無垢なる人形ミスティーカ

作者:陸野蛍

●お友達を求める少女
「あ~あ。……つまんない。……もうレジーナ様が、戻っておいでだって」
 美しいブロンドを、ふわふわに広げた少女は、ティーテーブルの正面に座ったクマのぬいぐるみに話しかける。
「ミスティね。レジーナ様の言う通り、いい子にしてたと思うんだよ。地球で、ほんのちょっとお友達を増やしただけ。……このままじゃ、つまんないよね?」
 少女は今度は膝に座らせたウサギのぬいぐるみに問いかける。
「あ! ミスティ、良いこと思いついちゃった! 折角だから、レジーナ様にお土産あった方がいいよね♪ ミスティも、もっとお友達が欲しいし、今の時間ならお店にお客さんも居るよね。お友達を増やして、グラビティ・チェインまでお土産に出来たら、レジーナ様、ミスティの事いい子だって言ってくれるよね♪ じゃあ、早速行こう♪ メアリー、アン♪」
 そうにこやかに笑うと、少女ダモクレス『ミスティーカ』は、2つのぬいぐるみを抱えご機嫌で、行きつけのぬいぐるみショップに向かった。

●潜伏していた少女人形
「みんなも知っての通り、指揮官型ダモクレスの地球侵略が始まってしまった。そこで今回は、指揮官型の一体『コマンダー・レジーナ』の配下ダモクレスの撃破をお願いしたい」
 大淀・雄大(太陽の花のヘリオライダー・en0056)が言うには、『コマンダー・レジーナ』は、既に多くの配下ダモクレスを地球に送り込んでいたらしく、レジーナの着任と同時に一斉に動き出し、レジーナの元へ戻ろうととしているらしい。
「動き出したダモクレスの多くは、そのまま撤退したみたいなんだけど、レジーナへの手土産と称してグラビティ・チェインの略奪をするものも少なくなく、複数の事件が予知された。俺からの依頼も、そのうちの1件だ」
 グラビティ・チェインを得る方法は、人々を虐殺する事。
 手土産を用意するなどと言う名目で、そんな事が許される筈が無い。
「みんなに向かって欲しいのは、とある、ぬいぐるみショップだ。今日の夕方、ここに『ミスティーカ』と言う名の少女型ダモクレスが現れる。みんなには、ミスティーカが目的を成す前に、ミスティーカを撃破して欲しい」
 ミスティーカは、幼い愛らしい人形の様な少女型ダモクレスらしく、ダモクレスと認識するのも難しく、普通に商店街を通り、毎日通っていた、ぬいぐるみショップの扉を開くらしい。
 目印は、ふわふわな金髪ブロンドと深紅の瞳、ロリータ調のドレス、そして常に一緒に居るクマとウサギのぬいぐるみとのことだ。
「ミスティーカは『おうちに戻らなきゃいけないから、お友達増やして帰るね』と沢山のぬいぐるみを購入しに来店する」
 ミスティーカはぬいぐるみを『お友達』と称して機械化する能力がある。だが、ぬいぐるみに対して深い愛がある訳では無く、機械化ぬいぐるみが壊れても、お友達が減っちゃった程度にしか感じず、また増やせばいいと思っているとのことだ。
「ぬいぐるみショップの店員とも顔馴染みらしく、店がすぐに混乱に陥る事は無いけど、ぬいぐるみ購入後、ミスティーカはダモクレスの本性を現し、店内に居る人々を柔らかな笑顔で惨殺する。みんなには、事前にこのぬいぐるみショップに潜入してもらい、ミスティーカが殺戮を開始しようとする寸前に接敵、店内の人々をみんな外に避難させて安全が確保出来たら、ミスティーカがコマンダー・レジーナの元に戻れなくなる様に撃破してくれ」
 夕方と言う時間で店には、多くの中学生や高校生の女性客が居るが、事前に避難を完了させてしまえば、ミスティーカは他のお店に向かってしまうらしいので、怖い思いをさせることになるが、ミスティーカの動向に注意して、安全に避難させることが重要になる。
