蹴落とした連中を潰せるのなら……

作者:なちゅい

●生体実験の末に……
 そこは薄暗い実験室。
 台の上に横たえられた女性の姿を目にしていたのは、黒い衣服を纏ったドラグナーだ。白い仮面を被った白髪の男は含み笑いをしている。
 男の名は竜技師アウル。彼は今、目の前の女性へとある生体実験を完了させたところだ。
「くっくっく……喜びなさい、我が娘」
 ドラグナーの呼びかけもあり、目を開いた女性がゆっくりと体を起こす。その右目は地獄となって燃えており、四肢はドラゴンのように鱗に覆われている。
「お前は、ドラゴン因子を植えつけられた事でドラグナーの力を得た」
 だが、女性はドラグナーとしては不完全な状態。このままでは、いずれ死亡するだろうとアウルは話す。
 しかしながら、女性は何の感情も示さず、そっけない言葉を返す。
「このまま死ぬのも悪くないわね」
「まあ聞け」
 アウルはそれでも、娘と呼ぶ彼女へとにやつきながらさらに語る。
「死を回避して完全なドラグナーとなる為に、与えたドラグナーの力を存分に奮ってみろ。復讐も遂げられし、多くの人間を殺してグラビティ・チェインを奪い取って生き長らえることもできる」
「……そう」
 アウルの言葉に、女性は立ち上がる。
「私を蹴落とした連中をぶっ潰せるなら、それもいいかもしれないわね」
 彼女はぼそりと独りごちてから、実験室の出口へと歩いていく。その背中を、アウルは満足気な表情で見つめていたのだった。
 
 ヘリポートへと集まるケルベロス達。
 ドラグナーによる事件と聞きつけた彼らは、ヘリオライダーへとその説明を求めにやってきていたのだ。
「皆、ようこそ」
 事件の話を始めるリーゼリット・クローナ(ほんわかヘリオライダー・en0039)だが……。あまり気分の良い事件ではない。そんな前置きをした後、説明を始める。
「ドラグナー『竜技師アウル』によってドラゴン因子を移植され、新たなドラグナーとなった一般人が、事件を起こそうとしているよ」
 この新たなドラグナーは、まだ未完成とでも言うべき状態だ。
 その人間は完全なドラグナーとなるべく必要な大量のグラビティ・チェインを得る為、また、ドラグナー化する前に惨めな思いをさせられた復讐と称して、人々を無差別に殺戮しようとしているのだ。
「これから、急いで現場に向かおうと思っているよ。皆には、未完成のドラグナーを撃破してほしい」
 現れる未完成型のドラグナーは元々はOLだった女性、菅・玲那だ。キャリアウーマン風の女性だが、職場で孤立した彼女は先輩の嫌がらせなどがきっかけで体を病み、退職へと追い込まれた過去を持つ。
「ドラグナーとなりかけているこの女性は、ファミリアロッドを使って攻撃してくるよ」
 戦いにおいて魔法の杖に変化するオウムとインコを従えるものの、彼女は配下は従えずに1体のみで現れる。また、未完成な状態の為、ドラゴンに変身する能力はないようだ。
 このドラグナーは、熊本県のオフィス街に現れる。菅は辞めた会社を巻き込む形で人々を殺戮しようと動く為、出来るだけ早く止めたいところだ。
 説明を終えたリーゼリットは最後にこう告げる。
「この女性はもう救うことが出来ないよ。ただ、彼女が完全なドラグナーとなって破壊活動を行う前に、討伐をしてほしい」
 よろしく頼んだよと、彼女は集まったケルベロス達へと願うのである。


参加者
フェアラート・レブル(ベトレイヤー・e00405)
佐藤・みのり(仕事疲れ・e00471)
白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)
物部・帳(お騒がせ警官・e02957)
天目・宗玄(一目連・e18326)
トープ・ナイトウォーカー(影操る戦乙女・e24652)
ルビー・グレイディ(曇り空・e27831)
柔・宇佐子(ナインチェプラウス・e33881)

