舐め通せ、金太郎飴!

作者:吉北遥人

●飴噛み砕く奴絶対許さない明王
 硬く激しい咀嚼音が響き渡るのに伴い、会場もヒートアップしていく。
『金太郎飴早食い競争』。運動公園の一隅で開催されたそれは、当初の予想を上回る盛り上がりを見せていた。カリスマフードファイター・金太郎飴のガクさんが三秒に一本のペースで食べるパフォーマンスで観客を沸き立たせる。
「ボリボリボリボリとやかましいんだよ……」
 そのとき、悪意のしたたる囁きが観客席を横切った。
「飴は最後まで舐めて舐めて舐め回すもんだ! 噛み砕くなんざ邪道だ!」
 叫びながらステージに乱入したビルシャナが、唖然とするガクさんの口に金太郎飴を一ダース突っ込んだ。


「……」
「どうしたんだい三十六式?」
「……いや」
 ひとつ息を吐いて、殻戮堂・三十六式(祓い屋は斯く語りき・e01219)は気怠げに首を振った。
「前にもどこかでこんなビルシャナを倒した気がするんだがな……」
「ああ、そういうことか。まあねー、たとえばマイナージャンルでも世の中探せば同好の士っているものだからね。それでその、飴を噛み砕くのを許さないって言ってるビルシャナだけど」
 くすりと笑んでからティトリート・コットン(ドワーフのヘリオライダー・en0245)は説明を再開した。
「ビルシャナに連れられた一般人は六人。公園のイベント会場でビルシャナと一緒に暴れてるよ。こう、逃げ惑う人を捕まえては金太郎飴を食べさせて」
 言葉にするとたいしたことないような気もしてくるが、喉に詰まったりしたら危険だし、けっこう深刻だ。
 事前に会場の人たちを避難させたら、ビルシャナたちは現れなくなってしまい、予知では捉えられなくなる。したがってケルベロスの介入は、ビルシャナたちが会場に乗りこんでくる直前がベストタイミングとなるだろう。
「一般人たちはだいぶビルシャナに心酔してて、ずっと金太郎飴を舐め続けてる。だけど、うまく説得すれば配下化を阻止できるよ」
 飴舐めの教義をどう捨てさせるか。理屈だけの説得では聞き入れられるか難しいので、インパクトある説得を考えるのも大事だ。
「大変だけど、死んじゃわないよう気を付ける必要があるけど説得(力技)って最終手段もあることだし、ミスを恐れず説得内容を考えてみてね」
 ティトリートの激励にまたひとつ息を吐いて、三十六式は呟いた。
「突きつけてやるか。いいかげん舐めるのもたいがいにしろ、とな」


参加者
ミズーリ・エンドウィーク(ソフィアノイズ・e00360)
ルヴィル・コールディ(黒翼の祓刀・e00824)
八千代・夜散(濫觴・e01441)
光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)
村正・雨(は働かない生き方を探している・e02306)
皇・絶華(影月・e04491)
綺羅星・ぽてと(一番星・e13821)
柔・宇佐子(ナインチェプラウス・e33881)