「ダモクレス『ミスティーカ』の戦闘データを説明するな。手にしたクマのぬいぐるみの瞳からのレーザー射出攻撃。ウサギのぬいぐるみが抱いている人参を爆弾として使用する攻撃。最後に自身のブロンドの髪を星の様に煌めかせながら長くして、敵を捕縛する攻撃だな。それと注意点。ミスティーカはとても可愛いものが好きらしく、獣人タイプのウェアライダーや自分と背格好が似た少女は連れ帰ってお友達……簡単に言うとダモクレスにしようと考えるみたいで、攻撃が集中される恐れがある。気を付けてくれ」
 ミスティーカが欲しいのはあくまで可愛いお友達なので、人間としての命は必要としない。思考が無垢故の残酷さと言える。
「雄大、コマンダー・レジーナの配下ってのは、結構な数が地球に潜伏してたってことなんじゃな?」
 話を聞いていた、野木原・咲次郎(金色のブレイズキャリバー・en0059)が疑問を口にする。
「正確な数は分かんないけど、そうなるな。コマンダー・レジーナの元に戻るダモクレスが多ければ多い程、地球側のデータをレジーナに与えることになる。だから、愛らしい少女人形でもしっかりと撃破を完了してくれ。頼んだぜ!」
 ケルベロス達1人1人の顔を見回しながら、雄大は、そう強く言うのだった。


参加者
ロゼ・アウランジェ(時謡いの薔薇姫・e00275)
露木・睡蓮(ブルーロータス・e01406)
シエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924)
喜多・きらら(単純きらきら物理姫・e03533)
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
柊・沙夜(三日月に添う一粒星・e20980)
ドゥーグン・エイラードッティル(鶏鳴を翔る・e25823)
ジン・エリクシア(ドワーフの医者・e33757)

■リプレイ

●まちぶせ
「この猫さんのぬいぐるみ、新作なんですよ♪」
 ぬいぐるみショップに訪れた女子高生達に笑いかけるのは、ロゼ・アウランジェ(時謡いの薔薇姫・e00275)。
 波打つブロンドの髪に七彩の薔薇の花を咲かせる彼女の姿は、ぬいぐるみショップと言う、ファンシーな場所と言うこともあり、とても愛らしい。
「こちら、ピンクのリボンのラッピングでよろしいんですの?」
 穏やかに、レジ打ちの終わったぬいぐるみにリボンを付けているのは、ドゥーグン・エイラードッティル(鶏鳴を翔る・e25823)だ。
「それで大丈夫です。それにしても、ケルベロスさんがバイトだなんて、何かあったんですか?」
「いえ、何もありませんの。少し協力をして頂きたいだけですのよ」
 この『ぬいぐるみショップ』にアルバイトを派遣したいと、ヘリオライダーの少年から連絡があったのは、今朝の事だ。
 ぬいぐるみが好きな女性達なので雇って欲しいと。
 そして、アルバイトに来たケルベロスが協力を仰いだ場合は可能な限り協力して欲しいと言われている。
 と言う訳で、開店前にやって来たロゼとドゥーグンを今日一日、アルバイトとして雇う事になった。
 その際に、同伴して来た何名かのケルベロスの1人、シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)から、あるお得意様が来た時には、書いてあるメモ通りの事をして欲しいと頼まれた。
 そして、バッグヤードにも、在庫整理でもさせてもらえればと、野木原・咲次郎(金色のブレイズキャリバー・en0059)とその仲間達が入っていた。
 ショップ店員は『なんでかしら?』とは思ったが、ドゥーグンの見せたカードとシルディの純粋な赤い瞳を見て、特に疑う事は無かった。
 ケルベロス達が『このお客様が来たら指示通りに動いて欲しい』と言ったお客様も、顔馴染みのお得意様の少女だったので『サプライズか何かしら?』程度にしか思っていない。
「うわ~♪ この子、可愛いんだよぅ♪ 買って帰っちゃおうかな~?」
