チョコレートスコール・バレンタイン

作者:飛翔優

●わくわくと驚きと
 二月十四日、バレンタイン。
 女の子が思いをチョコに託し、男の子に送る祭りの日。
 小学一年生の少年・レンは、クラスメイトの女子がそんなことを話しているのを聞いた。別に恋をしていなくても、義理チョコと呼ばれるものを渡すこともあるのだと聞いた。
 正直、恋とか愛とか、そういうのはよくわからない。
 でも、チョコレートは嬉しいもの。だからワクワク顔で、学校への道を歩くのだ。
「……いたっ!?」
 不意に、頭に堅い何かがぶつかった。
 レンは頭を抑えながら立ち止まり、足元に落ちた何かに視線を送る。
「……え?」
 それは、甘い香りを放つ板チョコレート。
 慌てて空を見上げれば、青空を埋め尽くす茶色の群れ。
 地上も支配するのだと言わんばかりに、板チョコたちは降り注ぎ……。

「うわぁ!?」
 世界中を埋め尽くさんとしたチョコレートから逃げるかのように、レンは目覚めた。
 ベッドの上、自室の中。ポスターの中のサッカー選手に見守られながら。
「……」
 周囲を確認し、レンは夢だったのだと安堵の息を吐き出していく。寝直そうと、布団を軽く掴んでいく。
「……?」
 不意に視線を感じ、窓の方角へと向き直る。
 女性が一人、佇んでいて……。
「え……あ」
 戸惑いの声を上げた時、女性がレンの胸に一本の鍵を突き刺した。
 レンが瞳を見開く中、女性は静かな声音を響かせる。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの驚きはとても新鮮で楽しかったわ」
 鍵を引き抜くとともに、レンは瞳を閉ざし倒れ込んだ。
 代わりに、虚空に浮かび上がっていく。
 一般的な大きさの、美味しそうな板チョコが。
 割りやすいように刻まれた溝がモザイクで埋め尽くされているドリームイーターが。
 ドリームイーターはくるくるくるくると回転しながら、窓の方へと移動して……。

●ドリームイーター討伐作戦
「……本当に出てきたんですね」
「うん。だから……っと」
 マロン・ビネガー(六花流転・e17169)と会話を交わしていた笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は、足を運んできたケルベロスたちと挨拶を交わしていく。
 メンバーが揃ったことを確認し、説明を開始した。
「マロンさんの予想によって、レンくんって言う名前の小学一年生の男の子の驚きが、ドリームイーターによって奪われる……そんな事件が起きるんです!」
 驚きを奪ったドリームイーターはすでに姿を消しているが、奪われた驚きを元にして具現化したドリームイーターがさらなる事件を起こそうとしている。
「だから、驚きを元にしたドリームイーターによる被害が出る前に、撃破してきてほしいんです!」
 このドリームイーターを倒すことができれば、驚きを奪われてしまったレンも目を覚ましてくれることだろう。
 続いて……と、ねむは地図を取り出した。
「レンくんが住んでいるのはこの住宅地の……この辺り。だから、ここを出発点に散策すれば、ドリームイーターと早く出会うことができると思います」
 時間帯は午後二時半ごろ。
 探すことになるドリームイーターの姿は、溝がモザイクで埋め尽くされている板チョコ。というのも……。
「レンくん、どこから話を聞いたのかはわかりませんが……バレンタインを、チョコを貰える日って認識したみたいなんです。で、そのわくわくが過ぎたのか、板チョコの雨に降られる……という夢を見たみたいで……」
 それに驚き、飛び起きたところを奪われた……と言った流れだろう。
「また、この驚きをもとに発生したドリームイーターは、相手を驚かせたくて仕方ないという性質を持ちます。だから、付近を歩いているだけで向こうからやってくると思います」
 時間帯的にひと気はほぼなく、避難誘導などは最低限のもので済むだろう。
「それから、このドリームイーターには、自分の驚きが通じなかった相手を優先的に狙うという性質もあるみたいです。ですので、この性質をうまく利用できれば、有利に戦えるかもしれません」
 そして戦うことになるドリームイーター。
 姿は先に述べたとおり、板チョコ。
 戦闘の差異は攻撃特化。一定範囲内に板チョコの雨を振らせて加護を砕く。自らの力を高めるために回転しながら体当りする。自ら相手の頭にぶつかることによりとどめを刺す、といった攻撃を仕掛けてくる。
「以上で説明を終了します!」
 ねむは資料をまとめ、締めくくった。
「子供の無邪気な夢を奪って暴れるドリームイーター……許せないですよね。だから、どうか全力で……ドリームイーターを、やっつけちゃって下さい!」


