壊したいCryに愛シテる

作者:七凪臣

●昏い愛の在り処
 コンクリート打ちっぱなしの空間を、灰色の天井に埋め込まれた間接照明が申し訳程度に照らしている。べったりと張り付いた黒は、何かを焦がしたのか、はたまた液体でもぶちまけた痕なのか。
 不安を煽る広いだけが取り柄の四角い部屋の中、配されているのは作業台みたいなステンレス机とパイプ椅子のセットたち。
 何かの実験施設にも思えるが、間仕切りに使われている鉄格子がより強く印象付けていた。
 ――監獄のようだ、と。
 そしてその監獄(じみた室内)の一角で、一人の女がパイプ椅子に縋り付いて泣き崩れていた。
「だって、この世で唯一無二の煌き。大事に大事に閉じ込めて、私だけのものにしたいじゃない」
 闇色の燕尾服の胸元に薔薇を飾った女の歳の頃は、三十路のやや手前くらいか。黒いウェリントン型の眼鏡の奥の瞳は、後悔に赤く滲んでいる。
「だからわざわざ、こんな事故物件みたいなとこ借りたのに……」
 私の愛を理解しないなんて、許さないわ。
 病んだ目で物騒なことを呟いた女だったが、正気付いたように顔を上げると落胆の涙をボロロッと溢れさせた。
「ヤンデレ執事喫茶だってウケると思ったのよ。えぇ、そうね。マニアック過ぎたわよねっ。私が悪いのっ!」
 迸る後悔の叫び。
 と、きたら。まぁ。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 第十の魔女・ゲリュオンが現れて、彼女の後悔を奪って、新たな店長型ドリームイーター(イケメン執事風ヤンデレ氏)を爆誕させるってもんですヨ。

●語って下さい、貴方の病んでるくらいの愛を
 ある日、比良坂・冥(ブラッドレイン・e27529)氏(38歳、男性)は宣ったのです。
『ヤンデレは崇高にして最上級の愛! なんて言う店長のヤンデレ執事喫茶がドリームイーターに襲われるかもねぇ。いや、オジサン知らないケド』
 ……なんてことを。
 そしてリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)少年(14歳)は予知してしまったのです。
 冥が言った通りの出来事をっ。
 被害者は搗本・篠という28歳の女性。色んなものを抉らせた果てに、有り金叩いてヤンデレ執事喫茶をオープンさせたのだが、需要が供給に追い付かずサクッと閉店。後悔に打ちひしがれているところ、後悔を奪うドリームイーターの餌食になってしまった。
 意識を失い眠っている篠を目覚めさせる為には、後悔から生まれた店長型ドリームイーターを撃破する必要がある。勿論、このドリームイーターが更なる事件を起こす前に、だ。
 現場になるのは、某ビルの地下に居を構えている『昏いCry喰らい・愛』という名前からしてアレな喫茶店。
 喫茶店と言っても饗されるのは原色カラーなドリンク類だけで、実質、その場の雰囲気を楽しみヤンデレを爆発さるのを愉しむのをメインにしていたらしく。
 現在、閉店したこの店を仮オープンさせているヤンデレ執事を『はぁ? 意味わかんねーよ』の問答無用で殴り倒しても構わないが、状況に順応してヤンデレ炸裂させてあげるとドリームイーターの力は弱まるので――つまり、なんだ、その。
 日頃、胸に抱えているあれこれを遠慮なくぶちまけたりするのも、とっても有効な手段になるだろう。バレンタインな季節だし。
 意味が分からない人たちは、『はぁ?』って顔や『なるほど~』ってしているだけでも構わない。何故なら、そうする事でヤンデレ叫びをする人のヤンデレ度が際立つからだ!
 あとはヤンデレ執事が納得したところでぶっ倒せば万事解決。
「ヤンデレ店長は昏い愛を叫んだり、茨の棘で拘束しようとしたり、甲斐甲斐しく世話を焼こうとしてくるみたいです――ところで、ヤンデレってツンデレの親戚みたいなものでいいんですよね?」
「……あー……うん。そんな感じで。詳しくはもっと大人になってからな☆」
 極めて(強調)淡々とあらましを語り終えたリザベッタの台詞に、六片・虹(三翼・en0063)は説明を放棄して――青少年の健全な育成の為に敢えて――、謎の星を語尾に飛ばす。じゃぱにーずさぶかるちゃー、おそるべし。いや、今回の場合は現実だけど。
「そーゆーわけで! 我こそはってガチ勢とか、普段は我慢してる隠れ属性持ちとか、単純に興味がある者とか、うっかり紛れ込んでみような怖いもの知らずとか。手を、貸して貰えると助かるよ」
 詳しくってどういう事です? と首を傾げるリザベッタを背の羽で押しやった虹は、「サァ、イコウジャナイカ!」と意味なく煌く笑顔を振り撒いた。

