『憤怒』の救済

作者:黄秦


 しんと寒い冬の夜の公園でひとり、ミクはベンチに腰掛けていた。
「さむっ! うう、それもこれもケータのせいだっ!!」
 ミクは彼氏のケータと喧嘩して、彼の部屋を飛び出して来たのだった。
「だいたいケータはっ! 浮気はするわ、足は臭いわっ! 付き合うんじゃなかった!!」
 身を切る風が芯まで冷えさせ、怒りがどんどん募っていく。
「もーっ、ケータのバカバカッ! ぜったいぜったい、許さないんだからぁっ!!」
「いいですねえ、その怒り。もっともっと解き放ってごらんなさい」
 無人と思っていた所に不意に声をかけられ、驚いて振り向く。
 外灯の下、目に痛いほど赤い人影があった。鳥の仮面、金属製の鳥の翼を生やした腕。手にしているのは巨大な棍棒だ。
「で、デウスエクスっ!!?」
 奇怪な風体のデウスエクスは、慇懃に礼をする。
「私、イマジネイター配下にして『七つの大罪』が一人。『憤怒』のシン・オブ・ラースと申します。よろしく」
 恐怖のあまり動けなくなった彼女に、シン・オブ・ラースはゆっくりと近づいた。
「酷い彼氏ですねえ? その怒りを解き放って、彼氏も何もかも、ぶち壊してみてはどうですか?」
 ニヤニヤ笑いでおぞましいことを提案され、ミクは必死で首を横に振った。
「おやおや、わかりませんか? こおゆうことですよぉ!」
 シン・オブ・ラースは言うなり、くるりとミクに背を向けると、持っていた棍棒を振りあげ、地面に叩きつけた。
 轟音とともに炎が縦横に走り、衝撃が公園の遊具や木々を破壊する。
「怒りに身を任せるのは極上の気持ちよさですよ? あなたも如何ですか?」
 答えはない。ミクは、魂の消し飛んだように呆然とするばかりだ。
「仕方がないですねえ。先ず、あなた自身に暴力を味わわせてあげることにしましょう」
 ついでにグラビティ・チェインもいただきますね。
 そう言うと、ミクへと棍棒を振り下ろす。
 悲鳴が、冬の夜に響き渡った。

「ふむ。この程度ではイマジネイターへの供物には足りませんねえ」
 グラビティ・チェインを奪い、シン・オブ・ラースはひとりごちていた。
「早く、ケルベロスの暴力を見たいものですね。来てくれるとよいのですが」
 破壊の音を聞きつけた人々が集まる気配がある。シン・オブ・ラースは笑みを濃くした。
「とりあえず、彼らを救済するとしましょう。ケルベロスの怒りも大きくなると聞きますから、一石二鳥という物です」 


 6体のダモクレス指揮官よる地球侵略は未だ収まる気配がない。
 その中の1体『イマジネイター』は、様々な理由でダモクレスの中で規格外とされた、イレギュラー達を取りまとめ、活動している。
 正規の指揮系統に組み込まれておらず、自由勝手に行動するイレギュラー達だが、規格外である者同士の強い連帯感で、軍団としての機能を維持している。
 指揮官のイマジネイターを筆頭に、性質は多様ではあるが、どのような性質の個体でも『自分と同じ立場のイレギュラー達の為に戦って死ぬ事は厭わない』という意志が共通しているのだ。
 ダモクレスの中でもイレギュラーな存在である彼らは、統一された作戦などは行わないが、グラビティ・チェインの略奪やケルベロス撃破などを目的として動いていると想定されている。
 

「今回の敵は、そのイレギュラーの一体です」
 セリカ・リュミエールは急を告げる。
 識別コード『七つの大罪』の1体で、『憤怒』を司るシン・オブ・ラース。
 真紅のビルシャナのような姿をしており、グラビティ『サタンの槌』で全てを破壊し、暴力こそが救済であると人々に説くと言う。

 シン・オブ・ラースは、夜更け、ある町の住宅街に現れる。
 公園でミクという女性を殺害し、騒ぎに寄って来た人々をも殺そうとしている。
 しかし、真の目的は、ケルベロスと戦う事のようだ、とセリカは言う。
 ケルベロスを怒らせ、暴力に浸らせたうえで『救済』を施そうと思っているらしい。
 彼の言う救済とは結局殺す事であり、それはイマジネイターの利にもなると考えているようだ。無論、一般人を殺し、グラビティ・チェインを奪うことも忘れない。
 今から行けば、ミクが殺される前に現場にたどり着ける。
 真の標的はケルベロスなので、戦闘になればまずこちらを倒す事を優先させる。ただし、現場にミクが残っていれば、躊躇なく殺しに来るだろう。
 近所への勧告、避難は手配済みだ。

