腐死の淑女

作者:白石小梅

●安らぎを君に
 それは、浜辺に隕石が落ちるような音から始まった。
『こんばんは。星の綺麗な夜ですね』
 見に行った人々は、始め打ち上げられた鯨と思った。
 それは蛆や小さな甲殻類に群がられた腐肉の塊であったから。
『翼が腐り落ちる前に辿り着けて良かった。もはや、身を再生させる力も衰えてしまいました』
 長い首が起き上がり、穏やかで淑やかな女の声が響くまで、誰一人それが生きているとは思わなかった。
『わたくしの名はグザニア……狩り得たグラビティ・チェインを愛する同胞に分かち、己は腐肉を貪っている内にこのような姿になりましたが、これでもドラゴンの端くれです』
 皮の剥けた肉塊が喋る度に、群がる蛆や蟲のようなものが滴り落ちる。周囲に漂う饐えた臭いは、それだけで全てを遠ざける。
『死を振り撒き、死を喰らって生き永らえてたわたくしにも、遂に死が訪れる時が来たようです。わたくしは病を患い、もはや長くはありません。最後に、愛する同胞たちの為に我が死を捧げようと参りました』
 ドラゴンは千切れた肉を引きずるようにゆっくりと起き上がった。翼の名残を大きく広げて息を吸い込み、腐れた吐息を深く落とす。
『恐れと憎しみが、困窮する同胞たちに届きますように』
 腐乱の龍は言った。祈るように。
『皆さまに、安らぎ足り得る死と滅びがありますように』
 恐怖に震えて逃げだす者も、憎悪に打たれて抗う者も、侮辱も嫌悪も何もかも。
 その全てを慈しむように。
『せめてわたくしも共に……滅びましょう』
 放たれた死の吐息と共に、龍はゆっくりと歩み出し、瘴気が街を呑み込んでいく。
 そして全てに、死の安らぎが訪れる……。

 
●ドラゴン襲来
「茨城県沿岸のとある街に、ドラゴンが襲来することが予知されました。定命化……すなわち、ドラゴンの言うところの『重グラビティ起因型神性不全症』に侵されて時間が経過し、今まさに死に瀕しているドラゴンです」
 望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)は表情も硬く、一枚の画像と地図をプロジェクターに表示した。
「襲来したドラゴンの目的は、最後の力で竜十字島の味方へ、人々のグラビティ・チェインと恐怖と憎悪を届け、定命化への時間的猶予を与えることのようです。定命化により、すでに死に体のドラゴンながら、放置すればその被害は膨大なものとなるでしょう」
 映し出されるのは、全身が腐乱した龍。とっくに腐り果てた死体そのものに見えるが、これは『腐肉を漁り、ゾンビの如き姿を手に入れたドラゴン』であるらしい。
「敵は最速でまっしぐらに該当地域に飛来してきます。襲撃前に別の都市に住民を避難させようとすれば、避難の隊列の横腹を突かれてそのまま別の都市まで雪崩れ込まれるだけ。そこで、住民の方には市民ホールに避難してもらいます」
 そこを守護する最後の砦が、自分たち。すなわち、ドラゴン迎撃がこの度の任務だ。

 
●腐死龍・グザニア
 しかし、ドラゴンを相手にこの人数で、勝ち目はあるのか。
 八竜を思い出し、番犬たちの間にも重い沈黙が流れる。
「敵はこのゾンビ型ドラゴン……グザニアのみですが、即応できる人数では際どい闘いです。しかしもはや方法はありません。敵もまた決死の覚悟で飛来しており、己が死ぬまで闘います。頭数を揃える暇はないのです」
 グザニアは猛毒の瘴気を吐き、爪牙を突き刺せば即効性の腐敗毒が身を焼くという。腐肉に群がる蛆や甲殻類は加護も呪縛も喰らい、無尽とも思える再生力を持つ。
「まともにやり合えば、勝ち目はありません。唯一、つけ入る隙があるとすれば、敵は進行した定命化によって死に瀕しているため、体力が著しく低下しているという点です」
 戦闘能力こそ健在ながら、放置しても数時間後に死に至るレベルまで衰弱している。
 この人数で勝ち目があるとすれば、そこを突くしかない。
 