 ……今、君の中の深淵の扉が開く――かも、しれない。


参加者
文丸・宗樹(シリウスの瞳・e03473)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
瀬古・鶫(ドロッセル・e23507)
ゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)
ヴィオレッタ・スノーベル(不眠症の冬菫・e24276)
クラレット・エミュー(凍ゆゆび・e27106)
比良坂・冥(精神蝕む悪魔のような兄属性・e27529)
凍夜・月音(月香の歌姫・e33718)

■リプレイ

 商業地区の一角に建つ、変哲もない灰色のビル。だが地下へと伸びる細い階段は、黄泉平坂にも似て(意味合い的に)。
 嗚呼、世は何と多様な趣味趣向で溢れていることか。いざ征かん、世界の深淵を覗きに――夢の具現が悪さをする前に。
「……逃がさないよ」
 それからたっぷり間を空け、「とでも言えば良いの?」と続けた藍染・夜(蒼風聲・e20064)の涼やかなお巫山戯に、ヴィオレッタ・スノーベル(不眠症の冬菫・e24276)は眠たげな眼を擦って憂いの息を吐く。
「ヤンデレ……ですか。ちゃんと出来るでしょうか……」
 予習はきっちりしてきた。お陰でソレが如何に闇深い趣味(困った事に、真正の人もいるよ!)な事を知ってしまい、不安は募るばかり。
「なんで喫茶なんかにしてしまったんだ」
 ホント、それ。文丸・宗樹(シリウスの瞳・e03473)の呟きは、真っ当な思考の持ち主たちの心の代弁(真性の人の胸の裡は以下略)。でも、仕方ない。あるんだもん。
「人の心理は医学的にも底知れぬものだしな。まぁ、郷に入らば郷に従えということだし」
 お医者様なクラレット・エミュー(凍ゆゆび・e27106)、それっぽい理由をつけて腹を括る。
 半ば諦観の境地。そんな中、凍夜・月音(月香の歌姫・e33718)はクスリ微笑む。
(「ヤンデレ…昔、仕事絡みで少し嗜んだ事はあるけれど。久し振りにしてみるのも面白そうね」)
 そうね。面白そうって思えてるうちは、イイと思う。というわけで、いきなりですが真性な人のご登場デス(華麗に比良坂・冥(精神蝕む悪魔のような兄属性・e27529)氏にバトンタッチ)。

