恋の病魔事件~遠くへ行ってしまう先輩

作者:陸野蛍

●少女の胸は……
「……はあ。……先輩もうすぐ、卒業しちゃう。……胸、苦しいな。……告白なんて絶対無理だし」
 少女は学校の制服のまま、机に肘を付き溜め息を吐く。
「美幸ー! 夕御飯よー!」
「……いらな~い」
 階下の母親の声に美幸と呼ばれた少女は、声を振り絞って答える。
「……ご飯なんて、食べられる訳無いじゃない。……辛くて、飲み物も喉を通らないんだから。……先輩が居なくなっちゃうんだよ」
 青白い表情で、美幸は呟く。
 ……1時間後。
「美幸! いい加減にご飯食べなさい! 今朝も何も食べなかったでしょ! 倒れちゃうわよ!! !? 美幸!?」
 美幸の母親が美幸の部屋の扉を開けると、そこには椅子から転げ落ち意識を失った美幸の姿があった。
「…………先輩」
 うわ言の様に呟く美幸が救急車に運ばれたのは、その10分後だった……。

●恋愛未満のヘリオライダーからのミッション! 恋の病を撃破せよ!
「よっす、みんな! 今年のバレンタインは上手くいったか?」
 恋の花咲くバレンタインと言う日でも相変わらず『自分には関係ない』といった様子で無邪気に大淀・雄大(太陽の花のヘリオライダー・en0056)は、ケルベロス達に笑顔で聞いてくる。
「まあ、そんな恋多き今日と言う日なんだけど、みんなには、お仕事を頼みたい。本日、日本全国の病院から原因不明の病気についての連絡があった。この病気にかかるのは、誰かに純粋な恋をしている人みたいで、その症状は『胸がドキドキ苦しくなって、食べ物も飲み物も喉を通らない』と言うものなんだ。これは、比喩表現では無く、本当に物理的に水すらも喉を通らなくなるらしい。この病に羅漢した患者は、意識があっても、無理矢理飲食物を摂取しようとした場合、激しく咳き込んで吐き出してしまうと言う状態らしい」
 病院に運ばれた患者達は、栄養の経口摂取が出来ない為、点滴を受ける事で、栄養摂取をしているが、意識を失ったままの者も多く、現代医療での治療方法も解明していないとのことだ。
「で、この病気の症状を聞いた、アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)達が調査に乗り出してみた所、原因は『恋の病』という病魔である事が分かった。みんなには、この病魔『恋の病』を物理的に倒し、患者の回復を助けて欲しい」
『病魔召喚』を使えば病魔自体を患者の身体から出し、グラビティでの攻撃が可能になる。
 医学の力で直せないのであれば、ケルベロスが直接撃破するしかないと言う事だ。
「既に各地の病院に運ばれた患者達は、病魔と戦闘可能な病室に移してある。病室の被害は考えずに戦闘してくれていい」
 ヘリオンに乗るメンバーにウイッチドクターが居ない場合は、戦闘には向かないが『病魔召喚』が可能な病院専従スタッフが変わりを務めてくれると雄大は付け加える。
「みんなに治療をお願いしたいのは、神奈川県在住の中学2年生、泡沫美幸と言う少女だ。さっきも言った通り、点滴で栄養摂取はしているけど、飲食物を一切摂取していなかった為、現在意識を失い眠り続けている。彼女の友達の話では、美幸は一つ上の先輩に恋心を抱いていたらしいんだけど、その相手ってのが、中学卒業後、スポーツ推薦で九州の高校へ進学してしまうらしい。それが恋の病の発症原因だと思われる」
 中学生にとって、好きな相手が急に自分の知らない遠くの地へ行ってしまうと言うのは一大事である。
『恋の病』にかかってしまうのも、仕方ないことなのかもしれない。
「みんなに治療……物理的に撃破してもらう『恋の病』のデータを説明するな。外見は、アイドル風制服を着た少女の姿をしていて、喋れる訳じゃないけど、自分が悪い事をしているとは全く思っていないって感じだな。ほら、寝てる間は現実を見なくていいじゃん? 眠ったままの方が幸せって『恋の病』は考えているんだろうな。それで衰弱死しちゃったら、元も子もない訳だけど……。話が脱線したな。えっと、攻撃方法は、手にした弓でのハートクエイクアローとヒールとして祝福の矢。あと、桃色のトラウマボールを使用可能で、恋愛関係のトラウマを刺激される可能性が高い。みんなにも思い出したくない事の一つや二つあると思うから、気を付ける様にして欲しい。戦闘能力としては然程高くないから、ダメージを受ける前にサクッと撃破しちゃってくれ」
 ケルベロス達は、現実逃避する為の病魔と言うのも中々悪意があると感じてしまう。
「本来なら病魔撃破までがみんなのお仕事なんだけど、この病には後遺症が残る可能性がある。簡単に言うと、今回の病の所為で、恋に対して恐れを抱いてしまう可能性だ。可能なら、病魔から救った美幸が恋に臆病にならない様に、そして今の恋にも前向きになれる様に、アドバイスやフォローをしてくれると助かる」
『俺じゃ、なんのアドバイスも出来ないからな』と雄大は苦笑いを浮かべる。
「とにかく! 折角の恋の季節! 病魔なんかに邪魔されちゃたまったもんじゃない! みんなの恋が、春に花開く様に頑張って来てくれ♪」
 言うと雄大は、大輪の花が咲いた様な元気な笑顔をケルベロス達に向けた。