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
ルヴィル・コールディ(黒翼の祓刀・e00824)
麻生・剣太郎(全鉄一致・e02365)
アンジェラ・コルレアーニ(泉の奏者・e05715)
鳴門・潮流(渦潮忍者・e15900)
マロン・ビネガー(六花流転・e17169)
ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)
日御碕・鼎(楔石・e29369)

■リプレイ

●甘い香りに誘われて
 淡い月明かりに誘われ夜の街に満ちるのは、さながら嵐の前の静けさか。
 少女たちの決戦を夜明けに控えた二月の十四日。ケルベロスたちは寒々しい風に吹かれながら、ひと気のない道を歩き続けていた。
 話題に登るのは今宵の敵。レンという名の少年の驚きから生まれたドリームイーターに関すること。
 鳴門・潮流(渦潮忍者・e15900)は空を仰ぎ、白い息を吐き出していく。
「驚きの感情から、夢に左右されていたとは言え、チョコレートのドリームイーターが出現するとは驚きですね。胸焼けを起こしそうな敵です」
 見た目が板チョコレートならば、驚かせる方法も技の一つもチョコレートが群れなすもの。当然、戦場は甘いカカオの香りに支配されてしまうのだろう。
 おそらく、今も香りを風に乗せながらドリームイーターは移動しているはず。ケルベロスたちは匂いも頼りに、ドリームイーターの居場所を探っていく。
 探りながら語らう内に、話題はこのドリームイーターの大本。驚きを奪ったドリームイーターへと移行していた。
 曲がり角の手前で立ち止まった時、メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)は小さく拳を握りしめる。
「んー、これもなかなか本体に近づけないなぁ。しっぽは見えてるんだけど、ね……」
 一つ一つ確実に解決していけば、いずれたどり着けるかもしれない。そう信じ、今宵もまたドリームイーターを倒すのだ。
「……」
 そんな折、丁字路の左手側から吹き付けてきた風が甘いカカオの香りを運んできた。
 マロン・ビネガー(六花流転・e17169)は口元に手を当てながら、キョトンとした瞳で呟いていく。
「あ、このドリームイーターはもしかして美味しい系です?」
 今宵のドリームイーターが武器としても用いるチョコレート。果たして、それを食べることはできるのだろうか?
 軽口も交えながら、ケルベロスたちは香りの在り処を探っていく。
 香りの在り処へと向かっていく……。

 歩を進めるに連れて、強くなっていく甘いカカオの香り。
 十分足らずで見つかるだろうと判断し、アンジェラ・コルレアーニ(泉の奏者・e05715)は荷物からビニール袋と針金を取り出した。
「折角ですから、捕まえていろいろ見てみたい、です♪ サイズは普通、ですから、ビニール袋に針金で捕まえる準備は万全、です!」
 瞳をきらりと輝かせ、袋と針金を掲げていく。
 笑顔で空を仰ぎ見れば、黒い何かが落ちてきた。
「……え……って痛っ!?」
 額に尖った何かが当たり、アンジェラは額を抑えながら飛び退いた。
 涙の滲む瞳を向けてみれば、地面には一枚の板チョコが。
 同様に目を凝らしていたルヴィル・コールディ(黒翼の祓刀・e00824)が、感情のない様子で呟いた。
「へぇ~……?」
 言葉半ばにて地面に新たな影が生まれたから、落ち着いた調子で空を仰ぐ。
 星を、月すらも隠してしまうほど大量の板チョコレートが、ケルベロスたちめがけて降り注いできた!
 慌てて潮流はバックステップ。
「おおっと」
「これ何人分のチョコ……じゃないです非常識です潰されるです!?」
 マロンも慌てて走り出し、影の外側へと逃げ出した。
 一方のルヴィルは空を見つめたまま、動かない。
 頭に、肩に腕に膝に降り注いでくる板チョコを、動じた様子もなく受けていく。
 心の内側に、痛みと驚きを隠したまま。
 仲間を守るために残ったルヴィルの健気な姿を眺めながら、ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)は安堵の息を吐いていく。
「流石に今日の天気が板チョコになるなどと我は予想できなかった!」
「うーん……これだけいっぱいあれば、いろんな食べ方をいっぱい楽しめそう、ですけど、食べちゃうと体に悪そうですし、我慢しないといけません、です……。あと、ちゃんと密封しないと、蟻さんが来て大変なことになります、ですよ?」
 アンジェラは対比はしつつ、落ち着いた様子を見せていく。
 そうしているうちに、雨は止む。
 代わりとでも言うかのように、最初にアンジェラに当たった板チョコが宙に浮き始めた。
 切れ込みには、ドリームイーターであることを示すモザイクが。
 日御碕・鼎(楔石・e29369)が作戦通りとつぶやく中、ルヴィルはくしくしと顔を拭う仕草を見せる。
「それじゃ、頑張ってこうー」
 のんびりとした調子で呼びかけながら、静かに槍を構えていく……。