 金色の髪に碧の瞳……本人が人形の様な少女、シエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924)が、棚に並ぶぬいぐるみ達を1つ1つ手に取っては、歓声をあげ、はしゃいでいるのが店員の目に映る。
 もうすぐ来るであろう、お客様も彼女の様な少女だ。
 特に何が起きる訳でもないと気楽に考えていた。
「ちよっと~。こっちの、ぬいぐるみも可愛さ激ヤバじゃん! この緩い表情とかサイッコー♪」
 シエラとは対照的な、少し気の強そうな女性、喜多・きらら(単純きらきら物理姫・e03533)が、興奮気味にシエラに話しかける。
 ピンクから紫に変わる綺麗なグラデーションが特徴的な美しい髪を緩く巻き、甘めになりがちなピンクの花柄のフレアツーピースを黒のジャケットと黒のハイソックスと言うシックなファッションアイテムで自分らしさを演出している。
 店員の目から見ても、おしゃれ上級者だが、ぬいぐるみを見る瞳は何処かあどけない。
 その2人の友達なのか、少し控えめそうな黒髪の少女も、自身のでっぷりとしたゆるキャラ風の猫のぬいぐるみを胸に抱き、穏やかに笑っている。
「……カゲ。ここのぬいぐるみさん達は……みんな可愛いですね。お友達が増えたら、カゲも……嬉しいですか?」
 そんな、微笑ましい会話をぬいぐるみとする、柊・沙夜(三日月に添う一粒星・e20980)の姿も、この場所ではよく見る光景だった。
 ぬいぐるみ同伴で来店するお客様も少なくない。
 そう言えば、あの少女もいつもぬいぐるみを二人連れて来店している……なんて事を店員は思いだす。
 普段と変わらない光景……強いて、いつもと違う事と言えば、男性客が長居している事だろうか。
「おいおい、この人形がほしいのかよぉ、変わってんなぁ」
 白髪で眼を隠した少年……いや、ドワーフのジン・エリクシア(ドワーフの医者・e33757)がぶっきらぼうに話しかけている、大柄なシャーマンズゴースト『トーリ』は、いくら帽子で頭を隠していても、白衣姿と身体の大きさに違和感があった。
「この、ぬいぐるみ可愛いっぽい……かも? こっちの方が可愛いかも?」
 無表情で呟きながら、ぬいぐるみを手にしては元の場所に戻している、露木・睡蓮(ブルーロータス・e01406)の周りでは、どうしても女子中学生達がひそひそ話をしてしまっている。
 そして、一番最初に自分達に頭を下げた、シルディも扉とぬいぐるみを交互に見ながら、店内を物色していた。
 その時、扉のベルが『カララン♪』と鳴った。
「こんにちは~♪ 今日も来ちゃった~♪」
「あら。ミスティちゃん、いらっしゃい♪」
 常連客のミスティと言う少女がいつもの様に、クマとウサギのぬいぐるみを抱き来店すると、ショップ店員も笑顔になる。
(「来たね、ミスティーカ。ボク達がキミの思い通りにはさせないんだよ」)
 シルディは笑みを湛えたままチラリとミスティーカを見ると、他のケルベロス達に視線を送った。

●おみやげ
「あのね、ミスティね。この街を離れなきゃ、いけなくなっちゃった……」
「そうなの? 寂しくなるわ……」
「だからね、今日はいっぱいお友達を増やして帰るんだ。お友達は、多い方がいいもんね♪」
 寂しげな表情を一変させ、笑顔で店員に言うと、ミスティーカはバスケットに可愛いぬいぐるみ達を入れていく。
「お得意様なんですよね? 折角ですから、一緒にぬいぐるみを選んであげたらいいと思います♪」
「レジには、わたくし達が居ますわ。可愛いお客様の最後の思い出を一緒に作ってさしあげるといいですわ」
 ロゼとドゥーグンがそう言えば『じゃあ』と言って、2人の店員のうちの1人がミスティーカの傍らに寄って行く。
 それから20分程の間にミスティーカは、バスケットにいっぱいのぬいぐるみを詰め込んだ。