■リプレイ

●金太郎飴早食い競争
 歓声が、公園に到着したケルベロスたちのもとまで聞こえてきた。
 参加選手のパフォーマンスに観客がどよめいている。だが観客たちはステージに注目するあまり、背後から近づいている不穏な集団――ビルシャナと六人の信者たちにはまったく気が付いていない。
「ビルシャナってどーしてこうアレなやつばっかりなんだろーな」
 ミズーリ・エンドウィーク(ソフィアノイズ・e00360)としては「もうちょいいろんなコトを楽しんでいけば?」と思うところだが、今はとにかく分からず屋なビルシャナに退場して貰わなければ。
 乱入したビルシャナがわめきだしている。駆けつけながらミズーリは、ざわつく観客席に声を飛ばした。
「ケルベロス参上だ! あのうるさい奴はあたしたちが何とかする!」
「今からちょーっと邪魔者を懲らしめちゃうから、みんなここから離れて待っててね☆」
 続けて光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)も呼びかけ、観客たちが腰をあげた。睦のフェスティバルオーラにあてられたためか、先ほど盛り上がってたテンションのまま「ありがとー」「負けないでねー」と余興感覚で会場から歩き去っていく。緊張感が薄い。
「駆け足」
 皇・絶華(影月・e04491)がハッパをかけた。
「おにいさんたちも、逃げるのよ」
 ゆるふわうさぎ、もとい柔・宇佐子(ナインチェプラウス・e33881)がテーブルをばんばん叩いて大会参加者たちを追い立てた。隣人力発揮中の村正・雨(は働かない生き方を探している・e02306)が持参した飴を彼らに手渡して避難を促す――楽な仕事だ。
「おい、なにそいつら逃がしてんだ!」
 やや慌てたように怒鳴り込んできたのは信者一般人たちだ。観客たちを追いかけていきかねない信者たちを食い止めるべく、ルヴィル・コールディ(黒翼の祓刀・e00824)が進み出る。
「待った、俺たちの話をうわっ!?」
 信者たちの顔を見て、ルヴィルの声が上擦った。
 全員、顔が似ている。部分的な差異こそあれど、金太郎飴を切ったように似たり寄ったりな強面が六つ、相対するルヴィルに凄んでくる。
「なにが『うわっ』だ。ワシらの顔に何かついてんのか!?」
「ああいや、ひとまず俺たちの話を聞いてほしい! 金太郎飴をなめつづける、いいな! 最後まで味わえそうな感じがするよ」
「おっ? お前、わかっとるな」
 感心したように信者たちが破顔する。
 引きつけるのはとりあえず成功したが、その代わり、同じような顔六つに迫られるという妙なプレッシャーがルヴィルを襲う。
「飴は最後まで舐めてナンボだからな。どうだ若いの、お前も――」
「最後まで舐めろ? その長ーい金太郎飴をまるまる一本?」
 饒舌に勧誘を始めた信者男性に水を差したのはルヴィルではない。ジト目になった綺羅星・ぽてと(一番星・e13821)が口元に冷ややかな邪笑をたたえる。
「本当かしらね~? 嘘くさいなぁ~……実際にやって見せてよ」
「おう嬢ちゃん、ナメるのは飴だけにしとけよ」
 嬢ちゃんと呼ばれる年齢でもないのだが訂正する義理はない。信者たちが挑発に乗って金太郎飴を咥えるのを、ぽてとは審判よろしくチェックする。
「ヘェ、どのくらいの時間で舐めきれるのか参考に時間計らせて貰おうじゃねえの」
 八千代・夜散(濫觴・e01441)がスマホのストップウォッチを起動し、同時に信者たちが一斉に飴を舐め始めた。
 六人の男たちが猛烈な勢いで金太郎飴を舐めるのを、ケルベロスたちとビルシャナが静かに見つめている。なんだこの光景。
 ここで信者が舐めずに観客を追おうものなら、「やっぱできないのね?」と煽ったり、説得(物理)で意識ごとリタイアさせたりするつもりだったぽてとだが、幸か不幸かその展開にはならなかった。
 信者たちは存外、真面目だった。