参加者
安曇・柊(神の棘・e00166)
ヒスイ・エレスチャル(新月スコーピオン・e00604)
ジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
円谷・円(デッドリバイバル・e07301)
雪村・達也(パーフェクト不幸を継ぐ者・e15316)
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)
長谷川・わかな(はんにゃーガール・e31807)

■リプレイ

●召喚
「恋の病かぁ……そのくらい熱くなれること、想いがある事は……ある意味、凄いことだよ、ね」
『蓬莱』を胸に抱き、語りかける様に言う、円谷・円(デッドリバイバル・e07301)。
 円達ケルベロスの眼前には、眠り姫となった少女『泡沫美幸』が簡素なベッドに横たわっている。
『対病魔戦闘用病室』近年、ウイッチドクターの増加に伴い、この様な病室を設置する病院も増えている。
「……恋は孤独の悲しみ。……あなたがいないことがつらいのだと……一人悲しく想うことって聞いたことあるっす」
 何処となくアンニュイに、篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)が呟く。
 普段の彼を知る、 雪村・達也(パーフェクト不幸を継ぐ者・e15316)と長谷川・わかな(はんにゃーガール・e31807)は、その呟きを聞いて顔を見合わせる。
『何か悪いものでも食べたのではないのかと……』
「……早速始めますわね」
『病魔召喚』を担当する事になった、琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)が仲間達に視線を送れば、それぞれ頷き返す。
(「俺は、色恋には疎いと思うし、どれだけ力になれるか……。せめて病魔の撃破に貢献しよう」)
 達也は心の中で呟くと、右腕の地獄の炎を燃え上がらせる。
(「……初めての病魔との戦い、ちょっと緊張しちゃうなぁ。でも、私もウィッチドクター。……まだまだ未熟なのは分かってるけどけど、精一杯頑張ろう!」)
 わかなは目の前の美幸を見て更に、その想いを強くする。
 美幸自身の想いが呼んだ病魔だったとしても、必ず救ってあげたいと、わかなは切に思う。
(「……恋の病に患わるから恋をするのかな? ……それとも恋をしたから患ったのかなな? よく分かんないけど、彼女が元気になれるように……病魔を退治しないとね。エーデルワイスの名の元に!」)
 10代も終わりに近づいている乙女のジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458)だが、ケルベロスとしての生き様、そして趣味に生きて来た為、愛する人を思って眠れなくなる様な事は無かった。
「では、いきますわよ!」
「……う、うん。……淡雪さん……その、よろしく……」
 淡雪の言葉に、安曇・柊(神の棘・e00166)は、おどおどした様子で返事をする。
 そんな主人を『冬苺』は『しっかりなさい』とでも言っている様な瞳で見るが、冬苺の雪の様な真白の毛並みは主人をそして……目の前に居る少女を護る為、粉雪の様なグラビティ・チェインを輝かせる。
(「……そう、だよね。……病魔が……出たら、すぐに、カバーに入らないと……美幸さんを、安全に……避難、させられない……よね」)
 冬苺の凛とした佇まいを見、柊も茶の瞳でしっかりと、美幸と淡雪を見る、
「淡雪さん、いつでもどうぞ。呼び出したあとは段取り通りにしますから」
 笑みを浮かべそう言う、ヒスイ・エレスチャル(新月スコーピオン・e00604)は、既に攻撃グラビティを放つ為に集中を済ませている。
(「今回の病魔がどうかは分かりませんが……患者の身体から引っぺがす最中に暴れ出した個体もいましたからね……油断は出来ません」)
「では……少女に取り付きし病魔よ……姿をお現しなさい!」
 叫びと共に淡雪の掌から放たれた病魔召喚の力は、ピンクのもやを発生させ、可愛い制服姿にキューピッドの矢を手にした病魔『恋の病』を顕現させた。

