真昼に嗤う鉄花

作者:綾河司


 神奈川県川崎区川崎市――。
 駅前のロータリーは突如響いた爆発音に騒然となった。断続的に打ち込まれるミサイルが人を、物を爆風で吹き飛ばし、大量に吐き出された弾雨が触れる端から人々の肉片を巻散らかす。
 その中心にいるのは華奢なメイド然とした少女であった。特徴のあるドリルのような豊かなツインテールに、『D』と殴り書きされた身の丈とは不釣合いなミサイルコンテナ、脇から伸びたガトリングガンを抱え、居合わせた人間は皆標的とばかりに攻撃を繰り返す。
 一区切り付いたところで、少女は攻撃の手を止めた。がらり、と瓦礫の崩れる音を聞いて少女が向き直る。
「た、助け……」
 辛うじて生き延びたのだろう。血に塗れ、ボロボロになった男が青ざめた表情で少女に懇願した。少女はそれを聞き、目を細めた。
「だ・め・よ♪」
 恍惚とした表情で、無慈悲にガトリングガンのトリガーを引くと、男は声を発する間も無く肉の塊と化した。その様を見た少女が快感に身を震わせる。
「ケルベロス、まだかしら?」
 鼻歌交じりに思案する少女。
「この程度、殺したくらいじゃ足りないのかしら……」
 そう結論付けて、次の標的を捜しにいこうとした少女の耳にか細い泣き声が届いた。自分が破壊した跡を見ると、手押し車のような物に赤子が残っているのが見えた。
「あなた、運がいいわね」
 爆発と銃弾の雨に晒されて、その周辺には死体が転がっている。その位置からすれば、この赤子の父母は盾となり、命を掛けて赤子を守ったのだろう。
 沸き立つ様な快楽に胸を震わせて、少女がまた恍惚とした笑みを浮かべる。
「私の名前はドロシー。ドロシー・ザ・トリガーハッピー。私に名乗らせた事を誇って逝きなさい」
 そう言うと、少女はガトリングガンを泣く赤子へ突きつけた。


「ケルベロスの皆さん、こんにちは。天瀬・月乃です」
 ブリーフィングルームの壇上に上がった天瀬・月乃(レプリカントのヘリオライダー・en0148)はいつもと変わらぬ抑揚の無い声で挨拶すると、ペコリと頭を下げた。
「指揮官型ダモクレスの地球侵攻が始まってしまったようです。その内の一体『踏破王クビアラ』は自分と配下のパワーアップの為に、ケルベロスとの戦闘経験を得ようと配下を送り込んできました。クビアラ配下のダモクレスはケルベロスの全ての力を引き出して戦う事で、より正確なケルベロスとの戦闘データを収集しようとしています。その為ならば、一般人の惨殺も人質を取る事も平気で行ってきます」
 敵の目的がケルベロスの力を暴く事だとしても、このような悪逆を見逃すわけにはいかない。
「敵ダモクレス、ドロシーは川崎市の駅前を強襲。多数の死傷者が出ます。このまま放置しつつければどれほどの被害が出るか想像もつきません。ですから、皆さんにはこのドロシーの撃破をお願いしたいのです」
 そう言うと、月乃が大型の立体スクリーンに川崎市駅前の地図を展開する。
「介入できるタイミングはドロシーが赤子に名乗りを上げた時です。その前に出る被害については……抑えることは出来ません」
 彼女ははっきり言い切った。
「戦闘区域は駅前の開けた場所ですので特に支障はないでしょう。敵はドロシーのみです。攻撃はガトリングガンとコンテナからのミサイル攻撃、さらに双方同時に繰り出される総攻撃を得意としています。火力は高く、距離を置いた撃ち合いには相当強いと思われます」
 月乃のデータでも中長距離の撃ち合いは分が悪い。簡単には近づけないかもしれないが、敵の強みを消すのであれば、近距離戦闘に持ち込むのも選択肢の一つかもしれない。
「敵はケルベロスとの戦闘を目的としている為、戦闘が始まれば周囲の一般人への攻撃などは行いませんが、ケルベロスが一般人の救出などに人数を割いて全力で戦闘して来ない場合や戦闘データを取られないように手を抜いて戦闘していると思われた場合はケルベロスを本気にさせる為に周囲の一般人を殺すような行動を取るかもしれません」
 そうなると、問題は戦場で唯一生存している赤ん坊になるが、どうすることが最適なのか、簡単に判断できることではない。うまく戦闘に巻き込まない方法があればいいが。
「あと、敵が収集しようとしている戦闘データについての対処ですが……」
 月乃が三本指を立てて説明していく。
「一つ目は、可能な限り短時間で敵を撃破する事。データを取る時間が短ければそれだけ得られる情報も少ないはずです。二つ目は、わざと手を抜いてデータの信憑性を下げるという方法。敗北すれば元も子もありませんし、一般人を標的にされる危険性があります。行うなら手を抜いている事を悟られないよう細心の注意が必要です。三つ目は、普段ケルベロスが使用しないような戦略を用いて戦う方法。この方法なら敵から得られるデータの信憑性を下げると同時に、ケルベロス側も様々な戦術の実験を行うことが可能となります。勿論、敗北したら元も子も無いのは同じですので行うならば戦術について十分な検討が必要になります」
 どのような戦術を取るかは、現場の判断に任せますと彼女は締めくくった。
「敵の策略であろうと、これ以上惨劇を見過ごすことは出来ません」
 どうかよろしくお願いします、と月乃は最後にまた、ペコリと頭を下げた。


