恋の病魔事件~恋煩いドルチェ

作者:絲上ゆいこ

●甘い匂い、恋の匂い
 バレンタインラッピングされた染まった街並みは、恋心を急かすよう。
 まだ少し待って、もう少し待って欲しい。
 そう思って、幾数ヶ月。
 通い慣れた足取りは、いつもの小さなケーキ屋の扉をくぐる。
 彼女――カレンは今日こそ伝えると決心してきたのだ。
「いらっしゃいませ」
 いつものトーンで挨拶する彼は、今日も素朴な笑顔を浮かべて迎えてくれる。
 心臓が口から出ちゃうんじゃないかしら。高鳴る胸が頭をクラクラさせる。
 下唇を噛んで唇を濡らし、彼女は何とか声を絞り出した。
「あの、……あのうっ!」
「はい」
 裏返る声、彼の返事。ぎゅっとカバンの持ち手を握りしめる。
 そのカバンの中に収まっている小さな箱の中身は、市販品では無い。
 彼程上手じゃないけれど。
 今日の為に何度も何度も試作を重ねて。
 彼の事を思って、彼に美味しく食べてもらえるように。
 一番綺麗に出来た、気持ちの詰まったショコラが収まっているのだ。
 彼の顔を見上げて。
 前へ、一歩踏み出す。
「わた、」
 ぐらり、と。カレンの視界が歪んだ。
「――お客様、……お客様!?」
 白く染まる世界。
 慌てた彼が私を抱き上げて見下ろしている事が解る。
 ――ああ、ごめんなさい、こんな筈じゃ。
 手を伸ばして唇を動かすが、言葉にならず。
 そのままカレンは、意識を失った。
 
●どきどき動悸
「皆さんお疲れ様っす。わざわざ出向いてくれて嬉しいっす!」
 ケルベロス達が足を運ぶと、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が資料を片手にペコリと頭を下げた。
「早速本題っすが、今日は日本各地の病院から原因不明の病気について連絡があったっすよ」
 日本各地で病院に運ばれた患者たちの症状は『胸がドキドキして、食べ物も喉を通らない』というものだ。
「まるでお話に言う所の、恋煩いのようっすが……」
 言いながら、一度こほんと咳き込んだダンテ。
 しかしその症状は決して比喩では無く。
 実際に水すら喉を通す事ができずに激しく咳き込んで戻してしまうために、栄養が経口摂取できなくなった患者たちは点滴でその生命を保っている。
「アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)さん達が調査してみた所。原因は実際に『恋の病』という病魔だと言うことが判明したっすよ!」
 そう。
 ケルベロスたちが呼ばれたということは。
 この病気は誰かに純粋な恋をしている人が罹る病気――病魔の仕業なのだ。
「病魔と戦闘可能な個室に患者――カレンさんはもう運ばれて居るっす」
 資料を配りながらダンテは、患者に感染した病魔はウィッチドクターならば患者の体から分離して戦闘可能な状態にする事ができると言う。
「病魔は赤い髪の少女のような見た目で、弓を持って戦うっす」
 すばしっこいが戦闘能力はそこまで高くは無く、ケルベロスたちにとって脅威という程の相手にはなりえないと付け加え。
「しかし、戦う術を持たない人たちにとって、病魔は恐ろしい相手っすからね。くれぐれも気をつけて欲しいっす!」
 そして資料に一度目を落としてから、彼は顔を上げた。
「……できれば、今回病気で倒れてしまったカレンさんにフォローをしてあげて欲しいっす。……彼女は告白をする前に倒れてしまい、店主に迷惑を掛けてしまったと、しかも病気の事がバレて既に思いがバレていたら、もうとても店に行くことなんて出来ないと思い悩んでいるっす」
 顔を上げたダンテの瞳には、皆さんなら全て解決してくれるに違いないっす、と言わんばかりのケルベロスたちへの信頼がありありと浮かんでいた。
 ――病魔を倒し、恋する乙女に再び勇気を。
 それは、どちらもケルベロスたちにしかできない事なのだ。


