ふぉんでゅ。

作者:藍鳶カナン

●煉瓦のふぉんでゅ屋さん
 冬の水鳥達が遊ぶ湖のほとりに、何だかとっても美味しそうな館があった。
 明るいビスケット色と暖かなチーズ色した煉瓦でつくられた、どこかぽってりした館。
 玄関には今にも蕩けそうなつやつや三角チーズのオブジェが飾られていて、何やら童話の絵本を思わす可愛らしい看板には『チーズフォンデュ専門店・煉瓦のふぉんでゅ屋さん』と綴られている。
 たが、看板の下には『具材はご持参ください』と書かれていた。
 当然の如く、扉には『長らくのご愛顧ありがとうございました』という張り紙があった。本当にご愛顧してくれた客がいたわけでなく、ただの定型文なのは想像に難くなかった。
 煉瓦の壁、暖かな炎が揺れる暖炉、そして磨きこまれた胡桃材の床。
 重厚なアンティーク調のテーブルには真っ白なクロスがかけられ、ゆっくりと寛げそうな椅子がそれを囲んでいる。
 実に居心地に良さそうな店内では店主が一人やさぐれながら、孤独にチーズフォンデュをつついていた。軽く絡めて引き上げたバゲットからとろ~りと糸引くチーズはもちろんつやつや、溢れるチーズの香りは贅沢なくらい濃厚で、程好く利かせた大蒜と、白ワインでなくキルシュヴァッサーを使ったと思しき香りも堪らない。
 ぱくりと食べて、店主は身悶えした。
「ああ……こんなにも美味しいのに! フランスのチーズ熟成士ともドイツの酒造家とも、頑張って交渉して極上のチーズフォンデュを提供できるようになったのに!」
 何故この店は潰れてしまったのか。
「わかってるの、私が悪いのよ! チーズフォンデュの具材の仕入れまで手が回らなくて、お客様が持ってきてくれたらいいな~なんて思った私が悪いのよ……!!」
 わっと店主が泣き伏したそのとき、彼女の背から心臓へ大きな鍵が突き立てられた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 パッチワーク第十の魔女・ゲリュオンがその鍵を引き抜けば、店主の傍に白とチーズ色のエプロンドレスを纏ったウェイトレス風のドリームイーターが誕生した。

●ちーずふぉんでゅ。
 フォンデュ鍋に大蒜をこすりつけ、たっぷり香りを移したら。
 鍋に加えていくチーズは極上のグリュイエールにエメンタール、そしてコンテ。
 蕩けていくチーズにはキルシュヴァッサーを、お子様向けには有機大豆の豆乳メーカーと交渉して仕入れた豆乳を注ぎ、丁寧にゆっくり混ぜて。
「――って感じで、ほんとチーズフォンデュは美味しそうなんだけど」
 天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)は狼尻尾を大きく揺らし、ケルベロス達にちょっと困ったようにも悪戯っぽくも見える笑みを向けた。
「まぁ、偶々ドライブとかで湖に来て、『おっ、ランチにチーズフォンデュもいいな』とか思っても、すごすご引き返すしかないよね。こーゆーお店だと」
 街中にあればまだ良かったのだろうが、立地もあんまり良くなかった。
「魔女はもういないけど、店主さんの『後悔』から生まれたドリームイーターが勝手に営業再開しちゃってるからさ、あなた達に倒してきて欲しいんだ」
 店主は意識不明だけど、このドリームイーターを倒せば目を覚ますよ、と遥夏は続けた。
「近隣には避難勧告出したから、あなた達は戦いに集中して――って言いたいとこだけど、良かったらこのお店のチーズフォンデュを楽しんであげてよ。具材持ってってさ」
 一般人が近づく心配はないから、ちょっと具材を用意していく程度の時間の余裕はある。
 勿論チーズフォンデュを食べずにすぐさま戦いを挑むことは可能だが、客として入店し、心からチーズフォンデュを楽しんでやれば、ドリームイーターは満足して戦闘力が落ちるという。満足させたドリームイーターを倒せば、目覚めた店主の後悔も薄れ前向きな気持ちになれるのだとか。
 この場合、会計を済ませた後ドリームイーターも店の外に出てお見送りしてくれるので、広い屋外で戦えるという利点もある。
 肝心なのは『心から』楽しむこと。
 楽しむふりでは通用しないから、ここはチーズフォンデュ好きのケルベロスが向かうのが望ましいだろう。
「店主さんを目覚めさせてあげても、後悔のあまり在庫が尽きるまで自棄チーズフォンデュ続けるってのも気の毒だし。けど、あなた達なら店主さんを前向きな気持ちで目覚めさせてあげられる。そうだよね?」
 挑むような笑みに確たる信を乗せて、『あんまりのんびりもしてられないから、持ってく具材は一人一種類でお願い』と遥夏は続けた。
 さあ、空を翔けていこうか。
 極上のチーズフォンデュが待つ、煉瓦のふぉんでゅ屋さんへ。