「……何故だか、シン・オブ・ラースは『憤怒』を司りながら、怒りを見せませんね。
 感情はあるはずですから、何かしら切欠があれば、怒ることもあるのでしょうか?
 いずれにせよ、暴力による死を救済と呼ぶなど、断じて許せません。
 どうか、シン・オブ・ラースを撃破し、ダモクレスの侵攻に楔を打ってください。
 ご武運を、祈っております」
 そう話し終えると、セリカは、ケルベロスたちを急ぎヘリオンへと誘った。


参加者
幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)
祭礼・静葉(サイレン堂店主・e00092)
カタリーナ・ラーズグリーズ(偽りの機械人形・e00366)
ヴェスパー・セブンスター(宵の明星・e01802)
星野・優輝(戦場は提督の喫茶店マスター・e02256)
ロウガ・ジェラフィード(戦天使・e04854)
マッド・バベッジ(腐れ外道・e24750)

■リプレイ


 ケルベロスたちがヘリオンを降り、事件が起きている公園を目前にしたとき、地面が揺れるほどの爆発が起きた。
 黒煙立ちこめ、燃え上がる炎が、昼のように周囲を明るく照らしている。
「ほら、暴力は素晴らしいでしょう!?」
 聞こえてくるのは、この爆発を引き起こした張本人の声だろう。
 全力で公園に飛び込めば、赤い鳥人の姿をしたダモクレス、シン・オブ・ラースが、今まさに、へたり込むミクへ巨大な棍棒を振り下ろそうとしているところだった。
 カタリーナ・ラーズグリーズ(偽りの機械人形・e00366)は長弓『ブリーシンガメン』に矢をつがえて放つ。
 妖精の加護を宿した矢は一直線に飛んで、棍棒の先端に当たった。衝撃で弾かれ、軌道の変わった棍棒は地面を穿つ。
「おや?」
 ミクの前に、四角い木箱が現れた。蓋があいて、鋭い牙でシン・オブ・ラースへ噛かぶりつく。
 箱を払いのけたシン・オブ・ラースへ、幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)さらなる追撃をかける。
 釘付けとなったその隙に、星野・優輝(戦場は提督の喫茶店マスター・e02256)がミクを背に庇う。
「これ以上好き勝手はさせないよ!」
「ケルベロスがお相手しましょう――いざ!」
 構えを取る鳳琴、優輝が掌をかざして魔法陣を展開すると、白銀の龍が現れてシン・オブ・ラースへと襲い掛かった。
 祭礼・静葉(サイレン堂店主・e00092)『御業』を鎧に変えて仲間を守護する。
「よくやったわ、シカクケイ」
 静葉が褒めてやると、ミミックは嬉し気にはねた。
 現れたのがケルベロスと知って、ミクはマッド・バベッジ(腐れ外道・e24750)にしがみつく。
「た、助けて……っ」
「もう大丈夫。早くここから離れよう」
 マッドはミクを励まし、助け起こす。その二人へと、ラースの視線が向いた。
 それは、バアルルゥルゥ・アンテルエリ(ヴィラン・e34832)が逸らす。
「ハァハハハァ! 人の庭で随分好き勝手してんじゃねェか! 即刻退去願うぜ、この世からなァ!」
 輝線を描いての飛び蹴りで、シン・オブ・ラースをその場に釘付けにする。
「再生を司る者、外されし蛇夫宮の加護よ!!」
 ロウガ・ジェラフィード(戦天使・e04854)が蛇遣い座が描き、ケルベロスたちを守護する。
 シン・オブ・ラースとミクたちの間に優輝たちが立ちふさがり、行く手を阻んだ。

 ケルベロスが現れたことに、シン・オブ・ラースはむしろ歓喜していた。
「いやあ、よく来てくださ……おっとっと?」
「『憤怒』、いや、シンオブラース!」
 ヴェスパー・セブンスター(宵の明星・e01802)はセブンスソードを抜き放つ。
 二振りの剣を交差させ振り抜けば、放たれた衝撃波がクロスを描いてシン・オブ・ラースを切り裂いた。
「『色欲』は私たちが……私が、倒した」
 シン・オブ・ラースは傷口を抑え、ヴェスパーを見た。ニヤついた笑いは消えない。
「貴様らが動いていているというならば、かつての兄弟機の私がその全ての悪意を止めてみせる!」
 胸の奥で僅かに軋む何かを押し殺して、ヴェスパーは高らかに宣言した。


