吼える獅子朧月夜の海に立つ

作者:奏音秋里

 その集落の海岸線には『ライオン岩』と呼ばれる巨大な岩がある。
 なーんとなく、岩の凹凸がライオンに見えるのだとか。
「いえーいかっこいいーっ!!」
 少年はこの岩が大好きで、今日は遂に、その背中に跨がってみた。
 すると、岩の筈のライオンが動き始めたではないか。
「え、ちょ、落ちるーっ!!」
 うわぁっと声を上げて眼を開けると、其処には見慣れた天井があった。
 お昼でも海辺でもない、いつもの自分の部屋。
「びっくりしたぁ……」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 しかし、撫で下ろした胸を大きな鍵が容赦なく貫く。
 ごつごつしたライオンが、雄叫びをあげた。

「節分を過ぎても、なかなか暖かくならないっすね」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が、豆を横目に口を開く。
 またもやドリームイーターが現れたんっすと、言葉を続けた。
「もとになったのは、少年の『驚き』の感情っす。被害拡大を防いでほしいっす」
 少年は、自宅の自分の部屋で眠るように意識をなくしている。
 ドリームイーターさえ倒せば、自然と眼を醒ますらしい。
「ライオンの姿をしているんすけど、岩肌なんで防御力が高いんすよね。特に、理力系の攻撃はとおりにくいっす」
 そんなドリームイーターは、鬣のように生えた松の枝でトラウマを抉ってきたり。
 口から吐くモザイクで、此方の知識を吸収したり。
 近遠距離どちらでも、攻撃を仕掛けられるようだ。
「皆さんが着く頃はちょうど引き潮なんで、海岸で戦うのがいいと思うっす。小さな石がころころしているんすけど、普通の運動靴なら大丈夫っす」
 少年の家から海岸までは徒歩8分ほどかかるが、ところどころ暗い。
 たいして海岸は、上をとおる道路の照明のおかげでとても明るい。
 風は強いが、高さも広さもドリームイーターと対峙するには充分である。
「ドリームイーターは、驚かせる相手を求めて彷徨っているっす。驚けばそれでさようならなんすけど、驚かないと怒って襲ってくるっす」
 この性質を上手く利用すれば、誘導も戦闘も有利に進められるかも知れない。
「ヒトの感情を利用するなんて許せないっす。皆さん、よろしくお願いするっす」
 ぎゅっと握った拳を突き出して、ダンテはケルベロス達を送り出す。
 あとは、無事の帰還を祈るばかりだった。


参加者
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)
ベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)
ヒルデガルト・ミラー(確率変動・e02577)
フォン・エンペリウス(生粋の動物好き・e07703)
立花・吹雪(一姫刀閃・e13677)
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)
夜尺・テレジア(偽りの聖女・e21642)
フレック・ヴィクター(武器を鳴らす者・e24378)

■リプレイ

●壱
 ケルベロス達は、ヘリオライダーから指定された海岸へと降り立った。
 辺りに人影はなく、冷たい海風が吹き付けてくる。
 其処へ、のそのそと現れたドリームイーター。
「ライオン岩、ですか。確かにライオンの姿をしていますね……」
 ベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)が、素直な感想を述べた。
 驚きの表情はなく、普段どおりの無表情を貫いている。
「俺を驚かせるのは大変っすよ? なにせ、驚かせる側っすからね」
 自分と同類としか思えず、篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)も息を吐く。
 ただ立っているだけの姿には正直、驚ける要素の欠片も感じられなかった。
「けど、なんでライオン? TPO的にはクジラとかアザラシのがよくない? あ、そういう話じゃないか」
 ヒルデガルト・ミラー(確率変動・e02577)も、てへっと笑んでみせる。
 冷めた反応をして、怒らせる作戦だ。
「ライオンに似た岩か。そういう石像もあるけど、自然がつくった芸術も素敵よね」
 周囲の見まわりを終えて、翼を畳みながらなにもなかったことを報告する。
 敵の姿に、フレック・ヴィクター(武器を鳴らす者・e24378)はちょっとうっとり。
「ドリームイーターとの戦いは、大元を断つことができないので心苦しいですね。いまは、目の前の命を救わねば……」
 夜尺・テレジア(偽りの聖女・e21642)が、しみじみと胸に手を置いた。
 記憶のなかの戦闘時には、いっぱいいっぱいで驚く暇などなかった気がする。
「ライオンの形をした岩が動くとは、これが驚き以外のなんであろうか!」
 あくまで無表情だが、ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)は吃驚な演技。
 感情表現はしない質なのだが、これも戦術の一環と声を張り上げてみせた。
「獅子が相手ですか。百獣の王を仕留める機会に恵まれるとは!」
 立花・吹雪(一姫刀閃・e13677)もやはり驚き、攻撃対象を免れる。
 瞬間的に、巨大な岩のライオンからそれなりのインパクトを感じていた。
「ん、本物じゃないけど、百獣の王のライオンと戦えるなんてすっごく楽しみなの」
 ぎゅっと、フォン・エンペリウス(生粋の動物好き・e07703)は拳を握る。
 動物が好きだから、寧ろわくわくする気持ちを抑えられない。
 ちなみに、テレジアとフォンのボクスドラゴンは、どちらも平然としている。
 皆の反応を受け、ドリームイーターは大凡の狙いを定めたようだった。

