●恋の病は不治の病?
「……はぁ……」
月夜の晩。机の上に用意したバレンタインチョコを乗せ、マリナは深いため息をついた。
(「タクミくん、受け取ってくれるかな……もし断られたら……でも……」)
巡る想いがぐるぐると脳裏を駆け巡る。
「マリナ、今朝から何も食べていないでしょ? 大丈夫?」
母親が部屋の戸を叩く。――返事がなかった。
「お粥を持ってきたよ。入るからね?」
戸を開けて、母親は衰弱しきったマリナの顔に驚くばかりだ。
「やだ、あんた顔真っ白だよ。とりあえず何か食べないと……!」
「う、うん……」
マリナは心配する母親を少しでも安心させようと、持ってきてくれたお粥に口を付ける。
「ッ、げほっ、ごほ、っか、かはっ……」
「マリナ!」
急いでマリナの背を擦る。お粥がダメならば、せめて水分だけでも取りなさいとスポーツドリンクを差し出したが、それすらもマリナは吐き出してしまった。だんだんと目の焦点が合わなくなり、嘔吐での消耗もあってかマリナはその場に倒れ込んでしまう。
「マリナ! マリナ!!」
母親が呼んだ救急車の音が、遠くに、聞こえた。
●ほんとうに、病
「今日、日本各地の病院から原因不明の病気について連絡があったんだ」
秦・祈里(豊饒祈るヘリオライダー・en0082)は眉を寄せる。
「胸がドキドキして、食べ物も飲み物も喉を通らないって症状なんだって。よく恋をするとそうなるっていうけど、物理的にだよ。本当に水も飲めない状態で、無理矢理飲もうとすると激しく咳き込んで吐き出しちゃうんだ」
実際に疾患した人はどうなったのかというと、点滴を受けることで命の危機は脱したけれど治療方法が判明せずに不安の中にいたそうだ。
「それで、この病気の症状を聞いた、アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)さん達が調査してくれてわかったんだけど……原因は『恋の病』という病魔だったんだよ。そういうわけで、この病魔を倒して恋の病にかかっちゃった人を助けてあげてほしいんだ」
祈里は病院の見取り図を見せると、説明を続ける。
「患者さんであるマリナさんは、病魔と戦闘しても問題ない部屋に運ばれているから、場所は気にしなくて大丈夫。皆の中にウィッチドクターがいればマリナさんから病魔を引き離して戦闘に入れるけど、もしいなくても連絡しておけば医療機関からウィッチドクターは派遣してもらえるから安心してね」
病魔なんだけど、と祈里はホワイトボードにサラサラとハートの弓矢を描く。
「こんな……ハートの鏃の弓を持ったキューピッドみたいな姿をしていて、弓で射かけて恋のトラウマを引き出す攻撃をしてくるみたいだね。気を付けてね」
祈里は顔を上げると、ケルベロス達へ視線を向ける。
「僕、胸が苦しくなるような恋はしたことは無いけど……それも大切な『感情』だと思うんだ。マリナさんもまさかそれが病魔なんてショックだと思うよ。この病の苦しみがトラウマにならないか……心配なんだ。恋をするのが怖くなっちゃうなんて、悲しすぎるから、病魔を倒した後は、どうかマリナさんのケアもお願いしたいな。――恋をしても、大丈夫だよって」
お願いね、と祈里は立ち上がり、ヘリオンへとケルベロス達を案内するのだった。
参加者 | |
---|---|
クロノ・アルザスター(彩雲のサーブルダンサー・e00110) |
ミリア・シェルテッド(ドリアッドのウィッチドクター・e00892) |
アイリス・フィリス(ガーディアンシールド・e02148) |
雷波・まかね(九歳で人生に負けた・e08038) |
幽川・彗星(剣禅一如・e13276) |
虹・藍(蒼穹の刃・e14133) |
黒須・レイン(小さな海賊船長・e15710) |
リリー・リー(輝石の花・e28999) |
●
「こ・い・の・びょ・う・き」
クロノ・アルザスター(彩雲のサーブルダンサー・e00110)は、はぁとため息をつく。
(「かかりてぇわちくしょう……。はー、今年のバレンタイン私は何もナッシング~」)