参加者
叢雲・蓮(無常迅速・e00144)
不知火・梓(酔虎・e00528)
四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)
メリッサ・ニュートン(眼鏡の真理に導く眼鏡真教教主・e01007)
テレサ・コール(ジャイロフラフーパー・e04242)
軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)
エルガー・シュルト(クルースニク・e30126)
三枝・栞(野良メイド・e34536)

■リプレイ

●瓦礫の墓標
「なんっつーか……」
 破壊され、散乱した瓦礫に身を潜めて軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)が少々げんなりした様子でため息をついた。
「この前は小二女児と闘って、今度はメイド少女が相手か……外見と本質が一致してないのは理解しているが嫌になんね、ジェントル的によ」
 結局は割り切るしかないと双吉自身も分かっているとはいえ、だ。
「血も涙も無ぇっつー言葉が、正にぴったりな敵だなぁ」
 その本質の部分が起こした被害を軽く見回した、不知火・梓(酔虎・e00528)が銜えた長楊枝を幾分立てて、自分の首の後ろを手で撫で付ける。
「どうだぁ、ぼうず」
 長楊枝を吐き捨てた梓が目線だけを横に向けると、そこには瓦礫の端から敵の動きを窺う叢雲・蓮(無常迅速・e00144)の姿があった。彼はプンプンとおかんむりの様子だったが、それは別にぼうず呼ばわりされたからではない。純粋に駅前の惨状を見ての事だ。勿論、それで冷静さを失うような蓮ではなかったが。
「こっちからなら相手に気付かれずに近付く事ができるの」
 体を引き戻した蓮が頷いてみせる。彼ら強襲班と赤子の救出に向かうエルガー・シュルト(クルースニク・e30126)の4人は敵に気付かれないように接近する必要がある。
 エルガーが握り締めた拳を自身の胸に当て、一つ深呼吸をした。死体の山に揺り動かされた覚醒時の記憶と破壊衝動をもう一度意識の底に沈めていく。
「進もう」
 強い意志の宿る口調で短く呟いたエルガーに3人が頷いて隠密気流に身を包んだ。時間的猶予はあまり無い。攻撃し易い位置を取れば、後は囮に向かった仲間達がうまく敵の注意を引き付けてくれる事を信じるだけだ。
 4人は速やかに散開して、瓦礫を盾に敵へと近づいていった。

