恋の病魔事件~初恋心の行方

作者:陵かなめ

●恋心に頬を染めながら
「先生のこと、尊敬してます。そん、けい……ううん、えっと」
「ちょっと、芽衣花。尊敬はなくない? 好きってハッキリ書けばいいのに!」
「えええ?! お姉ちゃん、でも!」
 芽衣花は、姉から書きかけの手紙を守るように机に顔を伏せた。相手への気持ちを伝えるための恋文の内容を思ってか、見えている頬が赤く染まっている。
「芽衣花の初恋をお姉ちゃんも応援したいし、さ。ほら、落ち着いてジュースでもどう?」
 姉はそんな芽衣花のことをほほえましく思いながら、ジュースの入ったコップを机に置いた。
 芽衣花がおずおずと手を伸ばし、ジュースを口に含む。
「っ、が、えほっ、あっ」
 だが、甘い液体を飲み込むことがでない。
 姉の声が遠くなっていく。
 芽衣花は恋心に頬を染めながら、苦しみ、意識を手放した。
「お母さん、救急車!!」
 姉の慌てた叫び声が部屋に響いた。
 
●依頼
 本日、日本各地の病院から原因不明の病気についての連絡がありました。
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)がこのように話を切り出した。
「この病気は、誰かに純粋な恋をしている人がかかるらしく、その症状は『胸がドキドキして、食べ物も飲み物も喉を通らない』というものです」
 ケルベロスたちは顔を見合わせる。
 これは比喩表現ではなく、本当に水も飲めない状態で、無理矢理飲もうとすると激しく咳き込んで吐き出してしまうというのだ。
「病院に運ばれた患者達は、点滴を受ける事で命の危機は脱しましたが、治療方法などは全く判明していません」
 セリカの言葉に、緊張が走った。
「この病気の症状を聞いた、アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)さん達が調査してみた所、原因は『恋の病』という病魔である事がわかりました」
 つまり、この病魔を倒し、恋の病に冒されてしまった人達を助けるのが、今回の仕事というわけだ。
「皆さんには芽衣花さんと言う女の子を助けていただきたいのです。学校の先生へ憧れと淡い恋心を抱いていたようですね。先生への恋文を書いている途中に意識を失い、病院に搬送されたそうです。彼女は、すでに病魔と戦闘可能な病室に運ばれています」
 したがって、ウィッチドクターがいれば、患者から病魔を引き離して戦闘を行う事が可能だということだ。
 もし事件解決に向かうケルベロスの中にウィッチドクターがいない場合は、事前に病院に連絡しておけば、医療機関のウィッチドクターが、手伝いに来てくれる。
「戦う恋の病の病魔は、ハートの弓矢を持っています。攻撃は基本的にこの弓矢で行われます。催眠や毒を引き起こす矢を放ってきますので注意してください」
 最後にセリカはこのように話した。
「この病気は、病気の苦しみがトラウマになって、恋をするのを怖がるようになる可能性が高いようです」
 先生への憧れや初めての恋心が、少女の辛い記憶になってしまったら、これから先もずっと恋に臆病になってしまうかもしれないと。
「もしよろしければ、芽衣花さんがこの病気の影響で、恋に臆病になるような事が無いように、フォローしてあげてください」
 救出した直後に、自分を助けてくれたケルベロスからフォローがあれば、きっと大丈夫だろう。
 そうして、説明が終わった。


参加者
灰木・殯(釁りの花・e00496)
橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)
リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)
レティシア・シェムナイル(みどりのゆめ・e07779)
エフイー・ヨハン(虚空の彼方をも狙い撃つ機人・e08148)
ヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096)
ロア・イクリプス(エンディミオンの鷹・e22851)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)

