恋の病魔事件~その病はゆっくりと心を蝕む

作者:久澄零太

 それは、いつもの光景だった。いつもの通学路、いつもの時間、いつもの学生服、いつもの……ずっと一緒の、幼馴染。きっと、腐れ縁というものなんだろう。物心ついた時には、隣にいた。
 幼稚園で野良犬に吼えられた時、助けてくれた。小学校に上がった時、いじめられた私を庇ってくれて、大怪我をした。いじめっ子をやっつけてクラスメイトから恐がられた時、笑ってくれた。
 中学生になっても女の子らしくなかった時、手を握ってくれた。柔道の大会で優勝した時、一緒に大喜びしてくれた。テスト勉強で躓いた時、分からない所を一緒に勉強してくれた。卒業式、せっかくだからって第二ボタンをくれた。
 高校生になって、学校も同じで、通学路も一緒で、志望大学も一緒で……また、この『いつも』が続くと思ってたのに。彼は、他の女の子に手を取られて、困ったように笑いながら私を見てる。その頬が、赤みがかっていて……。
「ぁ……」
 急に、胸が苦しくなってきた。そっか、私は……。
 その気持ちを自覚した途端に、私の世界は闇に包まれた。

「集まってくれてありがとう。実は今日、日本中の病院から原因不明の病気について連絡があったの。この病気は、誰かに恋をしてる人がかかるみたいで、『胸がドキドキして、食べ物も飲み物も喉を通らなくなる』んだって」
 キョトン、とする番犬達を見回して、大神・ユキ(元気印のヘリオライダー・en0168)は真剣な眼差しをする。
「これは、たとえ話じゃないの。本当に水も飲めなくて、無理に飲ませようとすると咳込んで戻しちゃうみたい。患者さん達は今は病院で点滴を受けて命の危機は乗り越えたって連絡も来てるよ。でも、治療法は全然分からないの。この話を聞いた、アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)さん達が調査したら、原因は『恋の病』って病魔だって分かったの」
 ここまで聞いて、番犬達は為すべきことを察したのだろう。病人から病魔を引きずり出し、撃破することでその病を治すことができる……のだが、何かに怯える様子のユキがコロコロと地図を広げて、とある病院を示した。
「皆にはここに行って欲しいの。で、魔導医なんだけど……」
 ちらと、視線の先には四夜・凶(妖怪恋話くれ・en0169)がいるのだが ……使命感通り越して殺意に滾っている。
「凶がついてくから、細かい事は気にしないで。あと、多分凶が荒ぶるけどそっとしておいてね……ほら、恋バナ好きだから、こういう形で事件が起こったせいでプッツンしたみたいなの」
 コソコソと囁いてから、敵のイラスト描いてどういった病魔なのかを示すユキ。
「敵は弓を持ってて、皆の心に働きかける矢を撃ち分けてくるよ。ちなみに、戦場については心配しないで。患者さんは病魔討伐治療用の特別な病室に運んでもらってるから、人払いも必要ないよ」
 説明を終えて、少女は小さくため息をこぼす。
「患者さんは病気の苦しみがトラウマになって、恋が怖く感じちゃうみたい。よかったら、何かお話ししてあげて欲しいな。こんな事件がきっかけで恋に奥手になるなんて、ちょっと寂しいと思うから……」


参加者
平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)
叢雲・宗嗣(夢謳う比翼・e01722)
日向・向日葵(向日葵のオラトリオ・e01744)
ケルン・ヒルデガント(刈り取る少女・e02427)
アーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)
舞原・沙葉(生きることは戦うこと・e04841)
コルティリア・ハルヴァン(グレイガンズディーヴァ・e09060)
風音・和奈(固定制圧砲台・e13744)