「これくらいお友達が増えれば、ミスティ寂しくないかな~? じゃあ、この子達にリボン、いっぱ~い付けて下さ~い♪」
 そう言って、ミスティーカはバスケットをレジカウンターに乗せる。
「はい。そう言えば、この方にお渡しする物があるのですわよね?」
 ドゥーグンがそう言えば、レジ内の店員がシルディに言われた事を思い出し『ちょっと待っててね』とバックヤードに戻って行く。
「何、何~? ミスティもお姉ちゃんに用事があるんだよ~。折角仲良くなれたんだから、お土産になってもらわなくちゃ♪」
 ミスティーカの唇が笑みの形を作る。
「お友達の店員さんを殺してグラビティ・チェインを奪っていくのが、あなたのお土産ですか?」
「……え?」
 不意に後ろから聞こえた声にミスティーカが振り返れば、優しげな顔にケルベロスとしての意志を覗かせるロゼのパートナー、テレビウムの『へメラ』が強くディスプレイを光らせる。
「皆さん、この子はデウスエクス……ダモクレスなんだよ! だから今すぐお店から出て逃げて欲しいんだよ」
 ふわふわなドレス姿にバトルガントレットを両手に構え、シエラが強く言う。
「……嘘。……ミスティちゃん?」
「嘘……じゃ、無いんです。ここは、危険……です。だから……カゲ、皆さんが避難できるように……守ってあげて」
 シエラの言葉を信じられない店員に真実だと告げて、沙夜がウイングキャットの『カゲ』を放せば、カゲは人々を護る様に宙を舞いながら、人々を導いていく。
「あれ~? なんで、ばれちゃったかなあ? 折角のレジーナ様へのお土産なのに~♪」
 ダモクレスの残酷な本性を現しながら、ミスティーカは金糸の髪の毛を広げていく。
「ハッ? 何、言ってんのさ? 顔馴染みだった人を殺して、お家に帰ろうってか。そいつは、友達云々以前に許されねぇだろ! それは友情じゃなくて、ただの人形遊びじゃん!」
 きららは強く言うと、人差し指でミスティーカを突き、グラビティの流れを乱す。
「皆さん、ここにはケルベロスが居るから安心して大丈夫だよ! だから落ち着いて避難してね」
 ミスティーカと人々の射線を切る様に位置取りながら、シルディが言う。
「ふ~ん。あなた達ケルベロスなんだあ。でも、ミスティの邪魔なんてさせないもん!」
 我儘盛りの子供といった表情でミスティーカは叫ぶと、手にしたクマのぬいぐるみのアンの瞳から光線を撃ち出す。
 だが、その光線はシルディが一気に前に出る事で防がれる。
「すぐに、戻って来いって命令無視しちゃって大丈夫? つまらないって感じるってことは、今日までの日常はキミにとって大切なものになっていたんじゃないかな?」
「ミスティお説教する人、大っきらい!」
 シルディの言葉に顔を真っ赤にして反論する、ミスティーカ。
「心が宿りかけていたのかもしれないのに……」
「何、言ってるの? 『心』なんて持っちゃったら、ミスティがミスティじゃなくなっちゃうよ?」
「え……?」
 無邪気な笑みを浮かべ、心底不思議そうなミスティーカの言葉に、シルディが逆に疑問を返してしまった……。

●にんぎょう
「知らないの? ダモクレスが『心』を持ったら、レプリカントになっちゃうんだよ?」
 ミスティーカの言葉はケルベロスであれば……いや、地球に住む者であれば、誰もが知っていることだった。だが、ミスティーカは興味深い言葉を続けた。
「『心』を持つってね『心』って言う『病理』に人格を乗っ取られる事なんだよ? 全く別の存在、全く別のモノになるってことだよ? レプリカントになったら、それはもう自分じゃないんだよ? ダモクレスは、そんな存在を同じモノとは認識しないし、例えばー……兄弟として生まれたダモクレスの片方がレプリカントになったら、それはもう兄弟でも何でも無いの。兄弟だって証明できるものは無くなってしまうもの。だから『心』なんて要らないの。ミスティはミスティでいたいもの」
