旋律の略奪者

作者:柚烏

 ――かつり、かつりと韻律を刻むような靴音が辺りに響く。それに併せて夕陽に煌めく金の髪が、冬風に煽られて豊かに波打つが――その毛先はまるで、錆ついたように艶を失っていた。
 ひとり庭園を歩くのは、アンティークなドレスを纏った少女。けれど人形の如き可憐な彼女の、その胸に渦巻く憎悪に気付くものはどれ程居るのだろうか。
「……撤退命令が、出たのね。今までずっと、ずっと身を潜めてきたけれど。レジーナ様への手土産になるのなら、構わないかしら」
 少女の唇から紡がれたのは、何処か懐かしさを感じさせる、オルゴールの音色のような旋律。けれどその声は無残にひび割れて、歯車が軋むような不協和音を伴う。
「美しい音が憎い。憎いけれど、欲しい」
 冬薔薇が咲き誇る庭園で、彼女――オージェルは綺麗な歌声を響かせる少女を見つけた。その高らかに歌う少女の背後へ音もなく忍び寄り、オージェルは剥き出しの機械腕で軽々とその身体をねじ伏せていく。
「ねぇ、貴女の声……とても綺麗ね。その声を、私に頂戴?」
 何を、と少女が問う暇も与えずに、細い首にかかったオージェルの指先は、声を切り取ろうとするように無情にも食い込んでいって――。
「……ああ、声を奪ったら、貴女を殺してあげる。美しい声を出せなくなる絶望は、痛いほど知っているから」
 ――そして冬の庭で一輪、美しき花が手折られた。

 指揮官型ダモクレスの地球侵略は、今なお続いている。その指揮官の一体――『コマンダー・レジーナ』は、既に多くの配下ダモクレスを地球に送り込んでいたらしく、彼女の着任と同時に、潜伏していたダモクレスが次々に動き出したようなのだ。
「動き出したダモクレスの多くは、そのまま撤退したみたいなんだけど……中には、その際にグラビティ・チェインの略奪を行うものも居るようなんだ」
 まるで、行きがけの駄賃のように――と、その事件のひとつを予知したエリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)は、やるせない表情で溜息を吐いた。
「皆に倒して貰いたいのは、オージェルと名乗るダモクレスだよ。旋律の略奪者と言う二つ名の通り、彼女は美しい音を出せる存在を狙い、その声を奪った後に始末するみたいなんだ……」
 オージェルは街の片隅にある薔薇庭園に姿を現し、其処で歌の練習をしている少女を手に掛ける。夕暮れ時で散策している人はそう居ないし、いざとなった時の避難は警察などが協力してくれるだろう。ただ、オージェルへどう対処するかは決めておく必要がある。
「……この狙われる女の子を見張って、相手が現れた時に割って入るか。或いは、この子以上の美しい音を披露して囮になるか」
 ただし、彼女の音への執着は凄まじく、囮となる者は戦闘でも真っ先に狙われることを覚悟しなければならない。戦いとなればオージェルは、ダモクレスとしての能力に加え、歪な旋律を奏でて此方を始末しようとしてくる筈だ。
「音に囚われ、憎み、奪おうとする……それはもしかして、彼女自身が音を失ったから、なのかもしれない」
 ――けれど誰かを殺して奪っても、きっとその音は彼女のものにはならないだろう。つぎはぎだらけの旋律はただ、哀しいだけだ。
「だから……良かったら皆が、本当の旋律を彼女に聞かせてあげて欲しいんだ」
 壊れた機械に、探していた音を思い出させてあげられたらいいね、と。そう呟いたエリオットの手の中で、ちいさなオルゴールが優しい音色を奏でた。


参加者
天見・氷翠(哀歌・e04081)
エーゼット・セルティエ(勇気の歌を紡ぐもの・e05244)
桐野・七貴(秋桜散華抄・e07329)
天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)
黒木・市邨(蔓に歯俥・e13181)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
鷺之宮・蓮杖(キミに届けるアイのウタ・e16988)
ルクレツィア・フィグーラ(自鳴機構・e20380)

