百夜の花は儚く散りて

作者:朱乃天

 街外れにある雑木林を奥へ進むと、開けた空き地に辿り着く。
 その場所は以前大きな邸が建てられていたのだが、疾うの昔に取り壊されていて。
 後は庭園が残されているのみで、百花咲き乱れた嘗ての栄華はもはや見る影もない。
 それも全ては、庭師の祟りのせいである、と。
 ――その昔、一人の庭師が富豪の娘に恋をした。
 娘は庭師の求愛を煩わしく思ったが。それならば、これから百日間の夜、毎日異なる花を庭に植え、愛を示せと無理難題を突き付ける。
 そんな要求にも庭師は従って、毎夜欠かさず花を植え続け、迎えた九十九日目――。
 その日は激しい大雪で、庭師の疲労も限界だったが、それでも邸に赴いて――しかし二度とは戻らず、還らぬ人となってしまう。
 想い半ばで死した庭師の、一途な恋は深い闇となり。強い怨嗟は娘を呪い殺して、怨霊と化した未練は、今もこの地に留まり続けていると云う。
「そこまでして想い続けようとするなんて、何だか想像もできないけど……でも……」 
 それは、小野小町の『百夜通い』にも似た話。まるで伝承を準えたような噂話に、一人の少女が興味を抱く。
 少女は恋をしていて、しかし想いを告げられないままで。恋に悩む乙女心が伝承への興味と絡み合い、この地に引き寄せられるようにやってきた。
 足元には雪が微かに降り積もり。周りは陽が沈んで薄暗くなり。風が木の葉を揺らして騒めいて。異様な気配に呑み込まれ、少女は思わず身震いしてしまう。その時だった――。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 突然どこからともなく声がして。それは女性の声だと認識した刹那――少女の胸に巨大な鍵が突き刺さり、意識を失いその場に崩れ落ちてしまう。
 第五の魔女・アウゲイアスが刺した鍵を引き抜くと、少女の興味が影となって顕れて――人の形を成してゆき、そこには花を纏った異形の青年が立っていた。

「一途な想いは、時には悲劇を生んでしまうか。いやはや複雑じゃのう」
 十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151) がどこか達観したような表情で、空を見上げながら呟いた。
 人の興味や好奇心は、いつの時代も変わらない。
 ところがそうした『興味』を奪われて、怪物へと変じて事件を起こす。
 うつほにチラリと視線を向けながら、玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)は小さく頷き、事件の解決を依頼する。
「今回生み出されたドリームイーターは、色とりどりの花を纏った庭師さんだよ。片想いが実らずに、命を落としたということなんだけど……何だか切ない話だね」
 何とも理不尽な話だが、盲目の恋は自身を見失う程までに人を狂わせる。だがその狂った欲望を、被害が出るより前に止めなければならない。
 ドリームイーターは噂話をしている者に引き寄せられる性質がある。その点を利用して、誘き出して戦えば良いだろう。
「ドリームイーターは姿を見せると、次に植える花の名前を聞いてくるんだ。答えは何でも構わないけど、無視した場合は問答無用で襲い掛かってくるよ」
 どちらにしても、倒さなければならない敵である以上、戦う以外を選択する余地はない。
 戦闘になると、庭師はその身に纏った花を用いた攻撃をしてくる。緋色の花は炎となって灼き尽くし、蒼い花は氷となって凍て付く世界に閉じ込めようとする。また、黒い花で意識を取り込まれたら、辛い記憶が引き出されるかもしれない。
 伝承は、時の流れと共に変遷するものだ。しかし、元の形が何であれ、そこに込められた想いはきっと永久不変だろう。
「だからこそ、人の想いを悪用し、存在自体を歪めてしまうのは、間違ってると思うんだ」
 全ては元凶であるドリームイーターこそが、許されざるべき存在である。
 この哀れな悲劇が惨劇となる前に、幕を下ろしてほしいとシュリが乞う。
「人の心は儚いものじゃ。されど……結末くらいは良き形で終わらせたいのう」
 うつほの胸の内にある感情を、推し量ることはできないが。ただ一つだけ――この戦いに最善を尽くすことを誓うのだった。