「立派なご高説じゃねぇか。つまり、お前はあくまで敵って事だろぉ?」
 黒鎖の陣を敷きながらジンは、前髪に隠れた鋭い眼でミスティーカを睨む。
「それで別にいいよ~。地球なんて、所詮ミスティ達の箱庭でしか無いんだから♪」
「そんな道理が本気で通ると思ってるっぽいですね。やはり、キミはボク達に倒されるしかないかも? ボク達は、倒すつもりで来たっぽいですが」
 無機質に呟きながら睡蓮は、雷を纏わせた槍でミスティーカを貫く。
「わたくし達と同じ様に、地球を愛すればいいだけの事ですのに……」
 ヴァルキュリアであるドゥーグンは、黄金の果実の力を放ちながら、残念そうに呟く。
「レプリカントにになるって事は、生まれ変わるってことじゃ無いもん。テレビでやってた……ゾンビ? ミスティ達から見たら、レプリカントはそんな存在なんだよ」
 ミスティーカの言葉からは、レプリカントに対する明らかな『嫌悪』の感情が伝わって来る。
 ダモクレスとレプリカント、元は同一存在だったモノが、全く相容れない理由……ダモクレス達が持つ、この様な感情が原因かもしれないと、ミスティーカの言葉に耳を傾けていた沙夜は、石化の魔力を放ちつつ考えてしまう。
「だからって……ダメですよ。地球に住む人達を貴女に連れて行かせる訳には、いきません。……誰1人、殺させません!」
 流星の軌跡を描く蹴りを水平に奔らせながら、ロゼがハッキリとした口調で言う。
「皆さんの避難も終わりましたしね。あなたがダモクレスとして地球の脅威になるなら、倒させてもらうだけなんだよ!」
 金色の髪を揺らしながら刃の鋭さを持つ回し蹴りを放ち、シエラもそう口にする。
「え~っ! じゃあ、もう1人店員のお姉さん居たよね? あの人はミスティのお気に入りだから、絶対に貰っちゃお♪ お店の裏側に居るんだよね?」
「実は、そっちも避難済みなんじゃよ」
「俺達が裏で事情を説明して、逃げてもらったよ」
 バックヤードから現れた、咲次郎と陣内が並んでミスティーカにそう告げる。
「なんでそんなことしちゃうの~! ひど~い! ケルベロスなんて大嫌い!」
「……優しくしてくれた人を殺しちゃおうって発想の方が酷いと思うけどね」
 淡々と表情を変えずぶっきらぼうに言い、アガサは咲次郎に光の盾の加護を与える。
「咲様、回復は私達の後ろからお願い致しますわ」
 淡雪は、癒しのグラビティを広げる咲次郎を庇う様に前に出ると、御業で縄を形成しミスティーカを捕縛する。
(「咲次郎様……病み上がりなのに、また危険なお仕事に志願なさって……。心配で夜も寝れなかった人が居る事も考えて下さればいいのに……」)
 そうなのだ。咲次郎は先日のダモクレス戦で重傷を負っていた。
 陣内とアガサがこの場に居る理由と言うのも、咲次郎の事が心配でたまらない淡雪がもしもの事が無い様にと、連れて来たからである。
 言わば……この3人は、咲次郎の専属護衛だった。……ケルベロスに護衛されるケルベロスって一体……と他のメンバーが思っていたとしてもおかしくは無い。
 そんな思考が飛び交う中、ミスティーカはウサギのメアリーが持つ人参爆弾を店内で盛大に爆発させていた。
「むかしむかしあるところに小人たちが住んでいました……」
「その背に打ち寄せる、仰望の波を感じますか?」
 シルディが仲間達を庇うように動けば、沙夜が御伽噺を紡ぐことで癒しの行進曲を歌う七人の小人を呼び出し、そして、ドゥーグンが世界中の人々のケルベロスへの願いを大きな押し寄せる波として具現化する事でそれぞれ回復役を担っている。
「電気ショックの時間だぜぇ……ひひっ!!」
「我が力にて黒く染まれ、そして汝は何を見る?」
 ジンの掌から強烈な電撃がミスティーカに伝われば、きららが闇を凝縮し漆黒の波動でミスティーカを包み闇の爆発を起こす……その様は、暗闇から羽ばたく無数の黒揚羽だ。
