恋の病魔事件~胸の奥に秘めた恋の話

作者:あかつき

●病院にて
「あの……昨日から、胸がドキドキして、水も食べ物も喉を通らなくて」
 とあるOLが、医師に訴える。医師は首を傾げ、カルテを見た。
「うーん……水も食べ物も、ですか? 比喩ではなく?」
「ええ、比喩ではなく……本当に」
 確かに顔はやつれており、元気もない。特に、水が飲めないというのは由々しき事態だ。もし本当ならば、ブドウ糖や生理食塩水の点滴で栄養補給をしつつ水分を接種させなければ、最悪死に至る。
「では……原因はわかりませんが、点滴を射ちましょう。勿論、原因も続けて検査していきます。気を落とさずに」
 そう言って、医師は看護師に指示し、彼女を病室へと案内した。
●恋の病
「本日、日本各地の病院から原因不明の病気についての連絡がありました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が、集まったケルベロス達に説明を行う。この病は、誰かに純粋な恋をして居る人がかかるらしく、胸がドキドキし、そして比喩ではなく食べ物も水も喉を通らなくなってしまうというのもだった。
「この病気の症状を聞いたアイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)さん達が調査してみた所、原因は『恋の病』という病魔である事がわかりました。どうも、この患者は知り合いの息子である高校生の男の子に恋をしてしまったようなのですが、胸の内にそっとしまっておこうとした所で、この恋の病にかかってしまったようです。この恋の病に冒されてしまった女性を、助けてあげてください」
 病魔との戦闘だが、病院側が既に戦闘可能な病室に患者を運んで居るので、場所については問題がない。メンバーの中にウィッチドクターがいれば患者から病魔を引き離して戦闘を行う事が可能だが、もしウィッチドクターが居ない場合、事前に病院に連絡しておけば、医療機関のウィッチドクターが手伝いに来てくれる。
 この恋の病の病魔は、弓を使って攻撃してくる。然程強くはないが、ハート形の矢じりの弓で、当たると案外痛く、トラウマ効果があるので注意が必要だ。
「この病魔は、病気の苦しみがトラウマになって恋に臆病になってしまう事があるようです。可能ならば、彼女が今後、恋に臆病にならないよう、フォローしてくれると助かります」


参加者
パトリック・グッドフェロー(胡蝶の夢・e01239)
萃・楼芳(枯れ井戸・e01298)
ユーカリプタス・グランディス(神宮寺家毒舌戦闘侍女・e06876)
クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)
灰縞・沙慈(小さな光・e24024)
ソウ・ミライ(お天気娘・e27992)
クリスティン・クラルヴァイン(ヴァルキュリアの鹵獲術士・e30096)

■リプレイ

●恋の病魔は乙女の敵
「話は聞かせてもらった! オレらがお姉さんの病気、治しちゃうぜ!」
 バーン、と勢いよく病室の扉を開けたのは、施術黒衣に簒奪者の鎌を持ったクリスティン・クラルヴァイン(ヴァルキュリアの鹵獲術士・e30096)。
「ひっ!」
 広い病室のベッドの背の部分を起こして座っていた女性は、その姿に僅かに悲鳴をあげて、上掛けを手繰り寄せた。
「すみません、私達はケルベロスでございます」
 続いて入室してきた礼儀正しい女性、ユーカリプタス・グランディス(神宮寺家毒舌戦闘侍女・e06876)が頭を下げる。その説明に、ベッドの女性は上掛けを握りしめたままではあったが、小さく頷いた。
「あっ……お医者様から聞きました……」
 予めある程度の説明はされていたらしい。女性は困惑が未だ拭いきれてはいないようだが、ケルベロスならとぺこりと頭を下げる。
 歳の頃は、見た目で言えば恐らく20代半ばといったところであろう。経口での食物及び水分の摂取が出来ていないためか、少しやつれていた。
「なるほどね」
 やつれているだけでなく、何処と無く影を宿すその面持ちに、クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)がぽつりと零す。クレーエの彼女は六つ上。高校生が相手、となると、それよりあと少し離れているという事になる。
「オレの彼女も年上だったな……、そんなに離れちゃいなかったが」
 パトリック・グッドフェロー(胡蝶の夢・e01239)は、病室の隅で目を細めた。少しだけ、記憶の欠片が脳裏を過る。
「恋の病、なのですか。実はあんまり良く解らないのですが、困ってる人の手伝い位はできると思うのですっ!」
 一応は病魔の逃亡を警戒できるよう位置どりをしながら、ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)は意気込みを示す。
「むむ、どんな場合でも恋を利用するなんて許せないの、必ず助けるの!」
 恋愛話が大好きなソウ・ミライ(お天気娘・e27992)としては、このような病魔は許せない。絶対に倒して、彼女の恋を応援してあげないと、と気合を入れた。
「病魔、初めて……」
 ちょっとだけいつもと違って怖い、と漏らすのは灰縞・沙慈(小さな光・e24024)。しかし、彼女もまた、患者の女性の幸せを願っている。故に、ぐっと手に力を入れて、サーヴァントのトパーズに誓うのだ。
「けど、頑張ろうね」
 ケルベロス達の最後に入室してきた萃・楼芳(枯れ井戸・e01298)は、病魔の逃亡防止のため扉を塞ぐように立ち、仲間達を確認する。それぞれ、病魔を逃さないような準備を済ませていた。
「こっちの準備は大丈夫だな。よろしく頼む」
 その言葉を聞いて、クリスティンが大きく頷く。病魔を患者から切り離すのは、ウィッチドクターにしか出来ない仕事だ。
「さて、ウィッチドクターとしての本領発揮といこうじゃないの」
 軽いノリながら、その瞳は真剣だ。そして、クリスティンはベッドの上の彼女の身体に手を伸ばし、病魔を召喚する。
「きゃあっ! あっ、貴方達……ケルベロスね? じゃあ、私の敵なのね?」
 現れたのは、ピンク色を基調としたキューピットのような女の子。彼女こそ、恋の病魔だった。
「とっととそのお姉さんの身体から、出てって貰うぜ!」
 小首を傾げる病魔を、クリスティンは問答無用で蹴りつける。そして、戦いの火蓋は切って落とされた。