参加者
水守・蒼月(四ツ辻ノ黒猫・e00393)
ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)
朔望・月(欠けた月・e03199)
ピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)
アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)
赤矢・俊(恋するアヴェンジャー・e18363)
尾神・秋津彦(走狗・e18742)
ネリネ・ウァレ(さよならネリネ・e21066)

■リプレイ

●ケルベロスという名の馬
 現れた病魔は桃色の髪の、まるでおとぎ話の恋のキューピットのような姿をしていた。
 ネリネ・ウァレ(さよならネリネ・e21066)がカレンを避難させるべく、彼女を抱えて病室の外へと駆けてゆく。
「それじゃ、治療開始ね」
 追いかけようとした病魔の前に立ちふさがった、アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)が冴え冴えと呟いた。
 ――他人の色恋沙汰なんて、興味はないけれど。
「まったく、見た目の割にえげつない症状を出すのね、あなた。……言葉理解できてるのかしら?」
 病魔が関わっている以上、倒さなければいけない。
「こんちはーーっ!」
 気合充分でご挨拶したピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)より眩い光と共に、ケルベロスたちに加護が与えられた。
 キッ! と鳴いた病魔が慌てて弓を構えた所に、桃色のボクスドラゴンのプリムがタックルを叩きつける。
「なるほど、この時期には大流行しそうな病ですな」
「う~……、とっても面倒な病だよねー、病気になる要因が自分自身なんだもん」
 尾神・秋津彦(走狗・e18742)が頷き、水守・蒼月(四ツ辻ノ黒猫・e00393)が首を傾げた。
「何で急にこんな一気に病になる人が増えたのかはわからないけれど、……とりあえず、人の恋路を邪魔する奴は……」
 指揮するかのように手を振りかざした蒼月より、御業が膨れ上がり病魔を鷲掴む。
「……えっと? とりあえず、飛んでっちゃえ!」
「人に害なすならば斬り捨てるのみ!」
 ――貪欲であり執拗、そして狡猾。――狼の狩り、お見せ致す。
 病魔に目掛け、一気に間合いを詰めた秋津彦は身を低く低く、得物を奔らせた。
 御業に捕らえられ、狼の牙の如く突き立てられた刃に病魔は身を捩り。
「人に取り憑く病魔は医者に蹴られて死んでしまえ、よ」
 続く形でアイオーニオンが流星の蹴りを叩き込む。
 きっ、きぃっ! 転がりながら病魔は矢を番う。
「させませんっ」
 なんとか構えて弓を放つが朔望・月(欠けた月・e03199)が間に割り込み、交差した腕のガードで受け庇った。
「――ミルタ」
 ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)の声掛けに呼応し、ウイングキャットのミルタは加護を与える風で空を扇ぐ。
 重ねる形で黒い羽根を羽ばたかせ、更にケルベロス達に加護を与えるウイングキャットの華王。
 一気に踏み込んだジゼルはオウガメタルを纏った拳を振り抜き、病魔を弾き飛ばす。
「櫻、合わせて下さい!」
 重心を落として構えた月が、ファミリアに魔力を籠める。
 ビハインドの櫻はまかせて、といった様子で跳ね。桜色の髪を揺らして拳を握りしめると、金縛りを放った。
 きっ、きっ!?
 痺れた身体に目を丸くする病魔に、ファミリアが叩きつけられる。
「大人しくなさい!」
 黒髪を揺らし、得物を構えた赤矢・俊(恋するアヴェンジャー・e18363)より、御業が放たれる。
 透明な御業は病魔を掴み――。
「またせたな」
 その時。扉より飛び込んで来るのはネリネとボクスドラゴンのリリンだ。道を開くようにリリンが吠え、ブレスを放つ。
「悪事はここで終いだ、逃さん」
 ブレスの勢いに乗って間合いを詰め、大地を断ち割らんばかりの一撃を畳み掛けたネリネは、壁に叩きつけられた病魔を見下ろした。

