わたの原八十島かけて漕ぎ出ぬ・e00903)
月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)
リサ・ギャラッハ(メイドオブラテックス・e18759)
離・珪(宵闇の黒豹・e18815)
鵜松・千影(アンテナショップ店長・e21942)
鴻野・紗更(よもすがら・e28270)

■リプレイ

●壱
 現場へ急行したケルベロス達は、作戦に則って持ち場へと散開する。
 ドリームイーター出現まで、タイムリミットは15分。
「我々はケルベロスです。ドリームイーターの掃討に参りました」
「校庭に異変が起こるよ! 校舎内へ避難するよう放送で呼び掛けとくれ!」
 真っ先に職員室へ走り、鴻野・紗更(よもすがら・e28270)が隣人力を発揮する。
 離・珪(宵闇の黒豹・e18815)の呼びかけに、1人の教員が職員室を飛び出した。
「敵はわたくし達にお任せくださいますよう。皆様方には、校舎内に避難しておいて頂きたく存じます」
 慇懃な立ち居振る舞いの紗更に、教職員達は安心感を憶えたよう。
「戦闘に備えて、校庭や玄関の照明をすべて点けとくれ!」
 但し校庭での作業は此方で済ませるからと、点灯について説明を受ける珪。
 教職員達が役割分担を済ませて動き出すのを見届けて、2人は職員室をあとにした。
 廊下や階段で擦れ違う生徒達にも、紗更は柔和な表情を崩さず避難を呼びかける。
 『携帯電話』で通話中の珪も、急ぎ足で校庭へと向かっていた。
「これよりデウスエクスと戦闘します! 校庭にいる人達は速やかに、校内へ避難をお願いします!!」
 ほかの6名は、屋外にいる生徒達や教職員の避難対応に追われている。
 篁・メノウ(わたの原八十島かけて漕ぎ出ぬ・e00903)は、玄関付近を担当。
 拡声器を使って呼びかけ、此方へ逃げてと着物の袂を振る。
「えぇと、11分後に戦闘開始します。落ち着いて、速やかに校舎内へ避難してください」
 ウイングキャットと校舎裏へまわるのは、君影・リリィ(すずらんの君・e00891)だ。
 草花の世話やのんびり日向ぼっこなど、思い思いの放課後を過ごしている生徒達へ。
 頭の鈴蘭を揺らし懸命に集合時間から逆算して、わざと2分短めに時間を伝えていた。
「こちらケルベロス! 約11分後、ドリームイーターが出現、戦闘になるよ! 落ち着いて、でも急いで校舎内に避難してね!」
 フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)も、リリィと同じく2分の前倒し。
 『拡声器』をとおして、割り込みヴォイスで発した声を生徒達へ届けていた。
 教員による避難指示放送も、ケルベロス達を後押しする。
「あ、大丈夫ですか? お気を付けください」
 躓く生徒の身体を、リサ・ギャラッハ(メイドオブラテックス・e18759)が受け止めた。
 いまはフィーとともに、校舎と校舎のあいだにあるテニスコートをまわっている。
 お礼の言葉に笑顔で応えて、屋内へ入ったことに安堵の息を吐いた。
「うん、これでだいじょーぶ!」
 校門に立入禁止テープと、『ケルベロス戦闘中、終了まで立ち入り禁止!』の貼紙を。
 忘れ物をとりにとか、ランニング終わりとか、外から戻る者への対策である。
「ケルベロスからおしらせでーす! ここにもうすぐ敵さんがやってくるよ! 校舎にいれば安全だから、転ばないように戻って隠れていてね!」
 そして『拡声器』で、月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)は避難を呼びかけた。
「ケルベロスだ。校庭に異変が察知された。時間がない、校舎内に避難をしてくれ」
 可能な限り簡潔且つ冷静に、鵜松・千影(アンテナショップ店長・e21942)も告げる。
 裏門付近から校庭まで、移動しながら危機感を伝えていった。
 途中『音声認識機能付インカム式小型携帯電話』で聴いたとおり、照明も点けつつ。
 そうして。
 珪の『腕時計』が。
 縒の『特製リストウォッチ』が。
 メノウとリサとフィーと千影の『Limit.』が。
 紗更の懐中時計が。
 到着から10分ーー即ち、ドリームイーター出現5分前を報せた。

