ミッション破壊作戦～穿て

■リプレイ

●穴
　この季節の蔵王連峰は立ち並ぶ木々が白く覆われ、降り積もった雪の美しい世界が広がっている。
「依頼でなかったらヘリオンで上空から見る雪景色で一杯なんてのも良いのだけれどねぇ」
　国津・寂燕（好酔酒徒・e01589）は言う。
　ミッション地域破壊作戦への参加が二度目となるケルベロスが数人。ゆえに、流れは分かっている。
　飄とした態度の寂燕だが、だからといって気を抜いているわけではない。
　パティ・ポップ（溝鼠行進曲・e11320）も二度目だ。
　攻性植物『ヒドラプラント』の侵略は水に落とされたインクだ。瞬く間に水に色をつけてしまう。
　植物だけあって、繁殖力はケタ違い。今は連峰の一角のみであるが、いずれは蔵王連峰一帯へと広がってしまうだろう。
「何とかちないといけないでち」
「……そうね」
　眼下の光景を眺め、ゆっくりと瞬きをした空鳴・無月（宵闇の蒼・e04245）は小さく同意した。
　サーヴァントにして相棒であるライドキャリバー『ライト』を見下ろす大神・凛（剣客・e01645）。
「ライト。今回もよろしく頼むぞ」
　ぽんっと叩いてやれば応えるようにエンジン音が響く。
　驚いたように湯島・美緒（サキュバスのミュージックファイター・e06659）の体が小さく跳ねた。
　緊張からか、グラディウスを持つ手が震えている。
　落ち着こうと浅く呼吸を繰り返す美緒の様子に気付かぬまま、ヤクト・ラオフォーゲル（銀毛金眼の焔天狼・e02399）が力強くヘリオンの床を蹴り、宙へと躍り出る。
「僕たちも行こう」
　エンリ・ヴァージュラ（スカイアイズ・e00571）はボクスドラゴン『クルル』の顎の下を一撫ですると、ヤクトに続いて跳び下りた。
　そして一人、また一人と身を躍らせていく。
　大気を体が裂く音に襲われながらも無月は叫びを刃に込めることなく、淡々とグラディウスをバリアに突き立てた。
　その直後、同じ場所目がけて全力でグラディウスを振るったのはヤクトであった。剣を握る刃にはあふれ出た炎。
　観光地を占拠するなど、住民や観光客などの皆が困るし、ヤクト自身も困る。
　何故ならば、蔵王にはブランド牛がいる。美味い肉でハンバーグを提供するのがヤクトの本懐なのだ。
　ゆえに、砕きたい。取り戻したい。
　ハンバーグで出来ている疑惑のある魂が放つ言葉は勿論――。
「ハンッ！　バァァァァアグッ！」
　その叫びに負けじと凛も声を張り上げる。
「今こそ、私達の思いを力に変えて道を開かん！　この一撃が勝利の一柱になることを！　大神凛、参る！！」
　三度目の爆発が天音・藍（白夜の炎虎・e00461）の柔らかな挑発をさらに上へと巻き上げた。
　しかし、視線は片時も目標から離れない。
「あんたらに恨みも因縁もないけど」
　最初を紡げば、すぐさま胸の内側が燃え上がる。
　藍がケルベロスとしてあり続けるのは失うことを知っているから。二度と取り戻せないものを失う人を出さない為。
　だから、そんな人を出しかねない状況は見過ごせない。
　身に着けた懐中時計と同じように、藍の金の瞳が煌いた。
「答えろ、ぶち抜け。グラディウス！」

