●ハートブレイクなバレンタイン
――2月14日。
恋する女の子にとって、その日は一年で最も特別な日。クリスマスよりも、誕生日よりも、やはり告白するならバレンタインデー。
その日、水沢・真紀(みずさわ・まき)は、徹夜で作った手作りチョコレートを片手に憧れの先輩が現れるのを待っていた。
(「うぅ……緊張するなぁ……。先輩、私の作ったチョコレートなんて、もらってくれるかなぁ……」)
真紀の胸に膨らむ不安。そういえば、なんだか胸が苦しくて、今朝から何も口にしていない。徹夜の影響か鼓動がだんだんと激しくなって、目の前の景色が歪んで見え。
「……あっ! 先……輩……!?」
足を一歩踏み出した途端、そのままバランスを崩して前のめりに倒れた。
「うわっ! な、なんだ、あいつ!?」
「いきなり倒れるなんて……保健室から先生を呼んで来い! 救急車も呼ぶんだ!」
遠くから聞こえてくる、男子たちの叫び声。微かに聞こえる救急車のサイレンの音に包まれて、真紀はそのまま意識を失った。
●傍迷惑な恋の使者
「召集に応じてくれ、感謝する。本日、日本各地の病院から、原因不明の病気についての連絡があった」
その日、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)よりケルベロス達につげられたのは、誰かに純粋な恋をしている者が原因不明の病気に感染し、『胸がドキドキして、食べ物も飲み物も喉を通らない』状態になっているとの報だった。
「言っておくが、こいつは比喩表現でもなんでもないぜ。この病気に罹った者は、本当に水さえも飲めない状態で、やがて衰弱死してしまう」
仮に、無理やり飲み込ませようとしたところで、激しく咳込んで吐き出してしまうので意味がない。現状は点滴を受けることで命を長らえさせてはいるが、しかし治療法は全く判明していない。
「実は、この病気の症状を聞いたアイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)達が調査してみたところ、原因は『恋の病』という病魔であることが判明した。今回、お前達には、その病魔を退治しに向かってもらいたい」
病に感染した患者は、病魔と戦闘可能な病室に運び込まれている。ウィッチドクターがいれば、患者から病魔を引き離して戦うことが可能となる。万が一、事件解決のため現場に向かうケルベロス達の中にウィッチドクターがいなかった場合でも、事前に病院へ手配をしておけば、医療機関のウィッチドクターが手伝いに来てくれるので安心だ。
「ちなみに、恋の病の病魔は弓を使った技を得意としているぞ。追尾する矢を放つ他、刺さった者の精神や肉体に影響を与える矢も使ってくるから油断は禁物だ」
もっとも、敵の戦闘能力はそこまで高くないため、本気のケルベロス達が一斉攻撃を加えれば、力押しで強引に勝利することも可能である。
なお、この病気に罹った場合、治った後も病気の苦しみがトラウマとなって、恋をするのを怖がるようになる可能性が高い。なんとも迷惑な後遺症だが、できれば被害者のフォローにも力を入れて欲しいとクロートは告げ。
「う~ん、恋愛かぁ……。ボクには、まだ良く解らないけど、それでも苦しんでいる人を放っておくわけにはいかないよね」
そう言って立ち上がったのは、ポケットの中に大量の菓子類を詰め込んでいる成谷・理奈(ウェアライダーの鹵獲術士・en0107)。
チョコレートは渡すより自分が食べる方が好きなのだが、それはそれ。恋する少女の願いを叶えるべく、一肌脱ぐ決意をしたようだった。
参加者 | |
---|---|
ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474) |
燈家・陽葉(光響射て・e02459) |
ミセリア・アンゲルス(オラトリオの自宅警備員・e02700) |
古牧・玉穂(残雪・e19990) |
リー・ペア(ペインキラー・e20474) |
白銀・夕璃(白銀山神社の討魔巫女・e21055) |
スライ・カナタ(彷徨う魔眼・e25682) |
黒岩・りんご(禁断の果実・e28871) |