参加者
クーリン・レンフォード(紫苑一輪・e01408)
安曇野・真白(霞月・e03308)
四辻・樒(黒の背反・e03880)
月篠・灯音(犬好きの新妻・e04557)
ベーゼ・ベルレ(ツギハギ・e05609)
シド・ノート(墓掘・e11166)
アニー・ヘイズフォッグ(動物擬き・e14507)
フィアルリィン・ウィーデーウダート(死盟の戦闘医術士・e25594)

■リプレイ

●あつあつとろとろ! 美食編!
 水鳥達が遊ぶ湖のほとり、今にも蕩けそうなチーズのオブジェを飾る美味しそうな煉瓦の館の前で、ベーゼ・ベルレ(ツギハギ・e05609)は思いっきりミミックにがぶがぶされた。
「ごめんっす、ごめんっすようミクリさん! だって店外待機がおすすめって……!!」
「銀華も待ってて下さいですの、後で天堂様と一緒にお土産話聴いて下さいませ……!」
 食事するならかわいこちゃん達は店外待機で、という話を聞き逃していた安曇野・真白(霞月・e03308)もベーゼの姿を見ればボクスドラゴンを連れていくわけにもいかず、
「キィ、ごめんね。帰ったら一緒に食べよう、約束ね……!」
 青空を見上げたクーリン・レンフォード(紫苑一輪・e01408)は空に思い浮かべた豆柴の子犬に誓う。店外でなくうっかりおうちにファミリアをお留守番させちゃったのである。
「うう、ペット同伴可のお店だったらよかったのにな……!」
「切ないよね、皆ほんと相棒さん達と仲いいんだねー……!」
 動物大好きアニー・ヘイズフォッグ(動物擬き・e14507)は留守番っこ達の寂しさ思って胸震わせ、シド・ノート(墓掘・e11166)は涙のお別れシーンにちょっぴりほろりと来た。
「まだ泣くのは早いのですよ、美味しさに感動して流す涙が待ってるのです!」
 胸に熱意を、腕には買ってきた特選ブラックタイガーをひっさげて、堂々と店に入るのはフィアルリィン・ウィーデーウダート(死盟の戦闘医術士・e25594)。
「お留守番の子達の分まで確り楽しむのが私達の使命なのだ、樒」
「存分に満喫しなければな。私は初チーズフォンデュだから色々教えてくれよ、灯」
 彼女に続いた月篠・灯音(犬好きの新妻・e04557)と四辻・樒(黒の背反・e03880)はこっそり手を繋ぎ、愛しい伴侶と一緒に美味を楽しめる幸せを噛みしめる。
『いらっしゃいませ!』
 輝く笑顔(※モザイク)で皆を迎えたドリームイーターが用意したチーズフォンデュは。
 ――途轍もなく美味だった。