●甘い香りに抱かれて
 警戒に回転しながら、宙に浮かんでいるドリームイーター。
 その中心に狙いを定めながら、ペルは拳を握りしめる。
「さて、驚いてばかりも居られないな、やるしかない」
 踏み込み、白き魔力を宿した拳で殴りつける。
 ドリームイーターの角をこそげ取った時、再び世界が影に抱かれた。
 新たな板チョコが降ってくる光景を目の当たりにし、鼎は呪術札を取り出した。
「易々とはさせない。皆様、俺が支えるから全力を」
 回復結界を形成し、前衛陣を治療する。
 痛みが和らいでいくのを感じながら、麻生・剣太郎(全鉄一致・e02365)は手元のスイッチを押し込んだ。
 背中でカラフルな爆発が起きる中、真っ直ぐな言葉をぶつけていく。
「甘いお菓子を好きなだけ食べる、分かりやすい子供の夢ですよね。……だからこそ、そういうものを踏みにじるのは許せない。鉄騎、皆の援護を頼む」
 ライドキャリバーの鉄騎を前線へと向かわせながら、自身もまた間合いの内側へと踏み込んでいく。
 隙間を縫う軌道を見極めつつ、メリルディは攻性植物・ケルスに力を込めた。
「お願い、ケルス。あの板チョコを捕まえて」
 呼応し、ケルスは蔓を伸ばす。
 鉄騎の体当たりを避けたドリームイーターを捕まえた。
 すかさずアンジェラが踏み込んで、ビニール袋をかぶせていく。
「溶けると大変なことになります、ですから、この中でじっとしていてください、です!」
 素早く口を縛り上げるも、ドリームイーターは角を用いてビニール袋を突き破った。
 ならばとばかりにアンジェラが拘束の御業を放つ中、ペルは力ある言葉を紡ぎ終える。
「クク……石のように硬いチョコになれ……」
 僅かに、ドリームイーターの先端が傾いた。
 目を凝らせば、少しだけ灰色に変わっている事がわかる。
 それでもなお回転し、ケルベロスたちを牽制してきた。
 甘い香りを充満させながら、新たな板チョコの群れを降り注がせてきた。
 狙いは前衛。
 故に可能な限りの時間をかけて、メリルディは拳を握りしめる。
「ほんとすっごく動いてるね!」
 目を輝かせながら、板チョコの合間を縫う形で近づき、殴り掛かる。
 ドリームイーターの角とぶつかり合い、互いに後方へと弾きあう。
 鼎を中心に治療を行い、反撃をいなしていくケルベロスたち。攻撃もまた的は小さいけれど確実に重ねていた。
 全身に傷跡を刻まれながらも、ドリームイーターは回転する。
 勢いをつけて、身構えるルヴィルへと向かってきた。
 驚かなかった以上、単体攻撃において自分が狙われるのは想定内。
 ルヴィルは正面から受け止めて、小さく微笑んでいく。
「その攻撃は、通さないよ!」
 一呼吸の間を置いた後、左側へと受け流した。
 先には、腰を落とした剣太郎。
 力を込めた拳を放ち、ドリームイーターを打ち返す。
「……見た目が板チョコなら、意外と効果はあるかもしれません」
 言葉が示したがごとく、ドリームイーターの体に亀裂が入った。
 もっとも、動きの精彩さが曇ったわけではない。
 ケルベロスたちはより強く気合を入れて、ドリームイーターに挑んでいく……。

