恋の病魔事件~心の蕾

作者:小鳥遊彩羽

「香澄、何でもいいから少しは食べないと、身体がもたないわよ。結局、朝から何も食べていないんでしょう?」
「うん……でも、何て言えばいいのかな、ごはんもお茶も、何も喉を通らなくて……」
 ベッドの上で苦しげに胸元を押さえる少女に、母親が運んできたのはお茶とおかゆだった。おかゆには塩昆布と梅干が乗せられており、ほかほかとした湯気に美味しそうな匂いが混ざっている。
「せめて一口だけでも……明日、お医者さんに行ってみましょう」
「うん、いただきます……」
 そうして、少女はスプーンを手に取り、おかゆを一口、口に入れたのだが──。
「──っ、げほっ!」
「! 香澄!!」
 おかゆが喉を通ろうとした瞬間、噎せたように激しくせき込み始める娘。どんなに背をさすっても、呼吸を落ち着かせようとしても、一向にその症状は治まらず、とうとう母親は救急車を呼んだのだった。

●心の蕾
「……まさか、恋の病なんていうのが本当にあるとは思わなかったんだけど」
 そのまさかが実際に起こってしまったのだと、トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はその場に集ったケルベロス達へ説明を始めた。
 ──曰く、バレンタインデーの今日、日本各地の病院から相次いで原因不明の病気についての連絡があったのだという。この病気は『誰かに純粋な恋をしている』人がかかってしまうものらしく、その症状は、『胸がドキドキして、食べ物も飲み物も喉を通らない』というものであるらしい。
「でも、これが笑える話じゃなくて、本当に水も食べ物も身体が受け付けないというか、無理にでも飲み込もうとすると吐き出してしまうくらいのものなんだ」
 病院に運ばれた患者達は現在点滴を受けており、辛うじて命の危機を脱することは出来た。だが、この症状についての治療方法が全くわからず、この病気の症状を聞いたアイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)を始めとする何名かのケルベロスが調査に乗り出したのだという。
「その結果、原因は『恋の病』という病魔だったことがわかったんだ。……というわけで」
 この病魔を倒し、恋の病に侵されてしまった人達を助けてあげてほしい──というのが、今回の依頼である。
「今回、皆に助けてもらうことになる患者さんは、柳森・香澄(やなもり・かすみ)ちゃんという中学生の女の子だ。彼女は現在、病魔と戦闘可能な病室に運ばれているから、皆の中にウィッチドクターさんがいれば、患者から病魔を引き離してすぐに戦うことが出来るよ」
 もしいなかったとしても、その場合は病院に連絡し、医療機関のウィッチドクターに手伝いを頼むので、その辺りは心配しなくていいとトキサは続けた。
 恋の病の病魔は、いわゆる恋のキューピッドのような姿をしており、妖精弓に似た攻撃を行ってくるとのことだ。あまり強くないので、油断さえしなければ倒すのはそう難しくはないだろう。
「で、もし出来るなら……なんだけど」
 すると、戦闘後のことについて、トキサは控え目に切り出した。
「この病気は、病気の苦しみがトラウマになって、恋をすることそのものを怖がるようになってしまう可能性が高いんだって。だから、被害者の子……香澄ちゃんが、この病気の影響で恋することを怖がってしまわないように、皆でフォローしてあげてほしいんだ」
 俺がこんなこと言うなんて柄じゃないんだけどねー! と、何故だか照れながらもヘリオライダーの青年は言う。
 そして、香澄が恋をしているというその相手が、幼い頃から兄妹同然のように育ってきた、幼馴染の少年であることもそっと付け加えて。
「何より、自分を助けてくれたケルベロスの皆からの言葉があれば、それが、何よりの勇気とか、力とか……そういうものになると思うから」
