命凍つる刻

作者:朱乃天

 肌を突き刺すような冬の寒風が、人々が行き交う街に吹き抜けて。暗灰色の雲に覆われた空からは、粉雪が羽根のようにふわりと地上に舞い降りる。
 しかし、空から降るのは雪だけではなかった。
 雲の中に紛れるようにして、切れ間を突き抜け飛来する巨大な影は――ドラゴンだ。
 全身が氷のような結晶で覆われて、銀色の凍気を纏った姿は、禍々しくも麗しく。それは見る者に畏怖の念を抱かせる程である。
「哀れな人間共よ。お前達はこれから恐怖に打ち震え、逃れられない死に至る」
 ドラゴンの威圧的な声が響いた瞬間、人々は心臓を掴まれたような息苦しさに襲われる。
 早く逃げ出そうにも気持ちばかりが先走り、足が竦んで身体が動こうとしない。だがそれは、恐怖心から来る現象だけではない。
 竜が振り撒く息吹は荒ぶる吹雪の如く。人々を氷に変えて魂までも凍て付かせ、永久凍土の檻の中へと閉じ込めていく。
「命の時を止める我が力に、恐れ慄くが良い。そして、憎悪と拒絶を心に刻み、我が同胞達への贄と成り果てよ!」
 ――されど我が生も、やがて滅びの時を迎えるであろう。ならばその前に、あらん限りの命を奪い尽してみせよう。
 気高き氷の竜は咆哮を轟かせ、人々を凍てる屍へと変えて行く――。

 定命化に冒されてから時が経ち、間もなく死期が近付いているドラゴンがいる。
「そのドラゴンが市街地を飛来して、命が尽きるまで人々を襲撃し続けるらしいんだ」
 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)の口から予知の内容が告げられる。
 もしこのドラゴンを放置しておけば、グラビティ・チェインが奪われるだけでは済まされない。その殺戮が齎す恐怖と憎悪によって、竜十字島のドラゴン達に定命化までの時間的猶予を与えることになってしまう。
 そうなる前にドラゴンを撃破してほしいと、シュリはケルベロス達に依頼する。
 ドラゴンが襲撃する場所は、宮城県東部の沿岸部にある街だ。
 一般人を事前に別の都市へ避難させるには時間が足らず、街の体育館に避難してもらうのが精一杯の状況だ。そしてその避難所を護るようにして、ドラゴンを迎え撃つのが今回の作戦である。
 戦闘ではケルベロス達が敗北するか、撤退しない限りは一般人に被害は及ばない。なのでその点は気にすることなく、戦闘だけに力を注いでもらえれば良い。
「今回戦うドラゴンの名前は『リディニーク』。全身に氷の鱗を纏った姿をしているよ」
 その氷の竜は定命化により死に瀕している状況で、生命力も著しく低下している。その為ケルベロス八人での撃破も可能と言える。しかし戦闘力自体は高いままなので、細心の注意を払う必要がある。
 ドラゴンの攻撃方法は、まず広範囲を凍て付かせる氷のブレス。他には鋭利な爪で槍のように突き刺したり、刃を振るうように薙いできたりする。
 更には少しでも恐怖と憎悪を齎す為に、逃走などせず死ぬまで戦い続けることだろう。
 敵にとっては文字通り命懸けの戦いだ。しかもその相手がドラゴンである以上、こちらも相応の覚悟で臨まなければ、返り討ちにもなりかねない。
「だけどキミ達の背中には護るべき人々がいて。きっとそれが大きな力になると思うんだ」
 多くの尊い命が、掛け替えのない日常がそこにある。
 だからこそ、この戦いは絶対に負けられない。
 シュリは戦地に赴く戦士達の背中を見守りながら、武運を祈ってヘリオンに乗り込んだ。


参加者
黒鳥・氷雨(何でも屋・e00942)
ツヴァイ・バーデ(アンデッドライン・e01661)
ラリー・グリッター(古霊アルビオンの騎士・e05288)
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)
渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)
ティリシア・フォンテーヌ(ドラゴニアンの螺旋忍者・e21253)
アトリ・セトリ(翠の片影・e21602)
ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)