■リプレイ

●絶望で自暴自棄になった女性
 現地を目指すヘリオン。
 それに同乗しているケルベロス達は、到着までの間、自身の考えを語り合う。
「ドラゴン因子なんて、朝のヒーロー番組みたいでかっこいいのよ! ……と思ったら、人を襲う悪い人になっちゃったのだわ」
 まだまだ育ち盛りなお年頃の柔・宇佐子(ナインチェプラウス・e33881)。うさぎのウェアライダーの彼女は、ぬいぐるみのような見た目でなんとも可愛らしい。
「誰が一番悪いかと言われれば、ドラグナーではあるが……。それにしても惨いことをする」
 それだけ敵も余裕がなくなっているのかもしれないと、軍服姿のトープ・ナイトウォーカー(影操る戦乙女・e24652)はその所業には眉を顰めつつ、状況を分析する。
「わあ、復讐は身を滅ぼすとはこの事だね……」
「嫌ですねぇ。良い大人になっても、虐めたり虐められたりなんて因果から抜け出せないとか」
 今回現れるドラグナーとなりかけた女性について、ルビー・グレイディ(曇り空・e27831)は冷淡な言葉を漏らす。ツインテールを揺らしつつ、白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)は首を振って嘆息した。
「同情の余地は大いにあるが……、無関係の者まで傷つけるのは看過できんな」
「復讐という想い自体、否定はしない。……だが、その行為が害を為すのであれば止めるだけだ」
 トープは相手を慮りながらも、天目・宗玄(一目連・e18326)はその動機をも受け入れながらも、両者共にその女性の行為に関しては否定をする。
「お姉さんを助けられないのは残念だけど、これ以上被害が広がらないように頑張ろうねー」
 ドライな態度をとるルビー。ただ、彼女の瞳の奥では黒幕に対する嫌悪感が渦巻いていた。

 熊本県のとあるオフィス街。
 そこに現れたドラグナーの女性、菅・玲那。彼女は一見スーツを着たOLだが、四肢をドラゴンのように鱗に包んでいる。その手に持ったファミリアロッドから、魔法の矢と火の玉を乱射していた。
「全て……壊れてしまえばいいわ」
 そっけなく告げる菅。建物が崩れようが、人が叫び声を上げようが、お構いなしである。
 そのドラグナーへと対するべく、ケルベロスはこの場へと駆けつけた。
 まずは、戦場を整えるべく、フェアラート・レブル(ベトレイヤー・e00405)が殺気を放ってドラグナーの近辺から一般人を遠ざける。物部・帳(お騒がせ警官・e02957)もまたキープアウトテープで戦場を区画し、人払いの補助をする。
 その間も、この近辺に用事がある人を見つけた佐藤・みのり(仕事疲れ・e00471)は、直接事情を説明して退避を促す。
 警戒している宇佐子、宗玄の前に、『彼女』は姿を現した。
 周囲を滅茶苦茶に破壊するドラグナー、菅は避難に当たるケルベロスの姿を見て、近づいてきたのだ。
「奴は我輩達がなんとかする。早く逃げてくれ」
 建物への被害は食い止められなかったものの、人的被害が出ていないのが救いだ。トープは逃げ遅れた人々を庇いつつ、彼らへと避難指示を出す。
「無駄かもしれませんが、やってみます。可能性はゼロではないはず……」
 一方で、ドラグナーの女性の前には、帳が前に出ていた。
「武器を収めて下さい、今ならまだ間に合います!」
 説得の可能性を信じて、帳は目の前の女性に呼びかける。
「このまま人を殺めても、誰も救われない。貴女の魂すらも!」
 しかしながら、菅は小さく首を振り、両手にファミリアロッドを握って構える。そして、地獄となった右目。それらはすでに、人間のそれではない。
「もう遅いわ。……だって、私はもう地球人ではなくなってしまったのだから」
 今更戻ることはできない。半分以上ドラグナーとなりかけている彼女は、そう口にする。このまま死ぬくらいならば、復讐を遂げてから死にたいと。
「きっと辛かったでしょう、復讐したい気持ちも分かります」
 みのりもまた、悲しげな表情で菅へと声をかけた。
「それでも、そんな事をすれば、貴女は貴女を貶めた方々と同じになってしまうんですよ。玲那さん……」
 すでに、その覚悟はできているのだろう。菅の目に迷いは微塵も感じられない。
「やるしかない、ということですか……」
「個人的には思う所はありますが、私達はこのまま貴女に復讐を行わせる訳にはいきません」
 警官として、ケルベロスとして、止めねばならない。彼は仕方なくリボルバー銃を抜く。みのりも躊躇いながらも、迎撃の為に身構えていた。
「――復讐か」
 フェアラートは、菅の復讐自体を否定する気はない。
 それが不毛だとか間違っているなどという主張は、復讐に身を焦がしたことのない者の奇麗事だとすらフェアラートは断じている。……もっとも、その果てに得る物のない復讐など、最初からやらない方が賢明だとも語っていたが。
「復讐自体を否定はしないが、陰惨な事件を起こさせるわけにはいかないな」
「憎悪が残っているというなら、我輩達が受け止めよう。それがケルベロスとしての役割だ」
 同様の意見を語る宗玄が自身の作った斬霊刀を抜く。トープもまた、菅が向けてくる全てを受け止める構えだ。
「どんな理由があっても、関係ない人を含めて暴力をふるうのはゆるしちゃいけないのよ」
 まだ幼い宇佐子だが、菅の行為を是とはできないのは皆と一緒だ。
「ま、鬱陶しい同情とか道徳語りは無しでいきましょう」
 仲間の主張を一通り聞き、佐楡葉は遮るように言い放つ。こうなった原因は菅だけの責任ではないかもしれない。しかしながら、人を捨てたのは、彼女の選択なのだ。
「そうね。……行くわよ、ケルベロス……!」
 ケルベロス達は意を決し、人でなくなったドラグナーへとグラビティを繰り出すのである……。