●氷の刃
「――っ!」
 ぐっと奥歯を噛み締めて、櫻の放つ一撃に合わせて月はファミリアロッドを振り放つ。
 ファミリアが魔力に弾ければ、たまらず病魔は身体を折り弓を握りしめた。
 きっ、きっ、と鳴き声を零す病魔。
 元々それほど戦闘能力は高く無いと伝えられていた病魔は、重ねられたバッドステータスに喘ぎ喚きながら矢を放つ。
 間髪をいれず跳ねた秋津彦は、矢を半歩ひいて躱し、がむしゃらに振りかざされた弓を刀で受け流すようにいなす。
 そのままつられるようにつんのめった病魔の動きを、壁を蹴って更に跳ね躱し。
 勢いに乗って天井を蹴り上げると、重力の重みを載せた雷めいた突きを叩き込む。
「――この変則的な刀法こそ尾神一刀流、深山幽谷で鍛えし狗賓の兵法であります」
「でもでもっ、ダメですよっ! 恋する乙女の頑張りに、水を差すだなんて! ぷんぷんっ!」
 なぞのやるきが蠢き、ピリカが細く息を吐く。
「恋の続きを頑張って貰う為にも、人の恋路を邪魔する奴は……」
 プリムが封印箱の中に収まり尾で箱を叩き、ピリカは箱を擡げ構えた。
「えっと? ……えーいっ!」
 開幕の蒼月と同じボケである。
 封印箱を振り抜きボクスタックルの勢いを増すと、オーラが病魔へと叩き込まれた。
「わかるよー、とりあえずぶっ飛ばせばいいんだよね! ――出てきて、一緒に遊ぼうよ!」
 わかるわかるとプリムに笑いかけた蒼月が、自らの影を蹴り上げると影の猫が溢れ出す。
「……馬、じゃないかしら?」
 誰にも聞こえない程度の小さな呟き。
 瞳を伏せたジゼルは思い出を振り返る。
 午前十時の事。――思い出を汚す人は。
「少し痛い思いをして、ね」
 蒼月の影猫が殺到し、ジゼルのグラビティが病魔を貫く。
 にゃ、と短く鳴いたミルタがおまけにリングの一撃をお見舞いしてやる。
「……あなたを倒せば、楽になるのかしら?」
 空を泳ぎ、華王の爪が病魔を裂く。
 俊の漏らした言葉は、誰に問いかけるでもない言葉。
 倒した所で、きっと恋する気持ちは変わらないのだろう。
 恋心は病気ではないのだから。――本当は知っているのだ。
「いいえ、――ただでさえ苦しいんだからさっさと倒れなさい!」
「そうだ、カレンを余り苦しめるな」
 低く鈍い駆動音を立てたチェーンソー剣を真一文字に薙ぎ、ネリネがホーミングアローを重ねる。
 同時にリリンのタックルをまともに喰らい、き、と転がった病魔はもう反撃する力すら残っていなさそうだ。
 病室の床に響くヒールの音。
「そろそろ、お終いのようね」
 眼鏡の柄の位置を指先で調整したアイオーニオンが病魔を見下ろし、氷のメスを奔らせる。
 冴え冴えと冷たい一撃は、病魔を的確に裂き。
「――縫合はしない代わりに凍らせておくわ」
 ぱきん、と氷が割れるような音を立てて病魔はそのまま崩れ落ち、空気に溶け消え行き。
「病魔は滅菌……ってね」
 後には、何も残らない。