■リプレイ


(ぶっちゃけちょっと怖いんじゃが……)
 ケルン・ヒルデガント(刈り取る少女・e02427)が若干引いているのは、凶。舞い散る火の粉すら羽を象る彼の地獄が、ただの業火と化して吐息にも蒼炎が混じっている。殺意と灼熱を振りまく彼に、コルティリア・ハルヴァン(グレイガンズディーヴァ・e09060)が意を決する。
「凶、許せない気持ちは私もみんなも一緒だよ。だから、一度深呼吸して落ち着こう? ずっと恐い顔してたら、患者さんが驚いちゃうよ?」
 彼を宥めるべく、肩に触れた時だった。
(あれ、熱くない。でも、胸が苦しい……)
 その苦痛を、彼女は知っている。
(そっか。凶は怒ってたんじゃなくて、泣いてたんだね)
 地獄持ちはその怒りにより地獄を猛らせる。故に凶も怒りに囚われたと見えたが、根底にあったのは悲しみ。彼女には、地獄を通して心が流れ込んでくる。恋をする。それだけで、何故この少女が苦しむのか。己が怒りにその身を灼いて、心の奥で涙する。道化にも似た有様に、コルティリアが微笑んだ。
「私も凶のこと信頼してる。だから凶も私たちのことを頼って。一緒に病魔を倒そう?」
「……」
 返事はない。されど、蒼い業火が翼の姿をとった。
「始めるぞ」
 手をかざすと、MRIのように魔法陣が患者の体を透過する。つま先まで抜けきった後、天使の少女のような病魔が出現。
「玄人の俺に言わせれば、こういうオペは短期決戦だ……!」
 サイファが患者の容体を見て、戦闘が長引くことは彼女の負担になると判断。風音・和奈(固定制圧砲台・e13744)が息を吸い込むのに合わせて、発破。番犬の周囲に重力鎖を散布してその身を活性化させる。
(もっと強く、この想いを全部、全部……!)
 肺に溜め込んだ空気に心を織り交ぜて、衝撃として叩きつける。和奈のそれはビルシャナのそれと酷似して、自らの信念、想い、そして願いを相手に『届ける』ための物。押し付けて塗り替えるデウスエクスと異なり、相手の心へ直接語りかけ、感情の強さを持ってねじ伏せる、対話と威圧を兼ねた特異な声なき声。怯んだ病魔の前に黄金の木々が伸び、防壁のように立ちはだかった。
「……」
 防衛線を築く舞原・沙葉(生きることは戦うこと・e04841)はそっと目を閉じる。患者の少女の事を想うたびに、胸を引き裂く様な痛みがするのだ。
「この痛みは……感情は……」
 答えは出ない。それでも少女は刀を抜く、今はそうすべきだから。
「どうせあれだろー? 裏に別のデウスエクスが潜んでんだろー?」
 今回の事件の引き金は別にある。そう推察する平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)は鬼鋼を展開、前衛の重力鎖をフォーカスして精度を高めていく。
「ほら、恋の邪魔者はとっととケルベロスにやられちゃいなぁッ!」
 日向・向日葵(向日葵のオラトリオ・e01744)が二挺拳銃を構えて両腕を交差、病魔を中心に銃口を左右に向けるそれは、屋内において退路を潰す独特の構え。咄嗟に飛び退いた病魔の背後へ、アーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)が回り込む。赤く脈打つ漆黒の槍がその身を穿ち、魂を食らえど罪は喰らえず。
「あぁ、そっか。恋する気持ちに罪はないものね……」
 この病魔は、少女の心の在り様を捻じ曲げた物なのだろう。一人納得したアーティアは身を翻して反撃前に距離をとり、叢雲・宗嗣(夢謳う比翼・e01722)が漆黒の刀の柄を握る。
「彼女の夢は……奪わせないよ」
 応えるように、得物が悲鳴を上げた。耳障りな金属音は、錆びついた動力炉が無理やり回転しようとしている証。かつて形無き者共を斬り捨てた刃が、宗嗣の銀色の思念を食らい、輝きを取り戻す。
「こいつは曰く付きでな。超常存在を……お前みたいな曖昧なモンをぶった斬る事に特化してるらしい」
 鞘から溢れだす炎がオニヤンマを形取る。それが宗嗣の肩に留まった瞬間、抜刀。刀身が燃え盛り、炎の大剣と化した得物が病魔を叩き潰した。