●病
 現れた病魔は楽しそうに笑顔を浮かべていた。
 すぐに、柊が美幸と病魔の間に割って入り、ヒスイが乳白色の瞳から淡い光を零れ落とす。
「悪戯が過ぎましたね。夢を見るのはお仕舞にしましょう」
 翡翠色の光は雷となって、恋の病を襲うと恋の病の奥底に水晶化の力を流し込む。
 だが恋の病は、笑みを浮かべたまま弓を構え、もう一度美幸の中に潜り込もうと身体を反転させる。
「そうは、いきませんわよ」
 淡雪は言うと、美幸の肩を抱きベッドを蹴り、患者避難用の専用個室へとジャンプする。
「おっと、ここから先へは行かないぜ。お前が彼女の中に潜り込む事は二度と無い」
 背を向けた淡雪を庇う様に達也が前に出ると、手にしたスイッチを押し、恋の病の身体に爆発を起こす。
「達也さん、続くっす」
 オウガメタル『体現装悟』を拳に集約すると、佐久弥は恋の病を力の限り打ち据える。
「佐久弥さん、達也さん、私も頑張るから……絶対勝とうね!」
 信頼する仲間に声をかけ気合いを入れると、わかなは流星の軌跡を描き、恋の病を下から蹴り上げる。
「蓬莱! 聖なる羽ばたき、お願いだよ。私は全力でこの病を打ち砕くから!」
 蓬莱に護りの力を要請すると、ハンマーを振り被り、円のゆるふわな印象を覆す、生命の『進化の可能性』を奪う冷気を纏った重い一撃で恋の病を吹き飛ばす。
(「みんなの恋のお話は楽しく聞けるけど、私はまだ、あんまりピンとこないんだよ、ね。けど、こんな病魔を生み出すってことは、きっと強い想いなんだよね。ひょっとして……すごく危ないものなのかも。だけど……だから、恋する想いは尊いのかな?」)
 ロングのブロンド、翠の輝きを持つ瞳、可憐な容姿を持つサキュバス……それが円なのだが、今はまだ恋以外の楽しい事に夢中である事を自覚している。
「ぼ、僕も……遅れをとれない……から、いくよ……冬苺」
 表情こそ自信なさげだが、病魔を撃破すると言う強い意志だけは強く胸に秘め、柊が刃の如き回し蹴りで恋の病の衣服を切り裂けば、主人の意志に従う様に冬苺は美麗な動きで聖なるリングを恋の病に撃ち出す。
 その時、恋の病は矢尻がハートの矢を弓に番えると、ヒスイに向かって撃ち放つ。
 それに気付いた柊は、攻撃した直後にも関わらず、身体を反転させ、自身の肩口に矢を受ける事でヒスイを庇う。
「鎧装天使エーデルワイス、ヒーラーモード! いっきまーす!」
 病室に響く声で叫ぶと、ジューンはケルベロスコートを脱ぎ捨てオウガメタルのがコントラストになったフィルムスーツ姿になると、柊を『自由なる者のオーラ』で包み、肩口の出血を止める。
「美幸様の避難完了ですわ。……恋の病の治療を本格的に始めると致しましょう」
 病にすら罹患するウイルスカプセルを投げ込み、淡雪が強く宣言する。
 ケルベロス達は、病魔撃破と言う名の外的要因の治療を本格的に開始するのだった。

