恋の病魔事件~メガネ乙女と初めての恋心

作者:stera

「まだ寝てるの? 学校に遅刻するわよ!」
 階下から叫ぶ母。
 テーブルでは、いっこうに起きてこない娘の為に作った朝食が冷め始めていた。
 しびれを切らし、母親は大きな足音を立てながら2階の娘の部屋に向かう。
「ちょっと、起きなさい! まったく、また本でも読んで遅くまで起きていたんじゃないでしょうね? もう朝なんだから、早く起きないと……って、ちょっと?! ねぇ大丈夫?? サヤ?!」
 意識を失っている娘を前に、バタバタと慌てて階段を駆け下りた母親は青白い表情で急ぎ救急車を呼ぶ。
 いつもとかわらない穏やかな朝……が一転。
 程なくして、けたたましいサイレンと共に救急車が到着する。
 彼女の部屋のベットの上には、意識を失う前に手にしていたであろうチョコレートの入った可愛い小さな箱が、ポツンと残されていた。

 ヘリオライダーの皇・基(en0229)は、書類を手にメガネをかけなおすとケルベロス達に向かって状況を説明する。
「本日、日本各地の病院から原因不明の病気についての連絡がありました。この病気は、誰かに純粋な恋をしている人がかかるらしく、その症状は『胸がドキドキして、食べ物も飲み物も喉を通らない』というものです。これは、比喩表現では無く、文字通り水も飲めない状態で、無理矢理飲もうとすると激しく咳き込んで吐き出してしまうそうです。病院に運ばれた患者達は、点滴を受ける事で命の危機は脱していますが、治療方法などは全く判明していない状態です。この病気の症状を聞いた、アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)さん達が調査してみた所、原因は『恋の病』という病魔である事がわかりました。この病魔を倒し、恋の病に冒されてしまった人達を助けてあげてほしいのです」
 一通りの説明を終えた基は、書類を机に置きその場に居たケルベロスの仲間たちに目を向ける。
「病魔が相手とのことなので、私もこの作戦に参加させていただきたいです」
 そう言ったのは、皆と同じように話を聞いていたオンディーナ・リシュリュー(en0228)だ。
 今回の敵は『病魔』、ということなのでウィッチドクターがいれば患者から病魔を引き離して戦闘を行うことが可能で、もし事件解決に向かうケルベロスの中にウィッチドクターがいないようであれば、事前に病院に連絡すれば医療機関の方からウィッチドクターを手伝いに派遣してくれるということだ。
「この病魔ですが、可愛らしい見た目で弓を手に攻撃してくるようです。極端に強い、ということは無いようですが……催眠効果のある技も使うようです、注意して下さい」
 作戦についての説明を一通り終えた基。
 そこから、戦闘には関係ないですが、と思い出したように説明を付け加える。
「この病気は、病気の苦しみがトラウマになって、恋をするのを怖がるようになる可能性が高いようです。可能ならば、被害者の人がこの病気の影響で、恋に臆病になるような事が無いように、フォローしてあげてください」


参加者
赤堀・いちご(ないしょのお嬢様・e00103)
ヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128)
小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)
藤・小梢丸(カレーの人・e02656)
フレナディア・ハピネストリガー(サキュバスのガンスリンガー・e03217)
アクレッサス・リュジー(葉不見花不見・e12802)
ルドルフ・レイル(欠牙の灰色狼・e22410)
橘・相(気怠い藍・e23255)