■リプレイ

●恋の病に沈む少女
「恋の病って病気なんだ? 私も初恋はまだだけど、恋するって大変だね」
 水垢離を済ませたプラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)が病室に入ってきた。
 すでに仲間たちが意識を失った芽衣花のベッド近くに集まっている。
 その言葉を聞いてヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096)は微笑を浮かべた。
「恋の病とは、実に的を射た表現かと」
 ただし、と、点滴を腕にされ、ベッドに横たわっている芽衣花を見る。
「……その病が今回のように形として現れなければ、ですが」
 少女は意識を手放したまま眠っていた。病むほどの思いを抱けるということは、ある意味では幸せなのだろうか。どうあれ、ヒルメルに分かることと言えば、此度の騒動は、そのデリケートな心への配慮とは対極のものである、ということくらいのものである。
「まー、どうにかしてやりたいよな」
 水分を補給するための点滴の管を見つめながら、ロア・イクリプス(エンディミオンの鷹・e22851)もそう言った。初恋というものは総じて苦いけれど、トラウマにして良いものではないと。今ベッドに沈んでいる少女の姿は、恋を語るには哀れだった。
「誰かを好きだって気持ちはとっても大切な事だカラ……早く助けてあげたいナ……」
 レティシア・シェムナイル(みどりのゆめ・e07779)はそう言うと、そっと隣のエフイー・ヨハン(虚空の彼方をも狙い撃つ機人・e08148)を覗き見た。
 レティシアには、芽衣花の気持ちは良く分かる。そして、とても心配だ。
 だって、自分も、恋心を抱いているのだから。
「誰かを好きになるって気持ちは誰にでもあることさ!」
 そんな微妙な女の子の気持ちを知ってか知らずか、エフイーは言う。そもそも、良いも悪いも、決めるのは自分の心次第と思うから。
 エフイーとしては、恋をしている女の子は、応援したくなるのだ。
「いやー、甘酸っぱいわね、初恋なんて。それに相手が先生だなんて、何かちょっとドキドキするわね」
 橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)はテレビウムの九十九を呼びながら、病室の様子を確認していた。
 病魔と戦闘可能な病室と言うだけの事はあって、闘うには十分なスペースが確保されている。少し気をつければ、芽衣花を戦いに巻き込むことも無いだろう。
「って言ってる場合じゃないわね。人の恋路の邪魔する奴は、ケルベロスに蹴られて地獄送りになるって事思い知らせてやるわ!」
 そう言うと、リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)が静かに頷いた。
「それでは殯様、お願いできますでしょうか?」
 リコリスの言葉に、仲間たちが灰木・殯(釁りの花・e00496)に注目する。
「色恋沙汰は決して『病』に非ず。病巣は病魔に有り、ですか」
 殯が芽衣花の眠るベッドの正面に立った。
「皆さん、準備は宜しいでしょうか。では、施術を行います」
 そして、ハートの弓矢を持った病魔『恋の病』が切り離された。

●病魔との闘い
「しっかし、恋の病の病魔なんて、けったいなものがいたもんね!」
 リボルバー銃を構え、敵に狙いを定めた芍薬は、呆れたようにその姿を観察していた。
 病魔はハートの矢を構え、ひらひらした衣装の裾をふわふわ靡かせ笑っている。
 狙いを定めたまま走った芍薬が、タイミングを見計らいヘッドショットを放つ。今は回復の必要も無いので、続けて九十九が凶器で殴りつけた。
「!」
 攻撃を受けた病魔が、怒ったように頬を膨らませる。
 その真正面に殯が躍り出た。
 エアシューズに炎を纏わせ、激しい蹴りで蹴り上げる。
「貴女の敵は医者である私でしょう。余所見の隙は与えませんよ」
 病魔から芽衣花を守るため、できるだけ注意を引くよう行動したのだ。
「芽衣花様をきっと助けましょう」
 続けてリコリスが時空凍結弾を繰り出した。
 弾丸が撃ち抜いた病魔の体が、凍りつく。
 氷を振り払おうと右往左往している病魔に向かって、レティシアは妖精弓を構えた。
「イチマツさん、よろしくネ」
 じっくりと狙いながらウイングキャットのイチマツさんに声をかける。
 指示を受け、イチマツさんが病魔に向かって走った。
「行くヨ」
 レティシアが放った心を貫くエネルギーの矢が病魔を貫く。追い討ちをかけるように、イチマツさんが敵を引っかいた。
「レティちゃんナイス。俺たちも行こうぜ」
 さらに、エフイーとオルトロスのデザイアも続く。
 デザイアがソードスラッシュで敵の防御を打ち破り、肘から先をドリルのように回転させたエフイーがスパイラルアームで病魔に大打撃を与えた。
 『恋の病』が吹き飛んで壁に激突する。
 だが、流石にまだ倒れなかった。
「モー! 怒ったゾ! ぷん!」
 そう言いながら、病魔は身体を立て直し、ハートの矢を放つ。
 しかし、放たれた矢はくるりと回転して病魔の身体に突き刺さった。どうやら、何を攻撃しているのか分からなくなっているようだ。
「ふむ、今のうちにできるだけ攻撃を重ねましょう」
 敵の様子を確認しながら、ヒルメルがケルベロスチェインでがっちりと捕らえ締め付ける。
「おっけーおっけー。パパッと仕留めたいね」
 ロアはドラゴニックハンマーを砲撃形態に変形させ、狙いを定めた。
 ぎりぎりと締め付けられている病魔は、それほど強敵というわけではない。
 竜砲弾を撃ち出して、だんだん弱ってきた病魔に命中させた。
「そうだね。それじゃあ、縛っちゃおうかな」
 そう言って、プランは半透明の御業に病魔を鷲掴みにさせた。
 苦しげな吐息を漏らし、『恋の病』は喘ぐ。
 動きが鈍り、攻撃も防御もままならない様子の敵に、ケルベロスたちが攻撃を集中させる。
 仲間の畳み掛けるような攻撃に、病魔はどうすることもできず体力を減らしていった。
 そして、数分後には、ケルベロスたちは敵を追い詰めていた。
「せめてもの餞です」
 殯の触れた場所から敵の命が消えて行き、氷でできた真紅の花が花開く。
「いっぱいだして からっぽになるまでしぼってあげる ぜんぶわたしにちょうだい」
 続けてプランが詠唱すると、影が広がり、闇が病魔とプランを飲み込んだ。
 これが最後の一手だったと、仲間たちが闇を見つめた。
 やがて闇が晴れ、皆が見たのは艶かしく唇をなめるプラン。
 何が行われたのかは分からない。
 地に崩れ落ちたのは、干からびて朽ち果てた病魔だった。