●弐
 ドリームイーターが、重い口を開いて咆哮をあげる。
 メディック達へ向けて放たれたモザイクを、ベルノルトがその身で受け止めた。
「夜の散歩は楽しかったかい? そろそろ元の場所へお戻り」
 先程とは打って変わって、感情の乗らない声で問いかけるジゼル。
 初撃で、ドリームイーターと前衛陣のあいだに雷の壁を創りあげる。
 ジャマーである己へ、敵の行動阻害と味方の強化という目的を課していた。
「どうかお気をつけて」
 告げるベルノルトが、生み出した幻想の刀身で以てクラッシャーの胸部を貫く。
 闇夜を明かすような光に包まれ、視力や判断力が上昇。
 パラライズの影響を回避して、味方の命中率を高めた。
「周りに人が大勢居る場所じゃなくて助かったって思うの。ここなら誰にも迷惑かけなくて済むのが不幸中の幸い? かな?」
 霊力を帯びた紙兵を、雷の壁の手前に配置。
 心を乱さぬよう胸中でオマジナイを唱えながら、ヒルデガルトはやはり笑う。
「踊るとか鳴くとかしてくれりゃ驚いたかもしれないっすけど、無駄な努力よろっす」
 鉄塊剣を振り落とせば、音を立てて削れる頭部。
 腰に揺れる『携帯照明“ごついんです”』のおかげで、佐久弥は死角ゼロの状態だ。
「ん、逃がさないの。クルルもいくの」
 海へと方向転換したドリームイーターの行動を、しかしフォンが許さない。
 重力を集中させた右手の一撃を、背中へと放った。
 最前線では、ボクスドラゴンも仲間達と連携しつつブレスを放射している。
「獅子に憧れるというのも、男の子らしくていいですね。故に、悪い夢に見舞われるのは可哀想です。少年を救い出すためにも負けられません。油断せずに参りましょう!」
 改めて気合いを入れ直して、吹雪は地面を蹴った。
 煌めくエアシューズからの跳び蹴りが炸裂し、足止めを喰らわせる。
「ライオンに挑めるのは恐悦至極。全霊を以て挑ませてもらうわ」
 実に楽しそうなフレックの構える斬霊刀に、ぴりぴりと迸る稲妻。
 神速の突きが、ドリームイーターの防御を崩す。
「ちょっとコマちゃん、私じゃなくて、あっちですっ!」
 頭のベールを引っ張る相方に、動く岩を指し示すテレジア。
 皆の命中率に安心してグラビティを変更し、もう片方の手でカラフルな爆発を起こした。
 身体の弱い主に代わり、ボクスドラゴンは果敢に体当たりを挑む。
 反撃の松の枝を受け止めて、仲間達の攻撃のチャンスをつくった。