■リプレイ


 空を覆い隠す鉛色の雪雲は、地上に射し込む光を奪い、人々を闇の世界へ誘おうとする。
 平穏だった筈のこの街に、巨大な災厄が人々の命を搾取しようと間もなく近付いてくる。
 恐怖に怯える人々の、尊い命と日常を護るべく。八人のケルベロス達が大地に降り立ち、災いを招かんとする元凶を迎え撃つ。
「わたし達に聖ジョージ様の御加護を……悪しき竜は絶対に退治します!」
 ラリー・グリッター(古霊アルビオンの騎士・e05288)が口にしたのは、欧州でドラゴン退治の伝説を持つ守護聖人の名だ。自身もその伝説に肖ろうと十字を切りながら、人々が避難した体育館を背にして身構える。
 民草の命は必ず守ると――歌と星座を刻んだ剣を携えながら、心の奥で強く決意して。少女の金色の髪を風が撫で、その流れが次第に速くなって荒々しさを増してきた。
「……来るよ。みんな、気を付けて」
 周囲の異変を感じ取り、ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)が警戒を呼び掛ける。この宇宙で最も強く賢く、気高い存在。世界に於ける全ての種の中で、最強と謳われるドラゴンの巨体が、暗雲を突き抜けながら地上に舞い降りてきた。
 氷の力を身に宿し、水晶のような表皮を纏う竜の姿は、畏怖の念をも抱かせる程荘厳で。ルチアナは彼と戦うことを誇りと思い、地球人の叡智に賭けて打ち勝つことを胸に誓う。
「氷竜か。いつか戦ったメツェライとは正反対だな」
 渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)の脳裏に浮かぶのは、嘗て交戦するも討ち漏らした灼獄の竜の姿であった。今回戦う相手は八竜程の脅威はないにしろ、ドラゴンであることには変わりない。
 可能であれば奇襲を狙おうと、数汰は体育館の陰に隠れて様子を窺うが。そこまでの隙は見当たらず、仲間の動きを確認しながら仕掛ける機会を図るのだった。
「ここから先はいかせないです。戦士としての死に場所を用意してあげるです」
 目元に白いドミノマスクを装着し、着物風のミニドレスを着こなすドラゴニアンの少女、ティリシア・フォンテーヌ(ドラゴニアンの螺旋忍者・e21253)。
 彼女は身を捻るようにミニスカートを翻し、毅然とした態度でドラゴンに宣戦布告する。
「――ヒトの分際で、我に抗うか。面白い……貴様等の命も、同胞達への贄としてくれる」
 銀色の凍気を纏った氷の竜――リディニークが威圧的な声でケルベロス達に警告をする。
 定命化により死を迎えつつあるドラゴンが、最後の足掻きで多くの人間達を道連れにしようと飛来した。そこへ立ちはだかる番犬達を前にして、纏めて喰らい尽そうと牙を剥く。
 氷の竜が吐き出す息吹は、凍て付く吹雪となってケルベロス達を襲う。しかし、アトリ・セトリ(翠の片影・e21602)がウイングキャットのキヌサヤと共に盾となり、氷霧の息吹の第一波を防ぐ。
「生憎と寒さには自信があってね。少し吹雪いただけじゃ倒れないよ」
 普段はクールに振る舞うアトリだが。ドラゴン相手というだけでなく、何よりも人々の命を背負って戦うことに、静かな闘争心を燃やすのであった。
「はっ! 悪足掻きにしちゃ盛大っすね、さーすがドラゴン。けど、ここでぶっ倒せば、竜十字島の方も影響があるってことっすよね」
 ツヴァイ・バーデ(アンデッドライン・e01661)が皮肉めいた言葉で嘲りながら、竜勢力を討ち取る絶好の機会だと、気合を入れて立ち向かう。
 敵を見据える目付きは真剣に。ツヴァイはヌンチャク状に変形させた如意棒を軽快に振り回し、竜の腕に絡めて動きを抑え込む。
「ふん、命の時を止める? その程度のことを誇ってるようでは、貴様も高が知れるな」
 流星の如き煌めきが宙を舞う。黒鳥・氷雨(何でも屋・e00942)が大きく跳躍し、重力を乗せた飛び蹴りを竜の首元に炸裂させる。
 しかし思った程の手応えは感じない。死に体とはいえ、その底知れない生命力は他種族の比ではない。流石に一筋縄では行かないと、氷雨は気を引き締め直して次の攻撃に備える。
「貴様等はいつも……罪も無い人々の命を、日常を奪う! 絶対に許さん……ッ!」
 螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)が声を荒げて、ドラゴンに対する怒りを吐き出した。
 故郷を滅ぼされ、全てを奪われた過去の記憶が頭を過り。今も目の前で同じようなことが繰り返される現実に、強い憤りを隠せない。
 セイヤは魔を討ち滅ぼす妖刀に、燻る思いを込めて刃を振り翳し。放たれた一閃は、弧を描きながら竜の足元を裂く。
 この攻撃もドラゴンに堪えた様子は未だないが、戦いは始まったばかりだ。
 肌を突き刺す寒風は渦巻く熱気となって、戦闘は激化の一途を辿っていくことになる。