●歯を立てる時
 いや、本来の目的を忘れて飴に熱中するのをはたして真面目と言っていいのかは微妙だが。
「十五分経過――」
 夜散がタイムを読み上げたとき、信者の一人が快哉をあげた。
「よっしゃ舐めきったぜ! どうだ見たか!」
「もっと早く舐め終われ!」
「ッ!?」
 悲鳴をあげて転がった信者を、殴った絶華――手加減はした――は冷たく睨みつけた。
「どれだけ待たせる気だ! だいたい貴様らは何のためにここに来た! 参加者も観客もとっくに逃げたぞ!」
「なっ、ワシらとしたことが!」
 ようやく現状に気付き、信者たちが愕然とする。ぽてとが金太郎飴を口に咥えながら肩をすくめた。
「ぶっちゃけ、こういう急な用事があるときは噛んじゃった方が無難じゃない?」
「なんだと!?」
「なんてこと言いやがる!」
 金太郎飴を噛みながら言い放ったぽてとに、信者たちが色めきたつ。
「噛まなきゃいけないときってあるのよ」
 彼らの袖をくいくいと宇佐子が引っ張った。
「たとえばそうね、会社の偉い人から電話がかかってきたときに飴をぺろぺろ舐めてたら『舐めてんのか!』って言われちゃうのだわ。それに『飴舐めてます!』って返したら『仕事舐めてんのか! クビだ!』ってなっちゃうのよ」
「そりゃあ……そうなるわな」
「噛んでごっくんしなきゃね」
「ごっくんだな」
 飴舐める以前のレベルな凄まじいインパクトな例えに、信者たちが首を縦に振った。金太郎飴を噛み砕こうとして――思い直したように舐める。
「いやダメだ! 噛むなんざ無理だ!」
「というかその、なめつづけてるの疲れないか? 俺は疲れる!! 好きな食べ方すればいいじゃん!」
 ルヴィルの訴えに信者たちが、そうは言うけどよ若いの、的なため息を吐く。
「疲れはしねぇが、まあ、続けると舌がひりついて痛くなるな。あれだけは辛い」
「だったら途中から噛めば……」
「噛むと歯が痛ぇんだよ!」
 六つの強面がぶわっと泣きだした。よほど辛いのか涙ながらの叫びには無視できない響きが宿っている。それはそうと泣きながら六人でルヴィルに迫っていくのはやめていただきたい。
「それは貴様らの顎が弱っているからだ!」
 強い口調で断じたのは絶華だ。集中する六対の視線に怯むことなく論を展開する。
「顎が弱ればどんどん顎が細くなり歯並びは崩れ……最終的にはよけいに見苦しいことになる。だが! 金太郎飴をしっかり噛んで顎を鍛えれば! 噛む力が高まり更にその分脳は活性化され! パワーと叡智を両方得ることができる!」
「パワー……」
「え、叡智……?」
「そのためにはまず舐めるという軟弱な行為から脱し、噛むのだ! しっかりとな! 母の言葉を思い出せ! 牛乳だって噛むものだったろう!」
 そういえば昔そんなことを言われた気がする。絶華の力強い主張に打たれたように、涙の奥で信者たちの瞳が揺れた。
「飴を噛むといい事があるって知ってるか?」
 その背を押すように夜散が語りかけた。
「ストレスの多い現代社会、飴を噛むことでストレス発散になるらしいぜ。更には真逆だが、噛むと力が湧くから、ここぞというタイミングで飴を噛むといいンじゃねえか」
「おい、ワシらに噛ませたいからってそんな……」
「適当なこと言ってる、って思うだろ? 違ェんだよなァ。心理学に基づく確かな情報だぜ」
 実践してみるか、と夜散が雨からキャンディを受け取る。だが包装紙に『鴨南蛮キャンディ』とあるのを見るや、すぐに突き返した。今は冒険してる場合じゃねェ。
「こういう得な情報を聞いても、飴は舐めるものって思うか?」
「ワシは……ワシらは……!」
 穏やかに訊ねる夜散の前で、信者たちは意を決したように金太郎飴に噛みついた。
 歯と飴が触れ合う固い音がする。だが噛み砕けない。金太郎飴はたしかに固いが、一生懸命食いしばっても割れないという物ではないはずだ。絶華が指摘した通り、顎弱すぎか。
「なかなか噛めないなら」
「こっちの飴を食べてみる?」
 苦労する信者たちを救うように、ミズーリと睦がそれぞれカラフルな飴を差し出した。