 美しい赤のフォンデュ鍋になめらかつやつやの熱々チーズがふつふつと唄う。
 ほわりと熱を孕み、贅沢なほど溢れるチーズの香りは大蒜の香りを秘め、それだけでもう口の中に旨味が広がる心地。一口大に切ってカリッと焼き上げられた灯音のフランスパンを絡めて頬張れば、暫し声を失うほど豊かで濃厚な旨味。
 それが優しい豆乳の風味に馴染んで蕩ける様は、確かに店主の自信が窺えて――。
「これで行ける! って思ったのも解るよ。そう、チーズは正義だからね!」(まがお)
「コンテまで入ってるとか、これはもう神フォンデュと言うしかないのだ!」(まがお)
 真顔で通じ合ったシドと灯音! 定番のグリュイエールにエメンタールの奥から栗の如き香ばしさを抱くコンテの風味がじんわり溢れくる様は、
「御二人がそこまで言うなら私がこのチーズの実力を確かめ……ああっ、美味しい!!」
 実はちょっと美味しさを疑っていたフィアルリィンも一口で陥落させる!
「はい、旦那くん。あーんしてー♪」
「ん……ああ、これは美味いな。ほら、灯にもあーん」
 灯音にあーんしてもらった樒も愛情たっぷりフランスパンと極上チーズの味わいに相好を崩し、わくわくしながら頬張ってみたアニーもその美味に瞳を輝かせた。日頃は燃料気分で油ばかり呑んでいる彼女も目が覚める心地。
「自分からはカニカマ! あんまりフォンデュの経験ないけど、これが美味しいんだ!」
「白身魚の風味にチーズは絶品だよね。俺も持ってきたよ、はい、豆ちくわー!」
 艶やかな紅色が白に映えるカニカマを披露するアニーに続き、某猫型ロボット風に秘蔵のちくわを取りだすシド。晩酌用ストックが日の目をみる時が来た!
 そこへ、
『お待たせしました! お野菜と海老とウィンナー、蒸しあがりましたよ!!』
 いっそう笑顔を輝かせた(※モザイク)ドリームイーターが満を持して蒸し物をお届け!
「これは……彩りからもう美味しそうですのー!!」
「私のアスパラは旬じゃないのが惜しいと思っていたが……充分春らしくていいな」
 感激にぷるぷる震える真白の眼前に広がった光景は、淡く透ける柔らかなミルク色の蕪に濃緑のその葉、明るく鮮やかな緑冴えるアスパラガスに、優しい陽だまり色のメークイン。そして紅色華やかなぷりぷりの海老に、今にもぱりっと皮が弾けそうなウィンナー!
 ほわっと溢れる湯気も幸せそのもの、灯音のアドバイスで厳選したアスパラの春色に樒は彼女と笑み交わし、蕩けるチーズを絡めて頬張れば、一足早い春の淡い青さと優しい甘味が口中に咲いて熱い旨味と混じりあう。
「真白も早速あつあつつやつやをいただきますのー!」
「おれもウィンナーいくっすよう! ひゃ~! チーズがとろ~んと伸びるっす!」
 ほんのり透ける真白の蕪、蕩けるチーズと頬張ったそれは熱い果汁と呼びたくなるくらい瑞々しい汁気を迸らせ、ベーゼがたっぷり潜らせたチーズがとろ~り伸びるウィンナーは、齧ればパキッと音を立て、熱い肉汁と燻製の香りを溢れさせた。
 それらが熱々チーズと溶けあう様は、具を持参した二人も笑み崩れる至福。
「海老も見るからにぷりっぷりなのですよ、きっと美味しいに違いないのです!」
「私のジャガイモはどうかな……もう見てるだけでたまらないけど!」
 華やかな海老の紅白になめらかつやつやチーズが絡めばフィアルリィンの胸は高鳴って、はくりと一口食べればぷりっと弾けた熱い海老の旨味が熱いチーズの旨味と渾然一体。
 芋に冠らせたチーズがとろりヴェールみたいに伸びて広がる様にクーリンも声を弾ませ、頬張れば蒸したメークインはホクホクというよりなめらかしっとり、濃厚なチーズの旨味に豆乳の優しい風味が蕩けるフォンデュに絶妙に調和する。
「熱々とろーり、これが楽しいよね~って、ちくわすごい、穴の中までチーズたっぷり!」
「そう、ちくわの穴には無限の可能性があるからね~」
 続いてちくわに挑んだクーリンが瞳を瞠る。齧れば中からもあつあつとろとろ! 噛めば噛むほど旨味溢れるちくわとチーズの風味がたっぷり楽しめて。
 海老とジャガイモ、海の幸山の幸をそれぞれ極上チーズで絡めて舌鼓を打っていたシドが熱く語る。この穴はチーズを欲張りに掬うため、そして。
「他の食材とのコラボを堪能するためにあるんだよ!」
「成程、コラボか……」
 樒とシドの目が合った! アスパラとちくわのコラボ!!
「シドさん! 旦那くん! これすっごくおぃしぃぃぃぃ!!」
 あつあつとろとろチーズを絡めて頬張れば、むちむちのちくわが柔らかに弾け、その中でアスパラがさくっと弾ける幸せ食感のハーモニー。灯音がほっぺを押さえ身悶えすれば、
「真白の! 真白の蕪の葉っぱともコラボしてくださいませちくわ様……!」
「蕪とカニカマを一緒にチーズに絡めて食べるコラボも絶品っすよう!」
「ふふん、海老とアスパラのコラボもお忘れなくなのですよ!」
 白い狐耳をぴこんと立てた真白もちくわに春のほろ苦さを詰めて、ふかふかクマほっぺを押さえてベーゼも主張。ちくわよりも甘味のあるカニカマは柔らかで優しい風味の蕪と相性抜群で、フィアルリィンも海老とアスパラを重ね刺しした彩りが綺麗なフォンデュピックをお披露目した。
 何せエビチリでも定番のコラボ、間違いなんてないのである!
「カニカマがこんなにチーズに合うとはな……」
「そう! 意外だけど違和感ないんだよ。ジャガイモとウィンナーはもうばっちりだな!」
 艶やかな紅と白をとろりとチーズで彩り、カニカマ単品をお試しした樒の眼差しが緩む。甘味のあるそれがはらりとほぐれて確りチーズと絡む美味しさは、アニーが胸を張るだけのことはある。チーズの海にとぷんと漬けた芋とウィンナーを頬張るアニーも満面の笑み。
 そして勿論、フランスパンはどんな相手にも合う絶大なポテンシャルを誇る。
「これだけ揃うと豪華ですよね、どの具材も最高なのです!」
「ほんと、皆で食べるのはやっぱり美味しいね……!」
 ほっと安心できるパンの味を色んな具やチーズと堪能して、フィアルリィンとクーリンが笑み交わす。締めに真白待望のぱりぱり焼きチーズまで楽しんだなら、みんな笑顔で。
 ――ごちそうさま!