●蹴落とそうとしたその先に……
 ドラグナーとして襲い来る女性、菅。身体能力はケルベロス並み、いや、それ以上になっているとはいえ、戦闘に関してはケルベロスの方が場慣れしているのは間違いない。
 トープは先んじて紙兵を巻いて仲間の護衛に当たらせる。佐楡葉も敵の挙動に注意しながら、雷の壁を仲間達の正面に展開させ、宇佐子は仲間の背後にカラフルな爆発を起こすことで、仲間をもりもりとパワーアップさせていた。
 それらに護られる形となる帳は、リボルバー『捕鳥部万』から白銀の銃弾を発射する。それは白蛇へと姿を変え、ドラグナーの体を縛り付けていく。
 しかし、敵はファミリアロッドを振るい、魔法の矢を撃ち出して反撃してくる。その矢はトープが前に出ることで受け止めた。
「そんな攻撃……やすやすと通らせはしない」
 フェアラートは今の攻撃を見て、薄いバリアのオーラで自身の身を包む。
「思うところがあるのだろうが、……止めさせてもらうぞ」
 斬霊刀を携える宗玄は、自らが鍛え上げた刃でドラグナーへと斬りかかる。だが、その刃は、直接菅の体を傷つけはしない。彼女の精神だけを断ち切らんとした。
「はーい、ちょっと動かないでもらえるかなー?」
 ルビーが敵に呼びかけると、ミミックのダンボールちゃんが大きく口を開いて痛みに悶えるドラグナーへと食らいつく。さらに、ルビーが縛霊手で殴りかかり、霊気の糸でドラグナーを縛り付けていった。
 動きを止めた敵へ、トープが正面から攻め込む。
「恨みを持つことも、それに復讐することも否定はせん……だが」
 彼女はドラゴニックハンマーを砲撃形態へと喧嘩させ、竜砲弾を叩き込んでいく。
「憎悪を無関係の者に向けるな」
 右目の地獄で睨みつけてくるドラグナー。今度はロッドから火球を生み出し、ケルベロスへと浴びせかけてきた。
「一応、お巡りさんですからね!」
 後方へと飛びかけた火の玉を、帳は身を張って受け止めた。いつの間にかその身に纏っていた御業の鎧で、彼は敵の攻撃を凌ごうとする。
「この御業も長くは保ちません。それまでに次の攻撃を!」
 実際、その威力は決して低くはない。佐楡葉がすぐさま電気ショックを飛ばし、帳の回復に当たっていた。
 その間に、宗玄が燃え上がる鉄塊剣を叩き付け、みのりが己の身に降ろす御業から炎弾を飛ばし、ドラグナーの体を焼き払おうとする。そこへ、宇佐子が電光石火の蹴りを叩き込んでいた。
「完全なる八つ当たり。あげく、デウスエクスになり果てた以上、放置する訳にはいかない」
 そっけなく敵へと告げたフェアラートは精神銃『黄昏』から弾丸を連射し、敵の服を破いていく。
 傷つくドラグナーはうめき声を上げるが、なおも態勢を崩すことなくグラビティを繰り出すのである。

