灰燼は死を彩る

作者:深淵どっと


 それは、羽ばたきと共に街にやってきた。飛来する影は夕暮れを遮り、人の世に幕を降ろすかのような怖ろしさを兼ね揃えていた。
 灰色の老竜はその巨体を静かに立ち並ぶビルの屋上へと身を降ろすと、眼下で自らを見上げる人間たちを、その隻眼で見下ろした。
「……カハハハ、これが儂らを追い詰めようと戯れるニンゲン共か……何とも、小さき者よ」
 嗄れた声で呟く竜の姿は老獪で尚力強い。だが、同時にどこか儚さを感じさせるようでもあった。
 しかし、突然の脅威の来訪に人々はそんなことには気付かない。
 竜は、そんな人間たちの間に蔓延しつつある恐怖を煽るように、咆哮を轟かせる。
「聞くがよい脆弱なニンゲンよ、我が最期の声を! 怯え、足掻いて、逃げ惑うがいい! 憎み、蔑み、抗うがいい! 儂は、それを悉く潰し、喰らってくれよう……!」


「まさか、ドラゴンとはな……いや、しかし……これは……」
「どうした、何かわかったのか」
 レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)の報告によって発覚したドラゴンによる市街襲撃。
 フレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)はしばらく思考を巡らせた後、レスターとケルベロスたちの方へ振り返る。
「恐らく、件のドラゴンは定命化によって死期が近いのだろう、これならば……少数のケルベロスでも太刀打ちできるかもしれない」
 死を迎える前に暴れるだけ暴れ、人々の恐怖と憎悪を煽ることで竜十字島に現存しているドラゴンたちの定命化を遅らせるつもりなのだろう。
「とは言え、老いて弱っていてもドラゴンだ。全員で戦闘に尽くさなければ、到底勝つことはできないだろう」
 一般人は襲撃時点で既に市内の大きな体育館に避難している。
 下手に避難を早めたり、市外へ逃そうとすれば逆にドラゴンの餌食になってしまう可能性が高いだろう。
 ならば、その避難所に被害が及ばないように戦うのが最善とも言える。
「どの道、ケルベロスがやられれば街は火の海だ。なら、やることは変わらねえだろ」
「まぁ、そういうことだな。……向こうも必死だ、今更少し怪我をした程度で撤退など考えていないだろう、激戦は免れないだろうが……必ず無事で帰ってきてくれ」


参加者
アルフレッド・バークリー(行き先知らずのストレイシープ・e00148)
イブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943)
レーン・レーン(蒼鱗水龍・e02990)
アウィス・ノクテ(ノクトゥルナムーシカ・e03311)
空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)
鏡月・空(月下震天・e04902)
笑福道・回天(混沌と笑顔を振舞いまくる道化・e06062)
比良坂・陸也(化け狸・e28489)