●ピンクの病魔とケルベロス
 ドキドキしながら見守って居た沙慈の視線の先で、ピンクの病魔が蹴り飛ばされて戦闘が開始された。
「皆さんを守る鶴が飛ぶ風……届きますように」
 武器を構えるケルベロス達に向けて、沙慈は心を込めて折った鶴を吹き飛ばす。風に乗った鶴は、仲間達に癒しと加護を与えていく。
「トパーズも、よろしくね」
 沙慈に続けて、トパーズも清浄の翼を使い、味方を援護する。
「ちょっと避けててくださいです!」
 ベッドの上で口を押さえて目を見開いている患者の女性を、ヒマラヤンは部屋の隅の安全な場所へと避難させる。その間、サーヴァントのヴィーくんは仲間達に清浄の翼を施していく。
「すいませんっ、私のせいで……!」
「大丈夫なのです、すぐ終わらせるのです!」
 ヒマラヤンは大きく頷くと、病魔の方へと向き直る。
「その人は私のものよ! 邪魔しないで!」
 恋の病魔はそう叫び、弓に矢を番え、大きく引いて、射る。
 ヒマラヤンの方へと飛んで行った矢は、ユーカリプタスのサーヴァントであるトラッシュボックスが庇って受ける。
「ありがとうです!」
 礼を述べるヒマラヤン。
「大丈夫なの?」
 ソウはトラッシュボックスに、気力溜めで回復を施す。その間にサーヴァントのダンタツは、病魔にボクスタックルで攻撃を加えた。
 スカートの裾を摘み折り目正しく一礼したユーカリプタス。
「神宮寺家筆頭戦闘侍女、ユーカリ。参ります」
 言うや否や、病魔へと御霊殲滅砲を発射する。
「動きを止め、息を止め、生を止め……休んだらいいよ、オヤスミナサイ」
 そこへ、クレーエがIgnavus≪cornix≫を叩き込み、病魔の自由を奪った。
「行かせてもらう……覚悟しろ」
 動きの悪くなった病魔へと、楼芳が轟竜砲を撃ち込む。
「行くぜ、ティターニア!」
 そこへパトリックは走り込み、重力を宿した飛び蹴りを炸裂。追い討ちをかけるように、ティターニアが魔法を帯びたブレスを放射する。
「っく……どうせ叶わぬ恋なんだから、死んだって構わないじゃない!」
 叫びながら、病魔は祝福の矢で自身の回復を図る。
「そういうのを決めるのは、あなたじゃないのです!」
 ヒマラヤンは爆破スイッチ押し込む。派手な爆発と、カラフルな爆煙が辺りを包み込む。
「あばよ、病魔。ウィッチドクターの恐ろしさ、来世でも覚えておきな」
 そして爆煙を背に、クリスティンは右手を大きく左から右へと薙ぎ払いグラビティの刃を飛ばす。ピンクの病魔は切り裂かれ、消滅した。