 戦場に、何度も降り注いできた板チョコの雨。そのたびに積もる板チョコの山を見つめながら、マロンは足に炎を宿す。
「ほんと、何人分のチョコなんでしょうねこれ。……どっちにせよ、食べられませんがっ!」
 どことなく悔しさをにじませながら、チョコの山の合間を縫いドリームイーターに近づいた。
 ドリームイーターを挟んで向こう側には、同様に足に炎を宿したルヴィルがいる。
 頷き合い、呼吸を重ねた。
 板チョコの山を用いて逃げ場を塞ぐ形で肉薄し、同時に放つ炎のキック!
 つま先に挟まれ、ドリームイーターは体が砕ける音を立てた。
 炎に炙られたチョコレートのような香りもまた、戦場に漂い始めていく。
「……溶けているです?」
「みたいだねー」
 言葉を交わし、飛び退く二人。
 代わりに鼎が歩み寄り、指に挟んだ符を放っていく。
「香りは甘いが……食には適さぬ、か」
 静かな息を吐く中、ドリームイーターは符を張り付かせたまま回転を――。
「させません」
 ――始めんとした時、紫電を宿した潮流の拳がドリームイーターを叩き落とした。
 地面へと激突し、ドリームイーターは動きを止める。
 紫電に絡みつかれ、動けぬ状態へと追い込んだ。
 落ち着いた足取りで、剣太郎が歩み寄る。
「さて、覚悟して下さい。子供の甘い夢を奪ったその責を、今」
 見つめる先、ドリームイーターの角を爆破した。
 爆風に乗って、ドリームイーターは跳ね上がる。
 鼎のもとへと跳んでいく。
 手を伸ばせば届く距離に至った瞬間、虚空を符が翔け抜けた。
 冷たい音を響かせながら、ドリームイーターは落ちていく。
 街灯を浴びて輝くのは、氷の破片。
 角より広がるは石の力。
 蝕まれながらも浮かび上がろうとしているけれど、紫電がそれを阻んでいく。
 だから確りを狙いを定め、精一杯の力を込めて。
 マロンは魔導書のページを捲り、大きな蜂の巣を召喚した。
「蜂さん、れっつニードルアタックです!」
 軽く蜂の巣を小突いた後、ドリームイーターの頭上にぶん投げた。
 瞬く間に巣の中から蜂が飛び出して、ドリームイーターへと襲いかかっていく。
 赤いマフラーを巻いた立派な女王蜂が渾身の一刺しを放った時、全ては消え失せる。
 甘いカカオの香りも、ドリームイーターも。積み上げられていた板チョコすらも……。

●チョコレートを探しに
 清浄な空気を取り戻した夜空の下、戦いの傷跡を修復していくケルベロスたち。
 メリルディはレンの家の方角へと視線を送り、目を細めていく。
「これでレンの目も覚めるかな?」
「きっと覚めると思うよ。……夢も驚きも、全部戻ったんだろうしね」
 何もかもが夢に消えた戦場跡で、剣太郎は表情を緩めていく。
「ほんと、戻って良かったです。残ってしまったらどうしようかと」
「まあ、頭の中からは、なくならないのです、が……」
 アンジェラが軽くお腹を抑え、口を固く結んでいく。
 ならばと、鼎が駅の方角へ目を向けた。
「なら、帰りにチョコを買っていきませんか? コンビニなら空いているはずです」
 否を唱える者はいない。
 甘いカカオの香りを、覚えていない者などいないのだから。
 念のためレンの様子を確認する……などといった予定を立てた後、ケルベロスたちは帰還する。
 半ばにて鼎は空を仰ぎ、白い息を吐き出して……。
「彼も、甘い一日になると良いです……けど。バレンタインは、何だか嬉しい悲鳴と只々悲しい嘆きが飛ぶ印象しかないです。ね」
 それでも、願わくば……多くの人々が、幸せに抱かれんことを……。

作者:飛翔優 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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