 宗嗣が飛び退いた直後、病魔は楽し気に笑いながら飛び立った。凶に向けて矢を射かけ、彼はそれを左手を貫通させて受け止めるが、はやる心が暴走するように、出血が激しく止まらない。同時に、彼の翼が再び轟々と燃え盛る。
(あの矢は人の心を弄るのか……それと連動して、心臓に負担をかける、と)
 戦況を観察する昇が握り込んだ宝石から魔力を抽出。銃弾代わりに銃に込め、凶に撃ち込んだ。血液と共に噴き出す蒼炎が矢を灰に帰し、大きく開いた傷口を魔力の弾丸が塞ぐ。二の矢を射んとする病魔の矢を、沙葉が弾き飛ばした。
「構えろ、遠慮は無用だ」
 煌々と、赤く燃え盛るそれは闘気の炎。剣客特有の冷たい瞳と、本能が警笛を鳴らす威圧的な気。当てられてしまった病魔が彼女の方を向いた時だ。ケルンが長銃を召喚。
「頼むからまともに飛ぶのじゃぞ……!」
 放つ弾丸は二発。一発は病魔の片翼を凍てつかせて撃墜、もう一発は外れ……転移。もう片方の翼を根元から吹き飛ばす。
「気が向いてくれなんだか……」
 ホッと胸を撫で下ろすケルンの横、向日葵が二挺拳銃を構え、時間差で発砲。一発目で仰け反り無防備な病魔を、二発目が撃ち抜いて凍結させる。
「そろそろ潮時だ。皆、トドメの準備はいいな!?」
 和が重力鎖を爆破。周囲に散布して番犬達の身を包み、仲間の重力鎖を活性化させて自身は下がり射線を開ける。
「マジックサーキット。リバイバルッ!」
 向日葵が抜刀、それを機械腕が挟み込み、間に電圧が生じて刀身を軸にした大剣を生成、機械腕で支え、振りかざす。
「伸びて照らせ!」
 天を突くように掲げたそれは天井を穿ち、晴れ渡る青空を覗かせる。向日葵色の輝きは、光の柱のようにどこまでも伸びていて。
「この世界を向日葵と夕焼けで染め上げろォ!」
 向日葵の黄と夕日の赤が入り交じる橙が、倒れ込むようにして病魔の上に振り下ろされる。その剣閃は、夕焼けに似た残光が軌跡を示した。
「ようしクロム、私たちも行くよ!」
『にゃー!!』
 無数の猫に分割された液状の得物が応え、一斉に病魔へ飛びかかる。向日葵の魔剣の余波を吸収し、熱を持った肉球がスタンプのように火傷を残した。まとわりつく猫の群れに囚われた病魔へ、コルティリアが銃口を向ける。
「恋する乙女はすっごく熱いの。その気持ち、少しは伝わった?」
 にゃはは、冗談めかすように笑って引き金引けば、さっと猫達が退いて銃弾がその胸を穿つ。
「薙ぎ払うぞ、ほのか……」
 宗嗣の声に、彼から炎のオニヤンマが分離。傷口を押さえる病魔の前へ飛んでいく。その後を追うように、宗嗣が床を蹴った。
「惨禍燎原……!」
 振り下ろした刃はオニヤンマを叩き斬り、刀身に同化。漆黒の刀身が赤熱して真紅に染まるもその熱を圧縮。燃え上がらせることなく得物の中に閉じ込める。チロチロと、淡く炎を纏う刃が病魔の身を薙いだ。残された斬痕が、一拍遅れて火を放つ。刀身に抑え込まれていた熱が抑止力を失い、病魔の身を蝕んで燃え広がっていくが、未だ力尽きざるそれは道連れを求めるように弓を引いた。
「遅い!」
 アーティアが漆黒の槍を突き立てれば、室内に突風が巻き起こる。螺旋を描く竜巻は病魔を引きずり込み、アーティアを砲弾のように弾きだした。一瞬にして距離を失った二人が交差、不忍者の刃が肩口を裂き、弓を取り落させて床に叩きつける。すぐに武器を拾おうとする病魔の体が、持ち上がっていく……。

「ツ カ マ エ タ」

 口角を上げる凶が、細い喉を握り潰す。声はおろか、呼吸さえ封じられて悶える病魔の視線の先、蒼炎が紡ぐは巨大な刃。
「せめてもの情けだ」
 底冷えするような宣告。人はその刃を、慈悲深い処刑具と呼んだという。
「死ね」
 水平に滑る断頭斧が首を分断。転がる頭蓋を踏み砕き、その全身を抹消するのだった。