■リプレイ

●恋の病魔
 病室の片隅、ベットに寝かされた少女はその瞳を閉じたまま、顔色は青白く、腕につながれたチューブの点滴から送り込まれる薬だけが、今の彼女の命を繋いでいた。
「恋の病とはよく言ったもんやけど、病魔とはな。恋する乙女のピンチや、助けんとな」
 小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)が言った。
「恋の病は乙女の特権! さっさと治して恋を楽しんで貰わないと」
「恋に苦しみは似合わない、すぐに解放してやろうじゃないか」
 フレナディア・ハピネストリガー(サキュバスのガンスリンガー・e03217)とヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128)も、少女を見つめながら言う。
「最低限のもの以外、出来るだけ片付けさせていただきました。 このくらいでよろしいでしょうか?」
「この広さなら……問題ないだろう」
 オンディーナ・リシュリュー(希求のウィッチドクター・en0228)の問いかけに、病室を見回しアクレッサス・リュジー(葉不見花不見・e12802)は頷き答える。
「さて、餅は餅屋だ。 そろそろお願いしようか」
 ルドルフ・レイル(欠牙の灰色狼・e22410)が促すようにそう言うと、
「はやく病魔を倒しちゃいましょー。 メガネ乙女のピンチと聞いては黙っていられないさっ!」
(「眼鏡っ娘が失われるなんてとんでもない眼鏡的損失! ビバ! メガネ!!」)
「そんなに強いわけじゃないらしいし、やっつけよう! メガネっ娘は救われるべきなんだ」
 『メガネ』と聞いてやる気漲る橘・相(気怠い藍・e23255)と、藤・小梢丸(カレーの人・e02656)もそう言ってアクレッサスの方を見る。
 彼は、頷くと着用している白い手袋をしっかりはめ直し、少女のすぐ傍らに立つ。
 かざした手のひらに青い光が集まり……やがて、手応えを感じると、力強くロープを手繰り寄せるような仕草で後ずさる。
「いや~ん」
 引きずり出されるように現れた病魔。
 その腕に絡まる光を振りほどくと、クルリと空中で1回転し、ケルベロス達を見回す。
「せっかく私がステキ~な恋をさせてあげてるのに、邪魔するなんてヒドイ人達ぃ~」
「恋は……私はまだよくわかりませんけれど。 でも、大切な想いのせいで死んでしまうなんて、そんなのはいけないと思います」
 赤堀・いちご(ないしょのお嬢様・e00103)が、現れた病魔に言う。
「あら、恋は病って言うじゃない」
 ピンク色の翼でパタパタ羽ばたくと、病魔は答える。
「あなた達も、恋してみれば分かるんじゃない? 『死ぬほどの恋』をプレゼントしてアゲル♪」

●キミの心臓を射抜いちゃうゾ!
 病魔は手にした弓矢を引き絞り、パチンと可愛らしくウインクする。
 バレンタインによく見る恋の天使さながらに、頭の上に輪っかを浮かべ、愛らしい笑顔を振りまく病魔、ただし人畜無害に見えるのは姿ばかりで、つがえた矢で狙うのは、文字通りの心臓。
 ケルベロス達の命だ。
「アリカさん」
 スカートの裾を翻し、ボクスドラゴンと共に前に躍り出るいちご。
 さすがアイドル、可愛さではまったく引けを取らない。
 攻撃を受けた病魔が、悲鳴を上げる。
「いたぁいっ! やっぱり、ヒドイ人達ねっ、こんなに可愛い私を平気で傷つけようだなんて、信じられなぁ~い。 ……その心臓(ハァト)ステキな恋の矢で、射抜いてあげる♪」
 病魔は、前に出すぎていたオンディーナに狙いを定め矢を放つ。
「危ないっ!」
 とっさに、彼女をかばう小梢丸。
「小梢丸さんっ!」
「このくらい、大丈夫……」
 言いかけて、視界がグルグルと廻りはじめ、思考が濁る。
 誰が敵だったか?
 目の前のヴァルキュリア? それとも自分自身……。
「 Porca miseria! 質の悪い娘だ、少し大人しくしていてもらおうか」
 ヴィンチェンツォが狙いすました一撃を放つ。
「可愛らしい見た目なんに、やることがえげつないね。 回復まかせたで」
 真奈も、敵の前に飛び出る。
「これは、痛いで!」
 重い一撃を叩き込む真奈。
「メガネじゃない病魔とか、さっさと消えちゃえばいいのに。 そこから動かなくていいよ~」
 制圧射撃で敵を足止める相。
 病魔の動きを止めるように、
「気をしっかり持つんだ」
 アクレッサスは、小梢丸を催眠から振りほどく。
 小梢丸の瞳にしっかりとした光が戻り、かばったオンディーナの無事を確認した彼は、心配ない、と頷く。
 呼応するように、アギャっと口を開けたボクスドラゴンのはこは、小梢丸に耐性を付与した。
 後方に控えていたルドルフが、機を見て動く。
「さて、こっちの仕事は本職だ。 ヒラヒラした見た目で誤魔化そうったって、そうはいかない」
 先ずは動きを制するのが先決、と判断したルドルフ。
 スターゲイザーで、敵の動きを足止めする。
「それじゃ、手数を増やしていきましょ」
 フレナディアの周囲にグラビティで作り出したパラボラアンテナ状の小型無人機が集う。
(「わずかでも、皆様のお役にたちたい」)
 オンディーナは、祈るような仕草でライトニングウォールを展開した。