「誇り高き……いえ、誇り高かったドラゴンよ! あなたがしていることは、死に直面した恐怖を紛らわせる為の八つ当たりです!」
 ドラゴン相手にも怯むことなく、ラリーが敢然と立ち向かう。剣に誇りを捧げて光輝く星座を描き、仲間に加護の力を齎していく。
「下らぬことを。貴様等が人間共を護れねば、何を言おうが其れは詭弁に過ぎぬ」
 吠え立てる番犬達を見下すように、リディニークが冷たい瞳で睥睨し。腕を大きく振り被り、氷柱のように鋭く尖った爪を突き立ててくる。
 ラリーは剣を盾代わりにして氷の槍を受け流そうとするが、敵の威力が星の加護をも打ち砕き。衝撃によって吹き飛ばされて、少女の小柄な体躯が地面に叩き付けられる。
「おっと、そう思い通りにはさせないのです。すぐに治してあげるです」
 そこへティリシアが分け身の術を使ってラリーを護りつつ、直ぐに傷の手当てを施した。
「やっぱり油断ならない相手みたいね。それでも、あの攻撃を耐え続ければきっとチャンスは訪れるよ」
 その為にも、仲間達を支えることが自分の役割だとルチアナは心得て。戦いという名の航海の、その行き先を導くかのように、女神像をあしらえた杖を掲げると。空から雷が召喚されて、竜の力を遮る障壁と化す。
「そっちが氷の竜なら、こっちは炎で対抗だ!」
 数汰が戦場を駆け巡る度、両脚から摩擦によって生じた炎が燃え盛る。数汰は更に加速しながら接近し、炎を纏った脚で灼け付くような蹴りを打ち込んだ。
「此方の生命の灯火が消えるのが先か、お前の刻が止まるのが先か――根競べといこう」
 アトリのこの戦いに賭ける思い、秘めた決意は生半可なものではない。この身の限界まで戦い抜くという、強い意思を銃に込め。狙い定めて放った弾丸は、竜の腕の関節部を射抜く。
「目障りな犬共が。ならば纏めて黙らせてやろう」
 リディニークが今度は腕を横に払うようにして、爪が研ぎ澄まされた刃の如く、対峙するケルベロス達を薙いでいく。
「そうでなくっちゃ。相手が強けりゃ強い程、倒し甲斐があるってモンっすよ!」
 強敵との戦いを心底楽しむように、ツヴァイが心を奮い立たせると。全身から炎が湧き上がり、剣の形を模って。炎熱の脈を刻み込むように、地獄の刃で斬り付ける。
「俺達も仕掛けるか。行くぞ、宵桜」
 氷雨が相棒のライドキャリバーを軽く叩いて、跨りながら突撃を掛ける。描かれた桜吹雪が舞うように、疾走する鋼の獣が炎を纏って氷の竜に体当たりする。
「俺の怒りと憎悪なら幾らでもくれてやる! だが……俺から全てを奪った貴様等は、必ず滅ぼす……ッ!」