●あつあつとろとろ! 熱闘編!
 暖かな幸せを心に体に満たし、館の外へ出れば湖からの冷たい風が心地好く吹き渡る。
 きらっきらの笑顔(※モザイク)で皆と一緒に外に出たドリームイーターが、
『ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!!』
 なんて言ってくれたけど、まだまだおうちへは帰れない。
「御馳走様でしたの! 堪能させていただいた分、全力でお返しさせていただきますの!」
「とっても美味しくていっぱい御馳走になったから、食後の運動といかせてもらうのだ!」
 途端に青空の許に満ちたのは、星招くよう伸べた真白の腕先に実った黄金の果実の輝きと銀の槍めく雷杖で地を打った灯音の魔力が噴き上げた雷光の壁。
「ああ、本当に楽しく美味い食事だった。御馳走様」
 幾重もの雷光の加護を得た樒が刃に凝らせるのもまた雷、雷刃突が敵のエプロンドレスを貫いた瞬間、皆で敵を囲めるようにと駆けたクーリンが繰り出すのはスパイラルアーム。
 豆柴の子犬がおうちでお留守番しちゃってることもあり、ローテするはずの技がまるっと今この手にないけれど、幸い頑健と理力の技で見切りは避けられる。
「予定してた技じゃないけど、火力で頑張るね……!」
「大丈夫です! 状態異常とかは私達やジャマーさんにお任せなのですよ!」
「だよねー、クラッシャーさん達はがんがんフルパワー叩き込んじゃって!」
 ばっちり当てて行きますよと確実に狙いを定めて、フィアルリィンが竜の槌を振り抜けば砲声が轟くと共に竜砲弾が敵を直撃、衝撃に後退ったその背を受けとめるよう爆ぜたのは、後方に回り込んでいたシドが迷わぬ狙いで撃ち込んだ雷の魔法。
 もてなしてもらった後で申し訳ないけれど。
 ――君のそれは人の心から奪われたものだから。
「その『後悔』で誰かを傷つけさせるわけにはいかないっすう! ミクリさん、ぐら!」
 同じく全力で『後悔』を取り返すべくベーゼが相棒たちを呼べば、デグーなファミリアは彼の手に飛び込み小楢のリースの杖になったけれど、酒樽ちっくなミミックはがぶっと彼のおしりに噛みついた!
「あだだだだ! 痛いっす~!!」
 だがしかし! これは半泣きで敵に突撃してイラッとさせ、怒りを付与する技である!
 突然戦いをしかけられた挙句にイラッとさせられれば流石に彼女の笑み(※モザイク)も消え、ドリームイーターは苛立ちを露にした顔(※モザイク)であつあつとろとろチーズをぶちまけた。が。
「ベーゼの技も熱いけどこのチーズも熱いな! でもこっちの威力は問題なさそうだ!」
 彼と共にクラッシャー達の盾となったアニーの顔には気丈な笑み、皆で確りフォンデュを楽しませてもらったから、本来ならもっと強力だったろう敵の攻撃も脅威じゃない。
 勢いを抑えようとしてくる熱いとろとろ感は黄金の輝きで撥ねのけて、獲物に躍りかかる獣の如く跳躍したアニーは電光石火の蹴撃を放った。
 続く攻勢の合間を縫って敵が振りまいたのは、柔らかなクリーム色の花吹雪のように舞う極上シュレッドチーズ、魅惑の香りは確かに心を震わせたけど加護に護られた面々にはその誘惑も長くは保たず。
 だけど、
「あだー!!??」
 ごぉん! とベーゼの頭で盛大な音を響かせた赤いフォンデュ鍋の一撃は流石に痛い!