 トキサはそう締め括り、やっぱりどこか照れたような表情で、ヘリオンの操縦席へと向かっていった。


参加者
メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)
ジェイク・タケザキ(レイジーギャンビット・e01020)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
アルレイナス・ビリーフニガル(ジャスティス力使い・e03764)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
リィンハルト・アデナウアー(燦雨の一雫・e04723)
咲宮・春乃(星芒・e22063)

■リプレイ

 看護師に案内され、ケルベロス達は病魔に侵された少女――香澄が待つ部屋へ足を踏み入れる。
「無理に起きなくて大丈夫、だよ。香澄ちゃん」
 ケルベロス達の来訪に身を起こそうとした香澄へ、ぱたぱたと駆け寄ったリィンハルト・アデナウアー(燦雨の一雫・e04723)に、ありがとうございますと返る声はとても弱々しかった。
「大丈夫、そんなに苦しいのは病魔のせい。私達がすぐ倒すわ」
 アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)が力強く言い、ウィッチドクターの一人であるジェイク・タケザキ(レイジーギャンビット・e01020)が香澄の傍らに歩み寄る。
「さ、まずはじっとしてて頂戴な。緊張しなくて大丈夫よぉ」
 ジェイクは香澄を怖がらせぬよう優しく笑って、そっと手を翳した。
「病魔ちゃん病魔ちゃん、出てきなさぁい。女の子をどうこうするのは、――アタシ達を倒してからよぉ」
 すると翳した手が淡い光を帯び、程なくその光は香澄の全身を覆った。
「うっ……!」
 香澄が苦しげに胸元を押さえ、そこから大きな塊のようなものが飛び出してくる。
 塊は、人の形を取るや否や手にした弓に矢を番え、ジェイクへと狙いを定めた。
 僅か一瞬。放たれた矢の前に新条・あかり(点灯夫・e04291)が素早く身を挺し――心が掻き乱されるような感覚に、思わず額を抑える。
「みーちゃん、お願い!」
 咲宮・春乃(星芒・e22063)が指先に灯る光を空へ送り、流れる星をあかりへと導く傍ら、星の輪を揺らし飛び上がったウイングキャットのみーちゃんが懸命に羽ばたいて邪気を払う力を送り込む。
 一方、あかりのすぐ側を、エアシューズを履いたアリシスフェイルが風のように駆けた。病魔の元へ辿り着く頃には、ローラーは摩擦により熱を帯びていて。
「燃え上がるような恋とはよく言ったものね」
 叩き込まれた蹴りの一撃が炎の軌跡を描く。少女には言えなかったが、恋の病は本当は一過性のものではないとアリシスフェイルは思う。
 ただ、どれだけ手を尽くしても食べ物が本当に喉を通らないというのなら、それは間違いなく病魔の仕業であり、そのせいだと言えるだろうけれど。
「すぐに終わらせるから、待っていてください!」
 その間に、エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)が香澄を背に隠し、そのまま立てるかどうかを訪ねた。部屋の外まで歩く程度なら支障はなかったようで、香澄はすぐに病室の外へと避難する。同じように香澄を庇える位置についていたアルレイナス・ビリーフニガル(ジャスティス力使い・e03764)が、外で待機していた看護師にお願いしますと少女を託し、すぐさま身を翻した。
「くらえッ、旋刃脚ッ!」
 掛け声と共に、アルレイナスは電光石火の蹴りを見舞う。
「悪い病魔は倒させてもらうよ。このジャスティス力(ちから)でね!」
 少女が抱いた、淡い恋心。この恋が実るかどうかは自分達に決められることではないけれど、病魔に邪魔されるのは正義――『ジャスティス』ではないから。
(「……恋を守る、なんて。ロマンチックな話だわ」)