●恋する眠り姫
病室へ足を踏み入れると、そこは随分と殺風景な場所だった。
点滴を打たれ、ベッドの上で眠っている少女がいる以外は、最低限の設備しかない。反面、壁や天井は見るからに頑丈で、そう簡単に壊れそうもない。
対病魔との戦闘用に造られた病室。だが、その部屋の雰囲気や色合いは、恋する眠り姫と化した少女には、いささか似つかわしくないものだ。
「恋の病……。病気の多様性もここまで来たかって感じですよね。びっくりです」
「比喩的な表現だと思っていましたが、実際にそういう病気があったのか、それとも便乗した何者かの差し金による病魔なのか……」
あまりに突拍子もない病魔の存在に、古牧・玉穂(残雪・e19990)とギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)の二人は、複雑な表情を隠しきれなかった。
恋煩いという言葉は知っているが、しかしそれは細菌やウイルスによって感染する類の病ではない。もっとも、病の種類を『心の病』にまで広げれば、人間の持つ悩みや苦しみという感情は、度が過ぎれば全て病を引き起こすきっかけになるのかもしれない。
「ん~、そういえば~、好きとか嫌いとか最初に言い出したのは誰なんだろ~?」
そんな中、ふとミセリア・アンゲルス(オラトリオの自宅警備員・e02700)が誰に尋ねるともなく疑問を口にしていたが、それはそれ。
元々は、動物の持っていた本能的な部分もあるだろう。だが、それだけでは答えとしては不十分だ。時が進み、時代が変わったことで、『好き』の種類も実に多様化しているのだから。
「まあ、恋は下心、なんて言われたりもするけど、それでも悪いものではないはずだからね」
そんな感情を貶める病魔は、絶対に倒してやろうと燈家・陽葉(光響射て・e02459)は心に誓う。一方、そんな彼女達の様子を横目に、スライ・カナタ(彷徨う魔眼・e25682)は固い表情を崩さなかった。
(「病魔と聞いて手合わせしにきたは良いが……倒した後には恋愛のフォローか……。私には無理だな」)
それならば、せめて戦いが終わった後は、邪魔をしないようにしておこう。そう、彼が思ったところで、黒岩・りんご(禁断の果実・e28871)が白銀・夕璃(白銀山神社の討魔巫女・e21055)へと声を掛けた。
「よろしくお願いしますね」
軽く肩を叩いて告げれば、夕璃もまた静かに頷いて答える。同じく、ウィッチドクターのリー・ペア(ペインキラー・e20474)も、今回は夕璃に任せているようだ。
「では……行きます……。刃に宿りし魂に願う……隠れし病魔よ、その姿を現せ……!」
眠り続ける少女の傍らで、夕璃は刃を抜き放ち、祈る。その刀身が微かに輝きを見せたかと思われた瞬間、それは唐突に少ケルベロス達の前へ現れた。
「現れましたね……。とりあえず、真紀さんを安全な場所へ……」
「オッケー! 任せて!」
リーの指示で成谷・理奈(ウェアライダーの鹵獲術士・en0107)が少女の身体を引っ張って行く中、ケルベロス達は一斉に現れた病魔を取り囲む。恋する少女の命と想い。その、どちらも等しく守るために。
●死に至る恋心
夕璃の祈りによって出現した恋煩いの病魔。その姿は、黒い翼を持ったオラトリオに酷似したもの。もしくは、堕天した恋の使者とでも言えば正しいだろうか。
「ごきげんよう。乙女の恋路を邪魔するなんて少し悪さが……」
出現した病魔に対し、玉穂がスカートの端を持ち上げて軽く挨拶をしようとした矢先、肩口に鋭い痛みが走った。
「……ッ!?」
見れば、早くも敵の放った一本の矢が、彼女の身体を射抜いている。瞬間、心臓の鼓動が恐ろしいスピードで上昇して行き、全身に痺れるような感覚が襲い掛かって来た。
なるほど、これが恋する乙女を死に至らせる病の力か。確かに、誰かを好きになった気持ちが肉体の限界を超えて肥大化すれば、このような影響も及ぼすことができるのかもしれない。
だが、それでも、ここで敵の力に惑わされている場合ではない。意思疎通不可能な相手だと判った以上、一刻も早く排除するのみだ。
「揺光の瞬き、ご覧あれ……。あなたに見切れるかはわかりませんけど」
