雪華凍牙

作者:ヒサ

 暗く冷えた闇の中。人々が寝静まる頃に白い竜は飛来した。
 その体躯は建物を容易く打ち壊す。ほどなく火災が起きたものの、牙持つ口が零す冷気に吹き散らされる。異変に怯える人々の声も、長くは続かず消えて行く。
「お前達には何の咎も無い……ただ、不運であっただけ。ただ私達の為に怯え、理不尽を憎み、死んで行けばそれで、良い」
 多くは求めぬと竜は、慈悲の色さえ窺わせる声で言う。しかし振るう暴力は、悪辣というのが似合った。まず建物を壊し、逃げ道を塞いでから少人数ずつ死を与えて行く。ヒトの脆弱さを知った上でだろう、彼らが絶望する様を楽しむかのように。
「恐れなさい。お前達の感情が、私達の──同胞達を生き存えさせる糧となる」
 竜は、落ち着いた口調で告げる。死に瀕しているがゆえに、そうとしか出来ない事は、押し隠し。ヒトが畏れるに値する脅威である為に、彼女は凛と立ち続けた。

「竜十字島からこう飛んで、ここに着くようね」
 地図を辿った篠前・仁那(オラトリオのヘリオライダー・en0053)の指が、東北地方の海岸線付近で止まった。
「定命化で死期が近付いているドラゴンがここの、海沿いの街を襲うみたい。あなた達にはこれを迎え撃って欲しい」
 件の街の詳細図を広げながら彼女は言う。ドラゴンの好きにさせては、地球に住まう者達のグラビティ・チェイン及び憎悪と恐怖の感情が、彼らを脅威と留めてしまう。
 事前に人々を他の街に避難させてはかえって危険だろう。移動中をドラゴンに襲われかねない。ゆえ、今回は人々を市街地に集め、そこを目指す敵を海岸近くで迎撃するのが良さそうだ。
「学校とか、公民館とか……あとはデパートとかかしら。割と近い範囲で幾つか、人を集められる広い場所があるようだから、良ければ、街のひと達にはこちらから伝えておくわ」
 ケルベロス達にはドラゴンとの戦闘に集中して貰えれば、と仁那が再度地図を辿る。敵の移動経路の途中にある海岸は岩場──少し行けば崖だが、皆ならば立ち回れるだろう。そこで敵を食い止めて貰えれば、人々を無傷で護りきれる。
 敵の戦意は非常に高く、定命化の影響で体力こそ落ちている様子ではあるが、戦闘力そのものは健在。戦う力を持たぬ人々相手ならばともかく、ケルベロス達を前に力を出し惜しむ事も無かろう。特に氷のブレスは厄介と、ヘリオライダーは眉をひそめた。
「夜の、雪がちらつくような寒さの中よ。……街のひと達の為にも、早めに倒して貰えると助かるわ」


参加者
ラハティエル・マッケンゼン(マドンナリリーの花婿・e01199)
大粟・還(クッキーの人・e02487)
鷹司・灯乃(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e13737)
伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)
深海・小熊(旅館の看板娘・e24239)
祝部・桜(残花一輪・e26894)
キーア・フラム(黒炎竜・e27514)