 対デウスエクス用の殺神ウイルスを病魔に投射しつつ、メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)は想いを巡らせる。
 メロゥには、少女に伝えたいことがたくさんある。心に芽吹いた恋の蕾が、咲かずに枯れてしまうことのないように、寄り添わせたい気持ちがあり、差し伸べたい手があった。
「ありがと、春乃さん。みーちゃんも」
「どういたしまして、新条さん! がんばろうね!」
 癒しと護り、そして春乃の元気な声を受け、あかりが微笑む。が、すぐにその表情は戦いに赴く者のそれへと代わり、あかりは掲げた掌から竜の幻影を放った。向けられた眼差しに慄いて弓を構える病魔を、吐き出された炎が包み込む。
「もぉ、不意打ちなんて卑怯よぉ」
 アリシスフェイルと同じ、炎を纏った蹴りを刻むジェイク。そこに、リィンハルトが流れる星の尾を引いて、重力を閉じ込めた蹴りを叩き込んだ。
「恋のキューピッドっていうと君みたいな姿だと思ってたんだけど……でも、本当に君が恋のキューピッドなら、こんなことしないよね」
 純粋に恋をしている人を苦しめるはずがない。だから、と、リィンハルトは更に踏み込んでいく。
「そんな君は、僕達が退治しちゃうからね!」

 メロゥへ狙いを定め、病魔が放った矢。追尾するように動くそれを、アルレイナスがはたき落とす。
 想いをなぞるように、メロゥは柔らかな声で古の言葉を紡ぐ。放たれた光線が病魔の手足を石と変えた直後、春乃が翼を広げ、罪を灼く光で病魔を包み込んだ。
「みんな、やっちゃってー!」
 幾重にも重ねられた縛めに動くこともままならなくなった病魔へ、ケルベロス達は一気に攻撃を畳み掛けていく。
「アタシ達の前に現れたのが運の尽きだったわねぇ」
 ジェイクは不敵な笑みを浮かべ、リボルバー銃の引き金を引いた。響いた発砲音はまるで戦いの終わりを告げる合図のようで。
「よーし、行くぞッ! サイコフォース!」
 続けざまに、アルレイナスは極限まで高めた心を解き放った。次の瞬間、突如として病魔の体の一部が爆ぜ、その衝撃で手にした弓に亀裂が走る。
「――逐い注げ、追の蹤雨」
 リィンハルトの細い指先が真っ直ぐに病魔を指し示すと、静かに雨が降り始めた。全身を蝕む緩やかな痛みに病魔は身を捩らせて逃れようとするが、雨はどこまでも追いかけるように降り続ける。
 すると、艶やかに花開いた、醜悪なほどに肥大化した深紅の薔薇が、病魔を包み込んだ。
「欲しいなら、あげる。いくらでも」
 あかりが見せるのは、望むものを望むだけ手に入れることが出来るという泡沫の夢。病魔が本当に望むものはわからないけれど、それはきっと、病魔が見る最初で最後の夢。
 そこに重なったもう一つの夢は、悪夢と呼べるもの。
「終焉の幻、永劫の闇、かの罪深き魂を貪り尽くせ――!」
 エルスの漆黒の瞳が、病魔を射抜くように見定めた。虚無と現実の狭間から喚び出されたのは、オラトリオたるエルスが時折夢に見る、かつて滅びた世界を覆った『闇』そのもの。闇は病魔を飲み込んで、その魂を絶え間なく侵食してゆく。
「現し世の楔、感傷の鎖。楔は剣に、鎖は羽に、それは一筋の祈りの体現――暁の約定(アルバ・ミーティア)」
 力ある言葉が小さな光翼となって、アリシスフェイルの両の足首に現れた。黒から赤へ、滲む色を宿しながら羽ばたいた翼が強烈な推進力を生み出し、アリシスフェイルと病魔の距離を一瞬にして零にする。
 世界の未来を夢見るために、命を賭けなければならない時も来るかもしれない。恋をして大切な人を得て――けれど、戻ってくることが叶わなかったら、その想いさえ裏切らなければならない。
 そんな時が来ないことを、今は祈るしかない。そう想いながら放たれたアリシスフェイルの捨て身の一撃に、病魔がその場に崩れ落ちる。
 やがて、その命に終焉を与えられた病魔は砂のようにさらさらと崩れ、静かに消えていった。