「もし敗北すればグザニアは避難所に雪崩れ込み、凄まじい被害が出るでしょう。皆さんには重い責任を背負わせることになってしまいますが……もはや頼みは皆さんのみなのです。武運を祈っております」
 それでは、出撃準備をお願い申し上げます。
 小夜はそう言って頭を下げた。


参加者
トレイシス・トレイズ(未明の徒・e00027)
楡金・澄華(氷刃・e01056)
メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
イリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
一之瀬・白(符龍式八極拳・e31651)

■リプレイ

●災厄の前触れ
 轟音と共に水柱が噴き上がった。長大な腐肉が、天に伸びあがって咆哮する。
 それは、海より来たる死神の眷属にも似た怪物。
『わたくしの名はグザニア』
 腐乱の龍はそう言って、語りかける。
 優しく、落ち着いた声音で、予知の通りのことを。
『最後に、愛する同胞たちの為に我が死を捧げようと参りました』
「……ええ。定命化なんて、簡単にできるわけないですもんね。その身を蛆に喰らわせても構わないと思えるほど、同胞を愛しているんですか?」
 メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)の呟きに、龍は口角を歪めて息を吐いた。微笑んだらしい。蛆の滴る虚ろな眼窩では、わかりにくいが。
「お前の事情は分かった。だが、ここは通行止めだ、通りたければ我々を倒してからにしてもらおう!」
 身構えた楡金・澄華(氷刃・e01056)が、そう吼える。
「丁寧なご挨拶痛み入るわ。でも、生憎私は侵略者に尽くす礼節も死に逝くあなたに同情する心も持ち合わせていないの」
 気を吐いたイリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555)を始め、全員が寄り集まるように立ち塞がる。
 龍は番犬たちを見下ろしたまま、未だ動かない。
「貴様にも守ルものがあるようだ……だが、ワタシ達にも譲れないものがあル。決して負ける訳にはいかなイ」
 龍が向かってこないのは、獲物の位置を測っているからか。自分たちで仕掛けるべきかと君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)がビハインドのキリノと向き合った時。龍は言った。
『皆さんの覚悟は痛いほど伝わりました……ですが、あえて言いましょう。退きなさい。勝ち目のない闘いに、戦士が身を投じるものではありません』
 その言葉に、侮蔑の意は込められていない。
 それでも額にしわを寄せ、レッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650)と樒・レン(夜鳴鶯・e05621)が踏み出して。
「舐められるわけにはいかないな。同胞の為にその身も顧みない強き心は尊敬するが、これ以上この星に憎悪を振りまく事は俺様が許さん!」
「護りたい誰かの為に戦う……俺達ケルベロスと相通じるものがあるとは複雑な心持だ。ならばこそ、俺たちがここを退かぬことは知っていよう」
 彼我の差が歴然としたものであることなど、番犬たちもわかっていてここにいる。
「死に際の苦しみは解る。愛せぬ地にて果てる壮絶さは想像に難いが、貴様を討てるのはこの瞬間のみ。見逃す道理はない」
 続いたトレイシス・トレイズ(未明の徒・e00027)の言葉に、今度は龍が顎を引いた。
『なるほど。わたくしが弱体化に全てを賭けて来た……そういうことですか』
 最年少の一之瀬・白(符龍式八極拳・e31651)が槌を担ぎ上げ、刃を差し出せば、全員が一斉に武装を解き放つ。
「グザニア……余達とて罪無き者達を、むざむざと殺させる訳にはいかぬのじゃ。覚悟せよ。この場にいる者は、誰一人として恐怖も絶望もせぬ!」
『……わかりました』
 死に瀕し、死そのものにしか見えぬ龍は、天を仰いだ。
 燃え上がる殺意を感じ取り、眸が前衛に輝くフィールドを展開する。
「フィールド生成……恐らく腐肉を掠めル程度では効果がなイ。臓腑を抉ルつもりで行くぞ」
『最後の時に闘いの華を添えてくださるというのならば、わたくしは死の安らぎを渡しましょう……』
 災厄がゆっくりと前進し、番犬の群れは散るようにそれを迎え討つ。
 闘いが、始まった。