●飴噛み砕く奴絶対許さない明王、参戦
 睦が三人の信者に渡した飴は、デザインは金太郎飴のようでも感触がまったく違っていた。バルセロナ発祥のフルーティなキャンディだ。
「ピーチもイチゴもブドウも美味しいよっ!」
「お、おい、言いたいことはわかるが、急かすなよ」
「え、そんな早く食べられない? じゃあ噛んじゃえばいーじゃん! この飴、シャリシャリ食感が楽しーんだよ☆」
 睦の言葉に信者たちが顔を見合わせ、同時に噛む。
 シャリッ。
 ふんわり瑞々しい桃を食べた感覚が信者たちの脳を駆け巡る。
「噛めばいろんな味を短時間で味わえるからいいよね。どんどんおかわりしてね!」
 他方、ミズーリももう三人の信者たちに飴を配っていた。自らもまた口に含む。ひと噛みすると柔らかく崩れ、甘さが舌に拡がっていく。
「舐めてもあんまり美味しくないケド、噛むと食感が嬉しいヤツだ! ほーら美味しいぞー!」
「な、なんだこの口溶けは!」
 力を入れずとも味わえる食感に、信者たちはもう落ちていた。まるで子供に戻ったように甘味を楽しむ――。
「ハッ、わかってないな。そういう歯応えない飴こそ、噛まずに舐めきったときの快感が凄いってのによ!」
 嫌みったらしく鼻で笑ったのはここまで静観していたビルシャナだ。睦とミズーリに近寄るや尊大な仕草で翼を広げる。
「おい、俺にもその飴をよこしな。舐めきってやるよ」
「あんたにはあーげない! 分からず屋にあげる飴は持ってないぞー!」
「なっ、てめぇ!」
 ひったくろうと振るわれた翼をギターではたき返しつつ、ミズーリはさっと後退した。
「にしてもあんた、ずいぶん静かだったな? 正直、存在を忘れかけてたぞ」
「信者たちが飴を舐めるのを邪魔したくなかったんでね。ぶっちゃけ、その姿に感動していた」
 痛そうに翼をぷるぷる震わせながらビルシャナがわけのわからない答えを返す。しかし今、信者たちを眺める目に灯るのは、感動と言うには剣呑すぎる光だ。
「だがもうてめぇらは破門だ! もろとも始末してやらぁ!」
 ビルシャナが叫んだときには、その爪先では小さな鐘が澄んだ音を奏でていた。寸前でルヴィルとテレビウムのくしくしが六人の信者を押し倒していなければ、被害はケルベロスだけに留まらなかったかもしれない。
「死ね死ね死ね! 飴を噛み砕く輩は死んじまえ!」
「たかが飴の食べ方くらいで周りに迷惑かけんなっ!」
 ミズーリの演奏が、まとわりつくトラウマを追い払ってくれるのを感じながら、睦は腕を振りかぶった。直後、顕現したノコギリ状の刃を荒々しく振り回し、ビルシャナの横腹を切り裂く。
「ぐぉ……!」
 よろめいたビルシャナを、今度はぽてとのハンマーが襲う。斬られたのと反対の腹を殴られるビルシャナだが、その爪には鐘がしっかり握られたままだ。
「こ、こいつでまとめて――」
「お前みたいなビルシャナが居たら悪い世界になるンで、消えてくれ」
 二つの銃声は重なり、一つとなって響き渡った。夜散の弾丸は鐘を弾き飛ばし、同時にビルシャナの眉間も精確に撃ち抜いている。
「他人に迷惑をかけちゃだめなのよ!」
 タッタッタと駆けてきた宇佐子がビルシャナの顔の位置まで跳び上がった。ゆるふわならぬてっけんぱんちが、子供には聞かせられないような重い音をたててビルシャナの頬にめり込む。
「な……なんで、こんな飴を舐めきらん連中に、負け……」
 入院不可避な一撃に、仰向けにどうと倒れるビルシャナ。その口に何かが差し入れられた。
「そんなことを言うのは、貴様自身にパワーが足りないからだ!」
 絶華がビルシャナの口に投入したのはチョコレート。曰く、食べた者に超強化を施す回復グラビティらしい。
「刮目するがいい! 内側からあふれ出る圧倒的なパワーにな!!……あれぇ?」
 カリッ、と小さな音がした直後、内側から膨らむようにビルシャナが爆散した。さらさらと光の粒子になって消えていく明王の残り羽の中、絶華だけが当惑したような顔で、ぽつりと呟いた。
「……舌に合わなかったか?」

●続・金太郎飴早食い競争
 会場には、また活気が戻っていた。
 修復が済んだところで、ミズーリが大会関係者に連絡したのだ。
「タノシミは皆で共有しないと、だからな!」
「これで此処も平和になったな」
 ミズーリに頷いて、夜散は周りを見渡した。
 まもなく再開される競争を前に、観客たちは期待を隠せないでいる。その中には六人の元信者たちの姿も混じっていた。さらにはゆるふわうさぎ、もとい宇佐子が観客席で優雅なぺろぺろきゃんでぃーたいむを過ごしていた。
「ところで、用意してた飴が余ったんですけど、よかったらどうぞ」
「……うん、いらないかな」
 雨から差し出された飴を、ぽてとが丁重に遠慮する。ボルシチキャンディってなんだ。
「てか金太郎飴早食いとか初耳なんだけど! 私も観戦してっていいかな?」
「よろしければ参戦もしていただけないでしょうか?」
「え?」
 楽しみに会場を注視していた睦に声をかけたのは、大会スタッフだった。聞けば、参加者が数名ほど棄権したのだという。
 そういえば、避難の際に雨からキャンディを受け取った参加者たちの姿が見当たらない。
「そういうことなら私が出よう」
 絶華が立候補する。闘いにおいては早くしっかり噛んで消化するのも修行の一つ。金太郎飴はそれにもってこいである。
「金太郎飴って食べたことあったかな……」
 ルヴィルも手を挙げる。ちょうど金太郎飴を舐めて帰ろうと思っていたところだ。
 ケルベロスたちの登壇に、会場の盛り上がりが加速した。

作者:吉北遥人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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