一瞬の閃光と共に、ギルボークの手から繰り出される刃。一見して牽制にしか思えない一撃ではあるが、しかし刹那の時に刻まれた傷は、思いの外に数が多い。
再び矢を番えようとした病魔の身体が、数秒だけ遅れてズタズタに斬り刻まれた。それに怯んだ一瞬の隙を狙い、陽葉がエクスカリバールの切っ先を叩き付けた。
「恋の病魔だかなんだか知らないけど、恋はそんなに悪いものじゃないんだから……!」
病室に舞い散る黒い羽。路地裏に転がっている工具のような形状でありながら、デウスエクスの肉体をも容易に穿つだけの威力がある。
「どうした? 後ろがガラ空きだぞ?」
翼を穿たれ、思わず陽葉の方へと振り返った病魔の背中を、今度はスライが蹴り飛ばした。急所を貫く鋭い一撃に、さすがの病魔も一瞬だけ身体を震わせ、動きを止める。そこを逃さず、ハンマーの柄を握り締めたリーが接敵し、顔色一つ変えずに殴り飛ばした。
「今回は護り手……。火力、治療は、それぞれ専任の人たちに任せ、私は護りに集中しましょう……」
ただし、そのためには少々手荒な方法を使い、そちらの気を引かせてもらうが。そう紡いで、相棒のテレビウム、スー・ペアに指示を出す。巨大な鍵状の凶器を持ったサーヴァントは、無言で頷き強烈な閃光を病魔へと放ち。
「御挨拶もできないとは、随分と無粋な相手ですね。ここは一つ、早々に去っていただくとしましょう」
肩に刺さった矢を引き抜いて、刀の切っ先を繰り出す玉穂。武器を握る手が少しばかり痺れていたが、そんなことは関係ない。力の抜けそうになる指先に意識を集中させつつも、表情には出さず、雷の霊力を帯びた切っ先で敵を貫く。
「後ろは任せましたわよ、夕璃さん」
追い撃ちとばかりに燃え盛る炎を纏った鉄塊剣を叩き付けつつ、りんごが軽く後ろを向いて言った。
「は、はい! 刃に宿りし魂に願う。かの者に邪気跳ね除ける衣を授けたまえ……」
祈りの言葉と共に、刀身より生まれし光の羽衣。破魔の力を宿したそれは、肩口を貫かれた玉穂を覆い、肉体の痺れさえも除去して行き。
「コイの病気はヘルペスだけでいいのに~」
なにやら勘違いした台詞を呟きながら、駄目押しとばかりにミセリアが炎弾を叩き込んだ。戦闘開始から程なくして、今や病魔の身体は全身が紅蓮の炎に包まれ、焼かれている。
「う……ぅ……」
身を焦がされる苦しみに悶えつつも、病魔が新たな矢を番えた。放たれた一矢は寸分狂わぬ狙いで夕璃へと向かって行くが、そこはリーがさせなかった。
「甘いですね。癒し手を潰させはしませんよ」
腕に突き刺さった矢を抜いて放り投げ、リーは淡々とした口調で言ってのける。病魔と化すことさえある恋煩い。それだけの力を持つ『恋心』とは、なかなか興味深い感情であると思いながら。
●恋は盲目? それとも錯覚?
恋する乙女は無敵である。それは、誰が言い出した言葉であろうか。確かに、場合によっては当てはまることもある言葉だが、しかし恋煩いの病魔に対しては、ケルベロス達の方が一歩上手だった。
「……手緩いな。お前の攻撃は、その程度か?」
迫りくる矢を華麗な脚捌きで払い落とし、スライは黒い翼の少女を静かに見据えた。
心を操り、蝕む存在。確かに、厄介な相手ではあるが、こちらの力が及ばない程の強敵ではない。
「恋とは、楽しい事ばかりではないかもしれません。しかし、僕が今こうして戦っていられるのも、この気持ちに力を貰っているからです」
身を焼かれ、徐々に追い詰められ始めた病魔へと、ギルボークは正面から言い切った。その瞳は、いつしか遠くを見つめるようなものへと変わって行き、それに合わせて口調も何かに酔ったような雰囲気に包まれて行き。
「そう……ボクは決して治らぬ恋の病に侵されているのかもしれない……! いやいや、これを病と呼ぶなんてヒメちゃんに失礼なのでは? この心に燃え上がる炎! 魂! 命! これを言葉にするならば、エターナルハートウォーミングラヴサーヴァントシャイニングエンジェリックホーリーライトプリンセスガーディアンナイトソウルインフィニティークルセイドゴールデンスクワイアとでもいうべき!」