●病魔退散
 催眠に対抗するため、出来る限りの対抗策を練ってきたケルベロス達を前に、病魔は次第に追い込まれ、目に見えて弱っていく。
「クソっ! この私がぁ、アンタたちなんかにっ!」
 最初の余裕も消え去り、病魔は口汚く罵りながら、それでもあがくように回復を試みる。
 しかし、治しきれないダメージは確実に蓄積されていき、ついに病室の床に片膝をつく。
「病魔に巣食わせる恋など無い。そろそろ幕切れだ」
 Numero.2 Tensione Dinamica無駄のない身のこなしから打ち込まれた弾丸は、白銀の光を放ち病魔の身体を捕らえる。
「ギャァアア! 離せぇっ!!」
 呻きながら藻掻く病魔。
「あつーいのとつめたいの、どっちがいい?」
 問いかけはしたものの、問答無用でフロストレーザーを叩き込む真奈。
(「弾道計算完了、オーラ充填率うんにゃらかんにゃら諸々OK、あとは狙い撃つのみ……」)
 スナイパーライフルを構えた相が、必殺の一撃を放つ。
「ずきゅーん!」
「カハッ……! わたし、のジャマは、誰にも……させなっ、いっ……!!」
「まだ息があるとはな……」
 呆れたようにつぶやいて、アクレッサスとはこは、顔を見合わせると息を合わせ敵を攻撃する。
 床を這いずる病魔が、逃げようと顔を挙げた先には、冷静にこちらを見下ろすルドルフの姿が。
「終わりだ」
 ペトリフィケイション、病魔のふわふわとしたピンク色の翼がみるみる石化し灰色に染まる。
 病魔は目を見開き……最期にその瞳が捉えたのは、銃口を向けるフレナディアの姿だった。
「彼女の恋に必要なのは、アンタなんかじゃないわよ。 さよなら、病魔さん」
 病魔の姿が掻き消える。
「……終わりましたね。 そうだ、サヤさんは?」
 戦闘が終わるとすぐ、心配そうに病魔に取り憑かれていた少女に駆け寄ったいちご。
 その表情が、先程より安らかで穏やか担ったのを確認し、ホッと胸をなでおろす。
「これなら、もうすぐ目も覚めそうですね」
 オンディーナも微笑みながら、同じように傍らに近寄るアクレッサスにそう言った。
 彼は頷く。
「無事終わったな。 皆、怪我があれば診よう。 それに、病室の損傷箇所もなおさないとな」
「そうだね。 片付いた部屋で食べるカレーも、また美味しい」
 いつのまに取り出したのか、お弁当カレー山水を手に小梢丸が言う。
(「任務終了」)
 これまで黙々と後方で仲間たちの戦闘の支援していた木下・昇(e09527)は、病魔が倒された場所に立った。
(「これは……」)
 そこに残されていたのは、倒された病魔が手にしていた弓。
 持ち主が居なくなったその弓をそっと手に取り、多忙の身である彼は、確実に敵を倒したことを確認すると静かにその場を後にする。