●弐
 急いで校庭の中央へと集合した8名は、避難状況を改めて確認。
 適切な指示や教職員の助力もあり、一般人が巻き込まれる可能性はなさそうである。
 充分に体勢を整えて、飛来する梅を迎えることができた。
「うわっ、ほんとに木が飛んできた!? ちょ、こわい、普通にこわい! あ、いや、お、驚くのは攻撃を逸らすための作戦なんだよ! 演技、だからね!?」
「わぁ、びっくりだよう! どうやって飛んでいるのかな?」
「伝承じゃいい話っぽい雰囲気だけど、実際飛ぶと……シュールだねぇ」
 とてもびくびくしながら、誰に向かってか釈明の言葉を述べる縒。
 八重歯を見せて笑顔のメノウは、感じたままの吃驚と不思議を口にする。
 フィーは正直、驚きと呆れの感情が半々に入り交じっていた。
「飛ぶ梅? はぁ、そうですか」
 リサを始めほかのメンバーは、サーヴァントも含めて平然としている。
「この時期は、梅と椿の花が綺麗でいい。けど爆発してほしいとは言っていないんだよね」
 先手をとろうと、メノウは後衛陣の足許へ守護星座を描いた。
 過去の依頼での経験から、ドリームイーターには微塵も容赦をする気にならない。
「いざ、参りましょうか」
 ドリームイーターへの初撃は、紗更の簒奪者の鎌が牙を剥く。
「都合がつかなかった彼のためにも……」
 この場へ来られなかった同志の分まで、最善を尽くそうと決めているから。
「そうだねぇ。いい報告をできるように、がんばらないとね!」
「フィーちゃんの言うとおり! 町長さんが任せてくれたんだから、信頼に応えるためにもしっかりしないと! 思いっきりいっくよー!」
「想い描く結末は――もうその掌のなかに」
 フィーの台詞に呼応して現れる幻は、前衛陣のために幸せな1曲を奏でるオーケストラ。
 邪魔をさせまいと、縒が跳び蹴りで足止めしているあいだに。
 仲間達を音色で癒しつつ、バッドステータスへの耐性も付与する。
 縒とフィーの2人は昔からの相棒で、連携ばっちり息ぴったりだ。
「クラン。オークの樹にして森の王たるもの。私に力を貸してください」
 リサの願いを聞き入れるかのように、校庭にオークが繁茂していく。
 その奥から闊歩してくるのが、リサがクランと呼ぶ純白のヘラジカだ。
「オークが茂る校庭に梅の木が1本。映えません?」
 地を離れ背に身を預ければ、5メートルの巨体はドリームイーターへと突撃する。
「夢散り絶望した主を追い、遠き西の地に舞い飛ぶ梅……ね。飛梅の伝承。そんな悲劇は一度でいい。夢は咲かせるものだ」
 口へ放り込んだ梅味の飴の酸味で、気を引き締める千影。
 自身と同じくディフェンダーのミミックを守護するために、光の盾を置いた。
「にしても『飛梅』の予知だなんて、アイツらしいわ。ね、ベンさん」
 この事件を見付けてきた者とは幼馴染みで、メンバーにも縁のある者が多い。
「受験生の追い込み時期だというのに……傍迷惑な夢喰いだこと!」
 その1人であるリリィにとっては、身寄りのない身元を引き受けてくれた恩人だ。
 住む場所を与えてくれ、勉学に励める環境をくれたうえに、剣の師でもある。
「――此処にいるのは敵味方、驚きなんてなにもない」
 恩に報いるためにも、感情を殺して音速を超える拳を打ち付けた。
「飛梅の逸話は、風情があるもんだけど……無駄に驚かせちゃいけないよね」
 スナイパーの位置から、珪は魔力を籠めた咆哮をあげる。
 逃げることなど許さないと、足止め効果を重ねた。
 花吹雪のモザイクに視界を埋め尽くされても、怯んだりしない。
 可愛いモノ好きだが、この梅はまったく可愛いと思えない……残念である。