 込み上げる激情をセイヤは抑えようとせず。感情に流される侭、一心不乱に力を振るう。龍の外殻の如き手甲に、降魔の力を纏わせて。魂喰らう一撃を竜の腹部に捻じ込んだ。
 グウ……ッ! と低く唸り声を上げるリディニーク。徐々にではあるが敵への傷は蓄積されている。そこへラリーが十字架を模した聖槍に、紫電を宿して特攻し、背中に飛び乗るように雷の刃を突き刺した。
「初めて死の恐怖を感じたあなたと違って、わたし達は今まで死と向き合って生きてきた。『命を懸けた戦い』ならば、こちらの領分! 覚悟しなさい!」
 ラリーが強い眼差しで氷の竜を睨め付けながら、声を張り上げて仲間を鼓舞する。彼女の言葉を受けて、その思いに応えようとケルベロス達が積極果敢に攻め立てる。
「ここは勢いに乗って、ドラゴンを叩くですよ!」
 味方の消耗が少ない今なら押し通せると、ティリシアが伸ばした爪を硬化させて斬り裂こうとする。しかしこの攻撃は氷の鱗に阻まれて、掠り傷を負わす程度に留まった。
「番犬如きが、余り調子に乗るでない。命の時を止める我が力、篤と思い知るが良い!」
 ケルベロス達の度重なる攻撃に、氷竜は苛立つように咆哮を響かせて。命を凍て付かせる銀の嵐を撒き散らす。
 荒ぶ息吹は激しい猛吹雪となって後衛陣を飲み込んで。直撃を受けたティリシアは、体内から氷の魔力に侵されて。吹雪の猛威は彼女の全ての熱を奪い、生命の刻を凍らせる。
「くっ……!? こんなものに、あたしは……負け、な……」
 再び立ち上がろうとするも意識が途切れ。ティリシアの身体は糸が切れたように倒れ伏し、深い眠りに落ちるように力尽きてしまう。
 更に宵桜とキヌサヤのサーヴァント達も守りに入ったが、二体ともティリシアと同様に、吹雪の威力に抵抗できず巻き込まれて消滅していった。
「……思考を停めるな、考え続けろ。俺達の最大の『牙』は、グラビティじゃない」
 掻い潜るように吹雪を躱した数汰が迷わず突進し、惨殺ナイフを握って素早く回り込む。
「群となって獲物を狩れ。互いを補い合えば、ドラゴンが相手だろうと決して負けない!」
 仲間が倒れても振り返ることはせず。ただその意思だけを受け継ぐように、力を込めて振り抜く刃は、鱗を断って血肉を貪るように掻き抉る。
「勇者を無事に連れ帰るのがわたしの役目だから……これ以上、誰も傷付けさせない!」
 回復役として仲間を支えると。ルチアナが想いを乗せて鎖を操り、描く魔法陣が防御を高める力を付与させる。
 仲間を一人欠き、ケルベロス達は一層厳しい戦いを強いられる。しかしそのことが彼等の結束力をより強固にし、互いを補いながら竜の脅威を耐え凌ぐ。