■リプレイ

●冬の庭
 凍てつく寒さに凛と立ち向かうように、瀟洒な庭園には薔薇の花が咲き誇っていた。傾き始めた夕陽は辺りを淡い光で照らし――セピア色に染まる景色は見るものを郷愁へ駆り立てる、切なくも懐かしい雰囲気に満ちているようだ。
「冬の薔薇……美しい歌を紡ぐ娘に、憎悪を掻き立てられた娘。……まるで歌劇のようだな」
 微かな葉擦れの音に雪豹の耳を揺らし、天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)は鋭い瞳で周囲を見渡す。此処へ現れるのは、美しい音を狙うダモクレスであり――旋律の略奪者の二つ名を持つ彼女は、美しい音の持ち主を憎み容赦なく殺戮に走るのだと言う。
「だが――終止符の行く末、変えさせて貰うぞ」
 獣の部族の矜持を胸に、陽斗は冴え冴えとした声を響かせて。一方で翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)は、オージェルと言うダモクレスの名を聞き、凛々しい相貌に苦悶のいろを滲ませていた。
「このような形で、再会するなんて……」
 ――それは風音が大切にしていた、機械仕掛けのオルゴールと同じ名だ。奪われ、行方知れずだった彼女の辿った運命に胸が痛むが、それでも誰かを殺める前に止めなければならない。
「オージェルさんは……寂しさや悔しさもあったのかなぁ……」
 風音が所有していた時は既に、劣化によって美しい音は出せなくなっていたと言うけれど――天見・氷翠(哀歌・e04081)が思うのは、音を失い憎しみへと至った、オージェルの抱える苦悩だった。
「美しい声を羨む気持ちは分からなくはないよ。僕だって、そうだったから」
 傾いた陽射しが陰を生んで、エーゼット・セルティエ(勇気の歌を紡ぐもの・e05244)の表情は良く分からない。しかし力強い足取りで石畳を蹴る彼は、だからと言って人から奪ってはいけないのだと、きっぱりと告げた。
「……ましてや命を奪うなんて。そんな悲しい事をさせてしまう前に、僕らで止めないとね」
 エーゼットはかつて革命的な歌い手――否、音痴で、師匠について特訓を行った結果、音痴を克服した経験を持つ。彼のように努力が実を結んだ者は幸運だと、ルクレツィア・フィグーラ(自鳴機構・e20380)は思う。世の中には、求めても得られない苦しみを抱えた者が、余りにも多く溢れているのだから。
(「かく言うあたしも、致命的な音痴で……自覚もしているけど」)
 けれど、どんなに下手であっても――機械仕掛けの音色を奏でられるとしても。自分は生身の身体で、いつか自分の歌が歌える日が来るよう、努力は怠らないつもりだ。
「歌で生きている身としては、他人事とは思えない事件だね」
 その華やかな佇まいは、音楽を通してひとびとに夢を与える生業故か。気さくな素振りで鷺之宮・蓮杖(キミに届けるアイのウタ・e16988)が紡ぐ、かたち無き声はまるで紫紺の色を思わせて、聴く者の心を揺さぶった。
「美しい音色、その欠片まで黒く染めてしまわない為に、彼女を掬い上げなきゃいけないかな」
 ね、と笑顔を浮かべる蓮杖に、黒木・市邨(蔓に歯俥・e13181)もへにゃりと笑みを返して。歯車楽器を取り出した彼は、オージェルの注意を引いて囮となるべく、皆で『美しい音』を奏でることを決意した。
(「……奏でるのは、そう。穏やかで、どこか儚げな音の曲」)
 ――それは、風音が音楽を好きになるきっかけになった、優しいオルゴールの旋律だ。幼い頃の微かな記憶を手繰れば、それは嘗て、美しい音色を奏でていたように思う。
(「俺には音の才も、技もない」)
 そうして仲間たちが其々に旋律を紡ぎ出す中、桐野・七貴(秋桜散華抄・e07329)は生真面目な表情を崩さず、薔薇のアーチに背を預けていた。――しかし彼とて、旋律に耳を傾ける風情は無論、持ち合わせているのだ。
「……音楽というのは不思議なものだな」
 歌は勿論の事、そこに詞など乗らずとも――時に言葉よりも雄弁に、奏者の想いを伝える。そうして可憐な薔薇たちに見守られながら、冬の庭園に美しい音が響き渡っていった。