●恋とは
 戦いが終わり、ケルベロスたちは病室を簡単にヒールした。
 その最中に、芽衣花が小さく声を上げる。
「気が付かれましたか? 私たちはケルベロスです」
「あ、わたし……?」
 あくまでも芽衣花をおびえさせないよう、リコリスが優しく声をかけた。
 ゆっくりと、芽衣花が身を起こす。見たところ、年齢は中学生くらいのようだ。
「わたし、急に苦しくなって。それで!」
「はい」
 苦しみを思い出したように表情をゆがめる芽衣花の目線にあわせるように身をかがめ、リコリスはゆっくりと話をした。
「今回、苦しい思いをしたのは病魔が原因です」
「びょうま? そうなの。わたし、手紙を書いていて、急に苦しくなって。先生のこと、好きだなって思って苦しくて」
「そうでしたか」
 震えながら話す芽衣花の様子を、殯が確認する。苦しい思いをして表情はやや暗いが、体の健康状態に問題は無いように思う。
「先生のこと好きだから、わたし、あんなに苦しくて、倒れたの? 恋って、辛い」
 少しずつ、悲壮な言葉を並べる芽衣花。
 だが、リコリスはゆっくりと首を横に振った。
「……また苦しい思いをするのが怖くて、恋する事を恐ろしく思うかもしれません。病魔の事が無くても、恋とは時に苦しい思いをするものですから」
「それじゃあ!」
「それでも、誰かを恋する事は、愛する事は素晴らしい事だと思うのです。それに人を想う気持ちは、強ければ強い程に止められないものですから」
 真摯なリコリスの言葉に、芽衣花がシーツを握り締める。
「私は恋した事ないからあまり偉そうな事は言えないけど、恋って辛いだけの物じゃないと思うよ」
「そう、なのかな?」
 怖がらせないよう気をつけながら、プランも芽衣花に語りかけた。
「芽衣花が先生の事好きって感じたのは悪い事じゃないよ、だから頑張ってみよ?」
「でも、また、苦しくなったら」
「もしまた病気になっても私が助けてあげる」
「そうね。大丈夫よ、もしまた病魔に憑かれる様なことがあっても、何度だって私達が助けてあげるわ」
 芍薬もプランと共に頷く。
「今回は災難だったけど、でも好きなんでしょ先生のこと?」
 そう言って芍薬が顔を覗き込むと、芽衣花は困ったように頬を染めた。
「私達は強いし、それに芽衣花の『好き』って気持ちだって私達に負けないくらい強いでしょ♪」
「それは、その、そんなハッキリいわれると、えへへ」
 初めて、芽衣花が照れたように笑う。
「恋とは、誰かを想い己を磨く素晴らしい感情です」
 そんな少女の様子を微笑ましく見ながら殯は言う。
「どうか、好きな人を想う心を恐れず。歩んでください。応援しておりますよ」
「応援、うう」
 もじもじと、芽衣花は握り締めていたシーツで顔を半分隠した。
 苦しくて怖いだけだった気持ちに、余裕が出てきたように思う。
「さあ、お茶をどうぞ」
 細やかな変化を感じ取りながら、ヒルメルは用意していたハーブティを差し出した。