 一度は崩れかかった均衡も、辛うじて持ち堪えて立て直し。不利に陥りそうになった戦況を、番犬達は気勢を上げて盛り返す。
「――決して退かない意思を、この一発に込める!」
 アトリが自身の魔力を銃弾に込め、頭上に向けて射出された弾丸は――癒しの気へと変換されて降り注ぎ、士気高揚の号砲が仲間の戦意を呼び醒ます。
「ここは態勢を整えるのが先決だ。この場を乗り切れば、流れは必ずこっちにやってくる」
 氷で湿気って火が点かなくなった煙草を咥え、氷雨が距離を取りながら状況を見極める。焦らず構えて機を窺えば、攻略の糸口が見えてくる筈だ。
「さあ、その外面が文字通り剥がれるまでひれ伏し願え――全ての祈りが無駄になるまで」
 ツヴァイの表情から笑みが失せ、瞑目し精神を集中させて詠唱すると。竜の真上の大気が吸い込まれるように渦を巻く。
「……なんっつって? こういう時は、少しずつ詰めていくっすよ!」
 一変して表情を崩し、飄々とした態度に戻るツヴァイ。直後に竜の頭上から、白き炎の群れが驟雨の如く打ち付けて、生命力を奪うように削いでいく。
「ああ、帰りを待っている連中もいるからな。その為に……俺の全てを以てでも、貴様を倒す……ッ!」
 北極星が描かれた群青色の御守りを胸に当て、セイヤが闘志を滾らせる。魔人降しの儀を用い、力を憑依させると黒い瘴気が溢れ出し。全身に禍々しい咒紋が浮かび上がって、セイヤを人ならざる姿に変貌させていく。
 幾度となく傷付こうとも、退くことなく抗い続けるケルベロス達。必死に食い下がる彼等を前に、さしものリディニークにも焦りの色が見え出した。
「全く以て忌々しいその命……全て刈り取ってくれる!」
 氷の刃で一気に薙ぎ払おうとするが、それでも番犬達は倒れない。苦境に立たされても折れない不屈の魂が、氷の竜に死への恐怖を抱かせる。
「機は熟しました。参りましょう――輝く刃をもって……正義に祝福を、邪悪に裁きを!」
 竜が怯んだ隙を見て、ここが勝負所と判断したケルベロス達が攻勢に出る。ラリーが掌を翳すと、白く輝く光の短剣が生成される。氷竜を狙い投擲された短剣は、邪悪な力を打ち祓い、刺し穿つ一撃が竜の右眼の光を奪う。
「我が手に宿るは断罪の雷霆――その身に刻め。裁きの鉄槌を!」
 数汰が天高く拳を突き出すと、雷が落ちて拳の中に集束されていく。数汰は光を帯びた腕に威力を凝縮し、一気に解放させると――雷鳴を轟かせながら放たれた閃光が、竜の脾腹を吹き飛ばす。
「後もう少しだけ……だいじょうぶ。きっと勝てるよ」
 戦線をここまで維持できたのも、ルチアナが癒し手として支えてきたからだ。祈りを捧げるような、ルチアナの想いが仲間の心を落ち着かせ、戦う気力を増幅させていく。
「さぁ終わりを恐れろ、理不尽を憎め。お前の眼前にいる俺達こそが……お前の死だ」
 護られた命は無駄にしない。氷雨が相棒の分も込めて発射する銃弾は、地面を跳ねて軌道が変わり、死角を突いて敵の背中を撃ち抜いた。
「そろそろ仕上げといくっすよ。これで王手を掛けるっす!」
 ツヴァイが颯爽と駆けて懐に潜り込み、刃の如く鋭い蹴りを浴びせて斬り刻む。
「……ほざけ小童共! 貴様等如きに……我は殺せぬ!!」
 壮麗だった姿はもはや見る影もなく。追い詰められた手負いの竜が、残された命の灯火を燃やすが如く、形振り構わず暴れ狂う。
 死へと誘う冷蒼の槍が、セイヤに振り下ろされて迫り来る、その刹那――立ち塞がるように躍り出る影がいた。
 アトリが身体を張ってセイヤを庇い、氷の爪を正面から受け止めようとするのだが――力で捻じ伏せられてしまい、無慈悲な一撃がアトリの心窩を深々と貫いた。
「……間に合って、良かった。後は……任せた、よ……」
 紡いだ言葉は儚く消えて、けれどもその表情は満足そうに微笑んで。アトリの華奢な体躯が力無く跪き、自ら流した血溜まりの中に崩れ落ちていく。
 最後まで諦めることなく死力を尽くし、倒れた少女が託した願いを握り締め。セイヤの右腕から噴き出る黒い闘気が、破壊を齎す竜の姿を成していく。
「こいつで貴様の全てを終わらせる――打ち貫け!! 魔龍の双牙ッッ!!」
 黒龍纏いし渾身の拳撃を叩き込み、獰猛な顎門が瀕死の竜の生を喰らい――リディニークの生命力は遂に果て、断末魔を上げながら砕け散って逝く。

 戦場に刻まれた爪痕の生々しさが、静けさを取り戻しても尚激戦の様子を物語る。
 どれ程傷付き疲弊しながらも、彼等は戦い抜いてドラゴン相手に打ち勝ったのだ。
 任務を成し遂げた充足感に満たされながら、訪れた束の間の休息に安らぎを得て。
 雪舞う雲の切れ間から、薄ら射し込む光が戦士達を照らし出す。
 死闘を乗り越え掴んだ勝利を祝福するように――。

作者:朱乃天 重傷:ティリシア・フォンテーヌ(ドラゴニアンの螺旋忍者・e21253) アトリ・セトリ(深碧の仄暗き棘・e21602) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月1日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。