「ええー!? チーズ攻撃もですけど、それって料理人としてどうなんです!?」
「あの素敵なフォンデュ鍋がこんな武器になるなんて、なんて恐ろしい……!!」
 憤然たる抗議と共に白い指先をつきつけたフィアルリィンが石化の魔法を撃ち込んだ隙、銀華、と相棒の名を呼んだ真白が、熟成されたチーズみたいにまぁるく豊かな満月の光球で痛手を癒し、尻尾のあかりを揺らしたボクスドラゴンが鍋に砕かれた加護を注ぐ。
「弱体化しても痛そうだし、その動き縫いとめさせてもらうのだ。――樒、一緒に!」
「任せろ灯、行くぞ」
 指先まで巫術を満たし、まっすぐ翳した灯音の掌から迸るのは幾つもの黒き針。
 縫いつけられたように敵が動きをとめた瞬間、夜風の如く奔った樒の刃が空をも絶つ力で灯音や仲間が刻んだ麻痺を深めれば、ドリームイーターが放とうとしたあつあつとろとろの波濤が夢の如く掻き消えた。
「チャンス! 一気に行くよ、いただきます!!」
「うん! あのね、貴女のおもてなしのおかげでとても美味しかったよ、ありがとう!!」
 即座にアニーが撃ち込んだのは真っ黒と真っ白ごちゃまぜな夢の弾、ドリームイーターを食べちゃう獏の魔法! 続け様にクーリンが召喚したのは大きなコヨーテ、心からの感謝を告げて、クーリンは破壊の力を込めた獣を相手に放つ。
 蕩けてしまいませ、と真白が勢いよく御業から放った炎弾の眩しさに瞳を細めて、シドが揮うのは炎に煌く流体金属で覆った拳。返してもらうよと紡ぎ、
「後悔がより良くしたいって気持ちに繋がるなら、失敗も最高のスパイスになるからね」
 何処か穏やかに笑んで敵の護りを砕いた男の言葉に、ベーゼが少し泣きそうに笑んだ。
「ここに来るまでおれ、後悔なんてしない方がいいって思ってたっす」
 でも、きっと、違うんだ。
 悔しいのも、苦しいのも。
「きっとそれだけ、何かを好きで、何かに一生懸命だったから!」
 掲げる杖は腕章めいた小楢のリース、迸る魔法の矢は溢れた彼の心のように強く煌いて、光の雨となってドリームイーターへ降り注ぎ――奪われた『後悔』を解放した。

 硬くぎゅっと凝っていた『後悔』は皆の想いにあたためられて、チーズのようにとろりと蕩け、程好いスパイスとなって店主の心へ還ったはず。
 もう安心なのだ、と灯音が明るい笑みを咲かせ、
「樒、フォンデュ気に入ったなら、チーズ買って帰ろうか?」
「ん。家でするのもいいし、またこの店に来られたらいいな」
 眦を柔く緩めて樒が笑み返す。きっとまたひとつ増える、二人で帰るおうちの幸せ。
「店主さん、またお店始めてくれるといいよねー。今度は店主さん自身のチーズフォンデュ食べにドライブとかしたいところ」
 俺の車で良ければいつでも出しちゃうよーとシドが笑ってみせれば、素敵ですのー! と真白の尻尾がふわふわぱたり。
「店主さまが、また夢を叶えられますように――」
 特に修復の必要はなかったけれど、それでも祈りと想いをこめて、とっても美味しそうな館のとっても美味しそうなチーズのオブジェを癒しの光で包み込んだ。
 豊かに月日を重ねて熟成された、まぁるいチーズみたいな、満月のひかり。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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