●拗らせショータイム!
「ここ、監禁系のお店なんだぁ」
 系って何。『ヤンデレにそんなにたくさんな種類あって欲しくないよ』な天の訴えをサラっと打ち捨て、冥は室内を間仕切る鉄柵を忌むように爪弾く。
「俺はそういうのはちょっと……ねぇ」
 くつり笑う声は昏く、三日月を描く瞳には真性の狂気が滲む――気がする男は、滔々と語る。だって自由にさせとかないと、普段どんな生活しててどんな思考をしててどんな人が好きかわかんないしとか、そんな事を。
「えー。だってさぁ。そういうの全部把握して、ぜーんぶ満たさないと――大切な人のコトだし?」
 ……。
「最近は便利だよねぇ。スマホがあれば一発で何処にいるかわかっちゃう。俺の若い頃は尾行するしかなかったし」
 ……。
「どんな奴に騙されて穢されるかわかったもんじゃないし。何時でも何処でもちゃーんと視界に収めてないとさぁ、心配で心配で心配で心配で」
 ……心配なのはアンタの方だ(まがお)。そんな誰かの心の声が聞こえた処で視線を移すと、瀬古・鶫(ドロッセル・e23507)が春次に迫る(文字通り)ところだった。
「なーんも怪しいもんは入れてねぇって」
 どぎつい赤のドリンクに、妖しい錠剤をぽとり落として鶫は笑顔で言う。安心して、飲めと。対して春次は混乱の極致。何も知らされずに連れてこられ、強引に椅子に座らされたかと思えばこの事態。
「いや、入れてたやん!」
 面で顔を覆う青年の抗いを、慈しむように眺めやり、鶫は口元を歪に歪める。
「大丈夫。これで眠らせて手枷足枷つけて部屋に閉じ込めて、俺しかハルを見られないよう監禁しようなんて、これっぽーっちも思ってねぇから」
「嘘やん、欲望駄々漏れやん!」
 怒涛のツッコミ嵐は、春次の口に追い付かず。だから春次は力で鶫を押し返そうとして――気付いた。なんか変なのがニコニコ立ってる事に。
(「……あぁ、デウスエクス」)
 モザイクだらけのヤンデレ執事の正体は一目瞭然。そこでようやく大凡を悟った春次は鶫に返す。
「……鶫、今までずっと、俺にそんな事しようと?(棒)」
 理解したら、何て事ない茶番劇(多分)。鶫の演技がガチ過ぎて、若干引きはするけど。
「そう。だから、さ。その面の下、俺だけに見せてよ。瞳の色は? 唇の色は? 全部、俺だけのモノにしたい」
 囁きは、情熱的に。そして鶫の指先が春次の面へと伸びて――。
「冥さんがふらふら出掛けてくから、とことこついてきたら。あの人も、隠れガチかなー」
 唐突に、羊がメェと鳴いた――ではなく。
「あれ? 藤」
 冥を心配してやってきた藤が、はぁと溜息をつき。気付いた冥は一瞬、我に返ったかと思ったが――そのまま居直った。
「藤みたいに双子だとお顔似てるから便利よねぇ。一卵性だったら完璧なのに」
 入れ替わって交友関係把握したり、自分視点でヤバい人間排除出来るし。
 ツラツラ止め処なく溢れる冥のヤンデレパワーに、藤(14歳少年)は、心の中で今はもういない冥の双子弟に合掌する。何この大人、メンドクサイ。
「でもさ、冥さん逃げたがりだよね。監禁したら逃げられなくなるのかな」
 いや、面倒くさくなかった。むしろこっちが上手かもしれなかった。
「えー。監禁されたらおにーさん死んじゃう。お姉ちゃんだって監禁は退屈で死んじゃうって」
「それは大丈夫。だっておれがずっと傍にいて護るから」
 ……話が飛んだ。けど、ヒジョーに複雑な人間関係な冥と藤、両方ともヤバい事だけはよーく分かった。何ここ、ガチ怖い。あまりに怖すぎて、
「あー……なんか一緒にされてるけど。俺は真性ヤンデレじゃないからな? あくまでヤンデレをイメージして、演じてるだけだからなっ」
 鶫の訴えは皆の耳を上滑っていきましたとさ。