かかりたい。もちろん、それは純粋な『恋の病』についてだ。折角芽生えた気持ちを、後々トラウマにしかねないような病魔を許すわけにはいかない。
「恋の病魔なんて私たちがぶったおすっ」
クロノの声に、黒須・レイン(小さな海賊船長・e15710)は深く頷いた。
「大切な人の事を想う気持ちが病など、そんなことがあっていいはずがない!」
海賊船長がビシっとやっつけてくれる! そう言って、マリナが運び込まれた病室の扉を開けた。
「マリナの思いは無駄ではないのだ!」
マリナについていた医師が顔を上げる。
「ああ。あなた方は……」
リリー・リー(輝石の花・e28999)は、しっかりと頷くと安心させるように微笑む。
「ケルベロスだから安心してね」
「ありがとうございます、それでは、お任せしますね」
会釈をして部屋から出る医師。
「恋は病、とは言いますが、病魔になるんですね……。……病魔ってことは感染症なんでしょうか?」
ミリア・シェルテッド(ドリアッドのウィッチドクター・e00892)はうーんと首をひねる。
「気になりますが、詳しく調べるのは、病魔召喚して倒して、鹵獲したあとです!」
ぶん、ぶん、となんとなく素振りをするミリア。緊張しているのか、なんとなく動きがぎこちない。衰弱しきった様子で点滴を受けながら思い人の名をうわごとのように繰り返すマリナをちらと見て、幽川・彗星(剣禅一如・e13276)は呟いた。
「うんうん、中々に青春しているようですね……ま、蓋を開けてみればあまり笑えない事態なのですけども……さてさて、面倒ごとはさっさと片付けるに限りますね」
そして、ちら、とミリアへ視線を送る。視線は『では、お願いしますね』の意図が込められていた。
「だ、だだだ、大丈夫です! ききき緊張なんてしてません! こここ、こう見えても、倒した病魔の数は両足で数えられる……じゃない、両手じゃ数え切れないほどですし!」
おびき出したり、囲ったりということがない分余計なことを考えられる余裕があるためか、なんとなく緊張してしまっているのがバレバレだ。それでも、そこはプロだ。施術黒衣をまとい、ゆっくりとマリナへ近づいた。レインは手伝うことはないかと興味深そうにその様子を観察している。大丈夫、と頷いて、ミリアが静かにその手をマリナへとかざすと、ズズズ……と病魔が引きずり出されるようにその実体を現した。
●
にたぁり、と病魔は唇の端をゆがめる。虹・藍(蒼穹の刃・e14133)はその身から攻性植物をしゅるりと伸ばすと、病魔をひっとらえて叫んだ。
「恋、それは乙女の特権! それを邪魔する者この私が許さぬ!」
ぎりぎりと締め上げられつつも、ゆっくりと病魔はその手の弓を持ち上げる。
「安心してほしい、わたしは恋愛常勝無敗。したことないけど」
雷波・まかね(九歳で人生に負けた・e08038)は恋のトラウマなど無いのだから無敵です、よゆーよゆーとばかりにサムズアップをかましている。と。
「あーーーーー!!!」
ぶっすり。普通の矢を思いっきり射られてしまった。トラウマこそないもののめっちゃ痛い。ぶっすり矢が刺さったままのたうち回るまかねを見て慌ててクロノが前へ出る。
「全く! 病魔は恋する乙女に嫉妬したのかしら!」
エアシューズを走らせ、勢いよくその蹴りを病魔へと叩き込む。もう一矢、とつがえていた矢を取り落とさせると、クロノは宣言した。
「何にせよ彼女は解放してもらうからね!」
病魔は昏い笑みを浮かべるばかり。アイリス・フィリス(ガーディアンシールド・e02148)は、自らを含めた最前に立つ仲間たちへと紙兵を散布する。
「恋の病魔なんか、女の子として絶対許しません」
そして、従えたテレビウムへと声をかけた。
「カーネル!」
テレビウムは凶器を振り上げ、病魔へと躍りかかる。病魔は苦し気にうめきながら、その場に蹲った。今だ。彗星が抜刀する。
「ではまぁ、ちょいと本気出してぶっ殺すか」
いきますよ、とレインへ声をかける。レインがひとつ頷き、ずらりと刀を抜いた。
「合わせろ! 彗星!」
「病風情が、俺の前に立つな」
繰り出されるは、霹靂刀・禍津打。それに続くように、レインも刀を振りぬく。
「我が剣技! とくとご照覧あれ!」