 ヴェスパーの宣言を聞いたシン・オブ・ラースは、いきなり、がくりと肩を落としてうなだれた。
 ぶるぶると激しく震え、拳を固く握りしめている。
「よくも『色欲』を……許さん、許さんぞ貴様らアあああアアア!」
 ……あれ、もう怒った?
 キェエエエエエエ! と怪鳥音を立てて、やおら『サタンの槌』を振り上げる。破壊に備え、ケルベロスたちは急ぎ間合いを離し身構えた。
「……なーんちゃって?」
「……何っ!?」
 次の瞬間、シン・オブ・ラースは棍棒を空振りする。同時に鳥仮面の目が赤く光り、ヴェスパーへと破壊光線を放った。
 不意を突かれてまともに受けてしまう。
「なんてことをっ」
 鳳琴が動く。これを怒るなと言うのは無理なことだった。極限まで高めた気を、怒りと共にシン・オブ・ラースへとぶつける。
 凄まじい衝撃で槌もつ腕を弾き、鉄の羽を吹っ飛ばし散らした。
「ギャハハハ! そうそう、いいですよお!」
 砕けた腕からは切れた回路が電光を放っているのが見えている。結構なダメージだったはずだが、シン・オブ・ラースは楽しげだった。

 優輝はドラゴニック・パワーを噴射し、加速したハンマーを叩きつける。
 シン・オブ・ラースは本当に腹立たしい。けれど、あくまでも冷静に、と自分に言い聞かせる。怒りという感情に身を任せた暴力は後悔しか残らないのだから。
 静葉は、シャーマンズカードを振り、召喚した『御業』を鎧に変える。ヴェスパーの装甲を厚くし、傷を癒した。
「さぁ、計画を破壊しよう……計画の破壊者が名の下に」
 いつまでもダモクレスの思い通りにはさせない。カタリーナはアームドフォートの主砲を発射した。その衝撃はシン・オブ・ラースを痺れさせた。
 ボクスドラゴンのクロクルが飛んで、その助けをする。
 動きが止まった敵へ、バアルルゥルゥが足元の地面ごとその体を打ち砕かんと飛び込んだ。砕かれた地面が砂礫となって飛び、割れた地面に鳥人は足を取られる。
「キジも鳴かずば、ッてなァ。おっと、そりゃ鶏だったか?」
 揶揄しても、シン・オブ・ラースは相変わらずのニヤニヤ笑いだ。悪口程度では腹が立たないのか、或いは、鳥の例えが伝わらなかっただけかもしれない。

 シン・オブ・ラースはニヤけた笑みで、眼前に相対する者たちの方を向いた。
「暴力に身を任せましょう。もっと素直に怒りを顕すのです」
 さあ、さあさあ。うざったく囁きを吹き込んで来る。
 煩くて不愉快で腹立たしくて、それを止めたくて優輝は殴りかかった。相手が誰かなんて気にしなかった。
「『舞うは許しの花、癒しの円環――祝福の五色、其の身に宿りて闘う力に――全てはやがて還る刻(イノチ)の為に――』」
 盾を掲げ、ロウガが癒しの技を放っている。薔薇の芳香が与える安らぎに包まれ、敵の術中に嵌っていたと知る。
「く……っ」
 優輝は、嵌められた悔しさをなんとか飲み込んで、反撃の旋刃脚を放つも、シン・オブ・ラースは棍棒で受け止めた。
 カタリーナの矢が弧を描き、狙い過たずシン・オブ・ラースを心臓を貫く。
「い、痛いじゃないですかあ! ありがとうございます!!」
(「……これはどこまで本気なのだろう」)
 そもそも、『心』はあそこにあったのだろうか。
 そんな疑念を頭を振って追い払い、カタリーナは、アームドフォートを構え、次の攻撃へと照準を定めた。