参加者
藤守・つかさ(闇視者・e00546)
火倶利・ひなみく(フルストレートフルハート・e10573)
リディア・アマレット(蒼月彩雲・e13468)
暁・万里(パーフィットパズル・e15680)
十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151)
藍凛・カノン(過ぎし日の回顧・e28635)
佐伯・誠(シルト・e29481)
カメリア・スノーベル(つぎはぎバロメッツ・e35071)

■リプレイ


 この地には、嘗て栄華を誇った豪奢な邸が建てられていた。
 しかし今は跡地に残る庭園だけが、当時の面影を幽かに感じさせるのみである。
 その昔、百花咲き乱れると云われた庭も、みすぼらしく変貌して荒れ果てた状態だ。
 噂によればそれらの花達も、令嬢から言い渡された無理難題が元の話であると聞く。
「ねえねえ、佐伯さん。無理難題を好きな人に言われたらどうする?」
 火倶利・ひなみく(フルストレートフルハート・e10573)が栗色の髪を揺らしつつ。もし噂話のような立場だったらと、興味深そうに訪ね出す。
「さて……やって見せると見栄を張ってしまうのが、男という生き物かもしれないな」
 ひなみくに問われた佐伯・誠(シルト・e29481)は、少し黙して思案した後、自分ならばと苦笑交じりに答えを返す。
「……僕も、件の庭師と同じことしたかもね。まあ何にせよ、ひなみくちゃんの彼氏は無理難題とか言わなそうだもんね」
 暁・万里(パーフィットパズル・e15680)が誠の意見に頷きながら、揶揄うように四翼の少女へ問いを投げ掛けて。思わぬ切り返しにひなみくは、顔を真っ赤にしながら口篭り、激しく動揺してしまう。
 そんな彼女を微笑ましく見つめながら、万里は心の中で一つの花を思い描いた。件の庭師の悲しい思い出、一途な想いに似合うのは、彼岸花こそが相応しい、と。
「花ならやっぱり椿かなあ。赤い色が雪に映えるし、何と言ってもぼくの花だからね!」
 少年のような衣装を着こなすカメリア・スノーベル(つぎはぎバロメッツ・e35071)が、明るく笑顔を振り撒きながら、自身の白髪に咲く真っ赤な花に手を添える。
「山茶花も良さそうですね……日本の、冬の花ですし……」
 リディア・アマレット(蒼月彩雲・e13468)が言葉にしたのは、椿と酷似している赤い花の名だ。それにしても、百日間違う花を咲かすのは尋常ならざることだと。想像を超える庭師の情熱に、リディアは呆れるように溜め息を吐く。
 それほどまでに荒唐無稽な話だからこそ、噂話の域を出ないのだろう。もしかしたら真実は全く異なっているのかもしれないが。となれば、幸福を告げるとされるカランコエも悪くはないと。藍凛・カノン(過ぎし日の回顧・e28635)はふと考える。
「それに百という数字には、何ぞ魔法の様な何かが掛かっておるのかもしれんのぉ……」
 そこまで多くの花を望むのは、愛の深さ故だろうかと。カノンは口元に手を当てながら、様々な思いを巡らせた。
「ならばかの静御前の如く、一途な想いを詠った苧環の花こそ似合いそうじゃのう」
 十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151)が言った言葉の裏には、夢喰いへの皮肉が込められていた。何故ならば、苧環の花言葉の意味は『捨てられた恋人』なのだから。
「……どうやら、そろそろお出ましみたいだな」
 仲間達が噂話に花を咲かせている傍らで、黒尽くめの衣服に身を包んだ藤守・つかさ(闇視者・e00546)が、夜陰に紛れるように警戒の目を光らせる。
 木の葉を揺らす風の音が止み、茂みの奥から足音が近付いてくる。やがてケルベロス達の目の前に、一人の青年がその姿を現した。