●美しき音に想いを乗せて
 しっとりとした歌声を響かせる風音は、過去から未来に続く数多の命の尊さを高らかに歌い上げる。絡める想いは、音楽の記憶――音と出会い魅せられ、自然を慈しむ心を歌に込めようと思ったこと。
(「命への尊さの想いは同じく、生命への願いを込めて……」)
 そんな風音の主旋律に添えるように氷翠たちが合唱し、其々の想いを乗せて旋律に厚みを加えていく。聴く人が居れば耳へ優しく、心まで届く様に――誰かが誰かを想う気持ちの音を響かせられたら、と祈りながら。
(「カミに捧げるのとはまた勝手が違うが、曲調に併せ指を滑らせよう」)
 ――歌声を引き立てる楽器は、あくまでささやかに。御魂を慰める神事の如く、真摯な表情で陽斗が龍笛を鳴らし――音孔を按える指は薄く深く、巧みに音色を操っていった。
(「……この笛は、手向けだ。憎悪という負の気持ちに、囚われてしまった娘への」)
 穹へ届くように丁寧に、市邨の携えた歯車が回って優しい音色を奏でる中、ルクレツィアは即興で演奏を始めて己の想いを音楽に込める。
(「音源は何だっていい、言葉はあってもなくてもいい」)
 それを使って、奏者の感情が聴いている人に伝わるのが、美しい音なのだと彼女は信じていた。そう――感情の揺らぎがあるから音は輝き、録音されたものではその煌めきは失われるだろう。
(「美しい音を奏でるのに、確かに技巧は必要かもしれない。僕だって自分で試行錯誤して練習した」)
 愛らしい少女の姿そのままの、伸びやかな歌声でエーゼットは歌う。彼女、否、彼の脳裏に過ぎるのは、音楽の師匠や自分を応援してくれる皆――そして、愛する人の笑顔だった。
(「でもきっと、皆に出会わなかったら……僕の今の歌声はつくり出せなかったと思う」)
 仲間の力――そして想いの力は、美しい音を奏でるのにとても大事な力だ。例えそれが、暖かいものであれ切ないものであれ心を育む糧となり、溢れる想いは歌となってまた誰かの心に届くのだ。
(「……ねぇ。今まで俺は、一人だけの世界で音楽を作り出すだけだったけれど」)
 しかし誰かと歌うことを覚えた蓮杖は、華麗なハーモニーを響かせ音楽を盛り上げて――君に届けと内に宿る、最愛の人への想いを音に乗せる。
 ――それは彼を不器用な愛で包み、想いに応えてくれた大切な人。
(「君がいてくれたから今の俺の世界は彩り、暖かな音で満ち溢れてる」)
 そうして歌い継がれる旋律と、皆と一緒に音楽を奏でる喜びに風音の心は震えるけれど、主の歌声が普段より悲しげなことに、ボクスドラゴンのシャティレは気づいていたようだ。
(「今もきっと、大事に想われてるから……」)
 そんな主にそっと寄り添うシャティレを見た氷翠は、風音の気持ちが伝わるようにと祈りの歌を紡いでいく。
 かつて氷翠も、壊れたオルゴールと向き合ったことがあった。その時に思ったのは、彼にはきっと壊れる程に何度も何度も、音楽を聴いてくれた人が居たのだと言うこと。
(「だから、オージェルさんの苦しみが和らぎますように」)
 ――穏やかで儚げな旋律は、喪われたものを悼む歌。何時しか市邨の瞼の裏には、ぶっきらぼうで愛想の無い老人の姿が蘇っていた。
(「大酒呑みで煙草好きで。でも確かな愛情を注いで、俺に感情を教えてくれた」)
 有難う、と今は亡き育ての親に感謝を告げて、市邨は旋律を奏でながら対話をする。俺は今も生きているから、如何か安心してくださいと――。
「……流石だな。これ程の『音』、そして想い」
 連鎖し、共鳴していく旋律に圧倒されつつも、七貴は庭園へ迫る気配に気づいていた。軋んだ歯車の音と、錆びてひび割れた声――薔薇の花弁を受けて佇むダモクレスの少女は、羨望と憎悪に歪んだ貌で硝子瓶を抱きしめている。
「――音を求めし貴様には尚の事、伝わらぬ筈はあるまい?」
「ええ……この『美しい音』なら、奪っても奪っても足りないくらい」
 少女――オージェルの瞳は、主旋律を奏でた風音を捉えて離さず、此処で決着をつけねばならないのだと否応でも思い知らされた。
 ならばと七貴は刀を構え、全力で向かって行こうと石畳を駆ける。
「俺に出来るのは、ただ剣を振るう事のみ。……皆の旋律、存分に受け取るがいい!」