■リプレイ

●出遭い
 海岸に自分達以外の人影が無い事を確認し、深海・小熊(旅館の看板娘・e24239)は安堵に微笑んだ。
「あとは敵かあ……やっぱりちょっと寒いですね」
「まあ、着込むにしても限度とかありますしね」
 海風が吹き荒ぶ中、平然とした顔で大粟・還(クッキーの人・e02487)が応える。彼女達以外は服装の都合で凍えかねないので、基本的には物陰に陣取って貰っていた。
 装着型の双眼鏡越しに暗い海を眺めていると、預かった通信機が着信を告げたので応答する。
「かの凍てつきし竜の姿を捉えた。皆様備えて貰えるだろうか。我らの力でかの敵を絶望させてやるとしよう。フッ……」
 送信者はラハティエル・マッケンゼン(マドンナリリーの花婿・e01199)。彼はコートを着込んでいたとはいえ高所での監視を買って出た為、現在物凄く寒い筈だが、通信機越しの声に一切震えなどは無く、聞き取るのにも支障無かった。彼は常より余裕を忘れぬ立ち居振る舞いではあるが、ここまで徹底出来るのは見事と言えよう。
「そろそろ来るみたいですよ」
「……はい」
「ようやくね」
 小熊が仲間達を顧みる。唇を引き結んだ祝部・桜(残花一輪・e26894)はコートの襟を握り小さく頷いた。照明を点灯したキーア・フラム(黒炎竜・e27514)は対照的に、ぎらぎらと表すのが似合いなほどに強い光を宿す瞳で空を見上げる。
「──……」
 持ち上げた己が左手首を飾る水晶に目を留めたリューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)は僅かに顎を引き、祈りを捧げるよう目を伏せた。ややの後瞼を上げ、後方支援を受け持つ女性陣の前──崖の近くへと歩を進める。
 それに続いた伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)は左腕の手甲を外す。龍の肌を露わにした彼は、その身に蒼龍の徴を従え不敵に笑んだ。
 そうしてやがて、空に流れる白が肉眼でも捉えられる。
「あれが……ドラゴン」
「大丈夫です、死にかけなんて恐るるに足りぬってやつですよ」
「やー、でっかいなあ。……あ、俺、最初様子見とってええかな」
「ああ、フォローを頼む」
 緊張が滲む桜の呟きに還は、グラヴィオールに比べれば、などと肩を竦める。少女を宥めるように鷹司・灯乃(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e13737)はのんびりと言い、リューディガーは生真面目に頷いた。
 敵が目指すのはこの先の街。ゆえに、此処で地上へ引き摺り下ろさねばならない。
「行くぞ」
「承知致しました……」
 符術が紡がれる。銃口に光が集まる。まず、天へと放たれた光が闇を眩く照らした。空を往く竜は無論それに気付き、己へ迫るそれを避けるのでは無く打ち消すべく力を振るった。しかしそれは不可視の護りを破り竜の視界をも染め上げ、その陰で御業が彼女を捉え鎖を掛ける。
 光が散ったところで竜は首を巡らせ、地上のケルベロス達に気付く。これ以上の射撃を受けぬようにか、急降下で以て岩場を襲った。地面が抉れ砂礫となり煙を立てる。
「お前達は──」
 竜が口を開いた。だが幾らも紡がぬうち、輝く炎が彼女を襲う。
「──不意を突く形となった非礼は詫びよう、白き竜よ」
 彼女の背後、死角から告げたのは炎の繰り手たるラハティエル。正々堂々正面から、が理想ではあったけれど──己に比べれば小さな生き物であるケルベロス達を蹴散らすべく殺気を剥き出しにしている彼女の意気を挫く方が優先だった。容易く突破など、させるわけには行かないのだから。
 炎熱が冷気に薄れ始めたのはすぐの事。敵の注意が逸れている間にと灯乃は竜の足元へ重く蹴りを浴びせた。硬い鱗を打ち鳴らし、反動に目を眇めたものの手応えは悪くないと見、彼は己がテレビウムへ追撃指示を出した。
 だが反応が早かったのは竜の方。前脚で払いのけるようにしてサーヴァントをいなし、彼女は己を包囲せんと動くケルベロス達へ改めて目を向ける。
「──まずはお前達を殺そう」
「……ここで貴様の命、貰い受ける」
 竜の言には己を恐れぬケルベロス達への感嘆が滲んだ。抑えた桜の声には決意が凛と。多くはきっと、語らずとも良いのだろう。今この場で意味を持つのはただ、命を賭ける覚悟だけ。