 ミクを無事避難させて、マッドは寒風吹く中を戦場へと駆け戻る。
 敵の前へと迷いなく飛び込み、その手を振り上げた。
「宇宙の真理をその身に刻め! 変になるチョップ!!」
 変になるチョップである。呪いを込めた手刀をシン・オブ・ラースへと叩きつける。宇宙の真理はあまりの深遠さゆえに狂気を呼ぶが、ダモクレスには効くだろうか?
「ハァハァッ、今のは中々ドイヒーでしたよ! ん、ドイヒー? なにそれ、私は何を言って、あれー?」
 効いていた。
 混乱しているシン・オブ・ラースの横面に、バアルルゥルゥは、輝きながらの飛び蹴りを食らわせれば、口元どころか顔全体を歪ませて吹っ飛ぶ。
「悪ィなァ、どんな不細工な面してるか気になってな!」
 行儀悪く指を立てて、煽ってやる。それは本音の半分で、切れさせた分、口が軽くなって情報を漏らしやすくなるかもしれないと考えてのことだ。
「どうせ感情の無い鉄塊だ。イレギュラー同士の強い結束と言っても他種族の観察で蓄積されたデータの流用に過ぎない。でなけりゃダモクレスとレプリカントの違いなんてね……」
 マッドがそこまで言うと、シン・オブ・ラースは無言で、マッドへと光線を放った。
(「あ、これ効いてる?」)
 仲間との事を言われるのは、どうやらあまり面白くはないようだ。それでも『憤怒』には至らないようだが。
「ああ、嘆かわしい。まぁだ、私の説法が足りないようですねえ……!」
 暴虐の槌を振るっては、その一方で嘆いて見せる。
「もっと見せてくださいよ、あなた方の暴力を! あなた方の行動すべてが、イマジネイターへ捧げる、大事な情報となるのですから!」
 その物言いはいちいち腹立たしいが、それを表に出すことは堪えた優輝だ。あくまでも冷静に、正確で鋭い蹴りを、シン・オブ・ラースの急所に入れてやる。
「ケルベロスの戦闘データに行動パターン。それだけあれば見え見えの罠でも狼王を仕留められるだろうね?」
 マッドが言えば、シン・オブ・ラースは酷く嬉しそうに、歯を剥いて笑った。

 ヴェスパーの観察する限り、シン・オブ・ラースがリアルタイムで送信している様子はないようだ。
 マッドの言う通り、ケルベロスの言動をデータとして解析するのが目的なのだろう。
 ただ、何も指令しないイマジネイターが、それを本当に望んでいるのかはわからない。
 ひょっとすると、彼ら自身が『そうしたい』だけのかもしれないとさえ思えた。

 ともかくも今は攻撃に転じるときだと判断し、ロウガはフロストレーザーを放ち、凍てつかせた。
「『命達に呼びかけん、御言立ちて呼びかけん、三言にて命太刀、断て!』」
 静葉は言葉を呪言として重ね合わせ、シン・オブ・ラースを切り裂く。それは、『憤怒』へと突き刺さり、鋼の皮膚を抉り、回路を断ち切った。
「痛い痛い痛い。いいですねえ、これは、実に良い暴力ですよぉ!」
 全身を感電させ、断ち切られた傷を大げさにアピールする。
「どうしてもっと素直に怒らないんです? 私の事腹が立つでしょう? もっと怒って、互いに暴力を振るい合って、救済されましょうよ!」
「うるっせえ! いつまでも囀ってんじゃねえぞ鳥野郎!!」
 バアルルゥルゥの地裂斬が炸裂した。――お望み通り、怒ってやる。それで調子に乗ってくれればなおいいのだが。


 シン・オブ・ラースはサタンの槌をフルスイングして、呼び起こした爆炎をさらに広げる。
 爆風で鳳琴の電光石火の蹴りをはじき返し、飛び散る火の粉がシカクケイに引火した。
「ごめん、シカクケイ」
 静葉はより傷付いた鳳琴を優先に、御業を放ち回復する。
「『聡明と無垢の槍』」
 優輝は、ドラゴニックハンマーを掲げ、同時に炎と氷の魔力を発生させる。
 『無』の力を宿す槍を構築し、シン・オブ・ラースへ投擲する。圧倒的な破壊力が、シン・オブ・ラースを貫いた。
「お前の攻撃はもう見飽きたよ――眠るといい、赤い鳥」
 カタリーナは強弓『ブリーシンガメン』に月光を番えた。
「『其は天空にて闇を裂く。万物を魅せ、狂わせる優しき光。月よ、我が詞に従うならば、其のもつ輝きを矢と為し、我に与えたまえ』」
 綴る詞が、月の矢に輝きを与え力を収束させる。引き絞り、狙い放つ。