●Σ
 先達の病み(闇)ぶりを見せつけられれば、肝も据わるというもの。
(「がんばれ、俺のヤンデレスイッチ」)
 相変わらずヤンデレとは何ぞや? 状態から脱しきらぬものの、宗樹は灰色部屋の片隅にそっと立つヤンデレ(ゲシュタルト崩壊寸前)執事の元へとゆるり歩んだ。
「――アンタを見るのは面白い。気に入った」
 壁ドン。
『!?』
「けど、俺が見えないところでひっそりと何かをするなんて……許さないし、許せない」
『?!?』
 突然の宗樹の口説きに、病執事(以後略称)は目の中のモザイクを瞬かせる。まさか己が『こっち側』で巻き込まれるとは思っていなかったのだろう。その驚嘆ぶりに、宗樹は一先ず胸を撫で下した。
 仲の良いトモダチ的なものを悪化させればいいのかと、挑んだヤンデレ。そう悪くなかったモヨウ。
(「そして後は……」)
「ねぇ、執事さん。私の想いも聞いて下さる?」
 宗樹と病執事の間に、すぅっと空を泳ぐように身を割り入れたのはゼルダ・ローゼマイン(陽凰・e23526)だった。宗樹、他力本願ちっくにバトンタッチ成功。お疲れ様!
 しかし宗樹の安堵とは裏腹に、ゼルダの所作は病執事を大翻弄。
 消え入りそうな微笑みで迫ったゼルダは、有無を言わさず病執事をステンレスの机に押し倒し。細い指をその頬に這わせ、添えるだけのような力で視線一つ逃げる事を赦さない。
「その声が紡ぐのは私の名前。耳に届くのは私の声だけ」
 優しく、甘く。ゼルダは病執事の耳元に唇を寄せ、淡い吐息に執着を混ぜる。
「他の全てから私だけのものにしたい」
 ゼルダの緑柱石の瞳は、僅かもぶれずに病執事だけを映していた。清く、澄んだままに。
 愛か哀か。彼女の裡に在るものを、余人は識らず。また、ゼルダ自身も知らず。
「独り占めしたい想いはささやかでしょう……?」
「――少し、待ってくれます?」
 ごくり。病執事が唾を飲み込む音が聞こえたような気がした刹那、しびれを切らした風情で月音がゼルダを男から引きはがした。
「あなたが一番好きなのは私よね?」
 本当なら、病執事が元のポジションに戻るまで待つつもりでいたのだが。居ても立ってもいられなくなった素振りが、一層、月音の『恋情』を際立たせる。
「私、言ったわよね? あなたは私の運命だって。あのドリンクだって、あなたそのものだって思って頂いていたのよ?」
 変わらず冷たいステンレスの上に引き倒されたままの病執事に頬を寄せ、月音は自分がいたテーブルに視線を馳せた。そこには紫だか赤だか良く判らない色のドリンクが鎮座。そう、月音は来店一番にネタを仕込んでいたのだ。気付かなかった病執事、完全敗北。
「ね? どうして他の人にその瞳を向けるの? 私しか見ないで?」
 そんなんでヤンデレを名乗る資格はないねぇ――と、冥辺りからのツッコミが飛んで来そうな勢いで、病執事おろおろしてた。思いっきり、予想外の事態になっていた。でも、こんなもんじゃ終わらない。
「違うでしょう? あなたの視界に入るのは私だけ、よね?」
 ゼルダ、再び混ざった。
「近くにとても綺麗な海があるの。あそこで心中出来たら、素敵よね。そうすれば、二人の愛は永遠になるのよ」
 月音、無視して言い募った。
『……!!』
 病執事、本能的に歓喜していいのか恐怖していいのか困惑した。でもって――。
「成程、これが非合理エスカレーションか」
 Drクラレットは心理学的に分析していた。負けたくない意識が過剰に加熱され、互いに宜しくない結末を招く、オークションあるある的なアレ。何れにせよ、宗樹が『早めに引いといて良かった……』と胸を撫で下ろしてる事だけは間違いなく。
「つまりヤンデレというのは、強い独占欲を言うのだね」
 新しい知識を得るのは楽しいねと夜は呑気(?)に笑っていた(どうしてアナタはそんな事まで憶えてしまうのですかッ、と咽び泣く誰かが何処かにいた気がする)。