●思い出
 脈を取っていたアイオーニオンはカレンにシーツを掛け直した。
「さて、と。もうすぐ目覚めそうね。医者のお仕事はお終い。後は頼んだわ」
 メンタルケアに近いのかもしれないが、実質恋愛相談である。
 医者の領分では無いであろうし、何より恋愛方面に疎い自分に言える事は無いだろうと判断したアイオーニオンは、部屋を後にする。
 件のケーキ屋でケーキを買って帰っても良いだろう。彼女が入れ込む程度には美味しいのだろうから。
「そうか、気をつけてな」
 アイオーニオンを見送る言葉を口に、ネリネはじっとカレンの顔を見つめていた。
 ネリネには恋はよく解らないが、カレンを見ていると『いいな』と思う。
 リリンと過ごす気持ちや、甘い物を食べている時の気持ちとは、きっと別の感情なんだろうと。
 ネリネはぎゅうとリリンを抱きしめなおす。
「ん……」
 カレンがゆっくりと瞳を開くと、秋津彦が佇まいを正してから首を傾げた。
「病魔のお陰で災難でしたな。苦しい所は無いですかな?」
「カレンさんおはようございまーすっ!」
 ピリカがプリムを掲げて、ぴかぴかの笑顔で挨拶をする。
「えっ、おはよ……え、ありがとう……身体は、大丈夫だけど……」
 病院に運ばれた理由と、ケルベロスたちに囲まれている理由。
 混乱しかけた頭の中で原因が一つへと集約され、カレンは口ごもる。
 俯いてしまったカレンに、ネリネは声をあげた。
「ネリネたちは病魔を退治しただけだ」
 感情の捉えづらい無表情だが、紫色の瞳は真摯に揺れている。
「大丈夫よ、彼は『恋の病』の事なんてこれっぽっちも知らないわ」
「心配なさらずとも店長殿にはこのことは口外されておりませぬ」
 俊と秋津彦が言葉を重ね。
「だから今まで通り。安心して」
「……でも」
 掌を重ねて彼女を安心させようとするかのように俊は柔らかく笑むが、言葉を詰まらせるカレン。
 ジゼルが口を開く。
「あたしは職業上、色んな人から話を聞くから。……だから、少しだけでもいい。あなたの話をあたしにきかせて」
 時計屋にはあらゆる人が訪れる。時計にもいろんな子がいる。
 皆、皆、いろいろな思い出の時間を持っている。
「あなたが大丈夫なら、だけれど……思い出を、あたしに教えて」
 少しでもカレンの心に響けば嬉しいと、ジゼルは瞳を細めた。
 面食らった様子でカレンは瞳を瞬かせる。
 ミルタが翼をたたみ、ベッドの端に座り込む。
「甘い物を食べながら、とかだったら話しやすい? 甘い物には不思議な魔法がかかっている、って聞いた事ある、よ」
 ジゼルが首を傾げると、カレンは口を開いた。
「……甘い物には、本当に魔法がかかってるの」
 瞬きを2回。
「……初めてお店に行ったのはね、えへへ……、2年前のお母さんの誕生日」
 ぽつり、ぽつり。小さな声で彼女は語り始める。
 彼との、店との思い出を。