●治療
「義理チョコ渡しただけなんだよー! なんでバレンタインの季節はみんなラブフェロモンに過剰反応するのー!?」
 わかなの脳裏に小学生の頃のバレンタインの光景が過る。
 ……自分は、まだ恋に恋する年頃だった。
 だから、本命なんていなかった。
 けれど、若菜から香り出すラブフェロモンはチョコを渡した男の子達を勘違いさせ、最終的にクラスのリーダー格の女子のグループに総攻撃を受ける事になってしまった。
「そんなつもりじゃなかったもん!?」
「わかなさん、しっかりして!」
 ジューンのオーラが、わかなのトラウマを取り除けば、わかなの視界はクリアになる。
「……もう、怖かったんだよ!」
 恋の病へ、怒りをぶつける様にわかなは『鉄鍋』を横へと振り被る。
「これで決めるよ!  当ったれー!!」
 それは、加速させただけの重い一撃。
 だが、その一撃はシンプルが故に恋の病に大ダメージを与える。
「わかな! 下がれ! 佐久弥! 連撃で繋げるぞ!」
 達也の言葉でわかなが射線を開くと、ナイフを手にした達也が恋の病の傷口を抉る様にナイフを押し込む。
「俺の最大火力いくっす。巻き込まれないで下さいっすよ、達也さん」
『“以津真天”』『“餓者髑髏”』二振りの鉄塊剣を変形合体させ、巨大な剣とすると、佐久弥は炎血を噴出させ纏うと、その一撃を恋の病にぶつけ爆発させる。
「恋の病とは上手い事を言ったものですが……。現実から引き離して眠らせる事が幸せという理屈は、ちょっと無理やりすぎますね」
 光の剣を素早く袈裟に奔らせると、ヒスイが言う。
「……お痛が過ぎたって事ですよ」
 蓬莱と冬苺のリングが同時に飛べば、恋の病の表情から笑みが消える。
「病気が笑っていい筈ないんだよ。病気は辛いもの、なんだよ!」
「病気……に、なってたら……辛いから……少しでも、助けてあげたいんだ」
 雷を纏った円の槍が恋の病のハートを貫けば、柊の魔を降ろした拳が恋の病の胸に打ち込まれる。
「そろそろ、あなたのお相手も飽きましてよ。ですから……ちょっと実験に付き合ってくださらない? 大丈夫痛いのは最初だけですから!! ねっ♪」
 魅惑的に囁くと淡雪は、魔力で鞭状にしたスライムで恍惚の笑みを浮かべながら、何度も恋の病を打ち続ける。
「ボクの役目は回復役だけど、病気を治療するのも役目の一つだよね! この一撃を受けてみろ!」
 淡雪の乱打の音が止まるとジューンは、英雄の力を降ろし、英雄そのもの一撃を光と成して撃ち放つ。
 光に支配され、視界が真っ白になる病室。
 ケルベロス達の瞳に色が戻った時、恋の病は跡形も無く消滅していた。