■リプレイ


「カハハ……やはり来たか、そうでなくてはなぁ」
 築かれた瓦礫の山、広がる炎の渦。その最中に灰の竜はその巨体を鎮座させていた。
 まるで、ケルベロスたちの到着を待つかのように。
「貴様ら番犬ともかれこれ長い付き合いよ……見逃せる筈がなかろうよなぁ」
「悪いが……」
 死も間際とは思えない、どこか小気味良い笑みを浮かべる灰竜に空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)は呟く。
 首から下げたヘッドホンを耳にかければ、余計な音は遮断され、そこに目に見える戦場だけが残った。
「面倒事は嫌いでな。仲良く喋る気はねぇんだわ」
 敵は老い、定命化が近づき弱っているとは言え、最強と名高いドラゴンの一角だ。
 ほんの僅かな手心さえ加えている余裕などない。異装の獲物を構える空牙の横を鏡月・空(月下震天・e04902)が先陣を切る。
「アウィス、援護は頼んだよ」
「うん。絶対、ここで止めよう」
 こちらの出方を窺う灰竜。動かないならば、思う存分に準備を整えるまでだ。
 戦況を見やすくし、味方との連携を取るべく崩れたビルを駆け上がるイブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943)を中心に、アウィス・ノクテ(ノクトゥルナムーシカ・e03311)のオウガメタルが粒子が戦場に広がっていく。
「カハハ……老体一つに慌ただしい童共よ……どれ、主らの小細工もまた捻じ伏せ、畏怖を彩る糧としてやろうか」
「やれるものならやってみやがれ。逆に捻じ伏せて、避難してるヤツらに教えてやるよ、ドラゴンなんて大したことないってな!」
 灰竜の動く瞬間を狙って、比良坂・陸也(化け狸・e28489)と空の蹴撃がその巨体を捉える。
 二重に連なる重力の檻が灰竜を地に縛り付ける。
「……そういえば、ドラゴンと戦うのは久しぶりかもしれませんね」
 空の脳裏に、かつての相模湾での戦いが過る。
 あの戦艦竜ほどの殲滅力は無いにしても、同じドラゴンだ。決して油断はできない。
 自らを縛る重力を押しのけながら、灰竜は首を持ち上げ、喉奥を不気味に鳴らす。
「ブレスが来るぜ!」
「やらせません……!」
 いち早くその挙動を察知した空牙の声に、レーン・レーン(蒼鱗水龍・e02990)と笑福道・回天(混沌と笑顔を振舞いまくる道化・e06062)が動き出す。
 空牙の放つ砲弾を浴びながら、灰竜はケルベロスに向かって咆哮を放つ。
 体内で生成された燃焼物質は咆哮に込められた魔力によって発火し、爆炎の波となって眼前の全てを薙ぎ払う。
「……ほぉう、近年の番犬は頑丈よな」
 白煙を吐き捨て、炎の散った先を見て灰竜は愉快そうに隻眼を細めた。
「……損傷軽微。熱量、想定内。……戦闘継続」
「流石に、あの時のドラゴンとは違いますね……!」
 レーンとアルフレッド・バークリー(行き先知らずのストレイシープ・e00148)も、以前ドラゴンとの戦闘経験がある。しかし、今はあの時よりこちらも強くなっている、負けるわけにはいかない。
「こいつへの攻撃は事務所もとい俺を通してからに……って、熱っちぃ! 深手を負った相手に複数でフルボッコ、ってのもどうかと思ったが、やっぱそんなこと言ってる場合じゃねぇな!」
 アルフレッドの撒いた紙兵によって炎の熱を抑えつつ、回天は態勢を整える。
「よーし、ここからは8対1だが俺達は1の力を人数分で割って戦ってるってぇことで! つまりこれは変則タイマン! というわけで、行くぞドラゴン! 最期の戦いやってやらぁ!」