●参
 校庭は花弁で埋め尽くされ、真白い絨毯を敷いたよう。
 その上を、ケルベロス達は縦横無尽に動き、攻勢を強めていた。
「やめて! 私、受験生なのよっ……えっ……」
 叫ぶのは大学受験を来年に控えるリリィだが、ウイングキャットが割り込み防御。
「よくもレオを……許さないっ!」
 知識を奪われた相棒への想いを乗せて、強烈なまわし蹴りを繰り出した。
「チロちゃん、ざしゅっとやっちゃってー!」
 魔力を纏めて放出する黒猫のファミリアは、色違いの赤いリボンを首に巻いている。
「っていうかなんで梅が飛んでくるの? でっかい木のおっかけとか嬉しくないよねー」
 縒の視線の追う先で、青の双眸が幹へ体当たりして、戻ってきた。
「本当に。ドラゴンやらなにやらいる世界ですし、木が飛ぶくらいじゃ驚きませんよね。なのに驚けなんて随分とわがまま……」
 言いながらリサは御業を召還し、ドリームイーターを鷲掴む。
「いいよ、フィオナ」
 視線を合わせれば、テレビウムが大きな鋏で以て枝を落としていく。
「手荒なのは、好きではありません」
 現状を瞬時に分析して、紗更の選んだグラビティは降魔真拳。
「お互いのためでございます。早く終わらせて差し上げましょう」
 自身のグラビティのなかで与えるダメージが最大で、命中率も高いからだ。
「私も賛成だよ」
 入れ替わりに懐へと攻め入り、珪は軽く首を縦に振る。
「がんばって勉強している成果を奪ったり、悪夢へ誘ったりするような輩には、とっとと消えてもらわないとね」
 バトルガントレット内のエンジンを起動させて、重厚な一撃をお見舞いした。
「飛梅伝説かぁ……」
 肩にバスターライフルを構えて、蛍光色の黄緑の瞳で照準を合わせるフィー。
「学問の神様所縁の伝説で受験失敗しちゃったら、ひっどい話だよー」
 凍結光線の衝撃波に、羽織っている赤いケープが翻った。
「鵜松の名のもとに――御魂を喰らいて、花を咲かせよ」
 銃弾に貫かれた穴から、淡い紅紫色の美しい花が咲き誇る。
 一瞬にして育ち光となりて、奪った生命力を千影の身へと注ぎ込んだ。
「風流も情も解せない下品なやつだ。ムカつくね」
 伝説好きなメノウにとって、今回のドリームイーターはほかにも増して腹立たしい。
「清き風、邪悪を断て! 篁流回復術、禍魔癒太刀!!」
 斬霊刀を振り下ろした軌道から生まれる真空の刃が、大樹を斬り裂いた。

●肆
 蓄積するダメージを癒す術も識らず、ドリームイーターは弱っていく。
 ひとひらふたひらと散りゆく白は、儚くも生命の終わりを感じさせた。
「月の輝く夜にゆるりと愛でられる……次は、そのような生を受けられるといいですね」
 一瞬、竜の頭に見えたのは、リサのシャーマンズカードに召還された御業の姿。
 吐いた炎弾で包み込むうえに、テレビウムの閃光をも浴びせる。
「猫の牙だからって侮ったら後悔するよ!」
 縒が言葉とともに放つのは、獅子にも負けぬ気魄をありったけ。
 それは物理的には映らずとも、獣となってドリームイーターへと牙を立てた。
「わたくしの持つ魔術のひとつでございますれば……どうぞ、おやすみなさいませ」
 体内のグラビティ・チェインを青くほの光る雨粒へと変換して、具現化させる。
 宙を漂う無数の粒を、ドリームイーターの全身へ一斉に放出する紗更。
 ぽつりぽたりと雨の滴るなか、樹木は崩れ、倒れて、消滅した。
「東風吹かば匂い起こせよ梅の花主無しとて春な忘れそ……」
 いつもの笑顔に戻ったメノウは、優しい薬液の雨を降らせる。
 仲間達の傷を癒し、大地の傷跡をなくすために。
 それから、ケルベロス達は。
 玄関にいた教員や生徒へと終了を報せるとともに、図書室の場所を訊ねた。
「大丈夫ですか? こんなところで眠っては風邪をひきますよ? あら、夢を? それは吉夢ね、飛梅は天神様の梅だから。貴女の驚きが、喜びに変わりますように」
 桜色の瞳を細めて、リリィは柔らかい笑みを浮かべる。
 どうか魔女のことは忘れて、夢だけを憶えていてくれればいいなと願う。
「飴でも食え。酸っぱいが、これで目が覚めたろ。さ、がんばって『夢の花』咲かせな」
 千影が手袋を填めた手で差し出したのは、酸味の利いた梅味の飴。
 女の子の驚く貌に無表情ながら僅かばかり笑んで、仲間達へも手渡した。
「美味しいねぇ~梅見ながらベンさんの弁当喰いたいなぁ……あ、梅が枝餅もいいよね」
 千影のお弁当型ミミックに視線を遣って、美味なる酒や食事を思い浮かべる珪。
 未だ肌寒いなかでの梅の花見も、成程なかなか楽しそうだ。
「これあげるねぇ。あと少し――『春な忘れそ』ってね。僕も縒ちゃんもみんなも、合格を祈っているよ」
 フィーは、女の子の手に『香袋―梅―』を乗せる。
 梅のよい香りがほんのりと漂い、なんだか暖かい、幸せな気持ちにさせるのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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