「さて……この次はどの花をご所望でしょうか?」
 身体に花を纏った庭師の青年は、ケルベロス達に歩み寄り、次に植える花の名前を問う。そこで彼等は思いつく侭に、各自が好みの花を挙げてみるのだが。庭師はその都度、奥へと消えて再び出没するのを繰り返すのみである。
 庭師の未練を断つのであれば、花の名前に意味はない。偽りの生を終わらせることこそ、手向けの花になる。更なる問い掛けにケルベロス達は沈黙し、それぞれが武器を手にして庭師を取り囲む。
「どうして、何も言わないのです? こんなにも、貴女を想って植えたというのに……」
 微笑む庭師の口元が、狂気を孕んだ歪みに変わる。更に移ろう感情を表すかのように、庭師の腕に巻かれた花が赤く色付いていく。
 庭師が抱いた情念は激しい憎悪となって燃え盛り。緋い焔の花弁がケルベロス達を襲う。
「させないよ! その憎しみは、わたし達が受け止める!」
 そこに立ちはだかったのはひなみくだ。彼女は如意棒を回転させて盾として、降りかかる焔の花弁を掻き消していく。
「恋心が恨みに、か……。ならばお前を縛る呪いから、すぐに解放してやろう」
 誠が引き締まった表情で、闘気を拳に宿して強烈な一撃を見舞わせる。
「きっと最初は傍に居たくて、笑顔が見たいだけだったんだよね。でも……それが呪いに変わるなんて、寂しいじゃない」
 庭師を見つめる万里の顔は薄笑いを浮かべているが。されど語る言葉は哀れむように、報われない恋を終わらせようと深く念じる。
 千年経た花桃から作られし杖に魔力を込めて。清浄なる青玉が輝き放てば、邪気を遮る雷の壁が築かれる。
「呪うくらいなら、そんな我儘ちゃん、さっさと諦めちゃえばよかったのにね……」
 恋心は理解し難いものだと、カメリアは怪訝そうな顔をするものの。すぐに元の笑顔に戻って戦闘へと移行する。
 植物には植物を。カメリアは自身と同じ名前の花咲く攻性植物を自在に操り、伸ばした蔓で庭師を捕らえて絡め取る。
「想い人を呪い殺して、尚この世に留まる未練とは……果たして恋と呼べるものかのう」
 人が抱く想いは移ろい易く。感情と理性の均衡が一度狂えば、命すらも容易く奪う。心とは何と曖昧で不確かなものなのか。
 うつほは胸の内で独り言ちながら、掌の中で気を練り上げて。燻る思いをぶつけるように、庭師に気弾を撃ち付ける。
「射線確保……フォートレス行きます!」
 リディアの背中に装備した、アームドフォートのエネルギーが充填されて。照準を合わせて狙いを絞り、砲口から庭師を襲う一筋の光が放たれる。
「夜は吾輩の時間じゃ。容赦はせぬぞ」
 夜行性の生活を送るカノンには、宵が深まるにつれて気力が漲り頭も冴えてくる。喜々としながら不敵に笑い、掲げた巨大な鎌が月に煌めき。投擲した禍々しい刃は激しく旋回し、血肉を貪るように庭師の身体を斬り刻む。
「――我が手に来たれ、黒き雷光」
 つかさが握る聖槍の穂先から、黒い光が弾け飛ぶ。自らの重力を変換させた漆黒の雷が、龍の顎門で喰らうが如く庭師を穿つ。
「やれやれ……この庭園を、あまり荒らしてもらっては困りますねえ」
 庭師の口調は穏やかではあるが。ケルベロス達を見据える瞳に宿るのは、冷酷なる殺意。
 花の色は燃ゆる緋から凍てる蒼へと移ろいで、氷の礫が嵐となって番犬達に迫り来る。
「そんなにこの庭が大事なら……どうしてもっと大切にしてやれなかったのだ」
 蒼き氷の舞を、誠が身体を張って受け止める。滾る気迫が侵食してくる冷気を耐え凌ぎ、誠はその青く澄んだ眼差しで、正対する庭師を鋭く睨む。
 そして相棒であるオルトロスのはなまるが、主の意図を汲み取るように低く唸って、口に咥えた剣を振るって斬りかかる。
「――届け、届け、音にも聞け。癒せ、癒せ、目にも見よ」
 ひなみくが魔力の弓を形成しながら、凛とした声を響かせて。四枚の翼を広げてふわりと舞った翅を番えると、癒しの矢となり、誠を蝕む氷を射抜いて撃ち砕く。
「君の冷たい心は、ぼくが溶かして……焦げるくらいに燃やしてあげるよ」
 カメリアが掌を突き出すと、大気が竜の姿を象って。魔力を注いだ荒ぶる炎の奔流が、庭師を飲み込み花をも纏めて灼き焦がす。
 庭師を包む炎の揺らめきが、万里の心の中に巣食う高揚感を呼び覚ます。彼の者には何故だか妙な親近感が湧き、もしかしたら、自分も同じ運命を辿っていたかもしれないと。
「――出番だ 『Arlecchino』」
 だがそんな歪な記憶を拭い消し。今は戦いだけに専念すべく、万里が召喚術を行使する。
 影の中から具現化されたのは、道化の手であった。これより演じるは、覚めることなき悪夢の舞台。気紛れ道化が繰り出す奇術に庭師は囚われ、成すが侭に翻弄されてしまう。
「ナイフの、間合いまで……後、踏み込み……ひとつ!」
 そこへリディアがすかさず間合いを詰めて、惨殺ナイフを振り翳す。その動きは舞うかの如く軽やかに、稲妻状の刃を走らせ庭師の身体を斬り裂いていく。
「そう簡単に好き勝手させると思ったか?」
 手を緩めることなく仕掛けるケルベロス達の猛攻に、つかさも流れに乗って攻め立てる。空の霊力を纏った槍で庭師を薙ぎ払い、刻んだ傷を重ね広げて掻き抉る。
「今の気分はどうじゃのう、庭師殿? ついでにこいつも喰らうが良い」
 うつほが肩に担いだ大槌を、片手で軽々と取り回し。蔑むような目付きで庭師を一瞥し、力任せに巨大な槌を振り下ろす。
「どれ、ここは一つ吾輩が手助けしようかのう」
 今度はカノンが竜の槌を大砲へと変化させ、咆哮の如き轟音を響かせながら砲撃を放ち、後方からうつほを援護射撃する。