●恋のこれから
「……あれ、ここ……何処?」
 美幸は見知らぬベッドに寝かされていた。
『ギュルル』
 不意にお腹が鳴った。
 そして、周囲から喜びを含んだ笑い声が聞こえて来る。
「え! え!?」
 美幸の周囲には見知らぬ男女が数人いた。
 ……美幸の顔は恥ずかしくて真っ赤になる。
「うふふ。お目覚めですか、お姫様? 貴女を此処まで追い詰めた病気は取り除いたわよ。安心して頂戴。でもまだ胸が痛いわよね……? それはね、恋の悩みっていう女の子にとって大切なモノなの」
 そして、美幸は淡雪達から事の顛末をケルベロス達から聞く。
「……恋の病。……そっか、先輩と会えなくなるから。……病気治った筈なのに、苦しい」
 恋の病は確かに消えた。
 だが、美幸の心を支配するのは『寂しさ』『辛さ』『悲しみ』……そして、こんな思いをする位ならもう恋愛をしない方がいいんじゃないかと言う思い。
「貴女は、これからも……もしかしたら、一杯泣くことがあるかもしれないわ。けど、それが貴女をどんどん良い女にしていくのですわ。正直、結果はどうなるかなんてまだ解らないじゃない? 彼方の思い人が遠くに行ってしまう前に、思いを伝えるべきだと私は思いますわ」
 淡雪は、先を行く女性として美幸にそう伝える。
「……ねぇ、泡沫さん。……俺はこう思うんすよ」
 言葉を選びながら佐久弥が美幸に語りかける。
「今回の病魔は厄介だけど、たった一つだけ良いことをするって……。それは『自分の悲しみを強く自覚すること』……俺はそれだけ強く、誰かを想えている君が……そんな人に出会えた君が羨ましいっす」
 佐久弥は『心』を得て、大事な仲間に出会うことは出来た。
 だが、まだ……自身の愛の全てを捧げられる相手には出会えていない。
 早く出会えればいいと言う訳ではないが……佐久弥にとってその想いは眩いものだ。
「私、まだ恋なんてしたことないけど、大切な人に拒絶されたらどうしようって不安になる気持ちは分かるよ。……でも、このまま気持ちを伝えないままじゃ、美幸さんはスタート地点にだって立てないんだよ? 1歩踏み出してみようよ!」
 わかなは、同じ中学生女子として、恋する女の子はどうしても応援したかった。
「恋を忘れろとは言わないけど……まだ中学生だもん、何でも出来るよ。今からでも先輩に告白できるし、同じ進路を目指したり……これをきっかけにして、何にでも挑戦しても良いと思うよ。この恋のパワーを無駄にしたら、きっと勿体ないんだよ」
 恋と言う、円にとってまだ手が届かないそれに、彼女が手をかけているのならば素直に行動して欲しいと心から思う。
「ボクには、偉そうにアドバイスできるような経験も無いんだけど……『あの時やっておけばよかった』って思う後悔は切ないよ? 今しかできないことは、やっておいた方が返って楽になれると思うな」
 恋より英雄譚であるジューンですら、そう思う。
 ……色々な事に後悔は付いてくる。
「……だ、誰かを想うって、凄い事です、よね」
 柊が声を振り絞る様に美幸に言葉をかける。
『ドキドキしたり、嬉しくなったり、不安になったり……その、最近、そういうの、ちょっと分かる様な気が、して。それをずっと大事に温めて来たなら、……此処で諦めるのは、ずっと寂しくないですか……?」
 自分がようやく気付けた思い……彼女に二度と恋心が芽生えない様な事になって欲しく無くて、柊は言葉を紡ぐ。
「先輩を追いかけるのも新しい恋を探すのも、恋から逃げるも美幸さん次第です。今回は、偶然悪いものがくっ付いてしまっただけですから……自分がどうしたいのか考え、その気持ちに従えばよろしいかと思います」
 本来は、慰めの言葉をかけてあげるべきだとヒスイも分かっている。
 けれど、美幸自身が自分で状況を動かそうと行動しなければ……恋だろうが何だろうが未来を変えたければ自分で動くしかない。
 ヒスイは美幸自身の手で未来を変え、幸福を掴んで欲しかった。
「君の恋をどうするかは君の自由だ。……けれど、もし諦める事が出来ないなら、思い切って追いかけてみてもいいんじゃないか? 勉強との両立は難しいだろうが、両親を説得して受験と一人暮らしなり寮生活の下準備をして、それでも後一歩が足りなければ、俺も手を貸そう」
 そう言うと達也は何故か、両親への説得材料になると九州の良さを延々語り出した。
『干潟って知ってるか? そこでしか見れない生き物が……』
『熊本城は建て直しされてるが歴史的価値は……』
 話を聞いていたケルベロス達は全員思っていた……。
『多分、そう言うことじゃない!』
 けれど、美幸は『クスクス』と笑いだした。
「そうですね。今、私が先輩を好きなことは事実で、それは簡単には変わらなくって……ずっと、この想いを抱いているかは分からないけれど、今の気持ちは大切にしたいと思います。……だから、考えてみます。今の私に出来ること。そうすれば、きっと後悔はしないだろうから」
 そう言って美幸は、ケルベロス達に笑顔を向けた。
 美幸に見送られてケルベロス達は、病室から出ていく。
 最後尾を歩く淡雪は一瞬振り向くと、美幸に言えなかった自身の胸の内を呟く。
(「私にも想い人が居ますの。……その人は、ホストをやるくらいですから、女性に人気があって……いつも周りに女性は沢山いらっしゃるの。……でも彼自身は、女性が苦手っていう変な所で初心なのがまた可愛いんですけれど」)
 淡雪の心に浮かぶのは、優しい笑顔を向けるけれど、何となく煮え切らない金髪の大男。
(「……私も時期が来て……心が固まったら必ず言いますわ。……美幸様、競争ですかしらね?」)
 淡雪は微笑を浮かべて、扉を閉める。
 また美幸が不安に襲われる事は、あるかもしれない……けれどきっと大丈夫。
 恋する女の子は無敵なのだから……。

作者:陸野蛍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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