病魔につけられた創傷が、十文字に赤をにじませた。悔し気に顔をゆがめながら、病魔は矢筒から矢をとる。
「リネット!」
万一何かが来ても問題ないようにと、リリーはウイングキャットのリネットへと指示を飛ばす。リネットは清浄の翼で後方支援を続ける仲間の周りを飛んだ。続くように、リリーもその翼でふわりと舞い上がる。
「くらえー! リィパンチなのー!」
その拳で、病魔を思い切り殴りつける。ぐらり、バランスを崩した病魔を見て、まかねはよし、と思った。先刻の彗星達の掛け合いを真似しよう。
「合わせて!」
「うん、任せて!」
友であるアイリスが頼もしくうなずく。――が。
「あいた!?」
ぶっすう。失恋の矢がアイリスにふかーく突き刺さる。ぐらり、催眠効果で頭がうまく回らない。
「アイリスー!?」
「にょわー!? お姉ちゃん!?」
たこ焼きにぷっささるつまようじよろしく、肩に矢がぷっささったままのアイリス。なんとか、テレビウムへ回復を要請する。
「……ッカーネル回復を!」
そんなカーネルが見せた応援動画はおいしそうなたこ焼きの動画。
「カーネル!? あなた喧嘩を売ってるの!?」
それでも癒されるものは癒されるもので。アイリスはしっかりと立ち、病魔と対峙する。
「大丈夫ですか!?」
ミリアは急いで負傷した仲間へとメディカルレインを降らせる。藍が、惨殺ナイフの刀身を病魔へと向ける。
「うっ、ぐ、ああ!」
病魔は苦し気にうめき声をあげながら目をぎゅっとつぶった。が、ただでやられるつもりもなかったらしい。
「!?」
藍が大きく目を見開く。かわす間もなく、恋のトラウマの矢を受けたのだ。
(「リリカルさや甘酸っぱさよ、どこに!?」)
がくんっ、と膝をつく。藍の抱える問題は『恋が全く発生しないこと』である。
「恋する乙女のキラキラ……羨ましい!」
ふふ、と昏い顔でうつむいたままそんなうわごとを言っている。このままだとまずい。ミリアは即座に駆け寄ってウィッチオペレーションを施した。
「う、……ありがとう……」
瞳の色が元に戻る。
「雪原を縦横無尽に奔る皇帝よ! 我が声に応え顕れ給へ!」
アイリスはペンギンのエネルギー体を砲台へ変えると、カーネルをむんずと掴んだ。
「いっけぇ!!」
先刻こちらをコケにしてくれたお返しとばかりに、カーネルを思いっきり病魔めがけて発射する。ごんっと痛そうな音を立て、病魔の頭部に命中した。
●
震える手で再度弓を構える病魔めがけ、クロノが怒号をあげる。
「させない!」
バキッ、と音を立て、病魔の胴体に破鎧衝がねじ込まれる。もはや矢を射るというより、投げつけるかのような動きになった病魔の矢を受け、まかねは叫んだ。
「ちょっ、まって! まって! まって! タイム!」
手元の携帯ゲームの一時停止ボタンを連打する。不思議と、病魔の動きが鈍るのが分かった。
「今だ!」
「空を駆ける白刃よ……!」
彗星が斬霊刀を振り下ろす。キィイッ、と金切り声をあげて病魔はその場に転げた。続いて、レインの小さな拳が地を裂かん勢いで唸りを上げ、叩きつけられる。まだ、と立ち上がろうとした病魔の眼前に突如現れたのはリリーだ。
「逃がさないの! リィキック! なの!!」
すぱぁん、と顔面目がけて回し蹴りを叩き込まれ、病魔は床へ再度沈む。
「貴方の心臓に、楔を」
藍の指先から、虹色に輝く星銀の弾丸が次々打ち出された。胸の真ん中を撃ち抜かれ、病魔はついに消えゆく。
「やはりわたしは恋愛常勝無敗……」
と、まかねが呟いた。それもそうだ。恋愛というステージで戦ってないからどっちかっていうと不戦勝である。と、その背後で、マリナがか細く声を上げた。
●
「あ……れ……?」
瞬きをして起き上がるマリナ。苦しくないことに気づいて、首を巡らす。
「はい、もう悪いやつはやっつけたから」
藍が柔らかく微笑む。
「悪い奴……?」
なんのことだろう、と首をかしげるマリナに、ミリアが説明する。
「ええと、あれは『恋をした人に憑く病魔』だったんです」
「び、病魔……」