●善戦
 轟音が、大通りを裂いた。
 巻き散らされる腐臭は、龍のものばかりではない。突進してくる龍の後方では、腐食した車両からバッテリー液が漏れだし、火を噴いて燃え上がっていく。
『死と滅びのあらんことを……』
「ブレスが来ルぞ。イリス、構えろ!」
 眸が叫ぶ。キリノが撃ち放つアスファルトの破片の中を、構わず龍は突撃してくる。この巨躯を前にすればまるで豆鉄砲だ。
「往生際が悪いわね! 安らぎだか何だか知らないけど余計なお世話なのよ!」
 飛びだしたイリスが、漆黒の荊を鞭の如く振るう。
「地獄には自分一人で行きなさい……!」
 だが達人の一撃も、今は虎の足に喰らい付く子蛇の如し。そして、その毒が敵を侵すのを待つ間もない。クラッシャーたちを庇った二人は、圧縮した瘴気に吹き飛ばされた。
「ただの衝撃だけで、車を吹き飛ばし電柱をへし折り……滞留すれば鋼鉄さえ腐食させる瘴気か。貴様が振り撒く死は安らぎには遠すぎる」
 濛々と立ち籠める土煙の中を突進する龍に向けて、トレイシスがルーンを輝かせた斧を振り下ろす。
 それを合図とするかのように、左右から飛び出すのは、メリーナと澄華。
「前進をやめない……! 向こうは捨て身の覚悟だ! 気合いを入れて行くぞ!」
「ええ。こんな大舞台……役者冥利に尽きますもんね! 行きますよ……! これが私の得意技。私の選択。私の……天命です!」
 二刀斬霊波が肩を抉り、短剣の二刀が舞うように長い体を切り裂いていく。
 だが追いすがる番犬たちの攻撃の嵐の中を、龍は構わず進んでいく。
「ついて来られない程度の者に用はないということか。甘く見られたものよ! 我らが引導を渡してやろう!」
 電信柱を足場に、白が跳躍する。龍の背を取り、撃ち下ろされる轟竜砲。
 度重なる連撃が堪えたか、龍は身を捩って再び襲い掛かって来る前衛に向け、その爪牙を構える。
「任せろ! 俺が引き受ける!」
 振り回される爪牙の中へ飛び込む紅い影。巨爪が、その体を真っ二つに引き裂いた……と、見えた瞬間。レンの放った分身が二つに割れて、融けるように消える。
 レッドレーク本人は、脇腹を押さえつつも身を捻っていた。赤い熊手がデスサイズシュートとなって龍の顔に突き刺さり、龍は一瞬、その動きを止める。
 雄叫びと共に、攻撃手たちがその巨体へと殺到していく中、レンが彼を支えて。
「直撃はどうにか逸らしたぞ、大丈夫か」
「一発もらっただけだが、洒落にならん……当たりが悪ければサーヴァント辺りは一撃で消し飛びかねん威力だ」
「他のデウスエクスならば、一軍を率いる器か……一戦士に、そのような怪物がざらにいるとは。だが、負けるわけにはいかない。支え抜こう……!」
 言うなり、二人も怒涛の攻めの中に飛び込んでいく。
 前衛に五人を配置し、ディフェンダー間で出来る限り受ける攻撃を分担することでダメージを散らす。それが番犬たちの策の一つ。
 刹那の隙を奪い合う闘いの中では、庇うこと自体が難しい。
 だが、範囲攻撃の中で誰を庇うか選ぶ程度ならば頻度を上げることは出来る。敵がブレスを吐く際は最大人数の前衛を狙って来ることはわかっているのだ。
(「策は上首尾……か。いずれ、前衛が擦り切れル頃には相手の体力も尽きルはず。しかし……」)
 ブレス対策を担当する二人は、耐性防具に身を包み最大効率で敵の攻撃を減衰させていた。
 火炎、刃、打撃……無数の攻撃に耐えかねたか、龍は身を捩らせて祈るように天に吼える。腐れて崩れた肉が瞬く間に再生し、傷を埋め合わせて行く。
 眸は思案を振り切り、巨龍へ蹴りかかるイリスに並び、音速の拳でその加護を絶つ。
「ヒトを守る。ワタシはケルベロスになった時にそう、決めタ」
 龍は涙のように蛆を落としながら、深く息を吸い込み始めた。
 ブレス。
 二人で前へ出ながら、眸は嫌な予感が走るのを感じた。
 いや、これは……。
『なるほど。布陣は読めました』
 龍は息を半ばで留め、蛆の滴る暗い虚ろを、こちらに向けた。
「……逃げろ!」
 イリスを突き飛ばした瞬間、強大な爪が、激烈な衝撃と共に己を抑えつける。
「……っ!」
「しまった!」
 誰かの声。口の中に滲んだ血の味。肺から息が逆流する。
『ヒトの守護者よ。ブレスに一切怯まぬあなたほどの護り手が、爪牙は避けようと動く……穴は見えました。陣形を徹底しすぎましたね』
(「フェイントか……すまなイ。しくじったよウだ」)
 その想いは、声にはならなかった。
 半ばで折れた龍の角が身を突き刺し、眸の意識を絶った。