●いのち短しとはよく言うもので
「大丈夫だったのです?」
 駆け寄るヒマラヤンに、部屋の隅で蹲っていた彼女は、コクリと小さく頷いた。
「ところで、『恋の病』って、倒したらどうなるのですかね? その人に対する恋愛感情が無くなったりするのです?」
 彼女の無事を確かめた後、ヒマラヤンは取り敢えず病魔について一番詳しそうなクリスティンに尋ねる。
「さぁなぁ……オレも、恋の病魔っつーのは初めて聞いたから」
 ケルベロスになる前も、なった後も。だから解らない、とクリスティンが首を横に振る前で、彼女が小さく首を振った。
「無くなってないの……でも、無くなればよかった。彼を好きになった所為でこんな病気になって……しかも、あの子が言ってたように、叶う見込みなんて無い恋なのよ。辛い想いばかり……もう恋なんて、したくないのに……」
 徐々に瞳に薄く幕が張り、重力に耐え切れなくなった冷たい雫は、つつぅ、と彼女の頬を伝う。ただでさえ、辛い恋だったのだ。そこへあの病魔がやってきて、彼女の身体を蝕んだ。
 だから、彼女が泣くのも、よくわかる。でも、だからこそ、伝えなければならない事も確かにある。
「好きな気持ちは、コントロール出来ないんだよ。年下だろうと、年上だろうと。年齢を理由に諦めて、それで忘れられるなら本物の恋じゃない。あなたが彼のことを好きな気持ちを忘れられないなら、その気持ちが本物だったって事なんじゃないかな」
 クレーエは、自分の愛する彼女を思い浮かべる。彼女と結ばれるまでにあった色々な事があった。だけど、今は結ばれて、幸せと言える。辛いことがあっても、乗り越えられるならば、きっと彼女は幸せを掴み取れる筈。
「ソウは恋愛には歳の差が決定的な要因にはならないと思うの! その気持ちは悪いものじゃなくて、凄く大切なものだと思うの! ふわふわした気持ちはそれだけでも良いの!」
 ソウは、彼女の両手をぎゅっと握って、訴える。恋というのは、とても素敵だと、伝えたい。その横で、ダンタツも同意を示すように彼女を見つめる。
「告白するのもそのままそっと仕舞うのも、貴女の自由なの。だけど、誰かに恋出来たって事実は否定したらかわいそうなの、貴女は頑張ったの! 偉い偉いの!」
 ソウの必死の訴えに、先ほどとは全く違う、涙が流れる。溢れて溢れて、零れる涙。
「ほんと? 恋するのは、悪いことじゃない? 私、恋して良かった?」
 縋るように尋ねる彼女に、ソウは大きく頷く。ダンタツもその後ろでソウと同じように、頷いていた。
「あのね、私もね、恋するのは良いことだって聞いたんだ。私、した事ないあらね、よく分からないんだけどね……色々話聞いてたら、すっごくポカポカ幸せになるんだ。だから、きっと良い事だと思うの」
 躊躇いがちに、だけどはっきりと彼女に告げる沙慈に、トパーズも横で縦に首を振る。その姿に、彼女は顔を歪めて、ぐずぐずと鼻をすすりながら涙を拭う。
「ありがとう……ありがとう、本当に」
 涙を必死に止めようとする彼女。その顔には生来持っていたのだろう明るさが僅かながら伺えて、先程まで蹲っていたのが嘘のようだ。
「相手が高校生なら、親が若いツバメとでも、って心配になるのもわかるな。だけどそこで、真剣な恋愛、大人の恋愛はこういうことだっ! って示たら、それで良いんじゃねぇか?」
 気持ちを立て直しつつある彼女に、パトリックが告げる。
「知り合いが別れろって言うくらいならいいが、好きな相手がどこか遠い所に行ってしまったりしたら、みんな不幸になっちまうんじゃねぇかな」
 可愛らしいスカートを履いたパトリックの言葉は、別の意味で少しだけ衝撃的で、彼女は目を瞬いて小さく頷く。
「オレの彼女も、少し年上だったから、年上が悪いって訳じゃねぇと思うぜ。もう、いないんだけどな」
 パトリックは、寂しそうにかさりと渇いた笑みを浮かべる。その様子に、彼女はハッとしたように背を伸ばす。
「みんなが笑えるには、どうしたら良いか……そこを冷静に考えられるのが、大人の恋愛ってもんじゃねぇのか?」
 そして、パトリックは励ましと応援の意味を込め、彼女の肩を軽く叩いた。
「恋愛に関しては門外漢なので、これといったお話は出来ませんが」
 彼女に一礼し、ユーカリプタスは続ける。
「パトリック様もおっしゃった通り、大人の女性なのですから、どうするかは貴女次第、自己責任です。相応のリスクもあるでしょう。そこを理解した上で、後悔のない選択を。私が言えるのは、それだけでございますね」
 毅然として告げるユーカリプタス。その言葉は、彼女に選択肢があることを伝えるものではあるが、諦めろと言っている訳ではない。それを理解した女性は、こくりと頷く。
「そう、ですね……後悔のない、選択……」
 確認するように、小さく繰り返す。