●空
　爆炎と閃光がケルベロスを傷つけることは無い。炎に抱かれ、光で視界が白く染まるだけだ。
　その真っ只中。
　寂燕の意識が刃に重なる。
　日本の景観が好きだ。大好きだ。ここまでの景色。立ち並ぶ樹氷の、なんと美しかったこと。息を飲むほどの絶景だった。
　それなのに、美しさを汚す存在がここにいる。
「息を飲むほどの絶景に無粋なお前さんたちはいらないね！　此処から速やかにお帰り頂こうかねぇ！」
　仲間達の声が次々に上がり、光り、炎が上がる。
　パティもまた、刃を振り上げた。
　ここのバリアは、破壊が難しいと言われる場所だ。全体で見れば中の上。攻性植物に限って言えば、現時点では最難関。
　だからこそ、パティも全ての力をこめる。柄を握る手に、さらに力を加える。
「とにかく、邪魔くちゃい植物はお断りでちー！！」
　その叫びに背を押されるように、美緒は大きく息を飲んだ。
　降下の勢いで、空気は叩きつけるように肺へと跳び込んでくる。
　かつて、美緒は攻性植物と戦った。攻性植物は人に寄生していて――寄生された人は、助けることが出来なかった。
　未熟さから声も、歌も届かなかった。だから。
「今度は届ける！　私の歌も！　意思も！　すべてを力に変えて！」
　震えの止まらぬ手を叱咤すべく、美緒はもう片方の手も使って無理やり抑え込んだ。
「この一撃に賭ける！」
　刃がバリアに触れると、炎と閃光が瞬く間に広がっていく。
　炎がすぐそばにあっても見失わない、また別の赤の、三つ編みにしたエンリの髪がなびく。
　冬はスキーを楽しんでから、温泉で疲れた体を癒して。春には咲き誇る一目千本桜で花見をしたい。
　こんな季節を、攻性植物に潰されるなんて冗談ではない。
　世のため人のため。いや、それよりも前に――。
「自分のためにここを明け渡してもらう！」

　最初から最後の爆発まで、たった数秒ほどの差。ゆえに地面に降り立つ時間にもさほど差はなく。
　無月は頭上を見上げた。
　煙越しでも未だバリアがそこにあるのだと分かる。
　あのバリアに通用するものは魂の叫びに呼応したグラディウスの一撃だけ。ただの物理攻撃は意味をなさない。
　そして今回で破壊するには、魂の熱量が足りなかったのだろう。
　するり、凛が気流を纏う。敵に発見されにくくすることで迅速な撤退をと考えたようだが、一人だけが身を隠したところでさして効果は得られない。
「ともかく、一旦引き上げるでち」
　グラディウスを藍に預けながらのパティの言葉に、全員が頷いた。
　自然の植物に覆われていても難なく進むことが出来る藍を先頭にケルベロスは走り出す。
　目指すは蔵王連峰を結ぶ道路。道路まで出れば、市街地まで迷うことなく行ける。
　近くで蠢く攻性植物の多くは、グラディウスの余波が煙幕となってケルベロスに気付くことは無かった。
　しかし、立ちはだかる敵が皆無という訳ではない。
　進行方向。
　明らかに八人と二体を認識し、排除しようと動き始めた個体がいる。何本もの触手が威嚇するように口を開く。
　藍が、咆えた。
「そこをっ、どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ！！」

●牙
　刃を持つ触手が唸りを上げてヤクトへと迫る。
　そこへ凛が割り込んだ。一撃を引き受けはしたが、ほのかにピンクがかった白と黒の二振りで勢いを軽減させてはいる。
　地面を蹴り、寂燕は宙へと低く跳びあがった。卓越した技量からなる白刃の一撃が一本の触手を分断する。
　エンリは風を呼んだ。どこからともなく吹く、春の日差しのように暖かで優しい風が、花の香りと共に凛を包みこむ。
　いっぱいの星を散りばめた夜空のような色合いの槍に無月は冷気を集中させ、突き刺した。穂先をすかさず抜きはらい、距離を取る。
　半透明の御業から放たれた美緒の炎弾が根とも茎ともいえぬ緑を焼く。
　その炎が消えうせたところに、肉薄したヤクトが突進した。
「テメェの臓腑。その全て、貪り喰らう餓狼の顎門に沈め」
　地獄の炎が姿を変え、頭と両腕を覆う。三つの狼の頭は、まさしく地獄の番犬ケルベロスのもの。
　しゅるる、人間には不可解かつ不可能な奇妙な動きでヒドラプラントは躱す。
　藍は慣れた手つきで、雪と土、枯れた草の混在する地面に獅子の星座を描いた。
「猛き獅子よ、癒しと活力を。ライオネル！」
　星座が光り、最前を担う仲間達を守護する。
　たっ、たっ、たっと、触手、根、茎を足場にパティは攻性植物を素早く駆け上った。
「とにかく、まずは、首っぽい所を狙うでち！！　喰らうでちゅ！」
　蕾と茎の境目にエアシューズを叩き込むと、体に残る反動を利用し、パティはヒドラプラントから離れるように跳んだ。
「この太刀筋みきれるか！？」
　凛は素早く敵を斬りつけた。本体から離れた緑は枯れた茶色へと変わり、ライトがすかさずガトリングを砲を放ったが、凛は眉を顰めた。
　攻撃も回復も、何かしらの指標があればより良い状況を生み出せる。
　命中を重視するにしろ、威力を重視するにしろ、指標に合わせて技を選ぶ必要があると凛は感じたのだ。
　花から毒が放たれる。
　散布された毒の花粉から仲間を逃すべく、エンリとクルルは寂燕と美緒をそれぞれ突き飛ばした。
　少々手荒な手段となってしまったことをエンリはすぐに詫びる。
「ごめんっ！」
「ううん、ありがとう」
「気にしなさんな。助かったよ」
　美緒は態勢を整えながら言葉を返し、寂燕はその勢いを利用して触手へと迫る。
　飄とした態度はそのままだが、眼光は違う。鈍く、鋭く、剣呑に。
「散り急げ…死出のあだ花添えてやろう」
　幾度も斬りつけ、その度に液体が噴き出す。
　その様子はまるで、植物が新たな花を咲かせたようであった。