 庭師が残したという怨念は、夢喰いによって創られた紛い物にしか過ぎない。怨霊ですらないまやかしの怪物程度では、ケルベロス達の強い想いは止められず。途切れることのない波状攻撃に、庭師は窮地に追い詰められていく。
「ここまでくればあと一押しだ。冷静に、確実に。捜査の基本だ――」
 追い込んだからこそ油断は禁物であると。誠が警察官として培った経験と分析力を、魔力を介して仲間に伝播させ、冷静な判断力を促した。
「庭師さん、もう終わりにしよう。これでハッピーエンドに!」
 ひなみくが瞬時に敵の懐に潜り込み。脚を撓らせ繰り出す蹴りは、風切る音を奏でながら庭師を斬り付けて。彼女に次いでミミックのタカラバコが、牙を剥き出して喰らい付く。
「グラビティ・チェイン、収束開始――」
 リディアが四枚の集束翼をアームドフォートに接続させて展開し、周囲に漂う重力を圧縮しながら砲身に取り込んでいく。
「照準補正完了。射線クリア――R-1、発射します!」
 号砲一閃。蓄積された重力が、リディアの掛け声と共に射出され、高出力の光線となって庭師の脾腹を豪快に吹き飛ばす。
「最後に植えるお花はね……お前の命で咲かせたらいいよ」
 カメリアは笑みを携えたまま、凍えるような声色で言い放つ。そこには笑顔の裏に隠された、彼女の黒い狂気を垣間見る。カメリアは溢れる狂気を掌に溜めて、魂喰らう気の塊を庭師目掛けて叩き込む。
「僕はまだ……死ぬわけにはいかないのです。彼女の心を振り向かせるまでは……!」
 手負いの庭師は息も絶え絶えに。残った命を振り絞るようにして、最後に咲かす花の色は――まるで昏い心の闇を顕したかのような、黒だった。
 夜の世界に降り注ぐ花弁は、つかさの意識の中に溶け込んで。彼の瞳には、それは紅いシクラメンのように映って視えた。
 朧気に彷徨う記憶の中で、つかさは亡くした兄の影を感じ取る。シクラメンは兄が好きだった花であり、その花言葉の意味は――『嫉妬』。
 決して癒されることのない過去の疵。心の奥に眠る罪の意識がつかさを冒そうとするが。
「……このような幻覚に、俺は惑わされなどしない」
 決して引き摺られまいと気力を奮い、つかさは自らの力で過去の亡霊を打ち消した。
「そろそろ永い悪夢の幕を下ろそうか。後は任せるよ」
 そう言いながら、万里は横目でうつほに視線を送る。雪白の民族衣装を翻し、魔導書を紐解きながら秘術を唱え、常軌を逸した禁断の力を彼女に施した。
「所詮はお主も、器のない虚ろな魂じゃ。偽りの夢は、永久に夢の侭で終わるが良い――」
 うつほは心なしか寂しげに、憂いを帯びた笑みを覗かせて。握り締めた大槌に、膨大な量の冷気を流し込み。全身全霊を傾けた渾身の一撃は――命の時を凍て付かせ、庭師を氷の柩の中に閉じ込める。
「せめて……あの世では幸せになるのじゃぞ」
 最後の別れを囁きながらカノンが翳した掌に、魔力が渦巻くように凝縮されて。放たれた光の弾を浴びた庭師の身体は、硝子細工のように砕け散り――氷の欠片が舞い落ちて、悪夢の終わりを静かに告げた。