 肉体的そして精神的に弱ったミスティーカに反撃の隙を与えまいと、シエラと睡蓮が一気に距離を詰める。
「茨の魔弾は束縛の魔弾。魔弾の御業は茨の乙女」
「咲き乱れ、歓びうたえ、春の花よ――」
 睡蓮が創り出した少女の式神が茨でミスティーカを捕えた次の瞬間には、シエラが春の女神に捧ぐる舞をふわりと軽やかに踊る事で春の花を咲き誇らせ、春風と遊ぶ花弁がうねる花の嵐となってミスティーカを翻弄する。
「ロゼさん、止めをお願いだよ!」
 シルディが叫びと共にロゼへとオウガ粒子を散布する。
「きらり きらり夢幻の泡沫。生と死の揺籠、幾億数多の命抱き。はじまりとおわり、過去と未来と現在繋げ咲き誇る時の華ー導きを」
 一族に伝わる時空の伝承の詩……その一節を玲瓏たる絢爛の歌声で紡ぎ、生と死の子守唄としてロゼが唄いあげれば、緩やかに咲き誇る光の薔薇と魔法陣がミスティーカの周囲に浮かび、裁きの破魔の雷が幼い少女人形に襲いかかった。
 ゆっくりと倒れる、ミスティーカ。
「…………ただ……レジーナ様に褒めて欲しかっただけなのに」
 雷燻る人形は、最後にそう言い残して爆発四散した……彼女が持ち続けた2体のぬいぐるみと共に……。

●ぬいぐるみ
 陣内やアガサに背中を押してもらい、耳を赤くし照れる咲次郎に淡雪がご褒美として頭を撫でてもらっていると、周囲からケルベロス達の黄色い悲鳴が聞こえて来る。
「この、金色の瞳の黒猫ちゃん……可愛い」
 ヒール作業が済み、ファンシーさを漲る乙女力で更に上げたぬいぐるみショップの店内で、ロゼは黒猫のぬいぐるみを抱きかかえた。
(「……私の大好きなあの人に似てて……でも、アレくんには……恥ずかしいから内緒にしておこう……」)
「何? この子が欲しいの?」
 シルディは白銀の相棒が反応を示したオオアリクイのぬいぐるみを手にする。
「キミが仲良くしてくれるなら、ボクはこれを頂いていこうかな♪」
 優しく発光する相棒に語りかけるシルディ。
「あ! この子、さっき見た時は普通のテディベアだったのに、ヴィクトリア紳士の衣装になってる♪ ヒールグラビティの影響かな? すっごく可愛いよね♪」
「こっちは、まんまるキャベツ色のゆるふわペンギンクッションになってるぜ! こんなの、我に思いっきり抱きつけって言ってるようなもんだぜ♪」
 シエラが見せつけるテディベアに対抗する様に、きららはゆる~いペンギンを抱きしめる。
「なんだ、トーリ? やっぱり、こいつが気になっちまうのか?」
 トーリが食い入る様に見る、どことなくトーリ自身にに似た鳥のぬいぐるみを掴みあげると、ジンはニヤリと相棒に笑みを見せる。
(「この子、ちょっと目つきが悪くて、あの人にそっくり……ふふ。可愛い……」)
 沙夜が手にした熊のぬいぐるみを見て微笑めば、カゲも面倒くさそうながらも『それでいいんじゃないかな』と一声鳴く。
「これ、大きすぎるかも? でも、すっごくボク気になるっぽい……」
 戦闘中も目についていた巨大な緩い表情の猫のぬいぐるみを睡蓮はじーっと見つめ続ける。
「ヒールでは目が直らなかったんですわね、この子。……けれど一緒に居れば、寂しくないですわね。あなたの瞳が海を映す日までわたくしと一緒に過ごせばよろしいですわね」
 柔らかく微笑むとドゥーグンは鈍重なペンギンと一緒に過ごす事を選んだ。
 ケルベロス達は、ダモクレスとの本格的な戦いの中でも笑顔で居られるように、それぞれがそれぞれのお気に入りの子を連れて、ぬいぐるみショップをあとにするのだった……。

作者:陸野蛍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 4
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