●穿
　刻々と時間は過ぎていく。
　その中で、攻撃を優先しつつ、異常を与えるつもりであったヤクトは眉を顰めた。
「マズイな」
　ケルベロス側の攻撃が外れるのが少々目立つ。
　けれど、この可能性も想定していたウェアライダーはすぐさま思考を切り替えた。当たらないのであれば、当たるようにするまでだ。
　流星の煌きと重力を乗せた蹴りが攻性植物を捉えた。
　藍も仲間の超感覚を開花させるべく、オウガ粒子を放った。
　最前に立つのは五人と二体。
　複数を対象としたグラビティの彼らに対する威力は低く、エフェクトの発動は薄れている。
　それはケルベロスにとっては有利に、攻性植物にとっては不利に働いた。
　一人を狙った一撃は重いが、最前のケルベロスへ放たれる花粉の毒は完全にはばめなくとも、ダメージが小さいのだから対応もしやすい。
　ましてや回復の担い手は一人ではないのだ。藍だけでなく、『守』に重きを置くエンリとクルルも仲間を癒し、加護を与えていく。
　パティは後方から飛び出し、前衛を追い越して螺旋を籠めた掌でヒドラプラントの根に触れた。途端、その根が内部から爆ぜる。
　苦悶の叫びの代わりに、ヒドラプラントは触手をバタバタと地面に叩きつける。そのせいで地面の雪が跳ね上がった。
　美緒の視界が刹那、雪で覆われたが、ものともせずギターの弦を弾いた。
「速弾きは激しいだけじゃないんです！」
　弦を目にも止まらぬ速さで弾くことによって発生した衝撃波が攻性植物に襲い掛かった。
　悶えるように攻性植物は触手を震わせたせいで、地面の雪が跳ね上がる。
　寂燕は構うことなく、空の霊力を帯びた刃で正確に傷を抉り、斬り広げた。
「咲いたからには枯れるものだよ」
　時間と共に、より多くの攻撃が命中するようになっていく。時には燻る炎が、芯に潜り込んだ氷が、攻性植物を傷付けた。
　地を滑るエンリのエアシューズが激しい摩擦により燃え上がる。
「これでトドメだよ！」
　それは、立ちはだかった敵を滅ぼす炎であった。

「だいぶ、視界がよくなってきたでちね」
　パティの言葉通り、煙幕は随分と薄れてきている。今はまだ気づかれていないが、時間の問題だろう。
　はっきりとした距離は分からないが、道路までの距離は遠くないとヤクトは判断した。
「急ぐとしますか。急げば抜けられる。多分、恐らく、めいびー」
「多分じゃなくて間に合わせんの。行くわよ」
　皆の返事を待つまでもないと藍は走り出すと、他のケルベロスも続いて駆けだした。
　彼らは煙が晴れるよりも早く、敵の支配下から抜け出したのであった。

作者：こーや	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年2月26日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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