「私の名前はドロシー。ドロシー・ザ・トリガーハッピー。私に名乗らせた事を誇って逝きなさい」
 トリガーに手をかけたドロシーの恍惚とした笑みが最高潮に達しようとしたその時、地面を踏みしめる音が彼女の背後で響いた。
「そこまでです、悪党」
 少女の声が荒地と化した駅前に響いて、ドロシーが赤子にガトリングガンを突きつけたまま向き直る。姿勢を正した三枝・栞(野良メイド・e34536)がその視線を真っ向から見返した。
「これ以上の殺戮は私達ケルベロスが許しません。メイド道を歩む者として邪悪な偽メイドを討たせて頂きます」
「……きましたか」
 待ちわびていたのだろう、名乗りを上げた栞に対してドロシーの表情は変わらず、笑みを浮かべたままだった。
「メイドの仕事は多岐に渡るといいますが、少なくとも大量殺戮するメイドにパーラーメイドは務まらなさそうですね」
 眼鏡のブリッジを中指で押して、メリッサ・ニュートン(眼鏡の真理に導く眼鏡真教教主・e01007)が栞の隣に並び立つ。
「あら? 私、得意ですよ、接客」
 ドロシーは心外だとばかりに笑って見せた。ミサイルコンテナが日差しを反射して鈍く光る。彼女の言葉の意味をなんとなく察して、メリッサの後ろからテレサ・コール(ジャイロフラフーパー・e04242)がおずおずと顔を出した。彼女の事は知らないが、なんとなく嫌な予感があった。
「あの……」
 話しかけようとしたテレサをドロシーの視線が射抜く。表情は笑っているが、その目は憎悪に塗れて濁っていた。思わず涙目でメリッサの後ろに隠れてしまうテレサ。
 そんな彼女の肩に四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)がそっと手を乗せた。
「うう、バイオガスも展開できないし……」
 涙目のまま訴えてくるテレサに沙雪が首を巡らせた。強襲班の援護になればとバイオガスの展開を試みたのだが、その効果は戦場である為、戦闘前に使用する事はできない。それに非戦闘状態の敵の視界を遮る効果はなく、内側からは普通に見えてしまう。
 視線をテレサに戻した沙雪が一瞬表情を緩めた。
「大丈夫だ、テレサ嬢。私達に出来る事を1つずつ、していけばいい」
 沙雪はすぐに表情を戦いのそれへと引き締めると、一歩前に進み出た。
「ケルベロス、陰陽道四乃森流、四乃森沙雪、参る!」
 歯切れ良く、名乗りを上げる沙雪。その背中には幼き命を必ず守ってみせるという決意が溢れ出ていた。その為にドロシーの注意を赤子から自分達の方へ引き付ける。それが出来れば、後は強襲する機会を窺っている仲間達がうまく赤子を救出してくれる事を信じればいい。
 そしてドロシーの注意を一番引き付ける事が出来るのは、きっと――、
「いきますよ、テレサさん!」
「はい!」
 メリッサの声に背中を押されてテレサも前に出る。ケルベロスの戦闘体勢に触発されたドロシーが恍惚とした笑みを浮かべて向き直った。銃身が赤子から眼前のケルベロス達の方へ向かう。
 その瞬間、前へ飛び出した囮班と同調するように、瓦礫を飛び越えて4つの影が宙を舞った。