●逆転
 澄華のサイコフォースがその脇を撃ち抜くのにも構わず、龍の渾身の一撃は、ビルの壁をぶち抜いた。
「くっ……! なんてことだ。こちらの布陣の強みを読んで逆手に取るとは!」
 腐乱の龍は半壊していくビルから顔を抜きだす。
『まずは一人……』
「眸さんっ! 護り手同士が庇い合って……どうするのよ!」
 イリスもサイコフォースを重ねるが、勢いを得た龍は、もう突進をやめる気配はない。
「よせ! 今は前に集中だ! 君乃は、自分よりここに残るべき者を選んだんだ!」
 イリスとレッドレークが左右に散る。龍はその胸に深く息を吸い込むと、今度は正面から瘴気を撃ち放った。ディフェンダーの二人は、大波に呑まれるように吹き飛ばされる。
 周囲に瘴気を従えて進む龍の姿は、まるで土石流。その土煙の中をメリーナがぶち破って。
「稼いでもらう時間。一分一秒が、万金を積んでも得られないもの……無駄にしませんよ!」
 顔の横に飛びこみ、舞うように回転しながら飛び降りる。黒ずんだ血が、腐れた半身を削いでいく。
「同感だ。俺の仕事はその時を稼ぐこと。如何なる時も冷徹に。この忍務、必ず成し遂げる」
 レンの放った金剛の輝きは、澄華へと飛ぶ。ディフェンダー二人は体力が擦り切れつつある。それでも、彼は選ばなければならない。誰を落としてはいけないのかを。
 その脇を、跳ぶのは白。主人を見失いながらも、必死に抵抗を続けるキリノを引き連れて。
「大丈夫じゃ、キリノ。ご主人はまだ生きておる。しかし、ドラゴンとはこれほどの敵か! 余が皆の足を引っ張るわけにはいかぬ! 行くぞ!」
 飛翔する大鎌が龍の首を裂き、身を縛る痺れが宙を舞うも、もはや勢いに乗った竜は止まらない。
(「徹しなければ勝機はない、か。快癒を与えられぬことにも、味方が倒れていくのを眺めなければならないのも、嫌なものだが……自分の役割を果たそう」)
 横を走りながら、その指先に針を構えるのは、トレイシス。
 漆黒の針がその横腹を穿った瞬間、龍の心を怒りが焦がす。攻撃誘導の精神操作に、初めて龍は勢いを緩めるも、足は止めずに。
『まだ囮となる者がいましたか』
「貴様の抱く闇、見せてもらうぞ」
 龍は夜空へ向けて咆哮し、そしてその爪牙が振り下ろされる……。