マリナが不安げに瞳を揺らす。これ以上は説明しようがない。その動悸や食欲不振が異常性を持つものだったのは、すべて病魔のせいだった、それ以外わかっていることはない。何か下手なことを言ってチョコを渡す気をそいでしまっては大変だ。ミリアは少し、考え込んだ。
「今まで苦しいのは病魔のせいだからもう気にしなくて大丈夫。それに、恋して苦しいのと、病気で苦しいのとは感覚が全然違うはず」
ね、と藍が笑うと、マリナは自信なさげに曖昧な笑みを返した。
「先に素敵なこともいっぱい待ってるんだから!」
うん、とうなずくマリナ。その肩を、クロノが軽くたたいた。
「大丈夫だった~?」
「あ……はい」
「あーよかった。胸を焦がす程の恋とかって言うけどさ、ここまで酷かったらしゃれになんないわよねー」
いつも通りの馴れ馴れしさを前面に出す。けれど、それが今のマリナには救いになったろう。普通の女子同士の会話の雰囲気に、なんだか緊張がほぐれてふっと笑みをこぼす。
「恋で悲しんだり喜んだり一喜一憂できる事って素晴らしい事なのよ。全力で恋してね」
と、言うクロノは実はもう何年も恋なんてしていないのだけれど。いや、だからこそ、恋で浮き沈みする感情も尊いものとわかるのだろう。
「今回はまぁ……ああいうものが正体だったわけですけども……あんなものはただの紛い物です。本物の気持ちってやつは必ずあるはずですよ」
彗星がそっと声をかけてやる。
「本当の、気持ち?」
「恋の病は確かに作られたものですが……彼を選んだ気持ちは、あなたの飾り気のない気持ちだったのではないですかね」
「恋心は、本物……ですよ!」
ミリアが後押しするように言い切った。マリナは恥ずかしそうに、けれどしっかりとうなずく。
「ま、そういうわけで……懲りずに彼にアプローチしてみてもいいのでは?」
でも、できるかな。小さくつぶやいたマリナにアイリスはおずおずと口を開いた。
「えっと、マリナさん? あなたはとても強く誰かを想える素敵な人です。ですから、その、今回の事を後悔したりしないで」
ひょい、とカーネルを抱き上げ、動画を流すよう促す。
「ほら、カーネル。あなたも」
流れ出すのは、ポインセチアが花開く様子。
「わぁ……!」
きれいですねぇ、とマリナは顔を綻ばせた。ポインセチアの花言葉は、『祝福』そして『幸運を祈る』アイリスの願いが、込められている。リリーは、そんなみんなの話を聞きながら恋はまだよくわからないけれど、きっと素敵なもの、いいなぁ、と思いながらマリナへ声をかけた。
「恋をしてる人ってね、みんなとっても綺麗なの」
それは、このバレンタインに身近な人が恋をしているのを見てきたから。
「恋ってね、本当は綺麗になれる幸せの魔法なのよ。今回、とっても怖い思いしちゃったけど、リィは、マリナさんに幸せの魔法にかかってほしいなって思うの」
「……幸せの魔法、かぁ」
「大丈夫、きっとうまく行くのよ」
にこ、とリリーが笑うと、つられてマリナも笑顔になった。
「行動しなきゃ何も始まらないぞ! やってみたら意外となんとかなるもんだ!」
レインが元気よくそう断言する。そして、はっとして思いやるように言葉をつづけた。
「……少なくとも、その想いは無駄ではない。海賊船長が保証してやろう」
優しい笑顔に、マリナは頷く。
「うん……ありがとう、そう、だよね。やってみなきゃ、だよね!」
「恋をすると乙女は強くなるってね! 障害を乗り越えた分だけイイ女に磨きがかかるのさ!」
想い人に惚れられちゃうかもよ、なんて藍がいたずらっぽく笑う。そうは言っても、自分は恋に縁遠いのだけれど。それはおくびにも出さないで。
「大丈夫、チョコは正義なの! 絶対に、絶対にうまくいくなのよ!」
だから、あきらめないで。その思いを、ケルベロスたちはマリナへ伝える。病魔に負けぬほど、強い想いをもってして、恋をして、と。
作者:狐路ユッカ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年3月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
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