●成果披露と参りませう
「黎はね、わたしのためにケルベロスになってくれたのよ。それだけ愛されてるんだもの、わたしも黎の想いに応えなきゃ駄目よね?」
 じぃっと見つめてくる9歳レディに、黎はとりま微笑を返す。ヴィオレッタとの事前打ち合わせはばっちり、だから後はまぁ……流れに身を任せることにして。
「……どうしたらいいのかしら? 黎はどうして欲しい?」
 爪先立った少女は、ふわり羽のような軽さで大人の男に抱き着く。しかしそっと抱き返してくれはしても、黎は答をくれなくて。ヴィオレッタは焦れたように黎にしがみつく腕に力を籠めた。
「黎のために死ねば、この気持ちを証明できるかしら……?」
 ねぇ、教えて?
 わたし、黎のためだったら何だって出来るわ。
 ヴィオレッタの言葉も、仕草も。全てが演技の筈だった。けれど、少女は知らない。それら総てが真実、己の内側から溢れ出しているものなことを。既に隠れヤンデレ属性なことを。あと、黎にとってはいつもとあんまり変わってないことを(隠れでない疑惑発覚!)。
 かくて随所で繰り広げられる深くて濃い愛の劇場を観察(観察。大事な事なので二度以下略)していた夜、やおら宿利の腕を引くと檻の隅に追いつめた。
「夜、くん……?」
 両腕をまとめて掴み、抑え込まれ。宿利は僅かに息を飲む。無理やり束縛されている腕の痛みより、いつもに増して冷えた視線に背筋がぞわりと泡立った。
「誰かに盗られるくらいなら、声も体も、全て奪ってしまおうか?」
 声も笑みも艶やかに。けれど夜の瞳は――青みがかった銀の双玉は、ただ冴えるばかり。普段なら即座に出るだろう宿利の足技も、男の凄みに封じられたまま。
(「それとも、彼だから……?」)
 惑いは刹那。呼気さえ混ざり合う距離、宿利は凍てる眼の中の自分を見つめ、早くなる鼓動を誤魔化すように、唇に笑みを浮かべる。
「これが……ヤンデレ?」
 果たして、応えは返らず。男の笑みは尚も深さと闇を増し――と、ここで突然ですが転調のお報せです。いざとなったら(放送禁止的意味で)虹が止めてくれると夜は信じていたようですが、虹がそんな事する筈ありません。いいぞー、もっとやれー、ってなもんです(隠してはくれるかもだけど)。あと虹、せっせと縫い縫いしてたし。
「出来たっ!」
 そして遂に完成したのか、虹はクラレットへネモフィラの花冠で顔を隠したナース姿の少女の縫いぐるみを押し付けた。
 それはクラレットにとっては可愛い妹のような存在の、ビハインドの姿を映したものだった。叶うなら、彼女相手に実践したかったのだけど。正体がケルベロスだと知れるサーヴァントをデウスエクスの前に晒す訳にはいかなかったので(皆お愉しみ中だし)、クラレットは見学に徹する覚悟だった。しかーっし。そんな事、お天道様が許しても虹が許さない(材料は何処から? とか言っちゃ駄目)。
「あぁ、可愛いノーレ。皆もうちの可愛いノーレを見てくれ」
 本物を彷彿させる『少女』を腕に抱き、クラレットは悦に入り――はっと気付く。
「いや、ダメだ。こんなに可愛いのだ、あまり見せては悪い虫がついてしまう」
 それは困る、と悩むクラレットの瞳には真のノールマンが視えていたことだろう。
「可愛いノーレは、然るべき場所に閉じ込めておかねばな……」
 斯くてクラレットは、『少女』に足枷を嵌めんと跪く。ノールマン、ビハインドだから足がなかったけど。そこは、気分で! ふんわりと!!