●痛みを分けた
 十分に鍛錬を積んだケルベロスの手であっても憂いが無いとは言えぬ──特に、絶えず緊張を強いられる前衛達が攻めるにあたり、敵の防御の上を行く事が容易く無い状況を見、還は身に纏う銀流体へ彼らの支援を命じた。他の手を活かそうにも、まず足掛かりが必要だった。
 敵の口が冷気を吐く。剣に手を掛け機をはかっていた信倖の身を、傍へと駆けたリューディガーが突き飛ばすようにして護った。
 寒気に晒された者達は、熱を奪われる感覚を痛みとして知覚する。それはただ堪えれば良いものを超え、肉そのものを斬られるかのよう。纏った加護で以てそれを和らげ得た灯乃と鉄くんを除き、それぞれが過ぎる苦痛に身を強張らせた。
「何べんも喰らったら保たへんね、これ」
 己とて例外では無く、と灯乃は治癒の気を練る。癒し手たる還は傍目には淡々と冷静に、全サーヴァントを治癒の為に動かす事をそれぞれの主に承諾させた。敵の攻撃力の前には数を揃えて細やかに対処する他に手は無く、無駄を許されぬ現状ではそれが最善でもある。
「やられっぱなしじゃいられないわ、攻撃は任せて」
「ええ、リューディガーさんもまだ攻撃の方を良いですか」
「ああ。不足があればいつでも言ってくれ」
 拳を強化したキーアが敵の鱗にヒビを入れる。リューディガーの蹴りもまた高い精度を持ち、冷たい敵の体に熱という傷を灯す。それがささやかならず敵を苛むようになる頃に戦況はどう動いているか──決して楽観は出来ないけれど退くわけには行かぬと、ケルベロス達は声を掛け合い支え合う。
「やはり安定しないのが辛いか」
「そうですね、ちょっと──」
 均せば決して悪くは無いのだが、たった一手であれどしくじれば痛い。彼らが予め読んだ通り、長期戦など、この竜が許してくれない事は明らかだ。
 せめてと自己強化を終えた小熊が敵の爪を鈍らせ。キキョウ、と呼び掛けたキーアが伸べた腕から幾つもの蔓を放ち。射手達は堅実に務めを果たしているものの、突破口となるには未だ暫く。
「ですが、……お任せ下さい」
 だがそれでも、足りる。数少ない小さな傷であれど、求める色はつい数拍前に揃え終えた。ゆえ、短刀を抜いて桜は鋸刃の剣を持つ少女へと目配せし、敵へと踏み込む。歪に曲がった刃が、幾枚か剥がれた鱗の先へと届き、白い竜の身を血色に染める。
「っ、く……!」
 ここに至るまで敵は、痛みにも燻る熱にも堪えた様子を見せずにいた──それは決してケルベロス達の力不足などでは無く、そう振る舞う事で彼らの心を追い込もうとしての事。
 しかしこの時初めて彼女は目に見えて怯んだ。強大な敵としての矜恃が、命を削られ行く焦燥に屈した瞬間を、彼らが見逃す筈も無く。
 信倖がその長身を低くたわめた。両の手にはそれぞれ槍を。人の腕には馴染んだ得物。蒼く獄炎を燃やす竜腕が担うのは、元は長大な刃を抱く聖剣。アンバランスな荷重をそれでも彼は巧みに御して、爆ぜる如く踏み込み槍撃を豪雨と敵へ見舞う。
 血煙が身を汚す事を許して彼が、呼吸の終わりに斬り払うよう大きく一撃を入れて敵の足元を駆け抜けた直後。背の翼で風を打ち敵の懐へ跳んだラハティエルがその腹を鋭く蹴り抜く。敵が呻く間に連撃を入れて。
 けれど。
「ラハティエルさん」
「……還殿」
 案じた癒し手の声が夜を裂く。だが青年は応える声に否定を含ませた──治癒の力は他の者へ、と。
「申し訳ないが、この帰結は必然だ。……戦術的に、な」
 彼女の矜恃に障る事は承知で、しかし活かしてくれと願う彼を襲うのは竜の強大な爪。どの対処も間に合わないと、殺意を叩き付けられた彼自身が一番知っていた。
「──侮られたもの……」
 臆する事無く真っ向から挑む騎士らしい高潔さは、されど無謀にも通ずると、敵が怒気を孕み凶暴に嗤う。今回においては狡猾に策を弄したとて誰も責めなかったろう。だが彼はこの道を選んだ。ただ一人を屠る為の竜爪が横薙ぎに払われて、力を失った白い姿が崖向こうの闇へと墜ちる。敵を前にしてでは、無事を信じる以外は許されない。全員を護り抜きたかったのだと還は眉を寄せるが、未だすべき事があると前を向いた。