 ドラグナー、菅の力は人体改造……ドラゴンの因子によって、人ならざる領域まで高められていた。
 菅が操るロッドは時にオウムやインコへと姿を変え、鋭いくちばしでメンバーを傷つけてくる。
「影よ、その身に勇士を映せ。傷負いし戦士に癒やしを与えよ」
 トープがその盾となりながらも、自らを癒すべくエインヘリアルの残影を自身の影より再現する。それは、軍医として幾多の同志を癒した者。その神がかった施術がトープを癒していく。
 その隣りを見ると、宗玄が刀を収めていた。
「斬られるか焼かれるか。好きな方を選べ」
 彼は目にも留まらぬ速さで刀を抜く。その刀身には地獄の炎が纏っていた。刀の刀身と、炎で作られた刃が続けて襲いかかる2段構えの斬撃。敵に避ける暇すら与えない。
 ケルベロスとて、歴戦のメンバー達だ。いくらドラグナーが強くとも、引けは取らない。
 みのりが鈴を結んだ大鎌で切り裂き、宇佐子が躍りかかってオーラで包んだ拳で叩いたのに続き、ルビーが空から襲い掛かった。
「超重量級の一撃をお見舞いするよ」
 八重歯を煌かせ、ルビーは重力を宿した蹴りを食らわせる。
 だが、ドラグナー菅も簡単には引かない。彼女は2体のファミリアを融合させ、キメラと化してけしかけてくる。受け止めた帳はオーロラの光を発して自身を含む前列メンバーを癒すが……、できるだけ早期に決着をつけたいところだ。
「滅ぼしてやるよ、何もかも」
 フェアラートはマインドリングから刀……精神刀『暁月』を具現化する。そして、彼女はその刀身に雷を纏わせ、ドラグナーの体を貫いていく。
「くっ……」
 ついに、ドラグナーの態勢が崩れかけたのを見て、回復に当たりつつ戦況を見ていた佐楡葉が告げる。
「一気に行きましょう」
 一輪の赤薔薇を取り出した佐楡葉はそれを触媒として魔力を流し、非物質の長剣を作り上げた。
「一華五葉開――あなたに咲くのは何色の花でしょう」
 刃が振るわれる度、佐楡葉の周りに幻影の薔薇が舞う。幾度も浴びせかけられた斬撃の数だけ、その花びらが宙を躍る。
 そこへ、宇佐子もまた特攻していく。
「他人に迷惑をかけちゃ、だめなのよ!」
 力いっぱい殴りかかる宇佐子の腕。『びょういんおくりのてっけんぱんち』である。
 それでも、ドラグナーは倒れない。ファミリアロッドを構える彼女へ、ルビーは戸惑いながら問いかけた。
「お姉さん……。復讐なんて悲しい事、もう、やめよう?」
「言ったでしょ。もう遅いって」
 しかし、菅は止めない。ドラゴンの力を振るい続けることを。ルビーはやむを得ず、ドラグナーの体を殴りつける。
 復讐の為に動く菅の姿が、みのりにはあまりに痛々しく見えて。それまで、躊躇なく攻撃をしていたが、動きを止めた菅に一撃を与えるのを少しだけ逡巡する。
「……辛かったですよね。終わらせてあげます」
 やや伏目がちに言葉をかけたみのりは、雷獣を呼び出す。
「今日の遊び相手は、あの人ですよ」
 現れたのは、足が6本ある雷獣のエネルギー体。それは戦場を駆け回り、ドラグナーの体へと突撃して消えていく。
「……、これで、よかった……の……」
 力なく倒れるドラグナー。ケルベロスは彼女が無力化したことを悟り、武器を収める。
「……復讐するなら、人間としてやるんだったな」
 フェアラートはそっけない言葉をかけ、その遺体から背を向けたのだった。

●事件が繰り返さぬように……
 倒れ行くドラグナー、菅。しかしながら、その顔はとても、ドラグナーのものとは思えない。
「どうか、安らかに眠ってね……」
 ルビーが最初に、倒れる彼女へと声をかける。
「おやすみなさい。せめて安らかな眠りを」
「貴女の逝く場所が何処かは知りませんが、きっと此処よりは静かですよ」
 帳、佐楡葉も、彼女の行く末に安らぎがあることを信じて祈りを捧げた。

「……色々と影響があるだろうし、場を片付けていくか」
 宗玄が周囲を見回して、仲間達へと告げる。さすがに、崩れかけた建物や穴の開いた道路を放置するわけにもいかないだろう。
 メンバー達はその後、戦場となったオフィス街の修復作業に当たり始める。
「はぁ――」
 癒しの雨を降らして破壊箇所を幻想で埋める佐楡葉は、溜息をつく。
「しかし、自宅警備員じゃないですが、働いたら負けってこういうケースでこそ言うんでしょうね」
 事件が解決したというのに、佐楡葉の胸の内のもやもやは一向に晴れることがない。
「いじめ問題、か。早々になくなればよいのだがな」
「いじめは良くないのよ。みんな仲良くすることでこういう事件を防げたらいいなって思ったのよ」
 トープも、宇佐子も、菅が追い詰められた状況を慮った。根底にあるこうした問題が起こらぬことを願うばかりである。
「明日は我が身ですかね。私も気をつけないとなぁ」
 みのりも菅の境遇を不憫に思いながらも、自らも同じことにならないようにと気を引き締める。
 それと同時に、人の弱みに付け込んだ今回の黒幕に、みのりは強い不快感を示したのだった。

作者:なちゅい 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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