 戦いで荒れた室内をヒールで修復したケルベロス達は、香澄連れて病院内に設けられたカフェスペースに訪れた。
 病魔という一番の要因を取り除きこそしたものの、香澄の表情は一向に晴れることがなかった。
「とりあえず、苦しんだのは全てさっきの病魔のせいだから……」
 言葉に悩むような間を挟みつつ、エルスは恋をしたせいではないと言い添える。
「狙われたのは素敵な恋をしてるからだし、病魔もちゃんと倒したし、もう大丈夫だよ。恋自体は悪いことではなく、美しいことですし……たぶん?」
 そこで、意見を求めて主に大人達を振り返ったエルスに、ジェイクとアリシスフェイルが頷いた。
「……まあ私もよくわからないけど、でも、後で後悔するよりは、自分のしたいようにしていいと思うの」
 そう締め括ったエルスに、ジェイクが続く。
「いきなり自分から行くのが怖いなら、相手を惹きつけるちょっとしたワナを仕掛ける作戦もいいわよぉ」
 悪戯っぽく微笑みながらのアドバイスは、恋愛初心者の少女にはちょっぴり難しいことだったかもしれないけれど、それを踏まえた上でジェイクは更に続けてゆく。
「例えば、いつもと違う態度をわざととってみたり。それだけで男はぐっと引き寄せられるわ。幼馴染と言える程長い付き合いだからこそ効果的よぉ」
「そういうもの、なんでしょうか……」
 香澄の呟きに、そういうものよぉとジェイクが笑う。
「そこまでうまくいけば、あとはアナタの素直な気持ちを伝えるだけ。……大事なのは、妹分としてじゃなく『女』として意識させることよ」
 女として――その言葉に香澄がほんの少し顔を赤くした。
「恋は楽しさや幸せばかりじゃなくて、……失恋したり、不安になったりすることだってあるかもしれない」
 でもね、と、アリシスフェイルは無意識に耳飾りへと触れながら、優しい笑みを浮かべる。
「胸が苦しくなることもあるけれど、ドキドキして、幸せに思うことだってそれ以上に多いのよ。……私の経験が、力になれるといいなぁ」
 恋は素敵なのだと、大切な人を想えばそれだけで力が湧いてくるのだと。『大切な人』を想いながら言葉を紡ぐアリシスフェイルの穏やかな表情に、それを見た香澄が微笑む。
 自分が今、こうして立っていられるのは、恋をした大好きな人のおかげだと思うから。だから、恋をすることの辛さ以上の幸せを伝えたいとあかりは願い、灯る想いを紡ぐ。
 いつもは白衣姿のあかりが纏うのは、レヘンガ・チョリと呼ばれる、大好きな人と一緒に着た思い出の民族衣装。この服に纏わる泣きたくなるような幸せな思い出が、これから少女に贈る言葉に力を与えてくれるよう、――そう、祈って。
「恋って、辛いよね。胸が痛んで眠れなかったり、涙が零れそうになったり。……僕も、そう」
 でも、それだけじゃないはずとあかりは言う。
 大好きな人に幸せになって欲しいし、叶うなら自分が幸せにしたい。一緒に手を取って歩いていきたい。そんな柔らかくて優しい気持ちと願いが、辛いと思う気持ちの奥に、隠れていると思うのだと。
「僕は、そういうのが恋だって、思ってる。……あなたはどうかな」
「私、は……」
 自分の心と向き合う少女をじっと見つめながら、あかりは思う。どうか自分の気持ちの奥を見つめて、そしてそこにある答えを見つけてほしいと。
 少女と目線の高さを合わせ、アルレイナスもまた、言葉を探しながらゆっくりと自らの想いを告げる。
「僕の周りにも、恋をしている人はいるよ。……僕自身も、多分、恋かな? って思うことはあったんだ」
 けれど自覚はなく、今思い返してもしかしてと思えるような、そんな初恋。
「恋をしている人は大変そうだけど、なんだか楽しそうだし、僕も昔を思い出すと、なんだかちょっと微笑んじゃうし……その、恋ってきっと素敵なものなんだと思います!」