●恋心の行方
「えと、本当に……ありがとうございます……」
 乱れた長い髪をわたわたと手ぐしで直し、サヤはベット上で深々と頭を下げる。
「こんな私のために、戦ってくれて……もう、こんな事になるなんて……私には誰かを好きになるとか……無理だったんです……」
 うつむきながら、彼女の声は次第に小さくなり、口ごもるようにそう話しだした少女。
「こんなにご迷惑をおかけして、こんなに辛い思いをするなんて、もう私……」
「それは、違うで」
 少女の最後の言葉を待たずに、真奈が口を挟む。
「恋するのが怖くなったか? 今は、辛い思いをしたばかりやから、怖じ気付いたかもしれん。でも、苦しいばかりじゃないんやで、あとから考えるとな」
 見た目は子供だが、諭すように優しく語りかける真奈の言葉は、すっと彼女の心に届いていく。
 辛い思いばかりじゃない、少女に言い聞かせながら、ふと脳裏に亡くしてしまった懐かしい面影が浮かぶ。
「おばちゃんはこう見えて未亡人や。人生の先輩として、いろいろ相談にのるで?」
「恋はいつまでも甘いものだ、苦くするものではないさ」
 ヴィンチェンツォは、その隣人力も発揮し彼女を諭す。
 今感じていた苦しみの殆どは病魔によるものだということ、偽りのない気持ちであれば、結果はどうであれ想いの丈はぶつけるといい。
「放たれない想いは後悔にしか変わらない。どうか歩みを止めないでほしい。君はとても魅力的な女性なのだからね、シニョリーナ」
「……恋は、今回のように病的な苦しみを産むものではなく、楽しいものだぞ」
 短くそう言って、我ながら柄でもないことを口にした、とルドルフは、なにか照れたのを誤魔化すかのようにコホンと一つ咳払いする。
「とにかく、よ!」
 弾けるような明るく陽気な声で、フレナディアが言う。
「アタシとしては胸が高鳴る恋は貴重なものだし、これからドンドンしちゃって欲しいな♪ それで病魔に冒されても、アタシ達がすぐ退治してあげるからさ!」
 少女の顔を覗き込み、フレナディアがパチリとウィンクすると、眼鏡越しの瞳をパチパチ瞬かせ、少し恥ずかしそうになりながら、サヤは『そう、考えてもいいんでしょうか?』と返事を返す。
「眼鏡があれば何でもできるっ! それが眼鏡真教の教えであり、眼鏡様のお告げ……つまりなんとかなるよってこと。 眼鏡のかわいこちゃんには、リア充である私からアドバイスだ。 眼鏡ならなんとかなる! ほら、桂だってこんなにステキなアドバイスをっ。やっぱり頼りになるね、桂は♪」
 少女を励ますつもりが最期は自分の妄想に引きこもる相。
 彼女の脳内住む妄想彼氏は、今日も健在だ。
 ただし、なんとかなる、その想いは伝わった。
 そしてもう一人、眼鏡の彼女には是非とも頑張って欲しい小梢丸。
「本を読むのが好きと聞いているけど、料理の本とかも読むのかな?」
「あ、はい。 それほど手の込んだ物は作れませんが……」
「それなら! 好きな相手の気を引くにはやっぱり胃袋をつかむのが一番だ。だから『カレーを作ろう』」
 一番良いたかった一言を言い切って、満足そうな小梢丸。
「恋の事は私にもよくわかりませんが、カレーが美味しいというのは私にもよくわかりますっ! カレーに限らず、美味しいものを食べたり飲んだりすると、本当に幸せな気持ちになりますもの~♪」
「オンディーナ、あとで一杯おごろか?」
 食べ物の話にすかさずくいつくオンディーナ、それを見て苦笑しながら真奈が思わずそう言った。
 そんなケルベロス達の微笑ましいやり取りに、少女の気持ちも和んだのか、最初の張りつめたような表情がとけ、その顔に笑顔が戻る。
「大丈夫だ、怖がることはない。 思いつめれば苦しいだろうが、素直に行動すれば自然と苦しさも落ち着くさ。 ただ、相手も自分と同じ人だということを忘れないようにな。素直に、けれど誠意を持って行動すると良い」
 そんな彼女の様子を見て、優しくそう言ったアクレッサス。
(「……何も躊躇うものもなく、恋ができるって羨ましいな。 どうかサヤの恋が上手くいきますように」)
「良かった、もう大丈夫ですね?」
 いちごは笑顔の戻った彼女の側に寄り、とびきりのアイドルスマイルでそう問いかけた。
「はい……って、へ? いちごちゃん?! え? え~と??」
 少女は、よくある『突然人気芸能人が目の前に現れたら』的な番組に出る一般人、の反応で、アタフタしている。
「災難でしたけれど、苦しかったのは病気のせいなので。だから、好きな気持ちは忘れないでください。 恋とは違うかもしれませんけど、私にも好きな人達はいますから。 その人たちと仲良くなることを、諦めるのはやっぱり嫌です」
 いちごは、真っ先に従姉妹の舞刃お姉さんを思い浮かべ、屋敷で働くメイド達の事……自分にとって大切な人達を思い浮かべながら、親身にそう語りかけた。
「だからサヤさんも、その想い大切にしてくださいね」
 その手を取って、ニコリと微笑むいちご。
「……はい。 その……私、精一杯頑張って、この気持ちを伝えようと思います!」
 いちごがその答えを聞いてそっと手を離すと、照れて赤くなった顔にかかったメガネを慌てて掛け直し、少女は明るく告げる。
 色々と、吹っ切れた様子だ。
「本当に、皆さんには色々とお世話になりました。助けてくださってありがとうございます!」
 見違えるような明るい笑顔を前に、ケルベロス達はこの作戦がうまくいったことを確信し、彼女の恋が成就するよう願いつつ、ヘリオンに乗り込み帰路につくのだった。

作者:stera 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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