「最後のお花か……そういえば、あの女の子は起きたかな?」
 庭師を討ち倒し、庭園に再び静寂が訪れた時。カメリアは被害に遭った少女のことを思い出す。
 敵を倒せば自然と目を覚ましてくれるが、そのまま放置しておくのも気掛かりだ。つかさも少女の無事を確認しようと、一緒に様子を見に行くのだった。
 祟りを恐れずこんな所へ来る勇気があるのなら、想いもいつか届けばいいと、万里は少女の恋の成就を願いつつ。自分が恋心を抱いたのはいつだったかと思い耽った。
 しかし幾ら記憶を辿っても、灰色の褪めた双眸で視る光景は、紗に覆われた刹那の幻影だけだった。けれども今の自分には、きっと些細なことだろう。
 大切な人と巡り逢い、一緒に過ごす今の日常は、とても幸せなのだから――。
「……あのね、わたしは向日葵が好きだよ」
 先程まで戦っていた場所で、ひなみくは庭師に告げるように想いを呟いた。
 恋する気持ちは毎日違う花が咲くようで。庭師も令嬢も、本当は結ばれて幸せになったのではないか。噂話なら、想うのは自由なのだから。
 咲く花を見て、人は喜び幸せになれると誠も彼女に同意する。
 桜が咲けば皆で花見をし、娘が育てた朝顔も、初めて妻に贈った薔薇もまた然り。などと語ったところで気恥ずかしくなり。誠は照れ臭そうに目線を逸らす。
 うつほの脳裏を過るのは、失くした故郷の景色であった。同種族のカノンが傍にいたからなのか。彼を見ていると、一族の面影を思い起こさせて仕方がない。
 そんな彼女の儚げな雰囲気が、カノンは放っておけなくて。気丈に振る舞ってはいるが、どこか脆くて危ういような姿もあって。そうしたところにも、親近感を覚えつつあった。
 もしもまた縁があればと――互いが同時に紡いだ言の葉に、二人は思わず顔が綻んで。
 不意にうつほの胸の傷痕が疼いたが、それは擽ったいような不思議な心地好さだった。
 庭師の想いを慰めようと、リディアが花を供えると。地面を薄ら覆う雪に隠れるように、小さな蕾が芽吹いているのが目に留まる。
 根雪の下で密やかに、春の訪れを待つこの小さな蕾には、どのような花が咲くのだろう。
 新たな季節の息吹を感じつつ。去り行く過去と、廻り来る未来に思いを馳せるのだった。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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