 恋をしている人は素敵だから、恋をしている香澄も素敵なのだと伝えたくて。だが、恋に関しては初心者で心の機微にも疎いという自覚を持つアルレイナスにとっては、こういったことを言葉にするのはそう簡単ではなかった。
「あ、あはは。ごめんね、巧く言えなくて……!」
 それでも、アルレイナスは彼に出来る精一杯の、太陽のような明るい笑顔を少女へ向ける。その笑顔を見た香澄が、にっこりと笑った。
「香澄ちゃん、香澄ちゃん」
 春乃がそっと少女の名を呼び、恋をしたことがないから、アドバイスなど出来る立場ではない――そう前置きして続けた。
「でも、恋は悪いことじゃないよね。世界がきらきらに見える魔法だから。恋のどきどきも、そわそわも、きっと恋してないと経験できないから。だから、――こわがらなくても、いいよ」
 恋をしたことがないから、恋をしている香澄が少し羨ましいと春乃は思い、少女の背を押したくて、満面の笑みを浮かべる。
「芽生えた想いは、大事にしてあげてね。――あ、でも、あのね!」
 恋をすること自体が辛くなったら、泣きたくなったら、いつだって呼んでほしいと春乃は言い添える。胸でも背中でもいつでも貸すからと小さく胸を張ってみせた春乃に、香澄は笑って、はいと頷いた。
「僕もね、恋ってまだしたことがないけれど、でも、とってもステキな気持ちだと思うんだ」
 そう言って、リィンハルトもにっこりと笑う。
「恋をしてる子ってきらきら輝いて僕には見えるな。あったかくて、世界が華やいでみえるステキな気持ち。……そう僕は教えてもらったけど、合ってる?」
 少女の瞳に、世界はどんな風に見えているだろう。リィンハルトの夕暮れよりも鮮やかな色の瞳が、少女の姿を映し出す。
「ね、大好きな人のこと、考えてみて。もうこわいこと、何もないはずだよ」
 香澄はリィンハルトの言葉に少しの間、想いを巡らせ――それから、ほのかに頬を赤くして頷いた。
「うん、その気持ち、大事にしよ? きっと、ステキな未来に繋がるから」
「――好きなのね。その人のことが、とても」
 メロゥが囁くと、香澄はまだ赤い顔のまま、小さく首を縦に振る。
 同じように頷いて、メロゥはそっと少女の手に己の小さな手を重ねた。
 誰かを想えるのは素敵なこと。一緒にいるとどきどきして、嬉しくて。でも胸が苦しくて泣き出したいような気持ちにもなる。
「……その気持ちは、あなたが育てたものよ」
 だからどうか怖がらないでほしいとメロゥは続ける。歌うように優しく、寄り添うような祈りを込めて。
「あなたの大切な気持ちを、手折ってしまわないで。胸に宿った蕾は、きっと綺麗な花を咲かせてくれるから」
「ありがとう、ございます……ケルベロスの皆さん……」
 ケルベロス達の言葉にたくさんの勇気と力を与えられた少女の顔は、先程よりもずっと晴れやかなものだった。
「お代は、アナタたちの恋の成就で結構よ♪」
 ジェイクがウインクしながら告げると、香澄はすぐに顔を赤くしてしまうのだけれど。
(「自分の気持ちに素直に、勇気をもって踏み出して……私も早く、大きくなるといいね……」)
 吹っ切れたらしい少女とは対照的に、エルスがこっそり心の中でため息を付いていたのはまた、別の話だ。
 忘れたいと思っているのに忘れられない人。メロゥの記憶の片隅にちらついて離れない面影と過去の燈。
 誇れる恋ではなかった。抱いた想いを告げることは叶わず、いつかの約束も潰えて果たされることはなく、――恋の花も、咲くことはなかった。
 置き去りにした恋心と胸に残る甘い痛みに、メロゥは無意識に自らの胸に手を添える。
(「今なお、私は――あの人に囚われている」)
 空の器は満たされず、心の虚は塞がることはない。
 それでも、恋に苦しむこの少女にどうか幸あれと――メロゥは願わずにはいられなかった。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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