●初恋の行方
 病魔を引き寄せるほどの純粋な想いというのは、如何程のものだろうか。恋と気づかぬうちに終わった、夢か幻かのような自身の初めての恋を思い出しながらヒルメルは思った。
「本来の恋の病は純粋で強いもの。……それは恋う苦しみを乗り越える力にもなります」
 手渡されたハーブティをゆっくりと口に運んでいる芽衣花に、静かに声をかける。
「はあ。なんか、おとなの味がする」
 上品なハーブの香りがそう思わせたのかもしれない。
 芽衣花には、少なくとも自分の様な恋と比べれば、という私的なことまでは、伝えないけれど。
「もう一杯、いかがですか?」
「あ、はい。もらいます」
 代わりに、ヒルメルは魔法瓶を手に持ち、カップを受け取った。
「こんなお茶を飲んだら、もっとうまく恋ができるかなあ?」
 首を傾げる芽衣花に、ヒルメルは穏やかな微笑を向ける。
 ケルベロスたちは決して急かす事をせず、芽衣花がお茶を飲み終わるのを待った。
 レティシアも、芽衣花がカップを置くのを待って思い切って話し始める。
「わっ……私もネ、片想いの人が居てネ……芽衣花さんと同じ気持ちなノ!」
「え! ほんとう?!」
 芽衣花が驚いたようにレティシアを見た。
 レティシアは大きく頷き、芽衣花の手を握り締める。
「だからその……ツラかったばかりじゃなくって、胸がほっこりした時のコトととかドキドキしたりとかしてた時のコトも思い出してほしいなッテ思う……ヨ」
 レティシア自身も感じている事を素直に言葉にした。
 だからこそ、共感できる。
「うん。毎日、先生の顔を見るだけでドキドキだよ!!」
 芽衣花の表情が少しずつ明るくなったと思う。
 一方、レティシアはエフイーを見て誤魔化すような笑みを浮かべた。本人の前で、少し言い過ぎただろうか?
 その思いに気づいたのかそうでないのか。
 エフイーも芽衣花に語った。
「俺にも放っておけない子が居る。君ほどじゃあないけれど、年下の女の子だ」
「そうなんだ!」
「この世界のどこかに、きっと君の事を想ってくれる人も居る筈さ。だから、人に恋する事を怖がらないように、な」
 年上の男性の恋愛に関する話は、芽衣花にとって新鮮なようだった。
 エフイーはそれ以上は語らず、照れくさそうにして微笑を浮かべ、レティシアを見る。
 年上の男性といえば、と。
 仲間の視線が、ロアに向かった。
「あー」
 皆の話を聞いてニヤニヤしていたロアは、室内の空気を読んでのんびり話し始める。
「初恋とは懐かしい話だぜ……少しだけ昔話してみるか」
「聞きたい、です」
「まー、俺も初恋やったなー、甘酸っぱい……かどうかは分からないけど?」
 もはや怯えた様子も無い。芽衣花は興味津々とばかりに身を乗り出してロアを見た。
「お嬢ちゃんみたい思い悩んだり、ひっどい事が起きて苦しんで、一時期はもう恋しねえって思って、実際5、6年? ぐらいはやらなかったもんさ」
 けれど、今はその苦しさと、好きだったふわふわした気持ちも含めて、良かったなと思う。
「まあ、俺が今は新しい……を見つけたから、こう思えるのかもしれないけど」
 何となくごにょごにょと誤魔化しながらも、ロアの話は終わった。

「まだ、頑張れそう、かも」
 色々な話を聞かせてくれたケルベロスたちを見て、芽衣花ははっきりとそう言った。
「手紙も、きっと先生は喜ばれると思います。生徒に好かれて、喜ばない先生はいらっしゃいませんから」
 リコリスは晴れやかな少女の表情を見て、もう大丈夫だと思う。
「あ、あの手紙。手紙、渡してみようかな」
「もしダメだったら愚痴も聞いてあげる、沢山泣いて次の恋を探そう」
「もー! まだ駄目って、決まってないもんね」
 プランの言葉にも、芽衣花は前向きに答えた。
 この様子なら大丈夫。
 きっと少女は、恋をするのが辛いことだと、臆病にはならないだろう。
 そう確信し、ケルベロスたちは仕事を終えた。

作者:陵かなめ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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