「今のうちに抑え込むぞ!」
 戦いはまだ始まったばかり。しかし、圧倒的な戦力差を埋めるのはこの序盤での立ち回りにかかっている。
 陸也の周囲に立ち込める霧は、まるで一つの意志を持っているかのように、灰竜を取り囲む。
 それは、祈りだ。ただ一つの祈りの具現。
「聞こえっか? ヒトノイノリが。零落せよ、天上の覇者、地の獄鎖に堕ちちまぇ」
「おうよ! 好きに暴れられちゃあ敵わんからな!」
 超越者の頂点たる竜の力が、具現化された願望の霧に消えていく。それに合わせた回天の斬撃――否、ほとんど峰打ち同然の刀身が灰竜の全身を打ち付けていく。
 攻めを止めれば、間違いなくその隙に付け込まれる。故にケルベロスたちは好機を逃さず一気に攻撃を重ねていった。
「そこです! 喰らえっ!」
 息も付かせぬ連携攻撃の締めに、空の振り上げた鉄槌が叩き込まれた。
 強烈な一撃に巨体を揺るがし、灰竜は地面を踏み締める。
「なるほど……腕も良し、気概も良し、これは骨が折れそうだ……年甲斐も無く、傷が疼くのう!」
 重なる戒めを振り払うように、灰竜は猛々しく咆哮を上げる。
 地を揺るがす一歩と共に、鞭のようにしなやかな尾がケルベロスたちを襲った。
 巨体から繰り出されるその一撃は、そのしなやかさとは裏腹にまるで鉄の塊のような衝撃と共に街ごと戦列を薙ぎ払っていく。
「っ……これしき!」
「カハハ、儂の尾を受け止めるか、面白い! 思い出すのう、この左目を奪った男を!」
 踏み締めた足で地面を抉り、レーンは辛うじて尾を受け切る。
 しかし、最大限対策したとは言えダメージは小さく無い。すぐに地獄の炎を纏って応急処置を施していく。
「光栄、ですわね……どんな方だったのかしら?」
「カハハ、無謀な男よ、敵わぬと知りながら幾度でも立ち向かう、弱き男だ。なぁに、お主らもすぐに相見えるだろうよ、あの世でのう」
 語る瞳はどこか旧友を懐かしむようで、しかし、内包した敵意は衰えることなく灰竜はケルベロスと対峙する。
「一筋縄では行きませんね。アウィスさんは守りの要であるレーンさんと回天さんを集中してヒールをお願いします」
「ん、任せて」
 防戦一方では押し切られるのは目に見えている。しかし、ヒールを任されている自分が攻撃に移るタイミングは吟味しなくてはなるまい。
 状況を慎重に鑑みつつ、アルフレッドはドローンを展開していく。
 その一方で響く、空気のように澄んだ小さく強い歌声。それは、アウィスの想いを乗せてレーンの傷を癒やしていく。
「それじゃ、ここは一つメドレーと行こうか――僕の歌が、猛きドラゴンの耳にも届きますように」
 荒廃とした戦場を癒やす可憐な歌声に続くのは、激しく鋭く、それでいてどこまでも透き通ったイブの歌声。
 それは、いかなる形であれ終わりへと向かう年老いた竜への手向けでもあるのかもしれない。
「悪いが、聞き惚れてる暇はやらねぇぜ?」
「ぬ……!」
 ほんの一瞬、それだけの隙があれば、空牙に取って敵の死角を突くことなど容易い。
 熾烈な攻防戦。しかし、やはり力の衰えがある以上、こちらにも十分勝機はある。その勝機を逃さず、空牙は変幻自在の武装で硬い鱗を貫いていく。
「その存在、狩らせてもらうぜ? 悪く思うなよ」


 老いて尚、強靭な肉体と堅固な鱗を前に、戦いは長期戦へ突入していた。
 いや、そうなることがわかっていたからこそ、回復に力を入れ常に万全を保つように心掛けていた。
「っ……一瞬たりとも、気が抜けないな」
「もう一辺抑え付けるぞ、一気に叩き込め!」
 しかし、それでも徐々に傷は増え、追い詰められつつあった。
 だが、まだ諦めるには早い。陸也の放った符は灰竜を覆いつくし、圧倒的なその力を無理矢理に抑え込む。
 それに合わせ、イブとレーンが一気に攻め込んだ。
「(潰れた右側からなら――!)」
「カッ、甘いわ!」
 蓄えた地獄の炎を拳に凝縮し、竜の右側に回り込むレーン。
 だが、それを見越したように灰竜は尾で死角を切り裂く。
「右が潰れて幾年過ぎたか、最早それは死角には成り得ぬわ」
 拳は入ったが、浅い。尾はレーンを弾き、同時に攻めたイブにも致命の一撃を繰り出す――。
「っとぉ! 何度も言わせんな隻眼、こいつへの攻撃は事務所もとい俺を、通してからに……!」
 その一撃を、回天が身代わりとなって受ける。
 全身を襲う鈍い衝撃に、一度は足を踏み締めるものの、その言葉は途切れ地面に崩れ落ちてしまう。
「笑福道くん! ……ごめん」
 回天が文字通り身をもって切り開いた道に、イブが魔力の矢を放つ。
 蛇のように鋭く、不規則に揺らぐ弾丸は灰竜の鱗を的確に貫いた。
「ほう、少しは……」
「おっと、余所見してんなよな?」
 イブの魔弾とは逆の方角から、空牙の鋭い蹴りが鱗の合間を穿つ。
「いつまでもその余裕が続けられると思わないことです!」
 畳みかけるように空は大鎌を振りかざし、灰竜を颶風と共に斬り付けた。
「態勢立て直すぞ! ここを逃したら勝ち目はねぇ!」
 符で竜を抑えていた陸也には、先ほどの攻撃ではっきりとそれがわかった。向こうも向こうで限界が近いと言うことが。
 だからこそ、ここで押し切れなければ負ける。あの老獪な竜ならば、確実にそこまで見越している。
「アウィスが回天の穴を埋める」
「では、後のヒールはボクが全力を尽くします、みなさんは攻勢に出てください!」
 倒れた回天を手早く脇に寄せ、アウィスは陣形を組みなおしていく。
 その間に同じく尾の一撃を受けたレーンをアルフレッドが治療し、終局に向けての態勢を整える――が。
「敵を目前に陣形の組み直しとは悠長なものよなぁ、番犬よ!」
 吐き出される豪炎。辛うじて致命傷は避けたものの、やはり戦況はぎりぎりだ。