●彼女の想い
 少し考えて、彼女はもう一度口を開く。
「諦めたくは、無いです」
 ぽつりと溢れた言葉は、彼女の本音そのもので、今まで誰にも言えなかった恋心。
「諦めたく無いって思うんなら、当たって砕けるつもりでいかなきゃ。知ってる? 傷はね、綺麗に切れた方が痛みも少ないし痕も残らないんだよ。痛みを恐れて耐えたって、痛みが続くだけで痕も残るんだから良い事なんて無いんだ」
 諦めたくないと言う彼女に、クレーエはその背を押す言葉をかける。意思が固まったのであれば、あとは走り出す勇気があれば良い。
 リスクはある。しかし、告白する事が恐らくは彼女にとって後悔のない選択、なのだろう。それで例えもう二度と会えなくなったとしても、逆にうまく行ったとしても、彼女が一番後悔したくないと思っているのは、想いを告げずに終わる事。
「あのね、トパーズと一緒に折り鶴、折ったんだ。もし良かったら、お守りにどうぞ」
 沙慈の言葉に、ソウの手を握ったままだった女性ははっとして頭を下げながら手を離し、沙慈が差し出した折り鶴を受け取った。
「すごい……綺麗……」
 彼女は掌の上の折り鶴を見つめ、目を細める。その表情はとても柔らかく、沙慈は思わずにっこり笑う。
「勇気を出して頑張ってね。病魔は居なくなったよ、だから元気になる! もし、それでも苦しかったら誰かにすぐに相談してね。私でもいいよ、いっぱい聞くよ! トパーズも聞くよ!」
 沙慈の言葉に、トパーズはにゃあと答える。彼女を元気づけようとするその姿に、彼女の顔に笑顔が浮かんだ。
「ありがとう……大事にするね」
 そう言って、彼女は大切そうに折り鶴を両手でふわっと包み込む。
「その調子なの! 大丈夫、貴女が追い求めるなら、きっと素敵な恋愛が出来るの! ファイトなの!」
 みんなの話を、アホ毛をピコピコさせながら聞いて居たソウだが、彼女の笑顔を見てほっとする。きっと彼女はもう大丈夫。
「そうそう。この国じゃ、年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せって言葉があるくらい、年上の女性ってのは素敵なんだからさ……頑張れよ!」
 明るく笑う彼女に、クリスティンもエールを送る。
「リア充になれたら爆破してあげるのですよ!」
 ヒマラヤンは何やら物騒な事を言ってはいるが、彼女なりの応援なのだろう。
「じゃあね、ソウ歌うの! 応援なの!」
 ソウは宣言し、すうっと息を大きく吸い込む。歌は、人生短し恋せよ人類。勇気と情熱、前へ駆け出す活力を、彼女に。
 ソウの歌声が響く中、楼芳はほっと息を吐く。恋愛に関しては特別何か思う事がある訳では無かったので、仲間達にフォローは任せたが、正解だったようだ。彼の思って居たことは、殆ど全て仲間が言ってくれた。
 彼女の容態も安定しているようで、あんなに素敵な笑顔も浮かべられるようになった。無事、治ったのだろう。ならばこの後の事については、彼女の主治医に任せるべきだ。
 医師に病魔を倒した事を報告しなければ。そう思って、楼芳は歌声に包まれる病室から出ようと1人静かに扉を開く。一歩廊下へ踏み出した、その時。
「ありがとうございました」
 その背に、彼女の声が届く。
「気にするな」
 楼芳は一言だけ残し、病室から出て行った。
 彼の居なくなった病室は、尚も歌声に包まれている。
 歌に耳を傾ける彼女の表情は明るく、そしてその瞳には強い意思が宿っていた。
 明るい未来でも、例え辛い結果が待っていたとしても、きっと彼女は受け入れる事が出来るに違いない。

作者:あかつき 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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