●メビウスの輪
 ――ワタシダケヲ愛シテ。
 耳に忍び入ったコトバに、ゼルダは長い睫毛を震わせる。何て真っ直ぐな想い。伝えられたらどんなに素敵だろうか。
「大丈夫よ、お婿さん」
 前衛に駆け出たテレビウムが振り返っていたのに気付き、女は薔薇色の翼を広げて薄く笑む。
 あるふれっどの名を持つテレビウムを、ゼルダは『お婿さん』と呼んで愛でている。愛しても、愛しても――ゼルダがどんな存在であっても、唯一、死ぬまで一緒にいてくれる大切な存在として。
(「そう、大丈夫なの。あの子がいるから、私は今『こちら側』に立っていられる」)
 多くは語らず、ゼルダは敵を白銀の矢で射貫く。
「おじさんの『お相手』はなーいしょ♪」
 冥は変わらず狂気のアルカイックスマイルを浮かべ、風舞う蹴りを敵へ叩き込む。
 敵。
 そう、ヤンデレ執事ことドリームイーター。心行くまでヤンデレを堪能したケルベロス達は、ありがとうございましたの代わりに殴りかかった。
 否。ヤンデレに関しては現在進行形。
「俺の事、好きならまだ死んでくれるなよ? ゆっくりじっくり殺してやるから」
 死んでも離れない。そんな花言葉を有する攻性植物を鶫は繰り、
「もっとあなたの血の色を見せて頂戴? ねぇ、もっと」
 月音はうっとりと酔い痴れるように病執事を歪なナイフで切り刻む。
 よもやまさかの戦闘中までヤンデレ全開。弱り切ったデウスエクス、ご愁傷様である。
「束縛プレイという奴? 最期まで存分に愉しんで」
 懸命に抗ってはいるものの既に果てる寸前の夢喰いへ、夜は手向け代わりに黄泉路を飾る花を藍の霞に紛れて咲かす。それらは全て、病執事が視る幻だけれど。
「ちゃんと終わりまで、お世話します、から――おやすみなさい、良い夢を」
 夢の中までお世話しますね、と献身を嘯き、ヴィオレッタは悪夢の歌を奏で。
「さぁ、ノーレ。遠慮なく縛めてあげよう」
 魔法の糸で幻想の流星群を夢喰いへと降り注がせたクラレットの言葉に、人形ではない美しい目隠しの少女はグラスやらパイプ椅子やらを思念で放り投げる。
 さすれば、残りは一撃。
(「うん。バジルには見せなくて本当に良かった……」)
 最後まで弟分なボクスドラゴンを箱に待機させた宗樹は、危険なヤンデレ遊戯にドラゴンの幻影で終止符を打ったのだった。
 これぞ行殺――もとい、瞬殺。

「ヤンデレというのも難儀な性格ね」
 私は人に執着しないから、よく分からないけれど――と、あれだけ見事にヤンデレ演じきった月音が溜息を吐く傍ら、
「ぜんぶ、ちゃんと演技だから。本物のヤンデレじゃないから」
 ヴィオレッタは懸命に黎へフォローを入れていた。まぁ、黎はだいたいお見通しだし。必死に言い訳する様を『可愛いなぁ』くらいの感じで和んでたけど(あと、冥が『勿体ないなぁ、センスあると思うのにー』って褒めて、藤に生温かい目で見られてた)。
 デウスエクスは倒れ、篠も無事目覚めた。つまり、ヤンデレにグッバイ。日常よ、ただいま。
「暗い愛かはともかく。私はノーレがいないと諸々の生活が成り立たんしなぁ……っは!? ノーレ、そういうことか? 私を君なしではいられなくなるとかいう」
 ははは、まさかなあ。うん、君は私の天使だし。
 にこにこ応えぬノールマンとクラレットのやり取りを見ていたら、本当に日常に戻ったのか不安になったけれどもっ。虹が『多分、踏み外しかけてると思うぞ☆』とかイイ笑顔してたりしたけれどもっ。
「バジル……いつもの数十倍は疲れた」
「ギャ!」
 宗樹はやーっと箱から出せたバジルに和み、
「一部需要はあるかもだが。好きなやつを困らせるのは頂けねーな。俺は病んでない方で甘やかしたいんだよ」
「ちょっとこれからの関係見直そうかと思ったしな」
 さらり本音を漏らした鶫は、春次の真偽定かでない台詞に「だからあれはっ」と汗をかく。ほら、面は脱がさなかったし!
「ヤンデレさんみたいに情熱的に愛せる誰かに出逢えたらいいんだけど」
 冗談めかし囁くゼルダの笑みも、戯れか本心か。
 ともあれ。
「家で、続きする?」
「だめです」
「おや、残念……でも、逃がさないよ?」
 先ほどの延長上、形容し難い心を抱えた宿利にきゅっと抓られ、なおもくふりと妖しく笑んだ夜は、
「……そう、逃がさないわ」
 逃がさず未来を捕まえてねと励ましておいた篠に影から、じーっとり見つめられてましたとさっ。真性ヤンデレさんの匙加減は難しいね!

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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