●とっておき
 今は迷惑をかけたことが申し訳なくて、会うことが怖いと締めくくられ。
 カレンの長くて短いお話が終わる。
「……そうなの、ね」
 ジゼルは柔らかく頷き、俊が喉を鳴らした。
「一番辛いのは気持ちを閉じ込めたまま二度と会わない事だと、私は思う」
「僕、思うんです」
 月の真剣な声音。
 櫻がぎゅっと月の服裾を握りしめる。
「その病魔がカレンさんに憑いてしまったのは病魔もその素敵さに惚れちゃうくらい、カレンさんが店主さんを大切に想う気持ちがとても素敵だったからだって」
 まっすぐにカレンと視線を交わし、月は気持ちを伝える。
「だから、病は本当に大変でしたけど……僕はカレンさんが羨ましいです。だって、恋をしたいと思える人に出会えたんですから」
「それに店長さんは恋の病よりもカレンさんが急に倒れたことの方を全力で心配しているみたいだよ、心配してるって事は迷惑とは思ってないと思うんだよね」
 蒼月が猫の尾をゆらゆらと揺らしながら、頷き頷き。
「折角我々が苦労して病魔退治したのでありますから、諦めてもらってはその甲斐がないというもの」
「そうですよ、大切に育てた店主さんへの想いを、伝えないまま殺してしまうのは悲しい事です」
「……そうね、そうかもしれないわ」
 真面目な表情の秋津彦が言い、月にも同意を重ねられ、カレンは小さく笑った。
「元気な姿を見せてあげればきっと喜んでくれるはずよ」
「一人が笑えば皆もしあわせな気持ちになる、よ」
 やっと笑顔を見せた彼女に、俊は安堵の息を零し。
 ジゼルも気持ちを重ねる。
「小生にはまだ色恋の経験はありませぬが、真実その想いが大切であれば、どうか挫けないでくだされ」
 経験がなくとも、彼女の苦しみは少しは想像が付く。
 秋津彦の後ろから蒼月がぴょんと顔を出し、手に持っていたたまごクレープをひとかじり。
「うんうん、退院したら仕切りなおしてきなよー、彼女さんも居ないみたいだし! 折角お菓子作ったんだし、勿体ないよ」
 ……ただし、恋愛感情ってより妹として見られている可能性も否定できないけれど。
 思っても口にはしない所が蒼月の空気の読める所だ。
 少しだけ泳いだ視線、尾がゆらゆらと揺れる。
「そのとおりだ。元気な顔をまた見せてやるべきだ、用意したソレを携えてな」
 日々想いをこめて菓子を作るひとならば、一生懸命作った彼女の気持ちも、きっと分かってくれる筈だ。
 きっと――迷惑などとは思うまい。
 ネリネはそう思う。
 月がぽん、と手を叩いて声を上げた。
「よかったら僕らと一緒に店主さんのお店に行ってみませんか? とても心配しているでしょうから。カレンさんの顔を見たら、きっとほっとすると思うんです」
 櫻がお菓子屋さんの気配を感じてそわそわする横で、ピリカも両手を上げる。
「そうそう、元気な姿を見せて、そのまま心からの気持ちをぶつけちゃいましょうっ♪」
「店主さんに安心してもらうためにも、元気になりましたって伝えに行きましょう」
 ピリカと月が同時に言葉を重ね、ついでにピリカから眩しい光が放たれているような気すらする。
 というか発光している。ピッカピカだ。
 天真爛漫に見えて、恋の山を既に乗り越えた事のあるピリカとしては、彼女の恋が上手く行って欲しいと願って思わず発光してしまうのだ。
 ポジティブな明るい輝きは味方を鼓舞激励できるのだ、ヒューッ!
「作戦会議ですっ、店長さんに気持ちを伝える大作戦ですよーっ!」
 ピリカの明るい声に、桃色の光が重なる。
 それはネリネの儚くも美しい、花妖精の光だ。
「――ネリネのとっておきのおまじないだ。大丈夫、うまくいく」
「諦めなければ、きっと届くんですっ!」
「……えへ、へ、……ケルベロスのみんな、ありがとう」
 カレンは大きく頷き。シーツで顔をきゅっと隠す。
 衰弱していた彼女はもう少しだけ入院する事になるだろうけれど、ケルベロスたちの癒しで少しは早まるだろう。
 ジゼルの差し入れの甘いお菓子をすぐにでも食べようとしていた様子を見れば、本当にすぐかもしれない。
 そして。――あの包みを持って、少し遅くなったバレンタインデーに出向くのであろう。
 その後、恋が実るかどうかはカレンと店主次第だ。
「とはいえ、良い結果になればいいですな」
「ああ」
 病室を背に秋津彦は呟き。
 ネリネも頷いた。ネリネも、すてきな恋がしてみたいな、なんて。
「……」
 華王を肩に載せた俊は、窓の前で立ち止まる。
 ――自分に比べてカレンはとても偉いし、立派だと思った。
 素直になれず、格好をつけて、揶揄って、頑張りだと思った事は慢心で。
 ……大嫌いなはずなのに、何故――?
 クリスタルに閉じ込められた赤い薔薇を空に透かし、俊は息をのんだ。
 答えは、まだ解らないけれど。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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