●錆びついた音色
 先ほどまで皆が奏でていた旋律と、何処か似ているようで歪な旋律が、オージェルの唇から紡がれた。切れ切れの音をかき集めてかたちにした忘却の歌は、胸を掻き毟られるようで酷く切ない。
「――……っ」
 けれど理不尽な彼女の憎悪は、氷翠にとってはただ哀しいだけ。やるせない吐息と共に、彼女の纏う装甲からは光輝く粒子が放たれて――それはエーゼットのものと一緒に、仲間たちの超感覚を覚醒していった。
「俺は戦人、戦場で刃を曇らせる程愚かではない」
 ――覚悟を、と軽やかなオージェルの動きを鈍らせるべく、陽斗の構えた槌が竜砲弾を打ち出すが、猛き咆哮の一撃は寸でのところで躱されてしまう。
「……やはり最初は、確実に動きを封じるべきですか」
「ああ、蔓。出番だよ、往っておいで」
 凛とした表情で黒鎖を操る風音は、念を込めてしなる鎖を巻きつかせ、一気に締め上げて――其処へ市邨の纏う攻性植物も、勿忘草の花を咲かせた蔓草を容赦なく絡みつかせた。
「後ろへは向かわせない……妨害させて貰うよ」
 一方で、蓮杖はちょっぴり意地悪に口角を上げて、風音を狙うオージェルを牽制しようと吹雪の精霊を召喚する。氷河の世界が氷に閉ざそうと襲い掛かるも、やはりオージェル程の性能では中々命中してくれない。
 ――先ず、此方の攻撃を当てることが第一なのだと思い知らされるが、前衛の仲間たちは次々に加護を受け、次第に命中が安定してきたようだ。
「今の貴様は、哀れだな。真に美しい音というものは、奪えるものではないだろう」
 卓越した技量で以って振るわれる七貴の刀は、オージェルの歯車を砕いた先から氷に包んでいき――それでも彼女は、機械部品を補綴して自己修復を図っていく。
「……いや、わかっているからこその嘆き、絶望なのか」
「桐野さん……!」
 ぶっきらぼうだが何処までも真っ直ぐな七貴を見つめ、歪な旋律に苛まれる風音はかぶりを振った。どんな経緯があったにせよ見捨てられたと思ったのであれば、その憎悪を受け止める義務があると感じたから。
「音を紡げない絶望は、とてもつらいものでしょう。事情はあれ直せなかった事、許してなんて言えない」
 でも――と言葉を続ける傷ついた彼女に、寄り添うシャティレが属性を注入して癒していく中。風音は拳を震わせて、想いよ届けとばかりに一気に叩きつけた。
「どうか、貴女の音、貴女の喜びを思い出してほしい――」
 その身に宿した耐性を打ち崩され、よろめくオージェルは尚も、見切られることを承知でひたすらに歌い続ける。その姿は正に、壊れた機械そのもので――持ち主に振り向いて欲しくて、懸命に音を奏でようとしているのかも知れないとルクレツィアは感じた。
「今の感情? それは音を奪おうとする奴への怒り」
 ――音の侵食から仲間を庇い、彼女が響かせるのは生きる事の罪を肯定する力強い音楽。そんな主に続こうとテレビウムのクレフも、動画を流して仲間を応援する。
「……それと、そうせざるを得ない奴への悲しみさ」
「音を紡げない、壊れた音しか出せない絶望も勿論のこと。でも」
 貴女に分かるかしら、と続けるオージェルの声は、行く先も分からぬ迷子の子供のようで。
「螺子を巻いて貰えず、壊れた音さえ出すことの出来なくなった、機械の辿り着く終焉を」
 そんな、沸々と憎悪を滾らせるオージェルの旋律へ重ねるように、氷翠は彼女の抱える痛みと愁いを歌に込めて、切れ切れの旋律を甦らせていった。
「ね、歪な音も、大丈夫に成れるんだよ。オージェルさんも本当は、自分の音を思う様に奏でたい筈だよね」
 ――誰も、何も、喪われないで欲しいと思うのは叶わぬ願いなのか。それでも氷翠の歌声に呼応して、治癒の力を宿した無数の雫が煌めきを放ち――それは刹那の月を形作った後、光の粒に変じて静かに涙する。
「人のものを羨んで塗り重ねても、オージェルさんが塗り潰されて消えていく気がするの……。素敵な思い出の音を、持ってるのに」
 仲間を庇って傷ついたエーゼットを氷翠が癒し、更に彼もまた、共に盾となるボクスドラゴンのシンシアに祝福を与えて。深く、高く――喪失に哭くが如く鮮烈に、神獣の力を纏った陽斗の連続蹴りがオージェルに襲い掛かった。
「だが……痛みを、悼みを知るのはお前だけではない。それだけだ」