「おバカ!!」
「あだっ!?」
 ゴハァ、過剰に溜まった地獄を吐息と共に吐きながら患者に目をやる凶。何が問題って、折角起きた女の子が気絶したことだよね。そりゃサイファさんだってデコピンくらいするさ。
「性格変わるほど腹立ててどーすんだよ! 医者が冷静さを失ったらダメだろ!?」
「面目ないです」
 しゅん、翼が消えて小さくなる凶にサイファがため息。
「……落ち着いた? じゃあ恋バナしようぜ!」
「ほぉう?」
 ギロリ、爛々とした瞳がサイファに向けられた。
「いっ、いつもだったらこんな話しないけど、今回はキョウが頑張ったから……特別なんだからな! すっげえ恥ずかしいんだから心して聞くよーに!」
 部屋の隅っこで男子会? やってる傍ら、昇は病魔の矢を拾い、重力鎖を込める。病魔のように曖昧なデウスエクスは、武器もまた存在が曖昧。維持してやらなくては消えてしまう。
「気が付いたか?」
 再び目を開ける少女へ、沙葉が水を勧める。彼女が問題なく喉へ通す事ができるのを見届けてから、沙葉はそっと口を開いた。
「自分の恋心を自覚し、不安と辛さを抱えていたのだな。未知の感情に戸惑うのは無理のないことだ。でも、恋とは不安なものだけではないはず」
 語りながら、ズキズキと胸が痛む。それをごまかすように、少女の胸を指し示した。
「君と彼の思い出は、替えのきかない唯一のものだ。その時に感じた気持ちを、これからも大切にしてほしい」
「でも、その気持ちがあるから……」
「じゃあ、彼と一緒に居る間はずっと苦しかったか?」
 俯いてしまう少女へ、どこかぎこちない微笑みで、問う。
「きっと、そうではないだろう。温かい気持ちで満たされていたはずだ。彼の笑顔に救われたことだってあったはずだ。でも、今はそれを見ているのが辛いんだろう?」
 小さく首肯する彼女から目を逸らすように、沙葉は視線を外した。
「それがきっと、恋の病というものなんだよ。だから、その……すまない、うまく言えない」
 沙葉は逃げ出すように離れていく。あんなに練習したのに、笑えなくなってしまった自分の頬を押さえて……。
「ねぇ、貴女はどうしたい?」
 コルティリアが腰を降ろし、取り残された少女と視線を重ねる。
「やりたい事、伝えたい事を口に出してみて。もしかしたら、私たちに出来ることがあるかもしれない。私たちでよければ話してほしいな?」
「やりたい事……?」
 オウム返しして、少女は震え始めてしまう。
「分かんない……分かんないよ……もう、何をどうしたらいいの……!」
 怯えて涙ぐむ少女を、コルティリアはそっと抱きしめた。ぽんぽん、背中をそっと叩いて、落ち着かせる。
「大丈夫、考えなくていいの。自分にとっての幸せとか、夢とか、そういうものをイメージして……」
「まずは肩の力を抜いて……目を閉じてね」
 そっと離れるコルティリアに代わり、和奈が少女の肩を抱いた。
「真っ暗な中に、好きな人の姿だけを思い浮かべて。いつも一緒だった貴女ならできるはず。落ち着いて、彼の姿だけを思い浮かべてね。他には何もいらない」
 含ませるように言い聞かせる和奈が手伝うように、少女の顔を撫でてまぶたを閉じさせる。
「そして、彼が貴女に見せてくれた笑顔を、貴女にかけてくれた声を、貴女に与えてくれた優しさを、ゆっくりと思い出してみて」
「……」
 少し唇を突き出すようにして、今までの思い出を巡る少女。まぶたの端から、一滴の涙が落ちていく……。
「貴女の中に、暖かいものが宿っているはず。それが、『好き』という気持ち。それを彼に伝えてあげて……その暖かさを、彼にプレゼントしてあげるの。ね?」
 トン、胸元に触れて、その心を示すように微笑みかける和奈。しかし、少女は泣き崩れてしまう。
「怖いんだね」
 アーティアが困ったように笑った。
「最初は一緒だと楽しいとか気兼ねなくいられるとかそんな風に思ってた。その想いに気付くのっていつも遅くて、その頃には苦しくなっていて。伝えたら『今』が壊れてしまうんじゃないかって、不安になる。でも、私はその『胸を刺す程に苦しい気持ち』ですら愛おしい」
 ふと、崩れた天井から覗く空を見上げ、今どこで何をしているのか、想いを馳せる。
「私の愛しい人はどこか遠くに行っちゃった。帰ってくるのを待ってられるほど辛抱の強さもなかったの。けれど、私は全力で愛した人のことを悔いには思わない。だって、どんなことがあっても好きで好きでたまらない人だから! ……また会えたら、なんて思ってしまうくらいにはね」
 少しだけ、寂しそうに苦笑する彼女は少女を示す。
「貴女は叫びたがってる心を押さえつけてるから辛いんじゃないかしら? 貴女の大事な人はまだ目の前にいるの。何かあったらまた聞いてあげるから思い切って行動したらいい……貴女の恋は終わってないわ」
 少しだけ、目を見開いた。まだ終わっていない。その言葉に、微かな光を見た気がするのだろう。
「今は体と心を治すのじゃ。その後は、やはり後悔のない選択をするべきじゃと思うの」
 すぐにでも動き出しそうな少女を、ケルンがそっとベッドに寝かせてやる。
「その時になってもまだ怖いと思っておるのであれば……この事件に巻き込まれたのは運が悪かった。そう思うのが一番早いやもしれぬ」
 うむうむ、ケルンは頷きながら話を続ける。
「あの時はタイミングが悪かっただけと。今回もだめかもしれない……でもうまくいくかもしれない。いいやきっとうまくいくと。そんな感じでちょっと後ろを向きながらも前を向くという感じでいいのではないかの? 実際、一度感じた不安はそう簡単には拭えぬ。じゃからすぐに立ち直れ、などと無理は言わん。少しずつ、少しずつでいいのじゃ。それでまた何かあれば妾達がおる」
 小さく手を振るコルティリアに、両手を軽く握って応援の視線を投げる和奈、微笑みながら頷くアーティアに、少女の目が少しだけ、光を取り戻した。