●炎は別れを
 それ以降も敵は弱みを見せる事を厭うた。ただ輪を掛けて寡黙で居た事が、堪えていないわけでは無い事を量り得る材料だった。
「援護は、此方が。攻撃にだけ……集中して欲しい」
「承知した。……その心遣いも有難く」
 今一度の爪撃から信倖を護りよろめいたリューディガーは、癒し手達の力を借りながら己でも治癒を為しつつ、掠れた声で乞うた。小熊の手でも敵の傷が広げ抉られるに至り、大剣を抜いたキーアはその背に黒く獄炎を噴き上げる。
「焼き尽くしてやるわ……!」
 ドラゴンという種そのものへの憎悪とも言うべき激情に苛まれながらも、戦況の判断は誤らずこの時まで彼女は、怒りに身を焦がす事を堪えていた。
 されど今は、猛り駆けるべき時。敵を捉え攻める事そのものは最早、この場の誰にとっても困難では無くなっていた。ゆえに各々の最大火力を叩き込み決着を急ぐべきと。
「──キーアお姉さま!」
 だがその最中、炎が盛る音に紛れて夜気を振るわせたのは悲鳴じみた声。敵の動きを警戒し振り仰いだ桜が、凍てつく白い吐息の震える様を見た。
 大技の為に踏み込んでいた黒炎の使い手を庇える者は居らず。しかし苦鳴も無いまま、氷雪の中に在ったのは、執念で以て膝を折る事を拒んだ艶やかな復讐鬼。
「この程度で、私の炎を消せるなんて思わないで」
 酷い痛みと疲労の中でも彼女の心は強く。護りを務めとする者達は案じつつも安堵する。
「るーさん」
 とはいえ油断は出来ないと、還は己がサーヴァントへ更なる守護の上乗せを命ずる。いつだって『次』は許されないかもしれないのだ。
 なぜなら、盾役を務めていたテレビウムはとうに限界を迎えていた。なぜなら、ケルベロス達の技により既に思うままには戦い得ぬ敵が次に振りかざしたのは、薙ぎ払う為の術では無くて鋭く貫く為の爪。
 それは十分に予測出来ていて、ゆえにいち早く気付いた小熊が警告を発し、護るべきは己が身と悟ったリューディガーが構える眼前に、彼以上に深手を負った灯乃が割り込んだ。
 十分に防御へ気を配っていた二人だったからだろう、何の備えも出来ず、などという事は無かったものの、首もとを深々裂かれては流石に保たない。杖を二つ纏めて握り、頽れる身を支えながら灯乃は口を開き、
「──テレビウム。代わり、頼むな」
 治癒の手伝いをしていた己がサーヴァントへ、咳交じりにそれだけを告げた。応じた彼が前線に上がる間は、リューディガーと還で支えきる。
 此方がそうであるように、敵もまた身を削られている。開戦時には無視し得なかった力量の差といった類のものは、今となっては気に留めるだけの価値も存在も、最早無い。
 一分、守勢に回って耐えた。テレビウムが二分を稼いだ。次の一分は、重ねに重ねた呪いと傷が、敵の殺意を阻んだ。
 ゆえに、今こそまたとない好機。
「吹き荒れる疾風よ──!」
 銀光が射手達の知覚を補強する。小熊が振るった風は刃となり敵を捉える檻と化す。桜のいとけない歌声は残酷に悪夢を謡う。駆動音を従え廻る刃が敵の肌を斬り拓き。
「我が槍──見切らせはしない」
「滅びなさい……!!」
 信倖の笑みは壮烈に、キーアの叫びは孕む熱情に掠れさえした。罪無き人々を護る為、ヒトを脅かす害悪を屠る為、蒼と黒の炎が猛る。
 夜明け前の一番寒い時刻でありながら。この時此処は、岩すら融かし削る地獄と化し、白い竜を跡形もなく焼き尽くした。

作者:ヒサ 重傷:ラハティエル・マッケンゼン(マドンナリリーの花婿・e01199) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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