●受け継がれる旋律
 ばらばらになった機械の破片が飛び散る中、ダモクレスの少女の髪を飾る、黄薔薇の花弁が空に舞う。
「……あ、ぁっ――……」
 破壊されていく肉体を補おうと、オージェルは懸命に補綴を行うが――蓮杖の解き放った黒液が彼女を喰らい尽くそうと襲い掛かり、研ぎ澄まされた七貴の刃は秋桜の幻と共に閃いて、舞うように白銀の軌跡を描いていった。
「ひび割れた聲で、綺麗な聲を望むの。つぎはぎの機械の腕で、旋律を求めるの」
 望むものを与えてやれたら良かったけれどと、市邨がうたうのは葉ずれが紡ぐ葬送歌。樹々が啼き、その枝と幹は獲物を捕らえて離さず、絡みついて――そして。
「――君の世界は、もう終わる」
 爆音と共に視界を過ぎるのは、別れを告げる木片と青葉。しかし尚も抗おうとするオージェルを見つめ、エーゼットは祈るように風音へと訴える。
「どうか、最期は翡翠さんが――」
 夕陽を背に宿敵と向かい合う風音は、決意と共に唇を開いた。彼の者へ届けと、数多の生命の思いを乗せて――そして自分に音の素晴らしさを教えてくれた、ありったけの感謝を乗せて、木霊の独唱曲は響き渡る。
「今の私があるのは、貴女のおかげでもあるから。貴女の音と旋律は、絶対に忘れない……」
 塵となり消えていく、オージェルの身体――僅かに残った彼女の破片を握りしめて、風音は跪いて最期を見送った。その様子を見守る七貴は、オージェルの奏でたかつての旋律を聞いたように思う。
(「……心に留めておこう。そこに込められた想いが真なるものであるのなら、それはきっと美しく、胸を打つのだろうから」)

 ――やがてルクレツィアが、追悼のオルゴールを鳴らす中。微笑む市邨は、自分達の帰る場所へ向けて歩き出す。
「……世界にはまだ沢山の秀麗な音があっただろうに、な」
 陽斗の呟きに頷く風音は、木々の葉擦れや川のせせらぎ――愛しい自然をあまねく歌い上げられたらと空を仰いだ。
「ええ。ですから私は、歌い継いでいきます。彼女の分まで、森と水を謳う者として――」

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 0
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