「『傲慢』の居場所を言え、『憤怒』!」
 無駄と分かっていても、最も因縁深い宿敵をヴェスパーは諦めきれないでいた。剣の切先を打ち付ければ、反撃の光線が放たれる。
「あなたもしつこいですねえ」
 シン・オブ・ラースは、いかにも呆れたように肩をすくめるが、笑ってはいなかった。
「なら、あなた方がいつもどうやって我々の動きを知っているのか、具体的に教えてくれます? そうすれば、こちらも考えなくもないですよ?」
「……ありえない」
 ヴェスパーは唇を噛んで却下する。
「でぇえすよねえ――っ!? いえいえ、いいんですよぉ? 言って見ただけですから」
 シン・オブ・ラースはバカにしきった態度に戻った。
 ヴェスパーのきつく握りしめた、セブンスソードの星飾りが輝きを増す。
「……貴殿の行いは大罪に値するであります。その悪徳ごと、断罪します!」
 剣に力を集め、上段から全力で振り下ろす。サタンの槌の柄でその剣劇を受け止めるラース。重い斬撃が、その柄を叩き折った。
 その分だけ威力は減じたが、それでもヴェスパーの全てを込めた一撃は、シン・オブ・ラースを両断するに十分だった。

 シンオブラースはこれが先途とばかり、サタンの槌へ全ての力を込めて、放った。
 すさまじいばかりの爆炎はケルベロスたちを包み、焼き焦がす。
 しかし、爆炎の中を鳳琴の龍が飛び、ロウガの呼ぶ花が舞い、静葉の御業が全てを癒していく。
「ケルベロスと戦うのが望みならば知っておくべきです――私達からは、何も奪えないと!」
 癒しあい守護しあうケルベロスらと、満身創痍のシン・オブ・ラース。すでに趨勢は決している。
 制御仕切れず暴走する炎が内側から、シン・オブ・ラース自身を焼く。火柱が、夜を照らした。
「熱い、熱いいいっ!!」
 『憤怒』を司ると嘯いたダモクレスが、叫ぶ。
「クソが! 終わりか! こんなのが終わりだってのかクソがああああ!!」
 シン・オブ・ラースは別人のように激昂し、火ダルマで転がった。
「暴力ってなぁ、与えるのがいいんだ! 振るうのがいいんだなんでわかんねえんだよお!!」
 喚けば喚くほど、崩壊が早まり、焦げた破片がぼろぼろと崩れ落ちていく。
「なあ、そうだよな……イマジネイター……」
 それがシン・オブ・ラースの最後の言葉だった。

 燃え盛った炎が消えた跡、真黒に溶け焦げた、鳥の羽根だけが残されていた。


 炎と衝撃で破壊された公園をヒールして回る。
「酷い有様ですね」
 原形をとどめないほど壊された遊具、燃えて倒れた木々が痛ましい。
 終わったと察し、救急や警察、野次馬が遠巻きに集まって来る。その中に、ミクを探しに来たらしい彼氏の姿もあった。
 その胸に飛び込んで泣きじゃくるミクを見て、安心する。
「怒りか……大罪となる一方で、大きな力になるものでもあるのだがな」
 ロウガは言う。もっとも、どの大罪もまた、そういう物ではあるのだけれど。
 美しい花も、使い方次第で毒にも薬にもなるように。

 結局、シン・オブ・ラースがはっきりと激昂したのは、死ぬ間際だけだった。
「仲間の事を突っついた時は反応見せてた気もするんだがなぁ」
「仲間や兄弟の事を言われるのは、ある程度予想してたのかもね」
 バアルルゥルゥとマッドは、『憤怒』の反応を思い返して話し合う。
 最後には、仲間の誰でもなく、イマジネイターの名を呼んだ。
 もし、もっとイマジネイターの名を出して挑発したなら、『憤怒』していただろうか?
 イレギュラー達の心をこれほど掴む、それが、イマジネイターの指揮官としての力なのかもしれない。
 鳳琴は、拳を空へまっすぐに突き上げた。
「イマジネイターにもすぐに届かせましょう」
 ――私たち、ケルベロスの牙を。例えどれほど遠くにいたとしても。

 まだそこここに爆発の残滓のように煙が燻っている。
 それは風に吹かれて空へと立ち上り、白い月の輝きの前に薄れて消えた。

作者:黄秦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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