●渾身
 数分の後。
 後方には瘴気が滞留し、濡れた角砂糖のように建物が一つ、また一つと倒壊していく。
 轟音の響く交差点では、片膝をついたトレイシス。その前では、血塗れのレッドレークが、紅い熊手一本で龍の巨大な爪を押さえていた。
「すまないな。お前と共に死んでやる事は出来ない……! この街に住まう、誰一人としてだ! せめてこの爪牙の痛みと共に、俺様がその名を覚えておくぞ!」
 熊手に火炎を纏わせてその腕を弾く。しかしその身はすでに血と痣だらけで、立っているのが奇跡そのものだ。
 尾の一撃が赤毛の体を一台の車の中にめり込ませた。すぐさま爆風の如き瘴気が、火を噴いた車は木の葉のように吹き飛ばした。轟音と共に、燃えた車が崩れ落ちる。
『これで、二人……』
 龍もまた肩で息をしながら呟く。その顔に、銃弾の如く射ち込まれるのは、殺神ウイルス。だが射撃の主たるトレイシスも、もはや満身創痍。次の一撃を避けられるはずもない。
(「彼女は強敵だ……次の瞬間には、こちらは仕留められているだろう。それでも……」)
 遥か高空で大敵と闘った時を思い出し、彼はふっとため息を落とした。諦めるでも、絶望するでもなく、仕事を終えた時のように。
 龍の爪が、瓦礫と轟音の中に黒い医者の姿を消した。
『これで三人目……まだ、闘うおつもりですか』
 丘の上の市街中央に向き直る龍の前に立つのは、イリス。ただ一人残った護り手は、優雅な服も擦り切れ、埃と痣に塗れて、それでも足を止めずに。
「……ようやく、勝ちの目が見えたところよ。やめるわけがないじゃない……せめてもの手向けよ。薔薇に包まれながら死ぬといいわ!」
 黒い荊が全霊を込めて解き放たれ、龍の胸を穿った。しかし、いつもなら敵を呑み尽くす悪夢の揺り籠を、その巨体は押し戻しつつ。
『この状況で、まだ勝ち目があると? ならば、万全を期してそれを潰しましょう』
 龍は天に向けて咆哮する。病の進行と度重なる攻撃にもはや限界は近い。それでも、抜群の再生力自体は未だ健在。ここで傷を癒し、次のブレスで前衛を切り崩す。
 そこで勝負が決まるだろう。擦り減った番犬たちの頭数では、龍の再生力に追い付かないからだ。
 これが、最後の一手。
 チェックメイトの、はずだった。
 咆哮と共に激烈な新陳代謝が始まり……そして止まる。
『再生、が……?』
 驚愕に息を乱し、龍は初めて後退する。
 次の瞬間、その足元を蒼い影が裂いた。
「再生するはず。でも出来ない。それは殺神ウイルスが、その体を侵しているから! 黒い荊が、それを広げたから! 初めての隙、いただきます!」
 メリーナが、歌うように相手の隙を作りながら、一対の短剣を躍らせる。反対の足に影の如く現れて喰らいつくのは、キリノ。
「この一瞬を、ずっと、ずっと待っていた! 君乃殿たちが私達をこの瞬間までここに留めた理由を教えよう! 誇り高き龍よ!」
 崩れた龍に躍りかかるのは、澄華。耐えに耐えた逆転の機に、空を断つ一閃が龍の胸倉を裂く。その魂を響くほどの一撃に、龍は遂に黒い血を吐いた。
『馬鹿な。いえ、まだ……』
「癒されぬのは、辛かろう。俺たちは、機を逃さん。今、涅槃へ送り届けてやる……!」
 露わになった喉元に、残像の如く現れるのはレン。影は刃となって喉笛を突き刺し、湯気の立つ黒血と蛆虫の海の中で、龍は吼えた。
「今だ……やれ!」
「その身体は、貴女が仲間達を救ってきた証じゃ……それを醜い等とは決して言わぬ。余の全力で……送ろうぞ!」
 白が、己の身を顧みることもない捨て身の一撃で、その胸倉へと飛びこむ。渾身の掌打が龍の心臓を貫き、竜人の少年は己の勢いを殺せず滑落した。
 胸に風穴を開け、腐死龍はぐらりと横に崩れた。
『同胞よ……ごめんなさい……』
 その足跡に残っていた瘴気と共に、龍の身は乾いた煙となって、散っていった……。


 闘いは、終わった。
 白が燃えた車の屋根を、剥ぐ。
「……勝ったか? 一之瀬……?」
 レッドレークが救出され、イリスとメリーナが瓦礫を掘り起こして眸とトレイシスを担ぎ上げる。
「すまなイ……不意を衝かれた」
「……前衛を守り通された。こちらが礼を言うところだ」
 深手を負いつつも、二人は安堵のため息を落とす。
 レンと澄華は倒れた龍に哀悼の意を示し、怯えた市民たちに朗報を伝えに行く。
 龍の島に犇めく敵勢は、必ずまたやって来る。
 それでも何度でも、自分たちが押し返す。
 その決意と、誓いを胸に……。

作者:白石小梅 重傷:トレイシス・トレイズ(光芒の徒・e00027) 君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月3日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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