●強襲
「ナイスだ! 教主さん、テレサ!」
 瓦礫の死角から最短距離を突っ切った双吉が勢いのまま、ドロシーの懐へと飛び込む。ブラックスライムが双吉の体から溢れ出し、8本の鋭い槍のように変化した。
「投影、大量受苦悩処。串刺し地獄だぜッ!」
「不意打ちですって!?」
 咄嗟に身構えたドロシーが距離を取ろうと動き出す。が、遅い。肉薄した双吉が下がるドロシーを追い越すように頭上を飛び越えて背後を取る。すれ違い様、次々と放たれるケイオスランサーにドロシーが身を固めるが、その全ては中が空洞のハリボテであった。
「なーんてなぁのハッタリだ。まっ、マジモンの地獄行きにならねぇように祈って死にな」
 空中で頭を下にしたまま放たれた必中本命のケイオスランサーがハリボテごとドロシーの脇を貫いた。
「くっ……」
 苦しげに呻き、背後に気を取られたドロシーを今度は死角から飛び込んだ蓮が仕掛ける。
「近接戦闘ならボクの間合いなのだよ!!」
 予定していたケルベロスバーストを置いてきてしまった蓮は咄嗟に切り替えて、斬霊刀を非物質化する。攻撃手段を1つ欠く形になるが、蓮の腕を持ってすれば造作も無い。なにより、今回はドロシーにデータを取らせないよう、ケルベロス達は短期決戦で決着をつける構えだ。
「やああ!」
 蓮の申し分ない威力を誇る一撃がドロシーの胴を薙いだ。強烈な一撃にドロシーの表情が苦悶に歪む。
「さて、全力でぶっ飛ばすかね」
 赤子の前に立ち、Gelegenheitを正中に構えた梓が己の全権気をその刀身に注ぎ込んだ。双吉、蓮と引き継がれた攻撃の間を利用して貯めきったその力を一振りの斬撃と共に撃ち放つ。飛翔した剣気はドロシーの体内に浸透し、胸部で一気に解放された。
「次から次へと……」
 耐え切ったドロシーが忌々しげに呻く。技後も油断なく身構える梓の背後にダブルジャンプで突入のタイミングをずらしたエルガーが舞い降りた。ドロシーには目もくれず、泣き続ける赤子をその手に抱き上げる。自身の体のラインに収まるように胸の前で抱えると、その身の内に小さな命の鼓動と温もりがしっかりと伝わってきた。
「たのんだ」
 短くそう言い残したエルガーが走り出す。仲間を信じたからこそ、彼は振り返らずに全力で離脱した。
「逃がすと思ってるの!」
 エルガーの動きに反応したドロシーがガトリングガンを持ち上げる。照準をエルガーに合わせて、引き金を引くと大量の弾丸が彼と赤子を飲み込まんと吐き出された。
「危ない!」
 間一髪、間に割って入ったテレサがその身を盾にエルガーと赤子を庇う。
「どきなさい!」
「どきません!」
 弾雨に晒され、傷つきながらも顔を上げるテレサ。
(ここは一歩も引かない……死んでも庇い切る!)
 起動したジャイロフラフープの照準を合わせ、
「当たれっ!」
 ループバレッドで応戦する。
「当たるものですか! 邪魔をするというのなら、まずあなたから死ぬがいい!」
「させません!」
 撃ち尽くす勢いでガトリングガンを連射するドロシーにメリッサが接近した。
「ダイナミックにエントリー! 使う私すら恐怖する眼鏡人にとって禁忌の技……その威力、しかと受けなさい! めー! がー! ねー! シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥト!!!」
 豪快にビッグメガネシールドを投げ放ったメリッサが同時に指紋付き眼鏡を投擲し、ドロシーの注意を引き付ける。その脇を沙雪と栞が駆け抜けた。
「下種が……駆逐してやる」
 接敵した沙雪が刀印を結び、詠唱を続ける。
「祓い給い、清め給え、百鬼を避け兇災を祓う、四神の名のもとに悪鬼討滅。急々如律令!」
 周囲に渦巻く穢れを指先に集め、叩き込まれた一撃はドロシーの左肩に直撃した。体勢を崩すドロシーに今度は栞が詰め寄る。
「トラウマで身を焦がしてください!」
 栞から撃ち放たれた黒い魔力弾をドロシーがサイドステップで回避する。
「いいでしょう。まとめて焼き払って差し上げます!」
 それは抵抗への怒りか、敵を手にかける事への快楽か。頬を紅潮させ、暗い欲望を感じさせる笑みを浮かべたドロシーがミサイルコンテナを開放する。
「存分に味わいなさい!」
 言葉と同時に放たれた大量のミサイルが白煙を上げ、ケルベロス達へ襲い掛かった。