「生きている限り『このままいつまでも一緒』って訳ではないんだよ。だからさ、動かなきゃ。何もしなきゃ相手は気が付いてくれないよ」
 ずいっと、身を乗り出してくる向日葵に少女がちょっとだけ引いた。目を背ける様子には、例の懸念があることがうかがえる。
「まだ付き合ってるって聞いてないならさ、手遅れだとしても言葉で伝えなきゃ」
 回り込むようにして、目を合わせる向日葵。
「お洒落して灯台みたいな輝いて、つれなくして相手をやきもきさせたり、男友達に頼んで相手に嫉妬させたりとかさ」
「でも、その、もしも……だったら、イジワルしたら嫌われそう……」
 ポッ、ほんのり朱に染まる頬と微かな声に、サムズアップ。
「両想いだったら話は別、そのまま加速すれば良いんだよ」
「わー!?」
 はっきり言わないで!? と少女がわたわた。
「もしダメでも、想いを伝えてケジメをつけた方がいいよ。区切りを付けられなかったら、ずるずる引き摺って、余計つらいよ……経験上ね」
 宗嗣の言葉に、ぱたり、少女が大人しくなる。宗嗣の困ったような笑顔から、何があったのか、大体察したのだろう。少女もまた、表情が曇る。
「月並みだけども、生きていればいい出会いがあるよ。生きていれば、夢は続いていく。彼も君も幸せになれる未来が、きっとあるはずだよ。まずはその夢に向かって手を伸ばすんだ。何事もまずは行動あるのみ、欲しがるだけじゃ何も得られないよ。結ばれたいのなら、歩きださなくちゃ」
 呆けてしまう少女の背中を、和がバンッと叩いた。
「よし、次やることは分かるな? 告白だ! お前の想いをビシッと思い人に伝えて来な!」
「えぇ!? で、でも……」
 ごにょごにょ……くすぶる少女と和が額を突き合わせる。
「なに? 怖い? 不安? 何が? 恋が? バカ言ってんじゃねえ!」
「痛い痛い痛い!?」
 少女の頭を両拳で挟んだ和がゴリゴリ。
「いいか、今のお前にあるのは恐怖でも不安でもない、ただの怠惰だ! 照れてる間に誰かに取られたらどうする? 恥ずかしがってる間に誰かの物になったらどうする? フラれる事より、想いを伝える事すらできずに終わることの方が怖いだろうが!!」
「ぁう……」
 大人しくなった少女から手を放し、和は番犬達を示した。
「今回は辛い目にもあったし恐い目にもあっただろう。でもな、そのおかげでこうしてお前を応援する番犬ができたんだ。もう恐れる理由はねぇ。だからほら、勇気を出して行って来い!」
「……うん!」
 少女の晴れやかな笑顔を見つめ、宗嗣がフッと微笑み、地獄のオニヤンマと見つめ合う。
「……今度は、守れたかな、ほのか……?」
 ススス、恋バナを語り終えて恥ずか死したサイファから離れた凶が向日葵の下へ。
「お疲れ様です。ところで、先ほどのフォロー、恋バナを持っているようでしたが……」
 聞かせてオーラ満載の彼を前に、向日葵の脳裏に過るのは笑顔の  と、ダモクレスに利用された  と……。
「秘密!」
「そんなっ!?」
 にーっ。フラッシュバックした光景を掻き消すように笑う彼女の前で、凶が涙目。そんな彼を見てケルンは想う。
(あれがアレと同一人物じゃもんな……地獄持ちは怒らせない方がいいんじゃなぁ……)
「凶、お疲れ様だ」
 沙葉が彼に歩みより、目を合わせる。
「こんなことを聞いてすまない、おかしいとは思うが答えてくれ……私はちゃんと、笑顔になれているだろうか」
 その表情は、悲し気に歪んでいた。

作者:久澄零太 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 2
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