●参
 刻の経つにつれて、雲の流れる速度もますます上がる。
 聞いていたとおり理力攻撃をなるべく避け、体力を奪い続けていた。
「堅そうな岩肌ですが、貫き通させてもらいます。雷光一閃……貴方に見切れますか?」
 問い終えたときには既にその場所に姿なく、瞬くより速く懐へ。
 愛用の刃で一刀両断に斬りつければ、花のように雷が輝く。
 瞬時に後衛の位置まで戻り、吹雪は鋭い眼差しを向けた。
「せめて、一刻も早く楽にしてさしあげてください」
 ブレスを吐くボクスドラゴンに護られて、テレジアはオウガ粒子を放出する。
 デウスエクスとはいえ、長く苦しませるのは心苦しかった。
「ん、テレーゼの言うとおりなの」
 バトルガントレットをはめた左右の手が、それぞれ光と闇に包まれていく。
 ぐいっと引き寄せて、力一杯の殴打とボクスブレスで腹部を粉砕した。
「俺の表情筋もアンタみたいに動かないんすよねー」
 それでも、やればできるのだと自分を信じる佐久弥。
 運動靴で大地を踏みしめて、理想の自分を想い浮かべる。
 素直な感情表現を夢視る心を魔法に変えて、叩きつけた。
「私がいるのだ。絶対に死者は出さぬ」
 紳士らしく上品な振る舞いで、ジゼルはライトニングロッドを握りしめる。
 ひとつくるりとまわして、先から強烈な雷撃を放出した。
「岩肌にも刃は届くようですね」
 空の霊力を使って、斬霊刀で傷跡を斬り広げていくベルノルト。
 確実に命中するグラビティを、見切りに注意しながら選択していた。 
「ソラナキ……唯一あたしを認め、あたしが認めた魔剣よ……いまこそその力を解放し……我が敵に示せ……時さえ刻むその刃を……!」
 自身のグラビティの力を共鳴させた得物で、時空間ごと巨体を斬り裂く一撃を。
 フレックの秘技が、また更にダメージを蓄積させた。
 その銀の瞳は、一挙手一投足をも逃さぬようにドリームイーターを追いかけている。
「お生憎、理力頼みの攻撃は使わない。貴方の防御はお見通しよ。貫け、光の雨!」
 そろそろ決着のつく頃と悟り、ヒルデガルトも攻撃へと加わった。
 針状に尖らせた体内のエネルギーを、頭上へと大量投下する。
 ライオンの身体に、無数の煌めきが突き刺さった。

●肆
 ドリームイーターの抵抗も虚しく、斯くして最終ターンを迎える。
 松の枝やモザイクにダメージを受けるも、確実な連携が幾度も窮地を救っていた。
「同胞よ――いまひとたび現世に出で、愛憎抱くトモを守ろう。ヒトに愛され、捨てられ、憎み、それでもなおヒトを愛する我が同胞達よ――!」
 呼びかけは『鎧武者の歯車』を媒介にして、付喪神達の残霊へと届く。
 具現化し、集合する霊達が、佐久弥を先導として百鬼夜行。
 ヒトに害なさんとする意識を、ともに戒めた。
「ん……クルル、蒼いのいくよ!」
 ボクスドラゴンの吐き出す蒼い炎を両手に纏ったフォンが、高速での連撃を打ち込む。
 その軌道が、可憐に咲き誇る一輪を描ききったとき。
 蓮は葬送花となりて、ドリームイーターを冥府へと誘った。
「皆様、お疲れさまでした。コマちゃんもありがとう。皆様がこれからも、かけがえのない日常を笑って過ごせますように……」
 胸の前で手を組んで、テレジアは心を込めた祈りを捧げる。
 全員のダメージを回復させるとともに、総ての状態異常をとり払った。
 誰からともなく、感謝の言葉がかけられる。
「それじゃあ片付けようか。けど案外、大丈夫そうだね」
「あぁ。足許を平らにすることと、あの辺りの欠片を掃除するくらいだな」
 戦闘中の凛々しい口調から、普段の優しい口調へと戻った吹雪。
 オンとオフを切り替えて、皆へ原状復帰を呼びかける。
 するとジゼルが、被害を纏めて報告してくれた。
 まるで探偵のように、素早く的確な状況把握能力を発揮する。
 手分けして、物理的に割れた岩石を運んだり、ヒールグラビティを発動したり。
 ものの数分で、浜辺はもとの状態へと戻った。
「でも見通しのいい明るい場所でよかったよね。暗いときに物陰から襲われたら、ヤバいと思う。反射的に驚くことって止められないんだもん……」
 言ってヒルデガルトは、集落を振り返る。
 1軒の灯りへ向き直って、両手を合わせた。
 悲劇が二度と被害者を襲わないようにと、美味しいご飯をたくさん食べられるようにと。
「夢は覚めてこそ。潮が満ちる前に終わらせられて、よかったですね」
 ベルノルトもまた、少年を心配して建物を見遣った。
 そののち一行は、本物のライオン岩の建つ場所へと移動。
 折角だからという希望に、皆が応じたのだ。
「こういう自然の芸術は、結局それを観る人の認識によるものなのよね。だからこうして、観る人が居て、偶然できた岩があって……それって凄い奇跡な気がしてくるわね」
 瞳をきらきらさせて、フレックは岩を登り、その頭にちょこんと座ってみる。
 途切れ途切れの過去のなかに、自然と遊んだ記憶はない。
 幼き日に若しかしたら……とかぼんやり考えて、しんみりした時間を過ごすのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年2月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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