●嵐
「あーははは!」
 高揚を押さえられなくなったドロシーの喜色ばんだ笑い声が荒地と化した駅前に響く。嵐のような猛攻の中をケルベロス達は走り抜けた。その後を追い立てるようにミサイルが爆発し、弾雨が地面を削る。
「走れ走れ!」
「引き金を引くための数センチ、指を動かすだけで手に入る破壊の幸福。安い幸せだな、トリガーハッピー。こんなの俺は全然気分良く感じねぇ」
「あぶない!」
 ブレイジングバーストで応戦する双吉をミサイルが追走した。その間に躍り出たテレサがその爆撃を引き受ける。爆風に煽られたテレサが足を取られた。
「足を止めたらバラバラよ!」
 ガトリングガンの銃弾がテレサへと迫る。
「させません! メガネシールド、全開!」
 ビッグメガネシールドを掲げたメリッサを弾雨が襲う。突き抜けてくるダメージに落ちそうな膝を必死に支えた。
「皆様、これを召し上がってくださいませっ!」
 栞がすぐさま素晴らしい手際で作られた手軽に食べられる料理を前衛へと振舞う。最初こそ攻撃に手を貸していた栞だったが徐々に回復に費やす時間が多くなってきていた。それは仲間達のダメージが大きくなってきた事を示していた。
「エルガー君が帰ってくるまで、もう少し……」
 沙雪は自らを護殻装殻術で回復させながら、周囲に視線を走らせる。流れ弾に当たらないようにと考慮すれば、時間がかかるかもしれない。彼の頭にそんな考えが過ぎった時、影が1つ、大きく瓦礫を飛び越えてきた。
「待たせたな、子供は無事だ」
 真っ直ぐ敵だけを見据えて宙を舞うエルガーにドロシーが気付く。
「この!」
 薙ぎ払うようにガトリングガンを撃ち放つドロシー。ばら撒かれた銃弾がエルガーの頬を、腕を掠めて抜ける。それでもエルガーは微動だにせず、ダブルジャンプで体勢を整えるとドロシーの頭上から一気に急降下した。
「戦おう、『牙無き者の牙』として」
 その腕にはまだ赤子の温もりが残っている。静かな瞳に揺るがない意思を灯して、
「――我が身に宿る原初(はじまり)の焔よ、彼の者を蝕め――」
 蒼い焔として顕現した破壊衝動を右掌に集めたエルガーが放つ事無く、その燃え盛る球体をドロシーに叩き付けた。
「くっ……」
 一層強い輝きを放ち、蒼い焔が霧散する。一瞬、動きを止めたドロシーをテレサは見逃さなかった。ここまであまり効果のなかったループバレッドをあえて援護射撃に使う。
「今でございます!」
 ドロシーが囮の射撃に気を取られている隙に、蓮が肉薄した。印を結んだ蓮が斬霊刀を薙ぎ払う。
「ドクドク攻撃なの!」
 一瞬の内に接近を許したドロシーは慌ててガトリングガンを立てて、蓮の一撃を受け止めた。が、接近戦になれば蓮の方が断然速い。
「はっ!」
 相手の力に逆らわず、薙ぎ払った方とは逆方向に体を翻した蓮が二の太刀でドロシーの脚を切り裂いた。苦悶の表情を浮かべ、よろめくドロシーに梓が追い討ちをかける。
「トリガーハッピーなんつーからにゃぁ、遠距離が得意なんだろ」
 ならばこそ、その相手の土俵で切り伏せられれば胸もすく、と楽しげに笑みを浮かべた梓が大鎌を投げつける。弧を描いたそれはドロシーの左肩を切り裂いた。
「調子に乗って……」
 寸分狂わず梓の手元に戻る鎌を忌々しげに睨みながら、ドロシーが息を吐く。その姿に余力は感じられなかった。
「この好機、逃がしはしない!」
 神霊剣・天と四乃森流陰陽道護符を同時に構えた沙雪が地を蹴る。双方に空の霊力を宿して、斬り払うと同時に護符を押し付ける。元々、敵の目を欺く為に繰り返した効果がその一撃で一気に押し広げられた。
「あぐ……」
 追い詰められたドロシーにメリッサが肉薄する。
「聖地鯖江と数多の眼鏡にかけて!」
 振り抜いたブリレ・ゼンゼの一撃が大きくドロシーを切り裂いて、
「テレサさん! やっちゃってください!」
 メリッサの声に応じたテレサがジャイロフラフープを構えながらドロシーに向かって疾走する。だが、
「簡単にやられるわけにはいかないのよ!」
 ドロシーが声を上げ、アンカーフットを地面に突き刺した。そのままガトリングガンを構え直すと同時にミサイルコンテナを全開放する。
「道連れよ……1人でも多く、ね!」
「テレサさん!」
 至近距離にいるテレサに栞が叫ぶ。同時にドロシーの全ての武器が一斉に火を噴いた。最後の一発まで撃ち尽くすような怒涛の攻撃がケルベロス達を飲み込んでいく。その銃撃の中をテレサは飛び込んだ。
「やああ!」
「なっ――!」
 ドロシーの胸部をテレサの旋刃脚が貫く。驚きの表情を浮かべたまま、力尽きたドロシーはゆっくりと崩れ落ちた。

●硝煙と終焉
 消滅するドロシーをテレサは黙って見つめていた。戦いは終わったはずなのに、彼女の胸にはわだかまりが残っている。
「まずは然るべき機関へ任せよう」
 避難させた赤子を抱いて戻ってきたエルガーが犠牲者へ黙祷を捧げる。赤子の無事を確認した栞が顔を上げて駆け出した。
「まだ他にも無事な方がいらっしゃるかもしれません……!」
「ボクもお手伝いするの!」
 栞の後に続いて蓮が駆け出す。
「んで、赤子はどうするね?」
 梓が顎をさすりながら赤子に視線を落とした。当てが無ければ自分の実家で預かる事もできる、と。隣にいた双吉がおずおずと顔を覗かせる。
「ぐっすり寝ちゃって……」
 泣き疲れた赤子は小さな寝息を立てていた。
「どうしたものですかね?」
「この子の親族が見つかればいいけれど、いなければ孤児院に連れて行くべきなのかな」
 思案に暮れるメリッサと沙雪。
 すぐに答えは出ないかもしれない。大きな被害と激闘の末、守られたこの寝顔だけは彼らにとって救いだった。

作者:綾河司 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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