止まるところを知らない恋心。同じ恋煩いより生まれし病魔ならば、それを止めて見せろと言って刃を振るう。どうにも、肝心の敵を置いてきぼりにしている気もするが、細かいことは気にしたら負けだ。
「悪いが、逃がすつもりはない」
スライのチェーンソー剣が唸りを上げて襲い掛かり、病魔の身体をズタズタに斬り刻んで行く。元より、身に纏っていた衣服のようなものの面積も少なかったためか、なんとも目のやり場に困る光景になっていたが。
「凍てつけ!」
そんなことは関係ないとばかりに、続けて陽葉が凍れる薙刀の一閃を叩き付けた。
「さて、そろそろ仕留めに掛かりましょうか」
凍結した敵の翼に狙いを定め、エクスカリバールを握り締めるリー。同じく、鍵状の凶器を手にしたスー・ペアと共に、左右から敵を挟み撃ちに。
「……ッ!?」
硝子の砕け散るような音と共に、敵の翼が美しい氷塊となって飛散した。堪らず、後退を測る病魔だったが、そこは玉穂がさせなかった。
「あらあら、私の事、忘れないでくださいね?」
死角から刃を振り抜いて、抜刀と同時に敵の身体を横薙ぎに斬る。見た目だけであれば至ってシンプルな技なのだが、その一撃は相手の命を啜る恐るべき代物。
勿忘草の香りが漂う中、とうとう敵の病魔は膝を突いて崩れ落ちた。こうなれば、もう回復に手を裂く必要もない。
「行きますわよ、夕璃さん」
「はい! 真紀さんが、恋を怖いと……思わないようにするためにも……!」
研ぎ澄まされた一撃に想いを込めて、夕璃の振るった刃が傷口から相手を凍らせる。その、脆くなった箇所を狙い、翼を炎と化したりんごが正面から敵へ突撃する。
「……ぁ……ぁあ……」
再び響く、破砕音。もはや、敵の病魔には、抗うだけの力もなし。
「ぶっちゃけ、恋とか錯覚とか気のせいとかだし~?」
だから、お前の存在も疑わしいものだと、最後はミセリアが真っ向からの全力否定。身も蓋もない言い方だが、しかし今の彼女には、武器の切れ味の方が大切であり。
「とりあえず、チェーンソーで切れるのかな~?」
倒れた敵の尻に合わせて武器を振るえば、勢い余って尻から頭まで真っ二つ!
「ぁぁぁぁぁっ!!」
完全に両断されてしまい、病魔は断末魔の叫びと共に消えて行く。なんともグロい終わり方だが、他人の恋路を邪魔する者には相応しい末路であったと言えよう。
●一歩踏み出す勇気を
戦いが終わった病室にて。病魔が倒されたことで、完全に恋の病から解放された水沢・真紀。しかし、病の辛さと苦しさは、確実に彼女の心を蝕んでいた。
「助けてくれて、ありがとうございました……。でも……私、先輩に、嫌われちゃいましたよね……」
バレンタインデーにチョコレートを渡すどころか、その場で倒れて大迷惑をかけた。そんな自分は、きっと嫌われてしまったに違いない。だから、この恋も諦めるべきなのだと、無理やりに思い込もうとしているようだった。
「私には、恋愛というものはまだよくわかりません。ですが、それ程までに誰か一人を想えるということはとても素晴らしいことだというのはわかります」
だから、それだけの感情を押し殺してしまうのは、勿体ないとリーは告げる。同じく玉穂も、真紀の想いは報われてしかるべきだと言葉を重ねた。
「こういうこと、あんまり得意でないのに、勇気を出した真紀さんはスゴイ人です。その勇気に身を任せて、もう一歩踏み出してみれば、きっといいことありますよ。きっと、ですけどね……」
「ほ、本当ですか? でも……やっぱり、私には無理です。もう、バレンタインデーも終わっちゃったし……」
絶好の機会を失ってしまった今、唐突に告白などしても成功するものか。どうにも後ろ向きになっている真紀だったが、そんな彼女へミセリアが新しい方法を提案した。
「バレンタインが終わっちゃってるなら、卒業式の日に告白すればいいじゃない~?」
それこそ、伝説の木の下で想いを告げてみるなどは、どうだろうか。確かに、一人の人間を想い続けるこそは苦しいが、しかしその想いから目を逸らすということは、自分の心に嘘を吐き続けることでもあると。
「好きなら好きでいいじゃない。命懸けで好きになってもいいじゃない~。誰かが邪魔するなら、馬の代わりにケルベロスがけっとばしてあげるし~」