「ここまでだ番犬。お主らではここは守れぬ、背を向け、悔恨抱いて逃げ遂せるならば、見逃してやっても――」
「何言ってるか聞こえねぇが、無駄口叩く暇は与えねぇっての!」
 後一撃、ケルベロスたちの戦線が瓦解するにはそれだけで十分な程の限界。
 だが、ここで退いて犠牲に人は数え切れない程だ。故に、まだ屈するわけにはいかない。
 灰竜の言葉を遮り、その隙を狙った空牙の死角を突いた一撃。それにケルベロスたちは続く。
「損傷重大、戦闘継続困難――耐えられるかしら……喰らいなさい!」
 空牙と共に、灰竜の右側からレーンはありったけのグラビティ・チェインを込めたエネルギー球を解き放つ。
「隙を狙ったつもりか? 無駄だと言っておろうが!」
 しかし、状況は先程と同じ。右の死角を灰竜の尾が薙ぎ払う。
 そこにいたのはレーンと、アウィスだった。
「えぇ、そうですわね。それでも、見えない以上はこちらを狙うと思いましたわ」
「2人で抑えるから、今の内に……」
 豪快に叩き付けられる尾の一撃は2人がかりであっても、抑え切れるものではないだろう。
 しかし、身を挺してその攻撃による被害を最小限に抑えたのは、起死回生の瞬間とも言える。
「アウィスちゃんとレーンちゃんの想い、確かに受け取ったぜ!」
 これが本当に最後だ。倒れていった仲間の想いも声に込め、イブは全力を歌い上げる。
「……ぬ、これ、は」
 灰竜の足を絡め取るのは、陸也が放てる限り放った符。
 そして、上空からはアルフレッドの無数の青く透き通ったドローンが一斉射撃で抑え込む。
「これで、終わりです!」
「カ、ハッハ……やはり、あの時から変わらず人間は弱い。だが、だからこそ――」
 灰竜が最期に目にしたのは、圧倒的な力を前にしても屈することなく、ただ強く燃え上がる蒼炎。
 自身の死であるその炎を懐かしそうに見つめ、灰竜は空の連撃の前に崩れ落ちるのだった。
「終わった、か」
 ヘッドホンを外せば、一転して静かになっていた街を空牙は見渡す。
 被害は少なくない。しかし、避難していた人々を守り切ることはできただろう。
「大丈夫ですか? 痛むところは?」
「全身バッキバキに痛むけど全っ然問題ねぇぜ……逝っちまったか、隻眼のは」
 アルフレッドに応急処置を受け、回天は何とか立ち上がる。
 今は言葉通り全身が砕けるような痛みが残るが、時間をかければすぐに快復するだろう。
「俺らにとって形はどうあれ、仲間のために文字通り命張るその姿は敵ながら立派だった……隻眼、お前の来世でのご活躍を心よりお祈りしておくぜ」
 グラビティ・チェインを失い、消滅していく灰竜を眺め、手を合わせる。
「……せめて、貴方も安らかに、眠って」
「そうだね……」
 逃れられぬ死を前に、灰竜はどんな気持ちだったのだろうか。アウィスとイブは、小さく奏でる。猛き竜への鎮魂の歌を。
 その歌は、静けさに包まれた街にどこまでも響き渡り、空へと消えていくのだった。

作者:深淵どっと 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月1日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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