それこそ、病魔のような人知を超えた存在が相手ならば、その時はケルベロスの出番である。そう言って聞かせるミセリアに続き、ギルボークも真紀へと約束した。
「今回は病魔が悪さをしましたが、そんな物に負けないパワーがあなたにもあるはず……。そして、また恋の病魔が現れても僕たちが必ず助けます」
だから、人を好きになるという気持ちや、大切な人に想いを告げるという心を忘れないで欲しい。その想いが、時に成就しないことがあったとしても。だが、そんな彼らの言葉を聞いても、真紀は未だに俯いたままだった。
「そんなこと言われても……やっぱり、私なんかじゃ、先輩に不釣り合いなんじゃ……」
なるほど、これは随分と重傷だ。ならば、その苦しさも乗り越えた上で、先にある幸せを見せるしかなさそうだ。
「そうだね。恋をするって、たしかに苦しいこともあるよね。でも、それだけじゃなかったでしょ?」
相手の表情や言動で一喜一憂するのは、心が浮き立って良い気持ちだったはず。それを思い出せるなら、また踏み出せるはずだと陽葉は告げる。
それでも勇気が出せないのであれば、いっそのことお手本を見せてやろう。そう言って、最後はりんごが唐突に夕璃へと話題を振り。
「ところで、夕璃さんにも大切な人いますよね?」
「ふぇ……!? そ、そ、そこで私に振りますかっ…!…?」
「真紀さんに、勇気出すところ見せてあげましょう?」
軽く抱き寄せながら、これも恋する乙女の実演だと言ってのけた。もっとも、当の夕璃は完全に困惑しており、それどころではない様子だったが。
「ぅ、ぅうう……だからって、いきなり言われて、心の準備が……ひぁぅ!?」
頭の中がいっぱいになった状態で、身体を揉まれてパニック状態。だが、ここで逃げては真紀の手本にはならないと、半ば強引に覚悟を決めて。
「ゎ、たしは……チヒロ様……が、好き。神様に恋してはめ、だけど……これだけは……この気持ちは……嘘、つけま、せん……」
想い人こそ目の前にいなかったが、堂々と自分の気持ちを告白した。
「大丈夫です。恋する乙女はとても可愛らしいですから、きっとあなたの一図な想い、届きますよ」
だから、もう一度だけ勇気を出してみれば、きっと先に進めるはず。そこまで言われたところで、ようやく真紀も顔を上げ。
「……わかりました。私、もう一度……もう一度だけ、頑張ってみます」
失敗を恐れていたら、最初から何も始まらない。恋することを怖がっていたら、絶対に先へは進めない。
誰かを好きになるという気持ち。それを忘れてしまうほど、寂しいことは他にない。改めて、勇気を取り戻した真紀。これにて、一件落着だが、スライだけは最後まで首を傾げていた。
「……私には、初恋や恋愛とやらがどういうものなのかさっぱりだが……ああして励ましているところを見ると良いもの……なのか?」
皆が浮かれているのは解る。だが、この空気には、どうにも慣れない。お前は理解できるのかと、隣で様子を窺っていた理奈に何気なく尋ねてみるが。
「う~ん、どうだろう? ボクも、まだそういった話は良く解らないんだよね」
返ってきたのは、実にあどけない少女らしい言葉。さすがに、彼女に聞くのは野暮だったかと、スライは自嘲気味に苦笑した。
「恋愛より食い気……どうやら、私もそちら側のようだ。彼方に行けるのは、まだまだ先だな」
「お兄さんも、食べる方が好きなの? だったら、ボクのお菓子あげようか?」
「む……。だ、だが……自分より年下の少女から施しを受けるなど……あ、いや……どうしても、というなら……遠慮なくいただくが……」
屈託のない笑顔を浮かべる理奈に対し、スライはどうにも返答に困っている模様。恋愛の『れ』の字も知らない彼にとっては、女性と他愛もない会話をすることが、越えるべき第一のハードルのようだ。
作者:雷紋寺音弥 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年3月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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